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2012年12月31日 (月)

ゆく年 11~12月

11月になり冬の気配が感じられる頃、ヒマラヤは乾期となりオンシーズンです。11/1から20日間のエベレスト街道トレッキングに出かけました。

間近で見たいと思っていたエベレスト、憧れていた対象を実際目にするとなかなか実感がわかず、現実のものとは思えませんでした。名峰と言われる山の姿は、尖塔のように天に向かって突き上げていたりするものですが、エベレストはドンと構えていてその重量感が他を圧倒していました。

一緒に出かけた“小田原ご夫妻”から素晴らしい写真をいただきましたので、掲載させていただきます。同行した人から異なった目やアングルからの画像をいただくのはありがたいことです。

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11.05 キャンズマにてクルム・カングル

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11.07 ディンボチェにてタウツェ

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11.07 ディンボチェにてアマダブラム

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11.10 ゴラク・シェプにてヌプツェ

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11.11 カラパタールにてエベレスト

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今年は新年をヒマラヤで迎え、春にはラウンドアンナプルナで25日間、11月には20日間のトレッキングと2ヶ月弱の間ヒマラヤを歩いたことになります。ヒマラヤではエベレストだけではなく数々の名峰を見ることができました。

確かにヒマラヤは素晴らしいのですが、帰国して日本の山を歩くとほっとします。日本の四季折々の自然もヒマラヤと比べて甲乙つけがたいものがあります。

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春:2010年4月24日 浜街道(水戸~仙台)を歩いた時、福島県富岡町の「夜の森公園」の桜は満開でした。その1年後東日本大震災による原発事故でこの地域は立ち入り禁止地域のため、誰に見られることもなく今年も満開の花を咲かせていると思います。春が来れば南から桜前線が北上して日本中の野や里山で桜が満開となります。「夜の森公園」で見た桜が最も印象深いものとなりました。

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夏:2012年8月20日散歩道にて。ジリジリと暑い太陽が照りつける中、その陽射しを一身に受けて咲いている色鮮やかな花、青々と茂った夏草は見るだけでも暑くなりました。同じ時期、夏山では高山植物も一斉に花開き、咲き誇っています。

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夏:2011年8月25日富士山にて。 毎年7月に山開きとなり夏山シーズンになれば、富士山や北アルプスをはじめ日本中の山にアルピニストや山ガールが挑戦します。

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秋:20111011日安達太良山にて。 秋が来れば北海道の大雪山を皮切りに、桜前線と反対に紅葉前線は南下し、日本中の野も山も錦の絨毯で埋め尽くされます。

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冬:2012年1月28日丹沢山にて。 富士山や北の山から順番に冠雪が始まると白い峰が目を楽しませてくれます。手近な山であれば銀世界に足を踏み入れて、春や夏、秋とは別の景色を楽しむことができます。

決まり文句のようですが、あっという間の1年でした。新しい年も自然に親しみ、日本の四季に寄り添いたいものです。

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2012年12月30日 (日)

ゆく年 9~10月

夏も終わり9月に入ると、残暑は厳しいものの北の国や山では秋風を感じるようになり、暑さで出不精になっていた旅心をそそられました。

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6月に道東のバスツアーに出かけ、もう一度個人でドライブしたいと思い、9/913の5日間、道東ドライブに出かけました。北海道の大地を自分の運転で御思う存分走り回りました。

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9.10 パイロットファームは大規模酪農地帯として開発され、多くの酪農家が入植しました。一面に広がる牧草地帯を走りながら、酪農家達の苦闘の歴史に思いを馳せました。

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9.10 野付半島は海に突き出た海抜ゼロメートルの半島で、車で走っているとそのまま根室海峡に突っ込んでいってしまうような最果て感を抱かせてくれ、是非行ってみたいところでした。そこには立ち枯れたトドワラが横たわっていて、命を全うし、朽ち果てる運命を静かに受け容れようとしているようでした。

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9.12厳しい自然の中で頑張っている人達の汗の結晶が実りの時期を迎えていましたが、富良野の秋は短く、やがてここは白一色の銀世界になります。

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9/2528の4日間室堂へ出かけ、みくりが池温泉に連泊して気ままに山歩きを楽しみました。秋の空は高く、立山(雄山)から剣御前、大日三山へと続く稜線がはっきりと見えました。

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9.26 今まで断念していた立山(雄山)に登り、立山から室堂を眺めることができました。

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9.26 室堂から見上げた稜線は、遮るものがない尾根がどこまでも続いているようでもあり、天空を歩いているようでもあり、これからも天候がよければ何回でも歩いてみたいお気に入りのルートになりました。

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9.26 雄山からの尾根道は剱岳の絶好のビューポイントでもあります。間近に見る剱岳は尖った岩の山で、登山者に牙をむいているようでした。

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10.08 丹沢

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10.17 大山

10月に入ると空は益々高くなり、丹沢や大山など近場の山歩きが一層楽しくなりました。

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10.11 鎌倉への散歩道

鎌倉への散歩道も花が彩りを添えてくれ、ハイキングコースも秋の気配が感じられるようになり、10月はテクテクにとっては最高のシーズンとなりました。

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10.15 天園ハイキングコースの入口には建長寺があり、朝早くひっそりとしている時間帯には静寂な雰囲気を味わうこともできました。

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10.15 天園ハイキングコースの入口には建長寺があり、朝早くひっそりとしている時間帯には静寂な雰囲気を味わうこともできました。

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10.25 お中道で。秋が更に深まり、富士山が雪化粧を始めると冬の到来となりました。

9月、10月の2ヶ月は空気が冷たく澄んできて、紅葉が始まり、野や山を歩くには絶好のシーズンで、あちこち行きたかったのですが、上高地・北アルプスや谷川岳には行くことができなかったことが心残りでした。

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2012年12月29日 (土)

ゆく年 7~8月

7月に入り夏になると山開きとなり、夏山シーズン、富士山シーズンの到来です。

 

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8.30 05:09 富士山登山口(5合目)から夜中あるいは夜明け前に登り始め、夜空が次第に明るくなりやがて御来光が始まります。何度見ても敬虔な気持ちになります。

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7.09 06:32 今年も20万人以上の人たちが日本一高い頂を目指しました。

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8.29 07:25 何回登っても苦しかった9合目あたり。頂上が見えているのになかなか近づけませんでした。

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8:29 09:07 日本一高い「剣が峰」は、最後の急登です。

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8.29 08:28 天気がよく、体力に余力があればお鉢巡りをすることができました。大きな噴火口の周りをグルッと一周するもので、伊豆半島や南アルプスなどの景観を楽しむことができました。

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7.24 07:22 頂上に到達してホッとした後、恐怖の下山が待っています。下界を見下ろしながら、雄大な景色を楽しみながらの下山ですが、下って下ってもまだ7合目という感じで、初めての人は大抵脚がガクガクになります。ひたすら忍耐の道です。

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8:02 07:02 富士山に登るのがしんどい時でも富士山を間近で楽しむことができ、お中道はうってつけのルートです。奥庭・御庭駐車場からお中道に入ると裾野から頂上まで一気に登っていけそうに思えるほど富士山を間近に一望することができます。

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8月だというのにハクサンシャクナゲが咲いていて、5合目登山口へと続いている道はシャクナゲの道でもありました。

