« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月24日 (火)

熊野古道下見

2/27(金)~3/2(月)の日程で、熊野古道の下見とついでのあちこち観光に行こうと思っています。熊野古道にはたくさんのルートがありますが、亮潤さんが修行した千日回峰行の道、大峯奥駈道の一部を歩いたり下見したいと思っています。カミさんとスタッフの青木さんが熊野古道を歩いてみたいといいますので、同行することになりました。

2/27(金)の早朝、車で出発し、お昼頃奈良に到着予定です。奈良には高校時代の修学旅行以来行っていませんので、久しぶりに半日観光します。奈良市内に宿泊し、翌朝は吉野の里に向かいます。吉野に宿泊し、2/28(土)と3/1(日)の2日間は、亮潤さんが「四無行(飲まず、食べず、横にならず、眠らず)」を行った蔵王権現堂から青根ヶ峰まで歩いたり、大峯山の入口である天川村に行ったりしようと思っています。天気予報はあまり良くありませんので、細かいスケジュールは現地に行ってから決めようと思っています。3/1(日)夜は伊勢志摩あたりに宿泊し、3/2(月)はカミさんが伊勢神宮に行ったことがなく、日本人なら一度は参拝したいと言いますので、伊勢神宮に参拝してから帰路につく予定です。

Photo

亮潤さんは蔵王権現堂から山上ヶ岳(大峯山)までの往復48km、標高差1,300m1,000日間歩いたのですが、このコースは熊野古道の中でもかなり厳しいルートで大峯奥駈道と言われています。ガイドブックなどでは1泊2日のコースとして紹介されていますが、1泊してもかなりハードで危険に思われますので、今回は蔵王権現堂から青根ヶ峰まで歩いてみようと思っています。もしかすると雪が残っているかもしれませんのでどこまで行けるかはわかりませんが、山頂周辺には西行庵もありますので頂上まで行けるといいのですが。

山上ヶ岳には、現在は積雪のため登山禁止で5月の連休明けでないと入れないそうです。大峯奥駈道を縦走する自信はとてもありませんので、雪が溶けたらせめて天川村の洞(どろ)川温泉を足場に山上ヶ岳に登ってみたいと思っています。従って今回は天川村まで脚を伸ばして登山道を下見してみたいと思っていますが、大峯奥駈道にはいたる所に「女人結界(女性の入山禁止)」があります。

奈良県吉野郡天川村は、とても面白そうな村です。天川村は大峯山の山懐に抱かれた修験者の聖地といわれています。古来より多くの修験者がこの地を訪れたとのことです。

吉野は日本一の桜の名所で、それも見てみたいのですが、シーズンには混雑が予想されます。桜が一斉に花開く前の静かな自然と亮潤さんの修行した自然の雰囲気が少しでも味わえたらいいなあと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月21日 (土)

三島宿

2/18(水)のAM11:30に三島宿に向かって下り始めました。

08

箱根峠から三島宿への道は比較的単調で、旧道と自動車道路との交差が多く、しかも国道1号線ですから車の量も多くスピードを上げています。更に信号もありませんので道路を渡るのに苦労しました。神経が疲れて再び歩きたいとは思えない道です。市内に近くなりますと松林と石畳の道が続きますが、疲れた足には石畳がこたえます。先行する隊長と副隊長も石畳を避けて歩いていました。

09_2

PM3:30にようやく三島大社に到着しました。三島大社は奈良・平安の時代に創建されたといわれ、境内は広く、本堂は大きく、さすが東海随一の神格といわれるだけの風格は感じられます。源頼朝は伊豆に流されてから鎌倉幕府を開くまで何度もここにお参りしたとのことですが、最近ではここで松坂大輔が結婚式を挙げました・・・あまり歴史には関係ないか・・・。

10

三島は水の都です。富士山からの湧き水が市内の至る所に疎水となって走っています。鴨も人を警戒しないで寛いでいました。もう一つ、三島といえばウナギも名物です。

11_2

三島駅前にPM4:00に到着しました。歩数計45,500歩で、ほぼ34kmくらい歩いたことになります。隊長も副隊長も元気で、筋肉痛にもならず大したものです。早速駅前のお目当ての「三島うなぎ横町源氏」という居酒屋に入りました。生シラス、生桜エビ、カレイの刺身、鯛の刺身、ノドグロの煮つけ定食、桜エビのかき揚げ定食などでエネルギー補給をしました。この店のいいところは魚が新鮮なことと昼間から営業していることです。名物のウナギは、金沢近江町市場で仕入れたウナギが未だ胃の中に残っているような気がしましたのでパスしました。ウナギは次回の楽しみにとっておきます。小田原から箱根峠を越えて三島までウナギを食べに行くのもいいかもしれません。かなりの物好きにはなってしまいますが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

箱根峠越え

2/18(水)、天気も良さそうでしたし、三島宿に行ってみたくなりました。同行者は今回もカミさんと会社スタッフの青木さんでした。

03

始発で出発し、今回は先が長いので小田原からではなく箱根湯本(AM7:00)から歩き始めました。いつもは関所の手前でユーターンしてしまうのですが、今回は久しぶりに箱根の関所をくぐりました。(AM11:00)

04_2 箱根の関所から程なく箱根峠への上りの旧道となります。箱根の旧道が整備されたのは徳川幕府によってですが、その500年も前の平安時代末期にも源頼朝や義経が箱根を越えたとのことです。この道を通ったのでしょうか、あるいは他の獣道のような道を辿ったのでしょうか。興味は尽きません05

箱根峠頂上への最後の登りです。足首にウェイトを装着しているせいかバテ気味ですが、先行する女性2人は張り切っています。カミさんが隊長、青木さんが副隊長、私がシェルパという役回りになってしまっているのですが、隊長も副隊長も先頭に立つと後続のことはお構いなしでマイペースですのでついてゆくのは大変です。

 

06

ようやく箱根峠頂上です。ここに立つのは2年前に東海道を踏破してから久しぶりです。ここからは三島宿まで一気の下りです。暫く快調に下ったところで、足首のウェイトが気になりだしました。このままのペースで下っていくと足が壊れるかもしれないという不安がよぎりましたのでウェイトを外しました。その分リュックが3kg重くなっただけですが足取りは軽くなりました。

07_2

暫く歩いた旧道の入口辺りで、「夢に向かってもう一歩」という向井千秋さんのお地蔵さんをはじめ、黒柳徹子、脚本家の橋田壽賀子、宮城まり子など様々な実績を持つ女性達の六つのお地蔵さんがありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月20日 (金)

いざ鎌倉

2/17(火)、久しぶりに源頼朝の銅像を見たくなり鎌倉山まで歩いてみました。

01 最近、数十年前にはまった司馬遼太郎ワールドに、再びはまっています。四国の「坂ノ上の雲」の地を訪れたり、「最後の将軍(徳川慶喜)」を読んだりしているうちに、「義経」も読んでみようかという興味が湧きました。義経については、小さい頃から本やテレビなどでよく眼にしていましたし、奥の細道を歩いたり、北陸を訪ねた時にも義経伝説にはしばしばお目にかかりましたが、一体司馬遼太郎はどういう風に書いているのかと興味が湧きました。読んでみて、義経が何故兄頼朝によって殺され、何故人気があるのかということがありありと描かれていました。

02 司馬遼太郎の「義経」は、義経が主人公ですが、実は頼朝が主人公の物語です。というより、公家・宮廷と武家社会の軋轢という歴史の中で頼朝がその主人公であったのですが、頼朝という政治家を主人公とした物語は面白くなく、そのために彩り豊かで華やかな義経を舞台回しとして登場させているようです。

律令国家の中で、地方豪族が土地の私有化を拡大し、その土地権益を守ってもらうために平家が興りました。しかし平家が公家化したために、地方豪族の新たな利益代表として源頼朝が立ち上がりました。いわば源平の戦いは公家・宮廷対武士との闘いでした。鎌倉に幕府を開き、初めて武士による政治を確立した頼朝の功績は大きなものです。

義経は、鵯越の戦いや壇ノ浦の戦いなど平家との不利な戦いをことごとく制し、平家を滅ぼした最大の功労者でしたが、政治音痴であったがために頼朝が倒そうとしていた公家・宮廷から官位を授かり、宮廷人になってしまいましたので、頼朝にとっては例え弟(頼朝とは異母兄弟)抹殺すべき相手となりました。

平家を倒した時、義経はヒーローで京都中大フィーバーしたそうです。後世にわたっても日本人の判官贔屓の気質にマッチしたのか、義経人気は続いています。鎌倉山に鎮座している頼朝は黙っていますが、きっと苦々しく、言いたいことはたくさんあることでしょう。このような目で見ると、今まで何度となく見ている何気ない銅像も、急に息づいてくるようです。

余談ですが、「一所懸命」という言葉は、平安時代末期のこの頃、地方豪族が自分の土地(一つ所)を守るために命を懸けたということに由来するということを司馬遼太郎の「義経」から学びました。一つ利口になりました。

東海道、四国、奥の細道、箱根や鎌倉などあちこち気まぐれにテクテクし、一方で歴史物を乱読していますと、実際に訪れた遺跡や名所、あるいは何気ない場所が点から線になり面になり、急に生き生きと思えることがあります。ジグソーパズルのピースを一つ一つ埋め込んでいくような面白さを感じている今日この頃です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

北陸~金沢近江町市場

2/12(水)の午後、石川県庁での打合せが済みましたので、夕食の調達に出かけました。

31 金沢は何回も泊まっており、繁華街の香林坊あたりの居酒屋にも行ったことがありましたので、今回は金沢市民の台所の近江町市場に出かけました。地元の人はもちろん観光客も多く見受けられました。

32 北陸の魚介類は、カニ、ノドグロ、ブリなどを始め豊富でした。

33 今回はどういう訳かウナギに目がいきました。琵琶湖湖畔でウナギを食べ損ねた恨みをまだ引きずっていたのかもしれません。

34 近江町市場で、ウナギ、タコの活き作り、貝柱の刺身、ズワイガニの押し寿司、何種類かの地酒を調達してホテルで一人宴会をしました。9時には宴会も終了して、二次会で町をうろつくのはやめて爆睡しました。

2/13(金)の小松空港発の早朝便で羽田に戻りました。愛媛県、宮城県、福島県、石川県と続いた出張も終わりました。仕事、観光、食べ歩きそれぞれ1/3ずつの出張でした。今月中にレポートを提出するという仕事が残っていますが、ありがたい仕事でした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

北陸~能登金剛

2/12(木)の午前中に志賀町役場での打合せが早く済みましたので、能登金剛に行ってみました。志賀町は能登半島の西側の付け根あたりの海岸沿いの町です。ここから海岸沿いに北上しますと輪島市がありますが、その途中に能登金剛があります。

15 能登金剛は松本清張の「ゼロの焦点」で一躍脚光を浴びました。志賀町ではこの名勝の地を観光で売り出そうとし、松本清張に頼んで石碑を建てさせて貰ったそうです。この観光名所と原子力発電所を抱えていますので、志賀町の財政は豊かなようです。

11 能登半島は2回目ですが、能登金剛は初めて訪れました。確かに素晴らしい景観で、私には好きな風景でした。

12 この日は大変穏やかで、気温も高く、北陸とは思えない陽気でした。海の色も綺麗でしたし、穏やかながら打ち寄せる波の音は腹に響くようでした。

13  お昼近くでしたので、地産地消のイカを昼食としました。

14_2 能登金剛は海岸沿いに長く続いています。源義経伝説はここにもあり「義経の舟かくし」などもあります。小松飛行場のある小松市には「安宅の関」があり、義経と弁慶の銅像などもあります。今では「松井秀喜記念館」の方が有名なようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月14日 (土)

北陸~志賀原子力発電所

2/11(水)の夕方、七面山登山から戻り、翌日からの北陸出張のため羽田空港近くのホテルに移動して前泊しました。翌日2/12(木)のAM7:20の飛行機で小松空港に到着し、空港でレンタカーを借り、志賀原子力発電所がある石川県志賀町に向かい、志賀町役場で打合せを行いました。

21 志賀町役場での打合せの後、原子力発電所に行ってみました。ここは正面玄関ですが、一般の人は入ることができません。発電所内の見学には予約などの一定の手続きが必要です。

22 発電所の裏手に回ると建物を見ることができます。このような形で発電所を見ることができるのは珍しいケースです。ほとんどの原子力発電所は遠くから見ることも近づくこともできません。

23 ほとんどの原子力発電所は見ることができませんが、その代わり原子力PRセンターなどの施設があり、原子力発電の仕組みなどを分かりやすく(なかなか分かりにくいのですが)説明してあります。

24 発電所の心臓部である中央制御室のモデルルームです。数十年前に敦賀原子力発電所の内部を見学した時は、炉心部のプールを覗いたことがあり、また事故を想定してのシミュレーション訓練が行われており、ブザーがけたたましくなり、かなりの迫力でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山中湖~アイスキャンドル

2/11(水)の夕方、七面山登山の後、山中湖に戻り紅富士の湯で汗を流してから、湖畔で行われるアイスキャンドルを見に行きました。

06 ちょうど陽が沈む頃で、雲がなければ夕日に染まる富士山を観ることができたのですが、残念ながら富士山には雲がかかっていました

07 イベント会場では、アイスキャンドルの準備が行われていました。アイスキャンドルとは、新聞の記事で見たのですが、バレンタインデイを祝して氷の容器の中にキャンドルを入れて闇の中の光を楽しもうというものだそうです。ちょうど点火が行われたところでした。

08 山中湖村主催のイベントで、富士山を背景にキャンドルの灯を愛でようというもので、多くのアマチュアのカメラマンがカメラを構えていたのですが、あいにくと背景の富士山は雲に隠れていました。もう少し暗くなるまで待っていると光がもっと綺麗だったと思うのですが、湖畔の体感温度は氷点下で、折角温泉で暖まった身体が冷えてきましたので退散しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月13日 (金)

七面山登山

2/11(水)の祭日に、カミさんと会社スタッフの青木さんの3人で七面山登山に挑戦しました。早朝からの日帰り登山ですので、山中湖に前泊することにしました。PM9:00には就寝し、翌日AM4:00起床、5:00に山中湖を出発しました。七面山登山口までは山の中をくねくねと走る本栖道路を車で行きますと1時間45分くらいかかります。

01 私と青木さんは何回目かですが、カミさんは初めての挑戦です。七面山は標高差1,495mで、富士山と同じくらいの標高差ですので、富士登山にはいい経験となります。女性2人は快適に先を歩いて行きました。

02

30丁目(頂上まで50丁あります)あたりからは積雪があると聞いていたのですが、やはり登山道には雪が凍てついていました。

03

2時間半くらいかけて40丁目(8合目)まで到達したのですが、登りは何とかなるのですが、下りはカンジキがないと滑ってしまうため、登頂を断念して引き返すことにしました。下り始めて間もなく心配した通り三人三様の滑り方で腰を打ったり尻餅をついたりしてしまいました。

04 天気は薄曇りですが、遠くに雪が烟っているような南アルプスを見ることができました。

05 予定より2時間くらい早く麓に降りてきました。近くにある雄滝弁天堂に寄りました。ここには立ち姿の見目麗しい弁財天がいます。いつもは扉が閉じられていて姿を拝むことはできないのですが、年に何回かは訪れていているうちにご住職(先代のご住職は昨年亡くなり、現在は女性御住職)とは懇意になりましたので、ご開帳していただいたりお経を挙げていただくようになりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 7日 (土)

箱根の食材

小田原駅を出発してほぼ5時間で目的地の芦ノ湖に着きました。天気は快晴なのですが、さすがに気温は低く、登りで汗をかいても油断するとすぐに身体は冷えました。

08 駒ヶ岳山頂には雲一つなく、素晴らしい天気でしたが、一年中で最もオフシーズンで、芦ノ湖湖畔にも人影もまばらでした。ハム・ソーセージを買い出そうと思っていた「腸詰屋」も、2月27日まで冬季休業でした。

09 帰りに、奥湯本の箱根湯本ホテルのパン屋で、夕食用に自然酵母のフランスパンを買いました。ここのパン屋は美味しいとの評判で、確かに美味しかったのですが、何よりも接客サービスが素晴らしく感動しました。新館と別館とのルートがわかりにくかったのですが、丁寧に教えていただき、店頭にはフランスパンはなかったのですが、一つだけ欲しいといいましたら、何とか取り置き(夕食用か朝食用か)から一つ調達してくれました。素晴らしいホテルです。

10 夕方かなり疲れて戻りましたので、夕食は「腸詰屋」の残りのハム・ソーセージ・生ハムと箱根湯本ホテルのパンにしました。ラフランスや季節の果物をスライスして一緒に食べるとなかなかいけます。カミさんはこの日のウオークで2,000kl近くのエネルギーは消費したとかで、カロリーをを気にせずに食べていました。これでついに「腸詰屋」の在庫がなくなりました。

食後、入浴して9時には布団に潜り込み10時間たっぷり寝てしまいました。3kgのウェイトは足には違和感がありませんでしたが、今までになく疲れを感じましたのでスタミナは確実に失われていたようです。やはりスタミナが不足していることがよくわかりました。

箱根は何回行っても飽きません。カミさんとスタッフの青木さんも箱根に行くというと嬉しそうについてきます。なかなかきつい登り、急坂、石段、石畳とバリエーションもあり、芦ノ湖に着くとホットします。帰りはひたすらの下りで、景色や森林浴を楽しんだり、湯本温泉を通れば観光気分に浸れますし、美味しい食材もあります。自分の体力測定にもなりますし、今年も最低月に1回くらいは通うことになりそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

箱根の甘酒茶屋

畑宿と芦ノ湖の中間地点に甘酒茶屋があります。

06 この甘酒茶屋は、歴史的にも由緒がある場所で、ずっと山道を上ってきてホットする場所ですが、車でも来れるため人が集まり過ぎて、昔の情緒が感じられないのが残念です。

07 今の甘酒茶屋は改築中で、来年の3月頃に完成するそうです。できるだけ昔の姿を再現するために、古材を集めるだけで大変だそうです。ようやく萱葺き屋根ができつつあります。完成の暁には評判になり、更に箱根の名所になると思いますが、バス停も目の前にあり、、車で簡単に来れますので混み合うことが目に見えていて複雑な気持ちです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

箱根の親鸞聖人

2/6(金)、今年2回目の箱根行きとなりました。同行者はカミさんと会社スタッフの青木さんで3人道中となりました。いつものように4:30に起床して6:33に小田原駅に到着して歩き始めました。

02 旧街道入口の畑宿にはいつものように3時間で到着しました。私は、箱根では初めてアンクルウェイト3kgを装着してみました。足には違和感はなかったのですが、スタミナには影響があったようで、女性2人には遅れがちでした。

03 畑宿から1時間くらいで甘酒茶屋があり、その手前に親鸞聖人がここで弟子達と別れを惜しんだという場所があります。

04 親鸞聖人が弟子達と別れを惜しんだ石碑があります。石碑の前には草木が生い茂っていて文字は読めません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 4日 (水)

東北シリーズ~福島の居酒屋

2/3(火)は、慈眼寺で節分祭に参加した後、福島に向かい、夕方福島県庁で打合せを済ませました。宿は福島駅前のビジネスホテルにしました。福島はやはり奥の細道で来て以来です。

16_2 福島で泊まるのは初めてです。居酒屋情報が全くないためにあまり期待せずに居酒屋探しをしたのですが、何となく気になった「一八番」という店に入りました。会津名物の馬刺しとおでんを頼みました。どちらも美味しくいただきました。

17

てづくりの昔ながらの「お婆ちゃんのサラダ」やキュウリ漬けも美味しかったです。

18 日本酒の品揃えもなかなかで、美味しいお酒を安く飲めました。

19 店長さんは、ご自分の店は日本酒では福島一と豪語していましたが、美味しいお酒が格安のお値段で飲むことができましたので、飲み過ぎてホテルに戻ったらそのまま爆睡してしまいました。福島に行ったら是非立ち寄りたい店です。

翌日は、福島県の大熊町役場、富岡町役場(この辺りは原発銀座と呼ばれています)で打合せを済ませ、PM3:00に自宅に戻りました。二泊三日、往復1,000kmの慌ただしい出張でしたが、仕事も順調に消化でき、慈眼寺で亮潤さんのお経を聴き、護摩焚きのお姿を拝見することができ、液晶テレビと日本酒二本のお土産つきで、おまけに漁師民宿と福島の居酒屋でたっぷりとエネルギー補給ができ、感謝の三日間でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東北シリーズ~慈眼寺・節分祭

2/3(火)は、漁師民宿桜荘で美味しい朝食をいただき、7:30に出発し宮城県庁(仙台市)を目指しました。県庁で打合せの後、慈眼寺に向かいました。

12 慈眼寺での節分祭は12時からですが、11時前にはもう駐車場は一杯でした。

13 慈眼寺の周辺は1/30(土)に降った雪が残っていましたが、境内は除雪されていました。

14_2

200人くらいの人が集まり、本堂に入り切れませんでした。残念ながら、亮潤さんの護摩焚きの儀式や節分祭の模様は撮影禁止でした。

12時から護摩焚きが始まりました。亮潤さんは修験者(山伏)のいでたちでした。僧衣の姿を見慣れていましたので、随分印象が違いました。護摩焚きは、ホラ貝、大太鼓、力のこもった読経でかなり過激なものでした。亮潤さんのお経は朗々としてオペラ歌手のように素晴らしいものでした。またお弟子のお坊さんのホラ貝や大太鼓、お経も迫力がありました。護摩焚きは1時間以上続きましたが、足のしびれも忘れるほど引き込まれました。

護摩焚きの後、鬼の調伏式があり、亮潤さんが鬼退治をし、また参加者が豆をまいて終わりました。まるで古典芸能を見ているようでした。

15_2

儀式の後、鬼さんから豆、お餅、お札などを貰い、和気藹々でした。鬼さんお疲れ様でした。

16

豆の入った袋の中にくじ引きがあり、何と最高の特賞(液晶テレビ)とお酒が二本当たってしまいました。集まった皆さんから祝福されたり羨ましがられたり、冷やかされたりで恐縮してしまいました。

この節分で喪があけました。今年もいいことがありそうで、亮潤さんに感謝、感謝です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東北シリーズ~奥松島の漁師民宿

松島見物の後、今日の宿泊先の漁師民宿桜荘に向かいました。

11 奥松島は、松島湾を挟んで松島の対岸にある宮戸島あたりをいいます。観光地松島とは異なり、静かな雰囲気で、景観も素晴らしいものがあります。これは桜荘から見た風景です。次回はこの島をゆっくり歩いてみたいと思いました。

07 料理が自慢ということでしたが、料理は期待以上でした。このお宿は自分の牡蠣棚や定置網を持っているとのことです。素材はもちろんですがご主人の調理はとても素晴らしいものでした。先ず、アワビの刺身、ソイの刺身、海老とカニ、海鼠とモズクが出てきました。

08

奥の細道では、敦賀半島の色浜の漁師の宿に泊まり、見事に裏切られました。炎天下美味しい魚料理を楽しみに暑さを我慢してテクテク歩いたのですが、出てきた料理にがっくりし、暫く立ち直れませんでしたが、これで溜飲が下がりました。すっかり目尻が下がってしまいました。

09

ご自慢の牡蠣づくしです。生牡蠣、焼きガキ、グラタン、牡蠣フライなど、今まで厚岸の牡蠣やいろいろ食べましたが、新鮮でありながら牡蠣臭さがありませんでした。牡蠣もまたご主人の腕前で旨さがより引き出されているようでした。30個分の牡蠣を食べてしまいました。

10

カレイの唐揚げ、氷魚なます、大根のデザート、古代米全てが旨い美味いで、食後は立ち上がることができないくらいの満腹でした。料金は、1人前にビールと日本酒3合で、1泊2食付きで、1万円でお釣りが来ました。

お宿は、シンプルで余計なものはありませんが、清潔で随所に細かい気遣いがされていますので、快適です。仙台から小1時間の距離ですので、仙台に来る時には少し時間のゆとりをもって、こちらに泊まりたいと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東北シリーズ~松島

石巻市役所、女川町役場での打合せが済んだ後、時間がありましたので松島見物をすることにしました。

01 松島で最も有名で、誰もが必ず訪れる五大堂に立ち寄りました。

02

松島は芭蕉にとって特に印象的な場所だったようですが、私にとってもこの雄島は非常に印象深い島でしたのまた訪れました。

03

雄島から見た松島湾。天気は薄曇りでした。

04

松島のもう一つの名所、国宝瑞巌寺です。山門をくぐると長い参道が続きます。

05

参道の脇には、西国33箇所の札所の石像が並んでいてなかなかの見ものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東北シリーズ~石巻・女川

2/2(月)、3(火)、4(水)と宮城県と福島県の原子力発電所が立地されている地域及び隣接している県、市、町の役所に打合せに出かけました。

2/2は、朝4:30分に自宅を出発し、東名~東北自動車道で仙台を経由し、三陸自動車道で石巻に向かいました。470kmの距離でしたが、石巻市役所には10:00に到着することができました。

00 石巻市役所での打合せの後、女川町役場を訪ねました。女川町には原子力発電所があります。昨年奥の細道で石巻には来ており、その際に女川にも来ましたので2度目になります。女川町は女川湾に面し、牡鹿半島の付け根にある町です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »