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2008年6月30日 (月)

奥の細道 前半を終えて

6/11(水)から6/15(日)迄の奥の細道は、8回目の行程で、庄内空港(酒田)から柏崎まで行きました。奥の細道の全行程は2,400kmと言われていますので、ほぼ半分強の距離まで到達したかもしれません。距離にして1,400kmでしょうか。

東海道五十三次は完全歩きで600km弱でした。四国巡礼は総距離1,200kmのうち半分の600kmを歩きました。奥の細道は、2,400kmですが、その1/4、600kmくらい歩ければいいなあと思っていましたが、多分今まで400kmくらい歩いたでしょうか。

Photo

歩くことがこんなに楽しいものだとは思わなかったというのが実感です。この記事は5/22の日経の夕刊の記事です。海岸線をずっと歩く人や日本一周歩いている人などが紹介されています。「時速4キロの旅」は、風景やその土地の人の暮らしや、その土地の人そのものなど様々な情報を五感で感じることができます。それにも増して自前の二本の足で歩くことそのものが快感でもあります。レンタカーを2回借りましたが、車で目的地まで到達したのと歩いて到達したのでは感激度が全く異なります。ビールやお酒、食事の旨さまで違います。

今回の行程では日本海沿いを歩く楽しさを実感できましたが、一方では歩くことがいかに危険に満ちたものかということも思い知らされました。記事で紹介されている人達はどのように危険を回避しているのか聞いてみたいと思っています。これからは無理をしないで、楽しみながら歩きたいと思っています。

日本海を歩いて既に半月が経過し、脚がムズムズしている日々ですが、10月までは仕事に追われ、しばらくはイライラしそうです。次回は北陸路になりますが、11月になるか、あるいは何とか1週間くらいの時間を捻出できないかと地図を眺めながら虎視眈々の毎日です。

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2008年6月21日 (土)

奥の細道91 柏崎

6/14(土)の夕方早めに最終目的地柏崎に到着しました。柏崎は日本最大の出力を誇る原子力発電所があり、電気の故郷といわれている市です。原子力発電所が立地されている地域に支払われる電源三法交付金のおかげで市の財政は豊かです。街は年に1回のお祭りで賑やかでした。そういえば前回酒田市に宿泊した時にもお祭りでした。

77 柏崎市のお祭りは、焔魔堂の縁日で閻魔市といわれるものです。

78 約700mにわたって数百もの露店が並びます。およそ200年前に馬市として始まったものが、文政年間に露店が立ち並ぶ現在のような形態になったそうです。

79 閻魔市を見物した後、エネルギー補給です。地元の人の一押しの魚料理の店です。

80 最初に刺身の盛り合わせ(950円)をオーダーしましたらカサゴ一匹と何種類かのお刺身が出てきました。次に石鯛の刺身(950円)をオーダーしましたら、刺身が出てくると思っていましたら一匹丸ごと出てきましたのでびっくりしました。白いご飯が食べたくなり、ライスを注文したら荒汁が出てきて感激しました。今回の紀行の中では最も気に入ったお店です。

最後の魚料理のお店に満足して、柏崎駅前のホテルに宿泊し、翌日は6:30の急行で長岡に出て、新幹線に乗り換えAM10:00には自宅に戻りました。

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奥の細道90 出雲崎の芭蕉

出雲崎には芭蕉も訪れています。

74 芭蕉は1689年に出雲崎を訪れました。(芭蕉公園にて)

75 芭蕉は、七夕も近い7/4に大崎屋という旅籠に1泊しています。

73 出雲崎から見た日本海。遠くに雲の下に佐渡島を見ることができます。

「荒海や佐渡に横たふ天の河」という句はここで詠まれました。

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奥の細道89 良寛さん

6/14(土)、寺泊港で昼食を済ませ、1時間もかからずに出雲崎に着きました。出雲崎は良寛さんの故郷で、芭蕉も訪れて有名な句を詠んでいますが、私も良寛さんに是非会いたいと思い、楽しみにしていたところです。

