2019年6月24日 (月)

旅の空2007年 四国巡礼 34遍路の宿高知屋

5/26(土)一日タップリ30km走るように歩きましたので、宿ではゆっくり寛げるといいのですが。

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この日の宿は、この日最後に参拝した雪蹊寺の目の前にありましたので助かりました。

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高知屋さんは遍路宿としても超有名で、四国でも名門宿として知られています。

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商売熱心で、アイスソフトを宿の前で、宿のおばちゃんと孫娘が売っていました。

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つられて買ってしまいました。一風呂浴びた後、少し涼しくなった夕風を感じながら寛ぎました。 

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帳場は、二人娘が担当していて、女性三世代で切り盛りしているそうです。

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改築間もないとのことで、何もかもが新しく清潔で清々しく感じました。

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部屋もシンプルで、遍路宿としてはこれで充分。トイレもウォシュレットで、女性のセンスが随所に感じられました。

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部屋からは雪蹊寺が見えました。さすがに納経所が閉まっているこの時間はひっそりとしていました。

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夕食の鰹のタタキは、タレが独特で美味しかったです。 

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新鮮な魚の焼き物とかもですが、女将さんが気を遣ってくれて食事を美味しく食べさせてくれました。四国遍路での宿の料金は大体統一されているのですが、宿によって設備や料理など玉石混淆です。 

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おばちゃんが、汗をかいたものを洗濯してアイロンまでかけてくれました。きけばご接待とか、感激しました。  

これで一泊二食付きで6000円ですから更に感激です。高知市内に近いので、市内のシティーホテルも考えたのですが、ここにして大正解でしたし、お遍路さんが泊まる宿は、人との触れ合いがあっていいです。高知に来たときには、遍路でなくても高知屋さんに泊まりたいのですが、四国八十八ヶ所の宿としても評価が高く、なかなか予約が取れないようです。

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2019年6月21日 (金)

旅の空2007年 四国巡礼 33三十二番禅師峰寺~三十三番雪蹊寺

5/26(土) 32番札所からから33番札所雪蹊寺まで残り11kmの距離です。

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33番札所雪蹊寺への道は浦戸湾に面して桂浜へと至る道です。

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海が見えて気持ちはいいのですが、南国の陽射しの強さを感じました。

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炎天下の下を野宿用の荷物を持って歩いているお遍路さん。

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太平洋に向かって坂本龍馬像が建つ桂浜。雪蹊寺からの距離は往復1時間。

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桂浜で太平洋に向かって立っている坂本龍馬。

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ようやくこの日の最終目的地雪蹊寺に着きました。雪蹊寺は、八十八ヶ所霊場のうち2ヶ寺しかない臨済宗妙心寺派のお寺で、長宗我部家の菩提寺でもあります。

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雪蹊寺には鎌倉時代の大仏師、運慶とその長男湛慶がこの寺に滞在し、運慶は本尊の薬師如来像と脇侍の日光・月光菩薩像を造りました。

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雪蹊寺の仏様。

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この日は7つの霊場を駆け足で巡りましたので疲れましたが、納経所が閉まる17:00前に到着してほっとしました。

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途中一緒になった女性のお遍路さん、博多から来ていてずっと一人で歩く「歩き遍路」だそうです。  

竹林寺から雪蹊寺までの道は、炎天下、高知市繁華街を歩く慌ただしい行程でした。結局この日は30km近く歩きました。この日は土曜日で、観光バスツアーの団体さんが多く、さながらスタンプラリーの様相で、参拝の証明スタンプをくれる納経所が渋滞していました。

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2019年6月18日 (火)

旅の空2007年 四国巡礼 32三十一番竹林寺~三十二番禅師峰寺 

5/26(土) 高知県3日目の最後は31番札所竹林寺から33番札所雪蹊寺まで3つの霊場を巡る21kmの歩行距離で慌ただしい行程でした。先ずは、32番禅師峰寺を目指しました。

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竹林寺登山口という標識が。

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30番札所善楽寺から7.4km、必死に歩いて31番札所竹林寺の山門が見えてきました。 

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石段を登って竹林寺山門に着きました。

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山門をくぐるとまた石段がありました。石段の両脇には緑が覆いかぶさっていて、森閑としていてとてもいい雰囲気でした。 

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竹林寺は、山内一豊公が土佐初代藩主になって以来、歴代藩主の帰依が厚く、祈願所として寺運は隆盛しました。境内には、石仏群の後に総檜造り、高さ32mの五重塔が建っています。 