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8:02 08:53 お中道は富士山の裾野をグルッと回るハイキングコースですが、現在は大沢崩れで通行止めになっていますので一周はできません。標高は2,3002,800mで、雲海を見下ろして歩く天空の道です。天気が良ければ南アルプスまで雄大な景色を見ることができます。

7月、8月の2ヶ月間(慣れた人はいつでも登れますが)は富士山に登ることができますが、8月にはいるとマイカー規制が始まり、夜中に登り始める弾丸登山ができなくなります。富士山には今年は数回登りましたが、登りながらいつまで登ることができるのかと考えることがありました。

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2012年12月28日 (金)

ゆく年 5~6月

5月に入ると空も野も山も自然が一斉に動きだし、じっとしていられない季節の到来です。

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5.8(大山) ちょっと時間ができた時に手近な山(大山)に登れば、遅咲きの桜が待っていてくれました。今年は桜を見る機会が少なかったので得した気分でした。

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5.19(丹沢) 緑がより緑らしく鮮やかになり、緑一色になっても少しも飽きませんでした。

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5.31(大山) どこの山を歩いても全山緑。

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5.19(丹沢) 塔ノ岳登山のメインルートのバカ尾根。その名の通りバカのように延々とした単調な上りはうんざりするのですが、ちょっと一息ついて目を上げれば5月の空が広がっていて、心が解放された気分になれたものでした。

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5.19(丹沢) 登りながらまた頂上に着いても、端麗な富士山の姿は何よりの励みでした。

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5.11(伊豆半島) 年に何回か無性に海が見たくなり、思い立って何年かぶりの伊豆半島に出かけました。海に突き出た半島、小高い山がそのまま海に落ち込んでいて、海と緑がつながっていて大好きな光景です。

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5.10(雲見) 西伊豆は伊豆半島では秘境的な趣があり、中でもよく潜った雲見の海は入り江で波静かですが、海底は岩礁が入りくんでいて、洞窟があったりして複雑な地形となっています。複雑な地形は魚たちの格好のすみかで、さまざまな魚たちを見ることができます。今でもきっとダイバーの目を楽しませてくれていることと思いました。

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5.10(大瀬崎) ダイバーのメッカ大瀬崎では、夏にはまだ早いこの時期にダイビングライセンス取得の講習が行われていました。何回潜ってもその日初めて潜る時や久しぶりに潜る時は緊張したもので、講習している人の緊張感がこちらまで伝わってきました。まるでゴルフでスタートホールのティーグラウンドに立った時と同じような緊張感です。

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2012.1.3撮影

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2012.3.29撮影

5/26に嬉しいニュースが飛び込んできました。プロ登山家の竹内さんがヒマラヤ8,000m峰全14座の完全登頂に成功しました。5/26に最後の1座だったダウラギリ(8,167m)に登頂しました。ダウラギリは新年と3月に二度、タサンビレッジから見上げた山でした。この頂きに立ったことを想像すると身体がゾクゾクとしました。

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6.12(富良野) 6月に入って、梅雨がないといわれる北海道・道東ツアーに行きました。富良野の風景は想像通り、絵に描いたような風景でした。

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6.12(大雪山) 富良野巡りの後、大雪山へと巡り、ロープウェイで登山口まで上がり、そこで見かけたエゾシマリス。6月でも周りにはたくさんの雪が残っていて、リスは雪を被っていない岩の上に乗り、食料(木の実)を大事そうに抱えて食べていました。大雪山の麓にはホテルやロッジがたくさんあり、泊まるだけでも楽しそうで、日本一早い紅葉が見られるとのことでしたので、秋にもう一度来ようと決めたのもこの時でした。

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6.13(知床半島) ツアーはとても楽で、バスに乗っているだけで次から次へと観光地に連れて行ってくれました。大雪山の次は知床半島でした。今まで知床半島は何回も行っていたのですが、海から半島を眺めたことはありませんでした。このツアーを選んだのは大雪山(下見的)と知床半島遊覧船で、やっと念願が叶いました。知床半島は多くの半島と同様山が海に落ち込んでいて、人を寄せつけず、自然が保護され野生動物がたくさんいます。秘境といわれる所以です。

桜が咲き春が訪れたと思う間もなく桜は潔く花を散らし、空も青葉も青さを増してくると誘われるように山へ海へと動き回りました。

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2012年12月27日 (木)

ゆく年 1~4月

2012年も残すところ後数日のカウントダウンとなりました。決まり文句のようですが、あっという間の1年間でした。今年も病気にもならずケガもせず、仕事の合間を縫ってあちらこちら歩き回りました。この1年間のテクテクの足跡を辿ってみました。

 

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2011.12.31 ヒマラヤで新年を迎えたらどんな感じだろうと、昨年末からジョムソン街道トレッキングに向かいました。カトマンズからポカラを経由してジョムソン飛行場に降り立ち、カリガンダキ川の河原に出た時、冷たく乾いた空気と渺々たる光景は今まで見たことのない初めての世界で衝撃的でした。

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2011.12.31 ジョムソン飛行場のレストランで出会った若者2人。色が黒く、最初はネパール人かと思ったのですが、聞けば日本人でした。この寒い時期にトロンパス(5,416m)を越えてラウンドアンナプルナを何十日もかけて歩いてきたとか、まったく自分には真似できないと思っていたのですが、まさか自分が春にそのラウンドアンナプルナに出かけることになるとは思いもよりませんでした。

 

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2011.12.31 新年を迎えたのはマルファという村の“パラダイスゲストハウス”というロッジでした。千葉県から来た親子と一緒に、掘りごたつで地酒の焼酎を飲みながらの大晦日はあまり盛り上がらず、一夜明けての村の雰囲気も新年らしい晴れがましさもなく、正月気分は味わえず拍子抜けでした。やはり新年は日本あるいは海外でも正月らしい雰囲気が味わえるところに限ると思いました。

 

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2012.1.3 それでも新しい年の初めに一面の銀世界を、8,000m峰のダウラギリを見ながらのトレッキングは清々しく爽快な気分でした。今年もやるぞと気分を新たにしました。登山家の竹内さんがこのダウラギリに登頂し、8,000m14座登頂を果たしたのは5月のことでした。

 

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2012.2.27 海外などに遠出しない時には、石割山(2/27撮影)のような近場の山によく出かけました。富士山を真っ正面から見ることができ、景色を楽しみながらそこそこ脚のトレーニングをすることができました。

 

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3/154/825日間、ラウンドアンナプルナに出かけました。カトマンズからベシサハール(760m)までは専用車で移動し、ベシサハールから歩き始めトロンパス(5,416m)を越える長丁場のトッレキングでした。

 

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2012.3.27 トロンパスからの眺めは素晴らしく、雄大な景色を見ながらのムクチナート(3,760m)への下山は楽しかったのですが、さすがに標高差1,700mはうんざりするほど長く、途中から相棒の鈴木さんと共に馬タクシーを利用しました。

 

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2012.3.28チベット仏教、ヒンズー教の聖地ムクチナートからジョムソンへはジープで移動しました。その景色は生あるものの影が一切なく、地球以外の別の惑星のようでもあり、今にも西遊記の怪物や異星人が現れそうな雰囲気でした。

1月から4月までどっぷりとヒマラヤに浸かった4ヶ月で、贅沢を言えば、桜の花を愛でることができず、日本の春を楽しめなかったのがちょっと残念でした。

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2012年12月23日 (日)

鎌倉の一日

12/23(日)、カミさんは詩吟の大会があるとかで朝早くから出かけて夜まで帰ってこないとのことで、連休なのに一人っきりになってしまいましたので、鎌倉に出かけることにしました。

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いつものように北鎌倉駅から、円覚寺、駈け込み寺の東慶寺を過ぎて浄智寺の山門脇を通って葛原ヶ岡ハイキングコースを歩きました。いつもは訪れる人が何人かは見かけるのですが、今日はひっそりとしていました。

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葛原ヶ岡神社の参詣道には紅葉が残っていました。今年は紅葉狩りの機会が少なく、何となく物足りないと思っていました。日本人のDNAでしょうか、春には桜の花を見て、秋には紅葉を見ないとどうも落ち着かないようです。

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銭洗弁天の境内の片隅にはまるで生け花のような椿が一輪、二輪と。師走で背中を押されるような落ち着かない日々ですが、ここだけ別の世界のように静まりかえっていました。

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葛原ヶ岡ハイキングコースから大仏ハイキングコースに脚をのばしてみました。鎌倉は小高い丘に囲まれていますので、いくつものハイキングコースがあります。さすがにこの時期、樹々は冬枯れていました。

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枯れ葉が散っている道は行き交う人もなくひっそりとしていて、1人黙々と歩いていると世捨て人になったような気分でした。

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鎌倉の大仏殿を通り過ぎて長谷観音がある長谷寺に出ますと、観光客が集まっていて、同じような閑な人がいることに感心しました。

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長谷寺から江ノ電の長谷駅前を通り、由比ヶ浜に出てみました。雲が低くたれこめ、なにやら寂しげな砂浜で“思い出の渚”のメロディーが聞こえてくるような潮の香りでした。

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この寒空の冷たそうな海で戯れている若者や熟年サーファー達を見ていると、ヨットを操っていた昔が思い出されました。天気が良かったら江ノ島辺りまで歩きたかったのですが、曇り空の下ではテンションが上がらず、鎌倉駅まで戻ることにしました。

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鎌倉八幡宮への参道は掃き清められ、初詣を迎える準備が整っていました。随分多くの人が歩いていてびっくりしました。

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お土産物屋が軒を連ねている小町通りにも多くの人がいて、世間には閑な人が大勢いることに感心しました。

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夕食と新年の食材を腸詰屋で買いもとめました。

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ついでに隣の酒屋で「吟醸源酒」という原酒を買いもとめました。“原酒”という言葉に弱いのです。

気ままに寺社巡りや山の中をハイキングして、ブラブラと漂泊の旅人気分だったのですが、最後はすっかり観光気分となりました。仕入れてきた食材と吟醸酒で一人手酌で一杯やれば、すっかり解放された気分です。こんな自由気ままな一日もいいものです。

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2012年12月19日 (水)

大山 お礼参り

12/19(水)、今年最後の仕事も片づき、ネパールから戻ってあまり出歩いていませんでしたので、久しぶりに大山(おおやま1,272m)に今年最後の登山納めに出かけました。

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赤坂御門から大山山頂までの道は大山街道といわれ、昔から大山詣でに多くの人が参詣したそうです。この石段が赤坂から始まる道の延長かと思うと何やら趣が感じられます。山頂への道は登山道というよりも参詣道で、このような比較的整備された石段や不ぞろいの石や岩がゴロゴロした状態の道が頂上まで続きます。

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大山神社の下社(奥の院は頂上にあります)へはケーブルカーでも上ってくることができますので、新年には初詣客で賑わうことと思います。今年も無病息災で1年間無事に過ごすことができましたのでお礼参りをしました。

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下社から湘南の海を眺めてみますと、海面には朝陽が反射しているのですが、その上には厚い雲が覆い被さっていて、雲の間からは陽が射していました。あまり見ることがない不思議な光景でした。

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比較的穏やかな傾斜の杉木立の道には木漏れ日が差し込んで、のんびりと歩くことができました。酸欠の心配も高山病の心配もなく、たっぷりと酸素を吸い込んで歩いていると細胞の隅々までが生き返るようでした。

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頂上が近くなって上を見上げると青空が広がっていて、このまま歩いてゆくと空に吸い込まれてしまいそうで、久しぶりの山歩きを楽しみました。

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山頂には小雪が舞ったか霙が降ったか、うっすらとその名残が残っていました。

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山頂からの眺めは雲はだいぶ少なくなっていましたが低くたれこめていて、みなとみらい地区など街の様子ははっきりしていませんでした。

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上りは男坂を歩き、下りは女坂を歩きますと大山寺にでます。この大山寺の厄除けなどの祈祷は有名で、しばしば祈祷を受けている場面を見かけます。この日も3人の家族連れが祈祷を受けていました。私も今年のお礼参りをしました。神社でもお寺でも手を合わせている様子を一神教の外人が見たらきっとビックリすることと思います。

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大山寺から登山口までの道は紅葉の名所で見頃は11月下旬とのことです。残念ながら今年は愛でることができませんでした。

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登山口まで軒を並べているおみやげ屋で定番のお土産を買いました。ここの蕨餅やお餅など、あんこがとても美味しく好評なのです。

ネパールから戻って1ヶ月ぶりの山歩きで、紅葉には遅く見ものは何もなかったのですが、のんびりと自然の中にいるだけで細胞が生き返りました。大山の参詣道は頂上までほとんど樹林の中で見晴はまったくなく、ひたすら石段を上る退屈な道ですが、それだけに黙々と足下を見つめ自分を見つめることができます。歩きながら今年一年を振り返り、少しずつ新しい年を迎える心の準備ができたかもしれません。そんな山歩きでした。

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2012年12月18日 (火)

“関西代表”さんから 2枚の写真

ヒマラヤにご一緒し、同室となった“関西代表”さんから、お気に入りの2枚の写真をいただきました。(写真はいずれも高画質のものですが、ブログに掲載上解像度を落としました)

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2011.10.12白馬八方池) “関西代表”さんは、兵庫県の文武両道として有名な受験校の元数学教師(頭の中は難しい方程式が一杯入っていそう)です。この元高校教師がお気に入りのこの写真を目にした時、白馬には行ったことがなく、ましてや八方池を見たことがありませんので、いろいろ想像したり考えたりしました。白馬へはどういうルートでどういう行程で行くのだろうか、この風景にピントを合わせた時何を考えたのだろうかとか。そして自分もいつかここへ行ってみたいとか思うのです。

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2枚目の写真は沖縄の波照間島の写真です。一緒に山の中を歩いた仲ですので、いきなりの海の写真は思いがけないものでした。沖縄の離島にはダイビングで何回も出かけましたが波照間島には行ったことがありません。このショットはどこの島でも見られる風景ですが、これも想像力をかきたてられます。元高校教師(この写真が撮影された時期がわかりませんので、現役教師かも)がシャッターを切った時の心象風景はどんなものだったのか。手前のグリーンと透明感のあるブルー、そのブルーが次第に色濃くなり、果てしない深い海となってゆくのでしょう。はからずも来年の2月(2/17~5日間)に南の島(奄美大島と沖縄の離島)巡りに出かける予定があり、海のブルーに心おきなく浸れる期待に胸がふくらみます。

ヒマラヤで共に辛い思いをし、素晴らしい光景を目にし、時間を共有した同士が見た世界は、他人事ではなく何かを訴えかけ、旅情を誘うものです。あたかも自分がそこにいて同じ光景を見たような気になり、あるいはいつか自分もそこに立って何を感じることができるか試してみたくもなります。

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2012年12月16日 (日)

EV.街道トレッキング&西遊記 振り返って

11/1から20日間のエベレスト街道トレッキング終えて、年の瀬も迫り背中を押されるような日常の中で、ふとした時に、既に懐かしい思いでトレッキングのあれやこれやが思い出されます。

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今でもカラパタール(5,545m)の頂を目前にしての撤退の悔しさと、やはり自分の心肺では5,400mくらいが限界でそれがわかった安堵感とがない交ぜになって頭をもたげます。ゴラクシェブ(5,100m)からカラパタールを見た時、十分登れると思ったのですが、直下100mくらいで呼吸は苦しく、視界は狭まったような薄ぼんやりしたような妙な気分を味わい、主治医の“肺水腫”という言葉が頭をよぎりました。帰国後高地診療の堀井先生や大学病院の主治医から正しい決断だったといわれ、心慰めています。帰国後高地にどのくらい順応できていたかを検証するために大学病院で採血され、1~2ヶ月後の結果が楽しみです。(同時期に最大手のA社催行のエベレスト街道トレッキングで1人の方が高山病で亡くなられたとのことです)

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カラパタールの頂に立てませんでしたが、思わぬ経緯から復路は馬上トレッキングとなったことも強烈な思い出となりました。作家の椎名誠氏はモンゴルを馬で疾駆し、奥方(渡辺一枝)はチベットを馬で行きました。それならばと対抗したわけではないのですが、私はエベレスト街道を馬でということになりました。

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トレッキングでは足下をみている時間が結構長く、それに比べると馬上では悠々とした気持ちでヒマラヤを眺めることができました。高地ではヒマラヤの展望を楽しみ、下るにつれて樹林帯に入り、エベレスト街道は狭くアップダウンが険しくなりました。馬と一体にならないと難路をこなすのは難しいのですが、そういう機会はめったにありません。例えば日本での乗馬といえば、よく整備された馬場かせいぜい阿蘇の山裾や那須の高原などでしか乗る機会はありません。エベレスト街道を馬で歩くという機会は千載一遇のチャンスでした。しかし狭い生活道路を乗馬でというのは迷惑なことですし邪道だと思います。またトレッキングの完歩という点では充実度は半分でしたが、それでも貴重な体験ができた満足感もなかなかのものです。

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オプションで参加した“ヒマラヤ遊覧飛行”は期待以上のものでした。エベレストもヒマラヤをかたちづくっている単なる一つの山に過ぎないと思わせるほど空から俯瞰したヒマラヤの山々の広がりは果てしなく、ヒマラヤが地球の背骨といわれるのも肯けました。一方ではこの近づきがたい広大な山奥に分け入り、高みを目指す人間の貪欲さにも畏敬の念を抱かずにはいられませんでした。

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今回のツアーはカラパタール隊12名、ゴーキョ隊3名の15名でした。カラパタール隊の皆さんとは大人数にもかかわらず和気藹々で、ゴーキョ隊の皆さんとは短い期間しか行動を共にしませんでしたが意気投合しました。冗談を言い合い、楽しく過ごすことができました。復路は皆さんが苦労して歩いている時に、私は西遊記的個人旅行をし、ホテルエベレストビューに連泊したり、皆さんとは一日おきに夕方ロッジで合流するというように我が儘のし放題でしたが、暖かく接していただきました。帰国してからもメールや電話で情報交換したり、写真の交換をしたり余韻を楽しんでいます。“どこかの旅先で一緒になれたらいいですね”などと電話で旅の名残を惜しんでいます。写真のお礼にと千葉からはと採れたての“生落花生”を、浜松からは名物の“鰻パイ”を送っていただき、美味しくいただきながら旅の思い出に浸っています。

4回目のヒマラヤが終わりました。今回はエベレスト街道に代表されるクーンブ地方を歩き、前回はジョムソン街道に代表されるラウンドアンナプルナ(25日間)を歩き、代表的なヒマラヤの二つのルートを歩くことができました。他にも魅力的なルートや見てみたいマナスルのような山もありますが、チベット側からのヒマラヤや世界一の桃源郷といわれるフンザ、カラコルム山脈なども見てみたいものです。夢は果てしなく広がります。

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2012年12月15日 (土)

EV.街道トレッキング&西遊記 “関西代表”さんから

“関西代表”さんから写真をいただきましたので掲載させていただきました。今回のメンーバーの中で唯一本格的なカメラを持参した方で、私が撮る写真(コンパクトカメラ)とは比べものにならないほどヒマラヤの雄大で美しい風景が映し出されています。

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“関西代表”さんから写真をいただきましたので掲載させていただきました。今回のメンーバーの中で唯一本格的なカメラを持参した方で、私が撮る写真(コンパクトカメラ)とは比べものにならないほどヒマラヤの雄大で美しい風景が映し出されています。

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11/7 ディンボチェにて

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11/9 ロブジェにて

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11/9 ヒマラヤの山々(トゥクラにて)

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11/11 エベレストとモレーン氷河(カラパタールにて)

さまざまな姿を見せてくれるヒマラヤの山々は、その風景の中にいる自分が現実のものでないような感覚にとらわれるほど素晴らしく、とりわけエベレストは圧倒的な重量感をもって聳え立っていました。それにも増して、高度を上げるたびに変わる空の色も圧倒的な存在感で、じっと見ているとまるで吸い込まれてしまうようでした。

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2012年12月14日 (金)

EV.街道トレッキング&西遊記 帰国

11/20(火)、ネパールを離れる日が来ました。日本に帰れる嬉しさとヒマラヤを離れる寂しさとがない交ぜになった複雑な気持ちでした。

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13:50発のタイ航空でバンコクには18:25に到着し、タイ空港では4時間のトランジットのため、いつもここでお土産物を買い、ゆっくりと夕食を食べます。ここでのトムヤンクンラーメンが美味しく楽しみにしていたのですが、いつもの店はなくなって新しい店となっていました。新しい店でのトムヤンクンラーメンはちょっと味が落ちたようですが、日本では味わえない味でまあまあでした。

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タイ空港22:35発の便に乗り込み、機は定刻通りバンコク空港を離れました。深夜の空港は灯りがきれいで、なんとなくロマンティックです。

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日本に近づき、夜が明けました。

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成田からリムジンバスに乗り、首都高速を快調に走りました。グングンと日常生活へと近づきました。

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9時過ぎにみなとみらい地区に入り、出発地点と同じYCATに戻り、あっという間の帰国でした。

ロッジの部屋に置いたペットボトルが凍りつく室内で、湯たんぽを抱えカタツムリのように寝袋に収まり、折角暖まったと思ったら水分補給と意を決して寒いトイレに何回も通った日々、それでも朝目覚めれば素晴らしい光景を求めて一歩一歩寒い世界、空気の薄い高所を目指した日々、ほんの1~2週間前なのに遠い昔のように思い出され、ヒマラヤの山々も遠い世界のように思われ、すっかり以前の日常生活を取り戻しました。

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2012年12月13日 (木)

EV.街道トレッキング&西遊記 最後の晩餐

11/18(日)、ホテルに丸一日籠もってのんびりし、夕食もホテルのビュッフェでとることにしました。高橋隊長と皆さんはネパール料理が美味しい地元の人が通うという店に行きましたが、私はネパール料理は何回か食べていましたし、外出したくないために失礼させていただきました。“仙台の鉄人”も外出したくないということでしたので2人でホテルで食事することになりました。

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とりあえず瓶ビール“エベレスト”で乾杯しました。

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“仙台の鉄人”はアルコールは飲みませんので、ひたすら食べまくっていました。

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メニューは質量ともになかなか充実しています。

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特に新鮮野菜は不足していましたので、野菜が食べられるのはありがたいのです。フルーツの味はイマイチでしたが、贅沢はいえません。

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“仙台の鉄人”と2人、トレッキング中の食欲不振を取り戻すかのように食べまくりました。ガッツリと貪るように食べている日本人2人は異様な光景に映ったかもしれません。

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スイーツの品揃えもまあまあです。

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トレッキング中はスイーツも食べることはできませんでしたので、少し欲張ってしまいました。

ここの料金は1,700円で、メニューも充実していますので安い(地元の人にとっては凄く高い)と思っています。ヒマラヤで疲れた身体をいやし、不足していたカロリーを補うためにもお気に入りの定番コースとなりつつあります。

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2012年12月12日 (水)

EV.街道トレッキング&西遊記 ネパールの栄華?

ヤク&イエティホテルは、1800年代の政治的実力者ラナ家が残した宮殿を改装したものです。時間がたっぷりありましたので旧館に行ってみました。

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新館のホテルに隣接している旧館は、宮殿の面影を残しています。

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旧館にはホテルからの通路が通じていました。通路の両脇にはお土産品というよりもネパールの芸術品が並べられているようで、ショーウィンドのようでした。

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やがて広いホールに出ますと、正面に調度品があり、博物館のようでもありました。

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広いホールの1Fの壁にも2Fの壁にも王侯一族かラナ家一族かの肖像画がたくさん飾られていました。ここにはかつてのネパールの栄華がひっそりと眠っているようでした。

埃にまみれた市街、アジアの最貧国といわれているネパールにもかつて栄華を誇っていた一時があったのでしょうか。王族暗殺後、政治的な混沌が続いていて、一体この国のリーダー達は何をしていたのでしょうか。国の予算の半分を海外からの援助に頼っているブータンでさえ、現国王のリーダーシップにより水力発電による電力をインドに輸出し、教育に十分な予算を配分しています。リーダーによって国の様相がまるで異なっています。

ヒマラヤという観光資源を抱え、いくらでも水力発電が可能な大自然を抱えながら停電一つ解決できないネパールに、ネパール国籍を得てまで何とかしたいと尽力している宮原社長はさぞかし悔しい思いをしていることと思います。ネパールとブータン、リーダーによって国の命運がこれほどまでに異なることを目の当たりにして、リーダーの大切さを改めて考えさせられました。ネパールの思わぬ側面にお目にかかった一時でした。

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2012年12月11日 (火)

EV.街道トレッキング&西遊記 ホテルの休日

11/18(日)、早朝の「ヒマラヤ遊覧飛行」から戻り、遅めの朝食後ホテルでのんびりしました。

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相部屋の“関西代表”さんは、“仙台の鉄人”と一緒にお土産物屋が軒を連ねるタメル地区に出かけ、午後はオプショナルツーで宮殿や寺院見物に出かけました。他の皆さんもカトマンズ市内見物に出かけました。私はカトマンズ市内は何回か見ていましたのでホテルでのんびりすることにしました。

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昼食は、昨日スーパーで買ったビールやつまみやフルーツで済ませ、のんびりと「ヒマラヤ遊覧飛行」の余韻に浸っていました。

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決して広くないホテルの敷地ですが、カトマンズ市内の喧騒が嘘のような静けさに包まれ、ガーデンにある椅子で本を読んだり日向ぼっこしながらうたた寝したり、旅の疲れを癒しました。

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ホテルの中で、バッタリとヒマ観の丸山さんに会いました。丸山さんとはヒマラヤのタサンビレッジでもばったりと出会い、余程縁があるのかもしれません。HEVとポカラ周遊という優雅なツアーを率いてこの日にカトマンズに到着したとのこと。会社では高橋隊長の上司にあたり、日頃元気な高橋隊長も上司のまではちょっとおとなしいように見えました。

何をするでもなくぼんやりとして過ごしたホテルでの一日でしたが意外に退屈せず、ゆったりとした優雅な一日でした。

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2012年12月10日 (月)

EV.街道トレッキング&西遊記 ヒマラヤ遊覧飛行

11/18(日)は、終日自由行動の日でしたので、空からヒマラヤを見てみようと「ヒマラヤ遊覧飛行」に出かけました。

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参加者は“国井雅比古ご夫妻”と“仙台の鉄人”と私の4人でした。朝5時に起きてカトマンズ空港の国内線に到着し、ガイドさんと別れて人混みでごった返す建物に入ったとたん、何がなんだかわからなくなり、“国井夫人”のリュックだけが手荷物検査を受けて先にいってしまい、私たちはパスポートを見せろとか言われ、遊覧飛行で何でパスポートが必要なのかとわめき返したりして、ようやく飛行機乗り場に向かうバスに乗ってホッとした瞬間です。

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機内には両窓側に1席ずつゆったりと満席(16人くらい)で、機体はあっという間にフワリと浮き上がり、間もなく白い峯が姿を現しました。

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機体の角度によっては、遠くに見えるヒマラヤは碧く染まっていました。

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何回も目にしたエベレストはすぐ近くに迫っていました。

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窓に広がる世界は、次第に山々が深く遠く果てしなく連なっているようでした。

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私たちは、カメラを構えながら、次々に現れる白い塊や壁にただただ驚き、息をすることさえ瞬きすることさえもったいないようでした。

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私たちは間違いなくヒマラヤの上空にいて、岩肌スレスレに浮遊していて、まるで夢のようでした。ダイビングで、様々な形に隆起している深い海底を覗いた時と同じような感覚でした。

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手を伸ばせば届きそうな、ひょいと岩肌に取り付いてそのまま頂に向かって登ってこいよと誘われているような、ふと現実に引き戻されると鳥肌が立っていました。

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エベレストも幾多の8,000m峰も単にヒマラヤを構成する一つの山でしかないと感じさせられるほど迫力を持った白い峰が次々に現れ、圧倒されました。

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それでも人間はこの中から世界一高い頂を見つけ出し、次から次へと征服していったわけで、人間の凄まじい征服欲にも感嘆です。

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機体は果てしないスケールのヒマラヤに名残を惜しみつつヒマラヤから少しずつ離れました。

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あまりの迫力に感激し、満足感一杯の4人でした。

「ヒマラヤ遊覧飛行」は期待はずれという事前の情報もありましたが、百聞は一見にしかずということもあり、自分の目で確かめてみようと乗ってみて、ヒマラヤが地球の背骨という言葉を実感しました。果てしもないスケールの世界が広がり、それでもそれに立ち向かってゆく人間の業も凄いものです。写真で見るより数倍もの迫力に鳥肌が立ち、貴重な体験をしました。

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2012年12月 9日 (日)

EV.街道トレッキング&西遊記 カトマンズへ

11/17(土)、待望のカトマンズに戻る日がきました。全員の何となくルクラを早く脱出したい、ルクラで足止めをくいたくないという気持ちがヒシヒシと伝わってきました。

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早朝から飛行機の爆音が聞こえていましたので、無事にフライトが始まっているということで安心していたのですが、順調に飛来していたカトマンズからの飛行機が私たちの番になってなかなか現れず、内心イライラしていました。

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待つこと30分、ようやく私たちの飛行機が飛来してきました。

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私たちの荷物を積み込んでいますので間違いありません。

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全て自由席ですので、それぞれ勝手に搭乗しました。

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カトマンズ~ルクラのフライトは、片側はヒマラヤを見えることができます。来る時はヒマラヤを見ましたので帰りは反対側の席に座りました。窓からの景色は、かなり標高の高そうな山でも細い道が続いていて、段々畑があり、家がありました。ネパール人というか人間というか、奥地へと高地へと道を切り開いてゆく開拓者魂、浸食力は凄まじいものがあります。

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飛行機を降りて港内のバスに乗り込んで全員ホッと一安心しました。

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ヤク&イエティホテルに戻りますと、ヒマ観の宮原社長さんがいらっしゃって、この後ヒマラヤ蕎麦をご馳走になりました。

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ホテル・サンセット・ビューでヒマラヤ蕎麦をご馳走になりました。食後どういうわけか高橋隊長が叫んでいるのか、歌っているのか、無事の帰還の雄叫びなのか不思議な様子でした。

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ヒマラヤ蕎麦をご馳走になってホテルに戻る途中、スーパーによってタバコやビール、つまみや食べたかったフルーツなどを仕入れました。ヘッドランプを着用してのショッピングでしたが、本当に停電があり役に立ちました。

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夜は日本食レストランで、日本食をご馳走になりました。

誰もがカトマンズについてホッとしました。このホット感はエベレスト街道トレッキングがいかに過酷であったかによるものです。寒さや空気の薄さ、厳しいトレッキング、不自由なロッジ泊まりなどから解放された安堵感でした。この辛い体験でもうヒマラヤはいいという人と、日にちが経つといい思い出になってまたヒマラヤに足を踏み入れてしまう人と2極分化するようです。

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2012年12月 8日 (土)

EV.街道トレッキング&西遊記 ルクラ滞留

11/16(金)、トレッキングチームの皆さんより一日早くルクラに到着し、一夜明けてのんびりと皆さんの到着を待ちました。

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ルクラは小さな街ですが、エベレスト街道トレッキングの玄関口として重要な飛行場があります。その飛行場の滑走路は切り立った崖の上に短くひかれ、山に向けて傾斜をもった独特のスタイルで、パイロットが世界一嫌がる飛行場といわれています。朝食後のんびりとパイロットの腕前を見に行きました。

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ルクラは周りを山に囲まれた盆地のような街です。ちょっと目線を上げれば日本であれば間違いなく名峰といわれるであろう5,000m級の山を見ることができます。

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飛行場見物に飽きて、ロッジの前庭で日向ぼっこをしてトレッキングチームの皆さんが到着するのを待ちました。

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お昼前に、先陣を切って“仙台の鉄人”が戻ってきました。さすがに健脚No.1のことがあります。

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他の皆さんも次々無事に帰還してきました。皆さんの表情にはここまで無事に歩いて戻った歓びに満ちあふれていました。

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夕食前に、ストローで飲むという珍しい地酒の飲み会が始まりました。高橋隊長も全員無事で戻れた安堵感からか美味しそうに飲んでいました。

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夕食後、ゴーキョグループのコックさんがケーキを焼いてくれました。

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ポーターさん達とはここでお別れですので、皆さんを慰労する会が行われ、それぞれ感謝の気持ちを兼ねてチップが渡されました。

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コックのペンバさんも皆さんから大きな拍手をもらっていました。わたくしも随分お世話になりました。

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最後はネパール踊りで盛り上がり、トレッキングの無事の終了を祝いました。

往路は皆さんと一緒にカラパタールを目指し、復路は皆さんとは2日ごとに顔を合わせるという変則的なトレッキングとなりましたが、大人数のワイワイガヤガヤの楽しさを味あわせてもらいました。後半は早く日本に帰りたい、温泉に入りたい、日本食を食べたいなど望郷の念が募ったようですが、いよいよ翌日カトマンズに戻れば成田への道がより近くなるというところまで来ました。しかし油断は禁物でカトマンズ~ルクラの路線はちょっとした気象の変化によっても運行禁止となり、そうなれば陸の孤島状態になり、何日もルクラで足止め(昨年もありました)ということが十分ありえるのです。皆さんも私も翌日の無事のフライトを祈って眠りにつきました。

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2012年12月 7日 (金)

EV.街道 西遊記 ルクラへ②

11/15(木)、エベレスト街道の終着ルクラへの行程も半分ほどになりました。

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目線が高いために石垣で囲われたガーデン越しにトレッカーが集う様を眺めながら、観光気分になってしまいました。歩いている皆さん申し訳ありません。

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長い道のりで飽きてきたのか、比較的広い道では馬を私に任せて、馬子も勝手に先に行ってしまいました。

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急な登りは、上体を低く騎手のようなスタイルになって、かけ声をかけながら手綱を心持ち強く引き、首筋辺りを叩いてあげると馬は必死になって一気に駆け上がってくれました。

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最後の急坂を上り終え、エベレスト街道の出発地点、ルクラに到着しました。よく頑張ってくれた馬に感謝しつつ別れを惜しみました。

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HEVを8時前に出発して8時間半、さすがに疲れ、しばらくは身体がグラグラと揺れている感じがしていました。

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ルクラでのロッジでは宿泊客が私一人だけということで、増築工事中の3Fに案内されました。

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3Fで唯一使えるひとつきりのベッドが今晩の私のねぐらとなりました。3Fで一人きりで、思いっきりの開放感を味わいました。

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トイレもできたてで清潔でゆったりとしていて、トレッキング中のロッジのトイレではベスト1でした。ただまだ完成していなくて中から施錠をできないのが難点でしたが、一人きりの占有でしたので問題はありませんでした。

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夕食は食欲がすっかり回復していましたので、ビール(大)とモモ(餃子)、ピザパイを食べました。

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フルーツが食べたいといいましたら、皮をむいたミカンを出してくれました。

トレッキングチームより1日早くルクラに到着し、一人旅の自由と気ままさを満喫させてもらいました。

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2012年12月 6日 (木)

EV.街道 西遊記 ルクラへ①

11/15(木)、エベレスト街道の終着ルクラへは歩いて2日間の日程なのですが、私は高橋隊長やラクパさんと相談の結果、乗馬トレッキングで一挙にルクラまで行ってしまうということにしました。食欲も回復し、エベレスト街道を馬で下るというのは邪道かもしれませんが、この際中途半端はやめてロブチェからの往路は全て西遊記スタイルでいくことにしました。

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HEVを出発すると一面うっすらと雪化粧で、白い峯が朝陽にキラキラ輝いていました。冷たくヒンヤリとした空気も心地良く感じました。

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前回に続いて同じ馬子と馬でしたのですっかり気心が知れ、私も馬の操縦にも慣れ、どんな崖道も急坂の難路も鼻歌交じりでした。

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HEVを先に出発していたトレッキングチームの皆さんに追いつきました。私の我が儘を許容していただき、一緒に楽しんでいただいた皆さんに感謝です。冗談で“殿”とかの冗談を言われ、“よきに計らえ”と冗談で言い返したり、大所帯の割には最後まで和気藹々ムードでした。4回目のヒマラヤで初めての団体ツアーでしたが、賑やかさや和やかさなどその良さを味わうこともできました。

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2つの画像は昨年の春に訪れた時のシャンボチェ飛行場(正式には認可されていないそうです)の滑走路と、副操縦席に座らせてもらった時のものです。HEVから30分くらい下るとこの飛行場に出ます。今は小型機の飛行は荷物限定となり、チャーター便のヘリのみの利用となっていて、砂煙を立てて離発着する小型機の勇姿が見られなくなったことは寂しい限りです。

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シャンボチェの滑走路からナムチェまでは急坂の連続でした。昨年この急勾配の標高差600mをカミさんとハーハー言いながら上ったことを思い出しました。今にして思えば高度順応を考えず、こんな急坂をよく上ったものです。

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やがてナムチェの街並みが見えてきました。馬と一体となって急坂も順調に下ることができました。

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ナムチェの街を馬で歩くことになるとは思いもよりませんでした。気をつけないと店やロッジの軒や看板に頭をぶつけてしまいます。

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どうしようもない下りの悪路は馬が脚を痛めては可哀相ですので、降りて歩きました。

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ゾッキョやロバの隊列とは頻繁に行き交いましたが、慌てることなくスムースに道を譲り合う呼吸もわかってきました。

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大きな石がごろごろしている難所では、馬にこちらの気持ちが伝わりますのでゆったりとした気持ちを心がけました。

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吊り橋では、上半身が橋の柵よりも高い位置に出てしまいますので、ちょっと緊張しながら馬と一体となってバランスを失わないように気をつけました。

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13:00頃、途中のロッジで昼食をとりました。馬子はモモ(餃子)を、私は手持ちのビスケットとミルクティーでした。まったく個人旅行的な雰囲気となりました。

急勾配の下りや難路も馬との呼吸がピッタリと合っている感じがして、変化の多いエベレスト街道を乗りこなす楽しさにはまりつつありました。

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2012年12月 5日 (水)

EV.街道 西遊記 HEV(3,880m)滞在②

11/14(水)、朝食後HEV(ホテル・エベレスト・ビュー)周辺を散策しました。

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HEV周辺の小高い丘に登って見下ろすと、10日くらい前にカラパタール目指して歩いたエベレスト街道を見下ろすことができました。この道を歩いた時は元気揚々としていたことが遠い昔のような気がしました。

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植村直己さんがエベレスト登頂の際、この麓のクムジュン村に滞在し、ランニングなどのトレーニングをしてこの丘に登り、ここからのエベレストの眺めが最高とファイトを燃やしたそうです。

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何回も何回も眺めたエベレストでした。

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ホテルでのんびりしていると、昼頃ゴーキョ隊の3人が到着しました。皆元気そうで晴々とした顔をしていました。

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カラパタール隊の皆さんも午後到着し、夕食前火が入った暖炉に全員集結して、皆さんほっとして再会を喜び合いました。

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夕食時、飲める人は全員で乾杯しました。私の食欲も完全に回復し、思い切り飲んだり食べたりしました。

思わぬ胃の不調から、一行の皆さんより一足先にHEVに到着することになりましたが、トラブルがなくても何とかHEVで連泊したいと思っていました。連泊しないとHEVの良さを味わうことはできないと思っていました。コーヒーを飲みながらあるいはワインやビールを飲みながら、一日中のんびりと部屋から山々が表情を変える様を見ることは最高の贅沢です。午後ホテルについて翌朝慌ただしくチェックアウトはちょっともったいないように思えます。連泊すればその分の費用もかかりますが、改めて訪れようと思えば~いつのことになるかわかりませんし~それなりの費用がかかります。ということでこの際我が儘させてもらいました。

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2012年12月 4日 (火)

EV.街道 西遊記 HEV(3,880m)滞在①

11/14(水)、HEVで久しぶりに寝袋から解放されて熟睡しました。

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たった一人食堂でゆったりとした朝食をいただきました。不調だった胃も動きだし美味しくいただきました。

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朝食後、部屋には日がたっぷりと差し込んで暖かくなり、結露していた窓もくもりがとれてきました。

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正面の窓からは、青空の下でエベレストやローツェがくっきりと見えていました。右側の窓からはアマ・ダラムを仰ぎ見ることができました。部屋から刻々と変わりゆく空やエベレストなどの色をのんびりと眺めていることができるのは連泊だからこその贅沢です。

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ロッジとは異なる別世界に足を踏み入れた安堵感ともいうのでしょうか。ロビーに着くと心からホッとしました。

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ロビーからも、大きなガラス窓を通してエベレストを眺めることができます。

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正面玄関からも美しい姿をした6,000m級の山々を見ることができました。

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天気が良いと、ホテルの展望台からエベレスト見ようとトレッカーが続々と上ってきます。皆さんホテルの階段は本当に苦しそうに下を向いて上がってきていました。

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展望デッキにはエベレストを見ようとたくさんの外国人が集まっていました。宮原さんがエベレストを見るために建てたホテルにいろいろな国籍の人が集まってきているのを見ると、嬉しいような自慢したくなるような気がしました。

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2012年12月 3日 (月)

EV.街道 西遊記 ~HEV(3,880m)②

HEVまで2日間の行程を1日で行ってしまおうと、途中昼食をとったあと、再び馬上の人となりました。

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すっかり馬にも慣れ、馬との呼吸が合うようになってきて、昔取った杵柄ならぬ手綱を思いだしました。そんな様子を察知して馬子は手綱をもたせてくれ、自由に歩けるようになりました。そうこうしている間にHEVの麓のクムジュン村を通り過ぎました。

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午後3時近くにHEVに到着しました。8時過ぎに出発しましたので、休憩や昼食をはさんで7時間、さすがに疲れ地上に降りましたら変な歩き方になっていました。しかし2日分の行程を私のリュックをもって同行してくれたビルバルさんはもっと疲れたことと思います。翌日はゆっくり休養してもらいました。

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早速チェックインし、部屋で寛いで、のんびりとエベレストの色が変わりゆく様をぼんやりと眺めました。

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私が食欲不振に陥っているということはラクパさんからホテルスタッフに伝わっていて、いろいろ気を遣っていただきました。高橋隊長から一足先にHEVに着いてもビールは控えるようにと言われていましたので、白ワインにトライしてみました。冷たく冷えた白ワインは喉ごしがよく、アルコールは久しぶりでもあり、とても美味しく感じました。

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夕食メニューは、チキンソテー、日本そば、茶碗蒸し、味噌汁などで、今までの食欲不振が嘘のように、白ワインに刺激されてチキンソテー以外は完食してしまいました。

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昨年の4月、初めてのヒマラヤでHEVに宿泊した時、エベレストやローツェ、アマ・ダブラムやタムセルクなどの名峰を眺めながらビールを飲むつもりが、高所順応がうまくいかずに酸素ボンベを吸う羽目になった苦い経験があり、今回はリベンジと思っていましたので、この日は白ワイン、翌日はビールとたっぷりとリベンジでき、また胃が動き出し、食欲も回復しました。

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EV.街道 西遊記 ~HEV(3,880m)①

11/13(火)、まったく食欲がなく、歩くのは難しいということで、この日も馬を利用することになりました。当初の日程では次の宿泊地はデボチェなのですが、馬の値段は距離に関係ないため思い切ってHEV(ホテル・エベレスト・ビュー)まで行くことにしました。2日分の行程を1日で行ってしまえばその分馬代は安くなりますし、安く浮いた分はHEVの連泊費用にあてることができました。

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出発の朝、皆さんは予定通りデボチェ(3,700m)へ、私は馬で一足早くその先のHEVまでと別行動になるため、2日後の再会を約して皆さんの写真を撮らせていただきました。

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ゾッキョ使いのミマ(ニマ?)さんとはここでお別れです。ミマさんはエベレストマラソン(BC~カトマンズ)のランナーであり、ガイドであり、一流のクライマーであり、かなりのイケメンで女性陣の人気度No1でした。

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私は再び三蔵法師となり、ヒマラヤの景色を堪能しながらも、この馬が道の真ん中よりもどうも端が好きなのではないかということに気がつき、ちょっと落ち着かない気分でした。馬子はそんなことは知ってか知らずか鼻歌を歌っていました。

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馬を利用するについては、当初は“関西代表”さんのようにレスキュー的な意味合いがあり、多少後ろめたさも感じていたのですが、以前乗馬を習ったことがあり、この頃になると馬を操る面白さを感じるようになりました。景色をゆとりを持って眺めることもでき、また目線も違うためにまた異なる景色にも見えました。

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先に出発していたトレッキングチームに追いつきました。私の個人旅行的我が儘を受け容れてくださり、暖かく迎えていただき、一緒に楽しんでいただき感謝しています。

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どうもこういう道になると、この馬の端っこ好きの癖が気になりました。

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パンボチェを通過しました。馬上にて失礼しました。

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どういうわけか吊り橋はきちんと真ん中を歩いてくれました。

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2日の行程を1日で行ってしまうということですので、馬も馬子も、個人ポーターのビルバルさんも途中で昼食しました。私は得体の知れない黄色いジュースを二口いただきました。小さな小屋で休息しているとまるで我が儘な個人旅行的な気分になってきました。

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2012年12月 2日 (日)

EV.街道 西遊記 ~ペリチェ(4,215m)

11/12(月)、前日の昼食、夕食、この日の朝食と胃が全く動かず水分も食べ物も口に入ることなく、このままでは歩けないということでペリチェまで馬でいくことになりました。ということで三蔵法師を気取って西遊記となりました。

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西遊記の舞台といえば、ジョムソン街道のカリガンダキ河沿いの渺々たる風景こそ相応しいのですが、エベレスト街道の馬上から見る風景も最高でした。

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無事にペリチェに着きました。実はコックのペンバさんが付き添ってくれたために、馬子、個人ポーターさん、カメラマン役のペンバさんという三蔵法師並みの豪華布陣による馬上トレッキング?でした。

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先に滞留していた“校長先生”や高山病で下山していた“関西代表さん達と再会し、ここにカラパタール隊12名が全員集合し、皆嬉しくてニコニコ顔していました。

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このロッジでは夕食前の早い時間からストーブに火が入り、全員から拍手が沸き起こりました。それに気をよくして女将さんはヤクの糞を更に奮発してくれました。カラパタールに登頂した人もしなかった人も一山越えて、これから先は高度が下がり空気が濃くなる期待感からか冗談を言い合っては笑い声が絶えませんでした。

結局この日も身体は元気なのですが、胃は機能せず、ほとんど飲み食いできず、なんとかデザートのフルーツの缶詰だけ口にすることができました。

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2012年12月 1日 (土)

EV.街道トレッキング カラパタール(5,545m)断念

11/11(日)、このツアーの最終目的地カラパタールに挑戦したのですが、後100mというあたりで涙をのみました。

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この画像は前日(11/10)に高所順応を兼ねてカラパタールの丘を100mくらい上った地点で見たエベレストの夕焼けです。

ペリチェへ待避した“校長先生”と門下生のお二人を除く私たち10人は、11/11カラパタールの頂に向けて出発しました。私は自分の心肺の調子を探りながらできるだけゆっくり歩き、登山道に取りついたときには既に先行グループの皆さんは50mくらい先を上っていました。私の後には“小田原夫人”がラクパさんと共に続いていました。私はペースを乱さないようにゆっくりと上り続け、ふと下を見ると“小田原夫人”とラクパさんの姿が見えずリタイア(酸素を体内に取りこめなかったとのことで、早めの決断は正解でした)したのだろうと思いつつ時々休んでは上を見て上り続けました。息はかなり苦しく、これは誰もが感じる苦しさなのか自分の心肺の故なのかと自問自答し続けました。先行グループは100mくらい先を上っていてもう間もなく頂上と思われ、自分も後一頑張りすれば何とかなると思った矢先、心肺の苦しさはあまり感じなくなった反面視野が急に狭くなり、今まで見えていた細く続く登山道の道筋が見えなくなりました。その度に同行のビルバレさんに道を確認しながら上ったのですが、足がどうしても上がらず、身体全体が急に冷え込んだように思え、身体が全く動かなくなりました。予備のダウンジャケットを着ても身体全体の感覚が麻痺して、これが低体温症かなとも思いしばらく様子をみたのですが、麻痺感覚は戻らず主治医や堀井先生の“決して無理をしないように”や“重症の場合には肺水腫になり呼吸困難になる”などのアドバイスなどが頭をよぎり、頂上まで100mを残して下山することにしました。下山はなんとか自力で下りることができ、次第に身体の麻痺感は消えたのですが、不思議なことに胃だけが冷凍されたのではないかと思うくらい冷たく感じました。

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無事に登頂した8名の方を含めて全員で昼食をとっていたとき、“関西代表”さんが食事をしながら居眠りをしているのを高橋隊長が見て、“関西代表”さんと“小田原夫人”と胃の不調を訴え食欲がない私の3人は、直ちにロブチェ(4,910m)に向けて下りた方がいいということで、高橋隊長と共に出発しました。“関西代表”さんの高山病はかなり重いようで、カラパタール頂上で既に意識朦朧としていて、その状態が続いていたため、歩く時も高橋隊長に身体を支えられながらふらついていました。歩きながら大丈夫かなと思っていた矢先、幸運にも前方からカラ馬がやってきて、ロブチェの先の“校長先生”が滞留しているペリチェ(4,215m)まで“関西代表”さんが乗っていくことになりました。画像は、高橋隊長、馬子、個人ポーターのビルバルさんの3人で、何とか“関西代表”さんを馬に乗せようとしていてかなり苦労していた時のものです。馬上の“関西代表”さんは、最初は高橋隊長に身体を支えられながら、途中からはラクパさんに支えられながら(さすがのラクパさんもかなり疲労したようです)、ふらつきながら何とかにペリチェに着いたようでした。“小田原夫人”と私と個人ポーターのビルバルさんの3人は、一行の皆さんより先に無事にロブチェに着きました。

カラパタールへの挑戦は、残念ながら5,400m地点あたりで力尽きました。今春トロンパス(5,416m)を越えることができ、今回は5,400m地点まで行けたということはそのあたりが自分の心肺あるいは体力の限界点かもしれません。残り100mをもう一息、どんなに時間をかけても頑張ることはできなかったのかなと思うことはありますが、思い看板を背負って頑張った“関西代表”さんの高山病症状を見ていると、高山病の恐ろしさを目のあたりにしますと、やはり決断は正しかったと思わざるを得ません。登頂成功直後の下山時の遭難事例が多いということも肯けます。もしカラ馬が通りかからなかったら“関西代表”さんも命に関わる事態が起きていたかもしれません。“小田原夫人”のように私ももう少し早めに決断していたなら胃に大きなダメージを受けることもなく、その後の体力低下を招くこともなかったかもしれません。

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