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2012年11月30日 (金)

EV.街道トレッキング ~ゴラクシェブ(5,100m)

11/10(土)、ついに5,000mの世界に突入しました。

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朝は6時起床、7時朝食、8時出発というのがトレッキング中の大体の日程です。6時になるとポーターさん達がモーニングコールを兼ねて紅茶とお湯が入った洗面器をもってきてくれます。紅茶を飲んで身体を温め、温かいお湯で顔を洗うのですが、前屈みになっての洗顔は慣れないと難しく、胸も圧迫され息苦しくなかなか苦労しました。7時の食事前に身支度をして、ポーターさんに運んでもらうバッグや寝袋を収納してドアの外に出さなければならずなかなか忙しいのです。

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唯一の暖房設備であるストーブに火が入るとあっという間に人が集まりました。燃料はヤクの糞を干したものでこの火力は結構強くて頼もしい味方でした。

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この日は5,000mを越えてゆくのですが、残念なことに“校長先生”と門下生一人のお二人が、高山病の兆候が見られたためにペリチェ(4,215m)へ下山することになりました。“校長先生”の肺は切除の結果普通の人の3/4ですので、ここロブチェ(4,910m)での肺への負担は高度6,000mに居るのと同じようなものだったかもしれません。百名山3回の大ベテランの英断はさすがお見事でした。この日は平坦な道で行程も短いため8:30に出発しました。

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気のせいか空の青が濃くなりつつあるようでした。チャングリ氷河を横断して、素晴らしい景色を堪能しました。

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陽射しは強いものの大気は冷たくあまり汗はかきませんでしたが、休憩時間には水分補給を心がけました。

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行く手に小高い丘とそこを上ってゆく人が小さく見えました。低い丘でも標高が高いところですのでヤレヤレ大変だという気持ちがホンネでした。

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後から出発した私たちの荷物を背負ったゾッキョ軍団がノシノシと高度をものともせず歩んでいきました。ゾッキョと同じスピードで彼らをコントロールしているガイドさんの強い心肺と脚力は驚きです。ちなみに彼の血中酸素濃度を測定したところ私たちと同じ80%でした。強さの秘密は、より多く酸素を取りこんでいるわけではなく、高度への慣れのようでした。

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今日の宿泊地ゴラクシェプ(5,100m)が見え、明日の目的地カラパタール(5,545m)が見え、プモリ(7,161m)が頭を出していました。

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夕食はクリームシチューとおでんで、美味しくいただきました。

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夜見る姿が美しいといわれるヌブツェ(7,879m)に夕陽が当たり、空のブルーが更に青みを増したようでした。

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2012年11月29日 (木)

EV.街道トレッキング ~ロブチェ(4,910m)

11/9(金)、高山病にならないようにゆっくりとロブチェ(4,910m)を目指しました。

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連日の青空の下、標高差500mをゆっくりゆっくり上りました。

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しばらく歩いてふと足元を見ると、ディンボチェが小さく見え、ゆっくりとした足取りでも着実に高度が上がっていることがわかりました。

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なんと私たちの荷を積んだゾッキョがずんずん歩いてきてあっという間に追い越していきました。ゾッキョをコントロールしているのはミマさんで、さすがエベレストマラソン(BC~カトマンズ)のランナーだけのことがある脚力でした。

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素晴らしい景色の連続でここを歩いているだけで幸せで、来た甲斐がありました。高度順応も順調でした。

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昼食は青空の下にテーブルを広げました。

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昼食メニューは、喉ごしのいいそばとお餅をノリで巻いた磯辺焼きで、醤油の香りも食欲をそそり美味しくいただきました。高地で食欲が低下しているだろうと考えたコックのペンバさんの配慮に大感謝でした。

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プモリ(7,165m)が、青空を切り裂くようにドンと頭を突き出していました。

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ロブチェのロッジに着きました。山奥に入ってきた分室内もよりシンプルでした。二重窓とか保温の工夫が一切施されていませんので寒いこと寒いこと。屋外は氷点下15℃くらいとか。夕食後は食堂でストーブにあたり身体を温めて素早く湯たんぽ入りの寝袋に入りました。着ぶくれした身体で寝袋に入り、寝袋のジッパーを閉めたり寝やすい位置を決めたりするだけで息が苦しくなりしばらく深呼吸を繰り返しました。

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ロブチェピーク(6,119m)が夕日に染まっていました。

一番辛いのが寒さで、特に夜中のトイレが辛く感じました。高山病にならないために水分をとると当然トイレに行きたくなります。トイレに行くたびに深呼吸と水分補給を行いますので、結局1~2時間ごとに寒いトイレ通いとなりました。