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竹林寺は、「よさこい節」の舞台になったお寺で、かんざしを買ったのは純信という37歳のお坊さんで、寺の洗濯物を請け負っていた「いかけや」の17歳の娘さんと相思相愛になったとか。竹林寺はまた学僧・名僧が集まる「南海第一道場」とされた学問寺院としても知られています。

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竹林寺の仏様。

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竹林寺から次の32番札所禅師峰寺(ぜんじぶじ)までは太平洋に向かって南下する道で、必死になって歩きました。

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途中、仏像に手を合わせているお遍路さんを見かけました。

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禅師峰寺への最後の石段。

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禅師峰寺は、土佐湾の海岸に近い標高82mの小高い丘の頂上にあります。石段をさらに上ってゆくと峰寺不動明王像が恐い顔をして立っていました。

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禅師峰寺(ぜんじぶじ)に到着。地元では「みねんじ」とか「みねでら」「みねじ」と呼ばれ、親しまれています。海上の交通安全を祈願して建立されたということで、海の男たちは「船魂の観音」とも呼んでいます。ご詠歌は、静かなるわがみなもとの禅師峰寺 浮かぶ心は法の早船 。

次の目的地33番札所雪蹊寺へと急ぎました。

 

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2019年6月15日 (土)

旅の空2007年 四国巡礼 31三十番善楽寺

5/20(土) 高知県3日目の後半、30札所善楽寺への歩行距離は7.0km。海からは少し離れた田園の道です。

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両脇に緑の畑が広がっている開けた道は歩いていて気持ちよく、歩きながら疲労が回復されていくような気がしました。 

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善楽寺まで6.4km地点。こういう標識はありがたいです。

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畑の中の道から川沿いに出ました。国分川は南国市から高知市に向かって流れています。高知市では坂本龍馬像が立つ桂浜を通り、土佐湾に注いでいます。

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川沿いの道から離れて遍路道に入りました。開けた道もいいのですが、草を踏むような細い道は遍路気分が味わえていいものです。

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木立に囲まれると空気はガラッと変わりました。涼しく、味も香りもあるような気がするのです。思いっきり空気を吸い込めば身体が浄化されたような気がするのです。それにしても他のお遍路さんたちはどこを歩いているのでしょうか。あまり会わないと、道を間違えたのかなと不安になりました。 

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「ヘンロ小屋」がありました。「ヘンロ小屋」は、歩き遍路をする人が休憩するために設置してありますので山間部など人気のない所に建っています。このヘンロ小屋は「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会の活動によるもので、地元の方々からの寄付や労力奉仕によって作られています。現在55ヶ所に設置されています。

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「ヘンロ小屋」は、徳島県出身の建築家歌一洋氏によるユニークな設計でも知られています。今まで歩いてきた中では「日和佐海賊船」という「ヘンロ小屋」もありました。 

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高知市に入りました。高知駅まで6km、はりまや橋まで7kmとあり、「よさこい節」が聞こえてくるようでもありました。

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徐々に高知市内の中心部へと向かっていきました。善楽寺から高知城へは約6km、JR高知駅まで約4kmというこの辺り一帯は、往時「神辺郷」といわれ、土佐では最も古くから栄えた地方です。

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第三十番札所善楽寺に着きました。弘法大師開基の真言宗のお寺です。

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お遍路の一連の儀式も30回目となるとすっかり身につきました。般若心経も教本なしに唱えることができるようになりました。

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参拝は本堂と大師堂でお経をあげたり、一通りの儀式を行うのに20分から30分くらいかかります。

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境内には「梅見地蔵」がありました。脳の病気(ぼけ・ノイローゼ)、目、耳、鼻にいいとか。手を合わせたのですが、御利益があるといいのですが。

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善楽寺の奥の院安楽寺の仏様。見守ってくれるような穏やかなお顔をしています。 

高知県は霊場間の距離が長く、遍路道で気軽に休憩できる場所は意外に少ないのです。うっかり草むらに腰を掛けるとマムシやダニに咬まれるかもしれません。また、熱いアスファルトの上に座っても疲労が残ってしまいます。その点、「ヘンロ小屋」はとてもありがたいのです。 

 

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2019年6月12日 (水)

