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2013年6月30日 (日)

富士山 弾丸登山自粛に反論

富士山が世界文化遺産に登録されて日本中が沸きたちました。大変喜ばしいことではありますが、“富士山狂想曲”が始まりそうな気配で、うんざりです。

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富士山の世界遺産登録が確実されたと同時に、“富士山「弾丸登山」自粛を”という記事が目につきました。記事によると「弾丸登山」とは御来光を求め、夜間、5合目付近から休憩することなく一気に頂上に登り、すぐに下山することをいうと解説されています。まさに私の富士登山のスタイルそのものですし、初めての人をガイドする時も「弾丸登山」しています。但し、頂上で御来光を迎えることにはこだわらずに、6、7合目辺りで御来光を迎えながらゆっくり頂上に向かうというもので、あまり渋滞にぶつかることはありませんし、ペースを心がければ初めての人でも事故やケガもなく無事に下山しています。「弾丸登山」ですが、いわば時差登山です。

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今年も富士山の山開き間近になって、どうやら山小屋はもう予約で一杯のようです。比較的空いている頃でも、身動きできないようにスシ詰めにされてしまいますので、既に予約が満杯ということは朝の通勤ラッシュと同じ状況下で一晩過ごすことになるのかと思うとぞっとします。本当はゆとりをもって山小屋に泊まって登山を楽しみたいのですが、「弾丸登山」をしている最大の理由が山小屋に泊まりたくないからなのです。混雑もさることながら料金も高いです。「弾丸登山」自粛を言い出しているのは山小屋の経営者ではないかと思っています。

「弾丸登山」自粛は、毎年富士山の山開きが近づくと見かける記事で、要旨は、「弾丸登山」は登山道の混雑を招き、事故を引き起こすおそれがあるというものです。しかしむしろ登山道の混雑を引き起こしているのはツアー登山で、山小屋で一泊したツアー客が山頂で御来光を迎えようと同時刻に一斉に動き出すためです。しかも一つのツアー団体が30人も40人も引き連れていれば普通の山でも渋滞は起こります。ツアー会社が時差登山を心がけるとか、一ツアー10人以内とかの制限をすれば渋滞は緩和されると思います。まあ今年は、何をしても渋滞は避けられなさそうですが・・・。やれやれです。

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2013年6月28日 (金)

大山詣で⑦ もののけ姫

6/28(金)、梅雨の晴れ間とはいえないまでも雨は降りそうもなく、今年7回目の大山登山しました。

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いつ雨が落ちてきてもおかしくない空模様の下、いつものように男坂を歩きました。早朝の森は深閑として、しっとりとしていました。大気は意外にもヒンヤリとしていて気持ちいいのですが、足を運ぶにつれて身体は汗ばんできました。

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梅雨時のジメジメした空気は岩に貼りついた苔に潤いを与えているようであり、屋久島の白谷雲水峡のもののけ姫の森のような雰囲気が漂っていました。

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男坂を登り終えた大山神社境内からみた展望は、何層にも重なったような厚い雲が尾根伝いに駆け上がっているようでした。

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もののけ姫の森のようなしっとりとした苔と緑と空気の中、黙々と足を動かしているといろいろなことが頭に浮かんできては消えていきました。

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唯一の富士山ビューポイントの富士見台、富士山には雲がのしかかっているかのようでした。この富士山は今シーズンはどういうことになるのでしょうか。

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丹沢に比べると1時間くらい短いコースですが、頂上まで連続する足場の悪い急な登りの連続で、結構運動にはなりました。

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山頂からの光景も、雲が雲海状態になっていて、これはこれで趣がありました。

今日は天気が良ければ富士山に登ってみようかなと思っていたのですが、天気予報は明け方は小雪混じりでその後は霧となっていてかなり悪く、富士見台から見た富士山の様子は天気予報通りでした。山開きの後、1回くらいは登ってみようと思っているのですが、混雑が予想されうんざり気分です。

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2013年6月26日 (水)

桃源郷から 日本では

フンザには花が咲き誇っていて、その下で村人は暮らしていて、少女たちは集っていました。私が数十年前に初めてフンザという地名を耳にした時、それはとてつもない長寿の里ということでした。エクアドルのビルカバンバ、旧ソ連のコーカサス地方と並んで「世界三大長寿の里」ともいわれています。

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映画化された宮本輝の「草原の椅子」に搭乗したダドゥお爺さんは、実際にフンザに暮らしていて101歳とのこと。私たちがその村に行った時には村には不在でお目にかかれませんでした。映画に出演してもらう人を探す過程で、100歳以上のお爺さんを何人か選んだとのことですから、長寿の里であることは間違いないようです。

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私が実際に出会ったお爺さんたちは、歳はわかりませんでしたが、皆さん背筋がビシッとしていて矍鑠としていました。タバコを旨そうに吸って、ティーを美味しそうに飲んで、そしてカメラを向けるとニコニコしてカメラ目線になってくれました。道を尋ねるととても親切に教えてくれたりもしました。爺臭くなく、年寄りっぽくもありませんでした。戸籍がどうなっているのかわかりませんし、多分正確な統計はないと思いますのではっきりとしたことはいえませんが、お年寄りが元気な地域ということはいえそうです。

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長寿との関係ではやはり食物の存在が最も大きいと思われ、フンザ地方の郷土料理は、自然から採れる小麦、果実、乳製品をたっぷりと使っていて、これが長寿の秘訣ともいえます。実際に食べてみると、味はシンプルで、美味いというものではありませんでしたが、決して不味くはなくて食べ慣れれば美味しく感じる類のものでした。

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フンザ地域の大きな特徴はカラコルム山脈に囲まれていることです。そして私たちが訪れた時は春真っ盛りで杏の花が咲き乱れていましたが、冬が来ればカラコルム山脈は冠雪によって白い世界になるでしょうし、暖房設備もない質素な住まいでは厳しい寒さにも晒されると思われました。にもかかわらず長寿ということは、四季による生活のメリハリが気持ちや身体にいい作用をもたらしているのかもしれません。

フンザは、春には花が咲いていて、夏になれば果実がたわわに実るでしょうし、そして厳しい冬を迎えることでしょう。この豊かな自然、メリハリのある四季、自然の恵みなどが長寿の源であり、“桃源郷”の条件ではないかと思います。生活や食生活が質素であっても、実際に出会った村人の豊かそうな表情から、ストレスのない人間関係も長寿の源として大事な条件といえそうです。

それでは、日本には“桃源郷”といえるような地域はないのでしょうか。真っ先に頭に浮かんだのが「信州の安曇野」と「山梨県の桃の里(笛吹市一宮あたり)」でした。どちらも北アルプスや南アルプスを臨むことができ、四季があり、杏や桃、スモモなどの果実も豊富です。さらに私にとって嬉しいことに温泉もあります。長寿という条件については、地域によって多少の差はあるものの日本人は世界一の長寿です。一方ストレスのない人間関係や比較的都市化の洗礼を受けていないなどについては住んでみなければわからないことですので何ともいえません。

このように考えてみれば、安曇野や山梨の桃の里だけではなく、北から南まで日本中のあちこちに“桃源郷”といえそうな場所はありそうです。そういう場所が見つかって、春夏秋冬の四季折々に訪れたり、のんびりと滞在したりしたいものです。温泉に入れて、比較的安い料金で、酒も料理も美味しい宿が見つかれば最高です。いずれ、そういう、自分にとっての“桃源郷”探しをしてみたいものです。

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桃源郷から 花と少女たち

フンザに出かける前にその名もズバリ「フンザへ」という写真集も見ました。この本はプロの写真家齋藤氏が2005年前に出版したものです。

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写真集「フンザへ」に収録されていた二枚の写真はとても印象的でした。一枚は花が咲き乱れ、その下では少年・少女が笑っているもので、もう一枚は少女たちが山岳を背景にやはり笑っているものです。写真家齋藤氏は、本文中で“人間にとってしあわせとは何だろうということを考えながら写真を撮っている。・・・そんなわけで今回フンザに向かったのである。フンザは知る人ぞ知る境最後の桃源郷といわれているところだ。以前雑誌で見た、たった一枚のフンザの写真にすっかり心を奪われて、いつかきっと行ってみたいと思っていた。”と述べている。私もこの二枚の写真に心躍りました。

