« ラウンドアンナプルナ 血中酸素と呼吸 | トップページ | 大山登山 目に青葉 »

2012年5月 4日 (金)

ラウンドアンアプルナ 出会った人・再会した人

今回のラウンドアンアプルナは3回目のヒマラヤでした。そこで思わない人との出会いがあり、楽しみにしていた人たちとの再会がありました。

Photo_10

タイのバンコクからカトマンズへ向かうフライトでは、ヒマラヤ観光開発の井本さん(エベレスト2回登頂の凄い人で“ツール・ド・モンブラン”でガイドをしてもらいました)と昵懇のSさんと隣り合わせとなりました。Sさんの方から気軽に声をかけられ、前日井本さんと電話で話をしたばかりとのことでびっくりしました。今回はアイランドピーク(6,160m)に登るということを、ちょっと裏山に登るようなノリで話をしていました。アイランドピークは、エベレストに挑戦する人が高度順応のために登ったり、5,000mのトレッキングを終えた人が目指すということで知られた山で、Sさんももしかしたら井本さんにガイドをお願いしてエベレストに登ってしまうかもしれません。但し、通常ですと750万円くらいかかるそうですから、費用の方が大変かもしれません。Sさんはカトマンズのこともヒマラヤのこともよく知っていて、いろいろな情報をいただきました。またカトマンズかヒマラヤで遇いそうな気がします。

Photo_11

4ヶ月前、12/291/7の9日間、“ダウラギリ氷河ロッジ滞在ジョムソン・ハイキング”(西遊主催)に出かけた時にお世話になったのがガイドのスディールさんです。写真はタサンビレッジの玄関で、たまたまトヨタVIP出迎えのために滞在していた社長のトラチャンと一緒に撮りました。このツアーは参加者3人の小規模グループで、スディールさんの写真を数多く撮りましたのでアルバムをつくりました。今回マドンナさんからカトマンズの西遊さんの事務所経由でスディールさんに届けようと思ったところバッタリカトマンズ空港で出会いました。思いもかけない出会いに驚き、あたかも待ち合わせをしていたようにその場でアルバムを渡すことができました。友だちが一人できたような気分で、スディールさんは日本語ペラペラですので、これからまた会ったり、ガイドをお願いしたり、一緒することもあるかもしれません。

Photo_12

Photo_13

タサンビレッジの社長の弟さんで支配人のトラチャンには、前回とてもお世話になりました。部屋をダウラギリ側とニウギリ側の両方使わせてくれたり、屋上でビールが飲みたいというとホイホイとビールを持ってきてくれたり、屋上でぼんやりしているとお茶を持ってきてくれたりと何かと世話をやいてもらいました。今回のトレッキングでは何とかしてトロンパスを越えてタサンビレッジに辿り着きたいと思ったのは、トラチャンに会うことと前回撮った写真のアルバムを届けたいと思ったからです。玄関を入ると私のことを覚えてくれていて、アルバムを渡したらとても喜んでくれました。いつかまたこのタサンビレッジを訪れたく、その時は目前に迫ってくるように見えるダウラギリ氷河に近づいてみたいと思っているのですが、ここまで来るにはカトマンズからポカラへ、ポカラからジョムソンへと飛行機を使わなければならず、そのフライトはちょっと天候が崩れると欠航になるという難点があり、代替手段としてはポカラから車で8時間の凸凹道の危険な山岳ドライブを覚悟しなければならないという難点があります。

Photo_14

ホテル・エベレスト・ビューを建設した棟梁夫人の岩下さんとタサンビレッジの玄関で再会するとは夢々思いませんでした。私たちが到着して玄関で靴を脱いでいる時散歩から帰ってきた岩下さんとバッタリ。昨年“ツール・ド・モンブラン”で一緒して、ロッジに着くたびに何はともあれ乾杯をして、シャモニーではムール貝を肴にビールだ白ワインだと騒いで、次はアンナプルナ内院に行こうかとも相談していたのですが、結局岩下さんは“歩かないヒマラヤ”に参加し、私はラウンドアンナプルナで、それぞれのヒマラヤ行きとなりました。まさかそのヒマラヤで乾杯できるとは・・・。ご一行の8名の皆様は、岩下さんと私は同年で、叔母様も60代ですが、他の皆さんは70代だそうです。どなたかの喜寿のお祝いのツアーだったそうで、帰国後岩下さんと電話をすれば、私たちもあと10年くらいはヒマラヤに行けますよ! 頑張りましょう! とハッパをかけられてしまいました。

Photo_15

“歩かないヒマラヤ”を率いていたのはヒマラヤ観光開発の丸山さんで、丸山さんとは新橋のオフィスでしか顔を合わせたことはなく、こうして2人でダウラギリを見ているというのが現実のことのようには思えませんでした。丸山さんが率いていたご一行様のおば様方は、女医さん達とのことで、岩下さんと叔母様が薬剤師ですので、かなり頼もしい軍団です。スケジュールもジョムソン~ポカラ~カトマンズ~ルクラ~シャンボチェと飛行機で移動し、シャンボチェ(3,800m)で2時間前後高度順応しただけでホテル・エベレスト・ビュー(3,880m)に上ったそうです。足がご不自由な叔母様は馬を利用したそうで、誰も高山病にかからなかったそうです。私が昨年ホテル・エベレスト・ビューに宿泊した時は、シャンボチェから高度順応のために一度ナムチェ(3,440m)に下って1泊し、翌日ホテル・エベレスト・ビューに宿泊したのですが、それでも起きていても寝ていても息苦しく高度順応がうまくできませんでした。一体ご一行様はどこでどのように高度順応したのか不思議です。女性の肺が心臓と同じように強いのか、女医さんや薬剤師さんたちは特別な肺を持っているのか、何か秘訣があるのか知りたいものです。皆さんはヒマラヤ観光開発の宮原社長が日本に帰国するたびに集まっているそうで、6月にも宮原社長が帰国するので集まるとのことです。私も誘われているのですが、かなり強心肺のおば様方の中で黒一点というのはどうもなぁ~~と躊躇しているところです。

P3260921

マドンナさんとは年末・年始の時にはカトマンズで会うことになっていたのですが、マドンナさん達が天候不良のためにルクラで身動きできず会うことができませんでした。時々メールを通じて情報交換していますので、久しぶりという感じはしませんでしたが、やっと会えたという感じでした。写真は、留学中のクラスメイトの皆さんとカトマンズ盆地の東端にある古代ネワール人の都市バクタブール市へ出かけた時のものだそうです。以下マドンナさんの説明によると “通っている学校はトリブバン大学の言語学キャンパスで”ビソバサキャンパス”と言います。学期は2月(ウインターコース)と8月(サアーコース)に始まります。私は2月開始のウインターコースのファーストセメターの学生です。8月からセカンドセメターに進む予定です。今回のファーストセメターは2クラス(AB)あって50人位の生徒がいるようです。私のクラスは25人位(と言うのは初日だけ来て、それ以来 来ていない人がいるので確かな人数ではありません)日本人が一番多いです(半数くらい)。アメリカ、フランス、ニュージーランド、ガテマラ、アフリカ、インドネシア、中国人が各1人。韓国人が2人。日本人の男子が2人。日本人女子が10名。他にアメリカ人?イタリア人?らしき人が数人いたようですが、記憶に残っていません。ここから先は私の個人的な意見です。熱心に授業に出ているのは韓国の二人(エリザベスとヘンニャ)、ニュージーランドのアダム、ガテマラのロドリゴ、写真(左端)に写っている日本人のまな、と私くらいです。他の生徒はいわゆる“ビサコ ラギ」と言いまして、ビサ(学生ビサ)の為に出席率が必要な感じです。ビサが半年だけ有ればよい人は学生ビサが取れた段階で来なくなったようです。最初は私も「ビサ コ ラギ」のつもりでした。それとトレッキングに行くためにネパール語が必要でした。ツーリストビサ年間150日しか滞在出来ませんので、それ以上の滞在の場合、学生ビサが手っ取り早い方法なのです。でも、貴重なネパールでの生活。日常会話が出来るだけでなく、きちんと学んで正しいネパール語を話せるようになりたいと思うようになりました。” というわけで、一生懸命勉強しながらヒマラヤを歩き、度胸と愛嬌ですっかり現地に溶け込んでいるようです。

3回のヒマラヤ行きを通じて、もう一度行ってみたいホテル・エベレスト・ビューやタサンビレッジのようなお気に入りの場所・トレッキングの拠点がみつかり、またいつか会いたい人も何人かいて、一緒に出かけたい人も何人かいて、またあと10年くらいはポチポチとヒマラヤへ挑戦できるかもしれませんし、これからも楽しみなヒマラヤです。

|

« ラウンドアンナプルナ 血中酸素と呼吸 | トップページ | 大山登山 目に青葉 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137773/54626282

この記事へのトラックバック一覧です: ラウンドアンアプルナ 出会った人・再会した人:

« ラウンドアンナプルナ 血中酸素と呼吸 | トップページ | 大山登山 目に青葉 »