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2011年12月26日 (月)

ヒマラヤ再訪 ダウラギリ氷河

12/29(木)~1/7(土)の10日間、ヒマラヤで新年を迎えることになりました。秋に予定していたカラパタール(5,545m)にドクターストップがかかり、一方では鈴木さんの写真やマドンナさんからのトレッキング中のメールなどに刺激され、“ヒマラヤ恋し病”が昂じて酸欠状態となりました。もうどこでもいいからヒマラヤに行きたいと思っていました。

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ヒマラヤ観光開発手配の一人きりの個人旅行も可能なのですが、それでは寂しすぎると躊躇していましたら、西遊旅行社が“ダウラギリ氷河展望”ツアーを募集していましたので参加することにしました。同行者は札幌からのご夫婦で、結局私を含めて3人旅となりました。ご夫婦とはまだ面識がなく成田で初対面となります。

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今回は人気のタサン・ビレッジというロッジに3連泊して、そこを拠点にハイキングするという気楽ツアーです。標高も3,000mを越えることなく、寒さだけが多少心配です。帰路タサン・ビレッジからポカラ(ネパール第2の都市)までは専用車による10時間くらいの山岳ドライブとのことです。道は山の中の悪路で、崖っぷちも走るので、実際のところどのくらい時間がかかるかわからないとの説明がありました。ヒマラヤ山中のドライブは、一度は経験してみたいと思っていましたので面白そうです。往路は飛行機の予定ですが、悪天候の場合はやはり専用車での移動とのことです。このルートは先日BSTVで「世界のバス旅・ヒマラヤ街道」として放映されていてなかなか面白そうです。

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最も大きな見どころは“ダウラギリⅠ峰(8,167m)”です。日本人登山家の竹内さんは、8,000m14座登頂に挑んでいて、9月に13座目となる“チュー・オユー(8,201m)”に登頂し、残すところ1座となりその山が“ダウラギリⅠ峰”だそうです。竹内さんがこれから目指す最後の「1」座がどんな頂なのかを眺めるのも楽しみです。

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4月にヒマラヤ行きでカミさん共々一緒になったマドンナさん(カミさんと二人、カトマンズでウインドウショッピング?)とは、経由地のタイ・バンコクでの夕食時に初めて話をしました。その時にネパールに留学して語学の勉強をしながらヒマラヤを歩きたいと熱っぽく語っていたのですが、有言実行で10月にはネパールに移住し、4月のヒマラヤに引き続いて、11月にカラパタール(5,545m13日間、12月にはラウンドアンナプルナ完全周遊20日間を歩き、12/25からはゴーキョ(5,360m13日間に出かけ、厳冬期のヒマラヤ高地を踏破しています。着々とご自分の夢を実現している“愛嬌と度胸と行動力”の人です。そのマドンナさんと久しぶりに会っていろいろ話を聞きたいと思っていたのですが、マドンナさんがゴーキョからカトマンズ(国内線)に戻るのが1/6の朝、私がカトマンズ(国際線)を出発するのが同日の昼とすれ違い状態です。カトマンズの飛行場は国内線と国際線がそれほど離れていませんので、何とか数分でも会おうということになっているのですが、どうなることやら。そのマドンナさんから、私がカトマンズで宿泊予定のホテルアンナプルナのカレーが世界一だという情報をいただきましたので、マドンナさんに会うことと世界一のカレーを賞味するのも楽しみです。

先日、大学のゼミ仲間のY君が1年3ヶ月の闘病生活も虚しく永眠しました。彼は神奈川県厚木市で1、2をあらそう病院をつくりあげ、設立30周年を迎えた後、これも立派な老人ホーム(予約300人待ちとのこと)の竣工式を見届けて間もなく息を引き取りました。彼は私と同じように四国巡礼や東海道、熊野古道などの街道歩きをしていましたし、とりわけ山については私とは比べようもないくらいの健脚で、こよなく山を愛していました。奥様が選んだという、葬儀における彼の遺影は奥穂高岳を背景にしていました。彼がもっと長生きして時間ができたらきっと一緒に山歩きできたろうと思いますし、健脚の彼のことですからきっとヒマラヤにも付き合ってくれただろうと思います。それも叶わない夢となりましたが、せめて彼の写真とだけでも一緒にヒマラヤに行って、仕事にと遊びにと一直線に人生を駆け抜けた彼の冥福を祈ろうと思っています。

海外で年を越すのは初めてで、こともあろうにそれがヒマラヤとは、それも楽しみです。ということで12/29(木)早朝、成田から出発します。

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2011年12月24日 (土)

あの一枚 夏~秋

夏から秋にかけては、富士山や北アルプスに登ることができる待ちに待ったシーズンでした。

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6/24(金)~7/5(火)、ヨーロッパアルプスでトッレッキングしました。“ツール・ド・モンブラン12日間”というツアーで、モンブランの周りをフランス・イタリア・スイスと巡りました。シャモニーに数日間滞在し、パラグライダーに乗って(6/27 19:02日本時間)、シャモニーを眼下にモンブラン山頂を間近に目にした1時間は得難い体験でした。

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ヒマラヤ登山とアルプス登山では様々な点で異なっていました。ヨーロッパアルプスは近代登山発祥の地といわれていますが、山は文明の利器や技術で征服するもののようです。アルプスのいたるところに登山鉄道が巡り、高地にはロープウェイやケーブルカーが通っていて、更にエレベータで上ることもできます。その最たるものがエギュードミディ(3,817m)という山で、ロープウェイに乗り、最後は富士山よりも高い頂上まであっという間にエレベータで山頂へ。そのルートはモンブラン登山のベースにもなっていて、モンブランを目指す登山者(6/28 15:26日本時間)が白銀の世界で列をなしていました。

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今年も富士山には数回登りました。初挑戦する知人とも2回上りました。この日(8:24 5:55)は日の出前に5合目を出発しましたので、ゆとりを持って登頂することができました。

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山頂でほっとする一時は充実感で一杯でした。この充実感のために苦しい思いをして登っているようなものです(9/13 10:28)。

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9月も下旬になって雪が降るとうっすらと薄化粧した富士山を見ることもできます。この日は初雪が降りラッキーでした。(9/24 10:46

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9/7(水)~9(金)の2泊3日の行程で、鈴木さんご夫妻と私たち夫婦の4人で室堂に行きました。目的はそれぞれ異なり、鈴木さんは写真撮影、奥様は室堂散策、私は剣岳見物でした。連泊した“みくりが池温泉”はお気に入りの山小屋で、ここをベースに気の向くままに散策したり、ミニトレッキングしたり、雷鳥に出会ったり楽しい3日間でした。特に印象的だったのは、剣岳を見て感激した後、あまり期待していなかった室堂山(2,668M)の向こうに何があるのだろうと上っていった先にひろがっていた世界でした(9/8 14:18)。槍ヶ岳や穂高岳、北アルプスの山々が見渡せ、上空には秋を予感させる雲も。鈴木さんはカメラを手にしてしばらく動こうともせず、陽が落ちる瞬間を目にしたいと名残惜しそうでした。いろいろなシーズンにもう一度行ってみたいと思ったエリアでした。

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9/26(月)~29(木)の4日間、鈴木さんと私たち夫婦の3人で槍ヶ岳(3,180m)に行きました。私たちは2回目の挑戦でした。槍沢ロッジに1泊して、槍沢を高度を上げていくと槍の穂先がみえ、次第に全貌を現すこのルートは距離も長く厳しい上りではありますが、充実感がありました。写真撮影が目的の鈴木さんは、“雲がでてくれないかなあ”とぼやくほどの快晴でした。槍ヶ岳からの帰路、旅は道連れ・袖擦り合うも何とかから鈴木さんは“ヒマラヤ・チュクン”の得難い情報を仕入れ、エベレスト街道トレッキングの途中、実際ご自分の目で素晴らしい世界を見ることとなりました。(9/27 10:00

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10/11(月)~13(水)、恒例となった安達太良山(1,700M)と会津の温泉巡りに出かけました。安達太良山は比較的簡単に登れる山で視界が開けた景観も楽しめる山です。時期的には紅葉狩りも楽しめ見頃でしたが、霧に取り囲まれ肝心の景観は楽しめませんでした。(10/11 11:25

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安達太良山登山の後は、例年“庄助の宿”で温泉を楽しんでいたのですが、今回は“おさらぎの宿”に泊まりました。開業30周年記念で宿泊料が4割引だったことと、新聞で見て大変な興味をそそられました。門をくぐった瞬間から、今まで泊まってきたホテル、旅館、民宿のどれとも異なる空間に驚きました。おもてなしも設備も食事もいうことナシで、今でもあの宿は一体何なのだろうという不思議な感覚が残っています。機会があればまた泊まってみたいと思っています。

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安達太良山の帰路、谷川岳(1,963m)にも登りました。前回カミさんが熱中症でリタイアしましたので今回はリベンジしました。険しい路や難路が続きましたが、紅葉も楽しめた登山でした。(10/13 12:19

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3/5(土)に大山街道歩きを初めて間もなく3/11東北大震災が発生したためしばらく中断していましたが、歩き始めて5日目に大山山頂(1,252m 10/26 11:06)に到達しました。天気はあまりよくなく見晴らしはよくなかったのですが、大山と丹沢山とはつながっていることを確認し、大山と丹沢登山のきっかけとなった記念すべき日でした。

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丹沢山・塔ノ岳(1,491m)の表尾根コースは、アップダウンがあり尾根歩きのため展望がよく、お気に入りのコースとなりました。(11/26 10:47

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大山・丹沢山は自宅から1時間弱で行けますし、コースも6~7時間で歩けますので手頃です。天気がよければ富士山や南アルプスも眺めることができ、冬場でも比較的安心して登れる山ですのでこれからも天気がいい日は登ろうと思います。(12/19 10:02

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数年前に四国巡礼をしました。機会があれば2回目と思っていたところ、カミさんが行きたいと言い出し、とりあえず徳島県内の1~17番札所を歩きました。徳島県内は“遍路転がし”といわれる難所(11/17 9:54)が何ヶ所かありました。寒くなる時期は荷物が重く、やはり春や秋のシーズンがいいようです。

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2011年12月23日 (金)

あの一枚 冬~春

今年も残すところ1週間となりました。今年も元気であちこちテクテクと動き回ることができました。各地での思いではたくさんあり、それぞれ1枚だけの画像を選ぶのは難しいのですが、最も強烈な印象に残るシーンと共に1年間を振り返ることにしました。

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1/20(木)~22(土)、京都・奈良を旅しました。京都駅前のホテルをベースに、京都ではできるだけ歩き回りました。大徳寺・玉林院の山中鹿之助の碑があることに驚きました。奈良では興福寺の阿修羅像、新装なった唐招提寺などを楽しみ、平城京跡(1/21 14:40)に立ち寄りました。そのスケールの大きさにただただ唖然として、古の都の復興に夢を感じ、京都・奈良では最も印象深いスポットでした。

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2/17(木)~20(金)、旭山動物園経由で流氷見物に出かけました。旭山動物園は、噂通り楽しい動物園でした。売り物のペンギンウオーク(2/17 14:29)も大人気で、どこにでも集団行動から外れる奴がいることに妙に感心しました。

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網走港からの砕氷船で流氷を間近に見た後、オホーツク海(2/1 10:13)を見ながら北上しました。、白いはずの岸辺も流氷も薄いブルーに染まり、地平線を境目に空も薄いブルーの世界がひろがっていました。自分がどこにいるのかわからなくなったような感覚、ダイビングで海中にいるような浮遊感を感じました。

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1冊の本によって“大山街道”という赤坂御門から神奈川県の大山までのかつての参詣路があることを知り、大都会の真ん中から山頂までという道程が楽しいものに思え、3/5(土)歩き始めました。1日目は赤坂を出発し青山通りを歩き、渋谷駅前(3/5 12:52)の交差点ではあまりの人の多さに街道歩きの雰囲気が全くなくなり、自分がひどく場違いな感じがしました。

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3/29(火)~4/1(金)の4日間、屋久島に行きました。お目当ては縄文杉(3/30 11:15)で、現在確認されている屋久杉の中では最大で、縄文時代からの生きた化石であるということからこの名がついたといわれています。樹齢は2,000年代~7,200年といわれていて、圧倒的な存在感でした。

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屋久島には、この島特有のサル(ヤクザル)と鹿がたくさんいました。島1周ドライブ(3/31 9:36)した時、サルは車道にぺたりと座っていて、車をよけようともしませんでした。アスファルト道路は陽があたって温かく、暖をとっているとのことでした。また老年のサルは遠視のために、体毛の中にいるシラミや塩分をとるのに苦労しているとのことで、少し侘びしさも感じました。雨の多い屋久島で、晴れの日は今でもあのサルたちは道路を占拠して暖をとっていることでしょう。

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4/22(金)~5/1(日)、念願のエベレストを見にヒマラヤに行きました。成田から飛行機を何回も乗り継いで、乗り継ぐたびに飛行機は小型になり、最後に乗った飛行機(4:24 10:43)の乗客は私たち夫婦2人きりでした。私は副操縦席に座ってヒマラヤを間近に見ることができ、今年最もエキサイティングな瞬間でした。もちろんエベレストを自分の目で見た時の感激も忘れられません。

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小型飛行機が離発着するシャンボチェの飛行場(4/27 9:50)は、“ヒマラヤのドン・キホーテ”宮原さんがホテル・エベレスト・ビューを建設する際に、自らもブルドーザーを駆使して整地をしたという飛行場です。ヒマラヤの山中を糸トンボのように行き来する小型機がひどく愛おしく思えました。

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ヒマラヤのトレッキングは、ポーターなしには考えられませんし、またその仕事は大きな雇用機会でもあります。とはいえ、我が国では勉学に勤しんでいるはずの若者が荷を背負っている姿を目のあたりにしますと複雑な心境でした。彼(4/24 11:39)は何を考えていたのでしょうか。寒いこの時期仕事はないのか、あるいはヒマラヤ山中で荷を背負っているのでしょうか。ふとした折に思い出してしまいます。

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2011年12月19日 (月)

丹沢 登り納め

12/19(月)、毎月契約している山の天気予報からの情報によると、丹沢山頂の天気はおおむね良好とのことでしたし、寒気も強そうでちょうど寒さ体験もしてみたいと思っていましたので、早起きして出かけました。

“気象予報士のコメント: 19日:弱い冬型となり、晴れるが、500hPa-30前後の寒気が流れ込むため、午後は上部で雲が発生しやすくなっていく。”

丹沢山頂の天気予報発表

日時:1218 1200

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12/19 0:00

天気:晴れ 気温:-4.5  風速:5m/s

12/19 6:00

天気:晴れ 気温:-6.4  風速:6m/s

12/19 12:00

天気:晴れ時々曇り一時霧 気温:-0.9 風速:7m/s

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6:57 登山口の駐車場に6:30に着きました。週末は賑わっているビジターセンターは、薄暗く誰もいませんでした。朝陽を見ながら朝食を食べ、7:00登頂開始しました。

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8:12 平日ですし、登山客が誰もいなかったら“熊”が怖いし嫌だなあと思っていましたら、ポツポツと登ってる人もいて安心しました。最初はスイスイ抜かれていたのですが、マイペースで上っていたらいつの間にか追いついてしまいました。

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9:38 最後の頑張りどころにくると、目の前に抜けるような青空がひろがっていて、とてもいい気分でした。

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10:02 頂上に着きました。お昼頃から曇るという予報通り、富士山の周りには雲が集まってきていました。とにかくこの天気予報(ヤマテン:登山家で気象予報士の猪熊さん、エベレスト登山でも頼りにされている人です)の予報は正確です。

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10:02 いつもは賑わっている塔ノ岳山頂も、平日でもありまだ時間が早く鉢巻姿の登山客が一人しかいませんでした。とても静かでのんびりできました。

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私が山頂に着いた直後、頂上に駆け上がってきたランニング登山のお兄さんの血中酸素飽和度と脈拍(上の画像)を測らせてもらい、私のデータと比較させてもらいました。二人とも登頂直後でまだ息が荒い状態でしたが、お兄さんは駆け上がってきたにもかかわらず私とほぼ同じ水準でさすがにトレーニング効果が現れているようです。ちなみに彼の平地・平常での脈拍は40台だそうで、いつでもヒマラヤの高地に行けそうです。

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11:57 私は頂上で早めの昼食をとり、10:30に下山したのですが、計測させてもらったお兄さんは丹沢山(1,567m:塔ノ岳から往復2時間くらい)まで往復して下山する途中私に追いつきました。羨ましいくらい元気な人でした。

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12:33 登山口近くに最後の紅葉が残っていました。何回見てもきれいなのでついシャッターを押してしまいました。恒例のソフトクリームは、ビジターセンターが定休日のためありつけませんでした。残念。

上りに3時間、下りに2時間かかりました。山道の様子がわかってきてペース配分がわかってきましたので、あまり疲れず所用時間も短縮されてきました。自宅から登山口まで1時間前後ですので、大山と同様手軽に登れる山となりました。

現在、肺機能を診てもらっている大学病院(横浜市大)の主治医からは、山登りによるトレーニングが最も効果的な肺機能維持の方法といわれていますので、大山や丹沢、これから行くヒマラヤでもパルスオキシメーターを持参して、血中酸素飽和度や脈拍を測って、そのデータを主治医に解析してもらい、適切な治療法や高地トレッキングの際のアドバイスをいただこうと思っています。これで今年の登山シーズンも納得して終了することができました。

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2011年12月15日 (木)

大山 男坂と女坂

今日(12/15)もいい天気でした。好天気にじっとしているのがもったいなくて大山に出かけました。丹沢に行きたかったのですが、午後から用事がありましたので大山にしました。天気が続くと仏像彫刻がはかどらなくて先生に叱られますが、じっとしていられず出かけてしまいました。

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08:06 7:30にスタートし、追分といわれる分岐から男坂を上ることにしました。前回は女坂を上り男坂を下りました。男坂を下ってみてあまりに勾配が激しかったので、この道を上ってみたいと思い挑戦してみました。ヒンヤリとした朝の空気の中、他に人もなく、苔むした石段やまるで大きな盆栽のような風景の中を一人歩くのはとても清々しく、時々鹿が出迎えてくれました。さすがに“男坂”というだけあってなかなか厳しい上りで、気持ちのいい汗をかきました。

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08:41 大山阿夫利神社下社から見た空は抜けるように碧く、この空を見ただけでも早起きをしたかいがありました。ここでも美味しい空気をたくさん吸い込みました。

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08:43 下社社殿の地下に湧く霊水場には“ぼけ封じの守護神”があり、心を込めて祈願しました。

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08:48 下社からは相模湾を一望することができるのですが、天気がよすぎて霞がかかってしまいました。頂上登山口から山頂を目指しました。

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09:33 大山の登山道の特徴は大きな石と石段です。旧東海道箱根の石畳は、股関節を鍛えるにはいいそうですが、大山の登山道は気をつけないと股関節をおかしくしてしまいます。

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10:03 頂上に着きました。いつ見ても何回見ても秀麗という言葉がピッタリの富士山です。

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10:04 目を転ずれば丹沢の山々が霞んで見えました。3日前にはあちらからこちらを見ました。来春陽が長くなったら、あちらからこちらへ、こちらからあちらへと歩くのも楽しみです。

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10:05 山頂の山小屋に荷揚げしているヘリコプターが頭上でホバリングしていました。山で遭難したときの救助ヘリ保険に加入していますので、一度はヘリに乗って元を取りたいと思っているのですがこればかりは。

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10:35 頂上でミカンを食べたり一服して、10:30に下山スタートしました。今日は初めての“見晴台コース”を下ることにしました。人影も少なく初めての道で不安だったのですが、一歩一歩ゆっくりと上ってくる登山者に時々出会いホッとしました。かなり急な下りですからこの道を登るのも大変だろうと思いました。

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10:52 表登山道はほとんど見晴がなくモクモクと上る道ですので、同じ道を引き返す下りもあまり展望がよくないのですが、この“見晴台コース”は稜線歩きで、樹木も低いために展望が開けていました。他の山が見えたり、相模湾が見えたり、湘南の街が見えたり様々に風景が変わり楽しい道でした。

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11:14 見晴台から下社への道は、大山の中腹をトラバースするように緩やかに下る楽しい道でしたが、気をつけないと滑落の可能性もありました。

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11:21 二重神社に来年の干支の龍が吠えていました。“龍神”だそうで二匹いました。

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11:32 前回はこの“女坂”を上りましたが、今日は下りました。女坂とはいえ、なかなか手強い下りでした。

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11:47 女坂の雰囲気は深閑として厳かで、霊山そのもので好きです。今までこの道を上ったときには素晴らしい風景まで愛でるゆとりがありませんでしたが、今日下ってみて益々好きになりました。これからは上りは男坂、下りは女坂で決まりです。

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11:52 かなり高齢のご夫婦が上ってきました。老婦人は足が悪いようでしたが、旦那さんがいたわるようにその手を引いていました。どこまで上っていくのだろうと、思わず後ろ姿をしばらく見つめてしまいました。とてもいい風景で気持ちが温かくなりました。

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11:54 黄葉が光を放っていて、しのびよる冬に最後の抵抗をしているようでした。

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11:56 枯紅葉も負けじと、目一杯光を浴びていました。

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11:59 おみやげ屋が軒を並べる通りを、まるでボッカのようにたくさんの荷を背負ったヤマト運輸のお兄さんが荒い息をして通り過ぎていきました。ふとヒマラヤのポーターを思い出してしまいました。お疲れ様です。

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12:04 最後はこれで決まりました。ソフトクリームがあればどんな疲れも吹き飛んでしまいます。

予定通り13:00には自宅に戻りました。今日の男坂~表登山道~山頂~見晴台~下社~女坂のコースは、上りも下りも適度なトレーニングになりますし、景色も素晴らしく、多少ハードですが半日で行ってこれる散歩コースとなりそうです。

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2011年12月11日 (日)

丹沢 塔ノ岳往復

今日(12/11)あまりにも天気がよく、じっとしていられず丹沢山に行きました。前回の表尾根コース(ヤビツ峠~塔ノ岳~大倉)を歩こうと思ったのですが、路面凍結のためヤビツ峠行きのバスが普通となりましたので、車で大倉へ向かい、塔ノ岳を往復しました。

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07:07 車を駐車場に入れ、ビジターセンター前にでると、早朝から登山者が集まっていました。深呼吸を意識しながらゆっくりとした自分のペースで歩くこと、他の人のペースに惑わされないことを自分に言い聞かせて、07:10に上り始めました。

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09:20 冬枯れの樹々の間から富士山が姿を現しました。少し疲れを感じ始めていましたので、久しぶりに見るスッキリとした富士の姿に元気が出ました。

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09:34 富士山でいえば胸突き八丁あたりでしょうか、前回このルートを下りましたが、上るのは初めてで、かなりきつく感じられました。他の皆さんはしっかりとした足取りで着実に上がっていきました。

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09:53 塔ノ岳山頂が目前に立ち塞がっていました。最後の頑張りどころでした。

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10:14 塔ノ岳山頂(1,491m)に着きました。コースタイム(3時間30分)より早めに着きましたので、昼食をゆっくりとることができました。

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頂上には、雪が積もっていて気温は10℃以下でしたが、風はなく穏やかで、陽射しが心地よく感じました。皆さん思い思いに360度のパノラマを楽しんでいました。

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久しぶりに見るスコーンと抜けた青空と絵に描いたような富士山に気持ちがスッキリしました。この日は南アルプスや八ヶ岳まで見渡すことができ、3回目にしてようやく丹沢山の山なみを目にすることができました。

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11:11 山小屋でゆっくりと食事をして、11時に下山し始めました。上るときにはあまり気にならなかった薄く積もった雪がアイスバーンだったり、シャーベット状だったりかなり気を遣いました。時々滑って尻餅をつく人もいて、それを見て誰もがへっぴり腰になりました。今回アイゼンをもってきてはいましたが、装着するほどではありませんでした。

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11:24 苦しそうに息を吐いて、次から次へと登山者が上ってきました。下山する私は相模湾や遠く伊豆大島を楽しみながらの下山でした。

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12:34 山頂付近は冬景色でしたが、麓にはまだ秋の色が残っていました。

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13:30 コースタイム(2時間20分)通りに下山し、前回味わえなかったソフトクリームにありつくことができました。隣のおばさんは関係ありません、念のため。

なまっていた足のトレーニングと、青い空に浮かぶ富士山とソフトクリームの3つの目的を達成することができました。

前回の表尾根コースはアップダウンで変化があり面白く、今回の大倉尾根往復コースは単調な上りで面白味に欠けますが、自宅から車で1時間弱で行けますので、天気がいいときに富士山ビューとトレーニングを兼ねて上るには手頃です。久しぶりにスッキリとした1日でした。

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2011年12月10日 (土)

鈴木さんの“エベレスト街道をゆく”を終えて

ヒマラヤ観光開発の高橋チームの皆さんが、サガルマータ(ネパール語:エベレスト)により近くへ、カラパタール(5,545m)へとエベレスト街道を辿った行程と光景の記録を鈴木さんからいただき、ブログに掲載させていただきました。ブログ画像で見るエベレストやチュクンは、実際の素晴らしさの100分の1も表現できていないのではないでしょうか。とはいえ自分も行った気になって、存分に楽しませていただきました、更にとはいえ一緒に行けなかった悔しさもあり複雑な心境です。

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チームの皆さん(8人)は、ヒマラヤ観光開発社長の宮原さんのご自宅でご馳走になったとか、宮原さんもお元気そうで何よりです。なにしろヒマラヤに導いていただいた方ですから、ネパールのためにいつまでもお元気でいていただきたいものです。

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“エベレスト街道をゆく”の画像は全て鈴木さんが撮影したものです。カメラ機材はパーソナルポータが運んでくれるものの、寒気と薄い空気の中でのセッティングや撮影は大変だったと思います。そのような心配には“好きでしていることですから”という気遣い無用の返答が返ってくるのが常でした。上掲画像はいずれも2011.9.8室堂に一緒したとき鈴木さんが撮影したものです。撮影時間は5:1418:13で夜明けと日暮れのものです。ごく普通に目にした景観が時間によりまったく別物に生まれ変わることを実感しました。もしカラパタールに一緒に行っていたなら、ごく普通に目にする光景もきっと様々に変化する瞬間に立ち会うことができたろうに、ましてそれがチュクンやエベレストであれば尚更です。しかし過ぎたことは悔やんでも仕方ありません。

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(モルディブの水上コテージ)私が鈴木さんの写真に大きな関心を抱いているのは、中学生の時に偶然の産物による写真がコンテストに入賞したこと、それがきっかけでカメラ少年になったこと、叔父が岐阜県長良川で写真館を経営(現在は従兄弟)していること、かつてダイビングをした時期水中写真に凝ったこと、何年も通ったモルディブデでは最高潮に達し、水中・陸上での撮影にも凝りに凝ったということがあったからなのです。しかしいつの間にかコンパクトカメラで事足りてしまっているここ数年です。

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上掲画像は、槍ヶ岳を背に天狗池に立つ里紀さん(2011.9/28Am09:46はんちゃん撮影)とチュクンから見たヒマラヤ襞(2011.11.2 12:35 鈴木さん撮影)です。槍ヶ岳からの帰路、上高地温泉ホテルの里紀さんと道連れとなり、道々の話の中で数年前里紀さんが企画したお得プランの宿泊客第一号が私たち夫婦ということがわかり、更に話が弾みヒマラヤの話に、そして里紀さんの友だち明神館で働く“ヒマラヤのお景”さんへと話が繋がり、鈴木さんはお景さんから“ヒマラヤ襞のチュクン”の情報を得、“目にしたことのない光景”を実際に目にすることになりました。縁は異なもの味なものです。

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2011.9.18 10:18 北岳山頂 マッシー伊藤さん撮影)国内3,000m以上の21座の登頂を目指しているマッシー伊藤さんとはヒマラヤで出会い、その後高山病対策のアドバイスや行きたくても行けない山々の写真をいただきました。

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2011.6.30 ツール・ド・モンブランで)早坂さんとツール・ド・モンブランで一緒になり、その後何回か飲む機会があり、先日鈴木さんのヒマラヤ報告会でも3人で飲みました。早坂さんは先輩(70代)で、多趣味の粋人であると共にポルシェを乗り回す“若人”です。ここでも話が弾み、来春“ポルシェで北海道一周”ツアープランが飛び出しました。数十年前、“真っ赤なセリカ”が流行った頃、そのセリカを駆って北海道を一周したことがあります。その時のハンドルの感触は今でも忘れません。次は“ブルーのポルシェ”でと夢は広がります。

ヒマラヤやヨーロッパアルプスで多くの人と出会い、縁が生まれ、新たな世界が広がり感謝しています。ありがとうございます。

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2011年12月 9日 (金)

エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/11 カカニへの途中、スワヤンブナート

カカ二への途中、スワヤンブナートに立ち寄る。

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急階段の参道、物乞いと猿が多いのには辟易した。

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小学校の遠足?

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静かに語り合う女性たち

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ロッジに立ち寄ってお茶を飲んでいた家族。主人はJAICAの関連で東京に半年ほど滞在した経験あるとのこと。名刺をもらったが、大学の副学長で会った。どうりで身なり(特に女性が)いい訳だと合点。

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とてもかわいい孫の赤ちゃん

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カカ二からの下り、菜の花が一面に咲き乱れていた。

これで、18日間のカラパタール遠征が終わった。おしなべて天候に恵まれ、素晴らしい日々を過ごすことができた。近くから見るサガルマータはあたかも空を圧するように凛として立ち、世界最高峰の名に恥じない威厳と貫録を持っているように感じられた。あのピークに足跡を残したいというクライマーの気持ちが少しではあるが理解できるような気がした。

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2011年12月 8日 (木)

エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/10 カトマンズ滞在

カトマンズで滞在

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街頭のひとたち

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ヒマラヤのドン・キホーテといわれた宮原(ヒマラヤ観光開発社長)さん、参加者全員、がご自宅で夕食をご馳走になる。

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エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/9 カトマンズへ

シャンボチェから軽飛行機でルクラへ飛び、カトマンズに向かう。ルクラまで歩かなくてすむのが有り難い。

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見おさめの風景、また来る機会があるかな?

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カトマンズへの機上から、ランタン山群を見る。

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エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/8 ホテル・エベレスト・ビュー(HEV)へ下る

食事とベッドが待ちどおしい、頭も洗いたい!髭も剃りたい!

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クムジュンからの登りで

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HEV(3,880m)からの夕景

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2011年12月 7日 (水)

エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/7 デボチェへ

さらに往路を゙ボチェへと下り続け、好天気も続いていた。

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朝のぺリチェロッジ群、後方にアマダブラムロッジのそばには適当な撮影ポイントが見つからないので、坂を下り川の中州に入り撮影する。風が通り寒い。

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チョオユー(8,201m)遠望

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上流のチベット方向を見る。

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4,000mを超えるここにもこんなに広い平原がある!

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洗濯に忙しい家族

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アマダブラムは何度見ても美しい!

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道を急ぐ尼僧ふたり

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タンボチェから見上げるタムセルクの北壁

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ゴンパ

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エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/6 ペリチェ(4,215m)へ下る

下りで、且つ酸素の濃い方へ移動するトレッキングなので気が楽である。ホテルエベレストビュー(HEV)での食事が待ちどおしい!

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ロブチェの朝の風景

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下りと上りが交差しちょっとした渋滞

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わがチームのゾッキョ

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2011年12月 6日 (火)

エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/5 カラパタール(5,545m)を目指す日

顔と手が浮腫んでいるものの、体調極めて順調。ここまで特に問題ない。起きて天候を確認すると、東の方から白み始めている。5時半にロッジを出発、およそ2時間半登ることになる。後で高橋さんから聞いたところによると出発時気温-15℃だったとか?厚着をしていたせいか、その寒さには感じなかった。気分も高揚していたのではあろう。陽が上がれば気温もあがり、充分耐えられるだろう。期待が高まる。

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朝、ヌプツェをバックに黒々と浮かび上がるカラパタールの丘

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白み始めた薄紅色の東の空にヌプツェのシルエットが浮き上がる。

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高度をあげると徐々にサガルマータが姿を現し始める。

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まだ平坦な登り道である。

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先行する女性の荒い息づかいがはっきり聞こえてくる。慌てるな!

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リントレン、これまた素晴らしい山容の山である。

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世界の最高峰サガルマータ

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地球上で最も高い頂がすぐそこに見えてきた

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下から次々に人が上がってくる。

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8時35分登頂!所要およそ3時間、記念撮影する。この後1Hほど頂上に滞在。

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サガルマータ

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エメラルド色をした池が光っている。氷は解けたのか、初めから凍っていないのか、いずれにしろ陽光が強く暖かい!

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斜光をあびて輝くヌプツェ

ロッジに帰り、ロブチェに向かって下りる。目標達成すれば、高所に長居は無用である。登ってくるときには気がつかなかった氷河の裂け目を目の当たりにすると確かにその上を歩いているという実感が迫ってくる。

ひとりの落後者もなく、全員無事で元気に登頂できたことが大変嬉しかった。ゴーキョの経験があるとは言え、5,545mの高みは初の経験である・呼吸と給水に特に注意し、ゆっくりとした自分のペースで歩けたことが成功の要因であろう。むくみは参加者のなかでもっともひどかったようであるが、これとて何か不都合をもたらした形跡はないので、まあ、心配するには及ばないだろうと自分では思っている。いずれにせよ、高山病の二文字は常に意識のなかにあり、これを克服することが成功の必要条件であることを再認識した。

カラパタールからの眺望は素晴らしかったの一言に尽きる。チュクンと並び、今回の二大いイベントで会った。エベレスト街道も三度目、また来れるかどうかわからないが、機会があればのんびり高山病を気にしないトレッキングをやってみたいと思った。

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2011年12月 5日 (月)

エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/4 ゴラクシェブ(5,100m)へ

カラパタールの麓、ゴラクシェプに向かう日である。今日、明日の二日間は何としても晴れて欲しいところである。

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ロブチェの朝、例によって早起きし裏山に登る。裏山と言っても5,000mに近い。起きたばかりで、動作もうまくいかない。息がきれないようにゆっくりゆっくり斜面を移動する。移動すれば景観が違ってくるのが嬉しい。

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わずかに白く見える峰がチョオユーだ、とは後で知った。

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リントレン、この山も捨てがたい魅力を持っています。

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カラパタールから下ってくるトレッカー、どうだったのと声をかけたいところ・・・

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氷河、砂礫の下に青白い氷が見える。

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ここは踏ん張りどころ

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満点の星の下、眠りに着くヌプツェ

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2011年12月 4日 (日)

エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/3 ロブチェ(4,910m)へ

ディンボチェからさらに500m上がる。呼吸とゆったりペースに注意。掌の皺がのび滑らかな表面になっている。浮腫んでいる証拠である。このざまでは顔はもっとひどい状態だろうと思い、佐々木原さんの手鏡を借りて見ると、予想通りの顔。髭は伸び、瞼が垂れ下がり、頬も浮腫んでいる。しかし、体調は悪くない。頭痛なし、吐き気もしない。悩みは、ロッジに着き休んでいると猛烈に眠気に襲われることである。昼寝厳禁と申し渡されているので何とか我慢しなくてはいけない。勢いカメラ片手に付近をうろうろせざるを得ない羽目になってしまう。水は充分に摂取している。朝のお茶三杯で600cc、午前の休憩で300cc、お昼にまたコーヒーと紅茶で三杯600cc、午後の休憩で300cc、夕食でまた600cc、夜中トイレに起きた時に100cc、合計2,500cc。これなら何とかなるだろう。そのかわり、トイレは昼夜を問わず頻繁になる。前回の反省からの努力である。血中酸素濃度はディンボチェで74、これは優れて良い訳ではないが合格と判断される。前回のゴーキョでは100を超えていた心拍数も90弱である。水の摂取量が効果をもたらしているのか、呼吸がいいのかとにかく問題はない。この調子を続けられればよい。

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ここのカフェのアップルパイと紅茶はけっこう美味だった!

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高いが平坦な道を絶景を楽しみながら進む

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アマダブラムを今までの反対側(北側)から見るとまるで姿が違って見える。

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いよいよヌプツェが全容を現してきた

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夕陽に照らされてプモリが半分姿を見せている。

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ヌプツェ夕景、黄金色に輝いている。

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2011年12月 3日 (土)

エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/2 チュクンのヒマラヤ襞

言葉で表現できないヒマラヤ襞の美しさ!夢中でシャッターを切り続ける。これが明神館の“ヒマラヤのお景さん”の推奨する風景だったのだろうか、感謝感激、来てよかった!

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ハンちゃんのコメント:チュクンは“目にしたことのない絶景、息をのむ景色を君は人生で何回目にするか!”その一つにカウントされる風景ですね。私も来年は・・・。

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エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/2 高所順応 チュクンへ

今日は、高所順応のための停滞日である。上高地明神館にお勤めのKさんから強く推奨されたチュクンに行くことにする。同行のマドンナさんも行ってみたいと言うので、アシスタントサーダー、自分のパーソナルポーターと4人で出かけることにした。チュクンは、高度4,700mで高所順応にも適切な高さである。他の人にも声をかけてみたが反応なし。あまり興味がなさそうである。休みの日に何をわざわざ・・・ということであろうか?

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ディンボチェの朝

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アマダブラム、背後からのしかかってきそう。山容は完全に変化している。

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チョルテンに向かって倒れかかりそうなチョラツエ

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はるか彼方にマカルーが小さく見える

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ローツエが見え始めた

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ローツエ南壁、3,800mの垂直斜面はすさまじい!

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途中で蹲って荒い息を吐くトレッカー

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一方ではこんなに元気な人もいるのです!無数のカラスが群舞している。

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ビブレで休憩するトレッカー

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期待のヒマラヤ襞をまとう山々が見えてきた。

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エベレスト街道をゆく By Suzuki 11/1 ディンボチェ(4,410m)へ

ディンボチェ(4,410m)へ。いよいよ4,000mを超える日である。呼吸に注意し、ゆっくりとしたペースで歩くことを自分に言い聞かせる。今までは問題なく、至極快調!この日も、山には雲がかかり景観は不十分。

曇っているので山の眺望はきかない。チョルテン、ヤクなど街道を見ながら霧が低く垂れこめたディンボチェに2時半ころに到着。うら寂しい光景である。

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エベレスト街道をゆく By Suzuki 10/31 デボチェ(3,700m)へ

タンボチェ(3,860m)を経由しデボチェ(3,700)へ向かう日。今日は、いったん谷底のプンキタンガまで下り、そこから600mタンボチェへ登り返すことになる。折角稼いだ高度を失うのは勿体ないが、まあ、この地域で橋を期待するほうが無理な話なので我慢するしかない。さぼり気分は厳禁と自戒(?)するしかない。この日はあまり撮影をしていない。

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ナムチェ方向を見る。コンデリは雲のなか。

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タンボチェのゲート到着

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タンボチゴンパ、色彩豊かな立派な寺院である。雲が低く垂れこめ山は全く見えない。3,800mの丘の上にあるため風が吹き通り寒い。早々にデボチェに下る。

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若い僧侶たちが楽しそうに談笑しているのが遠目に見える。

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アマダブラムガーデンロッジに到着、ここでは何でもアマダブラムなのかな?周りを松林に囲まれ、風もなく寒さも和らいだ。宿泊地に決めた理由が判った。ロッジの隣では、大勢の人たちが鑿で石を器用に整形しながら家の壁を組んでいる。ロッジの建設中らしい。タンボチェの僧院の経営になるとか。寺院はどこでも(?)財政的に豊かなのかもしれないなどと思った。

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2011年12月 2日 (金)

エベレスト街道をゆく By Suzuki 10/30 マドンナさん

マドンナさんが日本語、英語そしてネパール語交じりで姉妹に折り紙伝授。

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彼女たちも興味深々で熱心に教わる。12歳の姉はきれいな英語を話すので褒めてあげると、カトマンズの学校に通学しているとか。ティハールのお祭りで帰ってきているらしい。年に2度しか家に帰れないと言うので寂しくないのと質問すると、親が頻繁にカトマンズに来てくれるのでそうでもないとの答え。しっかりしたものである。ここからルクラまで出て(我々はここまで来るのに2日がかり)飛行機で行くのだろう。大変であろうが教育熱心な親ではある。

ハンちゃんの追記:マドンナさんは、10月から語学留学でネパールに移住し、鈴木さんと共にカラパタールに行き、今は“ラウンド・アンナプルナ完全周遊25日間”のトレッキングに一人で出かけています。ヒマラヤ山中から“マナスルがとてもきれいです。アンナプルナも! 夜は降るような星空で眠ってしまうのが惜しいくらいです(11/28)” “今朝はアンナプルナⅡとⅣとⅢがくっきり。Ⅲの迫力は凄いです。ガンガグルナも負けずに現前に迫ってくるようです。(11/30)” などのメールが発信されてきます。今もガイドさんと共にヒマラヤ山中を歩いているのです。鈴木さんとその度に“凄いね!”とその度胸と行動力に唖然としています。こんな大和撫子もいるのです。

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エベレスト街道をゆく By Suzuki 10/30

10/30 キャンズマ(3,550m)へ、わずか100m高度をあげるだけの1日である。

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朝、コンデリの朝焼けを見るために5時起床。ピークが黄金色に染まった。

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コンデリを後ろに見てキャンズマへ出発。ピクニック気分である。

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巨大なヌプツェとローツェの向こうにエベレストが!チョルテンはテンジン・ノルゲイを記念したものらしい。その周りは大勢の人だかりだった。天気快晴!

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はためくルンタが青空に映える。

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サーダー(ザンブー氏)とアシスタントサーダーとともに。(ハンちゃんのコメント:鈴木さんもすっかりヒマラヤに馴染んでいる様子で、登山隊のボスみたい。)

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なかなか貫録のあるおじさんですね!

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10時過ぎにはアマダブラムロッジに到着。天気よく、暖かいので少し洗濯をしたのち食堂横のテラスでのんびり過ごす。いい日だ!

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ロッジから30分ほどのところにひとりで行きタムセルク、タウツェ、アマダブラムの刻々と変化する夕景を、既にうす暗く人もほとんど通らないので、独り占めした。エベレストとローツェは赤い雲の中に隠れ最後まで姿を見せなかった。そうしているとひとりの若者が通りがかりに傍にきて座り、英語で話しかけてくる。あまり怪しい風体でもないので、相手をしているとマッチを持っているか?」と聞いてくる。貸してあげると、しばらくポケットを探ったあとで「タバコは持っているか?}ときたもんだ!傍の石の上に出しっぱなしにしてあったのでないともいえず、くれてやる羽目に。なかなか戦略的アプローチだと変なところで感心する始末。シェルパらしき彼、しばらく雑談後、「じゃ気をつけてな」と言い残してキャンズマの方向へ立ち去った。

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2011年12月 1日 (木)

エベレスト街道をゆく By Suzuki 10/29

今日のハイライトはナムチェへの600mの急登である。体調をはかる恰好のバロメーターである。ここで息をあらくするようでは前途多難ではある。

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幾重にも重なった谷の向こう、空高くタムセルクが凛として聳えている。

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シェルパの守護神ク―ンビラが見えてきた。

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12時過ぎ、サガルマータ国立公園の検問所を通過する。ここだけはしっかりと、サガルマータという表現を使っているのが好感を持てる。しかし、他では殆どエベレストと表記されている。どうしてネパール語を使わないのだろうと不思議に思う。

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600mの急登が始まる橋が見えてきた。このあと順調にナムチェに到着する。途中、エベレストビューポイントでは、展望きかず。

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4時過ぎ、ナムチェ到着(3,440m)。体調は順調と言える。村の入口の広場にシートが敷かれて、その上に乱雑に物が置かれている。今日は土曜日だから、バザールがここで開かれたのだろうか?聞き忘れてしまった。しばらく坂を登り、村の上部のシャングリラロッジに到着。元気なおかみが大きな声で仕切っている。それほど寒くはない。

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エベレスト街道 カラパタール(5,545m)の高みをめざして By Mr.Suzuki 10/28

エベレスト街道 カラパタール(5,545m)の高みをめざして By Mr.Suzuki 10/28

以前このブログで“ヒマラヤ写真展”を開催していただいた鈴木さんから、再びエベレスト街道を歩いてエベレストに迫った画像と記録(コメント)をいただきましたので、掲載させていただきます。いわばこれは鈴木さんのブログの公開です。

本来私も同行して、一緒に素晴らしい世界を目にするはずだったのですが、ドクターストップがかかり無念の涙をのみました。せめて画像でヒマラヤワールドを楽しませていただこうと思います。

ブログの制約上、画像サイズを縮小しています。迫力ある画像をお楽しみいただくために、画像をクリックしていただきますと拡大して見ることができます。画面左上の←(ツールボタンの戻る)をクリックしていただきますと元の画面に戻ります。

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スワヤンブナート寺院、カトマンズ

予定通り615分のフライトでカトマンズを離陸、7時前にルクラ空港(2,840m)到着。天気良好、順調な滑り出しである。

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ルクラ空港、ハイシーズンのためであろう、空港は多くのトレッカーで賑わっている。背後にヌプラが見える。前回と同じロッジで朝食をとり、小休止の後、出発する。パクディンからナムチェへの道は自分にとって重要な行程である。呼吸を整え、ゆっくりとした足取りでペースを作り、それ以降の高度に対応するための準備期間となるためである。通り過ぎる村の風景を楽しめる日でもある。

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パクディンへのおだやかな道、顔より大きな器で水を飲む幼児がいる。

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