旅の空2007年 四国巡礼 30二十八番大日寺~二十九番国分寺

5/26(土) 高知県3日目は28番札所大日寺から33番札所雪蹊寺まで5つの霊場を巡り、歩行距離は21kmです。先ずは大日寺と国分寺を目指しました。

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前日は、激しい雨の中「真っ縦」と呼ばれる「遍路転がし」を歩いて苦労したのですが、この日は雨もあがって天気は大丈夫そうでした。遍路支度も調いしました。

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お世話になったおばちゃん、温かいお風呂を沸かして待っていてくれたおばちゃんに見送られて出発しました。どんな立派な宿泊施設よりも居心地がよかった宿でした。

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第二十八番札所大日寺までは38kmの距離ですが、ガイドブックに従って土佐くろしお鉄道を利用して、約1時間歩いて大日寺の山門に着きました。

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土佐藩の祈願所となって栄えていたのですが、明治の神仏分離令によって廃寺となったのですが、大日堂と改称した本堂に本尊大日如来を安置していたために廃寺になることを免れたそうです。本堂は平成9年に再建され、クギを使わずに木組みで造られています。

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ご住職が護摩焚きをしていました。

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ご本尊の大日如来。

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境内にも本尊の大日如来像が安置されていました。大日寺という名前は4番札所も13番札所も同じですが、13番札所のご本尊は十一面観音菩薩でした。この大日如来がこのお寺を救ったといえます。

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次の29番札所国分寺までの歩行距離は9.5km、海沿いの道から離れて長閑な農道が続いている道に入りました。車の騒音に悩まされないで広く視界が開けた道は歩いていて気持ちがいいです。 

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国分寺まで6kmの地点まで来ました。

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お遍路さんが宿泊できる善根宿もあちこちにあるのですが、休憩所もあちこちにあります。ここではお茶やお菓子やミカンなどが出されたり、地元の人と話をしたりすることもあります。私はどうしても先を急ぎたくなりますのでいただく物をいただいたらあまり長居はしないことにしています。

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国分寺迄の道は、畑の中とアスファルトの道で、夏のような暑い陽射しが戻ってきてしまいました。暑い陽射しが照りつける果てしなく続くように思える道は、辛い急坂の山道同様自分が試されているような気がしました。辛い道や楽しくない道を歩くときこそ平常心でと言い聞かせたりもしました。

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国分寺の手前にあった遍路石饅頭屋で名物のお饅頭を買いました。

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国分寺仁王門は明暦元年(1655)、土佐二代藩主・山内忠義公の寄進で豪壮な二層造りです。 

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1250年余の面影を残す境内は、全域が国の史蹟に指定されていて杉苔が美しい庭園で「土佐の苔寺」ともいわれています。「土佐日記」の紀貫之の屋敷跡も近くにあります。

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境内にはもう一つ「ひとこと地蔵」という、とてもユニークなお地蔵さんがいます。祠の中には、ひと言だけ願いを叶えてくれるというお地蔵さんがいます。一人の女性が夫の禁酒を願ったところ、その願いが叶ったそうです。通称「酒断(さけだち)地蔵」。余計なものを見てしまいました。

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国分寺あたりには食堂も売店もなく、国分寺の手前で買ったお饅頭を昼食代わりにいただきました。  

あまり迷いそうもない道を歩いているといろいろなことを考えました。四国巡礼の大きな動機はなかったのですが、ものの本(『四国遍路を考える』真鍋俊照)によると、四国遍路は生涯で三度するそうです。「一度は父のため、一度は母のため、一度は自身のため、三たび巡礼せよ」とありました。 

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2019年6月 9日 (日)

旅の空2007年 四国巡礼 29二十七番神峯寺

5/25(金) 高知2日目の後半は27番札所神峯寺(こうのみねじ)を目指しました。神峯寺への道は、「真っ縦」と呼ばれる勾配45度がkm続く屈指の難所、「遍路転がし」が待っていました。

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この日の目標は急傾斜の道で、神の峯の水が流れているところで、気持ちも身体も引き締まりました。 

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神峯寺への道は、海沿いの道から急坂の山道を上って行く「真っ縦」といわれている道です。登山口にある民宿に予約をしていましたので宿に荷物を預けて「遍路転がし」に挑戦しました。

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「真っ縦」とよばれる急坂の道を、元気そうなお遍路さんが先行していました。 

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「真っ縦」を上りきってホッとする間もなく本堂へは160段の急な石段が待っていて、お遍路さん泣かせでした。 

