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2008年4月30日 (水)

水辺の散策

4/29(火)の祭日に、また川沿いに歩きました。今回は、阿久和川に沿って戸塚~大船~鎌倉~保土ヶ谷を20kmくらい歩きました。

自宅からは、帷子川に沿って歩くと横浜に出ます。阿久和川は戸塚へ、大和市からは和泉川が、境川は藤沢から江ノ島へと注いでいます。それぞれの川に沿って、流れと同じ速度で歩くことはとても気持ちのいいものです。

080429_065203 先ずは、ウオーキングの無事を祈って観音寺にお参りです。ここの境内は広く、様々な像があります。

080429_065101 碑には”掃けば散り、払えばまたも塵つもる、心の心も庭の落ち葉も”と書かれていました。

080429_070813 いつものコースよりも少し上流に遡りましたら、”阿久和川・まほろばの川”という水辺がありました。

080429_070931 暫くのんびりと川の流れを見ていられるほっとする水辺です。

080429_073310 いつものコースですが、水の中にも空中にも鯉が気持ちよさそうに泳いでいました。

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2008年4月25日 (金)

歩行距離と歩幅の測定2

4/23(水)は巳の日です。巳の日には銭洗弁天に行くことにしていますが、銭を洗うためではなく、境内にいる白蛇に会いに行きます。既に冬眠からは覚めているのですが、例年ですととっくに脱皮しているはずなのにまだ脱皮していませんでした。

朝7:00に自宅を出発し、境川沿いに藤沢に出て、鎌倉~北鎌倉~大船~戸塚~自宅のコースで17:00に帰宅の予定で出発しました。訓練を兼ねていますので、重めのリュックをしょいました。

080423_075133自宅から1時間くらいの地点には、246号線から 8.5km、国道1号線(藤沢)まで10kmという標識がありました。

080423_082154 通い慣れた境川沿いに、0.5km毎の標識を確認しながら歩きました。最初の目的地点藤沢橋(16km)までは3時間20分(21,445歩)でいつものペースでした。

080423_102004 藤沢市内の仏壇・仏具店の看板です。さすが藤沢です。

080423_103542 藤沢市街から鎌倉に向かう道の居酒屋さんの看板です。昔「明るい農村」というNHKのラジオ番組がありましたが、「明るい漁村」いいですね。一度入ってみたいと思わせます。

080423_112024 鎌倉市に入って、長谷隧道(トンネル)の手前の何にもない閑散とした通りに「イタリア・フランス料理レストラン シャンソン」というお店がありました。とてもおしゃれでやはり一度入ってみたくなりました。

この後、銭洗弁天に11:45(31,391歩)に到着し40分間の昼食休憩をとりました。

大船13:30着(38,055歩)10分休憩

戸塚14:50着(46,141歩)10分休憩

自宅には17:00ちょうどに到着しました(57,963歩)。歩行9時間、休憩1時間、歩行距離42km、平均時速4.7kmの快適なテクテクでした。すぐに風呂に飛び込みましたが、足がジンジンしていました。

連休明けに予定している奥の細道では、最大の難所といわれる山刀伐峠を越えますので、この日のウオーキングで自信がつきました。

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2008年4月22日 (火)

歩行距離と歩幅の測定

4/20(日)に、散歩がてら、境川に沿って、藤沢~鎌倉~大船方向へどの程度歩けるか、歩行速度や歩幅の測定に出かけました。

境川には川沿いの10kmにわたって0.5km単位の標識がありますので、速度や歩幅を測定することができます。正確な歩幅が分かれば万歩計を使って正確な歩行距離を把握することができます。この日は、大船まで41,207歩歩きましたから、ほぼ30km歩いたことになります。

Photo 境川に沿って、10kmにわたる遊歩道が整備されています。

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0.5kmごとの標識は、歩行速度や歩幅、歩行距離を把握するのに大変便利です。

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ほんの1週間前には桜の花が満開でしたが、すっかり葉桜になっていました。花の命は短くて・・・です。

Photo_4 藤沢橋には、自宅から3時間20分、21,230歩でした。自宅から藤沢橋までは15.7km、時速4.8kmということがわかりました。

Photo_5 鎌倉方向に歩いていると、モノレールが走っていました。いつもはモノレールから下を見下ろしていたのですが、不思議なものです。

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2008年4月17日 (木)

奥の細道52 西行戻しの松

松島見物を終え、帰途につく途中に西行ゆかりの地の標識を発見。

51 「西行戻しの松」という標識がありました。いわれがまったくわからないのですが、敬愛する西行の足跡を追いかけることにしました。

52 0.6kmとのことでしたのですぐに辿り着けると思ったのですが、道案内版が一切なく、急な上り坂が延々と続きました。そのうち道もわからず、人影もないために残念ながら自分が戻ってしまいました。

