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2010年7月31日 (土)

登山と温泉~庄助の宿 瀧の湯

会津若松市内見物を終え、今日の宿泊先東山温泉の庄助の宿に16:00に到着しました。東山温泉は開湯1300年の歴史を誇り、現在30の旅館があり東北三楽郷の一つといわれています。小原庄助、土方歳三、与謝野晶子、竹久夢二などがしばしば訪れた温泉地だそうです。

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「庄助の宿」という名前は、小原庄助が贔屓にしていてよく利用していたことにちなんでつけられたそうです。渓流沿いにあり、見事な瀧に面していて「瀧の湯」ともいわれています。玄関に車を横付けし、係の方に磐梯山に登ったというお話しをしましたら、夕食時にレストランの担当の方から登山の話題が提供され話が弾みました。完璧なおもてなしとサービスが到着時から始まっていました。

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渓流を挟んだ対岸には「花舞台」が設えてありました。日が暮れる頃にはライトアップされ、午後9時から優雅な舞いが披露されます。残念ながら夕食後(8時)ちょっと一休みしてから観ようと思って横になったとたん気が付いたら真夜中で優雅な舞いを見損ないました。今度こそ・・・。

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小原庄助さんが浸かった湯船だそうです。小原庄助さんといえば「朝寝、朝酒、朝湯が大好き」で知られています。実際には名字・帯刀を許された郷頭(庄屋さんのようなものでしょうか)で、性格は豪放磊落だったそうです。以前奥の細道を歩いたとき、白河市内の皇徳寺に小原庄助のお墓があり、徳利と盃の形をしていました。お墓の正面には戒名「米汁呑了居士」、裏面には“朝によし 昼はなほよし 晩もよし 飯前飯後 其間もよし”という句が刻まれていました。

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館内の随所に渓流を眺めながら寛げるエリアが何ヶ所かありました。また渓流や瀧を眺めながらの露天風呂をはじめとして、いくつものお風呂がありそれぞれ素晴らしく、次回は連泊したくなりました。

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全ての場所がホッとさせてくれる工夫がされていました。

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各部屋は渓流に沿って長々と配置されていました。長い廊下も古いお屋敷の廊下を歩いているような雰囲気で風情がありました。

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比較的価格の安い部屋を予約しました。バス・トイレ付きの和室でした。部屋は6階でしたが、対岸の緑が目を休めてくれ、渓流を見下ろせることができました。テーブルの上のランプには食事中に布団をひいていただいた時に灯がともされ、寝入ってしまう夜中に自然に消えるという趣向となっていました。

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温泉にゆっくり浸かって2日間の登山の疲れをとって、待ちに待った水分補給とエネルギー補給の時間が来ました。近年にないくらい満腹になりました。

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今回の宿泊は、インターネット(じゃらん)で1泊2食付き23,700円(2人分)コースを予約しました。料理は全て今まで食べたことのない創意に富むもので、美味でした。しゃぶしゃぶのタレは最近はやりの塩ポン酢に柚子胡椒を加えたもので、普段あまり食べない肉がいくらでも食べられました。前菜のドレッシングもそれぞれ工夫されていました。マグロのタルタルステーキ、さくら(馬肉)・牛・鶏肉の握り(3貫)、鶏肉の陶板焼き、大根餅のコースだけでも大満足でした。福島県といえば熊本県、長野県とともにさくら(馬肉)の名産地ですので、さくらの刺身とユッケを追加注文しました。それぞれ質量とも十分でしかもリーズナブルな価格でした。ビール、地酒、ワインとオーダーして最終的な宿泊料金は31,000円で感激しました。

先週は谷川岳に登り水上温泉に泊まり登山と温泉にはまりました。今回も安達太良山(磐梯高原温泉ホテル泊)と磐梯山に登りそのまま帰ることもできましたが、一まで訪れたことのない会津若松市内見物もしたく、その後いい温泉に浸かりたいと思いました。たまたま自分も温泉と酒が好きで、「庄助の宿」という名前が気に入り決めました。以前奥の細道を歩いたとき白河市内で小原庄助の墓にお参りしたこともあり、因縁めいたものを感じていました。