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ようやく山門にたどり着きました。

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境内には弘法大師が待っていました。 

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神峯寺は、神が峯にいる寺と書きますが「こうのみねじ」と読みます。山の上のあり神秘的な感じのするお寺でした。神峯寺は「土佐の関所」とも呼ばれてもいます。寺の案内によると、三菱財閥の創業者岩崎弥太郎の母が息子の開運を祈願して、安芸市の家から21間歩いて通ったとのこと。ご詠歌は、みほとけの恵みの心神峯 山の誓いも高き水音 。

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境内にはとてもリアルな不動明王が立っていて、荒々しく天空を睨んでいました。 

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神峰寺の仏様。聖観音は遠くを見つめるような目をしていました。

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登山口からは4kmの上りで、「真っ縦」といわれるとおりキツい登りで、汗で体はびしょびしょで、頭もぼーっとしました。下山してきて目についた食堂に飛び込みホッとしました。

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先ずはビールを。

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好物のきつねうどんをかき込みました。 

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一杯のうどんではお腹がいっぱいにならず、二軒目のうどん屋に入りました。はしご酒はしたことがあるのですが、はしごうどんは初めてでした。

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この日の宿は、浜吉という民宿でした。宿に帰り着くと優しいおばちゃんがお風呂が涌いてるよ、早く入りなと言ってくれました。山里の民宿で、ゆっくりと湯舟に浸かり、ほてった身体を畳に横たえて、強いにわか雨の音を聞きながら、ただぼーっとしている時間が、とても充ちたものに感じました。宿泊者は私一人だけでした。  

四国巡礼で一番辛かったかもしれません。親や家族、子供や孫、大事な人の顔や名前を思い浮かべながら、頑張ろう、頑張ろうと自分に言い聞かせながら一歩一歩急坂を上りました。こうして辛い目にあっていることが大切な人や守ってあげたい人のお役に立てられるような、少し修業の気分に浸れました。

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2019年6月 7日 (金)

旅の空2007年 四国巡礼 28二十六番金剛頂寺

5/25(金) 夜中に、激しい雨の音で目が覚めました。恵みの雨となるのでしょうか。高知県2日目の最終目的地27番札所神峰寺(こうのみねじ)までは20km歩きます。雨の中、先ずは26番札所金剛頂寺(こんごうちょうじ)を目指しました。

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昨日泊まった旅館のワンチャンと目が合いました。ワンちゃんが大好きですから嬉しくなりました。それにしても可愛い目をしていました。徳島の第二十一番札所太龍寺へ向かう「遍路転がし」の入口でもワンちゃんと出会いましたが、四国巡礼では蛇とワンちゃんにはよく出会いました。

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旅館の宿泊客は私を含めて総勢二人、一人でなくてよかった。隣のテーブルでつかず離れずの距離で情報交換をしました。千葉から来ているリタイアした歩き遍路さんで、50日で歩くとのことです。食事は、質素な魚三昧で、一泊二食付きで6000円ですので仕方ないです。まあお遍路しているのですから、宿や食事には一切文句は言わないことにしています。

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初めての雨中のお遍路となりました。金剛頂寺は山の中腹にありますので、雨に濡れた山道を入りました。

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雨具は登山で使う上下セパレートの雨具とかいろいろありますが、どうしても蒸れてしまいます。その点、ポンチョは風通しがよくて楽ですし、小さく折りたためますので重宝します。春や夏の街道歩きなどではポンチョに限ります。

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いつの間にか雨は止んで薄日が差してきました。雨具をしまって歩いた先に金剛頂寺の石段が見えてきました。

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山門には入口の両脇に大きな草鞋がありました。よく見かける風景で、何で山門に草鞋があるのか、何となくわかるような気がするのですが、はっきりとはわかりませんでした。 

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昨晩同宿した千葉からのお遍路さんと会いました。同じくらいの時間に出発しますので、再び顔を合わせるのはあたりまえですが。

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雨は上がったのですが、急な山道を上りましたのでびっしょりと汗を買いましたので、白衣も脱いで半袖になりました。

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金剛頂寺の境内にはクジラの供養塔があり、別名クジラ寺ともいわれているそうです。ご詠歌は、往生に望みをかくる極楽は月のかたむく西寺のそら 。

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境内には、人々に害を与え、修行の邪魔をする天狗たちを、弘法大師が退散させたようすを映した「天狗問答」のレリーフがありました。脇に立つ弘法大師はかなり頑強そうな体躯をしていました。 