66 良寛さんの生誕の地に建つ良寛堂です。背後には日本海が広がっています。

67 良寛さんは1758年に出雲崎で生まれ、1775年18歳の時にこのお寺、光照寺に入り剃髪し、22歳で得度し、良寛と名乗り、大愚と号しました。

68 良寛さんが晩年暮らした五合庵です。

69 雪が積もった時の五合庵の写真が展示されていました。とても寒く、寂しそうな庵です。

71 良寛さんは、資格があるのに寺を構えず、一方では酒を好み、また弟子の貞心尼に淡い恋心を抱くなど、親しみやすい愛すべきお坊さんでした。

72 何よりも子どもを愛し、子どもの純真な心を最も尊いと考えました。

「この里に 手鞠つきつつ 子供らと 遊ぶ春日は 暮れずともよし」

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2008年6月20日 (金)

奥の細道88 寺泊港

8/14(土)、弥彦神社と弥彦山に参拝の後、出雲崎を目指して車を走らせていましたらいきなり、賑やかな漁港に出ました。寺泊漁港でした。佐渡島に新潟から渡るルートは新潟市内からと寺泊からの二つのルートがあるとは知っていたのですが、寺泊漁港がこれほど賑やかだとは思いませんでした。ちょうど昼時でしたので、一服することにしました。

61 ともかく黙って素通りするわけにはいかない雰囲気の界隈でした。少し通り過ぎたので、Uターンして車を駐車場に入れて昼食にしました。

62 お好みの魚介類をピックアップするともう一度炭火で温めてくれ、甘辛いタレをつけてくれます。

63 カニもご指名のものを茹でてくれます。

64 カニ汁1杯100円、イカの丸焼き300円でした。

65 旅の疲れか、身体中の力が抜けて、だらしなく食べています。

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奥の細道87 新潟弥彦山

四日目の6/14(土)は、新潟の信仰の中心の弥彦神社・弥彦山、良寛さんの故郷出雲崎、それから電力の故郷柏崎までは辿り着きたいと思い、新潟駅前からレンタカーを借り、柏崎駅で乗り捨てるというスケジュールをたてました。

55 朝8時にレンタカーを借り、ほぼ1時間で弥彦神社に到着しました。圧倒されるような存在感の神社です。

56後ろに弥彦山を控えた神殿も堂々たるもので、風格があります。

57 弥彦神社で参拝を済ませた後、ロープウェイで弥彦山に上がりました。

その直後、広島の盛中さんから携帯で連絡をいただきました。また投稿もしていただきありがとうございます。

盛中さんからの携帯電話は、岩手・宮城内陸部地震が発生したけれど大丈夫でしょうかという内容でした。ちょうどその時間ロープウェイの中で、空中にいましたので全くわかりませんでした。その後、かなりの被害が出たということも知りました。前回訪ねた平泉の中尊寺や義経終焉の地、高館義経堂も被害を受けたとのことですし、かなりの方が亡くなり、また生活の基盤を失った方が多いことも知りました。お悔やみを申し上げますし、前回の中越地震のように何とか復旧に向けて頑張って欲しいと思います。

59 弥彦山の頂上から見た、これから行く予定の出雲崎や柏崎方向の海岸線です。

60 どういうわけか佐渡島の頭にはいつも雲が覆い被さっていました。今回佐渡島に渡ろうか出雲崎、柏崎に向かうかで随分迷いましたが、佐渡島は以前行ったことがあり、金山や尖閣湾を訪れ、小木のタライ船にも乗ったことがありましたので、今回は良寛さんの故郷を訪ねたいと思い、佐渡島はパスしました。

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2008年6月19日 (木)

奥の細道86 新潟居酒屋探訪

6/13(金)の夕方、中条駅から電車に乗って何とか新潟に到着しました。ホテルでシャワーを浴びて、何はともあれもう一つのテーマの居酒屋探訪に出発です。

48 繁華街は万代橋を渡った古町辺りが最も賑やかですので、橋を渡っていざ出陣です。

49 新しい居酒屋は新潟駅周辺にあるのですが、せっかくですのでかつての遊郭街だった古町のはずれ辺りや雪町、月町、花町などをブラブラ物色です。このさびれた感じがたまりません。

50 新潟では2~3軒の居酒屋を梯子する覚悟で来ましたが、その1軒目です。

51 2軒目はちょっと小じゃれた居酒屋です。

52 3軒目は本命の居酒屋です。

53 付きだしは全て魚で、洗練された味です。

54 刺身の盛り合わせで仕上げです。今日一日の恐怖のテクテクも旨い酒と肴で癒されました。

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奥の細道85 日本海8新潟へ

三日目の6/13(金)は、瀬波温泉から新潟を目指しましたが、新潟までは60キロくらいありますから、新発田市あたりまで、40キロくらい歩ければいいと思って早朝に出発しました。

