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2008年8月24日 (日)

山中湖02 忍野八海

忍野八海は何回も歩いて来ていますが、今回は東海自然歩道を発見し楽しく歩くことができました。

07 トイレも萱葺き屋根で風情があります。

08 土曜日ということで、観光客がたくさんいました。

09 とりあえず富士山からの湧き水でノドを潤しました。8月というのに防水ウェアをしっかりと着込みました。

10 残念ながら陽が射していませんので、忍野八海独特の透明度の高い水を愛でることはできませんでした。

11 忍野八海への道には多くのお土産やさんや名産物の販売店が建ち並んでいるのですが、そんなお店の店頭に甲斐犬がいました。昭和9年(1934年)に秋田県に続いて天然記念物に指定されたそうです。非常に賢く、忠実で、勇敢なので番犬としても狩猟犬としても優れてるそうです。走る姿は狼に似ているともいわれています。犬好きのカミさんと暫く眺めていました。

12 私は、花より団子で巨峰ソフトでエネルギーの供給をしました。

今回は、天候に恵まれずに石割山には登れませんでしたが、山中湖一周(15km)と忍野八海~東海自然歩道往復(14km)というウオーキングコースを発見することができました。この二つのコースを組み合わせれば1日30km近く歩くことができますし、四季折々の自然や草花を楽しむことができます。汗をかいた後は「紅富士の湯」か「石割の湯」でさっぱりすることもできます。さっぱりした後は当然ビールです。

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山中湖01 湖一周

7/24に奥の細道の9回目紀行を終えて早1か月が経ちました。8月に入って暑い日が続いていたのですが、僅かでも気温が30度を下回る日があると脚がムズムズしてきます。先日はカミさんと境川沿いに藤沢までの15kmをのんびりと歩きました。続いて今回は8/22から1日2日でカミさんと山中湖に出かけました。

01 8/22(金)の午後山中湖に到着しましたが、天気は最悪でした。小雨まじりの霧が立ちこめていましたので、富士山はもちろん湖も対岸は烟っていました。この悪天候にもめげず、湖一周15kmで足慣らしをしました。

02 湖畔で宿泊し、翌朝目覚めてもやはり小雨でした。予定では湖を半周し、石割山~大平山を登って、湖を一周する予定でしたがかなり足下が滑りやすそうでしたので、予定を変更して忍野八海往復(14km)に出かけました。早朝湖畔を出発しました。小雨が降っていましたが気持ちのいい道を歩くことができました

03 忍野八海に行く途中に花の都公園があります。

04 まるで大地に油絵を描いたような趣で、目も心も洗われました。

05 自動車道路ですが、両側を緑に囲まれ、車もほとんど通りませんので森林浴ができました。

06 この道は東海自然歩道で、東海自然歩道はあちこちに延びていて、総距離はかなりのようです。

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2008年8月16日 (土)

奥の細道 9回目を終えて

Photo

奥の細道紀行も9回目を7/25に終了して3週間が経過しました。この間、仕事の仕込みで今までの道筋を振り返る余裕がありませんでした。

前回は敦賀半島の色が浜の宿泊が最後でした。連日の暑い陽射しを浴びていますと、敦賀半島の海岸線を、熱暑の中を汗をかきながら、歩けることの幸せをかみしめながら一歩一歩進み、時々たまらなくなって海に飛び込み、水の気持ちよさに全身の皮膚が歓んでいることなどの感覚が今でも蘇ってきます。

今までの所要日数はほぼ30日間でした。距離は2000kmを超えました。残りは敦賀から大垣への行程となりました。できるだけ早く出かけたいのですが、仕事が多少気にかかることもありますし、この暑さでちょっと躊躇しています。

終着の大垣(岐阜県)へは歩いてゴールしたいと思っているのですが、岐阜県は夏の暑さは半端ではありませんので、もう少し涼しくなるまで自重している日々です。

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2008年8月 3日 (日)

奥の細道107 漁師の宿

7/24(木)の宿泊は、色が浜にある漁師の宿「なかい」にしました。

076 色が浜の目の前には水島というこの地方では有名な無人島海水浴場があり、渡し船が出ています。私は目の前の海岸で夕方まで海に浸かっていました。

077 部屋からは海が見え、海風が吹き込んできます。

078 かなり汗をかきましたので、夕食前に水分の補給をしましたこのために歩いてきたようなものです。

079タレントの石ちゃんこと石塚もここに泊まり名物のタコをたらふく食べたそうです。

080 待ちに待った私の食事の時間です。今日一日歩きながら想像的期待していた尾頭付きの焼き物も、尾頭付きの煮魚も、ましてや活き作りのお魚も出てきませんでしたが、何をいただいても美味しく、白米を3杯お代わりしました。

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インターネットで入手した事前の食事情報とはかなりイメージが違うものでしたが1泊2食付きで8,000円ではこんなものでしょう!!!???

今までの奥の細道でいろいろのお宿に泊まりましたが、ここは芭蕉の足跡に最も近い宿でした。50mもいかないお寺に芭蕉も泊まっていたとのことです。芭蕉はこの地で非常な寂しさを覚えたとのことですが、私も夜中に目覚めて、何でこんな処まで歩いてきたのだろうと呆然としましたが、その割りには疲れていましたので、ぐっすりと眠り、翌日7/25(金)は、1日3便しかない早朝のバスで敦賀駅に戻り、米原で東海道新幹線に乗り換え、お昼頃に横浜に到着し、9回目の奥の細道紀行を無事に終了することができました。残す処、奥の細道のゴール、岐阜県大垣市となりました。

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奥の細道106 色浜本隆寺

7/24(木)PM2:00頃色が浜に到着しました。

071 色が浜は今も元禄時代と同じ十数件の船宿などが軒を並べる小さな集落です。

075 開山堂というお寺では、月1回の法要が行われていました。ここは西行も芭蕉も訪れましたが、今は元気なおばちゃん達の溜まり場になっています。

072_2 開山堂の脇には「寂しさや須磨にかちたる濱の秋」という芭蕉の句碑があります。芭蕉はかなり寂しい思いをしたようです。

073 芭蕉が「侘びしき法華寺」といわれ本隆寺です。このお寺には、福井から同行した等栽が記した「芭蕉翁色ヶ浜遊記」の真筆が所蔵されているとのことです。

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本隆寺の脇には「衣着て小貝拾わん色の月」という芭蕉の円形の句碑がありました。

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奥の細道105 色浜到着

7/24(木)、常宮神社前の海で海水浴をしたりゆっくり休んで、お昼頃色浜を目指して歩き始めました。

067 所々に海水浴場がありましたがここは一番大きな海水浴場でした。北陸地方では海水浴場のことを「浜茶屋」というそうです。綺麗な言葉です。ここで3回目の海水浴をすることにしましたが、ビーチサンダルを持ってきませんでしたので、海際までの砂浜の熱いこと熱いこと~左右の足をできるだけ着地している時間を短くするため~周りから見たら笑われてしまいそうな異様な足取りで海に入りました。

068 相変わらず綺麗な海の絶景が続いていました。

069 しかしいいことばかりではありませんでした。不安が見事に的中しました。いつの間にか歩道はなくなりました。海水浴は気持ちよかったのですが、陽射しは益々強くなり、側を車が走り抜けていきますので、少々バテ気味でした。

070 PM2:00頃色浜に到着しました。地名は色浜ですが、ここの場所は色が浜と言われているそうです。

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奥の細道104 常宮神社

海水浴をしながら2時間栗歩きましたので、次の目的地の常宮神社まではもうすぐの地点まで来ました。

060 敦賀原子力発電所のPR看板がありました。このまま敦賀半島の先端まで行きますと敦賀原子力発電所があります。数十年前初めて原子力発電所を見学したのが敦賀発電所でした。心臓部にあたる原子炉の中まで見学させてもらったことがあります。大変懐かしい想いがしたのですが、まさか数十年後同じ道を歩くとは思いもしませんでした。

063 常宮神社の清めの場のお水がとても美味しそうで、思わずゴクゴクといただきました。

064 常宮神社の本殿です。安産の神様がいるそうです。2人目の孫がお腹の中にいますので、祈願しました。

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本殿の前の休憩所です。

065_2 この神社は大変珍しく海に向かって建っています。ここでもザブンと海水浴をしました。

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奥の細道103 敦賀半島

7/24(木)は、前日宿泊した福井から敦賀までJRで移動し、敦賀駅からAM8:00に歩き始めました。先ず気比神社を参拝した後、気比の松原を目指しました。今日の行程は、敦賀半島を海沿いに常宮神社を経由し、色浜までの16kmくらいを歩く予定です。

055 容赦ない猛暑の中、気比の松原に到着しほっとしました。ここで海にドボンといきたかったのですが、まだ先が長いために一休みして先を急ぎました。

056 いよいよ海岸沿いの道に入りました。ちゃんとした歩道がありましたのでほっとしました。

058 右手の海岸の風景は、海も綺麗で疲れを感じませんでした。

058_2 陽射しは厳しいのですが、海風が吹いていましたので何とか暑さを凌ぐことができました。

059 絶好の砂浜がありましたので、海パンにはき換えてドボンとしました。海水の冷たさが心地よく、ここ数年ダイビングを中断していて海水につかるのは久しぶりでしたが最高の気分でした。またいつでもドボンとできるように海パンのまま、上にTシャツを着て、リュックを背負って歩き始めました。

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2008年8月 1日 (金)

奥の細道102 天龍寺

7/23(水)、那谷寺を参拝した後、JR加賀温泉駅から福井駅に移動し、えちぜん鉄道に乗り換え、永平寺町にある天龍寺を訪れました。

050 えちぜん鉄道です。車両は一両で、運転手さんが車内アナウンスから何から何まで1人で行います。地元の脚として定着しているローカル線です。この電車で福井駅から20分くらいの松岡駅に行きました。

051 駅から10分くらい歩いた小さなお寺が天龍寺です。芭蕉の珍しい銅像がありました。これは金沢から同行した北枝とここで別れた姿だそうです。

052 小さな庭も綺麗に掃き清められていて、猛暑の中でも涼しい気分になることができました。

053 芭蕉は古くからの知人である大夢和尚をここに訪ね、座禅をし宿泊したそうです。そのような雰囲気が伝わってくる凛としたお寺です。

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奥の細道101 那谷寺

7/23(水)は、倶利伽羅峠を4時間くらい歩いた後、JR倶利伽羅駅から加賀温泉駅まで移動し、加賀温泉駅からは市内周遊バスで那谷(なた)寺に向かいました。

044 那谷寺は非常に大きなお寺で、一周するのに小一時間かかりました。

045 広大な境内には山あり谷ありで、特に奇岩遊仙境は見所でした。

046 舞台造りの大悲閣です。まるで小さな清水寺のようです。

047 胎内くぐりは、活きている時の数々の罪を流してくれ、生まれ変わることができるとのことです。2~3回くぐろうかと思ったのですが、道順で戻ることができず1回しかくぐることができませんでした。

048 芭蕉の「石山の石より白し秋の風」という句碑がありました

049 CANBUS(キャンバス)という周遊バスを利用しました。1日乗り放題で1,000円です。市内の様々な観光地を巡りますので観光バスに乗っているようでした。女性のガイドさんがアナウンスしながら案内してくれるのですが、乗客が私一人きりですので、ガイドさんも私も何やら気恥ずかしく感じました。

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奥の細道100 倶利伽羅不動尊

7/23(水)のお昼頃倶利伽羅峠の頂上に到着しました。すぐ近くには倶利伽羅不動尊がありました。倶利伽羅不動尊は、成田不動尊(千葉県)、大山不動尊(神奈川県)と並んで日本三大不動尊といわれ1,300年の歴史を誇っています。

http://www.tscty.net/hokuriku/kurikara03.html

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一見普通のお寺さんですが、インターネットで調べるとなかなか奥の深いお寺のようです。

042 地元の人からはお不動さんと慕われているようです。

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境内に茶店があり、あまりの暑さにかき氷を注文しました。これで250円???ですが、ともかくも暑さ対策にはこれが一番です。

倶利伽羅不動尊の境内で一服し、倶利伽羅駅に1時過ぎに到着しました。4時間近く歩くことができました。JRで次の目的地加賀温泉まで移動しました。

火牛祭りについてインターネットで調べますと、火牛を模した大きな張りぼてを台車に乗せて速さを競うそうですが、今年はけが人が出たとのことです。かなり熱い戦いをしたのでしょうね。見てみたかったです。

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奥の細道99 倶利伽羅峠越え

7/23(水)のお昼頃、倶利伽羅峠頂上に到着しました。この頂上は平家軍陣地があったところです。

036 頂上の平家軍陣地跡には芭蕉が詠んだ「義仲の寝覚めの山か月かなし」という句が刻まれていました。

037 ここにも火牛がいてびっくりしました。西暦1183年5月11日の深夜、木曽義仲は平氏に奇襲攻撃を仕掛けました。「源平盛衰記」には、500頭あまりの牛の角に松明をつけて崖から追い落とす「火牛の計」という作戦がとられたとのことです。石動の町には火牛祭りのポスターがありましたが一体どういう祭りなのか興味があります。まさか本当に火牛が町中を疾駆するわけではないと思いますが。

038 源平合戦の地という石碑がありました。

039 源氏も平家も天国で仲良くしていることでしょう。

040 木曽義仲と巴御前がトイレを案内してくれています。いかにこの地が地元の人に大切に保存されているかがわかります。

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