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2012年11月28日 (水)

EV.街道トレッキング ディンボチェ(4,410m)滞在

11/8(水)、ディンボチェで高所順応のため滞在しました。滞在中チュクンのヒマラヤ襞見物にも出かけました。

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チュクンへの散歩はゆっくり出発ということになり、久しぶりの洗濯をすることができましたが、陽射しは強いにもかかわらず気温が低いために芯までは乾かずまいりました。

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それでも何となく寛いだ雰囲気で、それぞれゆっくり洗面をしたり久しぶりに髭を剃ったりゆったりとした時間を過ごしました。

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9時過ぎにチュクン方面に向けて出発しました。個人的には8時くらいに出発してできるだけチュクンに近づきたかったのですが、団体行動に従いました。

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サーダーのラクパさんがふざけて山猿のように大きな岩の上に飛び乗りました。ちょっとでも過激な動きをすると目眩がするのですが、さすがに慣れたものでした。

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ランチの時間には“国井雅比古ご夫妻”、“校長先生”グループとそれぞれの小グループごとにまとまっていただきましたが、全体ではすっかり打ち解けて、冗談を言いながら歩きました。

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仲睦まじい“小田原ご夫妻”、歩く時にはそれぞれのペースで歩いていましたが休憩時間やランチでは二人きりの世界を楽しんでいました。

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出発がゆっくりで、歩くペースもゆっくりと、ランチもたっぷり時間をとりましたので念願のヒマラヤ襞にはあまり近づけませんでしたが、のんびりと歩くのもいいものでした。

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ロッジでのんびりしているとヒマ観の井本さんが訪ねてきてビックリしました。アイランドピーク(6,189m)に3回立て続けでお客様を案内したそうで、エベレスト2回登頂の猛者も顔がパンパンに腫れていましたが、これはあたりまえのことだそうです。

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2012年11月27日 (火)

EV.街道トレッキング ~ディンボチェ(4,410m)

11/7(水)、いよいよ4,000mの世界に突入しました。

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この日も青空と強い陽射しの下、エベレスト街道を奥へ奥へと、高度を上げながら歩きました。

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700mの標高差を一歩一歩、着実な歩みで上りました。富士山より高い標高での上りは、深呼吸をかなり意識しないとかなりきつく感じました。

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それでも“国井雅比古ご夫妻”と“田部井さん”の3人組をはじめ皆さんさすがに元気でした。

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途中ショマレで11:0012:30、食事休憩しました。メニューはひもかわうどんとパンやミカンなどでした。うどんは喉ごしがよく美味しく食べることができました。

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昼食とたっぷりの休憩で元気を取り戻し、再び進軍開始です。少しずつ高度を上げていると何となく筋肉がだるくなったり足が重くなったりしますが、そんな中でも皆で冗談を言い合ったりお喋りしながら足を動かしていると疲れは感じませんでした。また周りの景色もヒマラヤトレッキングを実感させてくれ、素晴らしいものでした。

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背中に荷物を積んでいないゾッキョはノビノビと歩いているようでした。

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アマダラム(6,856m)を背景にちょっと気取ってみました。ここまでお腹の調子もよく、血中酸素濃度も含めて高度順応は順調にきていました。

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休憩時間にスタッフの皆さんと記念写真を撮りました。コック長のペンバさん、サブリーダーのカジさん、サーダーのラクパさん、個人ポーターのビルバルさんが勢揃いしました。今回のツアーではポーターさん達10人以上、ゾッキョ7頭の編成となりました。

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この日の最終目的地ディンボチェ(4,410m)15:00到着しました。休憩・昼食をはさんで7時間、4,400mまで上ってきました。午後3時になっても青空がひろがっていて、天候はすこぶる安定していました。

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日没前の一時、ぼんやりと、夕日に染まるヒマラヤを眺めるのはホッとする瞬間ですし、ここまで来たかという感慨に耽ることができる瞬間です。

日本を出発して1週間、ようやく4,000mの世界に入りましたが、ここまで高度順応を含めて体調は特に問題はなく、また疲労感も残っておらず、順調でした。

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2012年11月26日 (月)

EV.街道トレッキング ~タンボチェ(3,860m)~デボチェ(3,700m)

全行程の6日目(11/6火)は、一度谷底のプンキ・タンガへ下り、標高差600mを上りきってタンボチェに到着し、その後デボチェへと下りました。歩きごたえのある一日でした。

