« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月29日 (木)

奥の細道61 農民の宿田代館

赤倉温泉の散策を終え、田代館にチェックインしました。

50_2 田代館の案内板には「農民の家」と書いてありました。

51 宿泊客は私1人でした。夕食は食事処でお膳が用意されていました。申し訳程度にお刺身がありましたが、山里ですから、やはり鮎や山菜が美味しかったです。

52 山菜はその日の朝に採りに行ったものだそうです。

53 次々にお膳が出てきました。

54 温泉にゆっくり入って、熟睡して、翌朝田代さんご夫婦に出発を見送っていただきました。

今日はこれから奥の細道最大の難所といわれる山刀伐(なたぎり)峠を越えますが、ご主人には事前に峠の状況を詳しく教えていただきました。奥様は気さくな方でズバズバとものを言う方で、アットホームはお宿でした。ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奥の細道60 赤倉温泉

5/16(金)の午後、封人の家を見物したあと、更に赤倉温泉目指して歩きました。

46 封人の家の近くに分水嶺がありました。太平洋側と日本海側にここを分岐として流れが別れます。

47 分水嶺から2時間くらいで今日の宿がある赤倉温泉に到着しました。鄙びた温泉街と聞いていたのですが、観光客は誰もいないようでした

48 今日はかなり歩きましたので、旅館にチェックインする前に酒屋の店先で、ビールでちょっとノドを潤しました。

49 ヒマそうなおみやげ屋さんのおばあちゃんに声をかけられました。80歳とのことですが、横浜から来たと言いましたら「ブルーライトだね」と言われ、とてもハイカラなおばあちゃんでした。

50

自家製のタクアンとお土産用の山菜漬け物とお茶をいただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月26日 (月)

奥の細道59 封人の家

中山峠を越えて暫く歩くと封人の家に着きました。鳴子温泉から大体3時間くらいです。

40 封人の家というのは、国境を守る役人の家で、代々の庄屋が務めていました。

41 建物は約350年を経ているとのことです。

42 芭蕉は、1689年5/15にここに泊まり、雨に降られたために2泊したそうです。わたくしは、2008年5/16に通りかかりました。

43 芭蕉を気取って囲炉裏端に座ったのですが、管理しているおじさんから俳句でも一句如何ですかといわれたのですが、絶句しました。

44 馬は家族同様に大切に扱われ、人馬と共に一つの家に居住していました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月25日 (日)

奥の細道58 中山峠

5/16(金)の午前中は念願の平泉散策を終え、JR平泉駅から鳴子温泉駅にお昼前に着きました。

32 鳴子温泉駅前には、面白い形をした温泉旅館の表示がありました。温泉街独特の硫黄の匂いがたちこめていました。

33 鳴子温泉駅から30分くらい歩くと尿前(しとまえ)の関があります。この関は当時、出羽街道の交通の要衝でした。

34

いよいよ出羽街道に入ります。

36 少しずつ登りが急になり、緑がとても綺麗です。どんなに険しい道でも、側を車が走り抜ける道路よりは安全です。

37 ところどころに標識があります。

38 また小さな祠も見られます。

39 峠を越えると山形県に入りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奥の細道57 毛越寺

高館義経堂から約1kmくらいのところに毛越寺(もうつうじ)があります。おりしも平泉の世界遺産登録延期という決定がなされましたが、世界遺産がどのような基準のものなのかは分かりませんが、中尊寺と毛越寺などの一帯は広々と明るく、かつて奥州の黄金郷といわれ芭蕉が憧れただけの雰囲気があります。明るい陽射しの中を歴史を感じていながら歩いていますと、気持ちが広々としてきます。

28 毛越寺の山門です。早朝ですので未だ観光客の姿は見えません。

29 毛越寺境内にある大泉が池です。藤原氏が造営した浄土式庭園で、毎年5月の第4日曜日(今日25日)には毛越寺曲水(ごくすい)の宴という優雅な平安時代の絵巻物語りが展開されます。

30 毛越寺のご本尊。

31 栄華を極め、源頼朝により滅ぼされた藤原氏三代の清衡、基衡、秀衡像。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奥の細道56 高館義経堂