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境内にはまた、大師が炊いた米が一万倍に増え、人々を飢えから救ったという「一粒万倍」というお釜がありました。中山道を歩いていたとき、皇女和宮が江戸に向かう途中使ったという風呂桶を見たことがありますが、弘法大師(774-835年)の時代の物が残されているとは驚きです。

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いつの間にか、団体のお遍路さんたちが集まってきていて、静かだった境内が賑やかになりました。バスで移動しているようで、この団体さんたちより先に納経帳への墨守をいただかないと無駄な時間がかかってしまいます。

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四国巡礼は弘法大師の足跡を辿る旅ですが、あちこちで大師の奇跡的な出来事を見聞しました。まるでスーパーマンですが、司馬遼太郎の「空海の風景」では、司馬は大師の神がかり的な所行を否定しておらず、むしろそれに近いパワー(神通力)を持っていたとも考えているようでした。  

雨の中のウオーキングは、楽しい反面風通しがいいポンチョでも蒸し暑いことがわかりこの先の課題となりました。といっても具体的な対策は思い浮かばないのですが。 

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2019年6月 4日 (火)

旅の空2007年 四国巡礼 26二十五番津照寺

5/24(木) 最御崎寺の宿坊の予約が取れませんでしたので次の25番札所津照寺(つしょうじ)へと向かいました。歩行距離7kmでした。 

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室戸岬の灯台に寄りました。台風の通り道の室戸岬は天気予報などでしばしば耳にしたことがありました。太平洋に突きだした室戸岬の先端から見る太平洋は比較的波は静かでした。 

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これから向かう津照寺は室戸市役所近く、室津港にも近い場所に位置しています。

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目的地までは室戸岬の丘陵地帯から一挙に海岸線まで下り、さらに海岸沿いに行った先です。室津港が霞んで見えていました。 02_25

グングンと下る坂道で若いお遍路さんと一緒になりました。

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この日はとても暑かったのですが、下り道でしたから助かりました。

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若いお遍路さんがご接待を受けていました。

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私もタコ焼き屋さんからどら焼きのご接待を受けました。

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15:30 25番札所津照寺(つしょうじ)に着きました。太平洋で働く漁師のため、海の安全と大漁を祈願するお寺です。 

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高台に建っていて、本堂へはさらに125段の石段を上りました。 

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津照寺のご詠歌は、法の舟入るかいずるかこの津寺 迷うわが身を乗せて給えや 。 

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津照寺の仏様。

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部屋に落ち着いて、小腹が空きましたのでご接待でいただいたどら焼きを食べて一休みしました。時々いただくご接待は、柑橘類などリュックに入りきらないことありますが、ありがたいものです。 

海が見える道は気持ちも晴々としていいのですが、5月とは思えないくらい暑くてかなりバテました。この先が思いやられました。 

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2019年6月 1日 (土)

旅の空2007年 四国巡礼 25高知・修行の道場 

5/24(木) 一週間前に「発心の道場」といわれる徳島県を巡った後、一週間のブランクをおいて「修行の道場」といわれる高知県の巡礼に出かけました。今回もガイドブックに従って7日間の予定でした。 

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「修行の道場」といわれる高知県は、弘法大師空海にとって大きな意味をもつ土地でした。「この世には海と空しかない」と悟った修行の場に立つ19歳の青年大師像。四国の自然に触れ、自分の大きさを試される7日間です。 

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高知県の巡礼は、24番札所~39番札所の16ヶ所の霊場を巡ります。徳島県は山の中が多かったですが、高知県は太平洋に面した海沿いの道が続きます。 

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羽田空港から徳島空港へ、徳島空港から徳島駅へ、徳島駅からJRで高知県に入り、ローカル線に乗り換え、最後はバスで室戸岬を目指しました。飛行機を利用する時は金剛杖は機内持ち込みができないのが不便でした。

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室戸岬の手前の弘法大師が修業の洞窟前でバスを降り、ようやく歩き始めることができました。目の前には太平洋が広がっていました。

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快晴の青い空の下、青い海を眺めながらしばらく海沿いの道を歩きました。第二十四番札所最御崎寺はさらに1時間位歩いた台風銀座といわれる室戸岬にあります。 

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やがて弘法大師空海19歳の時の姿といわれる青年大師像が見えてきました。青い空と海を見ていました。そういえば坂本龍馬も桂浜で同じように太平洋を眺めています。

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海沿いの道を進むとやがて海に面した崖にポッカリと穴が開いていました。

