« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月19日 (日)

御来光

10/9の2回目の富士山挑戦は、予定コースが通行止めとなっていましたので登頂を中止して御来光を見て帰ることにしました。

Photo_2

Photo_3

Photo_4

Photo_5

紅葉も始まり、8~9合目辺りから上にはうっすらと雪化粧も見えます。

Photo_8

富士山へはもう今年は登ることができないようです。今年1回しか登れなかったのがとても残念です。もっと早い時期に登っていればと後悔しています。富士山に登った人は、1回は登った方がいいけれど、1回でいいという人も多い一方、何回でもという人もいるようです。私は富士山がすっかり気に入ってしまいました。

富士山はとてもわかり易い山です。普通の山のように尾根や緑や起伏などがあるわけではなく、瓦礫がむき出しになったひたすらの上りです。景観はなかなか天候に恵まれる機会は少ないようですが、晴れれば日本一の高みの見物ができます。日本一高いところへ苦しみながら一歩一歩登ることはとても快感です。来シーズンまで、長いブランクとなりますが、せめて体力維持に努めて来期に備えたいと思います。

081009_064220

御来光を見て満足して、帰る途中、5合目から少し走ったところで、フランス人の青年がトボトボと歩いており、百円ビニール傘を片手に寒そうでしたので、ピックアップして河口湖駅まで送りました。とても喜んでいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

富士山

9/7(日)に富士宮口から富士山に登ってから、1か月が経過した10/9(木)に河口湖口から2回目の富士山に挑戦しましたが、残念ながら予定していたコースが通行禁止となっていました。

Photo この画像は9/7に富士宮口から登山した時の記録です。AM5:00に新5合目を出発し、11:30に山頂の剣が峰に到着しました。歩数計はでは11,900歩でした。大人の遠足夏号に編集部の女性が登った記録があり、その女性は6,100歩でした。私は初挑戦のため高山病にならないように時間もたっぷりかけ細かいステップで登りましたが、女性の倍の歩数であることにショックを受けました。

081009_035133 10/9、2回目の挑戦の5合目の休憩所前で、AM4:00で休憩所は閉まっており誰もいませんでした。

081009_035203 とりあえずヘッドランプを頼りに登山口を探すことにしました。

081009_042700 ようやく登山口への看板を見つけましたが、5合目の駐車場からこの看板まで何回も暗闇の中を右往左往しました。何とこの看板のすぐ脇の登山口は通行止めで、登頂ルートは一度吉田口の佐藤小屋までの2.4kmを迂回しなければならないことも分かりました。同じく右往左往していた外人ペアと行き会ったのですが、言葉が通じず、外人ペアは吉田口方向に向かっていきました。

私は、無理をしないで御来光を見て帰ることにしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月13日 (月)

リバートライアングル 43km

9/24(水)に奥の細道にゴールインした後、公私にわたって身辺忙しく、歩く機会がありませんでしたので、10月に入り少し時間ができましたので、10/4(土)に思いっきり歩くことにしました。

コースは、自宅~(境川)~藤沢~(柏尾川)~北鎌倉~大船~戸塚~(阿久和川)~自宅を巡るコースで、三つの河でできる三角形を辿りました。

081004_075942_2 自宅を7:00に出発し、7:59(6,368歩)に最初に標識(国道1号線まで10km、246号線から8.5km)に到着しました。この標識は境川沿いに藤沢まで500m毎に設けられていますので、歩行速度、歩幅などを測定するのに大変便利です。何回かこの道を歩いて測定の結果、自分の時速は4.3km、歩幅は75cmと推測できました。

081004_081209 川沿いに四季折々の花が咲いていて、楽しい路です。川の流れを見ながら同じような速度で下っていると自然と足取りも軽くなります。

081004_094723 9:47(17,023歩)に、1号線まで2kmの地点に到着しました。

081004_102619 藤沢橋に10:46(20,837歩)到着しました。出発してから3時間45分が経過しました。

081004_104603 藤沢市内を抜け、境川(左側)と柏尾川(右側)が合流します。ここからは柏尾川を遡って大船~鎌倉~戸塚を目指しました。

081004_105421 大仏通りを鎌倉方向に歩きましたが、柏尾川とは離れてしまうため、疲れを感じ始めました。

081004_123859

12:39(31,301歩)源氏山の葛原岡神社に到着。土曜日で好天に恵まれましたので観光客も見られました。

081004_130856 北鎌倉駅前13:08(33,428歩)到着。

081004_133812 大船駅前商店街13:38(36,808歩)。いつでも賑わっていて、お店を覗きながら歩くと、自然に足取りもゆっくりとなり、疲れがとれる感じがしました。

081004_163459

大船から戸塚への路は自動車が脇を走り抜けてゆく退屈でつかれる道です。三つ目の阿久和川にでるとほっとしました。16:35でだいぶ陽も落ちてきます。

081004_172602 17:26自宅到着。さすがに疲れましたが、満足でもありました。自宅を出発して10時間半経過していました。時間がたくさんある人には安上がりで一日中楽しめるレジャーですが、少し疲れます。

081004_173752

57,712歩、43kmの徒行でした。ほぼフルマラソンの距離で、マラソンの距離感を実感しました。この距離を数時間で完走するマラソンランナーは凄いと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月12日 (日)

奥の細道 亡き母へ

9/24(水)に、奥の細道のむすびの地岐阜県大垣市にゴールインし夜遅く戻りました。翌日25日(木)に、葉山の施設にいる母に会いに行きました。母には毎週金曜日に会いに行くのが習慣になっていたのですが、26(金)は巳の日で北鎌倉の白蛇に会いに行く日で予定が重複したために1日早めに葉山に行きました。

母は、岐阜県出身で、7人兄弟・姉妹の五女として生まれ、20歳で私を生んでくれました。30歳の時には3児の母で、私は10歳、弟(8歳)、妹(6歳)、戦後の食糧難の時代を生き抜き、子育てをしてくれました。母は、ここ20年生まれ故郷の岐阜県には行くことができませんでしたので、奥の細道のゴールで岐阜に行ったことを1日でも早く母に伝えたく、母に会いに行きました。岐阜に行ったことを伝えると目を見開いて大きくうなずいてくれました。

翌日9/26(金)は、予定通り朝7時に自宅を出、北鎌倉に向かって1時間くらい歩いている時に、母の呼吸が止まっているという連絡を受け、自宅にとって返し、車で葉山に着いた時には息を引き取っていました。昨日母に会いに行った時間が最後の時間となりました。

Photo_17

母が最後にお世話になった施設の部屋は広い個室で、窓からは裕次郎灯台や江ノ島を見ることができました。スタッフの方も皆さんとても親切で、これ以上ない環境の中で母は最後の時間を過ごしました。

9/27(土)に通夜、28(日)に告別式と慌ただしく時間が過ぎ去りました。残された私たち家族が一様に思ったことは、母は幸せだったのだろうか、悔いのない人生だったのだろうかということでした。

振り返って、いつか私も家族にも見送られる時が来るわけで、その時に残された家族は同じことを考えるに違いありません。

自分がしたいことをして、悔いのない人生を送ることが、残していく家族への思いやりだということを教えてもらいました。残された時間を悔いのないように生きようと改めて心に誓いました。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 8日 (水)

奥の細道118 名古屋で寄り道

9/24(水)の夕方に大垣市内の奥の細道むすびの地でしばし感慨に耽った後、JRで名古屋に移動し、水分補給とエネルギー供給を行いました。

56 場所は、名古屋駅から地下鉄で一駅の伏見駅で下車、御園座(東京の歌舞伎座、京都の南座のような場所)に隣接しています。この通りには、いくつか入ってみたい店があります。

57 今回は、名古屋の飲んべえなら知らない人がいないといわれる「大甚」という居酒屋に入りました。

58

一度入ってみたかった居酒屋です。噂通り値段は安く、素晴らしい味でした。特に凝った料理があるわけではないのですが、素朴な素材の味付けが絶品でした。酒だけ注文し、肴は並べられてある者の中から自分(セルフサービス)で取ります。飲んべえのための店です。

59 今日の刺身は、鯛とマグロだけでしたが両方とも最高の味でした。奥の細道で、日本海の海の幸など食べましたが、ここの刺身が最高でした。まさか名古屋で最高の味に出会うとは、名古屋恐るべしです。相変わらずの奥の細道外れ道でした。

居酒屋ですっかりいい気持ちになり、夜遅くの新幹線に飛び乗りました。充実の二日間でありゴールインでした。新幹線の中で、時折街灯に照らし出される東海道や松並木を眺めていますと、奥の細道は東海道テクテクから始まり、四国を巡った延長にあり、それらの街道や路はつながっているように思えました。それらの街道や路は旅のテーマだったことに思い当たりました。さて次の旅のテーマは・・・どこかなということなども頭の隅にちらつきながら、あっという間に横浜に戻りました。芭蕉さんありがとう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

奥の細道117 結びの地

9/24(水)の夕方、大垣市にゴールし、更に10分くらい歩いて結びの地に向かいました。

53結びの地は、市内とは思えない静けさの中にありました。大垣城の外堀からの水が引かれて素晴らしい場所です。ここだけが別空間のようでした。のんびりしていると、疲れが少しずつとれていくようです。

52_2 「奥の細道むすびの地」の碑があり、他にもいくつかの碑がありました。今まで歩いてきた様々な風景が思い出されました。

55 芭蕉とツーショットです。奥の細道をダシにして、あちこち寄り道し、あまり俳句に興味を示さず、美味しい酒と美味い肴を追い求めて、不真面目でした。芭蕉さんごめんなさい。でも楽しかったです。

昨年の12/19に東京深川を出発し、延べ1か月くらいで2,400kmを移動しました。芭蕉はそれを歩いた(馬にも乗りましたが)わけで、凄いことです。私は1/4の600kmくらいは歩きたかったのですが、思うようには歩けませんでした。あまりにも歩ける道が少なかったことは残念でしたが、その分寄り道などして楽しい旅でした。おそら東海道五十三次と同じ500km位以上は歩けたと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 6日 (月)

奥の細道116 ゴール

9/24(水)、PM4:29 ゴールの大垣市に到着しました。東海道五十三次、四国八十八箇所巡りなどと同じように、ゴールはいいものです。

48_2 あっけない到着でしたが、足は棒のようになっていて、喜びよりも無事に到着できてホットしました。

49 大垣市は重厚で落ち着いた街でした。大垣城を見ながら「結びの地」に向かいました。

51 甘いものが欲しくなり、途中の甘味処で、アズキぜんざいにソフトクリームを乗せてもらいました。ゴテゴテに甘かったのですが、身体全体に甘さが広がり美味かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 5日 (日)

奥の細道115 大垣目指して中山道

9/24(水)のお昼頃、関ヶ原見物に満足して、ゴールの大垣市を目指しました。

42 大垣へは国道21号線(中山道)を通りますが、国道は車がぎっしりで、とても歩きにくい道でした。

43 お昼でお腹が空きましたが適当な食事処がなかなか見つからないため、とりあえずコロッケ2個で空腹を満たしました。

44 嬉しいことに旧中山道に出ました。ホットしました。高校時代のクラスメイトが中山道を歩いているとのことで、ひょとしてばったり出会ったら面白いのになどと少し余裕も出てきました。

45 関ヶ原宿跡。

46 垂井宿跡。

この跡、ひたすらゴールを目指して脇目をふらずひたすら歩きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奥の細道114 関ヶ原

関ヶ原の散策について市役所のボランティアの方に聞きますと、古戦場をぐるっと回ると半日くらいかかるということでした。それ程の時間はありませんでしたので1時間くらいで廻れる主なコースを教えてもらいました。

36 地図をいただきました。奥の細道では多くの古戦場に行きましたが、天下分け目の大合戦といわれるだけあってスケールの大きな古戦場です。

36_2 畑の中に学校などいくつかの建物が散在していていますが、静まりかえって、渺々とした風の音だけが聞こえます。

37 徳川家康の最後の陣地後です。石田三成の陣地から数百メートルの位置で、最後の決戦にあたっての緊張感が伝わってくるようです。

38 家康率いる東軍を迎え撃つ石田三成の陣地跡です。

39 石田三成陣地、笹尾山(標高198m)で。

40 今でも残っている馬防柵。石田三成の陣旗が風にはためいていました。

41 島津軍(薩摩藩)の陣地跡、薩摩藩士が飛び出してくるような気配が・・・。

関ヶ原は是非訪れたいと思っていた古戦場です。取り立てて仰々しい遺跡保存の細工は施されていませんが、陣地や陣形がその時のまま保存されていて、暫く佇んでいると当時にタイムスリップしてしまうようでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 3日 (金)

奥の細道113 関ヶ原へ

9/24(水)の早朝、長浜市を出発しました。いよいよゴールの大垣市を目指しますが、途中関ヶ原を経由していくことにしました。関ヶ原までは20km近くあり、お昼前には関ヶ原に到着し、1時間くらいは古戦場を散策したいと思い、ホテルでの朝食をパスして6:00にホテルをチェックアウトしました。

31 早朝の長浜市を出発しました。未だ街は眠っています。昨晩は遅くまで飲み過ぎて少し頭が重く感じます。

32_2 国道21号線(中山道)は車が多いと聞いていましたので、できるだけ避けて脇道を地図を頼りに歩きました。2時間くらい歩いた頃、昨晩のアルコールも消えて、お腹も空いてきましたので、道路沿いの鄙びた定食屋に入りました。

33 お爺ちゃんと耳の遠いおばあちゃんの二人でやっている店でした。卵とじうどんを頼みましたが、お爺ちゃんがつくってくれとても美味しくいただき身体も温まりました。

34 朝食後必死になって歩いたおかげで、11:00頃に関ヶ原の入口に到着しました。

35 観光協会のボランティアの方に説明を受けて古戦場に向かいました。すぐに時代絵巻のモニュメントと市役所がありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 2日 (木)

奥の細道112 長浜でエネルギー補給

長浜で楽しみにしていたのが、琵琶湖の天然ウナギ、鮒寿司、鮎です。鮎はおやつに子鮎の天ぷらを食べましたので、シャワーを浴びた後、残る天然ウナギと鮒寿司を求めてエネルギー補給に出かけました。

24 市内のデパートの特産品売り場では、スライスしたものは2000円、一匹は5000円で売っていました。とても一人では食べきれる量ではありませんし、持ち帰るにしても明日のテクテクでリュックに入れるわけにはいきません。きっと凄い臭いが充満するでしょうからあきらめました。

25

街道沿いにレトロなお店が軒を並べる黒壁通りには地元に人と観光客がぶらぶらと散策していました。

26 黒壁通りにはいくつかの通りが交差しています。

27

かすかに灯りがともる小料理屋を予約しておいたのですが、天然ウナギが今日はあがっていないということでした。琵琶湖の天然ウナギは太くて脂が多いのでかば焼きには向かないそうで、ウナギ鍋なるものを楽しみにしていたのですがあきらめました。

28 生け簀料理の店に入って、何はともあれ水分補給です。旨い~~~~!

29 川魚料理は、ウナギの他に、鮎、鯉などということでしたので、結局好物の敦賀産のアジのお造りを頼みました。

30 今日は客は私一人で、長々と飲んだりしゃべったりしているうちに夜は更け、こうして長かった一日が終わりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奥の細道111 長浜到着

9/23(火)の9時に近江塩津駅から歩き始めて16:30にようやく長浜市に到着しました。正味7時間歩いて、万歩計は45,000歩でしたのでほぼ30kmくらいの徒行でした。

20 長浜市は豊臣秀吉が造った街です。

18 琵琶湖のほとりが長浜城豊公園となっています。

21 長浜城歴史博物館(長浜城)は16:30まで開館していましたのでギリギリ滑り込みセーフで入ることができました。

22 長浜城の天守閣からの夕陽です。琵琶湖の表面積はは滋賀県の1/6だそうで、さすがに大きな湖であることを実感しました。

23 長浜市内のメインストリートには、秀吉と石田三成との出会いの像がありました。市内はとても豊かな雰囲気がありましたので、こちらまでふんわりとした気持ちになれました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 1日 (水)

奥の細道110 琵琶湖湖畔(2)

9/23(火)の午後、琵琶湖湖畔でおやつタイムを取った後気を取り直して、今日の宿泊地長浜を目指してテクテク再開です。

14 遠くに竹生島が見えました。この島には宝巌寺と那久夫須神社があります。湖畔を歩きながら、琵琶湖周航の歌を口ずさみました。この歌は第三高等学校(京都大学)の寮歌で、学生時代によく口ずさみました。

15

緑の木陰のある道に出て、疲れ気味だったのですが森林浴効果でしょうか元気を取り戻しました。

16_2 姉川です。琵琶湖にはこの川を始め多くの河が注ぎ込んでいますが、その水は大阪湾に注ぎ、京都市民のノドも潤しています。

17 ようやく目的地も近くなり、ほっとしているところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »