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2009年10月31日 (土)

山中湖2日目~石割神社

前日(10/28)は、初雪を見ようと須走口から富士山6合目まで上ったのですが、見事に振られてしまいました。翌日は、山中湖を挟んで富士山と対峙するように眺めることができる石割山~平尾山~大平山の尾根歩きをしようと思い、先ず石割山に向かいました。

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8:30、石割山登山口から登り始めました。そこかしこに紅葉・黄葉が見られました。

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登山口の鳥居をくぐるといきなり名物の石段があります。いつも途中まで数えるのですが、疲れてくるとカウントすることをあきらめてしまいますので、いまだに何段あるのかわかりません。この階段を上りきると確実に身体が温まります。

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恐怖の階段をクリアしてしまえば暫くはなだらかな登りで、晩秋から初冬の山道の雰囲気を楽しめました。

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山道をハイキング気分で歩いていると樹々の間から冠雪した富士山を眺めることができましたが、まるで富士山を飲み込もうとでもするような雲が富士山の後ろから迫っていました。結局これが今回富士山を見た最後の瞬間となりました。

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登山口から40分くらいで石割神社に到着しました。大岩のご神体の裏側には狭い隙間があり、身体を横にして歩くとかろうじて一周することができ、願い事をしながら通り抜けると願いが叶うということですので、久しぶりに通り抜けをしました。ここから山頂までは20分くらいのかなり険しい登りとなります。頂上まで行っても富士山は雲に包まれているものと予測されましたし、カミさんが少し風邪気味でしたのでここから引き返して下山しました。

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石割山に登るかわりに山中湖畔を散策することにしました。

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ゆっくりと晩秋の雰囲気や紅葉狩りを楽しめるようになってきたのも歳のせいかもしれません。

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湖畔の紅葉も見事でした。雪の富士山にお目にかかることはできませんでしたが、とても得をしたような充ち足りた気分で帰路につきました。

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山中湖1日目~富士山初雪

富士山に初雪が降ったということでしたので10/28(水)、29(木)の二日間、近いところで富士山の初雪と山中湖周辺の紅葉を見ようとカミさんと出かけました。一日目は富士山須走口登山道に寄ってから山中湖に宿泊し、二日目は石割山に登りました。

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10/28(月)8:30に自宅を出発し、東名高速を走り御殿場ICから富士アザミラインに乗り、富士山須走口5合目駐車場に10:00に着きました。さすがに寒く、防寒着などの身支度をして10:30に登山口から歩き始めました。登山口には登山禁止の看板がありましたが、どういうわけか人一人通れるだけの隙間がありました。

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登山道には丁寧な案内表示がありますので、迷うことなく歩くことができました。

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須走登山口からは今年1回だけ頂上に登りました。その時は真夜中に出発しヘッドランプを頼りに歩きましたので、周りの風景などは全くわかりませんでした。この登山道の特徴は、富士宮口や富士吉田口と異なって、新6合目、本6合目まで樹林帯を楽しみながらハイキング気分で歩けることです。

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樹林帯を抜けると渺々たる溶岩の世界が眼前に開け、富士山が真上からのしかかってくるように迫ってくるのですが・・・。初冠雪で薄化粧した秀麗な姿が見えるはずだったのですが、霧が発生して周りには何も見えませんでした。富士登山にはよくあることなのでがっかりしませんでした。また時期をみて来ればいいのですから。

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登山口から1時間半で新6合目に到着しました。登山口の山小屋のご主人の話では、前日(10/27)には6合目まで雪が積もっていて山頂までよく見えたとのことでした。更に本6合目までは30分かかり、そこまで行けば積雪があるかもしれないと思いましたが、霧が晴れる気配がないのでここで持参したお弁当を食べて下山しました。登山口から新6合目や本6合目往復は、樹林帯を歩き、運がよければ富士山を仰ぎ見ることができる2時間半から3時間くらいの適当なハイキングコースといえます。

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ゆっくりと下山してから富士アザミラインを戻り、須走から東富士五湖自動車道路を走り山中湖出口で下りました。汗をかいた後、身体が冷えましたので石割の湯に入って汗を流して身体を温めました。山中湖には紅富士の湯と石割の湯という二つの温泉があります。紅富士の湯は規模も大きく新しく人気があり、観光バスツアーの定番にもなっています。一方石割の湯は規模も小さく設備も古いのですが、こちらには地元の人しかきませんので落ち着きます。どちらも大人の入浴料金は700円ですが、住民税を払っていますので私や同行者は村民料金300円で入れます。

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どちらの温泉も、施設内では広い休憩所があり、地元山梨の産物なども売っています。野菜や果物が新鮮で美味しいので山中湖に泊まるときには夕食の食材によく買います。

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山中湖での夕食は、石割の湯で買ったプチトマト(甘くて美味しかったです)、自家製牡蠣のオイル漬けなどで、水分と栄養補給しました。ここでの食事は山中湖に来る楽しみの半分でもあります。この日は17:00に食事を始め、20:00には寝てしまいました。

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2009年10月26日 (月)

陸前浜街道3日目:平潟~いわき駅

10/21(水)は、平潟漁港近くの漁師の民宿「大和丸」から33km先のいわき駅を目指しました。この日のルートは他に選択できるような道がありませんでしたので、地図通りに歩くことにしました。

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平潟漁港は北茨城市ですが、少し歩くと福島県(いわき市)に入りました。道は海岸線に出て、天気もいいし気持ちよく歩きました。

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すぐに勿来の関跡がありました。白河の関、念珠(ねず)ヶ関と並んで奥州三関といわれています。関所といえば大体が山の中や峠にあってイメージが暗いのですが、この勿来の関は明るいイメージがしました。

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6号線に沿って歩いていましたら「勿来の関検問所」がありました。交番のような交番でないような建物で誰もいませんでした。きっとこの建物を見たらドライバーはスピードを落とすのではないかと見ていましたが、車は特に気にすることもなくスピードを落とさずに走っていました。

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勿来の関から先は6号線はバイパスになっていて、浜街道は内陸部に入り昔の街道をしのばせる道となりました。

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古い醸造所などもあり、宿場町の風情を残している数少ない道でした。

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道は更に山里に入っていき、秋の陽射しを浴びながら気持ちよくのんびりと歩きました。途中道端で腰を下ろして非常食で昼食をとりました。

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気分よく歩いていたのですが、いつの間にか山の中に入ってしまい、標識がなく、道を尋ねる人もなく30分くらい迷ってしまいかなりあせりました。

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いわき湯本温泉に着いたときにはほっとしました。足湯がありましたので、好物のソフトクリームを食べながら疲れた足を癒しました。ここ湯本温泉には「スパリゾートハワイアンス」などがありなかなか賑やかでした。

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この日の最終的目的地のいわき駅に向かう途中、「さはこの湯」という変わった名前で、松山市の道後温泉のような造りの温泉がありました。いわき湯本温泉は「三函の湯」と呼ばれ、1900年の歴史があるそうです。愛媛の道後、兵庫の有馬温泉と共に日本三古泉ともいわれたそうです。更に、戦国時代には秋保温泉、別所温泉と共に三大名湯ともいわれ、江戸時代には浜街道で唯一の温泉のある宿場として栄えたそうです。

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夕方ようやくいわき駅近くのビジネスホテルに到着しました。1泊目、2泊目とも夕食にたっぷりと魚を食べましたので、近くのスーパーでおでんや焼き鳥などを買ってきて、尾r-す、日本酒、ワインで乾杯をしました。

翌日の10/22(木)は、カミさんは一足先にいわき駅から自宅に戻り、私はお昼近くまで6号線に沿って広野まで歩いてから電車を乗り継いで自宅に戻りました。

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2009年10月25日 (日)

陸前浜街道2日目(2):高萩~平潟

高萩からこの日の目的地である平潟までは地図で見ますとほとんど6号線を歩くことになっていましたので、ルートを変えて海沿いの道を歩くことにしました。

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浜街道(6号線)を外れて海岸に出て地元の人に聞きますと、ずっと海岸線を歩けばかなり先の方に見える岬の方まで行けるし、途中いくつかの漁港を通り回り道になるが、目的地である平潟にも行けるということでしたので、どこまでも海沿いの道を歩きました。

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大津漁港という漁港あたりに来ますと、魚料理を食べさせる料理屋が軒を並べているグルメ街道というワクワクするような名前の道にでました。「天心の里」という文字が見え、聞きますとこの五浦(いづら)という地域は岡倉天心のゆかりの地でした。

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五浦という地域は風光明媚な岬で、茨城県の名勝地として有名な場所だそうです。この地域には岡倉天心美術館や岡倉天心が設計した六角堂という建物や天心のお墓がありました。

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五浦の素晴らしい景観を楽しみながら平潟漁港に向かう途中にこの日の宿泊先の民宿「大和丸」がありました。

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民宿の庭先には、所有している船の模型がありワンちゃんが留守番していました。

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このあたり北茨城地域には27軒の民宿があり、うち平潟地域には16軒の民宿があります。どの民宿にしようかと選択に迷ったのですが、最も漁師っぽい民宿を選びました。旅館や民宿などではよく天ぷらや茶わん蒸しなど魚以外の余計な料理が出てくることがありますので、できるだけ魚だけを食べたいと思い選んだのですが、期待以上でした。写真以外にもアンコウ料理やドブ汁(味噌とアンキモの汁物)がでてきて、申し訳ないことにかなり残してしまいました。

ほとんど6号線を歩く浜街道には本陣跡や宿場跡がほとんどありません。道も自動車の脇を歩く道がほとんどでしたので、浜街道にこだわらないで面白そうな道を歩いたら大正解でした。民宿の漁師料理はご主人が腕によりをかけて作っていただいたのですが、暫くは魚料理は食べなくてもいいと思いました。ほぼ30kmの行程でしたが楽しい一日でした。

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陸前浜街道2日目(1):日立~磯原

10/20(火)は、日立市から平潟を目指しました。昨日はぐっすり寝たせいか足の痛みも消えていました。

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日立を7:30に出発してほほ1時間歩いてようやく海沿いに出て、「浜街道」という表示を初めて見ることができ気分は盛り上がったのですが、歩道はなく車が疾走してゆく状況は昨日と変わりませんでした。

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海岸沿いの道もすぐに山の中の静かな道も変わりました。十王川という川と並行している並木道で初めてゆっくり下気分で歩ける道でした。こういう道は気分が和みいくら歩いても疲れは感じません。

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十王川を見ながら歩いていましたら鮭が産卵のために遡上していました。地元の人が投網を打っていて大きな鮭を捕まえていました。

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道は更に山にさしかかり小さな峠を越えました。中山道を歩いているような気分になりました。こういう道がずっと続くといいのですが。

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山道から再び海岸に近づいた磯原という地域のあたりに数少ない見所の一つである野口雨情生誕の家がありました。野口雨情は明治時代の詩人であり、数多くの童謡を作詞したことで知られています。生家は立派な家で、年配の団体客が観光に訪れていました。

この後、磯原から高萩までは再び海沿いの6号線を歩きました。

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2009年10月23日 (金)

陸前浜街道1日目:水戸~日立(助川宿)

10/19(月)の早朝、水戸から宮城県岩沼市までの陸前浜街道237.7kmにカミさんと二人旅で出発しました。水戸駅には8:30に到着し、第1日目は日立市(助川宿)を目指しました。

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水戸駅からほど近くに、「江戸街道起点の碑」がありました。江戸と水戸との間の水戸街道の起点と同時に陸前浜街道の起点でもあります。天気もよく張り切って9:00にスタートしました。

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1時間ほど歩いて那珂川を渡りますとひたちなか市に入りました。予想通り6号線を車の排気ガスを吸って、騒音を聞きながら歩くことになりました。

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ひたちなか市を過ぎ、仕事では何回も来ている東海村に入り、常陸太田市を過ぎ、日立市までずっと車と並行してモクモクと歩きました。1日目は浜街道というイメージとは全く異なる道でした。

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8時間歩いてようやく日立市(助川宿)に着きました。宿泊は「ホテル網元」というホテルで、名前のイメージとは異なっておしゃれなビジネスホテルでした。食事は同じホテル経営の別館で、この日唯一の楽しみの魚料理とアンコウ鍋をいただきました。

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アンコウ鍋は、我が家ではタレには味付けしないで紅葉おろしとポン酢とであっさりと食べるのですが、本場では味噌にアンキモをといた「ドブ汁」をベースにするのが普通のようです。食べ方もルールがあるようで鍋奉行の仲居さんに指南してもらいました。

東海道では大磯あたり、中山道では高崎あたりまではあまり楽しくない道で、1日目は陸前浜街道も同じような道でしたからあまりがっかりしませんでしたが、騒音と排気ガスのアスファルト道を34km歩きましたら心身ともにどっと疲れました。特にアスファルト道は久しぶりでしたので、カミさん共々足底部にかなりの痛みを感じました。食後20:00には寝てしまいました。

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2009年10月18日 (日)

陸前浜街道

富士山や北アルプスなど高い山には初冠雪の便りが聞かれ、一挙に冬山へと突入の様相ですが、入れ代わるように歩くには最適なシーズンとなりました。ということで、10/19(月)~22(木)の日程で陸前浜街道を歩くことにしました。陸前浜街道は水戸から宮城県岩沼市までの230kmの街道で、ほぼ国道6号線と一体となったり並行しています。1週間くらいかけて一挙にゴールしてしまいたいのですが、仕事があり、今回は3泊4日の行程となりました。

江戸から水戸までは水戸街道、水戸から東北方面には奥州街道があり、通常参勤交代にはこの奥州街道が使われていましたので、陸前浜街道はメジャーではありません。有名な史跡や宿場があるわけではなく見所は少なく地味なのですが、名前の通り浜(太平洋)に近いルートですので、漁港近くに美味しい魚料理を食べさせてくれる民宿などがあれば楽しみです。東北へは、奥の細道を歩いたり、車で陸中リアス式海岸や下北半島、津軽半島を走りましたが、また違った雰囲気が感じられればいいなあと思っています。

高い山を登るときと長距離を歩くときでは足や筋肉の使い方は異なり、山歩きでは下りでの膝通に気をつけなければなりませんが、平地の場合特にアスファルト道は足底部の痛みに気をつけたいと思います。

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2009年10月12日 (月)

富士山と北アルプス~山シーズンの終わり

10/4(日)から4泊5日の予定で槍ヶ岳、奥穂高岳に登ってみたいと思って出かけましたが、台風の接近により穂高連峰には近づくことすらできず、上高地からその姿を眺めることしかできませんでした。当初は5泊6日くらいの日程がほしかったのですが、2つの仕事を抱えてしまい、4泊5日の確保がやっとでした。結果的には台風により予定通りの行程は無理でしたが、その分山小屋でゆっくりとする時間も楽しいものでした。今回の山行きは富士山を別にして山登りへの未練を断ち切るつもりのものでしたが、どうも槍と穂高の魅力にはまってしまったようです。

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初めてアプローチした槍ヶ岳までの厳しい登りや素晴らしい景観にすっかり魅せられてしまいました。富士山と槍ヶ岳は登るより見るものだといわれますが、富士山の場合はどうしても日本一高いところに立ってみたいという気持ちは否定できません。槍ヶ岳は開祖の播隆上人が頂上で虹の光輪を背負った如来を見たことにより一挙に信仰の山になりました。そういう特殊な修験者が頂きに立てばよく、たかだか100mの岩場を我々凡人がハシゴや鎖を使ってまで登らなくてもいいのではないかというのが槍ヶ岳を目前にしての実感でした。

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上高地(大正池)からの奥穂高連峰の景観も独特のものがありました。台風という自然の力には逆らうことはできず、麓に近づくことさえできませんでしたが、あきらめるどころか今度こそという気持ちが湧いてきてしまいました。懲りたはずのカミさんももう少しゆったりとした日程で再挑戦したいといっており、来年こそはというファイトが湧いてきました。とはいえ、今更本格的な登山を目指そうとは思いません。穂高連峰には素晴らしい縦走路が幾つもありますが、リスクを冒してまでもとは思いません。例え頂上に立てなくても景観を楽しみ山懐に抱かれているだけで満足できることを知りました。

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10/11(日)の天気予報が快晴でしたので、山登りの総決算のつもりで、最後の富士山に近づいてみようと1:00に自宅を出発し5合目駐車場(自宅から130km、約2時間)に3:00に到着し3:30に登り始めました。5:44に7合目で御来光を見ました。御来光の周りに雲がまとわりついてしまうことがよくあるのですが、この日は正真正銘まん丸の太陽でした。

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8合目から上は雪が積もっていましたので7合目から引き返しました。7合目、8合目から見上げる豪快な景観、逆に雲海を見下ろす豪快な景観、これらもまた素晴らしいものです。

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下山して駐車場から振り仰ぎますと富士山は頂上からすっかり薄化粧していました。これで富士山のシーズンも本当に終わりました。

今年は、富士山、月山、槍ヶ岳などに登りましたが、来年も富士山、槍ヶ岳、穂高岳には是非登ってみたいと思いますし、登れるだけの体力を維持したいという思いを強くした山行きでした。

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2009年10月11日 (日)

上高地散策

3日目の10/6(火)、目覚めて早速天気予報を確認しますと、台風が本土に向かっているということでした。この日穂高に向かってしまうと帰りが大変だろうということで、予定を一日切り上げて、穂高はパスして上高地に向かいました。

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梓川に面した山々には靄が立ちこめていました。天気予報通り怪しい雲行きでした。

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7:00に横尾山荘を出発し、徳沢園を経由して10:10明神分岐に到着しました。学生時代に穂高に出かけるときにここで全員揃って記念写真を撮りました。今は見まわしてみると中高年グループばかりが目立ちました。

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明神分岐から、梓川を渡り、明神池を訪ねたり、自然探勝路をのんびりと散策しました。

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12:05に定番の河童橋に着きました。すっかり観光客気分ですが、やはりまわりにいる人は中高年ばかりでした。私もその同類ですが・・・。

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今日の宿泊先の上高地温泉ホテルに荷物を預け、更に梓川を下り大正池まで行きました。大正池の水量が随分減った印象ですが、14:10、ここから真っ正面に憧れの穂高連山を眺めることができました。中央の筋が岳沢の前穂高登山道、前穂高は右側に見え、奥穂高は一番奥に、左側に西穂高岳が連なっていました。近づくこともできなかった穂高の山々を眺めて欲求不満も少しは解消されました。

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上高地温泉ホテルの天然温泉や露天風呂で汗を流して、水分補給、エネルギー補給をしました。ここ数年間探し求めていた岩魚の活き作りをオーダーしてすっかり満足でした。

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10/7(水)8:00、予定より一日早く台風に直撃される前に上高地を脱出しました。途中JR

松本駅

前にある槍ヶ岳を開山した播隆上人に対面して、松本ICで長野自動車道にのり、渋滞の中央道を避け、大月から河口湖、御殿場から東名高速で昼頃には無事に自宅に戻りました。

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槍ヶ岳(6)~横尾山荘

10/5(月)は槍ヶ岳から天狗が原に寄り道をしながら下山しました。予定では横尾山荘の分岐から涸沢方向に向かい涸沢小屋に宿泊し、翌日奥穂高岳に登る予定でした。ところが台風が接近していて涸沢あたりは場合によっては雪になる可能性もあるという情報が入りましたので、個室予約してある涸沢小屋に連絡しますと無理をしないで一日横尾山荘で様子を見た方がいいというアドバイスをもらいましたのでこの日は横尾山荘で泊まることにしました。

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13:00に槍澤ロッジに到着しましたので、ここでゆっくり昼食(カレー)をすることにしました。ここから横尾山荘までは1時間半くらいの下りでしたので、周りの大自然を楽しみながらビールでノドを潤しました。

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梓川に沿って下る道は、水音に癒されながら、両岸の景色も飽きることなく、上りの時と違ってルンルン気分でした。

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15:00ちょうどに横尾山荘に到着しました。チェックインを済ませてから、表に出てまたまたノドを潤しました。山は日が暮れるのが早く、周りの山々が少しずつ黒い影になってゆくのを見ながらぼんやりしたこの時間はとてもゆったりとして楽しい時間でした。

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横尾山荘は大学時代に涸沢~奥穂高に登山したときに通った懐かしい場所です。当時の記憶はあまりないのですが、昨年リニューアルして今はすっかり変わったようです。部屋は相部屋とはいうものの1室に上下2段のベッドが2セット、計4つ有り、1ベッドに一人づつで、スペースも寝台車のベッドより遙かに広く、カーテンを引けばほぼ個室状態です。他に広い談話室やグループ向きの畳の個室もいくつかあります。更に驚いたのは快適な浴室までありました。10人くらいは楽に入れるものであり、私も食事前に汗を流しすっかりリラックスしてしまいました。食事には、ビール、日本酒、ワインなども注文することができました。

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2009年10月 9日 (金)

槍ヶ岳(5)~天狗原

槍ヶ岳からの下山道の途中に天狗原の分岐がありました。紅葉が見頃で、涸沢では既に紅葉の最盛期は過ぎているし今は天狗原の方が紅葉はきれいで、更にその先には天狗池があり池の水面に映った「逆さ槍」が見られると聞きましたので天狗原を目指しました。

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天狗原へはここからかなりの登り道で往復1時間半くらいかかりました。

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たしかに槍ヶ岳を背景にした紅葉は、寄り道をするのに十分な価値がありました。

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天狗池からの槍ヶ岳の眺めも素晴らしく、小さな池ですが水面に逆さ槍が映って、全く別世界でした。

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天狗池周辺の紅葉も見事で、他に訪れる人もなく、暫く時間を忘れてボーッとしていました。

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紅葉を背景に槍ヶ岳の英姿と最後の別れをしました。

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槍ヶ岳(4)~下山

2日目、10/5(月)は5:00に目覚め、6:00から朝食後、さあ槍ヶ岳山頂にと思ったのですが夜中に降った雨が雪になり、9:00くらいからでないと垂直のハシゴや鎖をつたって登頂するのは無理といわれました。歌手のみなみらんぼうが「9/12にやはり槍ヶ岳に登ったとき前夜の雨が雪になり、岩場の道はアイスバーン、鉄柵には海老の尻尾(霧氷)ができていて天候が回復するお昼までは登頂できず、時間の余裕のない多くの登山客は断念した」と10/8(木)付け読売新聞の夕刊に書いていのとまったく同じ状態でした。しかし私は正直ホッとしました。槍ヶ岳に間近に対峙したとき畏怖の念を感じました。この山の頂にはこれ以上近づいては行けないような気がしました。垂直のハシゴを登り、鎖をつたってまでして頂上に立たなくてもいいのではないか、これだけ間近に見られれば十分と思いました。更にカミさんが「絶対に頂上に登らないでください」といわれてしまい、「富士山に登ったのだから途中山小屋に泊まらなくても1日で山頂までいけるよ」とだまし討ちのような形で槍ヶ岳までつれてきた手前、言うことをきかざるを得ませんでした。天候も時々薄日が射すものの下り坂の様相を呈していましたので、山頂に登るのはあきらめて下山ということになりました。

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7:00、槍ヶ岳に別れを告げて振り返ると、昨日の青空とうって変わって空はグレーで岩肌も厳しい表情をしていました。

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空気も冷たく完全防寒具のいでたちで出発しました。

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昨日登ってきた道を上から見下ろすと、上りとは別の豪快な景観が楽しめました。

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高度を下げるにつれて、下山道の表情も穏やかになってきました。

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中岳(3084m)あたりは紅葉に染まっていました。

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2009年10月 8日 (木)

槍ヶ岳(3)~槍ヶ岳

12:00ちょうどに大曲分岐に到着しましたがかなりへばりました。15分ほど休憩して、次の目標地点「坊主岩小屋」までは更に2時間30分の登りです。二人ともかなりへばっていました。

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気を取り直して登り始めたとたんカミさんの両脚がつってしまい動けなくなりました。肉離れに近い状態で辛そうでした。救助ヘリを呼ぶことになるのかなと一瞬ヒヤリとしましたが、カミさんのリュックを前に抱えるようにしてゆっくり登っているうちにカミさんの脚の状態も良くなりホットしました。やはり無理な行程のようで反省しました。

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大曲を出発して2時間くらいでようやく槍ヶ岳の姿を捉えることができ、何とか元気を取り戻すことができました。

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あえぎあえぎ登るにつれて槍ヶ岳の姿が大きくなるのですが、あまり近づいている実感はなく疲労度は増すばかりでした。

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14:19、目的の坊主岩小屋の標識に到着しました。この坊主岩小屋というのは槍ヶ岳を開山した播隆上人が50日以上主籠もったところだそうです。今日の宿泊先のヒュッテ大槍までは0.3km(登山マップでは30分)と表示されていて元気百倍だったのですが・・・。ここからの急な登りには本当にまいりました。

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45分かかって15:04ようやく山小屋に到着しました。上高地から9時間30分かかりました。未だ明るかったので荷物を山小屋に預けて、明朝の登頂のために山頂下まで下見に出かけました。近づけば近づくほど神々しく怖ろしく感じる山でした。

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頂上直下からの眺めは、遠くに近くに、東鎌尾根といわれる尾根や大天井岳などの峰々が連なっていて、これらの尾根を縦走する人は本物の登山家で、例え若くても自分にはとてもそんな勇気がないことがよくわかりました。

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ほっとして山小屋での夕食の乾杯です。この山小屋は白ワイン(グラス)がサービスされ、料理もいいとのことなので選びました。さすがにこの時期は登山客も少なく、個室に近い状態でしたので、夕食後19:00から翌朝5:00まで10時間爆睡しました。

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槍ヶ岳(2)~大曲分岐へ

槍澤ロッジで早めの昼食と水の補給をして10:20に次の分岐点大曲を目指しました。登山パップによる所要時間は1時間40分とありましたので、予定通りであれば12:00頃大曲分岐に到着予定です。

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槍澤ロッジを出発して30分くらいで樹林帯を抜けると槍ヶ岳に連なる大喰岳(おおばみだけ3101m)や中岳(3084m)が目の前に立ちはだかるように聳えていました。

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11:00、槍沢キャンプ場の近くで、いよいよ本格的な登りが始まりました。かなり陽射しが強く半袖になりました。

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前をゆくカミさんも暑い暑いといいながらもモクモクと登っていました。

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山裾をジグザグに迂回するように高度を上げました。右手前方に見えるはずの槍ヶ岳は未だ姿を現しません。

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11:55、更に傾斜はきつくなり、さすがに登りが厳しく感じられるようになりました。大曲分岐への道はとても長く感じました。ほぼ予定通り12:00に大曲分岐に着きましたが、上高地から歩き始めて6時間半経過してかなり疲れも出てきました。

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槍ヶ岳(1)~槍沢ロッジへ

10/4(日)の夜中1:00に予定通り自宅を出発し、4:40に沢渡駐車場に到着しました。ここからはマイカー規制で、シャトルバスかタクシーに乗り換えなければなりませんのでタクシーを使って上高地に入りました。

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5:30に歩き始めたときには薄暗かったのですが、時間の経過と共に梓川や周りの山々が姿を現しはじめました。

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6:22、明神岳を左手に見ながら梓川沿いを歩きました。陽が昇ってくると明神岳の頂が青空の中にくっきりと浮き上がって気持ちははやり、ついつい歩くペースが速くなりました。

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8:51、徳沢園、横尾山荘などを通過して、槍ヶ岳がちらりと遠くに見ることができる槍見が原に到着しました。更に胸は高鳴りました。

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9:30、梓川が細くなり、ガレ場の登りで少しずつ高度が上がって行きました。カミさんもこのあたりは楽しそうに歩いていました。

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10:14、槍澤ロッジに到着しました。槍ヶ岳登山の場合、通常はこのロッジに一泊して翌日槍ヶ岳を目指すのですが、無理を承知で一挙に槍ヶ岳の山荘を目指しました。

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