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小さな洞窟の手前に「弘法大師修行之処」という石碑がありました。 

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この洞窟は「御蔵洞(みくろど 御厨人窟とも)」といわれ、大師が修行した場所で弘法大師にとっても四国巡礼にとっても最も重要な聖地でもあります。「御蔵洞」の入口は小さいのですが、奥行きは20m近くもあります。 

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大師はこの霊場で星が口に飛び込むという神秘的な体験をし、スーパー記憶術である「虚空蔵聞持法」を会得したといわれています。「この世には、海と空しかない」と悟り、後に「空海」と名を改めるきっかけとなった霊場とされています。洞窟から外を眺めると空と海しか見えませんでした。

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目指す24番札所最御崎寺(ほつみさきじ)は室戸岬の先端にあります。

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室戸岬の灯台へと通じる亜熱帯植物が生い茂る石段となっている遍路道を上りました。

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お地蔵様たちが出迎えてくれました。

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13:15 早朝に羽田を出発して第二十四番札所最御崎寺(ほつみさきじ)に着きました。

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ガイドブックでは、この日の宿泊は最御崎寺の宿坊となっていたのですが、人気の宿坊で予約が取れませんでしたので、次の25番札所津照寺近くの旅館に予約を取りました。

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最御崎寺の仏様。心がなごみました。  

23番札所薬王寺から最御崎寺までの距離は76kmあり、歩き遍路なら23日の歩行距離ですが、今回のように電車とバスを使うと3時間くらいでした。これでいいのかなと思うのですが、1週間で1県という日程の関係上仕方がありません。単調な海岸沿いの道を76kmも歩く歩き遍路は中途半端な気持ちではできることではありません。歩き遍路さんは偉いなあとつくづくと思うのでした。

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2019年5月29日 (水)

丹沢登山紀 5月 山のガイド

5/24(金) 前回から中4日で今月4回目となる丹沢登山に出かけました。丹沢登山は日常のサイクルに組み込まれ、散歩の延長の山歩きのようになりました。

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5/21(火)は、台風のような暴風雨が荒れ狂ったのですが、その後は真夏日の連続となりました。この日も陽射しは強かったのですが、朝早い時間帯ですと空気がまだヒンヤリとしていて、樹林の隙間から流れ込む風はヒンヤリと心地よく感じました。

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緑はますます濃く、深くなりましたが、歩きにくい道に疲れて頭を上げれば、チラチラとツツジの紅が眼に入って、緑とのコントラストが鮮やかでした

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強い日射しを浴びて金色に輝いているのはキンラン(金蘭)で、春の里山の代表的な蘭の一種です。手入れの行き届いた雑木林で見られる貴重種です。何回も丹沢に通っていますが初めて見ました。 

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こちらの白い蘭はギンラン(銀蘭)で、白色の花を銀色に見立ててギンランといわれています。キンラン比べると小ぶりで地味です。蕾のような状態で、あまり花は開かないそうです。咲いている姿は、儚げです。

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男性1人と女性2人のシニア3人組は、年中を顔を合わせる常連さんです。普段見落としている花や木があると親切に教えてくれますのでガイドのようでありがたい存在です。 

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表尾根コースの稜線もすっかり緑色に染まり、緑と青空のコントラストが夏山の到来を告げています。

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シニア3人組が待っていて教えてくれたギンリョウソウ(銀竜草)は、とても珍しくて全体が白色で葉緑素をもたず、光合成をしないとのこと。薄暗い林の中に生えている姿からユウレイソウともいうそうです。自分にはとても発見できない珍しい花でした。 

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赤紫色のミツバツツジは雄しべが5本。同じような色のトウゴクミツバツツジは雄しべが10本とか。近くで見ることができずどちらの種類かは分かりませんでした。

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オレンジがかった赤い花びらのヤマツツジ。緑色とのコントラストがきれいなのですが、今年はツツジ系のできがよくないとか。ツツジ系は4年~5年に一度きれいに咲くそうです。昨年はきれいでした。

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富士山の上には気持ちいい広い青空がありました。これから夏に向かって、登山には厳しい暑さとの戦いの時期になります。黒い斑点は小さな虫? 

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日陰がある樹林地帯を抜けると、登りのキツさと陽射しの強さに汗ビッショリとなりました。  

親切なシニア3人組はあまり口をきいたことはないのですが、山や草花のことをよく教えてくれます。困るのは、とても健脚ですのでついていくのが大変なのです。 

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