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2014年1月20日 (月)

山中湖から越後湯沢 おやじの隠れ家

全国的に大雪情報が報じられているさなか、スキーのメッカ越後湯沢に出かけました。駅前で食材を買い込み送迎車で隠れ家に着きました。

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着いたマンションは19階建ての高層マンションで、私が持っていた5階建ての小さなマンションとは雲泥の差がありました。

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玄関を入ると受付カウンターがあり、管理人さんがいてまるでホテルのようであり、 “隠れ家” というイメージとはちょっと違いました。このカウンターでは送迎車の手配やさまざまなリクエストに応じてくれるようです。

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ロビーの大きなガラスの向こうには雪景色が広がっていて、ちょっとリッチな気分になりました。

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K君の部屋は14階で見晴らしは素晴らしく、墨絵の世界を眺めるのもおつなものでした。窓からシーンとした墨絵の世界をぼんやりと見ているとようやく “隠れ家” にいる気分になってきました。大人の隠れ家といえばこだわりのおしゃれなイメージですが、私たちおやじコンビニはやはり “おやじの隠れ家” の方が似合うようです。

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音楽を聞きながら、何をするでもなくぼんやりと窓の外を眺めているのは最高の贅沢気分でした。

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このマンションで最も気に入ったのが温泉大浴場です。着いてすぐに入り、夕食前に入り、就寝前にも入りたかったのですが飲み過ぎたためにパスし、翌日朝風呂に入りました。

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夕暮れになるとスキー場にはライトが点り、幻想的な気分になり、湯上がりのビールを飲みながら暮れてゆく景色を眺め、久しぶりにゆったりとした気分を味わいました。

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この隠れ家のオーナーになったK君は高校の同期生で、大学(彼は一橋で私は私大)は別でしたが、就職した先が大阪で隣同士のビルという偶然的出会いがあり、以来飲み友だちとして長年の付き合いです。彼はサウジアラビアの国立銀行の日本支社長を務めたり、最近は某大学の特認教授と華やかな職歴にもかかわらず、どういうわけか気が合い、彼の富士山初登頂をエスコートしたりもしました。

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夕食は男の料理にしては多彩で、ビール、日本酒、白ワイン、赤ワインも進み、結局6時から始まった宴会も12時まで続きました。

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翌朝目覚めると、昨晩降った雪で道は真っ白になっていました。私は仕事の関係で朝送迎車で越後湯沢駅に向かいました。

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帰りは来た時と同じ上越新幹線に乗りました。

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トンネルを抜けると今度は青空が広がっていました。あっという間に東京駅に着き、お昼前には自宅に戻ることができました。

私がベースにしていた山中湖は、K君にキーを渡してありましたのでよく利用していました。一緒の時もあるし、彼が一人あるいは友だちを誘った時もありました。今度は私が彼の隠れ家を利用することができるようになりました。これも何かの縁ですし、持つべきは「友」です。

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2014年1月19日 (日)

山中湖から越後湯沢 トンネルを抜ければ

1/16(木)、東京駅を出発した上越新幹線は順調に越後湯沢に向かいました。

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上越新幹線で “トンネルを抜ければ雪だった” の世界そのままでした。長いトンネルを抜けるとすぐに越後湯沢駅で、駅前は除雪されていましたが周りの山には雪が降り積もっていました。

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越後湯沢駅の “えきなか” や屋台はリゾート客が多く利用する駅らしく大規模で品揃えが豊富でした。

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駅の近くの商店街で食材を調達しました。日本海の海の幸が寺泊港から運ばれてきますので豊富で新鮮です。この日は海が荒れたためでしょうか品数がちょっと少ないようでした。

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駅からマンションまでは送迎車を利用しました。道路は雪かきのためにスムースに走れました。今年は全国的にはあちこち大雪ですが、ここは例年の半分くらいの積雪とのことでした。

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マンションの前には雪が積み上げられていました。

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とっておきの白ワインを雪の中に埋めて冷やしました。

例年より少ないとはいえ、周りは雪だらけでさすがスキー王国の雪国でした。

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2014年1月18日 (土)

