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2013年4月30日 (火)

桃源郷へ フンザ到着

4/9(火)、シガールからスカルドゥを経由してカラコルムハイウェイに入り、最終目的地のフンザ地域のカリマバードを目指しました。

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道はカラコルムハイウェイに入ってからもギルギット川沿いの山岳道でした。前方から軍用ジープがやって聞きました。パキスタンは軍事大国で、国家予算の半分を軍事関連に支出していますので、軍用車には度々出会いました。

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途中新婚のママさんと可愛い男の子を乗せた3人連れの親子に出会いました。ヤングママの肌が桃のように瑞々しく美しく、パパさんは嫁さんと子供を自慢したげでした。服装からみて軍か警察関係の人のようで、軍人や警察官は年金など待遇も恵まれているとのことでした。

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道が舗装されていて比較的広い道もありました。ヤギは車にひかれないように行儀良く行列をつくって歩いていました。ここは広い道だからいいのですが、狭い山岳道でも道の端ギリギリをうまく歩いていました。

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何ヶ所かトンネル化の工事をしているヵ所がありました。カラコルムハイウェイは中国の協力でできた道ですので、中国国境に近づくにつれて中国の工事車や中国人労働者の姿が目につくようになりました。

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夕方5時近く、比較的大きな街ギルギットあたりでは賑わいがみられました。

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夕方5時半頃、カラコルム山脈の白い峰が見えだし、そろそろフンザ地域が近くなりました。あの白い峰のむこうが目指す桃源郷です。

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山肌に一筋の細い線が見えました。それは旧シルクロードとのことで、谷底を眼下に見る中腹の道は消えそうなほど細く、また危なっかしくもありました。かつて数世紀前、この道をロバの背に荷を積んで交易の旅に出た人達がいたわけで、はるか昔のきびしくも逞しい人達に想いを馳せることとなりました。

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午後6時頃、ラカボシ(7,788m)を間近に見えるお土産物屋で最後のトイレ休憩でした。残念ながらラカボシの勇姿は見ることができませんでしたが、絵葉書などを買ったりして一服しました。中国国境にはかなり近くなり、道もかなり良くなりました。

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午後7時、3連泊したフンザエンバシーというホテルに到着しました。ちょうど12時間かかりました。ようやくフンザに到着したという安堵感と、ここが桃源郷であるという感慨でちょっと興奮気味でした。

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4/5に成田を出発してパキスタンの首都イスラマバードに到着し、当初予定していたフライトをキャンセルして4/6からカラコルムハイウェイを走ってチラスに1泊し、4/7はシガールへ、4/8はシガールの村や砂丘を見物し、4/9の夜にようやくフンザ地域の中心部のカリマバードに着きました。

同じ日に成田に出発した別チーム(20人)はシガールに寄らずにフンザに直行し、フンザでトレッキングなどを楽しんでいるようですが、私は初めてのパキスタンを広く見てみたいと思いましたので、シガールによるこのルートを選びました。地図で足跡を振り返るとパキスタン北部の主要な地域をカバーしていることがわかりました。

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2013年4月29日 (月)

桃源郷へ 山師再び

4/9(火)、シガールからカリマバードへ向かう途中スカルドゥで旅人気分と異国情緒を味わい、再び山岳道を走りカラコルムハイウェイとの合流を目指しました。

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カラコルム山脈はどこまでも続き、いろいろな姿を見せてくれ、空も雲もいろいろ変化して退屈であるはずの山岳ドライブを楽しいものにしてくれました。

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緑の並木に沿って集落が形成されて、人が集まるところにモスクがありました。ヨーロッパアルプスのトレッキングでは、どこの村へ行ってもアルプスと教会とおしゃれなカフェやロッジが3点セットでありました。ここではカラコルム山脈と緑の回廊とモスクが3点セットのようです。

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この景観は往路で見た景観でしたが、復路ではここが青空トイレとなりました。山側が女性、川側が男性で、絶景を眺めながらのそれは、極めて開放的でした。私達の一滴はインダス川の流れとなって、今頃インド洋に注いでいるかもしれません・・・。忘れられない経験と景色でした。

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次から次へと変わる山と空と雲。

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細い山岳道をトロトロと走るデコトラも私達の目を楽しませてくれました。ほとんどが日野自動車製で、日本のトラックがパキスタンの山奥を走っている図は痛快です。

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こんな道でも、デコトラは荷物を満載して毎日何十台、何百台と走っているのです。もし故障したら、事故が起きたらどうするのかなとも考えたのですが、何とかなっているのでしょう。

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どこからともなく二人のお兄ちゃんが歩いてきました。何をしている人かと思いましたら、ガイドのサリーヌさんが宝石堀の山師だよと教えてくれました。

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往路も見た宝石採掘の山師達。石積みの小屋で、炊事して寝泊まりしているようです。