43 地図からだけではわかりませんが、何となく車が多く歩きにくいという予感がしていました。こういうときの予感はよくあたるもので、村上市からとなりの胎内市に入って間もなく見事予感が的中しました。大型ダンプが背後から体をかすめるように走っていきました。

44 更に、前方を見て愕然としました。逃げ場や回り道のない橋があり、歩道がほとんどありません。かろうじて数十センチの白いラインが見えます。しかもかなり長い橋です。車を止めて、橋を渡るまで乗せてもらうことも考えましたが、車はほとんどスピードを落とすことなく走って行きます。仕方なく右手を挙げて注意を喚起しながら歩きました。両手を挙げることも考えたのですが、バンザイか降参の格好なので片手にしました。それでも車は背後から走り抜けていきます。特に怖いのは大型ダンプですが、多分運転は上手そうですし、あちらも慎重になってなっているだろうと思い込みましたが、中にはこんなとこ歩いてんじゃあねえよという声が聞こえるような雰囲気が伝わってくるような運転もありました。一番怖かったのはおばちゃんが目をつぶってえいやーっとすり抜けていく運転でした。今までたくさんの道を歩きましたが最も恐怖を感じた道で、恐怖感も高まると目頭が少し熱くなるんだなということがわかりました。これからは余り無理をしてはいけないという反省もしました。

45 ようやく日本海夕陽ラインというちゃんとした歩道のある道に出てホットしました。

46 日本海の風景も新潟に近づくにつれ岩場が少なくなり見渡す限りの海岸線となってきました。

47 新発田市まで歩きたかったのですが、神経を使ったのと車が多いために予定を変更して、手前の中条駅から電車に乗ることにしました。海岸線から内陸部へと方向を変えたのですが、途中駅までどのくらいかかるか聞きましたら1時間くらいといわれ安心して歩いたのですが、結局1時間半かかりかなりヘロヘロになりました。多分聞かれた人も歩いたことはないでしょうから、聞く方がいけないのですが。ともかく30キロくらいは歩いて中条駅から新潟駅に向かいました。

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2008年6月18日 (水)

奥の細道84 日本海7夕陽

6/12(木)の夕方、いよいよ夕陽ウオッチングです。

37 温泉に入り、食事も済ませて、海岸に出ました。ホテルの窓からではなく海風に吹かれながら夕陽を見ることにしました。

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40 まるで線香花火が燃え尽きるようでした。

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完全に日は暮れました。かつてインド洋のモルディブで見た夕陽や、よくテレビなどで目にするアフリカの大地の夕陽などとは比べようもありませんが、日本海のさざ波の音を聞きながら、夕闇の中での時間はこころ和む一時でした。

42 空を見上げると月が顔を出していました。この後、夕暮れの日本海を見ながら露天風呂で少し冷えた体を温めました。

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奥の細道83 日本海6瀬波温泉

6/12(水)の夕方近く、村上市内の散策を終えて、今日の宿泊地瀬波温泉に急ぎました。そろそろ陽も傾いてきましたので急がないと夕陽ウオッチングに間に合わなくなります。

33 ようやくPM5:00に何とか瀬波温泉に着きました。今日は11時間、おそらく45キロくらい、よく歩きました。

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かなり陽が傾いてきました。

35 とりあえず露天風呂で日本海を眺めながら汗を流して、疲れをとりました。

36 日没はPM7:00頃ですので、入浴後すぐに食事にしてもらいました。とにかくビールの旨かったこと、魚の美味しかったこと。コース料理によくある天ぷらが無く、その分いろいろな魚がいろいろな調理法で出てきました。

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奥の細道82 村上市のサケ

6/12(木)の夕方近く、何とか村上市内に到着し観音寺を参拝しました。折角ですので市内散策をして村上市のサケにお目にかかろうと思いました。

28 村上市は、古い建物を大切に保存しています。随所に昔を偲ばせる家屋があり、ドライバーのマナーも観光客を大事にしている心遣いが感じられました。落ち着いたとてもいい街です。

29 早速サケの展示館を発見しました。

30 サケの稚魚たちです。

31 村上市の風物詩、塩引きサケです。

32 サケたちは、この三面川(みおもてがわ)を遡ります。

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2008年6月17日 (火)

