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2012年4月30日 (月)

ラウンドトレッキング18日目 シャウリバザール(1,220m)~ナヤブル~ポカラ

4/4(水)、いよいよトレッキングも終わりです。下山口ナヤブルまで歩き、ナヤブルからは専用車でポカラに到着しました。

 

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前夜降った雨で道はしっとりと濡れていましたので埃がたたず、作物にとても恵みの雨です。

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道はなだらかに下っていて、2時間弱で専用車が待っていると思うとルンルン気分でした。

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ナヤプルの町では、私たちと同じように下山してきた人たちがたくさんいました。

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一方では、延々と厳しい傾斜の道が続くことを知ってか知らずに、タラバニやゴラパニに向かう登山者も続々と上がってきました。頑張ってください。

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久しぶりに見るフルーツや野菜の色鮮やかさに思わずノドがゴクリとなりました。

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ナヤプルは登山基地であり、たくさんの車が集結して荷物の積み下ろしをしていました。私たちもここからポカラへ出発しました。

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ちょうどお昼頃、ポカラの宿泊先“トレック・オ・テル”に到着しました。

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ツアーが始まって21日目、高山病にもならず、体調も崩さずよくここまで来れたと感慨もひとしおでした。

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2012年4月28日 (土)

ラウンドトレッキング17日目 宴

4/3(火)、実質的なトレッキングは終わり、翌日はポーターさん達とはお別れですので、食後にささやかな飲み会でもしようということになりました。

 

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誰かがネパール音楽を流すと、何となく盛り上がって、別の席にいた外人さん達ともワケのわからない乾杯などして、更に盛り上がりました。たまたまこの村のお祭りがあって、日本でいえばなまはげ状態の村人がなだれ込んできたりして、更に盛り上がりました。そのうち音楽に合わせて手拍子が始まり、ペンバさんやポーターさん達が踊り出し、外人も踊り出し、鈴木さんも、大阪のオッちゃんも私も輪に加わり、盆踊りのような阿波踊りのような状態になって、盛り上がりは最高潮になりました。最後に手締めのようなかたちでようやく宴は終わりました。

私たちはポーターさん達がいなければ1日たりとも歩くことはできなかったと思います。17日間共に山の中を歩き、雇う雇われるという間ではなく仲間のような気持ちになれたのではないかと思います。私たちが何とか一緒に食事をと勧めても決して同席しようとせず、分をわきまえての遠慮はともすれば寂しくも思いましたが、この日は同じテーブルで酒を酌み交わし、一緒に踊ることができました。

ポーターさん達にとっては重い荷を背負うという仕事は楽ではなかったと思いますが、一方では仕事ではありながら、同じ光景を見て、ロッジに着けば私たちと同じように寛ぐことができ、楽しみであったと思います(そうあってほしいと思います)。このツアーが終われば仕事も終わります。次の仕事が約束されている人もそうでない人もいると思います。無事仕事が終わった喜びなのか、仕事が終わる寂しさなのか、全身のエネルギーを発散させるように踊っているガイドさんやポーターさんのいろいろな気持ちが伝わってくるようでもありました。

私たちは部屋に戻ったのですが、しばらく賑やかでしたからガイドさんやポーターさん達はまだまだ興奮冷めやらず、このツアーの終わりを惜しんでいるようでした。私はポーターさん達の騒ぎを遠くに聞きながらいつの間にか心地よい眠りに入っていました。

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ラウンドトレッキング17日目 タダパニ(2,650m)~シャウリバザール(1,220m)

4/3(火)、実質的にはトレッキングの最終日で、標高差1,430mをひたすら下りました。

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いつもながらの早朝の出発準備風景です。朝食を済ませ、さあ今日も元気で歩くぞ! 今日はどんな風景が見られるかと期待を抱く瞬間です。

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細い道を下ってゆくと羊の大群が上ってきました。羊は勝手にあちこち道草を食っていますが、一人二人の羊飼いでよくこれだけの羊をコントロールできるものだと感心してしまいました。

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標高差1,430mの道を私たちは下っているからいいものの、上から見るとかなりの急勾配の連続です。この道を若いポーター達はあたりまえのように上っていきました。

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この道は私たちが辿ってきたタダパニからゴラパニへと続く観光道ですので、急勾配をものともせず続々とトレッカーが上ってきました。この道を上ることを考えたらゾッとしましたが、私たちが歩いたタトパニ(1,190m)からゴラパニ(2,853m)への道も上から見たら同じようなものだったかもしれません。それにしても下りでよかったと何度思ったことか。

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ガイドのアンツェリンさんが虚しくストックを指し示している方向には、白き峰嶺が見えるはずなのですが、霞と雲のベールに包まれていました。

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案内板をみれば、アンナプルナ山群やマチュピチュレが見えるはずなのですが・・・。

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シャウリバザールへ下る道は、見晴らしのいい天空の道でした。もし天気が良ければと思わずにはいられませんでした。

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延々と続いた天空の下り道もようやく山里が見えてきました。

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7:30に出発し、15:30“リバーサイドゲストハウス”というロッジに着きました。最後のロッジ泊まりとなりますので、とてもきれいなロッジで寛げそうですし何となくホッとしました。

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部屋は清潔でシンプルで居心地よく感じました。

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ロッジ最後の夕食でした。トマトスープは丼にたっぷりと盛られていて、美味しかったのですがこれだけで腹一杯になりそうでした。

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メインディッシュのミックスピザもボリュームたっぷりで、この他に野菜サラダなど皆で分けて食べました。

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2012年4月27日 (金)

ラウンドトレッキング16日目 ゴラパニ(2,853m)~タダパニ(2,650m)

4/2(月)、早朝プーンヒル(3,210m)に上り、朝食後石楠花の樹林帯を歩いてタダパニに向かいました。

 

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5:00にロッジを出発しプーンヒルに上りました。6:00に頂上についてみれば夜明けの光景を心待ちにしている人が沢山いました。

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残念ながら、雲が多く朝陽に紅色に染まるはずの白い峰嶺の姿を見ることができませんでした。さすがに標高3,210mの早朝は寒く、皆さん震えていました。標高差336mの早朝散歩はかなりきついものでした。