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ゴーキョ(5,360m)に向かう“仙台の鉄人”の3人組とはここでお別れです。“仙台の鉄人”とはすっかりウマが合っていましたのでちょっと寂しく感じました。私たちは12名はカラパタール(5,545m)へと向かいました。

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今日も抜けるような青空の下、着実な足取りでエベレスト街道を奥へ奥へと進みました。

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強烈な陽射しと乾いて土煙が舞い上がる道、容赦のない上りに次第に薄着になりました。

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出発して4時間、お昼頃にタンボチェ村に到着しました。この日のように天候がいいとエベレストを眺めることができます。大きな寺院があり、また修道院もありチベット僧や尼僧が住んでいます。わたくしたちはここでたっぷりと休養しました。

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エベレストが頭だけを出し、その前をヌブツェ(7,861m)が、脇をローツェ(8,501m)が固めていたタンボチェからの眺めです。

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ンボチェの丘から、1時間ほど樹林帯を下り、12:50デボチェに到着しました。夕食後まで眠るわけにいかず、洗濯をしたり思い思いに時間を潰しました。

標高は富士山とほぼ同じ高さにありますが、高度順応しながら高度を上げているせいかあまり息苦しさは感じませんでした。しかし絶えず深呼吸を心がけて、体内に十分な酸素を取り入れる準備をしていないと後々ひどい目に遭います。

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2012年11月25日 (日)

EV.街道トレッキング ~キャンズマ(3,550m)

11/5(月)、全行程の5日目、少しづつ高度を上げていきました。

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朝食のメニューは大体決まっていて、おかゆとパンの組み合わせです。おかゆには何の味も付いていませんので、私は日本から梅干しや漬け物を用意していきました。

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いつもながらの慌ただしい出発準備です。6時に起床して洗面や身支度を調え、7時の朝食前にゾッキョに運んでもらうバッグと寝袋を部屋の前に出しておきます。朝食後8時の出発というのが決まったパターンです。高度が上がるにつれ空気は薄くなり、寒さも増してきますので、一連の動作が次第にしんどくなりました。

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慌ただしく朝の準備が整うと出発です。身体の疲れや寒さなど、歩き始めて青空やヒマラヤを眺めてるといつの間にか吹っ飛んでいました。

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この日の歩行時間は2時間と短く、お昼前に目的地のキャンズマ(3,550m)に到着しました。高橋隊長もここまで総勢15人を引っぱってきて、特にトラブルもなく順調でホッとした様子でした。

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この日の昼食は、スパゲティにジャガイモ、バナナ、ツナ、クリームスープでした。ロッジ食ではなくコックさん(ペンバさん)が日本人向けに味付けを工夫してくれました。それぞれお替わりはいくらでもでき、体力を付けるにはたくさん食べた方がよさそうですが、高度が上がるにつれ腹八分目、七分目、六分目と減らしていった方が高山病対策になります。たくさん食べてしまうと薄い空気が胃の消化活動に使われ、全身に酸素が廻らなくなるため高山病になりやすくなるといわれています。

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ヒマラヤの名峰を眺めながら、暖かい陽射しを浴びている至福の瞬間ですが、最も辛いのが決して昼寝やうたた寝をしてはならないことです。寝てしまうと呼吸が浅くなり、高山病になってしまいますので、どんなに眠くても我慢しなければならないのが結構辛いのです。

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アマダラム(6,812m)にもタムセルク(6,608m)にも夕陽が射して、やがて夕陽が消えると私たちも寝袋に潜り込んで眠りにつくことができます。

キャンズマは、エベレストの2大展望台といわれるカラパタールとゴーキョの分岐にあたる交通の要衝です。私たちはここでたっぷりと休養をとって翌日からのトレッキングに備えました。

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2012年11月24日 (土)

EV.街道トレッキング ~ナムチェ(3,410m)

11/4(日)、エベレスト街道で最も大きな街ナムチェを目指しました。

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定刻の8時、冷たい空気の中皆元気で出発しました。

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覆い被さるように聳え立つ名峰タムセルク(6,608m)が見送ってくれました。タムセルクはこれからさまざまに表情を変えて私たちの目を楽しませてくれました。

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私をサポートしてくれる個人ポーターのビルバルさんです。これからルクラに戻るまでの2週間ずっとお世話になりました。言葉は日本語、英語とも話せませんが何とか意思の疎通はできました。

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エベレスト街道は意外と細い生活道路で、行き交う人も多く、ロバやゾッキョなどの隊列も頻繁に通ります。乾期で道が乾燥しているため、土埃やロバやゾッキョの糞が舞っていて気をつけないと鼻やのどを痛めてしまいます。

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ナムチェまでの道は、急な登りが多く前半最も手強い道でした。この間の歩き方で高度順応ができるかどうかが左右されといわれますのでゆっくりとマイペースを心がけました。

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途中のロッジで小休止です。高橋隊長と“田部井さん”とまだまだ余裕の笑顔です。

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4人の賑やかなマウンテンレディを率いる“校長先生”は終始にこやかで、マイペースの歩き方には年季が入っていました。肺ガンの手術により肺を1/4切除したとかで、私と同様心肺にハンディキャップを負っていて、共に頑張らないで、無理をしないで健闘を誓い合いました。

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ヒマラヤトレッキングの宿命ともいえるアップダウンは、山を越えたと思ったら谷底に下って上り返すという連続で、容赦なく体力を奪われ、疲労度が増しました。

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かなりの疲労感を感じつつようやくナムチェに到着しました。私のリュックを背中に、自分のリュックを前に抱えたビルマルさんは元気でした。

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サーダー(シェルパ頭)のラクパさんやコックのペンバさん達は先に到着していて、私たちのバッグをそれぞれの部屋に置いてくれていました。

ナムチェへの道は、いくつもの吊り橋を渡り、アップダウンを繰り返しつつ高度を上げるという厳しい道でした。標高3,440mは少し空気の薄さを実感じました。

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2012年11月23日 (金)

EV.街道トレッキング ~パグディン(2,610m)

11/3(土)、ルクラからトレッキングをスタートし、パグディン(2,610m)に向かいました。ルクラの標高は2,840mですから若干標高を下げる形となりました。

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ルクラでの荷造り風景です。私たちの荷物はスーツケースからブルーのダッフルバッグに移し、ブルーのバッグは7頭のゾッキョ(ヤクの雌と牛の雄の合いの子)の背にくくりつけられ運ばれました。

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エベレスト街道のスタートとなるゲートです。エベレストに登った女性の像が掲げられていました。無事にこのゲートに戻って来れますように!

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早速マニ車やマニ石がお出迎えでした。この先何ヶ所もお目にかかることになるネパールの読経と経文です。

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2,800mのルクラからガンガンと下りが続き、ということは帰路はこの道を上り返すことになるはずでいささかうんざりしました。しかし一行の足取りはそんなこと知ってか知らずか軽やかでした。

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時折顔を出すヒマラヤは、標高は5,000mクラスでこちらでは名もなくどうということもない山ですが、日本では間違いなく名山といえるスケールでした。

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ロッジのある村に到着しました。一日歩いて目的地に着くととりあえずホッとしました。

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私たちが泊まるロッジです。ロッジに到着するととりあえずお茶をいただくことになっていて、ポーターさん達がコーヒーや紅茶、ココアなど好みのものを入れてくれます。

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どこのロッジでも、部屋は大抵はベッドが二つあるツインタイプです。ベッドがあるきりでとてもシンプルです。寝袋は自分専用のものが支給され、布団か毛布とロッジから支給されます。到着すると、先ず寝袋をベッドの上にセットして着替えを済ませます。暖房はもちろん一切なく、窓からはすきま風が吹き込んできたりして、室内温度は外気温と同じくらいで、標高が上がるにつれ、ペットボトルなどは寝袋に入れておかないと凍ってしまいました。夕食後に支給される湯たんぽが唯一の暖房具となります。トイレは室外にあり、寒い夜間に行くのはとても億劫でした。

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EV.街道トレッキング カトマンズ~ルクラ

11/3(土)、カトマンズからエベレスト街道の入口カトマンズへ向かいました。

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ヤク&イエティホテルのロビーに集結して、高橋隊長からこれからのトレッキングについて注意事項を受けました。緊張で気持ちが引き締まった瞬間でした。

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カトマンズ空港国内線でルクラへ向かいました。

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ルクラへの便は16人くらいの小型機で、ほぼ私たちグループで満席となりました。

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機はヒマラヤの山々を縫うように快調に飛びました。次にこの機に乗るのは2週間後カトマンズへ戻る時で、何とか元気な姿で乗りたいものです。

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パイロットが世界一嫌がるというルクラ空港に無事に到着しました。“仙台の鉄人”も初めての海外、初めての小型機に足下がおぼつかなくなっていました。

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飛行場に降り立ち周りを見上げれば、吸い込まれるような青い空とヒマラヤの白い頂が迎えてくれました。

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ルクラのロッジで最終的な荷物の点検を行い、ゾッキョ(雌のヤクと牛の雄との合いの子)に運んでもらうものと自分がリュックで運ぶもの(着替えや飲物他)の選別を行いました。そこには懐かしのペンバさんが居ました。今春25日間ヒマラヤを歩いた時の個人ポーターさんです。一緒に5,400mのトロンパスを越えた同士で、今回はコック長として同行してくれるとのことで、心強い限りです。

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2012年11月22日 (木)

EV.街道トレッキング カトマンズへ

11/1(木)、成田からカトマンズへ向けて出発しました。

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YCAT(Yokohama City Air Terminal)から成田空港行きのバスに乗り込みました。早朝のベイブリッジは、まだ車も少なくようやく眠りから覚めようとしていました。

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待ち合わせ時間の9:00にはかなり早めの到着となりました。既に到着していた高橋隊長にシャッターを押してもらった後、昨日宅急便で送っておいたスーツケースを受取り、出発の準備が整いました。

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成田からタイのバンコクに到着し、バンコクで一泊して疲れを癒し、翌朝バンコクの空港からカトマンズへ向けて再び飛び立ちました。

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バンコクからカトマンズへ向けての飛行で暫くするとヒマラヤの白い峰嶺が姿を現しました。青い空と白く輝く頂に期待がふくらみました。

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カトマンズ空港の入国審査を受けると、またネパールに来てしまったという感が強くなりました。

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カトマンズ空港から、ホテルへと向かう市内は埃と騒音に包まれ、初めてここを訪れた人は少なからずのショックを受けたようでした。

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宿泊先のヤク&イエティ(雪男)ホテルではマドンナさんが待っていてくれました。先月日本橋で飲んで以来1ヶ月ぶりの再会でした。マドンナさんは、私たちより2日遅れの日程で、超難関のスリーパス越えに挑戦するとのこと、このあどけない顔と小さな身体のどこにそんなパワーが潜んでいるのでしょうか。ほんの数十分の再会でしたが健闘を誓い合って別れました。

同行した皆さんの様子をみていると、インドと同様カトマンズも直感的に好きになるか嫌いになるかのどちらかのようですが、ヒマラヤに入るにはカトマンズはその入口であり、避けて通るわけにはいきません。

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2012年11月21日 (水)

EV.街道トレッキング 参加者の皆さん

11/1(木)9:00、予定通り成田空港第1ターミナルに「エベレスト大展望カラパタール登頂20日間」に参加の皆さんが集結しました。

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一行を率いるのはヒマラヤ観光開発(ヒマ観)の高橋隊長で、参加者の皆さんとはここで初顔合わせとなりましたので、ご紹介させていただきます。

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登山クラブを主催している“K校長”(日本百名山を3回達成したという大ベテラン)と4人の門下生のマウンテンレディの皆さん、とにかく元気で賑やかでした。“K校長”は10年前にカラパタールの登頂の実績があるとのこと。

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NHKアナウンサーの国井さんに似ているところから“国井雅比古夫妻”と呼ばれました。70代(ご主人)とは思えないほど元気で、キリマンジャロ登頂の実績を遺憾なく発揮していました。奥様は言いたいことをはっきり言うとても面白い人でした。ご夫妻とはヒマラヤ遊覧飛行で一緒し、愉快な一時を共有しました。浜松市から参加でヒマラヤは初めて。

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小田原から参加の“小田原ご夫妻”、奥様はテニスを趣味としていて健脚でした。ご主人は何やらチベット僧のような雰囲気で、時々ご夫婦できつい冗談をかましてくれました。海外トレッキングはよく行かれているそうですがヒマラヤは初めてのこと。

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“国井雅比古夫妻”が、田部井さんに似ていることから“田部井さん”と名付けた栃木県佐野市から参加の主婦。ヒマラヤは今回で4回目で、ゴーキョ登頂の実績があります。

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日本の山は百名山だけではなく、難所といわれる大キレットやジャンダルムも難なくこなす“仙台の鉄人”ですが、初めての海外トレッキングで、ヒマラヤのスケール感と食事にはだいぶ手こずったようでした。

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“仙台の鉄人”と“八千代の鉄女”のゴーキョ3人組とゴーキョグループのサーダー(シェルパ頭)のチャワンさん達。“八千代の鉄女”はとにかくタフでした。

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関西の期待を一身に背負った“関西代表”は私と同室の相棒でした。思い看板を背負ったためか、高山病に苦しみましたが、持ち前の健脚で乗り切りました。

以上カラパタール隊12名、ゴーキョ隊3名、合計15名(男性6名、女性9名)の何やら面白そうな面々でした。

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