奥の細道81 村上の即身仏

6/12(木)の午後、笹川流れを過ぎて村上市内に入りました。海沿いにずっと歩けば瀬波温泉に近道ですが、村上市内に即身仏がいるという情報が入り是非参拝したいと思い、更に村上市といえばサケで有名ですからサケにお目にかかりたいと思い、村上市内経由で瀬波温泉に向かうことにしました。

23 村上市内の中心部からほんの数分のところにある観音寺というお寺です。今まで見たお寺のどこよりも頼りなげな小さなお寺でしたが、門をくぐった瞬間、体が引き込まれるような感じがしました。

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観音寺に安置されている即身仏は仏海上人といい日本で最後の即身仏です。1903年に入定(生きたまま墓に入る)したとのことですから100年前のことです。

25 安置されているお堂には「湯殿山」の名前が見られます。湯殿山は鶴岡市や村上市あたりの霊山信仰の中心であることがわかります。お堂の扉を開けて声を出しても誰も出てきませんでしたが、暫くして車椅子に乗った80歳のおばあさんが出てきました。堂守さんでした。訪問を大変喜んでいただき、特別な祈祷もしていただきました。

26 このお墓に、座禅を組んだ姿のまま即身仏(ミイラ)になったそうです。死後30年後にお墓を掘り起こすように遺言があったそうですが、法律が改正されお墓の掘り起こしはできませんでしたが、1961年に村上市教育委員会と日本ミイラ研究グループの手によって発掘調査されたそうです。お堂の中にはその時の棺が保存されていますが、普通の寝た姿で安置される棺とは異なり、縦長のちょうど座った姿のまま入れる形と大きさでした。

27 仏海上人(即身仏)は、お堂の中で手の届きそうなところに座禅の姿で座っていました。今にも読経を始めるのではないかという印象でした。側に肖像画が掲げられていましたが、即身仏と肖像画を同時に見ていますと、本当に未だ生きているような錯覚にとらわれました。生きたまま仏になるという入定の意味が少しわかったような気がしました。別れ際、堂守のおばあさんが本当にありがとうと言っていただいたことと、きっといいことがありますからと言っていただいたことを本当にありがたく思いました。

前回の奥の細道紀行では、仙台で千日回峰行をされた慈眼寺の塩沼住職にお目にかかり、私にとっては現実に生きている生き仏様という印象を持ったのですが、今回はまったく予期していなかった村上市での生き仏(即身仏)に身近に面と向かうことができました。前回参拝した湯殿山周辺の大日房や注蓮寺では即身仏を公開しているのですが、時間の関係で行くことができませんでしたが、はからずも村上市で日本最後の即身仏にお目にかかり、とても不思議な因縁を感じました。

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奥の細道80 日本海5笹川流れ

6/12(木)は、温海温泉を出発して、前日に続いて日本海沿岸を歩き、村上市の瀬波温泉で待望の夕陽を見ました。

2002 海岸沿いのテクテクで最も楽しみにしていた延長11キロにわたる笹川流れの始まりです。笹川流れという変わった景勝地の名前の由来は、岩の間を盛り上がるように流れる潮流を、中心地笹川集落の名にちなんでつけられてといわれています。

1901 しばらくボーとしていたいような、海につかりたいような景観が続きます。しかもこの自然を独り占めです。

2103 笹川流れの中心地にある夕陽会館では夕陽予報が出ていました。何とか温泉で夕陽が見られるように頑張って歩かねばとピッチが上がりました。

2204 とはいえ、腹が減っては戦ができませんので、目の前の海で撮れた岩垣を食べました。大きくてびっくりしました。大きいので大味かと思ったのですが、濃厚で絶品でした。すっかり元気が出ました。

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2008年6月16日 (月)

奥の細道79 日本海4温海温泉

6/11(水)のお昼は由良海岸で海沿いの食堂で済ませ、温海温泉を目指しました。

15 芭蕉も温海温泉近くで宿泊したとのことです。

16 温海温泉は、海岸沿いの道から内陸部に30分くらい歩きます。

17 ようやく温泉にたどり着きました。

18 娯楽施設が一切ない落ち着ける川沿いの温泉街で、温泉で体を温めた後、川風に吹かれながらほっと一息です。

今日の宿は、インターネットで検索した「旬の宿 あらたまや」というこじんまりとした旅館です。料理自慢ということでたくさんの料理が出てきました。

今日は、庄内空港を8:30に出発し、万歩計は5万歩を越え、35キロくらいは歩きましたので、とても疲れましたが心地よい疲れです。思いっきり海岸いの道を歩けましたので大満足の長い一日でした。

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奥の細道78 日本海3由良海岸

6/11(水)もお昼近くには由良海岸が近くなりました。

10 由良海岸近くになりますと景観が松島のようになってきました。

11 巨岩がそのまま神社のようになっていました。

12 ようやく芭蕉の足跡がありました。

13 この地域全体が霊場のような雰囲気です。

14 海岸沿いにも神社があり、その背後にも巨岩が聳えていました。歩いていても気持ちが癒されるような感じです。

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奥の細道77 日本海その2

6/11(水)の朝、庄内空港から日本海沿いに快適に歩き続けました。

0606 歩き甲斐のある道が続いていたのですが、苦手なトンネルも随所にありました。

0707 所々に集落があり、この石碑をよく見かけました。

0808 陽射しも強くなり、駄菓子屋でエネルギー補給です。

0909 更に、道は続いており、はるか彼方に岬が霞んで見えます。

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2008年6月15日 (日)

奥の細道76 日本海その1

6/11(水)AM8:30に定刻通りに庄内飛行場に到着しました。私を除いた全ての乗客は乗客はバスやタクシーで市内へと移動していきましたが、私は喜び勇んで誰もいない道を歩き始めました。

0101 飛行場から暫くは海岸線に沿った防風林の道を歩きました。15分も歩きましたら酒田市から鶴岡市に入りました。

0202 30分くらいでようやく待望の日本海に出ました。

0303 イメージしていた通りの海岸線の道が続いていて足取りも軽やかにルンルン気分です。

0404 すごい岩の上で釣りをしている人がいました。平日だというのに優雅なものです。

0505 ずーっと海岸線の道が続いていて、海も近くに感じることができて最高の気分です。

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奥の細道75 空から見たら

6/11(水)に第8回目の奥の細道に出かけました。前回は酒田まで行きましたので、今回は酒田まで飛行機で行くことにしました。空から羽黒山や月山を見ることができるかもしれないという期待とこれから歩く日本海沿いの道を見ることができるかもしれないという期待を込めて、AM7:20羽田発の庄内飛行場(酒田市)行きに乗りました。

Photo ハッキリとは確認できませんが、航路図から判断して朝日連峰の上空であることは間違いなさそうで、月山や羽黒山の上であるかもしれません。尚、撮影は携帯は使用禁止ですのでデジカメで撮りました。

Photo_2 薄曇りの中、ほぼ1時間のフライトで庄内飛行場に近づきました。左上方向に白く細く延びている道がこれから歩くだろう道で、胸がワクワクしてきました。

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2008年6月12日 (木)

奥の細道〜日本海二日目

奥の細道〜日本海二日目
奥の細道〜日本海二日目
昨日は、山形県鶴岡市の温海温泉に泊まり、今日6月12日は朝6時に出発し、日本海沿いに11時間歩きました。期待通りの素晴らしい景観の連続でした。
今日の宿は新潟県村上市の海辺のホテルです。今回の奥の細道は、日本海沿いを歩くこと、温泉と海の幸、そして夕陽と思っていたのですが、夕陽を観ることが出来ました。

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2008年6月 8日 (日)

奥の細道74 酒田のお祭り

6/19(月)の夜、居酒屋で飲んで気分よくなったところで、表に出てみればお祭りでした。酒田の町ができて400周年だそうです。平日にもかかわらず大変盛り上がっていました。

51_2 かなり本格的なお祭りのようで、立派な山車です。

52 山車の上の兄ちゃんも姉さんも張り切っていました。

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町内会ごとに出し物を競い合っているとのことです。本気でお祭りを楽しんでいる熱気が伝わってきました。

54 見る人も楽しそうです。この母子は私とは全く関係ありません。当たり前ですが。

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大人が真剣に参加しているお祭りでした。わけわからず目頭が熱くなりました。

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2008年6月 5日 (木)

奥の細道73 酒田の居酒屋

5/19(月)、市内散策をしているうちに夕方になり、もう一つのテーマである居酒屋巡りの時間となりました。

46 今回の探訪先は久村の酒場という大衆居酒屋で16:30から営業しているという酒飲みには嬉しい酒場です。

47 店内は、ガラスのテーブルがあり、中には様々な総菜やおつまみが並んでいて勝手にピックアップする仕組みになっていました。

48 とりあえずの水分補給です。

49 特注で、日本海のメゴチの天ぷらを頼みました。あっさりとした味でした。

50 いつの間にか、地元の名士の皆さんと盛り上がりましたが、私には単なる酒飲み親爺にしか見えませんでした。自分も同じですが。おやじさんも気さくで、愉快な居酒屋でした。

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奥の細道72 酒田市

5/19(月)の夕方、湯殿山参拝を終えて酒田市に移動しました。酒田市は日本海に面した古い港町で、是非訪れたかったところです。

40 月曜日だというのにお祭りでした。芭蕉像がある日和山公園~石巻市でも同じ名前の公園に芭蕉像がありました。太平洋と日本海に面した公園が同じ名前で、同じように芭蕉像がありました。お祭りで賑わっている公園の奥に小さく芭蕉像が見えました。

41 日本最古クラスといわれる木造六角灯台もおしゃれで古さを感じさせませんでした。

42 公園から海沿いを散策していると展望台がありました。夕暮れの日本海です。

43 廻船問屋として江戸時代に栄えた鐙(あぶみ)屋。

45 酒田といえば本間家。1768年に、幕府の巡回使者の宿舎として建造した本間家別邸。

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2008年6月 4日 (水)

奥の細道71 出羽三山

出羽三山は、月山、羽黒山、湯殿山の総称で、古くから山岳修験の山として知られています。奥の細道という旅路にトライすることがなかったとしても是非行ってみたいと思っていたところです。

羽黒山は現世、月山は過去世、湯殿山は未来世で、三山での修行は永遠の命を得るための修行といわれています。今回、羽黒山(現世)と湯殿山(未来世)を参拝しました。湯殿山では産着で温泉の産湯につかり、新たな命を得て、生まれ変わるといわれています。

月山(過去世)は、ここで自分の死後の世界を垣間見るといわれていますので是非参拝したかったのですが7/1が山開きとのことです。いずれは自分の死後の世界を垣間見に行ってみようと思っています。

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奥の細道70 湯殿山霊場

湯殿山の参道を上りますと、御祓い場があり、様々な儀式があります。先ず500円を払って白装束の神主のような人から御祓いを受けます。

30 人形の形をした紙を渡されます。裸足になって、暫く歩きますと橋があります。橋の手前でこの人形で身体中を掃き清め、この人形は川に投げ入れます。更に、ご先祖様の供養をします。更に足湯をして清めたりといろいろ面白い世界ですが、残念ながら厳しく撮影禁止です。

36 お参り、御祓いを済ませた後、修行者しか行けない道を少し歩いてみました。

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結局雪に閉ざされ道がわからなくなりました。

3810 行人塚です。修行者が激しい修行を終えて入定(生きたまま墓に入り、即身仏となる)の場でしたが、雪に埋もれていました。

3911 1日に一本しかない帰りのバスです。来る時にも1人でしたから帰りも1人です。当たり前か・・・。湯殿山は期待に違わない霊界の雰囲気でした。

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奥の細道69 湯殿山参道

5/19(月)は、湯殿山にお参りしました。どうしても行きたかった霊山です。

29 湯殿山へは、鶴岡駅前からバスが出ていますが、1日1本で、所要時間は1時間半かかるということで、乗客は私ただ1人です。貸し切りバスで運転手さんに申し訳ないような。

31 湯殿山のバス終着場からは、専用バス(有料)か歩いても行けるということでしたので、のんびりと歩きました。残雪が未だかなり残っていて空気がひやりとします。

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歩いている人は誰もいませんでした。霊気と絶景を独り占めで最高の気分でした。

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渺々たる景色を堪能しました。

35 雄大な世界です。予想以上に素晴らしい世界です。

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奥の細道68 鶴岡市

鶴岡市は、古い落ち着いた街で、藤沢周平の出身地でもあり是非来たかった場所ですが、羽黒山でのんびりしていたために市内見物をする時間がなくなりました。

28 どういうわけか居酒屋で馬の鬣(たてがみ)の刺身を食しました。

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奥の細道67 羽黒山

5/18(日)の午前中は最上川下りを楽しみ、午後から鶴岡市に移動し、鶴岡駅前から羽黒山行きのバスで羽黒山の山門に到着しました。

24 羽黒山の山頂までは大体1時間くらいの緩やかな登りでした。山頂には芭蕉像がありました。

25 羽黒山といえば修験者で有名ですが、実物にはお目にかかれませんでしたので、出羽三山歴史博物館でお目にかかりました。

26 羽黒山は出羽三山の一つですが、山頂には月山、羽黒山、湯殿山の三神を祀る三神合祭殿があります。

27 三神合祭殿の奥の間です。

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2008年6月 2日 (月)

奥の細道66 最上川下り

いよいよ最上川下りです。天気は快晴です。

17 昔の番所跡が最上川下りの発着所になっていました。

18 発着所にはおしんさんがいました。おしんさんはここから船に乗って酒田に奉公に行ったそうです。実在の人物とは知りませんでした。「ヤオハン」の創業者だそうです。

21 船頭さんの名・迷ガイドで出発です。

20 乗客は定員42人に対して6人でゆったりとした船旅でした。長崎、神戸などからの観光客です。

22 「五月雨を集めてはやし最上川」と謳われたのですが、好天に恵まれ水量は多くありませんでしたが、それでもかなり流れは速いようです。

19 なんだかボーッとしてしまいました。

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奥の細道65 山形~新庄

5/17(土)は、午前中は山刀伐峠を越えて尾花沢市まで20km歩き、午後からは山寺に上りましたので大変疲れました。

12 宿泊は山形駅前のシティホテルでした。早速エネルギー補給に居酒屋巡りをしました。お目当ての居酒屋が2軒とも予約で一杯で断念しましたが、「クエの刺身入荷」という看板につられて入った居酒屋はまあまあでした。

13 2軒目の居酒屋では珍しい山の幸が突き出しに出てきました。山形は山菜が豊富のようです。

14 5/18(日)は、山形から新庄経由で最上川を目指しました。朝食は山形駅で芋煮汁を売っていましたので、おにぎりとセットで購入。熱々の芋煮汁は美味しかったです。

15 新庄駅では芭蕉が出迎えてくれました。

16 新庄駅では、最上川で行き来していた船が展示されていました。

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2008年6月 1日 (日)

奥の細道64 山寺2

ようやく山寺の奥の院に到着しました。

06 奥の院は、境内や周りの景観に比べると非常に質素でした。

07 切り立った岩肌など、島根県の投げ入れ堂と同じような雰囲気です。

08 奥の院から離れたところにある「五大堂」からの景観は素晴らしく、涼しい春風もとても気持ちよかったです。

09 今回はかなり強行軍ですので、ダイエットされたようです。

1010 改めて修行場であることが実感されます。

1111 まるで投げ入れ堂でした。

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奥の細道63 山寺1

5/17(土)の午前中は山刀伐峠を越え、お昼過ぎに尾花沢市内に到着しました。尾花沢からJRに乗って山寺駅で下車し、山寺(立石寺)をめざしました。

01 先ず、名物の玉こんにゃく(力こんにゃく)で力をつけて山寺登りに備えました。

02 1015段の階段を上り始めてほどなく芭蕉が出迎えてくれます。

03 「閑さや岩にしみ入る蝉の声」という有名な句のお寺で、小さな静かなお寺をイメージしていたのですが、大きく観光客で賑わうお寺でした。

041015段の石段の途中に、こちらのこころを見透かしたような看板がありました。最初のイメージと異なり、修行の大霊場であることがわかります。

05

二人連れ、家族連れ、女性グループ、外国人など多くの観光客が観光気分で来ていて、皆はあはあと息を切らせていました。

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奥の細道62 山刀伐峠

田代館のご夫婦に見送られて、山刀伐峠に向かいました。

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赤倉温泉から30分くらい歩くといよいよ山刀伐峠の入口に到着です。気が引き締まります。

56 はやる気持ちを抑え、体の力を抜いて慎重に足を運びました。

57 芭蕉腰掛け岩、芭蕉がこの岩に腰を掛けたそうです。

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かなり目立つ標識が整備されていましたのでホットします。

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峠を越えて、下りにかかりました。かなり緊張したのですが、越えてみればあっけない気がしました。下りは緑を愛でながら、鼻歌交じりでした。

Photo 峠道を抜け、ひたすら尾花沢市街を目指しました。途中芭蕉・清風歴史資料館の芭蕉像に挨拶して、20kmの行程が終了しました。

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