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タダパニへの道は林道で、今までの道とはまた異なった趣でした。

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この石楠花を見ようという人が息を切らせながら上ってくる姿がぽつりぽつりとみられました。この見事な石楠花に陽が燦々と降り注いでいたら、遠くに白い峰を重ねてみることができたらと思いますとちょっと残念でした。

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この日の行程は、標高差200mを下りましたので楽なはずなのですが、アップダウンがある上に、トレッキング16日目ともなると何となく疲れがたまったという感じでした。おまけに午前中から雲が広がり、雨もぽつりぽつりと降ってきたりで、何となく沈滞気味でした。

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タダパニのロッジは掘っ立て小屋のような感じで、天気もあまりよくなく見通しも悪く気勢が上がりませんでした。

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一夜明けて、鈴木さんは何とかヒマラヤの夜明けを捉えようと朝早くからカメラを構えていました。

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これからどちらの方向に向かうのかわかりませんが、マドンナさんのように一人でトッレキングしているフランス人女性は、明るい笑顔を振りまいて張り切っていました。私たちも元気を出して最後のトレッキングに・・・。

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2012年4月26日 (木)

補填 ラウンドトレッキング10日目 トロンパス(5,416m)~ムクティナート(3,760m)

3/27(火)、9:00過ぎに無事にトロンパスに到達した後は、ムクティナート目指してひたすらの下山でした。

 

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前方に立ちふさがるようにそびえ立つヤカワカン(6,482m)を見ながら、1,600mの標高差を下りました。

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下っても下っても高度計を見れば標高4,000m以上でいささかうんざりでした。富士山に登りたいけど下山が嫌だという人が多い富士山の下山道のスケールを更に大きくしたようなものでうんざりしながらの根比べでした。唯一次第に呼吸が楽になるのが救いでした。

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下山口でようやく先行していた鈴木さん達本隊に追い着きました。この日の目的地ムクティナートまで更に1時間半歩くとのことで、頑強な鈴木さんも今後の行程を考えると無理をしたくないと生まれて初めて馬に乗ることになりました。

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午前中はヤクに乗りましたが、馬もかっこよさそうでしたので私も馬に乗ることにしました。ヤクは落とされないようにしがみついて疲れましたが、以前乗馬クラブに通っていたこともあり、久しぶりにヒマラヤを馬で歩くのは気持ちのいいものでした。同じ日にヤクと馬に乗ったために尻が痛くなりました。

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お昼過ぎ、ようやくムクティナートのロッジに到着しました。

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ここまでロッジの食事でかなり胃がもたれていましたので、夕食は久しぶりのビールを飲んで、食事は日本から持っていったインスタントニューメン(これは絶品でした)やスポーツジェルで胃を休めました。鈴木さんは昼過ぎここに到着した時に珍しくビールを1本飲んでしまい、そのままベッドに横になったきり夕食も食べずに朝まで起きてきませんでした。私も夕食時に飲んだビールがきいたようで爆睡しました。トロンパスを越えた安堵感からここが富士山頂とほぼ同じくらいの高地(3,760m)であることをすっかり忘れていました。

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ラウンドトレッキング15日目 タトパニ(1,190m)~ゴラパニ(2,853m)

4/1(日)、今までひたすら下り続けたカリガンダキ河沿いのポカラへと続く道と分かれて、一気に標高差1,600mを上るハードな一日でした。

 

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数日ぶりに長い距離を歩き、高い標高差を上るために、7:00に出発しました。吊り橋を渡るのも久しぶりで、ここから登りが延々と続きました。

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出発して3時間、陽気も暑いくらいで、ついに私は半袖になりました。ここ数日休養や下り道の連続でなまっていた足もようやく目覚めてきました。

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目的地のゴラパニは、石楠花で有名な地です。ゴラパニに近づくにつれて満開となった石楠花が見られるようになりました。

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ひたすらの登りで標高が高くなるにつれ、他の山の斜面に切り開かれた村落が下に下へと見られるようになりました。残念ながら霞がかかっていて、ダウラギリやアンナプルナサウスなどの姿を見ることはできませんでした。

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石楠花の道が続きましたが、2年前にゴラパニを訪れている鈴木さんに言わせると“当たり年の石楠花はもっと見事でこんなものじゃない”ということで、今年の石楠花はイマイチのようでした。

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16:00、出発して9時間でゴラパニに着きました。かなりの登りの連続でさすがにちょっと疲れました。

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ゴラパニは、日本でいえば桜の吉野の里のような観光地で、ロッジも多く、絵画教室のグループと思われる日本人の姿も多く見かけました。私たちはゴラパニで最も高い場所に位置したロッジに宿泊しました。

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石楠花はちょうど見頃の時期だったのですが、雲と霞がかかっていて、見えるはずの名峰を見ることもできず、心なしか石楠花も寂しそうでした。

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(カトマンズに戻った時にマドンナさんからいただいた写真です)写真を撮るのが主な目的の鈴木さんにとって、2年前に見た白い峰と赤い石楠花の風景を再びという想いがあったようで、絵葉書のような風景を期待したのですが、残念ながら今回はついていませんでした。まあ自然が相手ですから仕方ありません。

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何はともあれ、この日のハードな上りをのりきった奮闘をたたえて乾杯しました。日頃あまりアルコールを口にしない鈴木さんも、渇いたノドを潤していました。ここは標高2,853mでしたのでちょっとアルコールが効いたかもしれません、この日も爆睡しました。

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2012年4月25日 (水)

ラウンドトレッキング14日目 ガーサ(2,010m)~タトパニ(1,190m)

3/31(土)、温泉の村タトパニまでカリガンダキ河に沿って更に下り続けました。

 

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数ヶ月前、車で走った同じ道を砂埃の洗礼を浴びながら黙々と歩きました。

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車道はカリガンダキ河に沿って延々と続いていて、先を見るのが嫌になりました。

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時々は車が通らない村の道を歩くこともできました。ひたすらの下りで一見楽そうですが、どうしてもペースが速くなり、油断すると膝を痛めます。

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温泉の村タトパニの入口が見えてきました。かなり先に行っているはずのポーターのマンシンさんに追いつきました。

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ロッジにはお昼に着いてしまい、すっかりリラックスモードでした。

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ロッジは緑に囲まれていて、2Fの部屋には樹木や草の香りと涼しい風が吹き込んできて、何ともいえず快適でした。

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鈴木さんはあまりに気持ちが良さそうで、荷物をほどくこともなく寝入ってしまいました。ここは標高が1,200mですから昼寝をしても心配はありません。

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ここに宿泊している外人さん達もリゾート気分のようでした

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ここは温泉保養地で、幹線道路沿いですので物資が豊富で、食材も豊富で、今までに比べて格段に美味しく感じました。

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現金なもので、食事が美味しいと自然と顔もほころびます。ガイドさん達は私たちの食事が終わるまでは食事しないのですが、食べきれない食事を一緒に食べてもらったり、すっかりうち解けていました。

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2012年4月24日 (火)

ラウンドトレッキング13日目 タサンビレッジ(2,700m)~ガーサ(2,010m)

3/30(金)、タサンビレッジでたっぷりの休養をとり、トレッキングを再会しました。これからの行程はアップダウンがあるものの標高が3,000mを越えませんので気が楽でした。

 

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ペンバ・シェルパさんを先頭に、右手にダウラギリを見ながらカリガンダキ河を歩き始めました。

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この吊り橋を渡るのも2回目でした。札幌のクリニック院長さんがフットワークも軽く動き回り、吊り橋を渡る私たちを写真に撮ってくれたことを思い出しました。

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カリガンダキ河とダウラギリのこの雄大な風景も大好きです。

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遠くにアンナプルナⅠ峰が霞んで見えました。トロンパスを越えるまでは雲はほとんど見られなかったのですが、お昼前頃から雲が湧いてくるようになりました。

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10:30、ちょっと早めの昼食にロッジに寄りました。ポカポカ陽気で、鈴木さんもついつい舟をこいでいて、気持ちよさそうでした。向こうのテーブルでは、何日も滞在しているという欧米人が絵を描いていました。

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前回、カリガンダキ河に沿ってポカラまで8時間の山岳ドライブを楽しんだ道をこの日も何台もの車が走っていました。

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今まで、私たちが乗ったジープやマイクロバスが砂埃を巻立てていましたが、今度は私たちがその洗礼を受ける番でした。

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車が通らない村の道にはいるとホッとしました。

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だらだらとゆっくりした下り坂をのんびりと歩いているうちに、“MUSUTANG GUEST HOUSE”というロッジに着きました。ほとんど疲れを感じない一日でした。

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夕方の食事時までたっぷりと時間があり、他にすることもなくゆっくりと時間が過ぎていきました。

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2012年4月23日 (月)

ラウンドトレッキング12日目 ナウリコット村(2,700m)散策

3/29(木)、鈴木さん達がハイキングに出かけている間、タサンビレッジがあるナウリコット丘の村を早朝散歩しました。

 

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村の歴史は非常に古く、人口は150200人、40世帯くらいで、親はほとんど読み書きできないそうです。農業とヤク・牛・羊の飼育で年収8万円くらいだそうです。30年ほど前に“頭のよくなる”という名前の学校ができ、生徒36人(1~4年生)、教師6人で、庭には日本人が寄付したという桜が花を咲かせていました。ハイキングから帰ってきて、鈴木さんもここを訪れ、先生と話をし、日本から持ってきた鉛筆、消しゴム、ノートなどを寄付したそうです。

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ポーターさん達はナウリコット村のロッジに泊まっていました。ガイドのアンツェリンさんはタサンビレッジの別棟のスタッフ専用ロッジにと仕事の階級によって宿泊所が別れていて、カースト制度の一端を垣間見て、ちょっと複雑な気分になりました。

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ラウンドトレッキング12日目 タサンビレッジ(2,700m)滞在

3/29(木)と30(金)は、今までの疲れを癒す休養日で、タサンビレッジで2連泊でした。

 

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タサンビレッジの玄関で会った岩下さんたちは、ヒマラヤ観光開発の丸山さん率いる“歩かないでヒマラヤ”というツアーのおば様方8名御一行様で、一緒にテーブルを囲んでの夕食は賑やかなこと、賑やかなこと。このツアーは飛行機、車、馬利用でできるだけ歩かずにタサンビレッジとホテル・エベレスト・ビューに宿泊するという優雅なものです。さすがにヤクには乗らないようです。

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岩下さんとはヨーロッパトレッキング以来の乾杯でした。岩下さんは薬剤師で、ヨーロッパでは体調を崩したカミさんが大変お世話になりました。一時はアンナプルナ内院に一緒しようかとかいう話も出ていたのですが、ヒマラヤで再会するとは思ってもみませんでした。

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翌日の早朝6:00に、夜明けのダウラギリを見ようと屋上に出ました。早朝出発のヒマラヤ観光開発の丸山さんも元気な姿をみせてくれました。ツアーの皆さんはジョムソンからの早朝便でポカラ~カトマンズ~ルクラ~シャンボチェ経由でホテル・エベレスト・ビューに向かいました。

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数ヶ月前に何回も何時間も見たダウラギリやニウギリ、カリガンダキ河の風景です。前回は一面真っ白の雪模様でしたが、さすがに雪はかなり消えていました。

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鈴木さん達はハイキングに出かけました。前回行った所でしたので、私はロッジでのんびりと過ごすことにしました。本を読んだり、屋上でぼんやりしたりすっかりリラックスしました。今回でここには延べ5泊となりますので、自分の別荘にいるような気分でした。ヒマラヤに自分の別荘のような所があるのはかなりの贅沢気分です。

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社長の弟さんのトラチャンがここの実質的な経営者でもあり支配人です。前回はダウラギリ側とニウギリ側の両方の部屋を利用させてもらい、とても親切にしてもらい、今回はインターネットを自由に利用させてもらいました。最後に達者な日本語で“またいらっしゃい”と言われお別れしました。

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2012年4月22日 (日)

ラウンドトレッキング11日目 ムクティナート(3,760m)~タサンビレッジ(2,700m)

3/28(水)、ムクティナートから専用車で新年に3連泊した懐かしのタサンビレッジに移動しました。車移動のためウオーキングはなしの観光気分の1日でした。

 

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トロンパスを越えてきたトレッカーの多くは、ここからジープでジョムソンあたりまで移動する人が多いようです。チケット売り場にはちょっとした行列ができていました。

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ここからの交通機関は公営?のジープとバイクのみで、ジープはそれぞれ荷を積んだり出発の準備で慌ただしく、私たちもあまり待たされずに荷を積み終え出発しました。

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専用ジープが発進して間もなく、車窓には青空がなければ月面かと思うような景観が広がっていました。

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こんな風景の中を歩いているトレッカーも結構目につきました。そういえばラウンドアンナプルナをいち早く踏破したマドンナさんも、ムクティナートからこの道を歩いたとのことでした。車が巻き上げる砂埃の中を脇目もふらず歩いているトレッカーはとても頼もしく見えました。

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一見単調そうな風景ですが、シルクロードを旅しているような気分になり見ていてまったく飽きませんでした。こんな風景の中を歩くのはどんな気分なのでしょうか。

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カリガンダキ河の河原に出ました。数ヶ月前に初めてこの河原に降り立ち歩いた時は、寒い風が吹いていて、荒涼としていてまったく見たことのない世界に踏み込んだという印象をもったことを思い出しました。

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道もなくただただ広いだけの河原に、若者がトラクターを運転してきて通りかかり、ジープの運転手と顔なじみなのか話をしていました。屈託のないひたすら明るい顔が印象的でした。

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何かトラブルがあったようで、少女がジープの運転手に何か話しかけていました。他に人影も見えないこんな場所で、これからどうするのだろうと他人事ながら心配になりました。

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地元の通行人なのかトレッカーなのか、こんな広い場所を歩いている人がいました。どちらに向かって歩いても村落まではかなりの距離があると思うのですが、道なき道が生活道路になっているようです。

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ジョムソンについて、ここからは路線バスやマイクロバスなどの大型車も通行可能で、私たちも専用マイクロバスに乗り換えました。

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ジョムソンは秘境といわれるムスタン王国への入口でもあり、かなり多く利用されていて便利な交通手段のバイクのショップ名も“MUSTANG”となっていました。

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ジョムソンは、軍事基地でもあり飛行場もあります。年末・年始に訪れた時にはポカラからここまで飛行機で飛び、朝食をこのレストランの2Fで食べました。その時冬季のラウンドアンプルナ周遊中の日本の若者2人(下の画像)と出会いました。真っ黒に日焼けしていて最初は現地人かと思いました。朝食弁当の残り物を提供したところとても喜んでくれたことを思いだし、今度は自分がそのラウンドアンナプルナを歩いていることを思うととても感慨深いものがありました。

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昼食はマルファでとりました。前回はこのロッジで大晦日を過ごし、新年を迎えました。

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昼食に入ったレストランは、前回泊まったロッジの隣でした。車移動ですので、現地特産のアップルジュースとともにビールを飲みました。またまた大阪のオッちゃんに現地通貨の借金をしてしまいました。

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マルファには、河口慧海が滞在した宿が記念館として保存さんれていて、また有名な寺院(ゴンバ)もあり、鈴木さん達は寺院の階段を登っていきましたが、私は前回訪れていますし、ビールもほどよく効いていてほろ酔い加減でしたので、マニ車を回していました。

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お昼過ぎに懐かしのタサンビレッジに到着しました。トロンパスを越えてタサンビレッジで疲れを癒すのが大きな目標でしたからとても嬉しい瞬間でした。

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思いがけないことに、タサンビレッジの玄関で棟梁夫人の岩下さんとバッタリ出会いました。岩下さんはホテル・エベレスト・ビューを建設した大工の棟梁の奥方で、昨年ツール・ド・モンブランを一緒し、よくビールを飲んだ仲です。今回はヒマラヤリベンジの叔母様のエスコートできているとのことでした。久しぶりの日本人との出会いでもありました。

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2012年4月21日 (土)

ラウンドトレッキング10日目 トロンフェディ(4,450m)~トロンパス(5,416m)

3/27(火)、9日間かけてようやくトロンパス手前まで到着しました。同じ道を引き返すのもうんざりと思っていましたらヤクをチャーターできるとのことでしたので、“石にかじりついても”いや“ヤクにしがみついてでも”トロンパスを越えたいと思いました。もし心肺に何かあって動けなくなってもこれで一安心でした。

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鈴木さん達本隊は、早朝3:30に先に出発しました。私はヤクがくるのを待って6:00に出発しました。ヤクさんはおとなしく私が乗るのをじっと待機していてくれました。

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ヤクの手綱を引く人、ヤクを脇でコントロールし私が落ちないように見守る人、ポーターのペンバさんの3人に見守られて、昨日降り積もった雪の中を少しずつ上っていきました。まるで三蔵法師の気分でした。ヤクさんは急坂では立ち止まったりして尻を叩かれたりしていて可哀相だと思ったのですが、落馬??落ヤクしないように、必死でしがみつきながら頼むから止まらないでと祈る気持ちでした。

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ヤクに乗ったままでは危ないヵ所では何回かヤクから降りて歩きました。パルスオキシメーターで血中酸素と脈拍を計測してみましたら、脈拍は100は超えていたものの血中酸素濃度は90以上あり、心肺にはあまり影響がないようでしたのでできるだけ自力で歩いてみました。

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道は多少凍結しているものの軽アイゼンを使うほどではなく、ゆっくりゆっくり上ればそれほどの息苦しさは感じませんでした。

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一山越えたら峠かなと思うたびにまた一山現れて、頂上にはなかなか着けませんでした。

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ようやく峠(5,416m)が見えてきました。知らない人が遠くから歓迎の手を振っていてくれました。ホッとした瞬間です。

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お世話になったヤクさんにもう一度跨って記念写真。時々ぐずっていましたがとてもおとなしく可愛く思えました。ヤクに乗ろうと思ったら4,000m以上の高地に行かなければならず、思いがけず貴重な体験をさせてもらいました。

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ヤクさん達と別れ、パーソナルポーターのペンバさんと改めて記念写真を撮りました。これで9日間かかって歩いた同じ道を引き返さずにすみ、またドクターストップがかかっていた心肺が5,000mでも耐えられることがわかって本当に嬉しかったです。バンザイ!!!

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2012年4月20日 (金)

ラウンドトレッキング9日目 ヤクカルカ(4,018m)~トロンフェディ(4,450m)

3/26(月)、トロンパス(5,416m)越えの前日、少しずつ緊張感と不安感がわいてきました。しっかりと深呼吸を意識しながら、ビスターレ!!(ネパール語でゆっくり)

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この日も青空が広がっていました。

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目の前には豪快な景色が広がっていて、この先どんな世界が開けるのかという期待も抱かせてくれました。

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標高4,000m以上でしか生息できないヤクがいました。まさかこのヤクにお世話になるとは思いませんでした。

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雲が広がってきて、さすがに空気も冷えてきました。トロンパスを越えようという登山者の姿が目につくようになりました。

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周りの景色も心なしか荒々しく見え、緊張感が高まってきました。

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ロッジに到着した時は、空はすっかり雲に覆われ、空気も冷たく寒々しい感じがしました。標高は4,450mと初めて経験する高さでしたが、空気の薄さはほとんど感じませんでした。

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夕方からみぞれ混じりの雪が降り、トロンパスに大雪が降ったら越えることができなくなるということが心配されました。高山病防止のために就寝してからも何回も水を大量に飲んだために下痢をしてしまい心配しましたが、1回だけで事なきを得ました。

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2012年4月19日 (木)

ラウンドトレッキング8日目 マナン(3,540m)~ヤクカルカ(4,018m)

3/25(日)、たっぷりと休養をとり、気分も新たに標高4,000mを目指した1日でした。

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雄大な景色やアンナプルナⅡ、Ⅳ峰を眺めながらヒマラヤの奥地へ奥地へと標高を上げました。

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標高が4,000mを超えますと、日がかげると急速に気温が下がりました。

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部屋は、ベッドが3つありその分床スペースがありませんので、真ん中のベッドシェアしてうまく荷物を整理しませんと乱雑になってしまいます。

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部屋は寒々しく、寝袋にでも入ってしまいますと寝てしまいますので、自然に食堂に足が向きました。すっかり顔なじみになったフランス人グループとここでも一緒になりました。

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すっかり完全防寒状態になりました。

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大阪のオッちゃんがオーダーした夕食はパスタと野菜サラダでした。サラダはキャベツ、ニンジン、玉ねぎで貴重な生野菜でした。毎日パスタやピザ、カレーなどでメニューは大体同じですし、量も多く、食傷気味になりつつあり、この頃から味噌汁や持参のスープ、携行食などで何とか胃袋をなだめるようになりました。

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2012年4月18日 (水)

ラウンドトレッキング7日目 マナン 休養

3/24(土)午後、鈴木さん達は氷河湖周辺に散歩に行きましたが、私は午前中ゴンバに上りましたので、休養しました。休養といってもベッドで横になると眠ってしまいますので、街をブラブラと散歩したり、荷物の整理などをしていました。

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今回のトレッキングがうまくいくかどうかはマナンに着いた時に疲れがたまっていないかどうか、これからのハードな行程を乗り切る体力が残っているかどうかといわれました。幸いほとんど疲れはたまっていませんでしたし、宿泊したガンガプルナというロッジは大きく居心地がよく、十分休養することができました。

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部屋からの眺めも日当たりもよく、ポカポカ陽気でしたので、衣類などの虫干しも十分できました。

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部屋のドアを開けておけば暖かく気持ちのいい空気が流れ込んできているのですが、うっかりベッドに横になるとすぐに寝てしまいますので、できるだけベッドには近づかないようにしました。

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他にすることがなく、何回となく街をウロウロと歩き回りました。

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マナンは観光地ですので、ロッジも多くありました。

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パン屋も何軒かありました。

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甘いケーキのようなものが食べたくなり、2種類のスイーツを買いました。味はまあまあでした。

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ラウンドトレッキング7日目 マナン ゴンバ(3,750m)へ

3/24(土)は休養日なのですが、標高が高い場所では昼寝をすると高山病になってしまいますので、散歩などをして身体を動かすといいということで、裏山にあるゴンバ(寺院)に参拝に行くことにしました。

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ちょっと裏山にといっても、ゴンバ(寺院)のある場所は3,750mで、富士山と同じ標高にありますので、ゆっくり上っていくと雄大な光景が広がっていました。

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眼下にはマナンの街が小さく見え、目前にはガンガブルナ(7,455m)が聳えていました。鈴木さんは写真を撮りたいということで途中で下山しました。

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ゴンバに到着しました。富士山と同じ標高ですが、高度順化がうまくいっているせいか富士山頂で感じるような息苦しさはほとんど感じませんでした。

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洞窟をくり抜いたような小さな部屋に入り、促されるままに僧侶の前に坐り、お皿にお布施を置くと何やら呪文を唱えて、カラフルな細ヒモでつくった首飾りをつけてくれました。これからの旅の無事を祈ってくれたとのことでした。

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ペンバさんは敬虔な仏教徒だそうで、真剣な顔をして同じように祈祷を受けていました。

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ペンバさん以外の大阪のオッちゃん(無宗教とのこと)とポーターのロマン君は、何の説明も受けていませんでしたので怪訝な顔をしていました。壁にはインドに亡命中のダライラマ14世の写真がありました。

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ゴンバにはタルチョがはためいていて、ちょっとありがたい気分がしました。

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2012年4月17日 (火)

ラウンドトレッキング6日目 ピサン(3,200m)~マナン(3,540mm)

3/23(木)、アンナプルナ山群の展望が拡がるマナンへ向かいました。高山病が現れやすい標高といわれていますので、気をつけながらの1日でした。

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出発は7時半から8時くらいで、朝の気持ちのいい空気の中、元気で出発しました。

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この日も青空が広がっていて気持ちのいい天気でした。

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雲一つない青空にアンナプルナ山群が天をついていました。写真撮影が目的の鈴木さんは“もう少し雲がでてくれるといいのだが”とぼやいていましたが。

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かなり陽射しは強く、少し疲れたかもしれません。休憩時間には鈴木さんも大阪のオッちゃんもぐったりとしていました。

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思い描いたヒマラヤトレッキングのイメージそのものの風景にちょっとはしゃぎ気味でした。

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黙々と、ただ黙々と目的地マナンに向かって。マナンでは嬉しい休養日が待っています。

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ようやくマナンに到着しました。トレッキングが始まって6日目ですので、少し疲れがたまったかもしれません。

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2012年4月16日 (月)

ラウンドトレッキング5日目 チャーメ(2,670m)~ピサン(3,200m)

3/22(木)、この日の目的地ピサンは標高3,200mで、日本で2番目に高い北岳や槍ヶ岳より高く、富士山の8合目あたりです。約7時間の行程でしたが、徐々に高度を上げているせいか空気の薄さはまだ感じませんでした。

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刻々と変わる風景、歩くたびに変わる風景を見ながら、自分がこの大自然の中にいる実感が伴わず不思議な感覚でした。

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ここまで体調も崩さず、毎日睡眠も十分でとても元気でした。唯一の不満は食事時にビールを飲めないことで、食欲が少し減退していていました。

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ピサンのロッジに到着しました。富士山8合目と同じ高さという感覚はまったくありませんでした。

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部屋は比較的広くトイレと洗面所(正面)付きでしたが、宿泊したロッジの中では最も安普請で、両隣だけではなくて2Fや他の部屋の全ての音がよく聞こえました。それでもいつの間にかぐっすりと寝入ってしまいました。

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午後比較的早い時間に到着した場合、荷物の整理などをしてしまうと他にすることがなくなります。3,000mを越えた高地ではちょっと一休みと昼寝をすることができません。昼寝をすると高山病になりやすいからで、そのために周辺を散歩したりして、それも終わると何となく食堂に集まります。しかし暖炉やストーブがあっても火は入っていませんので、防寒対策は自分でしっかりしないと風邪をひきます。

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2012年4月15日 (日)

ラウンドトレッキング4日目 ダラバニ(1,860m)~チャーメ(2,670m)

3/21(水)、毎日少しずつ標高をあげていくなかでも、この日は標高差の大きな1日でした。その分マナスルやラムジュン・ヒマールなどを見ることができました。休憩・昼食時間を入れて7時間の行程でした。

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ようやく待望の風景を目にすることができるようになりました。

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マナスルも遠くに霞みつつ聳えていました。

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シャクナゲが白い峰に花を添えてくれました。

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私のパーソナルポータ―のペンバ・シェルパさんとが昼食時に腕前をふるってくれました。さすがにひと味違う美味しさでした。

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14:30、出発して7時間で今日の目的地チャーメに着きました。

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村の入口の門にあるマニ車には必ず旅の無事を祈りました。

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この日の宿泊地Hotel Hill Townというロッジには、ポーターさん達が既に到着して寛いでいました。

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割り当てられた部屋はとても可愛らしく、ペンション風で居心地よく感じました。

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チャーメという村は比較的大きく、他にもいくつかのロッジがありました。

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厨房はどこも同じようなつくりになっていて、什器や食器類がきれいに整理・整頓されていて、調理担当の女性達は、唯一火がある厨房に集まってきているガイドやポーターさん達と談笑しながら手際よく調理していました。

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2012年4月14日 (土)

ラウンドトレッキング3日目 チャムジェ(1,380m)~ダラバニ(1,860m)

3/20(火)、この日も谷底に下りまた上り返すというアップダウンを繰り返した1日でした。朝7:30に出発し、15:00に目的地に到着しました。昼食や休憩時間を入れて7時間半の行程でした。なかなか雄大な景色にお目にかかれず歩け歩けの毎日が続きましたが不思議と飽きませんでした。

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ヒマラヤ山中に分け入って歩いているというかんじで、周りを見上げても山に取り囲まれていて、なかなか展望が開けてきませんでした。

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トレッカーは少なく、歩いている人も少なく、ロバが一番多く目につきました。どんな険しい道、難路でもロバは荷を運んでいました。

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休憩時間には個人ポーターさんがそばに寄り添って何かと面倒をみてくれます。

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折角標高を稼いだと思ったのにまたまた河原に下りました。ここでは何人かの外国人トレッカーと一緒になりました。

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河原をしばらく歩くと案の定、吊り橋で吊り橋を渡った先からは山裾を上りました。

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HOTEL THE SEVEN というロッジに到着しました。ここは部屋が広くトイレ付きでしたのでゆっくりと寛ぐことができましたが、床がコンクリートの打ちっ放しで寒々しい感じがしました。

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ガイドやポーターさん達スタッフの皆さんも一仕事終えて寛いでいました。

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同宿したフランス人達とはこの後行く先々で顔を合わせました。ラウンドアンナプルナに出かけてくる人は国籍別ではフランス人が一番多いとのことで、たしかにフランス人を多く見かけました。

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2012年4月13日 (金)

ラウンドトレッキング2日目 サンゲ(1,100m)~チャムジェ(1,380m)

3/19(月)は、歩行時間5時間と比較的短い行程で、昼過ぎにチャムジェという村に到着し十分な休養をとることができました。

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朝の出発時間、フロントでチェックアウトする外国人グループ。まだトレッキング2日目ですが、トレッカーが非常に少なく、また日本人がまったくいないことが印象的でした。

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鈴木さんの個人ポーターのクリスナ君の先導で出発しました。彼は20代前半と若くどうしてもペースが速くなりがちでした。

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ヒマラヤの奥地らしい雰囲気の山道に出るとなんとなく心が浮き立ってきました。

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私の個人ポーター、ペンバ・シェルパさんは、片言の日本語が話せるコックさんでもあります。個人ポーターは水やちょっとした食料、着替えなどを入れた小さなリュックも全て持ってくれますので、私は空身で歩くことができ、また休憩時など黙っていても飲物を差し出してくれたり身の回りの世話をしてくれますので殿様気分でした。最初は慣れなれなかったのですが、そのうち当たり前のようにサービスの提供を受けるようになりました。

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遙か彼方に今日の宿泊地が見えてきますとホッとしました。ジープはここまで入ってきますので、歩かずにカトマンズからここまで車で来る外国人が結構いました。

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この日の宿はチベットラサホテルというロッジで、ここのママさんはとても働き者で、ネパールではjyせいは老いも若きもよく働いていました。

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荷物を部屋に置いた後、鈴木さんは早速美味しそうにタバコを吸っていました。

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私は日焼け止めクリームも落とさずに、ドーランを塗った状態でノドの渇きを癒しました。これ以降標高が高くなりますのでしばらくはビールはお預けとなりました。

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このロッジのトイレは屋外でしたが、部屋は明るい雰囲気で使いやすくもありました。

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ラウンドアンナプルナ ロッジ生活

トレッキングが始まりますと、特殊なエリアでのテント生活を除いてはロッジ泊まりとなります。

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ロッジにはかなり勝手な名前が付けられていて、ロッジの外観も小ぎれいですが、実際にはドアがきちんと閉まらなかったり、カギがかからなかったりすきま風が入ってきたりとさまざまで、日を重ねるうち気にならなくなりました。

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部屋は、簡易ベッドが2つのツインです。ちょっとした小物が置ける棚や小机があるところもあり、まったく何もないところもありました。

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大体モーニングコール6時、朝食7時、出発8時というパターンで、朝は4時か5時には目が覚めてしまいました。モーニングコールの6時には紅茶かミルクティが届けられます。最初はこれを飲むだけで朝食はいらないほどでしたが、そのうち慣れました。朝食前にポーターさんに運んでもらうダッフルバッグを部屋の前に出しておきます。

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朝食は前日に注文しておきます。この日はガーリックスープ、パンケーキ、オムレツでしたが、私はもともと少食ですのでスープ以外はたいてい食べきれませんでした。ガーリックスープは高山病に効くといわれていますのでできるだけ飲みました。食後にコーヒーやミルクティなどを飲みますので、朝から水分をかなりとり、これは高山病対策でもあります。

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私たちが朝食を食べている間、ガイドやポーターさん達は私たちの荷造りをし、準備ができればポーターさん達は先に出発します。

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1日の行程を終えてロッジに到着すると、先ず着替えをし、翌日の荷物の整理をし、シェラフなどをセットします。狭い室内スペースを二人で要領よく使って、諸々の作業や準備をしましたが、これも日を追って手際よくなりました。

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ロッジに着いて部屋が割り当てられて最大の関心事は、室内にトイレや洗面所があるかどうかです。屋外トイレの場合は、夜中にきらめく星空を眺めるチャンスもありますが、高地で寒い時には恨めしくなりました。

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トイレットペーパーは持参で、専用の箱やバケツに入れ、便器は水で流します。これもすぐに慣れてしまいました。トイレのドアのカギもかからなかったり、無理にかかったと思ったら今度は外すのに手間取ったりさまざまなケースがありますので、事前に慎重に確認するリスク管理の癖もつきました。このような状況を考えると、マドンナさんのように一人でトレッキングする女性の心身のタフさには感服します。

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2012年4月12日 (木)

ラウンドトレッキング1日目 ベシサハール(760m)~サンゲ(1,100m)

3/18(土)、いよいよトレッキングの開始です。予定ではバウンダラーという村まででしたが、順調なペースで歩けたため、かなり先のサンゲという村まで行きました。歩行時間は6時間でした。

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2人のポーターさんが私たち3人分の荷と2本の酸素ボンベを背負って先行し、私たちは後に続きました。

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この日の標高差は360mですから大したことはないと思っていたのですが、これから先何回も川を渡り吊り橋を渡りことになりました。その度に一度川底まで下りまた上り返すというアップダウンの繰り返しでこれがかなりくせ者でした。最初は面白がっていた吊り橋でしたがそのうちうんざりするようになりました。

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それでも道はまだ街道歩きののんびりした風情でした。

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ときどきハッとするような美人のヤングママに出会うと、皆の目線はいっせいにそちらへ。リーダーのアン・ツェリンさんも子供をあやすふりをして目線はママに向かっていました。

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ここにも可愛い親子連れがいました。このあたりはまだのどかなテクテクでした。

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貴重な水場では、娘さん達と羊達が仲良く水を分け合っていました。

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のどかな風景を見ながらも、道は次第にヒマラヤの奥地へと進んでいきました。

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生活道路でもありますので、時々人も荷も満載のジープに出会いましたが、デコボコ道で右へ左へと大きく揺れながらも人も荷もこぼすことなく走り抜けていきました。この辺りはノドをやられないように万全の注意をしました。

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16:00過ぎに、サンゲという村のNewWaterFallHotelというロッジに到着しました。予定地より先に進んだため、休憩時間を入れて8時間近くの歩きでした。

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2012年4月11日 (水)

ラウンドアンナプルナ カトマンズ~ベシサハール(760m)

3/17(金)は、トレッキングのスタート地点となるベシサハール(760m)まで8時間専用車で移動しました。

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カトマンズを8:30に出発しました。ちょうど朝混雑する時間帯でもあり、多くの車と行き交いました。

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途中、多くの村を通り過ぎました。

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車は次第に山の中に入り込み、もう後戻りはできないぞと心に言いきかせました。

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大きな市場がある村もあり、物資は非常に豊でした。

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市場や日本でいうドライブインのような店が軒を連ねている賑やかな村で昼食を食べました。これ以降カトマンズに戻る迄日本食は口にすることはできないための配慮でしょうか、日本食弁当が支給されました。私は高地に行ったら口にできないビールを頼みました。同行の大阪のおっちゃんは、同期の鈴木さんと私より6歳年下とのことで、日本100名山も富士山だけを残しているとのことでさすがに健脚でした。しかし河口慧海をご存知ないとか、随所にユニークさを発揮してくれて、愉快なオッちゃんでした。この彼に飲み代(現地通貨)を借金する羽目になるとは・・・私もトホトホでした。

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ガイドさんやポーターさん達の食欲は旺盛で、ネパール定食はいくらでもお代わりできますので、手でいくらでもライスとおかずを食べていました

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私たちを運んでくれたヒマラヤ観光開発の専用車は、16人乗りでしたのでかなりゆとりあるドライブを楽しむことができました。

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トレッキングのスタート地点ベシサハールで、スタッフの初顔合わせとなりました。お客が私たち3人、ガイドのアン・ツェリンさん、ポーターのマン・シンさん、ロマン君、鈴木さんの個人ポーターのクリスナ君、私の個人ポーターのペンバ・シェルパさんの総勢8名の編成でした。特に私は、心肺の状況によっては一人戻ることも考えられましたので、日本語が話せるコックで、ガイドもでき信頼できる個人ポーターの手配をお願いしました。

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宿泊したロッジは、モンゴリアンゲストハウスという名前で、ここベシサハールでは比較的大きなロッジでした。

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ロッジの部屋は、原則ツインです。今回は鈴木さんと同室でしたが、一人参加した場合は初めての人とずっと一緒にロッジ暮らしとなります。この日からシェラフ(寝袋)生活が始まりました。

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2012年4月10日 (火)

ラウンドアンナプルナ タイ・バンコク~ネパール・カトマンズ

タイ・バンコクで一泊し、3/16(金)カトマンズに向かいました。

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バンコク空港は広くてきれいな飛行場で、外観もユニークなデザインです。

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バンコク空港で時間待ちの間、腰に違和感を感じるといっていた鈴木さんは、椅子に寝そべっていました。

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かとおもうと、歩行訓練と称して長い通路を歩いていました。鈴木さんは腰の不安、私は肺気腫と帯状疱疹の後遺症の不安を抱えての旅立ちでした。

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カトマンズ行きのタイ航空で隣り合わせた女性は、ヒマラヤ観光開発の井本(エベレスト登頂2回)さんと同じ山岳会に所属している筋金入りの山ガールで、聞けば世界の多くの高峰を征した実績を持ち、カトマンズにも頻繁に訪れていて、様々な情報を教えてもらいました。

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3/16(木)14:10、宿泊先のヤク・アンド・イエティ(雪男)ホテルでは、マドンナさんが待っていてくれました。カトマンズに移住して半年、ここでの生活が性に合っているのか、ピチピチ元気そうでした。3人で積もる話に話を咲かせましたが、乾杯はラウンドアンナプルナを征してからということになりました。

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2012年4月 9日 (月)

ラウンドアンナプルナ 成田~タイ・バンコク

3/15(木)ラウンド・アンナプルナ25日間の長丁場の出発の日が来ました。

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3/15(木)早朝、横浜からリムジンバスで成田に向かいました。首都高速あたりは首都圏を出る車と首都圏へと向かう車で一杯でした。もしこの首都圏で大地震が発生したら一体どうなるだろうかという心配が頭をよぎりました。

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成田で前泊していた鈴木さんと合流し、出国審査を終えホッとしたところです。この時には首都圏大地震の心配のことはすっかり頭から消し飛んでいて、ヒマラヤへの期待と不安で頭はいっぱいでした。鈴木さんはヒマラヤは5回目で、心強い味方です。私は3回目です。もう一人大阪から参加するおっちゃんはカトマンズで落ち合うことになっています。

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夕方、タイ・バンコク空港に到着し、現地ガイドさんと待ち合わせの一時、鈴木さんは早速一服つけていました。

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今まで、夕食は大抵ホテルのレストランでとることが多かったのですが、今回は2人ですので地元で人気のお店に案内してもらうことにしました。豚の丸焼きなども売っている界隈は今までと異なって期待がもてそうでした。

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なんと小泉純ちゃんの写真が飾られている店に案内されました。彼がタイに訪問した時、タイの風習に則った挨拶や振る舞いをしたそうで、訪タイした歴代総理大臣では初めてだそうで、今でも人気があるそうです。純ちゃんは人心を掴む天性の素質があるのかもしれません。

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店先には生け簀があり、魚介類や野菜などが並べられていてお好みのものを指名して調理してもらうことができました。

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出てきた料理は、ガイドさんを含めて3人でも食べきれないもので、この後デザートも出されました。ヒマラヤトレッキングでの豊でない料理を想像して頑張って食べました。

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2012年4月 8日 (日)

ヒマラヤ 戻りました

3/154/8の“ラウンド・アンナプルナ完全周遊25日間”の長いヒマラヤトレッキングから戻りました。

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今回のトレッキングの最大の目的は、主治医から肺気腫のため4,000m以上の高地には行かないようにという宣告の一方、4,000m以上の地では何が起こるかわからないし、何も起こらないかもしれないという問題提起に対して、とりあえずトロンパス(5,416m)越えにトライしてみようというものでした。ほぼ10日間かけてトロンパス手前のトロンフェディ(4,450m)に着いた時点で、同じ道を引き返すのは絶対に厭だという思いが強くなり、何が何でもトロンパスを越えたいと思いました。ガイドさんに相談の結果、ヤクさんの助っ人があるときき躊躇なくお願いしました。ヤクの背中に揺られたり、危険なヵ所は個人ポーターのペンバ・シェルパさんにサポートされながら自力で歩き、トロンパスに到達しました。結局1時間くらい自力で歩きましたが、心肺には特に異常はなく、ひどく息苦しいということもありませんでした。結果論になりますが、ヤクさんの力を借りなくても歩き通せたかもしれないと思いました。

マドンナさんからは身体を絶対に冷やさないように、マッシー伊藤さんからは血中酸素濃度85%以上を維持するように、同行の鈴木さんからはその都度細かい注意をうけました。ヒマラヤ観光の高橋さんには大変心配していただきましたし、信頼できる個人ポーター(ペンバ・シェルパさん)を手配していただきました。カミさんには行動食・非常食、クスリやこまごましたものの準備を全て任せ、多くの人に支えられ、高山病にみまわれることもなく5,000mの未知の領域に立つことができました。

今回のトライは私にとっては非常に大きな意味を持つもので、今後のヒマラヤ歩きに大きな展望が開けたこと以上に、これからの人生において大きな安心が得られました。もしヒマラヤに足を向けずに肺気腫に気が付かなかったら、あるいは何の手も打たなかったら階段を上がるのにも息が切れ、鼻に酸素チューブを装着するようになるといわれていましたので、今回のトライにより今後も山歩きやウオーキングと毎日数分のトレーニングにより、心肺は5,000m以上の高地トレッキングや富士登山にも耐えられるということが実証できました。

3:30に先発した鈴木さん達より2時間遅れでペンバ・シェルパさんと出発し、9:00に無事に峠に到達した時の感激は、今までの人生の中でも最も大きなものでした。思わずペンバ・シェルパさんに抱きついてしまいました。ありがとうございました。

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