中尊寺から約1kmくらいのところに高館義経堂があります。

23 高館義経堂は、義経終焉の地といわれています。

24

小さな石段を上ると、芭蕉の碑もすぐ側にありました。有名な「夏草や兵どもの夢のあと」という句はここで詠まれました。

25 義経はここで最後を迎えたといわれています。

26 義経の像があり、顔が見えますが、本当にこんな顔をしていたのでしょうか。本当の顔は誰も分からないのですが、どうもイメージとは異なるような気がします。

27 義経も芭蕉も見たと思われる北上川の流れです。平家を追いつめた義経は、かえって兄頼朝の猜疑心によって鎌倉の腰越(満福寺)から追われる身となりここで最後を迎えました。

芭蕉は、西行に憧れ西行の後を追い、義経の影を求めて奥の細道の旅に出たといわれていますが、西行は元平家のエリート武将でした。平家を滅ぼした義経はここに眠り、平家武将から出家した西行はどのような思いだったのでしょうか。

未だ夏には早い奥州ですが、陽射しは夏のもののようでもあり、強い陽射しが青々とした緑の草々に降り注ぐ光景は「夏草や兵どもの夢のあと」という芭蕉の句が実感され、歴史の輪廻に思いを馳せますと、人の命の儚さを感じます。ふと残された人生を悔いなく有意義に過ごそうという殊勝な気持ちにもなりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奥の細道55 平泉中尊寺

前日はほとんど車での移動でしたが、5/16(金)の三日目は、ようやく歩くことができました。早朝6時に宿を出発し、平泉までおよそ2時間弱の道のりでした。先ず平泉の中尊寺に行きました。

17 中尊寺の参道の入口には、弁慶のお墓がありました。

18 一番乗りの参道には未だ人影がありません。

19 参道のそこかしこには弁慶堂などの社がたくさんあります。

20 金色堂は外見は質素です。内部には1124年に藤原清衡によって建立された黄金色に輝く金色堂があります。残念ながら撮影禁止です。金色堂は奥州藤原氏が造立した現存する唯一の建造物です。堂内外を全て金箔で包み、金銀や蒔絵などで荘厳された堂内部の三つの仏壇の中には、藤原氏三大の遺体と、四代泰衡の首級を安置してあります。

21 金色堂のすぐ側には芭蕉像が建っていました。

22 中尊寺の参道を戻る途中で観光客に会いましたのでシャッターをお願いしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月24日 (土)

奥の細道54 気仙沼~一関

仙台で借りたレンタカーは、同一県内ですと乗り捨て料は無料ですので、気仙沼で乗り捨てました。

12_5

気仙沼は東北地方有数の漁港ですので、芭蕉とは関係ないのですが、魚市場に立ち寄りました。

13_4

話の種に、フカヒレラーメンなるものを食しました。可愛いフカヒレの姿煮がのっていて、フカヒレスープそのままでしたが少し濃厚さが足りないという印象でした。

14_4

気仙沼からJRに乗り換え、岩手県に入り、平泉への拠点である一関に着きました。この日はほとんど歩いていないのですが、奥の細道のもう一つのテーマである「居酒屋紀行」を探求しました。地元の人が行きつけの居酒屋ということで暖簾をくぐりました。

15_2

16_2

並んでいた総菜の中から蕗の煮付けをいただいたのですが、とても美味しく、また日本酒も少量で様々なお酒を楽しむことができました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月23日 (金)

奥の細道53 石巻市~登米市

5/15(木)は、千葉さんのお宅からレンタカーで先ず石巻市に向かいました。

07_6石巻市を眼下に見下ろす日和山(ひよりやま)公園にある芭蕉像に挨拶をしました。

08_4

前日の14:00に24時間の約束でレンタカーを借りていますので、原子力発電所のある女川(おながわ)に向かいました。仕事であちこちの原発は視察に行っているのですが女川原発は未だ来たことがなかったので、寄り道をしたのですが、残念ながら海岸からはその姿を捉えることはできませんでした。女川湾はリス式の静かな綺麗な海でした。