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実際に私がフンザで見た風景は、杏の花がこぼれるように咲き誇り、出会った人は例外なく微笑んでくれました。誰一人として視線を避けたり、嫌な顔、悲しそうな顔、不幸そうな顔をしている人はいませんでした。私もフンザで、柄にもなく“しあわせとは何だろう”と考えてしまいました。

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そして4/10、カラコルムハイウェイを走り、アッタバード湖を船で渡った上部フンザ地域のとある村で、まるで写真集の世界がそのまま再現されたのではないかという光景に胸は高鳴りました。古木とも言える杏の木の花が咲き乱れるその下で、まるで私が日本からはるばる訪ねることを予知していたかのように、待っていてくれたかのように佇んでいた少女たち。シャッターを切る間、心臓がドキドキしていました。今“桃源郷”といわれる現場、ここにいるんだという旅の醍醐味を感じた瞬間でした。

一枚一枚の写真は、もしかしたら里山か山奥に行けば見られる風景かもしれません。しかしそれらの写真をランダムに並べてみると“桃源郷”の姿形が浮かび上がってくるようです。間違いなくフンザは桃源郷であることを確信したのです。

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2013年6月25日 (火)

桃源郷から 30年経って

フンザツアーの最大の目的は、地球最後の“桃源郷”といわれるフンザを実際にこの目で見て、本当に桃源郷といえるのだろうか、桃源郷といわれる理由・条件は何だろうか、日本で同じような条件を満たす桃源郷はあるのだろうかなどを探ることでした。

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出かける前に手にした「ヒンディ村」というタイトルの画文集は、日本画家夫妻が198086年の6年間フンザのヒンディ村に滞在した時のものです。この画文集が出版されてから30年経って桃源郷は変わっているのか、今日のフンザの姿と比べてみることもとても興味深いものでした。

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4/10訪れた上部フンザ地域には懐かしい里山風景が広がっていました。

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この三枚の写真は、4/11に訪れたアルチット村の風景です。アルチット村は400年前に建てられた古い家屋に村人がそのまま住んでいる集落です。広場には村人が集い、子羊(羊とヤギの区別がどうしてもつきません)は古い家屋に人間と同居して慣れているせいか、つぶらな瞳でこちらを見ていました。集会広場風のこじんまりとした回廊では村の長老をはじめ子供達まで思い思いに楽しんでいる風でした。

画文集の舞台となったヒンディ村を訪れることはできませんでしたが、フンザ地域のどの村を訪れても、30年以上よりはるか以前からの変わらないであろう暮らしと風景を見てとることができました。住まいは石造りの質素なものであり、娯楽施設も何もなく、ショップも見あたらず、生活は決して豊ではないと思われるのですが、村そのものがとても居心地がよさそうでした。小さい頃どこにでも見られた里山に行ったような、とても懐かしい思いがしました。やはりフンザは今でも地球最後の“桃源郷”でした。

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2013年6月24日 (月)

桃源郷から パキスタンリスク2

6/22(土)に更新した「パキスタンリスク」では、北部地域は安全と断言してしまったのですが、お詫び方々撤回しなければならなくなりました。

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昨日行われた都議選の開票速報(NHK)を見ていましたら、パキスタン北部でテロというニュースが流され、今日の朝刊にその記事が出ていました。現場はナンガ・パルパット(8,126m:世界9位)のベースキャンプで、登山客10人が宿泊中に襲われたとのことです。記事には“ギルギット・バルチスタン地域には、「桃源郷」と呼ばれる景勝地のフンザ渓谷があり、日本人観光客にも人気が高い。同地域の治安はこれまで安定しており、外国人が直接の標的となるテロ事件はほとんどなかった。”ともあります。私もいや今までパキスタンツアーに行ったほとんどの人が「北部安全説」を信じていましたから、完全に虚をつかれ、盲点をつかれた気がしました。パキスタンにとっては唯一の観光エリアが標的になりましたので、最大の弱点をつかれたとも言えます。私たちはポリスにガードされていましたので安全と思っていましたが、テロ集団が本気になったら焼け石に水かもしれないと思ったりもしました。

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地図で見てみますと、ナンガ・パルパット(8,126m)はカラコルムハイウェイの要衝の地チラス近くで、チラスには私も往路と復路で2泊しました。ナンガ・パルパット登山と並んでパキスタントレッキングの目玉はバルトロ氷河K2トレッキングで、私も今夏行きたいと思っていて仕事で行けなくなったポイントです。このトレッキングですと首都イスラマバードからカラコルムハイウェイを走らずに一挙にスカルドゥへ飛行機で飛んでしまえば、今回テロの標的となったチラス周辺を通らなくてもすみます。しかしテロの標的が観光客や登山客とすると、安全とされていた北部でも中国国境近くの観光ポイントであるバルトロ氷河やフンザ地域も決して安全ではないとも思えます。

テロ実行犯がイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)であれば、勢力を拡大するため、政府を困らせるためにさらに観光客が標的になる可能性もあり、また蜜月関係にある中国との関係悪化を狙ったものであるとすれば、中国の協力で進めているカラコルムハイウェイ舗装化、中国国境近くのアッタバード湖迂回路建設などが行われている周辺地域(フンザ地域)も危険地帯となります。

会話を交わした数少ないパキスタン人の全てが、パキスタンの危険イメージとその影響による観光客の減少を嘆いていました。今回のテロは彼らの嘆きをさらに大きくするものですし、また視線を交わしただけのたくさんのフレンドリーなパキスタン人の悲しむ顔が目に浮かぶようです。

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2013年6月23日 (日)

桃源郷から パキスタン人

海外に旅行すれば当然のことながら現地の人と出会います。ヨーロッパに行けばそれぞれの国の人に、ネパールに行けばネパール人に、今回はパキスタンですからパキスタン人に出会いました。とはいえ私は旅人で、そこで生活しているわけではありませんので、現地ガイドさんを別にすれば顔を合わせて笑みを交わすか、一言二言挨拶を交わす程度の出会いであり、全く表面的な出会いですが、それでもやはり国によって顔立ちは様々なのでした。

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2005年に出版された写真集「フンザへ」に掲載されていた少年の写真です。山奥でこういう少年たちに会えるのか楽しみでした

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出会ったというか、見かけた少年たちは真っ直ぐにこちらを見つめ、幼いながらプライドが高く、幼さよりも大人びたイメージがあり、それでも可愛らしさはやはり子供でした。

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高校生や若者たちは、一様に長身でスリムでイケメンでした。そして目が合うとちょっと微笑み、好奇心丸出しでこちらを見つめ返してきました。彼らはパキスタンという国をどう思っているのだろうか、自分たちの将来をどう思っているのだろうか、ふと自分が高校生の頃は何を考えていたのだろうかと思い返してみたりしてしまいました。

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幼児を抱いた母親には何人にも出会いました。ほとんど例外なく微笑んでいて幸せそうでした。多分一番幸せな時期なのかもしれませんので、微笑んでいるのもあたりまえかもしれません。生活は決して豊かではないと思うのですが、心はとても豊かそうなのが印象的でした。イスラムの国では、女性は成人すると人前に出てはいけないあるいは素顔をさらしてはいけない筈なのに、多くの母親が満面の笑みでカメラの前に立ってくれました。

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K2へのトレッキング基地といわれるスカルドゥでの仕立屋さんで働くおじさんたちも楽しそうに働いていました。日本で店を覗いて無遠慮にカメラを向けたら大変なことになると思うのですが、スカルドゥに限らずとてもフレンドリーに対応してくれるのでした。

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私たちはパキスタン人が珍しく、パキスタン人は日本人がもっと珍しいようで、いつの間にか私たちが取り囲まれたり、見せ物になっていたりすることもしばしばでした。しかし彼らは威圧的ではなく、むしろ言葉が通じたらいろいろしゃべったり、イスラムの国でなければ一緒に酒盛りしたくなるような雰囲気でした。

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女性たちの井戸端会議はどこの国も同じかもしれませんが、小さい子や娘さんたちやおばあさんまでいろいろの世代の女性たちがお喋りをしたり、お手玉のような遊びに興じていたり、かつては日本でも見られた光景かもしれません。

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何といっても印象的だったのが古老の背筋がシャキッとしていることでした。胸を張って、堂々として、ここまで生きてきたことに誇りを持っているようでもあり、それでいて威張っているわけではなく、目が合うとこちらを包み込むようににっこりとしてくれました。

出会ったパキスタン人の顔立ちや目つきを思い出してみると、決して豊かそうではないにもかかわらず貧しさを感じることはなく、誇り高そうでいて威張っているわけではなく、真っ直ぐにこちらを見る目つきも射るようなものではなく、好奇心の旺盛さを感じました。パキスタンという国の好戦的・攻撃的イメージとそこで暮らすパキスタン人のフレンドリーさとのイメージギャップがとても大きく、それは一種のカルチャーショックのようでした。出会った優しそうな人々にとって、パキスタンという国がいい国になってほしいと願わずにはいられません。

ヒマラヤに行った時にも感じたことですが、もし自分がヒマラヤの山奥で生まれそこで育ったとしたらどうだったんだろうかと。同じようにパキスタンに生まれ育ったらどうだったんだろうかと考えてしまいました。いくら考えても答えは出てきませんが、とりあえずは日本に生まれ育って良かったんだと思ってはいます。

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2013年6月22日 (土)

桃源郷から パキスタンリスク

パキスタンのフンザに行くと言うと大抵の人から 危険じゃないの? 大丈夫? と聞かれました。初めて出かける場所ですので確信はなかったのですが、毎年数本のツアーが実施されていて特に問題はなかったという実績を信じるか信じないかということで、私は大丈夫だろうと判断して出かけました。多少の不安はあっても“地球最後の桃源郷”に行ってみたいという希望が強く、もし万一のことがあっても悔いはないし、人質になっても身代金は払わないようにと家人に言い残して出かけました。現地で待っていたのはポリスによる完全ガードでした。

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宿泊したホテルの出入口にはポリスが立っていて、それは常時警備されているのか、私たちツアー客がいるからなのかはわかりませんでした。

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カラコルムハイウェイに入ると、村の入口や要所要所でポリスチェックポストがあり、その度に車は駐められ、ドライバーが必要な書類を見せていました。私たちツアー客は個々に調べられることはありませんでしたが、路線長距離バスの場合は、乗客全員が降ろされた上、全ての荷物も調べられるので大変時間がかかっているようでした。こういう場所でのチェックは、テロを警戒してのものではなく、ほとんど密輸や禁制品のチェックのためのようでした。

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場所によってはポリスが車に同乗してくることも頻繁にありました。最初は緊張したのですが、ポリスが同乗していると検問の時間も短く、渋滞ヶ所では優先的に通過できることもあり、次第に頼もしく、ありがたく思えるようになりました。

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村ごとにポリスの管轄があるようで、警備のために先頭や最後尾についてくれるパトカーも様々で面白く、しかも新しい村に入ると今までのパトカーはスーッと脇道にそれ、同時に新しいパトカーがスーッと現れ、まるでリレーのバトンタッチのようで、その見事さはまるで映画を観ているようでした。

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村ごとにあるいは管轄ごとにパトカーが違うようにポリスのスタイルもそれぞれでした。最初はどのように対応していいのか、そのくらいの距離感を保てばいいのかわからなかったのですが、少しずつ慣れてきて、堂々と写真を撮ったり、一緒に撮ってもらったりとすっかり打ち解けモードでした。

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今回のツアーはパキスタン北部を巡るものでしたので、もともとイスラム穏健派が多いエリアであり、安全といわれ、実際にポリスのガードがあったとはいえ不穏な匂いは感じられませんでした。しかし帰国間もなく野党女性幹部がイスラマバードで暗殺され、つい先日はパキスタン南西部で自爆テロがあり、やはりパキスタンは怖い国という印象をもってしまいました。

現地ガイドのサリーヌさんや飛行機で隣り合わせたパキスタン人のほとんどが、自国が危険な国というイメージを持たれているために観光客が激減して困っていると嘆いていました。出会ったパキスタン人のほとんどが例外なく穏やかでフレンドリーでしたし、ポリスのガードがあったとはいえ、危険な印象は全くありませんでした。しかしそれは北部地方に限られたことで、残念ながらパキスタン全体でみればやはりリスクが高いということは認めざるを得ません。またオサマビン・ラディンが潜伏していた場所もカラコルムハイウェイ沿いの村であったことも、北部も決して100%安全とは言えないわけで、フンザという桃源郷やK2のような名峰を抱えていながらポリスガードなしには行けない国のようであり、残念です。

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2013年6月21日 (金)

桃源郷から カラコルムハイウェイ

パキスタン・フンザから戻ったのが4/15でしたから、すでに2ヶ月以上が経過しています。日々の旅の記録は既にブログにアップしましたが、一体パキスタンとはどういう国であったのか、桃源郷の正体や条件とは何なのかなどについてなかなか整理しきれずにいました。帰国後ポツリポツリ考えていたこともようやく熟成してきたというかまとまってきましたので、いくつかのポイントについてまとめました。

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パキスタンツアーの最大の目的は“桃源郷”の正体を突き止めたいということもありましたが、カラコルムハイウェイを走ってみたいというのも大きな楽しみでした。予定では、往路はカラコルム山脈に囲まれたスカルドゥまでフライトで行く予定でしたが、諸般の事情でカラコルムハイウェイを走ることになり、結果として往復1,200kmを走破することになりました。

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カラコルムハイウェイとか、パミール高原とか、ガンダーラという地名や言葉は、その実態がわからないのに何となくの憧れがありました。パキスタンツアーの予習で読んだ(というか見た)写真集「フンザへ」の表紙の写真で、期待は益々高まりました。この本の著者・写真家は、フンザへ行くことと同じくらいカラコルムハイウェイを走ることが楽しみと述べていましたので、往路のフライトがキャンセルになってカラコルムハイウェイを走ることになって、失望よりもどんな風景が待ち受けているのか期待の方が大きくなりました。

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カラコルムハイウェイは、首都イスラマバード近郊からインダス川やギルギット川に沿って北上し、中国国境に至る幹線道路です。カラコルム山脈の裾野の大地をすり抜けるとまるで砂漠のオアシスのような緑に囲まれた村が現れたりして変化にも富んでいました。

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かと思えば、写真集「フンザ」の表紙写真とまったく同じ世界が目の前に開け、思わず興奮してしまいました。

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山肌を削り取って、何とか車が走れるようにした狭い道では対向車とのすれ違いにハラハラしました。中国との重要交易路のため想像以上に車の往来は多く、最初は前方に対向車を発見すると緊張していたのですが、次第に相互の運転手の阿吽の呼吸も読めるようになり、楽しめるようになりました。

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カラコルムハイウェイは、中国の協力で切り開かれた道で、感覚的には半分くらいは舗装されているようで、残り半分はこれからということで、あちこちで工事中でした。一度だけ工事で道が閉鎖されただけですんだのはラッキーだったのかもしれません。工事車や工事している人の多くが中国車と中国人であり、このルートが中国にとって重要なルートのようです。

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舗装された道をカラコルム山脈を見ながらの疾走は豪快・快適の一言に尽きました。

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険しい山岳道路を縫うようにして北上し、中国国境に近くなるほど道幅は広く、舗装されていました。

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中国国境(クンジェラブ峠4,733m)に近くなるほど整備された道も自然災害によって出現した湖(アッタバード湖)によって寸断されていました。にわか船長が運転する船に乗り換え、1時間かけて湖を渡ると、対岸にはデコトラが待機していました。現在は湖を迂回するルートづくりの大工事が必死になって行われています。

長い長いカラコルムハイウェイは期待に違わず、豪快でスリリングであり、一方時々現れるオアシスのような集落は、行ったことはないシルクロードをイメージさせてくれたり、遠い異境の地にいることを実感させてくれるものでした。今までで最もエキサイティングな山岳ドライブでしたが、1回走れば十分でもあります。

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2013年6月18日 (火)

鎌倉便り① 紫陽花

6/18(火)、午前中は特に用事がなく雨も降りそうもありませんでしたので久しぶりに北鎌倉に出かけました。明後日が巳の日ですので、明後日でもよかったのですが雨という予報でしたので今日出かけました。

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“鎌倉便り”というと、鎌倉の散策と思われるかもしれませんが、北鎌倉までの道々の風景を紹介するもので、気が向くと鎌倉散策をすることもあるのですがそういうケースは少なく、そういう意味では看板に偽りありです。自宅を出発して30分くらい歩いたところにある禅寺観音寺は、伽藍も境内も美しく、緑に囲まれた聖観音や地蔵菩薩を見ていると気持ちが落ち着きました。

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とりあえず戸塚駅までは「阿久和川」という小さな川沿いを歩きます。いつもの散歩道ほど風情はありませんが、それでも川沿いにいろいろな花が咲いていますので、退屈しない道です。

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今は紫陽花の時期ですが、紫陽花に負けじといろいろな花が咲いていました。ある新聞のコラムには、“植物の葉っぱには時計が内蔵されていて、暗黒の時を刻む。それが一定の長さを超えた時、つぼみをつける。”とありました。これらの花も時を葉っぱに内蔵されている時計が刻んで開いたものであり、急に生き生きとしたものに見えました。

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戸塚駅に近くなると柏尾川という大きな川が流れていて、ここまで川べりを歩いてきた阿久和川とはこの先で合流しています。もう一本境川という川があり、これら三本の川はトライアングルを形成していて、このトライアングルを一周することができますが、10時間くらいかかります。

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戸塚駅から北鎌倉駅までは鉄道を利用し、北鎌倉駅から歩いて5分くらいで源氏山ハイキングコースの入口である「浄智寺」に出ます。ちょうど紫陽花の時期ですので、カメラを抱えた観光客があちこちたくさん出ていました。

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ハイキングコースを20分も歩くと「葛原岡神社」の境内に出ました。ここは文章博士といわれる日野俊基を祀った神社で、ひっそりとしていました。

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銭洗い弁財天の境内には、中学生たちがたくさん集まっていて、弁財天さんもさぞかしビックリしていることと思われました。

鎌倉はユネスコ世界遺産の登録が見送られましたが、それでもたくさんの観光客が来ていました。鎌倉は武家による最初の幕府が開かれた地ですが、あちこちに名刹は点在するものの、武家屋敷があるわけではなく、武家をイメージできる街並みがあるわけではありません。例えば、川越市の江戸時代の街並みや山形県鶴岡市の藩のイメージのように、長い年月を経て武家イメージを築いてきたわけではなく、鎌倉といえばむしろおしゃれなイメージが先行していますし、世界遺産登録見送りもやむを得ないと思われ、その分観光客をたくさん集めればいいのではないかとも思っています。

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2013年6月17日 (月)

丹沢登山⑧ 出会い

6/17(月)、丹沢方面の天気は朝のうち霧で、お昼頃晴れるとの天気予報でしたので、カミさんと丹沢登山に出かけました。

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登山口の道端に咲いていた紫陽花は、清楚でいながら潤いを含んでいる風情で、月曜登山に後ろめたさを感じていたのですが、自然を楽しめそうな気分になれました。

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カミさんとはいつものようにそれぞれマイペースで登ることにしていますので、今日も私は塔ノ岳へ、カミさんは花立て小屋から引き返すということにしました。その結果下山の時間は同じとなりました。

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霧が発生している一方で朝陽が樹々の間から射し込んでいて、まるでレーザー光線が照射されたみたいでした。

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この丹沢大倉尾根コースはトレーニングに適しているようで、男性のトレールランナーはよく見かけるのですが、最近は女性も増えてきているようで、軽快に駆け上っていきました。もしかすると富士山にも駆け上ってしまうのかもしれません。

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ほんの一瞬、青空がのぞいて、全く久しぶりに見るような青い空でしたが、瞬く間に雲に覆われてしまいました。

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今日も、このバカ尾根を登る人、早くも下ってくるランナーが行き交っていました。

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苦しい思いをしてバカ尾根を登りきると、ご褒美のように視界が開け、青空が広がる一番好きな場所なのですが、天気予報に反して霧が益々濃くなりました。

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山頂の最後の登り、ここも目の前に青空が広がっているはずだったのですが、霧に包まれていました。

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山頂からは、先週尾根伝いに登った丹澤山や蛭ヶ岳はなんとか見ることができましたが、残念ながら富士山は見ることができませんでした。随分長い間、富士山にお目にかかっていないような気がします。

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塔ノ岳山頂の景色は雲に遮られて遠望できませんでしたので、早々に下山し、花立小屋まで戻った時、なんと地域ケアプラザの所長さんとバッタリ出会ってしまいました。自治会と関わりを持たなければ知らない人ですが、私たちの自治会の2ヶ月に一度の飲み会(2030人くらいが参加)に顔を出してくれることが多く、何となくウマが合う人でした。彼は月に3か前後丹沢に登るとのことですので、私のペースもほぼ同じですので、いつかは出会う運命だったのかもしれません。

余談ですが、私たちの自治会(ユートピア自治会)を含めて15の自治会(4000世帯)がまとまって連合自治会を結成し、毎月会長同士が顔を合わせ、地域のフェスティバル、運動会、福祉、防災などの支え合い等について打合せを重ねています。そんな時、大抵地域ケアプラザの所長さんは顔を出してくれ、サポートして頂いている、ありがたい方です。

さらに余談ですが、連合自治会での私の担当は防災で、4,000世帯の防災計画や防災訓練などの企画立案などで、市や区の担当者、消防署長、避難所の小学校の校長先生、その他諸々の方たちとの意見調整など、ユートピア自治会長としての仕事以外に結構忙しくしています。

しかしそれでも近場の山に登るくらいの時間は捻出できますし、今日も6:30に登り始め、12:30に下山し、自宅には1:30に戻りましたので、打合せなど一仕事することもできました。しばらくはこのペースで丹沢に登り、7月に入ったら富士山にも登りたいと思っています。

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2013年6月16日 (日)

丹沢登山⑦ 下山・大倉へ

6/11(火)、雨との追いかけっこで丹澤山にたどり着き、飲料水を買って、休む間もなく塔ノ岳へと向かいました。

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尾根歩きはアップダウンが多いのですが、一方平坦な道もあり、霧雨に濡れた緑も濃くなり、ルンルン気分で歩くことができました。

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平坦な道を歩いていると周りの景色を眺めるゆとりが出てきました。厚い雲は相変わらずで見晴らしはよくないのですが、好天気だったらさぞかし素晴らしい景色だろうと、次回が楽しみになりました。

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塔ノ岳山頂には霧がまとわりついていて、霧が風に追い払われるとチラリと尊仏山荘が姿を現しました。ここまで来れば一安心でした。

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塔ノ岳への最後の登りも、ゆっくりゆっくりペースを乱さないように言いきかせ、あまり呼吸も乱さずに歩くことができました。

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7:28 懐かしの塔ノ岳山頂に着きました。朝早く天気も悪く、さすがに人影はありませんでした。ここまで来れば後は下るだけですので一安心でした。

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尊仏山荘で朝食を食べました。お世話になった管理人さんは新聞を読んで寛いでいました。

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先日宿泊した時に撮影したミューは気持ちよさそうに寝ていました。その後別名“仙人猫”といわれていることを本屋の店先で知りました。以来、ヤビツ峠から登って来て、ミューの顔を見て癒されて、大倉へと下山する山ガールが増えていて、今やVIPというか“招き猫”になってしまったようです。

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塔ノ岳から大倉へは一挙に下ることになり、目を楽しませてくれる景色も何もないのですが、唯一霧雨の降る中、ツツジが目をやすませてくれました。

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蛭ヶ岳山荘で一緒だったアメリカ陸軍の軍人カップルとはほとんど同じペースでの下山となりました。鍛え抜かれた軍人さんも、下りの連続でしきりに膝をさすったりしていましたが、無事に大倉駐車場に着きました。

1泊2日の丹沢蛭ヶ岳登山は、梅雨時の悪天候での山行きになり最悪でしたが、登頂達成の充実感と山小屋での快適ライフに大満足でした。蛭ヶ岳へのルートもわかりましたので、いつか天気が良さそうな時にリベンジしたいと思っています。

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2013年6月15日 (土)

丹沢登山⑦ 下山・丹澤山へ

6/11(火)、蛭ヶ岳山荘で熟睡して目覚めたら天気は下り坂で、いつ雨が降り出すかもわからないということでしたので、朝食も食べずに先ずは丹澤山を目指しました。

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丹澤山へは3.3km。空模様は怪しく、雨具の用意をして4:51に蛭ヶ岳を後にしました。

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丹澤山から塔ノ岳へ戻る尾根はジェット気流のような霧に覆われていました。ジェット気流は西側から流れ出し、尾根にぶつかり、山肌に沿って下降していました。焦り気味に先を急いだのですが、一晩熟睡したせいか元気も回復して足どりも軽やかでした。

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苦手な鎖場が立ち塞がっていましたが、下りではなくて上りでしたので、へっぴり腰で四つんばいになってクリアしました。

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大気はかなり不安定のようで、発生した霧はまるで無色のオーロラが乱舞しているようでした。

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次の鎖場に来ましたが、まだ雨は落ちてきていませんでしたので、這い上ってクリアしました。

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下ってまた上って、まだスタートしたばかりでしたので疲れは感じず、元気に歩くことができました。

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途中、不動峰の休憩所で小休止しました。ちょうど霧雨が降ってきましたのでここで上着だけ防水着を着ました。

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丹澤山への最後の急登でした。不思議なものでアップダウンを繰り返しているうちに身体や足が馴染んできたのか、ペース配分が身についたのか、あまり苦にならなくなりました。

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丹澤山頂のみやま山荘に着き、最初の関門をクリアしてホッとしました。ここで水分を補給しました。

蛭ヶ岳から丹澤山への尾根歩きは絶景を見ながらの筈が雨との追いかけっこになりました。しかし蛭ヶ岳に上ることができた達成感で、気持ちは充実していましたし、アップダウンにも慣れてきて、明るい気分でした。

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2013年6月14日 (金)

丹沢登山⑦ 蛭ヶ岳山頂風景

6/10(月)の2時前に蛭ヶ岳山頂に到着し、山小屋にチェックインした後、日暮れまでのんびりとした時間を過ごしました。蛭ヶ岳という名前は山ヒルがいるからと思っていたのですが、毘盧舎那仏からの毘盧ヶ岳に由来したという説もあるそうです。

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山頂には祠があり、かつて薬師如来が祀られていたと言われていますが、ここにあるのは木曽の御嶽山の神の祠だそうです。どういうわけか沖縄のシーサーが飾られていました。雄と雌には“奉納”の二文字が書かれていますので、単なる悪戯ではないようで、きっと祠を守っているのでしょう。

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蛭ヶ岳は丹沢山塊の主峰であり中央部に位置していますので、ここから西・南東・北の方向に尾根が延びています。西側に延びる尾根は丹沢主稜、南北に延びる尾根は今回歩いた丹沢主脈と呼ばれています。いつか丹沢主稜も歩いてみたいし、健脚であれば自由自在に尾根歩きができて楽しいだろうなとは思うのですが、その元気も自信も・・・ちょっと不安でもあります。

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時々は部屋で横になり、それに飽きると表に出て移りゆく山頂の景色を眺めながらのんびりと過ごしました。

神奈川県で最も高い場所からの360°の眺めは最高ともいわれていますが、残念ながら発生したガスに遮られて夕陽も、夕焼けも、富士山も何もかも見えませんでした。梅雨のこの時期ですから仕方のないことですが、今まで登ってみたいと思いながら体力的に不安でもあり、なかなか実現できなかった蛭ヶ岳登頂ができただけでも最高の気分でした。

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2013年6月13日 (木)

丹沢登山⑦ 蛭ヶ岳山荘

6/10(月)、丹沢大倉を出発して、丹沢山脈の主峰蛭ヶ岳に到着し、蛭ヶ岳山荘に一泊しました。

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蛭ヶ岳山荘は定員は41名(80名まで収容可能)で、それほど大きな山小屋ではありませんが、県下一の標高であるうえ展望も素晴らしということで、春や秋には混み合うようです。

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管理人さんです。一人で切り盛りをしていて大変そうですが、とても親切にしてもらいました。この日の宿泊客は私の他に外人が2名の計3人でした。その外人さん2人がなかなか到着しないということでとても心配していました。

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可愛くこじんまりとした受付カウンターで、混み合った時には大変そうでした。

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トイレはとても清潔でした。

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チェックインを済ませ、何はともあれ一人で礼儀正しく祝杯を挙げました。

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着替えも済ませ、汗にまみれた下着類を干しました。

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写真の部分は部屋全体のちょうど半分で、さらに2階があります。ここで3人宿泊とのことで、とりあえず自分の布団をひいて場所を確保しました。汗でまみれた衣類を干したり、山頂からの写真を撮ってしまうと、携帯も圏外で、2時過ぎから夕食の5時半まで全くすることがなくなってしまいました。横になってボーッとしていたり、表に出て山頂からの景色を眺めたり、暇をもてあましてしまいましたがこののんびりした時間も捨てがたいものでした。

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お腹が空いて我慢の限界に達していたのですが、管理人さんが気を利かしてくれて、早めに夕食にしてくれました。おかずはバイキングスタイルで、特に煮豆は美味しく、“こうなご”の佃煮は酒の肴にピッタリでしたし、食後のデザートまであり感激しました。

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容器は全て使い捨てでした。四角いプレートにはおつまみを盛り、カップで日本酒を飲みました。つまみの“こうなご”の佃煮が美味しく日本酒を2合飲んでしまいました。

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主食のカレー(コクがあってマイルドで旨かった)はお代わりできませんが、ご飯はお代わり自由で、ラッキョウや福神漬け、煮豆などでもご飯もすすみました。何より食べ放題の熱々の白い炊きたてご飯が美味しくそれだけでご馳走でした。質素にみえますが、大変なご馳走で、ヒマラヤやパキスタン・カラコルムでもこんな食事ができたらかなり元気が出ると思うのですが。

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今まで山小屋に泊まった回数は多くはありませんが、一人での食事というのは初めてでした。管理人さんもお一人は珍しいですと言ってシャッターを押してくれました。

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私の食事が終わる頃の6時過ぎに外人カップルが到着しました。座間キャンプに駐留しているUSARMYだそうで、私と同じ大倉バス停付近の駐車場に車を駐めてきたとのことでした。

7時頃の夕陽を楽しみにしていたのですが、台風が発生したとかで急激に天候が悪化してしまい、一瞬だけ富士山のシルエット眺めて、8時前には就寝してしまいました。外人カップルは私とは反対の遠く離れた隅に布団をひいて、それぞれゆとり空間を占有してノビノビと寛ぎました。41人収容の山小屋でたった3人の空間はとても贅沢で、気分もリラックスしたせいか、あっという間に睡魔に襲われ、翌朝4時まで爆睡してしまいました。最近では最も深い睡眠だったような気がしました。とても快適な山小屋ライフでした。

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2013年6月12日 (水)

丹沢登山⑦ 蛭ヶ岳

6/10(月)、丹沢大倉から塔ノ岳を経由し、丹澤山に着きました。さてここから神奈川県最高峰、丹沢山脈の主峰蛭ヶ岳を目指しました。

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11:49 丹澤山からは3.3km、未知のルートはとても緊張します。丹澤山までは大体標準時間4時間40分プラス休憩や昼食の時間で来れましたが、蒸し暑さで大量の汗をかき、体力的にはかなりへばっていましたので、残り2時間弱頑張れるか、足や膝はもってくれるか、途中で引き返せないし、と不安で一杯でした。

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丹澤山からは一挙に下り、その先は急登が待っていそうで、ここを下ればもう引き返せないと腹をくくりました。

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前日見た「ヤマテン(山の天気予報)」では晴という予想だったのですが、崖下から霧が吹き上がってきて、先の方が見通すことができず、この先がどうなっているのか、月曜日とあって人には出会わず、不安は更につのりました。

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霧は益々濃くなり、道は一本道の筈で迷うはずはないのですが、絶対に迷わないぞと言いきかせながらおっかなびっくり歩きました。

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しっかりとした標識を見つけるとホッとしました。ほぼ半分くらいまで来ているようで、少し先が見えてきたような気がしました。

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13:08に残り1km地点まで来ましたので、目標としていた2時までには着けそうでゆとりが出てきました。ここから先は這ってでも山頂に向かうつもりでした。

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鎖場があると聞いていたのですが、苦手な下りで、細い道が真っ逆さまに落ち込んでいて、思わず足がすくんでしまいました。谷底から霧が吹き上げ、他に誰もいないので心細かったのですが、へっぴごしで、後ろ向きに這いつくばってナンとか下ることができました。

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丹澤山を出発して初めて人に出会いましたので、とにもかくにもここまで来たということで写真を撮ってもらいました。

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写真を撮ってもらった人からは頂上は近いと聞かされ、周りを見まわすゆとりができました。山脈が続いていて、山裾からはまるで山火事の煙のような霧が立ち上がっていました。

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カメラのズームで山小屋をとらえることができました。山小屋を見るとホッとするのですが、大抵はそこまでの登りは急であったり案外距離があったりするケースが多いので、焦らずゴールを楽しむような気持ちで一歩一歩ゆっくりと登りました。

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山頂に近づきつつ後ろを振り返ると、辿ってきた塔ノ岳のシルエットが遠くに見え、よくここまで来れたもんだと感心してしまいました。

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13:51 ナンとか目標とした2時までに蛭ヶ岳(1,673m)山頂に着きました。神奈川県で最も高い場所です。長年憧れていた場所ですので最高に感激でした。それにしても疲れました。

少しでも時間的に余裕をもちたいと、大倉を6:15に出発して、途中昼食やゆっくりとした休憩をとって7時間36分で蛭ヶ岳山頂に着きました。初めての山道を一人で歩くことはとても不安でしたので、その分嬉しさ百倍でした。水分補給はたっぷりと、休憩もしっかりととり、慎重に歩きましたので、足がつったり、膝を痛めたりということもなく、無事に目標達成できました。

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2013年6月11日 (火)

丹沢登山⑦ 丹澤山

6/10(月)と11(火)の2日かけて、丹沢大倉から丹沢山脈の主峰蛭ヶ岳(1,673m)往復を目指しました。

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今回のルートは黒いラインで、先ずいつも登っている塔ノ岳(1,491m)を経由して丹澤山(1567m)を目指しました。丹澤山までは一回だけ登ったことがあります。丹澤山から先の蛭ヶ岳へのルートは初めてでとても不安でした。

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蛭ヶ岳という名前の通り、丹沢山脈はヒルの名所です。今回は蛭ヶ岳まで登りますので、塩を靴の中や足首周辺に撒きました。

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塔ノ岳登山の時は、大抵誰かに出会ってますし、登り慣れた道ですので「登山者カード」は記入しないのですが、今回は1泊2日の道のルートですので、カードを投函して出発しました。

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地元の常連さんは私より年配なのに健脚です。この日は丹澤山まで少し遅れてついて行くかたちになりました。

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トレイルランナーは2~3倍の速度で登っていきました。

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常連さんの後に必死でついて行ったせいか、いつも(3時間半)より若干早めに塔ノ岳山頂に着きました。いつもはここから大倉の駐車場に引き返すのですが、今回は丹澤山経由で蛭ヶ岳まで行かなければなりませんので、この先はしっかりと休憩をとり、ゆっくりとしたペースを心がけなければなりません。

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正面に見えている丹澤山までは一回だけ登ったことがありますが、遙か遠くに見えてしまいかなり緊張しました。

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アップダウンの後の尾根道は見晴らしがよく、緑も多くとても快適な道なのですが。

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この時歩いたルートは“丹沢主脈線”というそうです。塔ノ岳~丹澤山~蛭ヶ岳の道は、アップとダウンと平坦道が同じ割合で続いていますので、面白い反面かなり疲れます。

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ここから下ってまた上りますので、かなり体力を奪われました。

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最後の上りを登ってハアハアいいながら丹澤山に辿り着きました。前回はもっと楽に来れたのに今回はしんどく感じました。大倉から一緒だった常連さんはここから引き返しました。標識が新しくなっていました。

丹沢山に着いた時はかなり疲れ、大倉へ戻ろうか予定通り蛭ヶ岳まで行こうか少し迷ったのですが、ここで昼食を食べて少し休憩したら元気が出てきましたので先に進むことにしました。

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2013年6月 8日 (土)

箱根街道 芦ノ湖~湯本

6/6(木)の箱根旧道歩きで芦の湖畔に着いた後、同じ道を箱根湯本駅へとUターンしました。

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箱根旧道歩きで芦の湖畔での楽しみは遊覧船乗り場のソフトクリームと「腸詰屋」でのハム・ソーセージの仕入です。ソフトクリームは売店が開いていなくて食べ損ないましたが、ハム・ソーセージはこの日もリュックが一杯になるほど買ってしまいました。

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芦の湖畔から旧道を戻り甘酒茶屋まで来ましたので、昼食には少し早かったのですが、“力餅ミックス(きなこ餅と磯辺餅)”で腹拵えをしました。添え物の漬け物が絶品で、さらに“甘酒”はノンアルコールで特にお勧めです。甘酒がこんなにも美味しいのかと思わされます。私は予算オーバーですのでいつも我慢していますが。

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箱根湯本駅近くに戻るとお土産屋が軒を連ねています。小田原・箱根名物にはいろいろありますが、梅干しもそのひとつです。小田原梅干しの特徴は伝統的しょっぱさです。

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和菓子やスイーツもいろいろあって見ているだけでも楽しくなります。

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小田原漁港にあがった海の幸の干物も名物のひとつで、お店の競争も激しく、最近は試食できるコーナーが人気で、干物は当たりはずれが大きく食べてみるまでわからないことが多いので、自分で焼いて食べるこの試みはいいと思いました。

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小田原といえば最も有名なのは蒲鉾ではないかと思います。いくつかの老舗がそれぞれの味を競っています。

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箱根湯本駅から小田原までは各駅停車で戻り、小田原から急行に乗り換えるのですが、小田原駅までならロマンスカーに200円で乗れるということでしたので、短い区間ですが数十年ぶりに贅沢をしてロマンスカーに乗って観光気分を味わいました。箱根への間顧客数が昨年は1,900万人とかで、凄い数字です。

旧道歩きの帰路はグルメ歩きとなりました。無償奉仕とはいえ理事長という役を与えられている訪問介護のNPO法人のスタッフは女性ばかり16人となり、皆さんが汗を流している時にあちこちほっつき歩いているのも気がとがめ、お土産に和菓子やスイーツを買って帰るのが恒例となりました。この日も罪滅ぼしのお土産がリュックに入りきらず、久しぶりの旧道歩きもテクテクに似合わず、紙袋を下げての帰還となりました。

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2013年6月 7日 (金)

箱根街道 畑宿~芦ノ湖

6/6(木)の箱根旧道歩きの後半は寄木細工のふるさと「畑宿」から芦ノ湖畔を目指しました。

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多くの人は箱根湯本駅からバスで畑宿まで来て、ここから旧街道歩きをスタートする人が多いようです。スタート地点には立派な標識があり、いかにもここから旧道歩きが始まりますよという雰囲気が漂っています。

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歩き始めるとすぐに石畳の道が始まり、江戸時代にタイムスリップしたような気分になれます。

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時々見える箱根の山は奥深く見え、自然の中を歩いているという気分にもなれます。

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畑宿から始まる旧道歩きもところどころで車道(歩道は整備されています)を歩くことになります。この日は梅雨時の平日とあって、あまり多くの車は見かけませんでした。

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旧道と車道がところどころで交差しています。これはもともとあった旧道に沿って車道を造ったためであり、車道は車がスムースに走れるようになだらかになっている一方で、旧道はショートカットする形になっていてその分旧道の傾斜はきつくなっています。

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旧道は緑の道で、一人黙々と歩いていると、緑を楽しんだり、何も考えていなかったり、ふと何かが思い浮かんできたりとさまざまで、その気ままさが一人歩きの楽しさかもしれません。

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旧道は急坂の部分もありますが、徐々に高度が上がっていますのでいつの間にか標高が高いところを歩いていることになります。

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旧道歩きで唯一といっていい御休処で名所の甘酒茶屋です。数年前に萱葺き屋根を葺き替えたり、できるだけ昔の風情に復元しました。

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旧道歩きの最後の部分で、元箱根まで残り40分くらいの距離です。

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最も旧街道の面影を残す道で、テレビなどで紹介される時には大体ここが取り上げられます。道幅も広く、ここを大名行列が通る様子が最もイメージされるヶ所でもあります。

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芦の湖畔の大鳥居のあたりはまだ観光客が到着する時間には早過ぎるせいかひっそりとしていました。箱根湯本駅から歩き始めてここまでちょうど3時間かかりました。

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芦ノ湖の上空には梅雨雲が低くたれこめ、富士山も全く見えませんでした。新造なった名物海賊船も出航したばかりでした。

旧街道を歩いて芦ノ湖に着いて、いつもはここでコンビニ弁当を食べて同じ道を引き返しています。いわばこの辺り元箱根は箱根観光の拠点で、湖畔を歩いて箱根の関所に行くか、反対方向に歩いて箱根神社に行くか、その先には山の上ホテルがあり、駒ヶ岳に登ったり、あるいは船で湖尻・桃源台に渡りロープウェイで大涌谷に出て、強羅から登山電車に乗るなどの観光ルートがあります。いくらでも観光できるのですが、私の場合はあくまでも歩くのが目的ですので、芦ノ湖から引き返すことにしています。

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2013年6月 6日 (木)

箱根街道 湯本~畑宿

6/6(木)、天気はよくないのですが、急に箱根の旧道を歩いてみたくなり出かけてしまいました。記憶が曖昧なのですが、2年ぶりくらいになるかもしれません。

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小田急線

で小田原経由で箱根湯本駅

に着いた時、箱根登山鉄道に向かう女学生の集団に出会いました。朝の7:22という早い時間に、登山鉄道で小田原とは反対の山奥に向かう彼女たちは、ナンとか白百合学園というお嬢様学校の生徒さんたちで、お疲れ様です。私はこの駅から歩き始めました。

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箱根湯本駅から“滝通り温泉街”に入りました。温泉街特有のゆったりとした雰囲気に、箱根歩きの闘志に反して、ついつい日帰り風呂にでも入って寛いでしまおうかなという軟弱な気持ちがわいてしまいました。

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川沿いに温泉旅館やホテルが並んでいる風景もいかにも温泉という雰囲気でいいものです。

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ホテルの駐車場には大型観光バスが出発の準備をしていました。ホテルや旅館の駐車場もかなり埋まっていて、しかも大阪や名古屋のなどの遠方ナンバーもあって、何となく景況感が明るくなりそうな雰囲気が感じられました。

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温泉街の誘惑を振り切って、箱根旧道を急ぎました。新年早々の箱根駅伝は1号線を走るのですが、箱根旧道は別の道で、車道と旧東海道とがほぼ並行しています。

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車道をしばらく歩くと“自然探勝歩道”へと枝分かれするというのがこのルートの特徴です。

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自然探勝道というように、車道から離れたひっそりとした道です。早朝のこの時間に歩いている人は誰もいなくて、臆病者の私は熊や蛇が出るのではないかとビクビクしながら歩いているのです。しかし実際に他の人と出会ったりすると異星人に聖域を侵されたような気分になってしまいます。早朝ウオークで一番嫌なのは蜘蛛の巣が顔にかかることです。

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こんなアドベンチャー的な気分になれるような道もあり、結構楽しめるのです。

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自然探勝道を抜けて再び車道を歩いてゆくと、“旧東海道”へと枝分かれする道に出ました。車道を歩くことも旧東海道を歩くこともできますが、当然旧東海道を歩きました。

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“これより江戸時代の石畳”などという標識もあり、タイムスリップしたようです。特にこういう道では誰にも会わずに、江戸時代の旅人や大名行列気分を味わいながら歩きたいものです。

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車道を横切り再び“箱根旧街道”に入りました。

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旧街道も、こんな所に大名行列が通れるのだろうかという道や歩くのが大変そうな不揃いの石の道があり、変化があって面白いのです。股関節を強化したい人には是非お勧めの道です。

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旧街道を抜けると「畑宿」という宿場に出ました。ここは“箱根寄木細工”のふるさとです。

箱根の旧街道を歩く人は、箱根湯本駅からこの「畑宿」までバス(1520分くらい)で来てここから歩き始める人がほとんどです。ここまでの道は車道と旧街道を交互に歩いて1時間半くらいかかりますので遠されているようですが、実際には最も旧街道的雰囲気を味わうことができるお勧めのルートです。

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2013年6月 5日 (水)

散歩コース 紫陽花の道

6/3(月)、例年より10日も早く梅雨入りしたと思ったら、晴れ間がのぞいていましたので、久しぶりに定番散歩コースを歩きました。

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いつもの散歩コースは季節の移ろいとともに花の道になっていました。花菖蒲はいつの間にか満開に近く、少し散歩をご無沙汰しているだけで自然は着実に時を刻んでいました。ところどころに何かの花が咲いていて今が一番いい季節かもしれません。

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紫陽花は8分咲きといったところでしょうか。それぞれ色を競っていて、これから梅雨本番になると雨にしっとりと濡れて花びらの色を濃くしてゆき、夏を迎える準備に入ります。

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陽射しは強く、日陰に入ると風が涼しく感じられ、日陰から出ると思わず眉をしかめてしまうほどでした。

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散歩コースに流れている一筋の細い小川の両脇には思いっきり伸びた葉が小川を覆うようで、こんな小川でも小魚やザリガニが棲んでいますので、葉陰や小石の陰に身を潜めているか、暑くなりそうな夏に身構えているかもしれません。

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陽気に誘われてか、何かの獲物を狙ってか、50cmくらいの蛇が小さな橋を占拠していました。ここ数年野生の蛇を見ることはありませんでした。巳の日には北鎌倉の白蛇にお布施代わりのえさ代を届けに行くのですが、最近は時間がなくずっと行っていませんでしたので、あちらから会いに来てくれたのかもしれません。

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小さな池状の水たまりでは、亀が二匹、甲羅を寄せ合って、甲羅干ししていました。

久しぶりの散歩コースはすっかり初夏モードになっていました。自然の変化は短い時間では目に見えるほどはっきりしてはしていませんが、日々着実に進んでいて、少し時間が経つとあたりの風景を一変させてしまいます。花や草、蛇や亀の生物も今一番元気があるのかもしれません。

仕事の合間に、気分転換に、ふらっと散歩に出れば、こんな身近な場所に小さな大自然があり、生物がいて、確実に四季があって、先進国の中で国土の65%が森林というのは日本だけだそうで、やはり日本の自然は素晴らしく、大切にしたいものです。

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2013年6月 4日 (火)

自治会日誌 グルメ旅

5/24(金)、25(土)、1泊2日の日程で、ご近所さん(自治会の仲間)たちと伊豆の雲見へ美味い魚を食べに出かけました。

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自治会の仲間たち総勢11人が10時半に町内の公園に集結し、3台の車に分乗して東名高速を快調に走って、ちょうどお昼頃にお目当てのお蕎処につきました。

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東名高速裾野I.Cのほど近くに、隠れ家のような“蕎仙坊”という知る人ぞ知る蕎処があり、ここで昼食としました。ドライブでお腹も空いていて、待合室で待っている間もまるで遠足のように浮き浮き気分でした。

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隠れ里のようなひっそりとした林に囲まれ、周りの樹々にはたくさんの野鳥が集まっていて、ホッとした気持ちになれる居心地のいい空間でした。

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ここでは何を食べても美味しいのですが、私はいろいろな味が楽しめる“三色蕎”を注文しました。

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目的地の雲見は俗に西伊豆地域で、そこまで行くルートはいくつかあるのですが、今回は海側のルートを走りました。東伊豆の海は、好天気で温度が急上昇したため霞んでいる上に、富士山も見ることができませんでした。

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東伊豆を見下ろす展望台の休憩所で、早速おやつのソフトクリームを食べました。大酒飲みのおやじたちが嬉々としてソフトクリームにかじりついている姿は異様ではありますが、みな童心にかえったようでした。

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夕方早めに雲見温泉に到着しました。雲見の海は静かで、しかし真っ正面に浮いているように見える富士山は隠れたままでした。

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夕食まで時間がありましたので、部屋でくつろぐ人、温泉に入る人、私達のように足湯しながら海を見ながらビールを飲むグループと好き勝手に分かれました。

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夕食というか宴会が始まりました。料理は活きづくりの大漁盛、伊勢エビ、カニ、鮑の躍り食い、金目鯛の煮つけなど、とても食べきれませんでした。最後はカラオケ(9時まで)大会で、私はカラオケは嫌いなのですが、新会長だから唱えといわれ久しぶりに一曲披露しました。

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カラオケの後、二次会、三次会と宴は続き、いつの間にか雑魚寝で爆睡しましたら、朝になっていました。朝の海を見に浜に出てみると、海はとても静かでした。

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帰路は海沿いの道をドライブし、途中稲取漁港の朝市に寄りました。ここの干物は評判で、金目鯛の干物も美味しいのですが、アジの干物は今まで食べた中では一番美味しいと感じるほどです。10匹お土産に買ったのですが、カミさんにも大好評であっという間に食べてしまいました。

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昼食は熱海の高台にある個人宅を改造した小さなイタリアンレストランでいただきました。ここも自宅のダイニングのような居心地のいいレストランで、皆さんはワインやビールで乾杯していましたが、私は車の運転があるのでノンアルコールビールにしました。

蕎処、漁師民宿、レストラン、展望台でのソフトクリーム、その他に甘味処に2ヶ所寄り、伊豆を食べ尽くしたかのようでした。自治会で最もグルメの幹事役Kさんはいつも美味しいところを探し当てて企画してくれます。満腹のお腹を抱えて、午後4時無事に帰還しました。

自治会長になって初めての参加で、高校や大学の同窓会、仕事仲間や遊び仲間とも違うお付き合いでした。ご近所さんであるが故に、心を開けば、日頃は楽しく、いざというときには心強い支えあいの仲間でもあります。

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2013年6月 3日 (月)

大山詣で⑦ 緑いろいろ

5/28(火)、梅雨入り間近であまり天気はよくなかったのですが、週に1回は丹沢か大山に登りたいと思っていて、このところ丹沢登山が続いていましたので大山に行きました。

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まだ7時前の早朝、駐車場に車を置いて歩き始めるとお土産やさんや料理屋が軒を連ねていて、まだひっそりとしていました。大山は“大山豆腐”をはじめとして“しかなべ”や“ししなべ”などが名物です。これらのお店や旅館の間の石段を登るとやがてケーブルカー乗り場に至り、その先から男坂、女坂の分岐に出ます。そこまで石段を登ると身体も温まり、汗ばんできます。

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男坂は急な石段が続くために敬遠され、多くの人が女坂を登りますが、慣れてくると男坂の方が時間はかからずしかも楽ですので、最近はほとんど男坂を登り、帰りに女坂を下るようにしています。

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兼高かおるの「わたしが旅から学んだこと」(小学館)には、“かつての日本人は色の表現にも繊細で、緑色ひとつ取っても「萌葱(もえぎ)」「若草色」「うぐいす色」「常磐(ときわ)色」「木賊(とくさ)色」などと表現しました。それだけ緑色の違いを感じ取ることができたわけです。”とあります。

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男坂を登り終え、大山阿夫利神社(下社)に着くと、ぶ厚い雲が低くたれこめていました。

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登るにつれてモヤが濃くなり、雨は降っていないのですが、石段や岩場がしっとりと濡れてかなり滑りやすくなってきました。登るのはいいのですが、下山の時にはかなり滑りやすく苦労することが目に見えていましたので下山することにしました。

かなり足場が悪く、もし滑って足でも痛めたら富士山やヒマラヤに行けなくなりますので、早めに下山することにしました。この日もカミさんと一緒で、それぞれのペースで上りましたので、先行していた私が下山することを携帯で連絡し、カミさんも同時に下山しました。

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2013年6月 2日 (日)

丹沢登山⑥ マイペース

5/22(水)、今年6回目の丹沢登山をしました。性懲りもなくカミさんもついてきました。

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最近トレイルランニング(舗装路以外の山野を走る)がブームになりつつあり、その練習で丹沢を走り上がっていく人をよく見かけます。私もこの後、カミさんを追い越し先にいくことにしました。

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緑が益々濃さを増し、そのトンネルを歩くと、同じ緑でも微妙な違いあることに気がつきました。

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緑のトンネルを続々と登っていく人たちがいて、最近登山者が増えているような気がしました。その多くは高年齢者で、にもかかわらず皆さん健脚です。国民一人が寝たきりになると500万円くらいの税金がかかるといわれていますので、高年齢者の登山やウオーキングはいいことです。私も負けてはいられない気持ちになりました。

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バカ尾根(大倉尾根)の先は濃霧で見えなくなってしまいました。

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バカ尾根を登り終え、頂上手前まで来ると青空がひろがっていました。

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尊仏山荘では、山頂まで登ってきた人が一服していました。前の週に宿泊してお世話になりましたのでまるで我が家か我が別荘のような気がしました。

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山頂からの光景は、厚い雲が湧き上がってきていて、富士山や周りの丹沢山脈を覆ってしまいました。

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山頂の下ではツツジが咲いていて、夏山の到来を告げているようでした。

カミさんとの山行きで、頂上へのピストンの場合はそれぞれのペースで登ることにしています。例えば私が頂上に到達する目標時間を設定しておいて、その時間になるとカミさんはどこにいてもそこから下山を開始するというものです。丹沢や大山ではおおむね携帯が通じますので、私が下山する旨を伝えると、カミさんはその時にいる場所から同時に下山を開始するというルールを決めたりしています。このルールによりカミさんはマイペースで登れますので安心するようです。この日も、私が山頂に着いた時にカミさんはその下の「花立小屋」に着き、私は山頂から、カミさんは「花立小屋」から下山を開始しました。

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2013年6月 1日 (土)

丹沢登山⑤ 塔ノ岳下山

5/15(水)、塔ノ岳山頂の夜明けのショーを見た後、朝食をとり、下山を開始しました。

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朝早く目覚め、朝早く朝食をとり、6:10下山を開始しました。一晩休息したせいか下山の足どりもかなり軽やかでした。

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富士山は、靄(もや)か霞(かすみ)に包まれ、時間の経過と共に薄くなり、ついには姿を消してしまいました。

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雨の日も風の日も、2000回くらい塔ノ岳に登っているといわれる常連さんが駆け上がるように登っていきました。

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早朝に山頂から眺めた雲海はどっしりと腰を据えてしまいました。

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6:44という早い時間にバカ尾根を登ってくる人がいました。一体何時に登り始めたのでしょうか。しかしこれから暑くなる季節には、熱射にさらされるこのむき出しの尾根を歩くには陽が昇る前の涼しい時間帯でなければ難しくなります。

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かなり下に降りてくると、しっとりと露に濡れた緑がその鮮やかさを増していました。美しい緑です。

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ぽつりぽつりと、登ってくる人たちと出会うようになりました。

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大倉からはバス利用の帰宅となりました。大倉から小田急線

渋沢駅

まで十数分ですのでかなり便利なアクセスルートでした。

ヤビツ峠からの表尾根コース経由大倉までのルートは通常は日帰りコースですが、今回はカミさん同行ということもあり1泊2日の行程で、かなり贅沢のように思えました。その分、山頂で何をすることもなく(ビールは飲みましたが)風に吹かれ、日が暮れてゆく様を見ることができ、ゆったりとした時間を過ごすことができました。

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