なかなか良さそうな宿だという事前の期待がありましたが、サービス、おもてなし、宿の雰囲気、お風呂、食事、価格どれをとっても最高点でした。今まで東海道、中山道、奥の細道、ツアーなどで多くの宿泊施設を利用してきましたが、その中では最高だと思いました。今まで癒されたいときには行きたいと思っていた宿が能登にありましたが、これからは癒されたいときにはこの宿に行きたいと思いました。次回は裏磐梯地域を散策してこの宿に連泊したいと思いました。このような素晴らしい宿に出会えたことが今回の旅行の最高の収穫となりました。

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登山と温泉~会津若松市

7/28(水)の午後2時に磐梯山登山を終え、会津若松市に向かいました。ここは初めてで是非訪れてみたいと思っていた歴史が詰まった街です。

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先ず、会津若松駅の観光案内所に向かいました。駅前には市のシンボルともいえる白虎隊の像がありました。

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市内の街並みなどを見た後、飯盛山に向かいました。ここで白虎隊は鶴ヶ城の城下が炎上しているのをお城が落城したと勘違いして自刃した場所です。その評価はともかくとして、凛としたものを感じました。

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同じく飯盛山にある宇賀神堂です。この堂は1600年代に第三代藩主会津正容(まさかた)公が建立したもので、後に飯盛山で自刃した白虎隊19士の霊像が安置されました。写真は唯一の生き残り飯沼貞吉氏(当時15歳、77歳で没)だそうです。

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街のはずれにある天寧寺というお寺には近藤勇のお墓と土方歳三の慰霊碑がありました。近藤勇の墓所は他にもあり、東京都板橋区の駅東口は処刑の地であり、中山道沿いにあります。愛知県岡崎市本宿宝蔵寺には首塚があり、三鷹市大沢竜源寺には首から下が埋葬されています。源氏と平家、幕府と倒幕派、どちらがどうということはなく共に歴史を動かしたことは事実で、近藤勇もまた大きな役割を果たしたわけで・・・黙祷。

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市内には多くの歴史的遺跡があり、時間がいくらあっても足りません。最後に会津藩主松平家の墓所(御廟)に寄りました。歴史の流れの中で不本意にも倒れゆく幕府の盾となってしまった第9代藩主松平容保(かたもり)公もここに眠っています。

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2010年7月30日 (金)

登山と温泉~磐梯山

7/28(水)は、磐梯山に登りました。ホテルの朝食を済ませ、8:30に登山口に到着しました。駐車場(50台)には既に多くの自家用車と大型観光バスも7台駐車されていました。

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磐梯山は、歌にも歌われているポピュラーな山ですが、全貌を見ると手強そうでなかなか風格がありました。

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標高差は1,129mあり、5時間の行程は登山を楽しむには手頃のように思えました。ガイドブックでは猪苗代登山口に下りることになっていましたが、車を駐車場においてありましたので下山は登山道を引き返しました。

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樹林帯の登りで、ところどころ裏磐梯が霞んで見えました。

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登り始めて2時間20分で山頂に到着しました。ガスが発生してきて、残念ながら山頂からの風景を楽しむことはできませんでした。

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下山途中ヘリコプターの爆音が聞こえ、滑落した遭難者を一人救出していました。遭難者の真上にピンポイントで機体を停止してロープを垂らし救出する現場を目の当たりにしました。この日は無風状態でしたからよかったのですが、もし悪天候だったら大変なことだと思いました。先日救難ヘリが墜落したばかりでしたから尚更大変なことだと思いました。身の引き締まる思いがしました。

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登山と温泉~安達太良山

7/27(火)~29(木)の日程で、カミさんと二人で安達太良山、磐梯山の登山と温泉の旅に出かけました。7/27、AM5:00に自宅を出発し、3時間半で安達太良山の登山口に到着しました。

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安達太良山は二本松市にあり、市のシンボルとなっていて市民に親しまれている山です。標高差や行程などをみると手頃な山です。

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登り始めて1時間半程で山頂直下の地点に到着しました。頂上はその部分だけがぽっこりとお椀を伏せたような形状になっていました。手頃な山ですが山であることには変わりなく、山頂直下の30分くらいの道はどんな山でも厳しいものであることを思い知りました。

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10:24、山頂に到着しました。標識はどういうわけか傾いていました。かなりの強風が吹いていて、そのために傾いたのでしょうか。実際の三角点は背後の大岩を上った所にありました。上ってみると風は更に強く、半袖では寒く感じる程でした。

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山頂からは沼ノ平や鉄山などが眺められました。沼ノ平周辺は今でも有毒ガスが噴き出していて登山禁止となっていました。

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ガイドブックの行程に従って下山しました。下山の道は小高い山々を見ながら見晴らしのいい景色を眺めながらで、とても気分のいい道でした。期待以上の山歩きができました。

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安達太良山がある二本松市は、奥の細道で歩いた懐かしい街です。菊人形や和菓子が有名で、文武両道の雰囲気が今でも残っているいい街です。またここには岳温泉といういい温泉街もありますが、翌日磐梯山に登るために、磐梯高原にあるホテルに宿泊しました。高原のホテルらしく窓からの景色は絶景で、部屋も広く、温泉で汗を流してすっかりリラックスし、翌日の登山に備えました。

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2010年7月23日 (金)

谷川岳~一の倉沢トレッキングコース

谷川岳登山の後は水上温泉に泊まり、翌日一の倉沢トレッキングコースを歩きました。昨日登った天神尾根ルートが表の顔とすれば、一の倉沢はもう一つの顔をもっています。

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このトレッキングコースは土合口駅から一の倉沢出合まで小一時間の、木陰の歩きやすいルートでした。一の倉沢の出合では雪融け水が小さなせせらぎとなっていて、手を浸しますともの凄い冷たさで3秒と手を浸けていることはできませんでした。この水にタオルを浸してほおかむりして歩きましたら気持ちいいこと最高でした。このタオルは帰りの車の中でやけど状態の腕に巻き付け日除けとしました。

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山岳風景でとても好きな一の倉沢・衝立岩は何十年かぶりです。この日も肉眼では3人のパーティがロッククライミングに挑戦していて鳥肌が立ちました。

今回は天神峠から天神尾根往復ルートをとりましたが、西黒尾根を下るコースもありますが、登山指導センターに問い合わせましたらとても危険なコースなので初めての人はダメですといわれました。次善のルートとしては西黒尾根を上り、天神尾根を下るルートがありますが、日本有数の急峻な上りなのでかなりの覚悟が必要と脅されました。今回はカミさんが一緒で、谷川岳登山は初めてでしたので最も安全なルートをとりました。体力があるうちに西黒尾根を上るルートに挑戦してみたいものです。

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谷川岳~オキノ耳

二つめの山頂オキノ耳(1,977m)を目指しました。トマノ耳より14m高く、やはりこちらにも登らないわけにはいきませんでした。

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二つの頂は一見すると近くに感じたのですが、一度かなり急に下って再び上っていましたので、暑さと、急斜面、岩場の三重苦でかなり疲れました。

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12:37、二つめの山頂オキノ耳に到着しました。

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山頂からの眺めは山並みが繋がっていて、尾根伝いにどこまでも行けそうでした。

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先程登ったトマノ耳を眺めますとやはり急斜面であることがわかりました。帰りは再びトマノ耳を超えての下山です。

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下るにつれ尾根は益々近くに眺められ、ついついあの頂にも行ってみようかなという気にさせられました。帰りもやはり暑さに悩まされ、急斜面と岩場を気をつけながら15:00に下山しました。

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さすがに疲れ、谷川岳ロープウェイ駅のレストランで、無心になってソフトクリームにかぶりつきました。

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下山後、水上温泉に宿泊しました。温泉で汗を流した後、たっぷりと水分補給をしました。よほど暑さがこたえたようで、夕食前に缶ビール(ロング)を3本一気に飲んでしまいました。食事は水上温泉でどういうわけかフカヒレの姿煮スープと鮑の躍り食いという珍しい取り合わせでとにもかくにもたっぷりと栄養補給しました。

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谷川岳~トマノ耳

週一ペースで富士山に登っていたのですが、他の山にも登ってみたくなり、先月尾瀬に行った途中天神平に寄って、谷川岳を眺めどうしても登ってみたいと思っていましたので7/21(火)、22(水)と谷川岳に出かけました。1日目は谷川岳に登った後水上温泉に泊まり、2日目は一の倉沢岸壁トレッキングコースを歩きました。

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7/21(水)6:00に自宅を出発し、関越自動車道路を通って谷川岳ロープウェイ駅に到着し、ロープウェイ~峠リフトを乗り継いで、9:40に天神峠を出発しました。目前に目指す谷川岳の二つの頂が聳えていました。

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天神峠から頂上までは大体2時間半くらいです。出発して40分が経過していよいよ頂上が間近に迫ってきました。

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ところどころにニッコウキスゲなどの高山植物が咲いていて心を和ませてくれました。

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高度が上がるにつれ、いくつかの鎖場や切り立った岩場などが現れてきて、帰りは同じ道を下りますので、なかなか手強い感じがし、気持ちが引き締まってきました。

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クルマユリも歓迎してくれていましたが、頂上への道はあまり日陰がない尾根道で強烈な太陽に悩まされました。カミさんは頂上の手前の山小屋で高山植物でも観賞して涼んでいるということになりました。

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12:18、一つめの頂上トマノ耳(1,963m)に到着しました。谷川岳には二つの頂上があるということはつい先月知ったばかりで、このトマノ耳の先にもう一つの頂上オキノ耳(1,977m)があります。たしかに遠くから谷川岳を眺めると猫の耳のように2つの尖りが見えます。

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2010年7月18日 (日)

富士登山(3回目)~地下足袋の巻

7/14(水)NHKで放映された「ためしてガッテン 驚き!超ラク山登り術 絶景を味わう科学技」を見ましたら、山を下るには地下足袋がいいと言っていました。いつも富士山の下りに苦労していましたので、早速地下足袋を買って7/16(金)の夕方から17日(土)にかけて、今年3回目(通算11回目)の富士山に出かけました。

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7/16(金)は3連休の前日で、天気予報もよく、駐車場の混雑が予想されましたので昼寝をした後18:00に富士山5合目駐車場に到着しました。ぎりぎりセーフで駐車できました。持参の夕食を食べ、身繕いをして19:30に登山を開始しました。足下の夜道をヘッドライトで照らして黙々と歩くことが嫌いではありません。一歩一歩登るにつれて気持ちは昂揚してきます。17日(土)3:09、山頂まで200m迄の地点に来ました。この日は山小屋に泊まってご来光を仰ごうという登山客特にツアー客が1時頃から動き始め、9合目からは長蛇の列の渋滞で、いつものようにマイペースで登ることができずとても疲れました。頂上までの200mが最もきついかもしれません。たかが200mされど200mです。

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御来光が4:30頃ですからかなり早めに頂上に着いてしまいました。日の出前の時間帯は急激に冷え込みます。850円の豚汁で身体を温めました。

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今年初めての御来光です。今回特に御来光を見るために登ったわけではないのですが、一瞬空や雲を赤く染めて姿を現す太陽は何回見ても神々しく感じました。そして陽が昇るにつれて気温はグングン上昇しました。

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今回の登山の目的である地下足袋を試すときが来ました。NHKの放送で登りよりも下りの方が遙かに疲れるという科学的実験の結果を見て非常に納得しました。そして下りの疲れを克服するには地下足袋が一番という実験にも納得しました。富士山の登りも辛いのですが、下りは更に辛く何とかならないかと思っていましたので、早速実験してみました。なかなか快調でした。登山靴ですといつ滑るかとおっかなびっくりですし、膝を痛めないかと慎重にもなります。その点地下足袋は軽やかでした。難点は登山靴の持ち運びで、今回はリュックに入れました。他にも地下足袋下山している人がいるかもしれないと思っていたのですが、誰もいませんでした。次回は登も地下足袋を使ってみようと思っています。

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4時間半の単調な下りも、陽がすっかり上がった後の素晴らしい景観を見ながら軽やかに下山することができました。五合目には9:00に到着しました。

7/17(土)の駐車場は9:00には既に超満車で、自家用車は5合目駐車場の遙か手前でストップさせられていました。いつも東名高速道路を御殿場で降りて、東富士五湖自動車道路で須走ICから富士吉田ICまで走るのですが全線(大月迄)無料となり、更にこの日は土曜日でETC割引(1,000円)ですので、富士山にもどっと車が押し寄せたようです。

今回は1回目(雨のために山小屋に1泊)、2回目(カミさんと一緒)に比べて登るのにとても疲れを感じました。やはり夜通し登り続けたせいか、夜中でほとんど視界が自分の足下しか見られないせいか、登山者が多かったせいかわかりませんが、理想的には前夜ぐっすり睡眠をとり、夜明けと共に登り始めるのがいいのかもしれませんが、これから最盛期にはいると駐車場の問題(臨時バスの運行で代替)で早朝登山もなかなか難しくなります。

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2010年7月 9日 (金)

富士登山(2回目)

日本列島がすっぽりと梅雨空に覆われていますが、少しでも富士山頂の気象状況が良さそうな日を選んで、7/8(木)に今年2回目(通算10回目)の富士登山に挑戦しました。7/7(水)は山中湖に前泊し、早めに夕食をとり、早めに就寝し、早めに起き6:45に登山を開始しました。

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今回はカミさんが一緒でした。今年初めてでもあり、トレーニングを兼ねている箱根ウオーキングにもほとんど出かけていなかったので体力不足や高山病がかなり不安でした。8合目辺りまで登って体力不足や体調不良だったら山小屋に宿泊し、翌日頂上を目指そうということでしたが、霧に取り囲まれた岩場も一歩一歩着実に登っていました。

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この日は霧が多く、まるで霧が追いかけてくるように下の方から迫ってきました。霧がでると景色は見えなくなるのですが、ヒヤリとしたミストが身体をつつんでくれますのでとても気持ちよく感じます。登山中は晴れているときより霧の方がはるかに身体には楽であることを実感しました。

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登山開始したときから一緒だったフランス人と3,400m地点でも一緒になりました。この日も外人がとても多く、特にフランス人が多いように思いました。身軽なスタイルでフットワークも軽く登っていて、結局頂上でも一緒でした。

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12:05、富士山ホテルの休憩所で食事をしました。ちょうどスタッフも食事をしていました。私たちは400円の味噌汁をオーダーし、持参した弁当を無理矢理ノドに流し込んだのですが、スタッフは旺盛な食欲で、質素なオカズでもモリモリと食べていました。

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14:05、頂上に着きました。食事をした富士山ホテルから頂上までは80分で、カミさんのペースも体調も調子が良く一挙に頂上まで登りました。頂上のお店は来週週末からオープンするということで、お店の人や大工さん達が忙しく準備に追われていました。

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14:30から下山を開始しました。下山道は頂上からはまだ使えず、8合目までは登山道を下り、8合目から下山道を下りました。下山道は滑りやすい砂利と瓦礫の混ざった道が延々と続き、はるか下の方を下っている人を目にすると気が遠くなりそうです。富士山は登りたいがこの下山道が嫌だという人も結構います。

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18:30、5合目に到着し、富士山を仰ぎ見ますと、青空にハッキリと全容をみてとることができました。雨に降られずに快適に登ることができました。

今回の富士登山のペースは6:45にスタートし、18:30に下山しました。11時間45分かかりました。通常登り7時間30分、下り4時間といわれていますが、昼食や休憩のとり方によっても異なりますが、食事や休憩を含めて12時間みればいいことがわかりました。

頂上付近の御来光にこだわるとすれば、夜間登山か山小屋宿泊となりますが、御来光にこだわらなければ早朝出発で夕暮れまでには戻る日帰り登山が十分可能です。もしどうしても御来光をということであれば、少し早めの4時頃に御来光をみながら登り始めるということもできます。夜間登山は涼しいという利点がある反面、視野が狭くなり疲れやすいように思えますので、一番のお勧めは早寝早起き登山といえます。

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2010年7月 3日 (土)

富士登山

7/1(水)の昼、富士山が予定通り7/1に山開きをしたというニュースを見てじっとしていられなくて午後から富士山5合目に駆けつけました。頂上付近の天気は時々雷雨ということでしたが、登れるところまでいってみようと出発しました。今年初めて、通算9回目のチャレンジでした。

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6合目に17:30に到着しました。霧が発生していましたのでしばらく様子をみるために早めの夕食を取りました。

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7合目を過ぎた岩場辺りで急に暗くなってきました。ヘッドライトを頼りに岩場を登っていたのですが、予想通り雷鳴が轟いてにわか雨が降ってきました。契約している携帯サイトの富士山頂の天気予報では1時間くらいで止むということでしたが、7合目から8合目までは岩場で濡れて滑りやすいために、7合目の東洋館という山小屋に飛びこみました。素泊まり6,000円で、とても空いていて21:30頃から翌日(7/2)の2:30まで熟睡しました。

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7/2の3:00に7合目を出発して、4:25に標高3,250m(元祖室)に到着しました。昨晩はよく寝たせいで気分は快適で、御来光も雲の合間からチラチラともったいぶるように時々顔を出していました。

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5:10、標高3,360mの胸突き八丁に到着。400m登るのに小一時間かかりました。少しずつ空気の薄さを感じるようになり身体全体が重く感じられるようになりました。今年初めての登山ですので、かなり意識してスローペースと水分の補給に心がけました。

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6:31、標高3,600mあたりの9合目です。まだまだ苦しい登りは続きますが、ようやく頂上が見えてきました。もう少しの頑張りです。かなり苦しい状況でしたが、昨晩山小屋で1泊して高地順応ができたせいでしょうか、体調は良く例年程しんどさは感じませんでした。

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6:46、山頂に到着しました。御茶屋でおでんを食べるのを楽しみにしていたのですが、売店は未だオープンしておらず、また最高峰剣が峰への道は雪が残っていて危ないということでしたので持参の朝食を食べて7:00に下山を開始しました。

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下山道はまだ開通していませんでしたので、登山道を下りました。登ってくる人と下山の人が絶え間なく行き交いました。登山の時には下山の人を羨ましく思ったものですが、下山の時には登山者に頑張ってと声をかけたくなりました。登山道の7合目から8合目にかけてはロッククライミングのように鎖場が多く、下山には大変苦労しました。登るも地獄、下るも地獄でした。

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7合目からの下山は岩場がないために楽ですし、雲海やまだ雪が残っている下山道を観ながら余韻を楽しみながらの一時でした。ところが6合目から5合目の下山はどういうわけか上り傾斜が多く、身体は極限まで疲れ切っているためになかなか足が上がらず、9合目からの登りの次に辛い場所でした。下山には5時間かかりました。今回の登山でびっくりしたのは7割くらいは外人(欧米人と黒人が多数)で、何かの機会に日本のシンボルの富士山を目にして、多少足に自信がある人は実際に登ってみたいと思うのでしょうか。実際に体力もあるようでTシャツ1枚で、もの凄いペースで登っていきます。宿泊した山小屋でもアメリカ人2人と同室でした。

かくして無事に初登頂を終えました。登っているときは何故こんな辛いことをしているのだろう、もうやめようと思うのですが、帰ってきて一晩寝ると次はいつ登ろうかかと思ってしまい、これは病気かもしれません。

先日結局仕事でコンサルティング契約を結んでしまい、原子力発電会社、電力関係の財団法人との大型プロジェクトで、今年一杯は大企業特有のスケジュール調整に振り回されそうですが、何とか時間を見つけて、槍ヶ岳、穂高岳、谷川岳、屋久島に行きたいと思っています。特に富士山には5回くらいは登ってみたいと思っています。しかし体力は昨年よりも低下していることを実感した登頂でもありました。

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