「西行戻し松」には辿り着けませんでしたが、JR仙石線松島海岸駅から仙台に出て、仙台から東北新幹線の「はやて」に2時間ちょっと乗ってあっという間に戻りました。

4/3~4/6の3泊4日の行程でしたが、とても象深い奥の細道でした。松島から先の旅も楽しみです。

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奥の細道51 松島の雄島

松島では、五大堂、瑞巌寺と同様芭蕉が訪れた雄島に行きました。

55 この島は小さな橋を渡って上陸?することができます。

56 芭蕉は1669年に塩釜から松島に渡り、瑞巌寺を詣でた後にこの島を訪れています。

57 雄島は瑞巌寺とゆかりが深く、島内には岩窟が多く、卒塔婆や仏像が多く安置されていて、全国から修行僧や巡礼が訪れ、修行したとのことで、島全体が霊場のようです。

58  雄島からみた松島湾の島々です。絶景でしたが、俳句は一つも浮かびませんでした。

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奥の細道50 松島

4/6(日)の最終日は松島見物です。芭蕉と同じように塩釜から松島までは船に乗りました。塩釜港のマリンゲートから松島行きの「島めぐり芭蕉コース」に乗りました。

48 船内は広く快適です。ほとんどが年配の夫婦か年配のおばさんです。年配のおじさんは私だけでした。窓が広いために2百いくつかあるという松島の小さな島々を楽しむことができました。料金は1,400円です。

49 松島のシンボルといわれる五大堂です。

50 松島のもう一つの名所瑞巌寺の参道です。大きなお寺ですが、入場料が700円と高くびっくりしました。

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2008年4月15日 (火)

奥の細道49 塩竃市

4/5((土)は、福島市、仙台市に続いて3泊目で塩釜のホテルに宿をとりました。塩釜は港町で、魚が美味しいのでたくさんの鮨屋がありどの店に入っていいか迷いました。以前に小樽に行った時、鮨屋横町でお寿司を食べたのですが、値段が高い割りに満足度は低くがっかりした記憶が蘇りました。

60_2 街をブラブラしていると小さな市場がありました。

61_2 塩釜は松島に近く、牡蛎が美味しく、ホヤ貝やホッキ貝も並んでいました。鮨屋に入らないで、、1個100円の牡蠣を買いました。

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殻付きの牡蠣を食べやすいように造ってもらいました。塩釜は生マグロの水揚げが日本一です。その800円の生マグロを500円にまけてもらって、割り箸や醤油やワサビまでつけてくれて、ホテルで海の幸を満喫しました。港町のおばちゃんやお姉さん達はとても気っぷが良くて、塩釜がとても気に入りました。

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2008年4月13日 (日)

奥の細道48 塩竃神社

4/5(土)お昼近くに多賀城を後にして、旧塩釜街道をのんびりと塩釜に向かいました。

45 旧塩釜街道は、のんびりした風情のある街道です。

46 15:00過ぎに塩竃神社到着しました。表参道は202段の石段が続いています。

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塩竃神社は奥州一の大社といわれています。境内には芭蕉が感銘した鉄製の宝燈が現存していたり、芭蕉が見るのを楽しみにしていた塩竃桜などがあります。塩竃桜はまだ季節が早く残念ながらお花見というわけにはいきませんでした。

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奥の細道47 多賀城政庁跡

多賀城のもう一つの見所は奈良時代前半に大和王朝の東北の政治の拠点となった政庁跡です。

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政庁跡には、平安人がそのまま化石になってしまったようないくつかの石が時を刻んでいました。

42 当時の国勢がわかりやすく表示されていました。

43 本殿跡の礎石。

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奥の細道46 多賀城

4/5(土)、仙台を7:00に出発し、多賀城を目指しました。多賀城は奈良時代前半に陸奥の国府としておかれ、北の拠点として大和朝廷と蝦夷の人々との争いの場ともなりました。

38 仙台から多賀城までは大体16kmくらいで、10:30に到着しました。

39 多賀城のお目当ては鞘(さや)堂に置かれている「壺の碑(いしぶみ)」です。鞘堂はまばらな木立の間にひっそりと佇んでいました。

40 この「壺の碑」は762年に建立され、鞘堂の中で西を正面にして建っていました。この碑は高さ196cm、最大幅92cm。碑文の平城京や各国境からの距離などを刻んだ文字は今でも読むことができます。芭蕉は古代の姿をそのまま伝えるこの碑を見て、苦しい旅を続けたからこそ出会えたと涙を流さんばかりに感激したとのことです。

私は、昨晩の仙台で贅沢な時間を過ごしたせいか芭蕉ほどの感激は感じませんでしたが、1250年前からここに建って残されていることや、当時の文字が現在でも読めることに少し感動しました。

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奥の細道45 仙台到着

4/4(木)19:00に仙台駅前に到着しました。

34 東北随一の大都会の駅前に行列を作っているタクシーのライトはホタルのようでした。

35 仙台に宿泊する目的の一つは東の横綱といわれる名居酒屋「一心」で一杯やることでした。

http://hw001.gate01.com/izakayajunky/issin.htm

36 ここの名物は日本酒の品揃えと付出しです。今日はボタン海老とホタテとマグロでした。

37 是非食べたかったのが新鮮なホヤ貝でした。

仙台ではもう一軒「源氏」という居酒屋に行きたかったのですが、翌日の行程に差し支えるといけませんのであきらめました。

http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/genji/index.html

宿泊は「コンフォートホテル」という駅前のホテルに泊まりましたが、とても素晴らしく旅の疲れが癒されました。

JR東北本線を利用しながら医王寺~甲冑堂~笠島と行きたいところを訪れ、推定36km(56,000歩)歩いた長い一日でした。

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奥の細道44 笠島

4/4(木)、15:00にJR東北本線白石駅に到着し、電車を利用して名取駅に移動し、名取駅から1時間くらいの距離にある笠島に向かいました。笠島には平安時代の歌人藤原実方と西行の碑があります。

32 名取駅から30分くらい歩くと田園風景となります。東北新幹線が疾走していました。

30 名取駅から1時間くらいのビニールハウスが脇の小道の先が藤原実方の墓と西行の句碑があります。

31 藤原実方は、有名な歌人でしたが、991年に政争に敗れ左遷され、陸奥守に任じられ、この地で最期を遂げました。

西行は歌人としての藤原実方を敬愛していましたのでこの地を訪れたのですが、あまりにもみすぼらしいお墓に涙し、和歌を残しています。確かに、墓石があるわけではなく細木が一本立っているだけでした。歌人として有名を馳せた都人の墓所としては哀れさを誘います。

芭蕉もまた、藤原実方と西行を敬愛していましたので憧れの地であったようですが、何らかの事情で訪れることができなく、1696年に門人が訪れたとのことです。

西行が涙し、芭蕉が憧れたこの地は、ビニールハウスの脇の小道を入った粗末な墓所と西行の和歌の碑があるだけの場所ですが、歴史の流れを感じることができ観光地にはない旅の醍醐味を味わうことができました。非常に印象に残る場所でした。

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奥の細道43 甲冑堂

4/4(木)14:00に、坂上田村麻呂を祭神とする田村神社に到着しました。ここの境内に甲冑堂(御影堂)があり、是非訪れてみたいと思ったところです。

27  甲冑堂は、午前中に訪れた医王寺にお墓がある佐藤継信、忠信兄弟の妻を祭ってあります。以法隆寺の夢殿のような趣がありましたが、門が閉じられていました。

28 何とか、中を見たいと思い、社務所の人にお願いして門を開けてもらいました。

2つの人形は、佐藤兄弟の妻の甲冑姿でした。佐藤兄弟が戦死し、落胆の姑を励まそうと二人の妻が甲冑を身につけ、凱旋したように見せたという話を体現したものです。この謂われのために、当初は御影堂と呼ばれていましたが、今は甲冑堂と呼ばれています。この話に芭蕉も涙したというでしたので是非来てみたいと思っていましたので、とても満足しました。

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2008年4月 9日 (水)

奥の細道42 奥州街道

4/4(木)13:00に飯坂温泉手前の医王寺を出発し、最寄り駅の伊達まで歩き、時間の都合でJR東北本線に乗り、越河で下車し、奥州街道を歩き甲冑堂を目指しました。

22 久しぶりに街道らしい道です。

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奥の細道41 宝物殿・瑠璃光殿

医王寺は義経・弁慶とゆかりの深いお寺です。福島県も北に上りにつれて、芭蕉の影よりも義経の影が色濃くなるようです。ある人から義経を訪ね歩いているのですか、芭蕉ですかと聞かれました。

宝物殿の瑠璃光殿には、今から800年ほど前の甲冑などが保存されていました。

17 弁慶が背負ったといわれる笈(おい)です。細かい細工や装飾が施されていました。逃亡にこれを背負ったらきっと目立ったことと思います。

18 与謝野蕪村のような人もここを訪れています。当時の人にとっては東北は未知の神秘的な地域だったようです。

19 佐藤兄弟が用いた竹や当時の甲冑なども保存されています。本当は撮影禁止なのですが、誰もいませんでしたので、いけないと思いつつシャッターを切ってしまいました。

すっかり800年前にタイムスリップしたような気分になりました。

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2008年4月 8日 (火)

奥の細道40 飯坂医王寺へ

4/4(金)10:30飯坂温泉に近い医王寺を目指しました。医王寺は芭蕉が涙したと言われる佐藤一族の菩提寺です。

13 芭蕉が歩いた道はこじんまりとした住宅街の間を縫っており、今は舗装されています。

13_2

14 12:30に医王寺に着きました。杉の古木が200mも続く参道です。

16 参道の中程の右手に3つの像がありました。これは信夫郡の庄官を務めた佐藤基治、息子の継信、忠信兄弟の像です。芭蕉が医王寺で涙したわけは、義経の忠臣であった継信、忠信兄弟が戦死したとき、2人の息子の嫁が、深い悲しみに沈む姑を慰めるために、なき夫の甲冑を身につけて凱旋した姿のように見せたという話があったからです。

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奥の細道39 福島文知摺石1 

4/4(金)、7:30に福島駅前を出発し、信夫の里にある「文知摺石」を目指しました。これは芭蕉がわざわざ歌枕である信夫の里に行き、文知摺石を見に行ったとのことでしたので、私も行ってみることにしました。

10 9:00に文知摺観音に到着しますと芭蕉が出迎えてくれました。ここまで1時間半かかりました。

11 「早苗とる手もとや昔しのぶ摺」という芭蕉の句碑がありました。

12 「文知摺石」の実体はハッキリしていないようですが、布を模様のある石の上に当て、忍ぶ草などの緑色の葉や茎をそのまま布に摺りこんで染めたもののようです。

観光地でもなく、訪れる人もいない地にぽつんとある石を見るためだけの往復3時間ですが、このような道を歩くことがテクテク野醍醐味で後々印象に残るのではないかと思います。

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2008年4月 7日 (月)

奥の細道38 二本松~福島

13:30に二本松を出発し、福島を目指しました。

05 どこまでも続く国道をテクテクと歩きました。

06 食事するところがありませんので、用意しておいた草大福で腹拵えです。

07 福間への手前10km地点で日が暮れてしまいましたので、歩くのをあきらめJR東北本線の金谷川駅から電車に乗りました。福島駅に着いたときにはすっかり日が暮れ、芭蕉が出迎えてくれました。

08 早速夜の街を探訪です。

09 水分とエネルギー補給です。先ず初鰹とタラの芽の天ぷらです。

本日の歩行38km(59,000歩)でした。郡山から福島までの距離は50km近くあり、さすがに歩ききることはできませんでしたが、まだ先もあることですし無理をしないことにしました。

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奥の細道37 郡山~二本松

4/3(木)に、第7回目の奥の細道に出かけました。今日は何とか郡山から福島まで行きたいのですが。

始発電車に乗り、東京から東北新幹線「やまびこ」でAM7:23には郡山に到着しました。早速最初の目的地である安積山を目指しました。

01 郡山から旧道に入り、8:45に安積山に到着しました。現在は公園や運動場になっていました。

02 今日は行程が長いので、次の目的に二本松へ急ぎました。二本松までは18kmの距離で、13:00頃に二本松城に到着しました。少年隊といえば会津白虎隊が有名ですが、二本松でも少年隊が組織され、戊辰戦争では多くの若い命が失われたとのことです。

03 二本松は奥の細道とはあまり関係はないのですが、「智恵子抄」で有名な高村光太郎の妻の智恵子の碑があるということなので寄ってみました。二本松は菊人形でも有名なところです。

04 遠くに智恵子が見たであろう安達太良山を望むことがことができます。

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2008年4月 2日 (水)

お花見

3/30(日)、天気予報は午後から雨の予報でしたが、巳の日でしたので、北鎌倉(宇賀神社)にお参り方々歩いてみようと思いました。カミさんとパソコン教室の店長が同行するということで両手に花???で花見ということになりました。

花見といっても、お弁当やお酒などを持ってという優雅なものではなく、ウオーキングが目的で、ついでに花を愛でようというものでした。あちこちの桜は八部咲きで満開寸前でした。結局四時間歩いて目的地に着き、天気がよければ更に江ノ島まで2時間歩くつもりでしたが、時々雨がポツポツときましたので、北鎌倉から戻り、夕食に3人で酒を酌み交わせ事になりました

いつものこのコースは、阿久和川沿いに戸塚へ向かい、大船、北鎌倉(ここまで4時間)終着で、更に脚を伸ばせば江ノ島まで2時間、更に藤沢まで1時間です。ここまで7時間ですが、更に藤沢から境川沿いに湘南台などを経由して(大体4時間)自宅に戻れば合計11時間のコースとなります。大きな異なる二つの川沿いの道ですので結構楽しめます。時期を見てこの11時間コースに挑戦してみようと思っています。

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