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こちらの崖と向こうの崖と、インダス川の上空を滑車着きロープでいとも簡単に行き来していました。この時は私達ギャラリーの前で張り切っているようで、私達も何となく親近感を持ちました。

この日も移動のほとんどは山岳ロードで、危うい道をデコトラが何台も行き来して、インダス川が削り取った断崖絶壁では、山師達が洞窟で暮らしながら宝石を採掘していました。この営みは今も続いていて、これからも続いていくことと思われ、人間の逞しさに感心しました。

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2013年4月28日 (日)

散歩道 花と緑

パキスタンから帰国して、たまった仕事や自治会の仕事で何かと忙しく、桃源郷探しのブログの更新も見どころが多かったためになかなか桃源郷まで辿り着けません。4/23(火)久しぶりにいつもの散歩道を歩きました。

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ツツジには少し遅いかなと思ったのですが、さまざまの色を競い合っていました。他の花もさまざまな色を誇り、春を謳歌していました。特に目を奪われたのは緑の道の鮮やかなこと。冬枯れの季節からいっきに春を迎え、緑が芽吹いていました。桃源郷探しは続いていますが、美しい花と鮮やかな緑、きれいなせせらぎがあり、いつものことながら海外に出かけると日本の美しさが目にしみるのです。

 

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2013年4月27日 (土)

桃源郷へ スカルドゥ散策

4/9(火)、カリマバードへの途中、スカルドゥの街を散策しました。ここは飛行場があり、バルトロ氷河トレッキングなどK2展望トレッキングのベースとなっている街で、映画「草原の椅子」の冒頭のシーンが撮影された場所でもあります。

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映画で見たシーンは、主人公(佐藤浩市)がティーをすすりながらこの路地で歩いている人々、羊やヤギ、車の流れなどをぼんやり見ていました。同じようにのんびりと道行く人や羊たちを眺めたりしたらきっと自分もなにかかんがえることが頭に浮かんだかもしれません。

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道行く人々の顔つきは、パキスタン系、モンゴル系、ネパール系などさまざまで、たしかにぼんやりと人々を眺め、どこから来た人か、何をしている人かなど考えたりするのも面白そうでした。

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椅子に座っていた古老に写真を撮っていいかと尋ねたら若い人も一緒に撮せと、それでは3人ということになりました。パキスタンに来てから古老の顔のしわが深く、何ともいえない味があり、背筋がシャキッとしていて、傲慢ではなく胸を張って、誇り高い顔つきをしていることが印象的でした。

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フルーツや野菜など食材は豊富ではありませんが十分あり、私達が小さい頃木箱に野菜や果物を平積みにして売っていた八百屋の店先のようで、昭和レトロと同じ匂いがしました。日本はその後経済成長と共に八百屋が姿を消しましたが、ここではもしかするとシルクロードの頃とあまり変わっていないのかもしれません。

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ネパールであれば女性がミシンを使って店先で反物を仕立てたりしていましたが、ここはイスラムの国ですので男性が仕立てていました。楽しそうな顔をして働いていました。

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生きてせわしなく餌をついばんでいる鶏と、なれの果ての店先に裸にされて吊らされている鶏。生と死・・・。店先のおじさんは寝ているような寝ていないような、のどかでありながら啓示的な店頭風景でした。

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小麦粉が焼けて香ばしい匂いがしていました。パキスタンに入ってから細長い米はなかなか馴染めませんでしたがナンは結構いけました。売る方も買う方も楽しそうな顔をしていてみているこちらも何かいいことがありそうな気になります。

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この国の高校生や若者は誰もがイケメンで清潔感に溢れています。ツアーの中のどなたか(女性)が「みんな賢そうな顔をしている」とつぶやいていましたが、本当にそうなのです。

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この国の人は、時間があるとじっと座って通りや道行く人を眺めるのが好きなようです。私達のこともじっと見ていましたが、刺すような視線ではなく好奇心あふれる暖かい眼差しのように思えました。ここで映画「草原の椅子」が撮影されましたので特に私達日本人には親愛の情がこもっているように感じられました。

映画の舞台になったこの地で、私達も登場人物になったような気分で、異国情緒を楽しみました。老人の、味があり、風格のある顔つきが印象的でした。

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桃源郷へ スカルドゥへ

4/9(火)、2泊したシガールから今回のツアーの最終目的地カリマバードへの道は、来た道を戻るカラコルムハイウェイへの道で、その途中のスカルドゥを目指しました。

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シガールの藩主の館を7:00に出発しました。5,000m級の無名峰が見送ってくれました。

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何回か橋を渡りました。橋を渡る時は交互に1台づつ渡るというルールがあるようで、ラッシュ時にはデコトラが集中してかなりの時間待ちとなるようでした。場所によっては、古い橋と並行して新しい橋が架けられている場所があり、新しい橋は軍事用のものでもあるため撮影禁止となっていました。

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何回か渡り、遡ってきたインダス川を今回は下りました。ヒマラヤの氷河がとけて流れているインダス川は白濁しているのですが、この日は少し青みがかかっていました。

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往路は既に日が暮れかかる時間帯に通ったこの道も、復路となるこの日はまだ陽が昇ったばかりで、きれいな青空を眺めながらのドライブとなりました。

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緑がある場所には人が住み、人が住んでいるところには緑があり、若々しい初春の緑は目に清々しくしばしば目を癒してくれました。時々現れる緑の道はオアシスのようでした。

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緑のある村を抜けると、カラコルム山脈の白い峰を眺めながらの展望のいい道があり、少し走っただけで景観が次から次へと変わり飽きることがありませんでした。

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いつの間にか街並が現れ、それでも白い峯が見えていました。カラコルムハイウェイへと戻る道は山脈に囲まれ、山脈のすそ野を巡る道でもあるようです。独特のデザインをもつ建物や壁は、異国情緒たっぷりでシルクロードを旅しているような錯覚にとらわれたりもしました。

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通学、通勤の時間帯、これほどの人数の女性を見かけるのは久しぶりでした。10歳くらいを過ぎると人前に出ないという風習の村や部族もあり、この村のように開放的なところもあります。子供の通学に付き添う若いママさんのようで、きっとあれやこれや話しながら歩いているママさん達の明るい笑顔はイスラム教の戒律もさまざまであるようでした。

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シガールを出発してほぼ1時間半でスカルドゥに到着しました。スカルドゥはイスラマバードからの国内便の飛行場がある賑やかな村です。

往路は、カラコルムハイウェイから離れて日暮れ時にひたすらシガールに向けて走った道でした。遡ったインダス川沿いの同じ道を下ったわけですが、白い峰が現れたり、緑の村が現れたり、楽しい道でした。

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2013年4月26日 (金)

桃源郷へ 花の里

4/8(月)の午後、ミツバチのように杏の花を求めてジープであちこち移動しました。

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白い花はスモモの花、ピンクの花は杏ということを現地ガイドのサリーヌさんの口が酸っぱくなるまで教えてもらいました。一生忘れません。紛らわしいのは杏の木にスモモの木を挿し木してあるものもあったことでした。

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これが杏の花です。一枚一枚の花びらが丸いのが特徴で、これも一生忘れません。

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長い年月をかけて毎年毎年大地から滋養を取りこみ、誰に見られることもなく今年もまた美しい花を開かせ、花が散れば果実をたわわに実らせることと思われ、自然の営みに黙するのみでした。

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思わず息を呑んでしまった美しい姿の樹でした。花びらの色も枝振りも控えめで、周りの淡い緑や灰色の大地にとけこんでいて、それでもすっくと立っている姿は日本的な美にも通じるように思われ忘れがたいものです。パキスタンの山奥にこんな樹があったと数年後にも思い出すかもしれません。

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薄い緑のスクリーンのむこうに白壁のモスクがあって、その背後に迫るように自然の脅威を誇示するかのような威圧的な岩壁があって、これも印象的な景観でした。日本の山寺も峻険な岩壁にへばりつくように建立されているものも多く、一脈通じるものがあるのかもしれません。

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私たちがジープを連ねて花を求めて歩く姿は地元の人達には異様な光景に映ったに違いありません。彼らにしてみればいつも見慣れている花に群れ、しきりにシャッターを切る姿は不思議だったと思われ、いつの間にか村人が集まってきて、私たちを見物していました。最後は私たち20人と彼ら20+α人と、何となく集団見合い風になってしまいお互いに笑い合ってしまいました。残念ながらというか当然というか時々出会った女性達は逃げるように走り去り、残ったのは男性ばかりでした。

ジープを連ねてのブラブラ歩きは、どこの村とも特定できない里山歩きのようなものでしたが、そこで見たシーンは特にこれといった特徴のあるものではありませんでしたが、もし自分に絵心があったら間違いなくスケッチブックをとりだしたであろう印象に残るシーンでした。午前中の砂丘歩きも午後の里山歩きも、村人との交歓も、解放された気分がした忘れがたい一日でした。これが旅の醍醐味かもしれません。

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2013年4月25日 (木)

桃源郷へ 砂漠という名の砂丘

ツアー4日目の4/8(月)の午前中は、映画「草原の椅子」の最大の見せ場となった砂漠シーンの撮影現場である砂丘見物に出かけました。

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シガール村を9:00とゆっくり出発し30分も走ると風景は一変しました。緑が何もない茫漠とした平原が広がっていました。

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何もない平原に一筋のラインが見えていて、近づいてみれば舗装路でした。ここで4WDのジープに乗り換えて砂丘の入口に向かいました。

 

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ここの砂丘は、インダス川が削った石の粉末が風に舞って堆積したとのことで、粒子が細かく、自分が知っている鳥取砂丘の砂粒に比べるとはるかに細かくサラサラでした。サリーヌさんとお定まりのツーショット。

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実際の砂漠の数十分の一か数百分の一のスケールだろうと思うのですが、風がつくりだした風紋や砂の大波、砂の丘のカーブは芸術的に美しく、砂漠の魅力の一端を見ることができました。

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誰も足跡を付けていない未踏の場所を求めて先を争って歩いてしまい、ふと気がつくと意外に遠くに行ってしまい、戻るのに大変な思いをしてしまいました。

「草原の椅子」の原作ではタクラマカン砂漠が舞台でしたが、そこでの撮影は不可能ということで、パキスタン北部のあちこちを探し回ってようやくこの地を探し当てたのとことでした。実際歩いてみるととても歩きにくくちょっとした傾斜の処ではなかなか上ることができませんでした。すり鉢状の底に落ちてしまったらあり地獄のようにはい上がることは不可能に近いと思われ、実際の砂漠は大変だろうなあと思われ貴重な砂漠的体験でした。

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2013年4月24日 (水)

桃源郷へ シガール村

4/78と2泊したシガール村は、静かでひそやかな村でした。

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藩主の館から見下ろしたシガール村は、ポプラや麦の新芽が薄緑色で淡く、スモモの花びらも淡いうす紅色をしていて、水彩画のような風景でした。

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藩主の館前を流れる水量の少ない小川に沿って早朝散歩をしました。村人も見えず、おそらく朝餉の準備や朝食を食べて一日の活動の準備をしていることと思われました。

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6:30、小川で洗濯してそのまま乾いた石の上に並べたり、小枝にぶら下げたりして干してあった洗濯物を女性が取りこんでいました。

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おじさんが牛を連れてご出勤のようでした。写真撮影の許可を取りましたらOKとうなずいてきまじめな顔をしたまま通り過ぎてゆきました。

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何頭かの牛たちもこれから牧草地へとご出勤でした。静かでのどかな一日の始まりでした。

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藩主の館から1kmくらいの処に村の入口があり、小さなお店や住まいが立ち並んでいました。

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バルトロ氷河のトレッキング道に通じる幹線道路は舗装されていたり、舗装されていなかったり、乾期には埃っぽい道でした。藩主の館へ1kmという看板がありました。

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村を見下ろすように、守る砦のような小山があり、健脚自慢の皆さんは持てあました元気を発散させるかのように手近な丘に登ってこの山の展望を楽しんだようでした。

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7:00を過ぎると、朝陽も上がり雲も切れて青空がひろがってきてこの日予定の花の里巡りや砂丘巡りが楽しみでした。

シガール村はとても静かで、朝食前の澄んだ気持ちのいい空気の中をのんびりと歩いているとここまでの長距離移動がかなり昔のような錯覚にとらわれ、まるで隠遁生活に入ったような気分になりました。

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2013年4月23日 (火)

桃源郷へ 藩主の館

前日夜遅くシガールの藩主の館に到着しほっとして熟睡し、久しぶりにのんびりとした朝を迎えました。

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前日到着した時は夜で暗く、全貌がわからなかったのですが、たしかにホテルやロッジというよりも藩主の館でした。

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中庭には桃のピンクの花が咲いていて、ようやく桃源郷に近いところに辿り着いたような気になりました。

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建物の中の階段は、できるだけ昔の館の原形を留めながら補強されていて、400年前にタイムスリップしたようでした。

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朝6時屋上に出て、ここまでの長い道のりを振り返りつつしばらくぼんやりとしました。

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ここでの部屋割りは、さまざまなタイプがあるためクジ引きでした。私が引き当てたというか外れクジの部屋の入口は、ここでウィスキーでも嘗めながら星空でも見ていたらよさそうな雰囲気でした。

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私の部屋の寝室はとてもシンプルで、落ち着けるものでした。

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クジ運が強いKさんが引き当てた部屋は多分藩主の部屋かもしれません。寝室はもとより、リビングも寛ぎの間も立派なもので、それに比べると私の部屋はまるで独房か下僕の間のようでしたが、住めば都で2日間ゆっくり(といっても砂漠ツアーや花探しツアーでほとんど外出していましたが)寛ぐことができました。

 

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レストランは、半地下のような場所にあり、床も壁も石と漆喰で塗り込められていて古城のような雰囲気でした。しかし照明デザインやレイアウトは最新のもので、工夫がなされていました。

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食事もデザートもとても美味しく、デザートにはアイスクリームが出され、久しぶりの味を堪能しました。

2日間滞在した藩主の館(シガールフォート)は、西遊添乗員の村田さん一押しのホテルでした。とても雰囲気があり、西欧風でもなく和風でもなく、遠い異国的雰囲気が味わえました。照明や水回り、食事を含めて充実していて、車による長い移動の疲れを癒すことができました。残念なのはここまでのアクセスが長く、簡単に来ることができないため利用される機会が少ないようです。宝の持ち腐れでもったいない気がしました。

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2013年4月22日 (月)

桃源郷へ シガール到着

4/7(日)の午後、カラコルムハイウェイを離れてインダス川をさらに北上しました。

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飛行場があるスカルドゥを経由してシガールへと向かう道は細くなりながら、山奥に分け入っていきました。

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細い道は、車1台がやっと通れるようなヵ所とすれ違い可能なヵ所とがあり、対向車と行き会うとあうんの呼吸でうまくすれ違っていました。

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すれ違った車を振り返るとヨタヨタという感じで走り去っていきました。

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窓から覗き込むと車幅スレスレの真下にはインダス川が流れていて、あまりそちらを見ないようにしました。

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対向車が来るとどこでどのようにすれ違うのかハラハラし通しでした。

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川を挟んだ向こう側の岩壁にはいくつも穴が空いていました。山師が宝石採掘している現場とのことでした。インダス川の対岸にはロープ一本で行き来していました。

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こんな山奥で、対岸の岩壁洞窟に寝泊まりして、命がけで働いている人がいました。

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山あいの谷底を見ながらの道からようやく山里の道に出、緑の樹木を見てほっとしました。じかんはもう夕方5時近く、日も暮れつつありました。

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夕方6時近く、一日の仕事を終えて帰宅の途についている労働者でしょうか、ニコニコと手を振っていました。ここまで出会ったパキスタン人のほとんどはとても穏やかで微笑みかけてくる人ばかりで、パキスタンのイメージが変わりつつありました。

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同じく夕方6時近く、とても見晴らしのいい場所に出ました。広々とした河原の向こうに夕陽を反射した白い頂がつながっていました。

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夜8時に目的地のシガール村に到着しました。宿泊ホテルのシガールフォートは夕闇につつまれていましたが、きれいにライトアップされていました。

ほぼ12時間の車移動は、この日も沿道の風景を眺め、道行く人と手を振り合ったり、細い断崖絶壁の道にハラハラしながらの飽きない道でしたが、さすがに疲れました。しかし着いたホテルは藩主の館で、一種独特の雰囲気を持っていて、異国の地の果てに辿り着いたような気分になりました。

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2013年4月21日 (日)

桃源郷へ チラス~シガール オアシス

4/7(日)、日本を出発してまだ3日目で、フライトキャンセルのためイスラマバードからこの日の宿泊地シガール目指してカラコルムハイウェイをひたすら北上しました。

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パキスタン料理には欠かせないチキン、この日も大量輸送されていました。気温は涼しく快適なのですが、私たちと同じように長距離移動でグッタリしているようにも見えました。

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もうすっかりお馴染みとなってしまった山裾をトラバースする道は、いくつもの山の中腹をえぐっていました。

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かと思うと舗装された比較的開けた道が現れ、ドライバーさんはこことばかりに猛スピードで走りましたが、この快適な道は長くは続きませんでした。

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やがて村にさしかかると、子供や少女達が興味深そうな眼差しで私たちを見ていました。女性は10歳を過ぎる頃からできるだけ人前に出ないとのことで、私たちが見かけた女性のほとんどは少女ばかりでした。その少女も既にベールを纏っていました。

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中国国境へと通じる大動脈のカラコルムハイウェイには長距離トラックが頻繁に走っていますので、GSはなくてはならない存在です。GSにはトイレはもちろんイスラム教徒のトラック野郎達の礼拝所や休憩所まであり、いわばオアシスのようなものです。

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デコトラとのツーショット。

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そばで見ていたドライバーが運転席に乗ってみろと言ってくれました。

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運転席のフロントガラスにはきらびやかなお守りの飾りがたくさんあって、危険で長い道のうんざりする運転をきっと慰めてくれるもの思いました。

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お昼前に、今まで遡ってきたインダス川に左手からギルギッット川が合流する地点に着きました。ギルギット川に沿って北上すれば中国国境に向かいますが、私たちはここからカラコルムハイウェイとは一端別れてインダス川を北上してシガールを目指しました。

GSはドライバーにとってはオアシスですが私たちにとってもオアシスでした。カラコルムハイウェイ沿いには公衆トイレはなく、またロッジなどトイレを備えた施設もほとんどありませんので、ほとんどが青空トイレとなりました。男女各10名、適当なところで車を駐めてもらい、男性は山側、女性は川側とかその度にルールを決めて、一斉に陣地確保に散るのです。男性は適当に、女性もそれなりに、広大な景観を眺めながらのそれは慣れてくると極めて開放的でした。私たちはカラコルムハイウェイ沿いに痕跡を残しながら旅を続けたのです。

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2013年4月20日 (土)

桃源郷へ チラス~シガール 温泉

4/7(日)、3日目も長い移動になりそうでした。昨晩はホテルに21:45に着いた後食事して部屋に落ち着いたのが22:306:15に起床でちょっと疲れ気味でした。

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長距離移動の後、パキスタン山奥のホテルの部屋は思いもかけず快適で、多少なりとも疲れを癒すことができました。折角のおしゃれな部屋でしたが、短い滞在でした。

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6:15のモーニングコールで各部屋を廻るサブ添乗員の吉川さん。添乗員さんも大変でした。

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部屋の前にはインダス川が流れていて、薔薇がきれいに咲いていました。こんなところでゆったりと過ごすのもいいかもしれませんが、目的は桃源郷ですからのんびりしてはいられませんでした。

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ホテルの出入口には銃を携えた警察が警備していました。

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西遊旅行社の社員で現地ガイドのサリーヌさん。日本語がペラペラで、映画「草原の椅子」では通訳の役柄で出演し、専用車の中では流暢な日本語でガイドしてくれました。主役の佐藤浩市との思い出話などたくさんのエピソードを披露してくれました。二児のパパでとてもやさしく、なかなかのイケメンでした。

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途中休憩しているとどこからともなく2人の子供が近づいてきました。特に物乞いをするわけではなく、興味深そうにこちらを見ていました。ジプシーの末裔か?

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途中温泉が湧いていました。温泉に手を浸したりちょっとした癒しでした。

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デコトラのトラック野郎が温泉で身体を洗っていました。パキスタンには全くアテにならない鉄道が一本きりですので、物資の輸送はほとんどがデコトラで行われ、特に中国国境に通じるカラコルムハイウェイは長距離のため、ドライバーは必ず2人一組でした。

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またデコトラが思い荷物を満載してやってきました。見ているとカタツムリのようにゆっくりしているのですが確実に近づいてきます。大抵とても気のいいトラック野郎たちが運転しているのです。

ツアー3日目がスタートしました。ちょっと寝不足気味ではありましたが、豪快な景観の中をクネクネと走り抜けるのはエキサイティングでした。それでも気がつくとウトウトと舟をこぐこともしばしばでした。

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2013年4月19日 (金)

桃源郷へ チラス

4/6(土)、2日目の最終目的地は当初はベシャムという村だったのですが、今後の日程を考えて無理をしてでもかなり先のチラスという街を目指しました。

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ベシャムで昼食をとった後、かなり先の街を目指して出発しました。警察の車が先導してくれることになりました。恐る恐るカメラを向けても、警察官達は笑っているだけで咎められることはありませんでした。

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途中から銃を携えた警官が同乗してくると車内に緊張が走りました。

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新しい村に着くたびに新しい警察車が交替で先導してくれました。村によって警官の服装も警察車も異なり面白く感じました。

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警察車に先導されながら、インダス川を遡ってカラコルム山脈の奥へ奥へと車は走りました。

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しばらく走ると渓谷が開かれたところに村があり、そこで警察のチェックを受けということを何回も繰り返しました。山脈の奥深くへと導く一本道では、テロや人質の拉致などということは不可能のように思えました。

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山の中で、私たちの2台を含めてなんと西遊旅行社の専用車が8台集結しました。西遊軍団といったところで、かなり目立つ存在で、これでは警察も厳重な警備をしてくれるはずだと納得しました。

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イスラマバードへと向かう6台の車と別れて、私たちはさらに奥地へと向かいました。ちょうど山のすそ野をトラバースするような道が切り開かれていて、車が進むにつれ、折り重なるように現れる山々にも冠雪が見られるようになりました。

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崖崩れや落石に遭遇したら、崖下に転落したら、ひとたまりもないだろうデコボコの山岳道を、私たちのバスは健気にもカタツムリの歩で、しかし着実に走り続けました。ドライバーさんが大変でした。

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午後6時近く、専用車は再び大きな村を通過し、さらに山奥へと分け入りました。この後すっかり日が暮れてしまい暗闇の中をひた走りました。

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6:00に出発して21:45、やっとこの日の宿泊地チラスに着きました。16時間の移動でサブ添乗員の吉川さんもほとほと疲れ切ったようでした。

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2013年4月18日 (木)

桃源郷へ GTロード

4/6(土)いよいよベシャムへの長い道のりの一日がスタートしました。もしフライトが可能であれば飛行場がありトレッキングベースとしても有名なスカルドゥまで45分で行けるのですが、飛ばない可能性方が高いため当初から2日間の専用バスの移動となりました。

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私たち20人を運ぶ2台の専用バスはスーツケースを車の屋根に乗せて準備中でした。6:00予定通りイスラマバードのホテルを出発しました。

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前日は飛行場からホテルまで、夜間の暗い時の移動でしたので周りの景色はよくわからなかったのですが、イスラマバードは意外に緑が多く、ちょうど東京の皇居辺りの景色と似ていました。

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この道はイスラマバードからカラコルムハイウェイに合流するGTロードという幹線道路です。ちょうど朝のラッシュが始まりつつある時間帯で、早速パキスタン名物のデコトラにお目にかかりました。デコトラのほとんどは日野自動車製でした。

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目覚めたばかりの街を、専用バスは快適に走りました。1号車と2号車のどちらに乗るか、どの席に座るかは毎日クジ引き選で決めました。クジ次第で見える景色が違いました。

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首都中心部を抜けるとさらに緑が多くなりました。

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最初の休憩をとっていると自転車のおじさんが通りかかりました。ハンドルには造花をあしらっていて、乗り物を飾りたてるのがお好きなようでした。一斉にカメラが向けられるとわざわざ自転車を止めてポーズをとってくれました。とてもフレンドリーでした。

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ミニタクシーは乗客を満載しても軽快に走っていました。そのほとんどが日本のスズキでした。日野自動車といい、スズキといい、何となくパキスタンに親近感を抱きました。

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街はすっかり目覚め、活気を取り戻しました。

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同じアジアでもタイ人やベトナム人とは異なる顔立ちに異国に来たことを実感しました。

夜中の1:00頃就寝して4:45起床。あまり疲れも感じず、天気も良好で、長い長い道のりの1日でしたが、元気にスタートしました。

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2013年4月17日 (水)

桃源郷へ 北京~イスラマバード

成田を定刻より1時間遅れて出発したPK853便は、4時間後に北京空港に着き、1時間半ほど給油や機内掃除をした後イスラマバードへと飛び立ちました。

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初めて目にする北京空港近くの中国の大地でした。

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窓から目にする北京空港は、気のせいか少し霞がかかっているようでもあり、建物も無彩色で無機質にも見えました。

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機体の後部ハッチが開けたままになっていましたので、中国の生の空気を吸いました。あまり長く吸っていると肺によくないのかななどと余計なことを考えてしまいました。

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1時間ほど私たちは機内待機となり、寛いでいました。ほとんど西遊ツアー客で占有状態となっていましたが、出発間近に多くの中国人が乗り込んできて、今までの空気と匂いが一変しました。

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現地時間の夜11時過ぎにイスラマバードの空港に着陸し、入国審査もスムーズに済みました。うっかり写真を撮ったら注意されましたが、消去までは命じられませんでしたのでそのままにしました。

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預けたスーツケースが出てくるまで、うっかりしてまた写真を撮ってしまいました。初めてのイスラムの国への入国で多少緊張していましたが、ここまでくれば好奇心の方が強くなりました。

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全員預けたスーツケースを確保して、空港の外で待っていた専用バスに向かって、はぐれないように集団移動しました。

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ちょうど真夜中の12時過ぎ、電飾も鮮やかな店があり、アジア的な雰囲気を醸し出していました。

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パキスタンでの貴重な動物タンパク質である鶏の護送車が脇を走っていました。昼間の移動は暑く、鶏にもこたえるために涼しい夜中の移動が多いとのことでした。

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夜中の0:20に宿泊先のホテルに到着しました。チェックインしてすぐには寝つかれませんでしたので、持参したウイスキーを飲みながら、しばし感慨に耽りました。

初めてのイスラムの国、危険といわれているパキスタンへの入国、首都イスラマバード、興味はつきませんでしたが、車で数十分走っただけでしたので何もわからずとりあえず早朝出発に備えました。ツアー1日目は成田からほぼ12時間の移動の一日でした。

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2013年4月16日 (火)

桃源郷へ 出発

4/5(金)いよいよ桃源郷探しの旅の出発の日となりました。

 

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海外に出かける度に、ここに立つと緊張感につつまれます。

 

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出発予定を表示するパネルには、数分おきに世界へ旅立つフライトの表示があり、まるで通勤ダイヤのようです。

 

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西遊旅行社の受付場所には定刻よりも早く着きました。ここで同行する皆さんと顔合わせとなりました。

 

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西遊旅行社の受付を済ませ、14:00出発まで時間がありましたので昼食をとりました。しばらくは口にできない生ビールと鮨で日本の味をかみしめました。

 

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同行者の皆さんも揃い、搭乗手続きを開始しました。

 

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出国手続きを済ませて搭乗を待つだけとなりました。パキスタンへはPIA(パキスタンインターナショナルエアライン)の利用のみに限られ、定刻通りに出発したことがないという事前情報のとおり、早速1時間10分の遅れとなりました。

 

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私たちが搭乗する機材が1時間遅れで到着しました。機体の尾翼には国旗のマーク“三日月と星”が見えました。

 

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300人乗りのシートのかなりの部分が空いていました。

 

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何はともあれ飛行機は出発し、4時間のフライトで北京を目指しました。

北京からはパキスタンで働く中国人が乗ってくるということで、それまでは私たちの“花の桃源郷フンザとバルティスタン”ツアー20名と“花の桃源郷フンザを歩く”グループ20名の総勢40名が占拠しているような感じでした。機内が空いていたせいかゆったりとした気分で初めてのパキスタンを目指しました。

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2013年4月 5日 (金)

最後の桃源郷 行ってきます

海外に出かける直前になると開き直るというか、どうにでもなれという気分で、未知の世界がどんなところか、同行する人達はどんな人達(20人)か、何が起こるかなど興味津々です。

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4/5(金)、成田14:00発のパキスタンインターナショナル航空で出発します。先ず出発が例外なく定刻より遅れるそうで、4時間のフライトで北京へ、北京空港では1時間半の機内待機(これも確実に予定オーバーとのこと)、その後北京空港からイスラマバードへの6時間半のフライトですから、何時間機中の人になることやら、まるで人質軟禁状態です。イスラマバードの宿泊先にたどり着けるのは12時を過ぎる真夜中とのことでうんざりです。おまけにイスラム教徒の国の飛行機であるためアルコールは一切積んでいないということです。ファーストクラスでも酒は飲めないということになりますが、本当かな?

さらに追い打ちをかけるように、イスラマバードからスカルドゥへのフライトがダメになり、カラコルムハイウェイを1泊2日の行程で山岳ドライブするとのこと、いやはやです。しかし飛行機で一っ飛びより、険しい山岳道路を景色を見ながら、ところどころの休憩では村の暮らしぶりを見ながら行くのもいいかもしれません。(結構負け惜しみですが)

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飛行機と専用車による長い山岳ドライブの後、着いた世界が素晴らしいことを祈る気持ちです。狙いは花が溢れる春爛漫の風景です。

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“桃源郷”とは一体どういう所なのかというイメージは大体あるのですが、実際のところどうなのだろうかという興味があります。気候が厳しかったり、食生活が質素であっても、絶対的な条件は美しい自然と長寿の里であることではないかと思います。映画化された宮本輝の「草原の椅子」に登場した100歳を越えるダドゥおじいさんは実際にフンザに暮らす101歳のおじいさんとのこと。映画で見ると矍鑠とした人でした。もしフンザで会えたら、小説のように私も瞳を見てもらい運命を占ってもらいたいものです。

何はともあれ4/51511日間、禁酒の国へ腹をくくって行ってきます。秘かにスーツケースにはワインとウイスキーをしのばせました。見つからないようにと旅の無事を祈りつつ。

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2013年4月 1日 (月)

最後の桃源郷 ヒンディ村

更にフンザの情報を集めてみました。この画文集は、日本画家(1947年生)のご主人と商社勤務の後ペン画家となった夫人(1980年生)が198086に滞在した時のもので、フンザが“最後の桃源郷”と言われていたのは30年以上前(私が知ったのは10年ほど前)からだったことがわかりました。

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「ラカポシの麓 あんずの花の咲き乱れる パキスタン・フンザ地方の小さな村の四季を 細密なペン画と簡潔な文章で描いた珠玉の画文集 卑俗にして神々しい村里のくらしが 私たちの衰弱しつつある魂を揺り動かす」(はしがきより)

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「最後の桃源郷に暮らして」というサブタイトルがついたこの画集は、「デリーの安宿で、パキスタンの山奥にあるフンザという土地を耳にした。旅行者に開放されたばかりの、地球に残る最後の桃源郷だという。いいかげん旅にも疲れ、どこへ行くとの気持ちも見失いがちだった私たちだが、この甘い言葉の響きに、思わず顔を見合わせていた。」という文章で始まりました。

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更に本文を引用しますと「村に住んでみると、都会育ちの私たちには、村の生活はきついものだった。・・・こんな苦労があっても、村の生活は素敵だ。春になれば、たんぽぽ、杏、りんご、桃の花が次々咲き、村一杯甘い香りで埋まる。村道沿いの小川に、水がちょろちょろと流れる。鳥たちが鳴く。その中を散歩する。私たちが心に浮かべる故郷の、なんとものんびりした空気がある。夏から秋にかけて果物が実り・・・。フンザの秋は短い。村はヒンヤリとする空気と、黄色赤色の木の葉でうずまる。・・・冬ともなると、一面真っ白に染まる。険しい岩山も雪でおおわれ・・・」フンザの四季の風景が目に浮かぶようです。

なぜフンザが“最後の桃源郷”といわれるのか、画文集が出版されてから30年経った桃源郷は変わっているのでしょうか。そもそもフンザというところがどのような処なのか、興味が増してきました。

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