山中湖から越後湯沢 鉄チャン

昨年の夏に山中湖のリゾートマンションを手放したと思ったら、どういう因縁か縁か、親友のK君が越後湯沢にリゾートマンションを買いましたので、1/16(木)に二人で訪ねました。

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自分でチケットを買って鉄道利用の旅に出かけるのは何年ぶりかです。「大人の休日倶楽部ジパング」を利用するのは初めてでした。

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東京駅に早めに着きましたので、 “えきなか” を覗いてブラブラと時間を潰しました。最近は “えきなか” も充実しています。

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同じ出発ホームには新青森行きの「はやぶさ」と秋田行きの「スーパーこまち」が連結されていました。そのスタイルとカラーを見て、にわか鉄チャンになってしまいました。

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初めて知ったのですが、グリーン車より更にハイクラスの「グランクラス」という車両が連結されていて若い女性がエスコートしてくれるそうです。

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時刻表を見ると、新幹線が十数分おきに運行されていることに驚きました。世界に類を見ない運行システムです。

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私たちが乗る「Maxとき」が入線してくるのを赤いユニホームを着た人が出迎えていました。「tessei(鉄清)」とかかれていて、車内清掃の人でした。礼儀正しく列車を出迎え、車内清掃し、乗客が乗り込むのを出迎え、最後に出発する列車を見送る人たちは、同行のK君によれば世界の注目の的だそうです。

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ヒマラヤへでも行けそうな格好ででかけましたが、新幹線は数年ぶりでしたので修学旅行気分でした。

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私は “あなご弁当” を K君は “30種幕の内弁当” を買い込みました。目的の越後湯沢駅までは1時間ちょっとでしたので、発車と同時にミニ宴会となりました。

久しぶりの新幹線乗車にすっかり鉄ちゃんになってしまいました。

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2014年1月14日 (火)

雄滝弁天堂 富士山

1/11(土) 冷たい空気を胸一杯に吸いながら、七面山の登山口から何ヶ所かの「結界」を通って雄滝弁天堂へと向かいました。

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この階段を一歩一歩上がるたびに、身の引き締まる思いが強くなりました。

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とても小さなお堂ですが、内部はきらびやかでいて厳粛な世界で「所願成就願満弁財天」が祀られています。残念ながら撮影できません。凛としていながら優しく雅やかなお顔で、黄金の琵琶を携えた「所願成就願満弁財天」はご開帳され、1時間お経をあげてもらい、1年間の無病息災と商売繁盛のお札をいただきました。

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弁天堂の裏手には「雄滝」があります。流れ落ちた滝が岩にあたり飛沫となり氷結していました。ここでは滝行をしている若い僧を何回か見かけたことがあります。滝行の後の清々しい表情を見ていると真似をしてみようかなと思うことはあったのですが、なかなか実行はできません。

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同行者は訪問介護NPO法人の管理者、ヘルパーさんも20人近くと増え、今年の飛躍を期しての祈願でした。「弁財天」と対面し、お経をあげてもらってスッキリとしていました。私もボランティアではありますが、理事長として何とか力になれればいいなあと共に祈願しました。

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帰路も新清水I.Cから新東名高速道路を走りました。このルートは富士山ビューの絶好ポイントです。この日は雲のかかり具合で富士山が浮いているようにも見え、のしかかってくるようでもあり迫力がありました。

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足柄S.Aでは、富士山の世界遺産登録にあやかった商品のメニューがかなり増えていました。

「雄滝弁天堂」への道は、晴れていれば富士山や南アルプスの白い嶺を眺めることもできて楽しく、またいくつかの結界を通れば身も心も浄化されるような気持ちになれます。恒例の参拝とはいえ、今年は身に余る仕事を受け、3月までに仕上げることができるかどうか不安の日々を過ごしていて、いつになく真剣な参拝となりました。帰路、雄大な富士山を見て少し勇気をいただきました。

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2014年1月13日 (月)

雄滝弁天堂 結界

1月は初詣で何ヶ所かの神社仏閣を訪れます。その中で最も神聖な気持ちになれるのが南アルプスの麓にある「雄滝弁天堂」です。1/11(土)にお願いしておいたお札をいただきに出かけました。

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夜明け間もなくの東名高速道路を走りました。小田原手前の大井松田I.Cあたりで富士山を眺めることができました。今年最も近くに見る富士山でした。

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御殿場から「新東名高速道路」に分岐して、新清水I.Cに向かいました。新東名高速は駿河湾を左手に見て沼津市などの市街を見下ろして走る視界が一気に開けている快適なルートです。

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新清水I.Cで高速を降り、52号線を北上し、身延山を過ぎたあたりから南アルプス街道に入りました。更に旧早川町役場あたりから山の中に入りました。

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道は益々細くなり、富士川に注ぐ春木川に沿って山裾に切り開かれた山道をどこまでも走りました。

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クネクネとした細い道もやがては行き止まりになりました。ここは信仰の山「七面山」の登山口になっていて「結界」となっています。季節がよくなると白装束に身を包んだ信者さんたちが太鼓を鳴らし “南無妙法蓮華経” と唱えながら七面山に登る姿を見かけるようになります。山頂には奥の院があり宿坊もありますので、時として何百人もの大行列に遭遇することもありました。ひたすらの上り道で、足試しに私も何回か登ったことがあり、最初の頃は下りでよく膝を痛めたものでした。

               

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七面山登山口を右手に見ながら「結界」の赤い橋を渡りました。橋からは南アルプスがはっきりと眺めることができました。

 

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橋からは、目指す「雄滝弁天堂」が見えてきました。岩肌に抱き込まれるように建てられた弁天堂とそこへと通じる赤い幟が続く道は、俗界から聖なる領域を分ける「結界」です。

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橋を渡ると白糸の滝ともいわれる「雌滝」が凍りついていました。滝を背にして通称「お万の方」といわれる徳川3代将軍徳川家光の側室「永光院」が手を合わせていました。ここ白糸の滝で7日間水ごりをとって、女人禁止といわれていた七面山に女性として初めて山頂に立ったといわれています。

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「雌滝」からすぐに弁天堂へと向かう結界の道に入りました。「南無妙法蓮華経」と書かれた幟が続く道をゆっくりと歩いていると、身も心も引き締まってくるのはいつものことです。この日は気温が2℃、冷たい空気も清浄な大気とともに心地良く感じました。

「結界」とは、辞書によれば「聖なる領域と俗なる領域を分け、秩序を維持するために区域を限ること。本来は仏教用語であるが、古神道や神道における神社なども、同様の概念があることから、言葉として用いられている」とあります。「雄滝弁天堂」への道は、山奥のいくつもの「結界」を通り抜ける道で、自宅から2時間半の聖域への道です。

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2014年1月 9日 (木)

姐御さんのインド紀行

チベットツアーで知り合った姐御さんが年末年始の時期に何と!インドに行ってきました。秘境ツアーの西遊旅行社の “シッキム王国とダージリン 8日間” というツアーです。見どころはエベレスト、K2に次いで世界3位の高峰カンチェンジュンガ(8,586m)を眺めることと “鉄チャン” 垂涎の的の「世界遺産トイ・トレイン」でヒマラヤの避暑地ダージリンを走るというもので羨ましいことです。

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インドのシッキム王国といっても私はインドには行ったことがなくどの辺りかはわからないのですが、地図で見るとチベット、ネパール、ブータンに囲まれ、1975年までチベット系の王国でしたので、チベット文化が残されているということで注目されているエリアです。

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長いのですが姐御さんのコメントをご紹介します。 “1231日ペリンのホテル(Norbu ghang resort)に宿泊。丘の上のためホテルの各部屋から正面にそびえたつカンチェンジュンガがのぞめました。また玄関前の広場からは貸切でカンチェンジュンガがずっとのぞめました。11日の初日の出もこの広場で拝めました。夜はとても寒く、暖房がヒーターだけのため震えていました。1枚余分に毛布の支給がありましたがしのげません。思い切ってシャワーをあびると、ものの1分ほどで水に変わり、すぐに蛇口を閉めました。ところが2100頃ドアをたたく音がするので開けると、男性スタッフが湯たんぽを持って立っていました。いくつほしいかと聞くので「2つ」というと2つくれました。とても温かく、ひとつは足元に、もうひとつは腰のそばに置いて寝ました。Denzong regency hotelの中庭で、1分間もの流れ星を見ました。みんなは「人工衛星でしょう」といいますが、流れ星です。たくさんお願いごとをしました。”

インドとはいえ北部でチベットやネパールに近く、カンチェンジュンガにわずか32kmといういわばヒマラヤ山中にいるようなものですので寒かったでしょうね。極寒のヒマラヤを思い出してしまいました。一度だけヒマラヤ(河口慧海が宿泊した同じ村)で新年を迎えたことがありますが、寒い粗末なロッジでまったく新年気分になれず、渺々たる西遊記の世界をモクモクと歩いたことがあります。最悪の年越しでしたが、それに比べると姐御さんの年越しはリッチでしたね。

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再び姐御さんのコメントです。 “12日同宿していたワールド航空サービスが330モーニングコール 430出発と聞き、私たちは400モーニングコール、430には出発していることを前日に決めました。ホテルからタイガーヒルズは車(トヨタ innova)で45分。早く到着した車から駐車場に入れ、3階建の展望台の入場チケットを購入でき3階のソファーの部屋からカンチェンジュンガを望むことができます。 当日420に集合して車5台でタイガーヒルズに向かいました。もちろんワールドのお客さんはまだ部屋にいる間です。気温0度の中、ヒートテックを重ね着し、ホカロンを4つも背中に貼り、パシュミナのストールで顔を覆い、懐中電灯を持って出発です。前日5日ぶりにダージリンの自宅に帰ることができたドライバーは、帰り際にガイドのサディアンさんに「明日の出発は何時か」と聞き「430」と言われた途端、「ほんまかいな」というため息。実は現地ガイドのサディアンは知人に頼んで200から展望台入場取得のために並んでもらっていました。そのおかげで500到着時には暖房はないけれど全面ガラス窓、30席のソファーが並んでいる部屋で過ごすことができました。ちなみにワールドのお客さんたちはそんなこねもなく、1階の展望台(つまり外)での眺望でした。”

“インド人は初日の出を見ることを目的に、日本人は初日の出に映った山が徐々に赤く染まっていくことを目的に、インド人は東側に集まり、日本人はすこし西側に陣地をとりました。625日の出です。600頃からそわそわして窓際にカメラを持って立ちます。徐々にピンクに染まるカンチェンジュンガを見ながら、スローモーションで山がほほ笑む姿を見た気がしました。日の出と同時にインド人たちが歓声をあげました。そして日の出後、エベレストとマカルが顔を出し、ローツェがおはようと挨拶。エベレストまでは200kmで頭の先が少し見えるだけでしたが。チベットで真近にみているので比べるまでもなく小さいのですが、「お久しぶり」と声をかけました。車に乗った途端、ドーンという大きな音がして、人々が走って行きます。何かと思って私ものぞいてみると、2台の車がやっとすれ違える道で、丘を下り損ねた1台の車が道から落ち、ひっくり返っていました。幸い大丈夫だったのか、乗客とドライバーが無傷で丘にあがってきました。”

世界3位の高峰の夜明けのドラマを見るためなら命がけの気分とてもよくわかります。それにしても西遊旅行者添乗員さんの早い者勝ち作戦は今回も冴えていましたね。

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2両編成の蒸気機関車。1030出発なのになかなか発車せず、本当に蒸気機関車が連結されるのかとひやひや。鉄道マニアのKさんは朝食中、カメラを首からぶら下げたままだったので仲間が「おろしなさい」というのに、頭はトイトレインのことでいっぱい。とうとう10分もしないうちに、朝食の途中だというのに、それも800だというのに「ダージリン駅に行く」と言って席を立ちました。私たちが1000過ぎにダージリン駅に行くと、小濱さんは蒸気機関車の前で写真をとり続けていました。そしてその病気が仲間にも伝染し、トイトレインが出発するというボーと言う大きな汽笛が聞こえているにもかかわらず、蒸気を上げる機関車を撮影し続けた私、ネイチャー専門のカメラマン、不動産会社社長の3人は出発したトイトレインに急いで飛び乗りました。時速10kmなので走れば間に合います。窓を開けると石炭の粒子が目に入り、痛くてたまりませんでした。座席は指定席です。1両に23人乗ります。私は22番の最後尾の席で隣には車掌さんがいました。約50分後グーム駅に到着し下車しました。路面を単線で走ります。ボーボーという汽笛を鳴らし煙を噴き上げ、坂道をゆっくり上ります。その隣を荷物いっぱい乗せた車がトイトレイン優先で走ります。

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ダージリンの大きな写真屋さんで「toytrain for sale」をみつけました。5500ルピー(約11,000円)と高額です。本物そっくりのプラモデルで思わず買ってしまいました。カード決済だったため「念のためパスポートのコピーが必要」と提示を求められました。インド人店員4人で丁寧に包装してくれました。帰りがけに「日本に帰るまでこの箱は開けることができませんね」と言いました。その後国内線・国際線の税関のレントゲン検査でひっかかり、「これは何か。開けろ。」と聞かれます。トイトレイン、おもちゃだと言っても開けろというので「あなたが開けなさい」と言ったところ、逆ギレされ(ボディチェックは女性は女性の管理官なので開けろと命令するのも女性です)、ハサミの刄をつきつけられ「私は開けない」と押し問答。見かねた男性管理官が簡易のチェックの棒を持ってきて女性管理官に渡します。ところが彼女はハサミで箱を開け始め、トイトレインを取り出しました。「なんだ」という顔で「しまいなさい」と言います。「あなたがしまえ」というと「他のチェックがあるからあなたの相手はできない」と行ってしまいました。さて鉄道マニアのKさんに自慢ができると思って散策から戻ってきたKさんにトイトレインの購入のことを話すと「そうですか」の一言。実は小濱さんも書店でトイトレインのプラモデルを6,000ルピーで購入し厳重な包装をされた箱を持っていました。国内線のセキュリティはチェックされることなく、しかしデリーの国際線でとうとうチェックされ箱を開けられ、棒でトイトレインを叩いて確認し始めた途端、「何、やってるねん!こわれるやないか」とどすのきいた関西弁が響き渡りました。成田でKさんとお別れする時、「ほんまどないなるかとおもったわ。棒でたたくんやで。悪いことする、顔、ちゃうやろ」と何度も言ってました。“

“鉄ちゃん” も命がけですね。セキュリティチェックも大変だったようですが、帰国も大変だったようです。

“カンチェンジュンガを堪能した後、1日遅れでデリーから昨日帰国しました。ダージリンの最寄り空港が濃霧で、私達が乗る飛行機がコルカタに変更になり(1日一便)、デリーに戻れず、一同真っ青。エアインディアの用意したホテルはインド人向けの安いホテルで女性は全員狭いツイン、男性は全員少し広いトリプル。ツインと言ってもキングサイズのシングル。寝返りできずに過ごしました(笑)。ワールド航空サービスがほぼすべて同じ内容のツアーで、添乗員たちも協力して交渉していました。有楽町駅での火事も情報入り、あらラといっているところでした。翌日、つまり4日はあらゆる神に電話して(インド人ガイドいわく)、デリーに帰ることを願い、朝から濃霧だったのが午後には少し晴れ夕方デリー着。そのまま成田便にスライドできるように西遊さんが交渉してくれたおかげで無料で搭乗でき昨日朝帰国しました! 今日から仕事です。今年も良い年でありますように!!

今回も個性豊かなメンバー12人と女性添乗員杉本さん(大阪支社)、シッキム・ダージリンの英語ガイド サティアンさん(チベット仏教徒。祖父はネパール出身)、5人のドライバーさん(ダージリン出身)でした。”

ご一行様の中に、8,000m14座の写真を撮ろうという方がいらっしゃったとのこと、それもありですね。登頂は命がいくつあってもたりませんが、写真なら何とかなりそうですが、最も大変なのはパキスタンのK2でしょうか。なにしろ日中は灼熱の太陽の下、夜は氷河の上でのテント生活のトレッキングで何日もかかるとのことですので。

いやはや旅はいいですね。アクシデントやトラブルに遭遇すると大変ですが、そんな時こそツアー会社の機転がものをいいますね。パキスタン・フンザツアーでもチベットツアーでも西遊旅行者の添乗員さんの機転には感心しました。アクシデントなどが大変なほどその分思い出は強烈でしょうね。私も旅に出たくなりましたが4月まではお預けです。

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2014年1月 8日 (水)

初詣 川崎大師

新しい年になって、新年会や恒例行事などをこなしているうちに一週間が過ぎてしまいました。もうそろそろ川崎大師への初詣客の混雑も緩和される頃だと思って出かけました。

 

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以前は、川崎大師へは自宅から歩いていったりしていたのですが、4時間近くかかり今年は何となく気持ちにゆとりがないので電車で出かけました。最寄り駅から露店が連なっていたり、参道にはいろいろな店が並んでいます。浅草の仲店通りの十分の一くらいの規模ですが、それなりに楽しいものです。

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三が日に比べればかなり人出は少ないとはいえ、ここにはお正月気分の名残の賑わいがありました。

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川崎大師は敬愛する弘法大師ゆかりの寺ですので、毎年訪れています。

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さすがに広い境内には人影は少なく、ゆっくりと般若心経を唱えることができました。

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広い境内の一隅に、「新八十八ヵ所巡り」があります。数年前にお遍路の旅に出て以来、新年川崎大師にお詣りするたびに立ち寄ります。札所の名前が刻まれた石碑が八十八あり、どういうわけか石碑の頭に貨幣を置いて拝むのが正式参拝のようですので、小銭がたくさん必要なのです。

山やどこか近場に出かけようと思っても、仕事が気になってその気になれず、そうかといってあまり家にくすぶっているのもアルコール漬けの身体がなまるばかりですので、恒例の初詣ということになりました。

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2014年1月 1日 (水)

初詣 涅槃像

あっという間に新しい年が明けました。今年はどういう年になるのでしょうか。何はともあれ近所の熊野神社と禅寺に初詣しました。

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歩いて15分くらいの処にある曹洞宗の禅寺・観音寺に初詣に行きました。この禅寺にあるお堂は1年に1回だけこの時期にご開帳されます。正面の入口には金剛力士像が立ち、裏側の出入口には涅槃像が横たわっています。涅槃物は見方によっては体の曲線が艶(つや)っぽくも見えます。

神社にお詣りして、仏教寺院にもお詣りするというのは一神教の人々には理解しがたいと思いますが、私たち日本人にとっては、身近な神社や寺院や山やあるいは石(例えば山中湖近くにある石割神社)でさえ手を合わせて願いことを唱えるというのはあたりまえのことです。

まあ宗教論議はともかくとして、新しい年がやってきました。失われた20年とか30年とかいわれて久しいのですが、景気は少し明るい気配がし、オリンピックまで6年という元気が出そうな目標もできました。

毎年、新年には今年はどこへ行くかという大体の計画がたっているのですが、今年は3月まで仕事があり、その仕事も大がかりなもので気がかりでもあり、テクテクに集中することができません。ということで嬉しいことなのかそうでないのかはっきりとしない生煮え状態で新年を迎えていて、何とかの神頼みで、神でも仏でも何にでもすがる想いで無事の一年を祈願した元旦でした。

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