奥の細道 亡き母へ
9/24(水)に、奥の細道のむすびの地岐阜県大垣市にゴールインし夜遅く戻りました。翌日25日(木)に、葉山の施設にいる母に会いに行きました。母には毎週金曜日に会いに行くのが習慣になっていたのですが、26(金)は巳の日で北鎌倉の白蛇に会いに行く日で予定が重複したために1日早めに葉山に行きました。
母は、岐阜県出身で、7人兄弟・姉妹の五女として生まれ、20歳で私を生んでくれました。30歳の時には3児の母で、私は10歳、弟(8歳)、妹(6歳)、戦後の食糧難の時代を生き抜き、子育てをしてくれました。母は、ここ20年生まれ故郷の岐阜県には行くことができませんでしたので、奥の細道のゴールで岐阜に行ったことを1日でも早く母に伝えたく、母に会いに行きました。岐阜に行ったことを伝えると目を見開いて大きくうなずいてくれました。
翌日9/26(金)は、予定通り朝7時に自宅を出、北鎌倉に向かって1時間くらい歩いている時に、母の呼吸が止まっているという連絡を受け、自宅にとって返し、車で葉山に着いた時には息を引き取っていました。昨日母に会いに行った時間が最後の時間となりました。
母が最後にお世話になった施設の部屋は広い個室で、窓からは裕次郎灯台や江ノ島を見ることができました。スタッフの方も皆さんとても親切で、これ以上ない環境の中で母は最後の時間を過ごしました。
9/27(土)に通夜、28(日)に告別式と慌ただしく時間が過ぎ去りました。残された私たち家族が一様に思ったことは、母は幸せだったのだろうか、悔いのない人生だったのだろうかということでした。
振り返って、いつか私も家族にも見送られる時が来るわけで、その時に残された家族は同じことを考えるに違いありません。
自分がしたいことをして、悔いのない人生を送ることが、残していく家族への思いやりだということを教えてもらいました。残された時間を悔いのないように生きようと改めて心に誓いました。
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