09_4

本来の奥の細道のルートに戻って、登米市に着きました。古い街並みが大切に保存されている街です。ここはかつての県庁庁舎です。

10_5

尋常高等小学校です。とても懐かしい世界でした。

11_3

芭蕉はこの地を気に入ったようで、私ももう少しゆっくりしていたのですが、一関に向かって先を急ぎました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月21日 (水)

奥の細道番外編 大千葉さん

慈眼寺で塩沼ご上人にお目にかかった後、レンタカーで仙台市内に戻り、大学時代のゼミの仲間(といっても5歳年上の大先輩ですが)の大千葉さん宅に向かいました。本名は千葉さんですが、ゼミにはもう1人千葉君がいましたので、いつの間にか大千葉さん、小千葉君と呼ぶようになっていました。

Photo_10

大千葉さんの奥様も一緒で、3人で乾杯して、仙台名物の牛タン、ホヤ、岩カキをご馳走になりました。その後、ご自宅に戻って心配した通りというか期待した通りというか、深夜まで飲み、布団に入ったとたんに気絶でした。二日酔いにはならず、気分よく目覚め、レンタカーで次の目的地石巻に向かいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奥の細道番外編 慈眼寺

5/14(水)に8回目となる奥の細道に出かけました。前回は4/5に仙台・塩釜に到着して以来ようやくの旅立ちです。連休前に出かけたかったのですが、山刀伐(なたぎり)峠が積雪で通れないということで、雪解けを待っていました。

たまたま連休中に、大峯千日回峰行の体験を綴った「人生生涯小僧のこころ」を読み、著者の塩沼亮潤上人が5年前に仙台に慈眼寺というお寺を開いたということを知り、どうしても行ってみたいと思いました。塩沼ご上人の著作を携えて仙台に向かいました。

Photo

仙台駅からレンタカーを借り、1時間ほど走った山奥に慈眼寺がありました。清澄な感じがする大きな空間にシンプルな本堂がありました。

Photo_2 修行中の若いお坊さんに来意を告げますと、ちょうどご上人は出かけるところですが、10分くらいでよければお目にかかりましょうと言っていただきました。直接お目にかかれるとは思っていませんでしたのでびっくりしましたが、とりあえず持参した本にサインをお願いしました。

Photo_3 表紙の裏に、サインをいただきました。

Photo_4 お寺の中をご案内いただきました。ここは護摩堂です。ここで護摩をたくそうです。実際のお経も聞いてみたいと思いました。

Photo_5 何をお話ししていいか分かりませんでした。「千日回峰行を辛いとかやめたいと思ったことは一度もなかった、9日間の飲まず、食わず、眠らず、横にならずの四無行のうち一番辛かったのは水が飲めない事だった・・・」などということは本に書かれていますので今更聞くわけにもいきませんでした。

心に残ったのは、千日回峰行が特別な行とは思わない、日常も同じような行と思っていますという言葉でした。

あっという間の10分間でした。最後に記念写真と握手をしていただいてすっかりミーハーになってしまいました。

様々な行の中で最も厳しいと思われる行を行ったとは思えない穏やかな笑顔と暖かい手のひらの感触が印象的でした。

予定していた新幹線より1本速い新幹線に乗ったのですが、アポを取っていませんでしたので、もし予定通りでしたらお目にかかれなかったと思います。ラッキーでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月20日 (火)

戻りました

5/20(火)の朝酒田発6:44の特急いなほ4号で日本海を見ながら新潟に出て、新潟から8:59発のMaxとき14号に乗り換え、東京までノンストップで10:39に到着しました。天候に恵まれた7日間でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

6日目

6日目
6日目
6日目
6日目、5月19日は湯殿山に行きました。片道1時間半の路線バスは行きも帰りも貸し切りでした。
鶴岡市から酒田市に移動し、ようやく日本海に出ました。最後の夜はお祭りでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

5日目

5日目
5日目
5日目
5日目
5日目、5月18日は最上川を下り、午後から羽黒山に登りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

4日目

4日目
4日目
4日目
4日目、5月17日は最大の難所と言われる山刀伐峠を越え、尾花沢市内迄20㌔を歩きました。
午後からは山寺に登りました。閑かさや岩にしみいる蝉の声の句で有名なお寺で、小さな静かなお寺を想像していたのですが大きく、1000段の石段にはさすがに疲れました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月11日 (日)

慈眼寺の予定

盛中さん投稿ありがとうございます。ご無沙汰していますが、御家族の皆様も岩国ママもお元気そうで何よりですね。仕事と投げ入れ堂で足腰を鍛えているとのこと、機会がありましたら山中湖に泊まって富士山ビュートレッキングコースや七面山でも挑戦にいらしてください。

ところで、慈眼寺へは急ですが5/14(水)を予定しています。奥の細道は5/15(木)から予定しているのですが、「人生生涯小僧のこころ」を読んだらどうしても塩沼上人のお寺に行きたくなりましたので、1日前に予定を組み入れました。面会の予約をしているわけではありませんのでお目にかかれるかどうかは分かりませんが、本を持参してサインをお願いし、護摩祈祷(毎週日曜日のPM1:00~)もお願いして、本と護摩祈祷のお札を後日郵送してもらおうと虫のいいことを考えています。お目にかかれて握手でもしていただけたらいいのですが。

慈眼寺は仙台からバスで1時間の辺鄙なところにあるそうですので、仙台でレンタカー(24時間)を借りて、慈眼寺にお参りをし、その日は大学のゼミ仲間(といっても歳は大先輩)と仙台で飲み、彼のお宅に泊めてもらう予定です。彼は酒豪ですので二日酔いにならなければいいのですが。

翌日はレンタカーで前回行った松島、石巻を経由して女川(おながわ)原発がある牡鹿半島を海岸沿いに北上し、フカヒレの街気仙沼でレンタカーから電車に乗り換え、一ノ関で宿泊予定です。その後は、平泉~鳴子~山刀伐峠(山形県に入り)~立石寺(山寺)~最上川~羽黒山~鶴岡~酒田など1週間の行程で5/20(火)に戻る予定です。

奥の細道とはいえ歩くことだけにこだわらないで楽しめる旅路にしたいと思っていますが、歩き甲斐のある山中峠、山刀伐峠、羽黒山、湯殿山などは是非歩こうと思っています。できたら今年度の仕事が動き出す前の連休前に出かけたかったのですが、山刀伐峠が積雪が多く雪崩の心配があるため封鎖されていました。連休後にようやく開通したとの連絡が入りましたのでこのような日程になりました。山刀伐峠は奥の細道の中では最も厳しい峠でできたらガイドをつけたらと勧められていますが、きっと四国の遍路転がしといわれる道と同じようなものだと思いますので、まあ何とかなると思っています。

霊山といわれる出羽三山(羽黒山、湯殿山、月山)も楽しみですが、月山の山開きは7/1ですので今回は羽黒山、湯殿山の二つの山だけです。

以前から訪れたいと思っていました鶴岡市や酒田市も楽しみですし、歩いた後は日本居酒屋紀行の大田さんお勧めの居酒屋が随所にありますのでたっぷりとエネルギー補給をしようと思っています。

連休後に銀行系のシンクタンクから新しい仕事の依頼があり、ありがたいのですが、金融庁管轄のため新規取引基準が厳しく、何とか5/13(火)迄にクリアして契約してから出かけたいと思っています。ちょっとやきもきというところです。

ということで、5/14から出発の予定ですので、急なことなので同行は無理でしょうね。様子は戻りましたらブログにアップします。四国遍路ではリアルタイムにブログをアップしましたら電話代が10万円近くにもなりましたので、これからは戻ってから携帯映像をパソコンに移してアップすることにしました。

080508_063923

連休前に出かけたいと思っていたのですが、山刀伐峠が開通しないためイライラしていました。鬱憤を晴らそうと手漕ぎボートで海上テクテクでキス釣りに出かけたのですが、残念ながら海が荒れていましたので断念しました。

080508_074443 仕方なく、三浦半島の魚屋さんに寄りました。

080508_185953 キスのはずが、生きていた石鯛、カマス、アジ、イカになってしまいました。

080508_195359 石鯛は活き作り、カマスは塩焼き、イカは刺身、アジはタタキにして、相変わらずのなまぐさをしています。石鯛はシコシココリコリで絶品でした。今まで食べた事のない食感と味でした。機会がありましたらお酒持参でオーベルジュ山中湖亭でも榛沢亭でもお出かけ下さい。腕をふるいます。

長くなりましたが・・・またの機会を楽しみにしています。お元気で。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年5月 7日 (水)

大峯千日回峰行

Photo 吉野山での2人目の大峯千日回峰行者である塩沼亮潤さんの手記を読みました。

高低差1300mの往復48kmの山道を16時間かけて1日で往復するという行を1000日間、9年間かけて達成した記録です。

自分も憧れた世界でしたから羨ましくもあり、しかし手記を読んでやはり自分には絶対に不可能だと思いました。

塩沼さんは高校卒業と同時に千日回峰行を志し仏門に入り、修行を行い、先ず百日回峰行を達成し、厳しい審査を受けて挑戦しました。

一度行に入ればどのようなことがあっても中断は許されず、もし挫折した場合は割腹自殺という厳しい世界です。文章は飾り気がなく、淡々としたものでそれだけ心に沁みました。

自分が歩いた距離の最高は45kmくらいでしかも大体が平地でした。標高差1300m、厳しく険しい山道を48kmというのは想像できません。正しい歩き方についても語られています。20kmくらいまででしたらどのような歩き方をしても大丈夫ですが、30km以上40km以上となると正しく歩かないと足が痛くなったりします。

塩沼さん(大峯千日回峰行大行満大阿闍梨)は仙台市秋保・慈眼寺で住職をされているということなので、次回の奥の細道の途中で訪れてみたいと思っています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月 1日 (木)

水辺の散策2

4/29(火)に続いて、5/1(木)も朝6:30に水辺の散歩に出発です。カミさんはあきれかえって「足をそんなに鍛えて、認知症になって徘徊でも始められたら大変だわ」と憎まれ口を聞いていますが、リュックをかついで家を出てしまえばこちらのものです。

気分や体調、気象条件などを考えて今日はどのコースを歩こうかな、お昼はどこで食べようかな、夕食の食材は何をどこで仕入れようかな等と考えながら歩くと飽きません。食材を途中で仕入れるために保冷バックなどもリュックに忍ばせていますのでどうしても山登りのようなリュックになってしまいます。退職したカミさんは一緒に歩こうという約束も忘れてあちこち出かけてしまいますので、相変わらずの主夫をしています。

今日は境川を下って藤沢に出て、柏尾川を遡り大船から戸塚に向かい、最後は阿久和川を遡りました。15:15に戻りました。49,673歩歩きましたから多分36kmくらいの行程でした。先日は鎌倉に寄りましたので40kmくらいでしたが、今日の川沿い周遊コースは鎌倉に寄らずに藤沢から大船に直接向かうコースですので、少し短くなります。

15~16時くらいに帰宅できると、仕事のメールのチェックやレスポンス、対応ができますし、温泉気分で一風呂浴びて、ゆっくりと夕食の支度に取りかかることができます。

080501_080309 最近すっかりお馴染みになった境川に沿って、川の流れと同じ速度で歩いていると、水の波動と体のリズムが共鳴するようでフットワークも軽くなります。

080501_091711 境川下流でのおじさん達の水遊び。無邪気そうでした。(携帯の望遠機能で撮影)

080501_103746 柏尾川の水上に顔を出した石の上で、亀かスッポンのファミリーが甲羅干しをしていました。(携帯の望遠機能で撮影)

080501_104636 柏尾川も上流になるほど綺麗です。鯉が恋をして繁殖活動に励んでいました。産卵の時期で、あちこちで魚体をくねらせて水しぶきをあげていました。

080501_142132 阿久和川も上流になるほど川幅が狭くなります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »