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2009年7月30日 (木)

富士山レポート

梅雨明け宣言が出されたにもかかわらず、低気圧が日本列島に覆い被さっていてハッキリしない天気が続いています。この暑い時期地べたをテクテク歩くのは辛く、自然に涼しい高原や高い山に憧れが募ります。業をにやして7/28(火)にカミさんと富士山にいきました。天気予報は低気圧が停滞しているものの曇りでした。前2回登山したときは天気予報が悪かったにもかかわらず好天に恵まれましたので、柳の下の3匹目のドジョウを狙ったのですが、自然はそんなに甘くはありませんでした。

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御来光を頂上で見られるようにと夜、小雨の中5合目を出発しました。登るにつれて雨だけではなく頂上から吹き下ろす風も激しくなり、7合目辺りの岩場では立っていることもできず風に吹き飛ばされるようでした。ヘッドランプだけを頼りの登りでは安全なルートを選ぶのも難しく、21:00頃7合目で山小屋に避難し、仮眠して様子をみることにしました。翌日3:00頃夜が明けてきたので再び登山を開始したのですが、8合目辺りで更に風雨が激しくなり、先発して出発していた人達もあきらめて下りてきました。カミさんは6合目までは登ったのですが、3,000m以上に立つのは初めてでしたので8合目で記念写真を撮って下山することにしました。

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同様に下山をあきらめた人達が、風雨に追い立てられるように8合目からの下山専用道を続々と下りてきました。まるで難民キャンプに急ぐ難民のようでした。

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5合目には下山してきた人達で一杯でした。中にはまれに頂上まで行ってきたけれど何も見えなかったという強者もいました。怖いもの知らず(危ない危ない)という人はいるものだと感心しました。

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同じ5合目には、一方天気回復を祈りつつ期待に胸をふくらませてこれから登ろうという人々も多くいました。平日で天気予報もよくないこんな日でもこれだけの人(私達もそのうちの二人・・・)が集まっていますので、これからの最盛期には登山客で行列ができるのは当たり前です。

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雨が降る中、5合目駐車場をちょっと下ったバスの溜まり場には大型観光バスが数十台並んでいました。続々とツアー登山客と観光客を運んでいました。

富士山には登りたいけど行列登山は嫌だという人が多くいます。できたら好シーズンにマイペースで登りたいものですが、富士登山は山小屋が開いている2ヶ月間限定です。それでは真夜中登山とか時間帯をずらしてもと思っても、考えることは誰でも同じで、24時間登山客が登ったり下ったりしています。駐車場の確保競争も難題で、登山前に1、2時間の駐車場待ちや5合目手前1km辺りでの駐車は嫌ですし、これからはマイカー規制も加わります。

自宅から車で130km、2時間ちょっとで5合目まで行けますから、天気がいい日はちょっと富士山までと思っていたのですが、なかなか難しいようです。最近目につくのは外国人登山客が異常に増えていることです。もしユネスコ遺産に登録でもされたら、環境はよくなるでしょうが、高い入山料徴収と入山規制でもしなければ、屋久島のように混雑してどうしようもなくなるのではないかと心配です。

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2009年7月26日 (日)

東北周遊 総括

7/18(土)、山形駅前を8:00に出発し、423kmを走り13:00に自宅に到着し、7/12(日)から1週間の東北周遊は終わりました。総走行距離は2,573kmでした。仙台から海岸沿いを走り、リアス海岸を北上し、下北半島、津軽半島、男鹿半島を1周し、更に海岸線を南下し、月山に登り、出羽三山に参拝するという願いがほぼ達成されました。東北地方は梅雨明け宣言がでていない中、雨を覚悟して出かけたのですが、雨には遭わず、最も心配した月山では晴れ間も見えました。

かかった費用は、高速料金が主要高速道路のETC割引+地方有料道路=5,000円、ガソリン代32,160円(262L)で交通費合計37,160円でした。車は10年ものの査定ゼロの4WDワンボックスカーですから燃費は悪いのは覚悟でした。新幹線を使いますと横浜から仙台往復(2人分)で50,000円で、これに更に東北5県を電車・バスやレンタカーで移動するとしますとかなりかかりますから、やはりETC割引でのドライブですと鉄道やレンタカーの半額くらいになります。宿泊費+酒代+外食費(朝食や昼食はコンビニでパンかお握りを買いました)は2人で約10万円くらいでした。他にお土産代などを入れて総費用15万円くらいかかりました。

 

 

宿泊費(2人分)

居酒屋/酒代

仙台

民宿

1泊2食 17,000

2,250

岩手

民宿

1泊2食 13,400

3,885

青森

ホテル

ツインルーム 5,000

6,500

秋田

温泉

1泊2食  17,000

3,346

酒田

ホテル

ツインルーム 7,350

4,710

山形

ホテル

ツインルーム 11,200

7,000

 

 

70,950

27,691

夫婦げんかをすることもなく、疲労が残ることもなく、美味しいものは美味しく食べ、旨い酒は旨く飲み、食欲が衰えることもなく、お腹を壊すこともなく無事に帰って来れたことが何よりでした。是非もう一度訪れたい地や居酒屋も見つかり、もう既に遠くを見る目つきになっています。

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2009年7月24日 (金)

東北6日目 山形市・居酒屋

193kmの走行距離で15:30に山形市内に入り、山形駅前のホテルにチェックインしました。ホテルでシャワーを浴びた後、駅前でお土産などを物色し、最後の夜なのでホテルで二次会をするためのワインとつまみを買ってから、居酒屋探しに出かけました。山形は、山刀伐峠、新庄、最上川、山寺、酒田、鶴岡など奥の細道であちこち行きましたが、山形市中心部は初めてでした。

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駅前の通りを歩いていましたら、「花膳」という居酒屋が目につきましたので入ってみました。ほとんど予約で一杯とのことで、19:00迄でよければ2人分の席はあるといわれ、ホテルで二次会の予定で長居するつもりはありませんでしたので、入ることにしました。

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中の雰囲気も何となくですが、とてもいい感じでした。

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何はともあれ、東北周遊のここまでの無事と月山登山を祝して乾杯しました。麻の簾で仕切られた左隣の席は一人旅ふうの女性客でした。右隣の席はオープンスペースで、接待でしょうかビジネスマンとOLと外人さんの6人グループでした。

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料理は、山形牛のタタキ、山形名物の芋煮汁、本日のおすすめ初鰹のタタキを頼みました。芋煮汁は里芋と牛肉を醤油味で煮込んだ汁物ですがとても旨いものでした。初鰹は太平洋側のと異なるのでしょうか、初鰹とは思えないほど脂がのっていてそれでいてくどくなく絶品でした。名古屋の御園座近くの居酒屋「大甚」で食べたマグロと肩を並べる旨さでした。山形牛のタタキも含めてどれもが美味でした。大当たりの居酒屋で、居酒屋巡りの今までの経験が多少は活かされたようで、これで山形市に来る楽しみが一つ増えました。

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山形の味を堪能して、約束通り19:00に居酒屋を出てホテルに戻り、蔵王ワインで再度乾杯しました。蔵王牛のタンスモーク、トマトなどで最後の晩餐に舌鼓をうちました。

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東北6日目 月山後半

月山登山の後半、仏生池小屋からの道は大きな岩や小さな岩がごろごろしているとても歩きにくい悪路でした。

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行者姿の人が慣れた足取りで上っていました。前方は雲か霧かまったく見えなくなりました。

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雪渓と霧が広がり、あまりハッキリしない登山道を上へ上へと進みました。午後からの天候の悪化が心配でしたのでピッチを上げたために少しバテました。

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山の稜線も霧のためにハッキリしませんでした。周りには他の登山客も見えずちょっと不安になった瞬間でした。

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更に霧が深くなりました。様々な形に霧が舞っているようでした。標高差も高くなく、決して難しそうな山ではありませんが、登山道がハッキリしていない上に、他の登山客も見えず、霧に惑わされて他の尾根に迷い込んだら道に迷うような不安を感じました。

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何年も願っていた月山頂上についたのと他の登山客の姿もあったのでホッとしました。頂上には月山神社があり、ここに参拝するために御祓い(有料)を受けました。天候が心配でしたので、昼食は下山してからとることにして、帰りは転げるように下山し、往復4時間半の登山は無事に終わりました。

8合目に戻りますと、下の方は霧が晴れて、見晴らしもよく、天空の小さな駐車場には大型観光バスや自家用車が犇めいていました。山としては歩きにくい道ではありましたが、険しくも厳しくもない山でした。しかし天候の急変はあっという間で、どんな山でも油断は禁物ということを実感しました。雨も降らず、願いを叶えさせてくれた諸々に感謝しました。

8合目から狭い山道を下る途中、側溝に脱輪している自家用車がありました。更に下り続けると上ってくるJAFの車とすれ違いました。きっと脱輪した自家用車の救助に向かうところだったと思います。こんな処にまでJAFが来るとは凄いと思いましたが、この道では日常茶飯事でJAFも慣れたものなのかもしれません。そんな事を考えながら山形市内に向かいました。

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東北6日目 月山前半

7/17(金)、東北周遊の6日目は、今回の旅で最大の夢でした月山(1984m)登山です。出羽三山のうち湯殿山と羽黒山は2回訪れましたが、月山だけはきていません。羽黒山は「現在」、月山は「過去」、湯殿山は「未来」をあらわし、それらを巡ることによって輪廻転生を体験するといわれています。月山の山開きは富士山と同様7~8月の2ヶ月間だけです。東北地方は未だ梅雨が明けておらず、月山に限らず山の天候は不順ですので、天候をとても心配しました。他の日は雨でもこの日だけは晴れてほしいと祈るような気持ちでした。この願いが通じたのでしょうか、早朝目覚めてみれば青空でした。それでも月山の登山口に着くまでは天気が心配でした。

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月山の登り口は東京方面から来た場合は姥沢口からスキーリフトを利用するコース(往復3.5時間)と、酒田方向から来て8合目から登るコース(往復5.5時間)があります。私達は羽黒山頂の道を通って車で8合目まで行きました。8合目までの山道は山側の壁と断崖絶壁を細い道がクネクネと縫うように走っていて、車1台がやっと通れる細い道でした。まさか大型観光バスは通らないと思っていたのですが、2台もすれ違い、登山以上に8合目に到達するまでが大変でした。8合目の駐車場に着いてみると、鳥海山が見え素晴らしい眺望でした。

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8合目の登山口を8:00に出発し、30分くらいで御田原参篭所に到着しました。登山道の遙か上の方に既に雲がわき上がっていました。天気予報は午後から崩れるとのことでした。

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やがて池塘(ちとう:湿原の泥炭層にできる池沼)が広がる弥陀ヶ原に出ました。ここらあたりまではハイキング気分でした。

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弥陀ヶ原には、大きな群落ではありませんでしたがニッコウキスゲが心地よさそうに涼風に吹かれていました。

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登り始めて1時間ちょっとで中間地点ともいえる仏生池小屋に到着しました。霧が発生し始め、急激に温度が下がりはじめましたので半袖シャツから長袖に着替えました。

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2009年7月22日 (水)

東北5日目 酒田市・おくりびと

湯殿山、羽黒山にお参りして再び今晩の宿泊地の酒田市に戻りました。5日目の宿泊は開放的でレトロな港町酒田市にするか藤沢周平の故郷でもあり作品に登場する海坂藩のモデルでもある鶴岡市にするかかなり迷いました。奥の細道では両方の町に泊まったのですが、居酒屋が決めてとなって今回は酒田市に泊まりました。16:30、酒田ステーションホテル(ツインルームチャージ料7,350円)という名前からは想像できなかった風変わりなホテルにチェックインしました。走行距離367kmでした。

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懐かしの久村酒場にまた来てしまいました。とても落ち着ける場所です。まだお店があるのか心配したのですが、最近は全国からのファンも増えているそうです。嬉しいような、あまり混まないでほしいような複雑な気分です。

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一昨年座ったのと同じ席に座りました。その時は地元の教師連中が集まり一緒に盛り上がったのですが、その時のことをママさんが覚えていて、またまた話が盛り上がりました。

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近くには竹久夢二美術館があることを初めて知りました。

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久村酒場のすぐ近くの石畳の道路です。この風景を見るのは2回目ですが、他にも何かの機会で見たことがあると思っていましたら、今年見た映画「おくりびと」の舞台となった場所でした。映画では主人公(大悟)が生まれた町の美しい景色の一つとして登場しました。うっかりしていてここへ来るまで酒田市と鶴岡市で「おくりびと」の撮影が行われたということに気がつきませんでした。

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小幡という旧割烹の建物で、映画では「NKエージェント」という葬儀社の社屋となったビルです。主人公の大悟が求人広告を見て初めてここを訪ね歩いたシーンを思い出しました。戦後の頃から1階はダンスホールとして使われていたそうです。

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葬儀社社屋として使われた建物の真向かいに、湯殿山注連寺の末寺で海向寺というお寺がありました。ここには250年前に生きていた武家(忠海上人)とお百姓さん(圓明海上人)の2体の即身仏が安置されているそうです。忠海上人は意志の強そうな表情をしていて、圓明海上人はふくよかな優しそうな顔をしている・・・という話を久村酒場のママさんから聞き、ご対面したかったのですが、既に拝観時間を過ぎていました。翌日は月山に登るために早朝出発ですのでご対面は断念しました。事前のリサーチ不足を悔やみました。

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海向寺から振り向きますと、葬儀社の社屋として撮影された建物と即身仏の幟がオーバーラップしていました。葬儀社と即身仏というこのマッチングは何なのでしょう。日本海沿いの町で、日が暮れつつある薄ぼんやりした時間帯に、薄ぼんやりとした気分で、主人公大悟が同級生と会うシーンで使われた商店街アーケードなどをほろ酔い気分でフラフラとホテルに戻りました。

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東北5日目 山形県・出羽三山

7/16(木)、東北周遊の5日目は秋田県から山形県に入り、酒田市を経由して全国有数の修験の山として知られる出羽三山のうち湯殿山と羽黒山に行きました。天候は崩れそうで崩れない曇り空が続いていましたが、不思議と雨には降られませんでした。陽射しが射さない分、気温は涼しく感じられ快適でした。

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8:00に男鹿半島を出発し、ちょうどお昼頃湯殿山に到着しました。ここは一昨年奥の細道で訪ねて以来2回目です。湯殿山は出羽三山の奥の院とされ、修行した山伏が仏の境地に入る場所とされています。ご神体のある場所は神域であるため一切の撮影が禁止されています。ご神体は茶褐色の巨大な岩で、「語るなかれ、聞くなかれ」といわれ、神秘のベールに包まれてきました。ここを訪れた芭蕉も何も語らなかったそうです。靴と靴下を脱ぎ、御祓いを受け、身体を清めてご神体を一回りするというのが参拝の儀式です。

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この地は後々即身仏(ミイラ仏)となった人々が修行した場所です。前回訪れたときには雪に埋もれて真っ白でした。山形県庄内地方は全国で最も即身成仏の数が多く6体あるそうです。この近くに森敦の小説「月山」(芥川賞受賞)の舞台となった注蓮寺というお寺があり鉄門海という高僧の即身仏が安置されています。残念ながら16:00迄に酒田市に戻りたかったので、時間がなく訪れることはできませんでした。

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14:30、羽黒山に移動し、芭蕉と2回目の対面をしました。

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出羽三山の神を合祭した出羽神社の社殿・三山合祭殿です。

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社殿・三山合祭殿では巫女が神楽を舞っていました。

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2009年7月21日 (火)

東北4日目 秋田県・男鹿半島

7/15(水)の最後の行程は、左手に岩木山を見て津軽を過ぎ、秋田県に入り白神山地をやはり左手に見て日本海沿岸を南下し、男鹿半島を目指しました。

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青森市を8:00に出発し、津軽半島を一周して16:45男鹿半島に到着しました。日の暮れる前に真山(しんざん)神社と境内にある「なまはげ伝承館」を訪れました。なまはげの行事が行われるというこの神社は大きな山の中にありました。なまはげが土着的な伝説から生まれた背景がわかるような雰囲気でした。

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なまはげ館の入口を入るとなまはげが出迎えてくれたのですが、残念ながらはちょうど閉館時間となっていました。

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宿泊先の男鹿観光ホテルでチェックインを済ませて、ここでもなまはげの歓迎を受けました。到着してホッとした瞬間でした。

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温泉に入り、水分をたっぷりと補給し、食事を済ませた後、近くの公民館でなまはげと和太鼓の無料ライブがあるというので出かけました。なまはげの舞はなかなか迫力があり、また和太鼓の響きも腹に響くようで、旅の心地よい疲れと旅に出た開放感に酔いました。

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なまはげと和太鼓のライブの後、近くの居酒屋で秋田三味線のライブ(ソフトドリンク付き1,000円)があるということで、折角の機会なので覗いてみました。なまはげのライブは無料のせいか200人くらいの人がいましたが、こちらは私達夫婦の他にもう一組の夫婦の計4人で寂しいものでした。それでも若夫婦はけなげにも秋田三味線の普及のために頑張っていました。東北では津軽三味線がメジャーで、津軽三味線と秋田三味線の違いも聴かせてくれました。津軽三味線は三味線を打楽器のように叩き、秋田三味線は弦楽器としてつま弾くという違いのようで、雪深い土地での響きを想像しますと、弦の音は雪に吸収されてしまうようで、津軽三味線に分があるように思いました。旅先で三味線の響きを聴くのもいいもので、冬の銀世界の中で熱燗を傾けながら聞けたらもっといいだろうに・・・と、心地よい酔いに任せながらそんなことを考えました。

かくして320km走った4日目も無事に過ぎました。

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東北4日目 津軽半島・太宰治

竜飛岬から日本海を右に見て津軽半島を南下しました。途中十三湖、七里長浜を過ぎてから、一端内陸部に入り、木造駅と五所川原市を目指しました。

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どうしても見たかった木造駅舎です。司馬遼太郎の「街道をゆく41北のまほろば」に「木造駅の怪奇」という話が載っていました。「私は木造町が見たかった。津軽ふうの憂いと羞じらいを含んだ元横綱旭富士が土俵に上がると“青森県西津軽郡木造町”という場内アナウンスがひびきわたった。私はその地名のなつかしさと魅力にひかれて、木造町に寄ろうと思ったのである。」と書かれていました。司馬遼太郎は町長に町中を案内され、木造町が遺跡の街であり、特に「遮光器土器」が素晴らしいということに感動するのですが、「駅舎をみて、仰天する思いがした。遮光器土偶が、映画の怪獣のように駅舎正面いっぱいに立ちはだかっている。“やるもんですなあ”と町長をかえりみると、そのあたりにいなかった。アリやハチなどの昆虫はある寸法でこそ可愛いが、何千倍に巨大化し、立ち上がってマンションの三階を覗いたりすれば、怪物になる。駅舎は町長が建てたものだという。・・・」とこの話を読んで、にんまりとし、物好きにも私も木造駅に寄ってみたいと思いました。

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木造駅から五能線に沿って五所川原市に向かい、太宰治の生家「斜陽館」を訪れました。斜陽館は旅館で、太宰は小さい頃からこの地方の名家の息子として一目置かれ、また頭もよく、しかし本人はそんな評判に反発するようにおどけて、そんな自分を見つめては自己嫌悪に陥っていたということは「人間失格」にも書かれています。斜陽館という名前から、この建物のしゃれて立派な造りから太宰の放蕩的・退嬰的な人格形成の背景がわかるような気がしました。

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斜陽館はひっそりとした場所にひっそりとあって、誰も訪れる人もいないと思って行ったのですが、斜陽館の前には物産館があり、駐車場は観光バスやマイカーで一杯でした。その賑やかさにびっくりしましたが、きっと太宰本人が驚き、身の置き所に困っているのではないかとも思われました。

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きた道を戻る形で五所川原から再び五能線に沿って海岸線に出、鰺ヶ沢を経由して更に南下しました。鰺ヶ沢は関取舞の海の出身地です。司馬遼太郎は、「北のまほろば」の中の「遠い世、オホーツク人は青森県下まできていたことになる・・・。何故青森県下から、あんなに大きくて美しい体形のおすもうさんが出てくるのか、よくわかりましたよ、力士達の容貌もいい。隆の里、旭富士、舞の海、貴ノ浪などが、共通しておだやかで京人形のような顔をしているのも、なにごとか、遠い時代のことを、さまざまに思い出させるではないか。」という話を思い出しながら、男鹿半島に向かってひたすら南下しました。

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東北4日目 津軽半島・竜飛岬

津軽線に併走するように、陸奥湾を右に見て津軽半島の先端の竜飛岬に向かいました。

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竜飛岬の手前の三厩(みんまや)には、源義経が津軽海峡から北海道へ逃れた伝説を伝える義経寺がありました。義経が祈りを捧げた観音像が安置され、近くには海を静めるために座った厩石(まやいし)や海神に捧げるために兜を沈めた兜岩などがありました。かなりの高台にあり、ここから津軽海峡が臨め、眼下には強風のため白い波浪が行く手を阻むようにも見えました。

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竜飛岬に着いたときには噂通りの強風が吹き荒れていました。何台か観光バスがきていて、観光客も記念写真を撮ったらすぐにバスに逃げ帰っていました。お年寄りが一人風に煽られて倒れてしまいました。石川さゆりの「津軽海峡」が強風にのって流れていましたが、ここで聞いたこの曲は真に迫っていました。

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竜飛岬には全国で唯一の階段国道339号線があります。階段ですのでバイクや自転車はもちろん車両は通行不可です。全長338.2m、362段の階段です。なぜ階段が国道に指定されたかはよくわかっていないそうです。一説にはルート設定寺に担当者が現地ではなく地図上でルートを選定したという話がありますが、真偽のほどは不明だそうです。もし本当なら粋なことをしたものです。この階段を下ってゆくと普通の民家(旅館風)の前を通ることになりますので、観光客がぞろぞろと軒先を歩かれる住民にとっては迷惑かもしれません。観光客はこの階段を降りると観光バスが下で待っていましたが、私達は362段を上って戻りました。住民に迷惑をかけつつ、いい運動をしました。

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竜飛岬から津軽半島の日本海側を南下しました。期待通りの荒涼とした風景が広がっていました。

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更に風は強くなり、津軽半島冬景色の風情満点でした。太宰治の「津軽」によれば強風の中、この道を友人と二人でリュックに酒を積み込んで歩いたとのことです。太宰は決して軟弱ではなかったということと、かなりの酒飲みであったことがわかります。

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東北4日目 青森市・ねぶた

7/15(水)、東北周遊の4日目は青森市内で行きたかった場所を2ヵ所訪れました。当初は下北半島をパスして、青森市内でゆっくりしたかったのですが、下北半島を1周したためその時間がなくなりました。早朝棟方志功記念館とねぶたの里を訪ねました。

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棟方志功は版画界の巨星といわれた人です。数十年前に広島出身の偉大な政治家池田勇人首相所蔵の作品群を見たことがありました。非常に力強い印象でした。また司馬遼太郎の「街道をゆく41北のまほろば」の中では、「棟方志功の自己はまことに大きい。いつも朝の野のように初々しく露で濡れていて、その初々しさは縄文時代から迷わずにこの世にきた人ではないかと思えるほどである。」「苦闘時代が過ぎるころ、まわりの人達が、あらそって個人教師になりたがった。いずれも超一級の人だったことが、奇観といえるほどである。」などと紹介されています。改めて作品を見たかったのですが、この日は津軽半島を1周して男鹿半島まで行くために時間をとることができませんでした。

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8月になるとねぶたが始まります。青森、弘前、五所川原で開催されるその時間を、エネルギーを蓄えてじっと待っているそんな雰囲気でした。

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弘前のねぶたは「ねぷた」といわれています。8月1日から1週間開催されます。

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五所川原のねぶたは「五所川原立倭武多」といわれています。8月4日~8日に開催されます。いずれ実際に見てみたいものです。

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青森市内を抜けて津軽半島に向かいました。青森から三厩まで陸奥湾沿いに津軽線が走っています。津軽半島も怪しい雲行きでした。

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東北3日目 下北半島・仏ヶ浦

大間崎を経由して、下北半島の後半の行程に入りました。予定時間をかなりオーバーしたためにかなり気持ちが焦ってきましたが、道は狭く一車線でしたので思うようにスピードを上げることができませんでした。

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15:40、仏ヶ浦を見下ろす地点に到着しました。その名の通り、山を背に、海に向かって仏様が佇んでいる風景が眼前に広がっていました。

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時間が気にはなっていたのですが、どうしても石像の近くに降り立ってみたくなり、長い階段を下っていくと、更に圧倒される別世界でした。

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思わず手を合わせたくなる風景でした。山などの自然を信仰の対象とする修験道の慈眼寺から始まり、浄土ヶ浜、恐山、仏ヶ浦と辿ってきました。自然を崇拝したくなる気持ちが少しはわかったような気がした自然の風景で、時が経つのも忘れてしまう時間と空間でした。

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20:30、青森市内に到着し、ホテルにチェックインした後、とるものもとりあえず馴染みの居酒屋に駆け込みました。

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走行距離510km、さすがに疲れました。ビールが何杯でも砂に水がしみ込むように入っていきました。2軒目、3軒目とはしごをして23:30ベッドに倒れ込みました。

この日の宿泊先青森プラザホテル(1泊朝食付きツインルームチャージ2,000円割引で5,000円)は、建物は多少古いのですが、料金は安く、繁華街にあり、落ち着いていて、特に翌朝の朝食バイキングは今まで泊まったホテルの中では質量共に最高でした。聞けばワイン倶楽部も経営してして、かなりのシェフが朝食も担当しているとのことでした。この日は宿泊料金と居酒屋3軒での費用が2人で15,000円以下でした。疲れましたが充実した一日でした。

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東北3日目 下北半島・恐山

7/14(火)、東北周遊の3日目は岩手県宮古を出発し、陸中海岸を北上し、下北半島を一周し、青森市を目指しました。陸前海岸、三陸海岸、陸中海岸は三陸鉄道リアス線が走っているエリアです。

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陸中海岸を北上し、八戸、三沢を経由して、13:30、出発して5時間で恐山に到着しました。4回目の訪問で、すっかり馴染みとなったスポットです。ここに来るとどういう訳かとても気持ちが落ち着きます。

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天気予報はよくなかったのですが、青空が広がり、恐山という名前のイメージに似つかわしくない風景でした。初めて来たカミさんは来る前のイメージと全然違うと驚いていました。

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宇曾利山の手前の宇曾利山湖は、青い水と白い砂浜の世界です。浄土の世界といわれているのも肯けます。ここは更に気持ちが落ち着けるスポットです。

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恐山から再び太平洋岸の海沿いの道に出ました。海も空もどんよりとしてきました。めまぐるしく天気が変わりました。

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15:05、本州最北端でマグロの一本釣りで有名な大間に到着しました。昼食の時間を過ぎているため残念ながら大間のマグロを味わうこともできませんでしたし、時間もあまりなかったために一本釣りの船体を見ることもできませんでした。

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2009年7月20日 (月)

東北2日目 陸中海岸・浄土ヶ浜

途中半島のドライブで大分時間がかかり、夕方近くに陸中海岸エリアに入りました。陸前・三陸・陸中海岸のラインには三陸鉄道リアス線が走っているコースでもあります。2日目は岩手県宮古市に泊まりました。2日目の走行距離は300kmでした。

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夕方近くようやく陸中海岸に近づきました。海は穏やかでホッとする瞬間でした。時間があれば海に入ってみたいと思うほどきれいな入り江でした。

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宿泊は浄土ヶ浜の近く、宮古市内の民宿「食の宿丸仙」(1泊2食付き6,500円)に宿泊しました。刺身の盛り合わせやウニ、焼き魚などの基本コースの他に、ヒラメとカレイの刺身を追加注文しました。ここでも前日同様海の幸を堪能しました。

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東北2日目 陸前・三陸海岸

7/13(月)、東北周遊の2日目は松島を出発し、陸前海岸、三陸海岸、陸中海岸の海沿いを走りました。できるだけ海岸沿いを走りたいという今回の旅行のスタートでした。

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松島を出発した頃は、陸前海岸に広がる海の上には雲がかかっていました。関東地方は梅雨が明けたということでしたが、東北地方は荒れ模様の天気予報でした。

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陸中海岸有数の漁港気仙沼港には大きな船が何百隻と並んでいて勇壮でした。ちょうど昼時でしたので、ラーメンを食べました。一昨年奥の細道で訪れた時にはフカヒレラーメンを食べたのですが普通のラーメンの方がはるかに美味しく感じました。お土産にフカヒレスープを買いました。

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三陸海岸の釜石港の手前あたりのリアス式海岸には珍しい砂浜です。

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ガイドブックには「日本の秘境重茂半島」「まるで別世界に入り込んだよう」という謳い文句に誘われて入り込んだ半島は素晴らしいものでしたが、運転は大変でした。細い道がクネクネと続き、対向車に出会ったらとハラハラしながら、それでも時々素晴らしい景観が目の前に開け、リアス式海岸沿いをドライブしたいという夢が叶った一時でした。

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2009年7月19日 (日)

東北1日目 奥松島の漁師宿桜荘

慈眼寺での護摩焚き行を見て、カミさんが松島は初めてということでしたので松島観光をして、更に30分くらい車を走らせ奥松島の漁師宿桜荘に向かいました。桜荘は2回目でした。この日の走行距離は493kmでした。

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松島では、五大堂、瑞巌寺、お土産物屋などの最もポピュラーな観光コースをブラブラしました。

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桜荘に到着しましたら、ご主人と近くの酒屋さんが夕食の食材の仕込みをしていました。

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1回目の時は牡蠣のシーズンでもあり牡蠣のフルコースでしたが、今回は1泊2食付き8,500円の鮑の刺身コースを頼みました。この他にカレイの唐揚げや様々な料理が次から次へと出てきました。

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慈眼寺の護摩焚き、松島見物、桜荘の海の幸を味わうという1日目の目的達成を祝って、これからの東北周遊の無事を祈って早速乾杯をしました。

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東北1日目 仙台慈眼寺

7/12(日)早朝に車で出発しました。最初の目的地は仙台の山奥にある慈眼寺でした。毎週日曜日には13:00から亮潤さんが護摩を焚いていますので、護摩焚き行を見ました。

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10:30に慈眼寺に着きました。3回目の訪問でした。高速道路も渋滞もなく距離420km、ほぼ5時間のドライブでした。早く着いたためにひっそりとしていました。近くの秋保大滝周辺を散策したり昼食をとったりして時間を潰しました。

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慈眼寺前の小さな池に蓮が花を咲かせていました。

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境内に大きな陶器の鉢がありました。この鉢は一昨年慈眼寺を訪ねた時、ちょうどこの鉢が届きました。亮潤さんが嬉しそうに、「この鉢に蓮を生けます」と話してくれました。近くによると小さな蕾が出番を待っていました。

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ぼつぼつと護摩焚きに参加する人が集まってきていて、護摩焚き堂は一杯になりました。撮影することができないのが残念なのですが、亮潤さんは白装束で登場し、やがて火が付けられ炎は大きくなり、まるで亮潤さんが火を噴いているようでもあり、やがて火に包まれるようでもあり、圧倒されました。毎週多くの人が集まってくるとのことで、亮潤さんのファンが増え、多くの人に囲まれているのは嬉しいのですが、反面寂しくもあります。

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2009年7月11日 (土)

東北周遊~北のまほろば

7/12(日)~18(土)の1週間、カミさんと2人で東北3大祭りで騒がしくなる前に宮城県、岩手県、青森県、秋田県、山形県の東北5県を週末ETC割引を利用してドライブすることにしました。今回は出羽三山登山の他はほとんど歩きませんが、以前奥の細道で歩いた道を車から眺めるのも楽しみです。

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ガイドブックは参考にしない、細かいコースは特に設定しないで、太平洋岸の陸中・リアス式海岸を北上し、日本海側もできるだけ海岸線を走りたいと思っていますが、司馬遼太郎の街道をいく41「北のまほろば」を読むと、その地で歴史的な事実や人物が今でもうごめいているような錯覚に囚われるような場所も紹介されていて、面白いと思ったところはできるだけ廻ってみたいと思っています。

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太宰治の「津軽」は太宰が実際に歩いた津軽の紀行文でもとても面白い本です。やはり参考にしました。青森県は下北半島や恐山などは何回か行きましたので、今回は初めて津軽半島に行ってみたいと思っています。1週間で5県という駆け足ですので、1つの県では1ヶ所しか宿泊できません。青森県では青森市と弘前市とどちらに泊まろうか随分迷いましたが、青森市に泊まることにしました。「北のまほろば」では、「青森市は、たとえばおなじ県庁所在地の熊本市が江戸時代のにおいをのこしているのに対し、現代的な標準化が進み、家屋、道路、商店街のどれをとっても、無個性に近い。そのくせ、何かがある。」と書かれていますし、「津軽」では「旅人にとって、市の中心部はどこか、さっぱり見当がつかない様子である・・・けれども私はこの青森市に四年いた。」と紹介されていてなにやら面白そうです。弘前市はいずれ奥州街道でも歩くことでもあれば、桜の時期に弘前城辺りに寄り道することも考えられます。

どんなルートを通って、どんな街に泊まって、どんな酒を飲んで、どんなものを食べるかを考えている時が一番楽しいのかもしれません。

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2009年7月 9日 (木)

富士山大荒れ

7/8(水)、カミさんが富士山に登りたいと言い出し、天気予報は良くなく、実際の天気も良くなかったのですが、ともかく富士山に行きました。15:00に出発し、五合目に17:30に到着しました。駐車場は1/4くらい埋まっていました。それぞれ皆さん登山支度はしているのですが、車体が強風で煽られ、一歩車外に出ると立っていられない状態で、近くに駐車した人と情報交換をしました。強風で落石があり8合目以上は行けないという情報もありましたが、とりあえず6合目の安全指導センターまで行ってみることにしました。

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18:36 5合目を出発してすぐ、眼下の勾玉のような山中湖に様々な形をした雲が覆い被さっていました。

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18:43 吉田口の登山口です。まだ何とか明るくヘッドランプは必要ありませんでした。

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18:59 6合目に向かう途中、初めての富士登山で緊張しているカミさんに、容赦ない向かい風が吹き付けていて、一歩一歩しっかり歩かないと身体がぐらつくようでした。

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19:08 6合目近く、不思議な雲が広がっていました。夜の7時だというのに空は青々としていたのですが、その中に灰色の固まりがぽっかりと浮かんでいて驚くほどの速さで移動していました。

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19:10 山頂方向は、7合目辺りまでは山小屋の灯りが見えましたが、その上は全く雲がかかっていました。安全指導センターの方に聞きましたら、昼間はともかく夜間登山は無理をしない方がいいということでしたので引き返すことにしました。自然の凄まじさのライブショーを見させてもらいました。

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2009年7月 5日 (日)

富士山頂

昨年9月に早朝出発で富士宮口(静岡県側)、一昨日(7/3)は深夜出発で吉田口(山梨県側)から日帰りで富士山に登りました。昨年はあっという間に登った~軽い高山病になりました~という印象だったのですが、今回はとても苦労したような感じです。標高差は富士宮口が1,410m、吉田口が1,330mですから100mの差しかないのに登りにかかった時間も大分違いました。今回はできるだけゆっくり、水分の補給を十分に、適度な休憩、ゆっくりと大きな腹式呼吸などの高山病対策を意識しましたので多めに時間はかかるのは覚悟していたのですがその割に疲労感は大きく感じました。もしかしたらこの1年間で体力が落ちているのかもしれません。

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新田次郎の本は昔よく読んだ記憶があり、映画「剣岳」を見て改めて「槍ヶ岳開山」など何冊かの本を買い込みました。そのうちの一冊、富士山頂にレーダーを設置するという「富士山頂」もとても面白く、これを映画にしたらいいだろうなと思っていましたら、何と30年も前に映画化(石原裕次郎主演)されていて昨晩(7/4)放映されていました。ほぼ原作に忠実でしたが、人間模様は描き切れていない反面、富士山頂の空撮などのシーンは映像ならでした。

2回の登山とも天候予報は雨だったにも関わらず5合目に行ってみると星空で、たまたま天気には恵まれました。富士山の天気は天気予報とは関係ないということがわかりました。しかも空模様は数分のうちに千変万化しました。小説「富士山頂」の中で提示されていたデータを見ても、富士山頂での工事がいかに大変だったということもわかりました。

今回は深夜一人で出発し、初めての登山道、真っ暗闇の中、ヘッドランプを頼りに歩きましたので不安感が強かったのですが、7合目辺りになると何人かのグループと合流したりしてほっとしました。8合目から頂上までの道々、もうこれきりで富士山はやめようと何度も思ったのですが、一晩寝て起きたらまた登りたくなりました。今年も多くの人が富士山を目指すような気配ですが、溶岩の固まりだらけの荒涼として殺風景なおよそ山らしくない富士山の魅力とは一体何なのでしょうか。

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2009年7月 4日 (土)

富士山3~下山

頂上で30分休憩し、景色を堪能~といっても下界は雲海ばかりでしたが~しました。下山は8合目からは下山専用の道を下るのですが、この時期は空いていることもあり、上りの道、下りの道どちらを下ってもいいということでした。上り専用の道はめったに下ることはできないと思い、8:30に下り専用の道を下山開始しました。13:00ちょうどに5合目に到着し、往復13時間の道のりでした。さすがにフラフラになりましたが、その分達成感も味わうことができました。

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11:20 7合目辺りから登山道を振り返りました。この道を登った時には夜明け前でしたので真っ暗でした。ヘッドランプを頼りにこの岩場を登ったのでしたが、なまじ視界数メートルでよかったのかもしれません。ファイトをかきたてられるか、うんざりするか・・・。

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11:21 下りの道に目を転じれば、高所恐怖症の人は足がすくむかもしれません。ちょっと足を踏み外せば雲海の中に真っ逆さまに転落の恐怖が・・・。

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12:16 6合目近く、これから頂上を目指す人が続々と上ってきました。半分くらいが外人で、特に欧米人が多いようでした。思わず頑張れ!と声をかけたくなりました。

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富士山2~頂上へ

8合目でご来光を仰いでからヘッドランプを外して、明るくなった景色を見ながら頂上を目指しました。ここからが本当に苦しい登りでした。

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7:45 頂上を僅かに目に捉えることができました。あっという間に雲が広がりました。傾斜は次第に険しくなり、空気が薄くなっているせいか10mくらい上がるたびに心臓はパクパクいうし、頂上までは辛く苦しい登りでした。山開きに合わせて除雪作業された方の苦労が身に沁みてわかりました。

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7:49 頂上がハッキリと確認できるようになりました。もう二度と来るものかと心の中で叫びながら、何度も途中でやめようと思いながら、しかし頂上は見えているしもう少し頑張ってみようとまたノロノロと脚を持ち上げることの繰り返しでした。最も苦しい時間帯でした。

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7:59 頂上手前、ここまで来れば・・・ハアハアいいながらの最後の一登りでした。

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8:05 頂上に着きました。登頂時間は8時間でした。群馬から来ていたグループとほぼ一緒にゴールしましたので、記念写真を撮り合いました。感激とホッとして力が抜けてしまい、しまりのない顔をしていました。心配していた高山病の症状は出ませんでした。ガイドブックなどでは標準登頂時間は7時間~7.5時間といわれていますが、高山病対策にはできるだけ時間をかけた方がよいようです。

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富士山1~御来光

梅雨真っ盛りの7/3(金)富士山に登りました。昨年の9月に初めて富士宮口(静岡県側)から登頂しましたので、今回は富士吉田口(山梨県側)から登りました。前回は明け方登山開始、午後下山の日帰り登山で、今回も日帰り登山にしました。7/1に山開きしたとはいえ、雪が多く8.5合までしか上がれない、天気は良くなくここ数日間で数分間しか御来光は拝めない、天気予報は絶望的という状況の中、ボチボチと富士山に登っている人の情報がマスコミで伝わってきますとじっとしていられませんでした。

ウジウジしているのも嫌なので、悪コンディションでも行けるところまで行ってみようと思い立ち、7/2(木)の21:00自宅を出発しました。東名高速・御殿場~東富士五湖道路を経由して須走辺りから靄が発生し視界が悪くなり、富士スバルラインに入っても靄が濃くなるばかりでした。途中2頭の子鹿がヘッドランプに浮かび上がりました。ところどころ靄の切れ目から月や星が見えましたし、富士山の山頂付近とおぼしきところに点々とヘッドランプの列が目に入りましたので、ひょっとすると頂上まで行けるかもしれないという期待を抱きました。23:15に5合目の駐車場に到着するとさすがにガラガラでした。駐車場は真っ暗でしたが、ところどころで登山者の影が動いており心がはやりました。はやる心を抑えて、高地に慣れるために十分準備に時間をかけ、日付が変わる0:00に登山を開始しました。

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1:54 7合目の日の出館到着、真っ暗でした。スタートして登山道の前後や山頂に向かってチラチラとヘッドランプの光が見えました。6合目の安全指導センターで頂上まで上がれると聞き元気が出ましたが、1回目の登山ではできるだけ速いペースで登ろうと頑張って軽い高山病(頭痛と吐き気)に懲りましたので、今回はできるだけゆっくりと登ることにしました。

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3:52 8合目の太子館到着、群馬からきていた6人のグループと合流しましたこのグループとは下山までほとんど一緒のペースでした。

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4:06 8合目で休息をとりながら早めの朝食を食べていると空が赤く染まってきました。

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4:29 30分ほど休憩し、そろそろ出発という頃、ハッキリと御来光の前兆が現れました。

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4:41 御来光です。雲海をかき分けるように、雛が卵からふ化するような、生命の誕生のような感じで太陽が顔を出しました。

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