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2014年5月31日 (土)

トルコ紀行7日目 イスタンブールへ

5/17(土)、サフランボルの町で観光と昼食をすませ、395km先のイスタンブールを目指しました。

 

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 13:13 世界遺産ののどかな町ともおさらばしました。

 

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 13:50 高速道路に入ってからも窓から見える景色ものどかなものでした。青い空と白い雲、豊かな大地、大好きな富良野的風景もありました。トルコはいい国です。

 

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 15:01 イスタンブールは直進で、距離は残り255km。私たちを乗せたバスは、快適に走りました。

 

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 16:03 トイレ休憩で入ったSAでは、洗車のおじさんがせっせと洗車している傍らで私たちのバスのドライバーさんが、おじさんへのチップの相談か? おじさんに身振りでいい仕事してますね!と伝えたら、通じたのかポーズをとってくれました。

 

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 SAにあるショップは、日本のSAや道の駅と同じようになかなか充実していました。必ずあるナッツ類や乾燥フルーツは魅力的で、特にナッツはついつい買ってしまって日本に持ち帰る羽目になりましたし、ドルやトルコリラが底をついてしまいました。高速道路やレストランのトイレは無料ですが、一般道路や町中のトイレは有料(50円)でした。このトイレ料金の確保にも苦労しました。

 

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 16:38 トヨタの研修場の看板が見えると、バスの中で一斉に拍手が起きました。何故かというと、一般道路や高速道路、町中で見かける車のほとんどがベンツ、VW、BMWなどの-1欧州車でたまにHONDAを見かける程度でした。日本の自動車メーカーの旗手であるトヨタに頑張って欲しいというエールでもありました。

 

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 18:07 イスタンブールも近くなり、巨大がビルが目をひきました。トルコ一だかも凄い財閥だとかが建設中のビルだそうです。

 

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 18:28 バスは快適に走っていたのですが、ボスボラス海峡を渡る手前で渋滞につかまりました。後ろの方にもたくさんの車が(当たり前ですが)、ここから先は左から合流する車もあり、大変な状況でしたが、ドライバーさんは見事なハンドルさばきをみせていました。

 

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 この渋滞目当てに、物売りの少年やお姉さんが車の間を、水やパン、お菓子や花束まで。花束以外の水やパンは結構売れていました。花束は、どんな人がドン目的で買うのでしょうか、バスの中で退屈しのぎで議論が始まりました。それにしてもこの人たちは、こうやって商売のコツをつかんで、いずれ中東商人と渡り合うのでしょうか。

 

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 19:10 ようやく渋滞を抜け、ボスボラス海峡が見えてきました。

 

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 19:12 そして海峡に架かる橋を渡り、アジアエリアからヨーロッパエリアに入り、イスタンブール市内のホテルに向かいました。

 

とても長い旅が終着に近づきつつありました。5/11(日)に降り立ったイスタンブールに再び戻りました。この日一日だけでも615km走り、しかもその途中の見所の世界遺産の町は時間を忘れてしまうような、タイムスリップしてしまうような穏やかな町でしたし、イスタンブールに着いて、はっと目が覚めたような気分になりました。

 

 

 






 


 

 

 


 


 


 

 

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トルコ紀行7日目 サフランボル

5/17(土)、トルコの首都アンカレで一夜を過ごし、最終目的地イスタンブールに向けて出発しました。途中、世界遺産の町サフランボル観光を行いました。

 

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 07:27 いよいよトルコツアーも7日目に入りました。この日も朝7時にホテルを出発し、高速道路を一路世界遺産の町経由イスタンブールへ。

 

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 08:47 途中の高速道路のサービスエリアで、修学旅行中の子供3人、カメラを向けると生意気なポーズをとりました。

 

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 孫を連れたおじさんと目が合い、何となくのアイコンタクトで写真を撮りました。おじいさんと孫、よく似ています。トルコ人は本当に人なつっこいです。トルコはいい国です。

 

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 10:10 アンカラから220km、世界遺産の町「サフランボル」に着きました。サフランボルとはサフランがたくさんあるという意味で、その名の通り香料サフランがたくさん集積され、そのサフランを使ったお菓子やお酒、化粧品、石けんなどがつくられています。かなり高齢のおじいさんがゆったりと歩いていました。

 

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 自由時間となり、それぞれ思い思いにサフランボルの町を散策しました。スカーフを巻いた若い女性3人がカメラに向かってニッコリ。トルコはイスラム教の国ですから、戒律が厳しく、女性の写真撮影は要注意と何回も言われましたが、若い人たちは写真好きのようでした。

 

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 ここはサフラン旧市街で、11世紀頃歴史の表舞台に立ち、そのときの街並みがそのまま残されていて、1994年にユネスコ世界遺産に登録されました。多くの観光客が訪れる町です。中世にタイムスリップしたようなのんびりとしたとてもいい雰囲気の町でした。

 

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この町にはいろいろな店があり、ブラブラと冷やかして歩いていると「ドネルケバブ」の店もありました。ドネルケバブとはトルコ料理の中で最もポピュラーな料理で、回転させて肉をローストしたケバブという意味です。ケバブは、中東地域とその周辺地域で食べられている、肉・魚・野菜などをローストして調理する料理の総称です。このドネルケバブは日本でも時々見かけることがありますが、食べたことはなく本場トルコで食べたいと思っていたのですが、まだその機会はありませんでした。ここで食べたかったのですが、この後すぐに昼食と聞いていましたのでパスしました。

  

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 こちらが日本人とわかると、おじさんはスーッと店内に引っ込んで日本語で書かれた “サフランの効能” の能書きを出してきました。この店ではサフランを使ったさまざまな商品を売っていましたが、何も買わずにすみません。

 

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 「ロクム」というスイーツは、トルコを代表するお菓子です。食べた感じは日本の “求肥(ぎゅうひ)” でした。求肥にはクルミだとかゴマだとかいろいろな種類があるように、ロクムもサフランだとかさまざまなナッツとかいろいろありました。それぞれのお店で手作りしていました。

 

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 うちのヘルパーさんたちのお土産に「ロクム」を買おうと思っていました。カーンさん一押しの有名店があったのですが、ブラブラと歩いているうちに店先で一生懸命売り込みをしている娘さんたちの熱心さにほだされて、Aさんご夫妻共々この店で買ってしまいました。帰国後、ヘルパーさんたちに食べてもらうと大好評で、当たりでした。今度この町に行ったらまたこのお店で買いたいものです。

 

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 さらにブラブラ歩いていると、トルコの若い男性たちから一緒に写真を撮りたいと言われ(身振りですが)、フォーショットとなりました。前にも書きましたが、トルコの若者たちは、日本人と一緒の写真を撮ったりするのが自慢になるそうです。海外でこんなにモテた(単なる写真だけですが)のは初めてでした。

 

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 一緒に行動を共にしているAさんご夫妻は、仲良く散策を楽しんでいました。他のご夫婦もそうですが、ご夫婦で揃って海外旅行できることは幸せです。どちらかが体調を崩したりすると海外など出かけることはできなくなります。またこのツアーは安いツアーに比べて2~3倍高いツアーで、ご夫婦で二人というのはかなりの出費で、それが可能だということもとても幸せなこと。いつまでも仲良く旅に出られるといいですね。

 

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 街角でバイオリンを弾いていた日本人女性、Aさん夫人に言わせるとあまり上手くないバイオリンだそうですが、それもそのはず本業?は絵画のようでした。スペインにも2年間いたそうで、今は現地トルコ人と婚約中で近々結婚するそうです。私たち3人がわずかばかりのお金をバイオリンケースに入れると、つられてツアー仲間も列をなして寄進していました。それにしても細っこい身体の何処にこのバイタリティは潜んでいるのでしょうか。

 

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 仲良し三人組で記念写真。集合時間も近く、ちょっと歩き疲れた頃でした。

 

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 11:31 サフランボルの町を歩いてお腹も空きました。近くのレストランで昼食をとりました。

 

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 メニューは野菜サラダとスープと煮込み料理でした。デザートはヨーグルトでした。料理はまあ美味しかったのですが、残念だったのがビールがあまり冷えていなかったこと。これは今までよくあることでした。

 

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 食後、近くのフドゥルルックという丘に上りました。中世の町が一望の下で、こんな町が保存され、生活している人もいる、これもトルコの一面で、トルコはいい国です。

 

世界遺産の町サフランボルでのんびりしました。人々も穏やかそうで、ここに観光に来る人たちもこの町に足を踏み入れたとたんギアが入れ変わるようにゆったり気分になっているようでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

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トルコ紀行6日目 首都アンカレ

5/16(木)、カッパドキアを出発して、途中ボアズカレ村にある世界遺産のハトゥシャシュとヤズルカという二つの遺跡に寄り、この日の最終目的地アンカレを目指しました。

 

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 13:58 途中のドライブインでも13日に起こった炭鉱落盤事故で亡くなった方への半旗が掲げられていました。

 

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 道は、首都に近づくにつれ立派になりました。

  

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 モスクも尖塔が2本となり、ドームも立派になり、地域の経済力を反映して寄進がたくさん寄せられているようです。

 

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16:40 アンカレ近郊にある巨大スーパーに寄りました。一挙に都会に出たようで、私たちは完全に おのぼりさん 状態になり、先導してくれるガイドのカーンさんからはぐれないようについて歩きました。

 

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 店内フロアーは広く、またファッション、電気製品、インテリア、家具専門店など日本の百貨店と同じように何階もあり、ただウロウロするばかりでした。

 

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 結局、私たちは食料品売り場で、お土産などを買いました。私は、ここでお土産用チョコレートを買い、支払いは手持ちのトルコリラもドルも使い切ってすっかりなくなっていましたので、カードが使えてホッとしました。

 

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 ここ数日、観光客以外の人はあまり見ていませんでしたので、普通の市民が珍しく新鮮でもありました。トルコの首都アンカラは、人口350万人でトルコ第二の都市です。最終目的地イスタンブールとは600kmも離れていますので、日本でいえば東京と大阪・神戸あたりの距離感でしょうか。

 

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 この日宿泊するホテルに着きました。シティホテルといったところでしょうか。

 

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 ホテルは、街の中心地にあり、ホテルの前の通りを歩くといろいろな店があって楽しそうでしたが、さすがに長旅で疲れましたので、ホテルに籠もることにしました。

 

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18:20 ホテルのロビーに ドッコイショ と言いつつ腰を下ろしました。この日の走行距離は450kmでした。

 

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 18:38 とるものもとりあえず部屋に入り、ポーターさんが届けてくれたスーツケースを部屋に入れてホッとしました。食事まで何もしないで、ベッドでグタッとしていました。

 

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 19:10 食事は7時から。Aさんご夫妻との仲良し3人組?で乾杯しました。このホッとした、楽しそうな嬉しそうな顔。

 

この旅にノートブックを持ってこようか大変迷いました。旅は非日常であり、仕事オフで、日頃の雑事や憂さを忘れるためにあえて持たずにきたのですが、やはり仕事のメールが気になり、Aさんのご主人にメール確認をさせていただきました。この先、帰国するまで何回もお世話になりました。ありがとうございました。旅は道連れ、世は情けでした。

 

 


 

 

 

 

 


 


 

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2014年5月30日 (金)

トルコ紀行6日目 世界遺産 ハトゥシャシュ

5/16(金)、カッパドキアを地上、天空、地下散歩で堪能?した後、途中ボアズカレ村にある世界遺産のハトゥシャシュとヤズルカという二つの遺跡に寄りながらトルコの首都アンカラを目指しました。

 

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 カッパドキアから240kmのあたり、世界遺産のある町への道は緑の道で、イタリアの田舎の道を走っているような錯覚にとらわれました。昨日の夕方、カッパドキアでは厚い雲がわき出てきたのですが、この日も見事な快晴でした。よほど皆さんの日頃の行いが良かったようです。

 

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 10:52 私たちにとって3つめの世界遺産となる「ハトゥシャシュ遺跡」に着きました。人里離れたとても静かな場所にあり、史跡群は時の流れに身を任せ、じっと押し黙ったままで、その上を気持ちのいい風が吹いていました。

 

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 「ハトゥシャシュ遺跡」は、紀元前17世紀~13世紀頃繁栄した帝国の都で、1906年にドイツ人考古学者によって発見されたそうです。ガイドのカーンさんに言わせると、ドイツ人はトルコの遺跡をだいぶ自国に持ち帰った(いわゆる盗掘)したとのことでした。

 

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その後の発掘で、大神殿跡、突撃門や獅子門などが確認されたそうです。この門は突撃門?

 

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 遺跡の最も高いところに一本の木が生えていて、とても気になりました。これから先、風雨に耐えても真っ直ぐ育つのだろうか。

 

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 この遺跡地帯は、1,000mの丘陵地帯にあり、城壁に囲まれていました。ドイツのロマンティック街道のようでもありました。

 

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 ポアズカレ村は、アルプスの麓のよう。アルプスには教会が、ここにはモスクがあります。今この村は、世界遺産登録による村おこしに取り組んでいるとのことでした。たしかに、ここはアンカレから150kmくらいのところにあり、ちょっと寄り道というには不便なところで、その分静かで風光明媚でもあります。特に冬場は雪のために村から遺跡までの道が不通になってしまうそうで、世界遺産になりましたのでスキー場の開発などもできなく悩ましいところです。

 

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 世界遺産登録による観光客集客のために立派なレストランができました。この他に、ホテル建設の計画もあるそうです。私たちは、ここで「肉団子」(どんなものだったか忘れてしまいました)を食べました。

 

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 私たちは、昼食の後、同じボアズカレ村にある「ヤズルカヤ遺跡」に寄りました。ヤズルカヤとは、碑文のある岩場という意味だそうで、たしかに誇大な岩場にはいろいろな絵や文字が彫られていました。そのうち最も印象に残ったのがこの像でした。

 

私たちは久しぶりにゆっくりとした朝を迎え、8時にホテルを出発してすぐトルコ石の店に寄りました。私はカミさんの言いつけを守って何も買いませんでした。他のご夫婦は、そこでもだいぶというかそこそこというかトルコ経済への貢献をしたようでした。私たち一行が店に入ると、待ち構えていた店員さんたちは張り切るわけで、そこで誰も何も買わないと申し訳ないなという気持ちになりましたので、どなたかが購入すると(拍手が起きるのでわかります)ホッとしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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トルコ紀行5日目 地上散歩と地下探検

5/15(木)、トルコ絨毯のお店で絨毯を見たり買ったりの後、洞窟レストランで昼食をいただき、地上ハイキングと地下都市見物に出かけました。

 

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 久しぶりに広々とした大地に足を下ろし、歩けることに嬉しくなりました。

 

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 キノコ岩といわれる独特の奇岩が並んでいると、本当に大きなキノコが大地から生えているように見えました。

 

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 風雨の浸食から残った部分がキノコに見えたり、日本人にはタケノコに見えたりしますが、妖精の煙突ともいわれています。

 

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 今でも風雨の浸食活動が続いていますので、少しずつキノコの形が変わり、中にはいつ落ちてくるかわからないようなものもあります。日本なら、落石注意の看板があちこちに掲げられるかもしれません。

 

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 空には厚い雨雲がわきあがってきました。この風景には雲もお似合いでした。

 

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 16:10 地上散歩から地下探検です。「カイマルク地下都市」の入り口に着きました。カッパドキアで確認されている36ヶ所の地下都市で、50年くらい前(1964年)に発見されました。

 

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 この地下都市の広さは4km2で、地下8階まで確認されていて、深さは62mもあるそうです。7世紀頃、キリスト教徒がアラブ人の迫害から逃れるために地下に移り住んだというのが一般的な説となっています。見物順路を示す矢印がなければあっという間に迷ってきっと出てこれないと思いました。

 

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 家畜部屋や学校までさまざまな部屋があり、地下7階には教会までつくられていますが、現在は地下4階まで一般公開されています。当時、この地下都市には15,000人くらいが住んでいたとのことで、その数字もさまざまな説が唱えられているそうですが、かなりの人が住んでいたことは確かなようです。

 

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 家畜部屋やワイン製造所や食堂、穀物貯蔵室など、当時の生活の様子を知ることができました。

 

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 地下都市から地上に出て、半旗に気がつきました。5/13に発生したトルコ西部の炭鉱落盤事故で多くの人が亡くなり、全国民が喪に服し、いたるとろで半旗が掲げられていました。ガイドのカーンさんの友人が3人も亡くなったとのことで、きっと心中穏やかではなかったと思いますが、いつもと変わらず熱心にガイドしてくれました。お悔やみを申し上げます。

 

カッパドキアの洞窟といい地下都市といい、隠れキリシタンの執念は凄いものがあります。日本でも九州やその周辺島々に隠れキリシタンの足跡がありますが、さすが大陸はスケールが違います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年5月29日 (木)

トルコ紀行5日目 絨毯と洞窟レストラン

5/15(木)、洞窟民家やカッパドキア・ギョレメ野外博物館などを訪れた後、トルコ絨毯のお店へと向かい、お昼時には洞窟レストランで昼食をいただきました。

 

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 11:26 トルコの代表的な産物、トルコ絨毯の機織り実演と即売のお店に行きました。カッパドキア地区の女性たちは、デザインや色などそれぞれその家の代々の特長を生かした絨毯を織っているとのことで、大変な労力を使っているようでした。

  

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 村の女性たちが織った絨毯は全てここへ持ち込まれ、見事な絨毯がたくさん展示されていました。

 

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 集荷されたたくさんの絨毯は、販売担当の男性たちが私たち観光客にデモと売り込みを行うというシステムになっていました。この販売責任者のおじさんのトークの上手なこと。私たちは絨毯の上に乗って歩いたり、座ったり、触ったりと気がつかないうちにペースに乗せられていきました。

 

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 最初は数万円のものから次々にいいものを見せられて、やはりいいものはものが違うということがわかり、次第にいいものへと。数十万円のものから数百万円のものへと、素人目にもいいものは肌触りがよかったり、見る方向によってデザインが全く変わって見えたりと、引き込まれていきました。そして気がつくと、私たちそれぞれに担当者がピッタリと密着して、脈がありそうなご夫婦は別室のVIPルームへと案内されていました。

 

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 12:54 一時間半くらいの熱心な販売攻勢に私たちはグッタリとなり、洞窟レストランに向かいました。この日も青空が広がっていました。

    

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 比較的平らな岩をくり抜いた洞窟レストランに到着しました。屋根の部分は岩そのままで草も生えていて、換気口も2ヶ所くり抜かれていました。

 

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 内部も天井や壁は削り取られた岩肌そのままでしたが、コンクリート打ちっ放しのレストランと同じようなイメージでした。

 

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 昼食のメインディッシュは「壷焼きケバブ」というもので、担当のお兄ちゃんは壺を振ったりしてデモしてくれました。イスラムの衣装で頭にターバンでも巻いてくれたらもっと雰囲気が出たかもしれませんが、このお兄ちゃん、とても真面目そうで冗談を言うのも憚られました。

 

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 総勢21名が二つのテーブルに分かれ、こちらは11名のテーブルで、数少ない集合写真を撮りました。

 

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 料理は、ビーフシチューに近い味で、普通に美味しくいただきました。

 

トルコ絨毯の即売会では、数百万円(多分4百万円近く)買われたご夫婦をくめて7~8組のご夫婦が買われたようで、かなりトルコ経済に貢献したようでした。たしかにものは良く、日本での価格の1/21/3ですので欲しいと思っていた方にはお買い得だと思いました。熱心なセールストークとセールス体制には感心しました。ちょっとしつっこい売り込みに反発する方もいるかもしれませんが、トルコの伝統品を守り、広めようという熱意、その一生懸命さは伝わってきました。私はカミさんからトルコ絨毯とトルコ石には絶対に手を出さないようにとキツくいわれてきましたので買いませんでしたが。

 

 

 

 

 

 

 


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トルコ紀行5日目 ギョレメ・見てはならぬもの

5/15(木)、洞窟民家を訪問した後、カッパドキアの中心地「ギョレメ」を訪れました。ギョレメとはトルコ語で「見てはならぬもの」という意味だそうです。

 

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 洞窟のあるエリアから次のエリアまで歩いたら結構距離がありましたのでバス移動となりました。洞窟群はそれだけ広い地域に分布していることがわかりました。

 

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 途中の写真スポットで、キノコ岩を背景に記念写真を撮ってもらいました。

 

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 ここ「ギョレメの谷」は、カッパドキアでも最も人気のスポット、「妖精の煙突」とかいわれる巨大な奇岩の群れが広がっているエリアです。TVなどで見慣れてはいましたが、実際に見てみると、地球上にこんな景観をもつ場所もあるんだなあ!というのが実感でした。

 

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 一つ一つの洞窟は、岩窟教会であったり隠れキリシタンの住まいであったりいろいろです。それにしても階段の上り下りだけでも大変そうで、高所恐怖症の人には住めそうもありませんでした。

 

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 保存状態のいい岩窟教会では、内部に入るとフレスコ画などを見ることができるのですが、階段の上り下りが大変でした。現在は観光客用に手すりなどしっかりしていますが、昔は大変だったと思われました。

 

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 ギョレメ村は奇岩群の中にあります。その中心にはギョレメ屋外博物館があり、その壁面にあちこち穴があいていて、これは岩窟教会で、異教徒たちに教会の存在がわからないように岩をくり抜いてつくられています。カッパドキアの奇岩はTVでもよく見た光景でしたが、実際にはとてつもなく規模が大きく複雑でした。

 

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 容赦なく照りつけてくる直射日光と岩窟の圧倒的な存在感にいささか疲れました。Aさんご夫妻とアイスティーを飲みました。Aさんご夫妻とはこのときから行動を共にする機会が多くなり、優しいご主人と気さくな奥様とご一緒に楽しい旅となりました。

 

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 どこの観光地に行ってもお目にかかった「伸びるアイス」、店員はこちらがカメラを向けるとパフォーマンスを演じてくれました。これはアイスクリームに植物の蘭の粉末を混ぜたものだそうで、お餅みたいに伸びたりしました。

 

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 駐車場に戻るといつの間にか大型観光バスの群れでした。ギョレメ村はカッパドキア観光の目玉であることがわかります。

 

TVなどで紹介されてよく目にしたカッパドキアは、単なる観光遺跡という範疇を超えて迫ってくるものがありました。洞窟の一つ一つに刻まれたフレスコ画、長い歴史が今でも息づいているようで、ここへ来て見てみなければカッパドキアのことはわからない、一見の価値あり であり 百聞は一見にしかず でもありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年5月28日 (水)

トルコ紀行5日目 洞窟民家訪問

5/15(木)、早朝バルーン遊覧の後、ホテルに戻って朝食を食べた後、洞窟民家の訪問に出かけました。

 

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 8時にホテル出発と慌ただしく、しかしバスが走り出して間もなく、カッパドキア独特の景観が目の前に広がり、好奇心が目覚めました。

 

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 小さな小山のような岩峰の間を私たちのバスは走り、走るごとに景色は変わりました。つぎはどんな景色が現れるのかワクワクしました。

 

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 カッパドキア南部の「鳩の谷」といわれるエリアにその洞窟民家がありました。槍ヶ岳の先端のように空に突き出たトンガリ屋根の家でした。

 

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 先導してくれたガイドのカーンさんとトンガリ屋根民家のご主人が出迎えてくれました。

 

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 早速ご主人が案内してくれました。入り口で靴を脱ぎ、人一人通れるくらいの大きさの入り口を入りました。

 

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 入り口を入ってすぐの間は厨房になっていました。水道が引かれているようでした。ご夫婦でお茶の準備をしていました。

 

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 厨房の側面には洞窟をくり抜いた食器戸棚があり、これを含めて洞窟の全てを実際にご主人が削り取ったり掘ったりしたものだそうです。

 

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 厨房の次の間は居間になっていて、かなりの広さでした。天井も床も岩肌がむき出しで、床にはご自慢のトルコ絨毯がひかれていました。夏は涼しく、冬は暖かく快適なので、ご主人がリタイア後にこの土地?を老後の住まいとして購入したそうです。購入費用はいくらかかったのか聞けませんでしたが。

 

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 娘さんがお母さんからトルコ絨毯の織り方を習っているそうです。

 

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 明かりとりもくり抜かれていて光はかなり奥まで届いていました。

  

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 私たち一行のためにチャイを振る舞っていただきました。この容器(チューリップとも女性の体型とも)は大きさも全国共通のようでした。

 

こんな別荘もいいかもしません。洞窟ホテルのイメージはこんな感じで、床に寝たりしたら面白かったかもしれません。しかしホテルではこんな感じというわけにはいかないでしょうが。洞窟の中はどうなっているのか興味がりありましたのでとても納得しました。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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トルコ紀行5日目 洞窟ホテル

5/15(木)、私たちが泊まったホテルは洞窟ホテルでした。5/14(水)にカッパドキアに到着して、5/16(金)の出発までの二連泊でした。

 

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 ホテルロビーから各部屋に通じる通路は、洞窟をくり抜き洞窟的雰囲気がありいいぞ!いいぞ!と思ったのですが。

 

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 私の部屋は3階でした。階段も洞窟をくり抜いたもので、アドベンチャー的雰囲気がありました。

 

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 踊り場に出ると壁はきれいに磨かれ、雰囲気がちょっと変わりました。

 

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 さらに部屋に向かう通路は壁がむき出しになっていましたが、塗料が吹きつけられて落ち着いた色合いの壁になっていました。

 

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 部屋に入ると、壁はくり抜かれていたり、洞窟的雰囲気は残されているのですが、普通のベッドが二つありました。

 

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 洞窟とはいえ、窓があり明るい雰囲気でした。トイレや洗面所も普通のホテルのようで、あまり洞窟ホテルという感じはしませんでした。例えば、ベッドは岩を削ったそのままで、その上に寝るとかかなりワイルドなものを想像していたのですが。

 

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 レストランは、岩峰の側面に階段があり、その階段を上る時は洞窟的雰囲気ですが、レストランそのものはごく普通のレイアウトになっていました。

 

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部屋の窓からの眺めは、すぐ下にレストランがあり、遠くには岩峰が連なっていました。

 

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 各部屋はコの字型に配置されていて、岩壁を削っていますので要塞のようでもありました。

 

ホテルロビーから部屋にいたるまでの通路は洞窟を掘り抜いたままですので洞窟的雰囲気はありましたが、部屋は多少その感じはするものの普通のホテルとあまり変わらない印象でした。しかし、寝ているときとか部屋の中での雰囲気は、あたりがシーンとして音は吸い込まれるようで、空気も落ち着いていて居心地のいいものでした。しかし、連泊にもかかわらず朝早く出かけ夜遅く帰るというパターンの繰り返しで、この部屋で寛いだのは寝るための時間だけでした。こんな落ち着いた部屋で、本を読んだり、酒を飲んだり、飽きたら表に散歩に行くとかしてみたかったのですが、見所が多くそれはそれでありがたいと思っていましたのでしかたありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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トルコ紀行5日目 バルーン浮遊

5/15(木)の早朝、待ちに待ったカッパドキアの上空浮遊が始まりました。一番心配した天候は無風快晴で絶好のコンディションでした。

 

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 05:58 私たちのバルーンとほぼ同時に、隣で準備していたバルーンも地面から10mくらい静かに浮上しました。

 

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 2つのバルーンは同じようなペースで浮上しました。ガスバーナーが炎を吹き出すたびにスーッと上昇しました。小高い溶岩と同じくらいの高さになりました。カッパドキア自体が標高1,000mくらいですので寒いかと思ったのですが、カゴの中は防風状態で寒さは感じず、時々火を噴くガスバーナーも暖かく、寒さは全く感じませんでした。

 

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 隣のバルーンには20人くらいの人が乗っていて、私たちよりも少し大きく見えました。皆さん、ガスバーナーの吹き上がる上の方を見たり、同じ目線の高さにある溶岩にカメラを向けたりしていました。音もなく上昇してゆくバルーンは不思議な感覚でした。

 

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 他のバルーンはどんどん高くなるのに、私たちのバルーンは、なかなか上昇せずパワー不足かと心配したりしました。特に体重オーバーが心配されるような人は乗っていなかったのに。

 

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 06:10 パワー不足かと心配したのですが、他のバルーンとの接触を避けるために高度調整をしたようで、私たちのバルーンは、一定の場所を確保するとスーッと高度を上げました。次から次へとバルーンが上がってきました。

 

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 カッパドキアは数億年前に噴火したエンジェス火山の火山灰と溶岩が積み重なってできた地層が、風雨の浸食によって固い部分だけが残ってできた地形です。今でもその浸食作業は続いていて、新しい景観が生まれているそうです。

 

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 4世紀前後には、ローマ帝国の迫害を逃れてきたキリスト教徒たちが住みついて、柔らかい岩峰を掘り抜いて約360程度の岩窟教会や修道院をつくったそうです。バルーンから下を覗いてみると、洞窟にはところどころ出入り口や灯り取り、換気用の穴があいていました。

 

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 カッパドキアは想像以上に広いエリアに広がっていて、数億年前の火山噴火の規模の大きさに驚かされました。たくさんのバルーンが浮上して、思い思いのコースを周遊していました。岩峰の合間の谷間を縫うように動いてゆくバルーンやひたすら高く浮上してゆくバルーンなどさまざまでした。

 

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 この位置から見下ろすと、たくさんの洞窟がくり抜かれていて、この独特の地層が有効利用されていることがわかりました。

 

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 バルーンの移動速度は結構早く、あっという間に旧市街地域の上空にきてしまいました。宇宙衛星が軌道を描くように、ちょうどモスクの真上を通過して、アッラーの神様お許しください!と祈ってしまいました。

 

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 一口にカッパドキアといってもさまざまな地形・形状があることがわかりした。観光パンフレットやTVでみられるカッパドキアの景観は「ギョレメ」(この後観光予定)といわれる地域で、私たちが今浮遊しているこの地域は昨日夕陽見物に出かけた「ローズバレー」に近いあたりでした。

 

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 船長さんは、天気はいいし、安定気流に乗ってすっかりご機嫌でした。この日の浮遊高度は400mくらいで、ガイドのカーンさんから最高高度は1,000mくらいと聞いていましたので、慣れない英語でもっと上昇してほしいとリクエストしたのですが、きいてもらえませんでした。足下がヒリヒリするくらい高いところに行きたかったのですが、ちょっと残念でした。

 

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 私の願いも空しく、バルーンは次々に着地地点に集結し始めました。バルーンの操作は上昇するのは簡単そうで、一番難しそうなのは岩峰の谷間に沿って浮遊し、地形の変化を観光客に楽しませることのようで、どうやら船長さんは自分の腕前を披露したかったようでした。まっいいか。

 

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 バルーン乗船で一番大変なのは、カゴへの乗り込みとカゴから出る時、そして着地でした。着地寸前に、船長さんの指示に従って着地スタイル(把手をしっかり握って、中腰になる)になり、そしてあっという間にストーンと軽い衝撃で無事着地しました。

 

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 07:00 1時間近くのバルーン遊覧は無事に終わりました。着地地点にはスタッフが待ち構えていて、カゴは荷台に載せられ、私たちはマイクロバスでそれぞれのホテル(15分くらい)に送り届けて貰いました。

 

初めてのバルーン体験は、絶好のコンディションに恵まれ、事故もなくとても面白い、貴重な体験でした。時々聞こえるガスバーナーの炎の音以外には無音の世界で、自在に上昇・下降や水平移動することは不思議な感覚でした。カゴという乗り物がとても安定していて、恐怖感や不安感はまったく感じませんでした。しかし、その分臨場感に欠けるというか、かなり高いところにいるという実感がわいてきませんでした。シャモニー上空でのハングライダーですと、全身が無防備状態で、風圧や風の音をまともに感じ、またモンブラン頂上近くの高度は4,000m近くでしたから、高度感も実感することができました。次はグランドキャニオンやギアナ高地のヘリコプター遊覧なんかも面白そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年5月27日 (火)

トルコ紀行5日目 バルーン離陸

5/16(金)の朝、カッパドキアの上空を熱気球に乗って見物するオプショナルツアーに出かけました。かつてツールドモンブランというトレッキングでヨーロッパを歩いたとき、シャモニーの上空をパラグライダーで空中散歩してモンブラン頂上近くまで迫ったことがあり、またヒマラヤ遊覧飛行でエヴェレストを見たこともあり、それに次ぐアドベンチャーです。

 

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 04:58 バルーン・ツアーは気流や風などの気候条件を考慮して早朝に実施されるようで、私たちもホテルロビーに5時に集合しました。参加者は21名のツアー仲間のうちMさんご夫妻と私の3人でした。

 

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 いくつかのホテルに分散して宿泊している参加者をピックアップするために、送迎車は夜が明けきれないカッパドキアの細い路地をクネクネと走りました。不思議の国に迷い込んだような雰囲気で、結構これが楽しかったのです。

 

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 05:36 出発地点にでは、たくさんのバルーンが横になったり縦になったり、緊張感が少しずつ高まってきました。バルーンツアーの会社はたくさんあって、保険加入を前提とする会社の料金は高く、保険に加入しない会社の料金は安いとかいろいろでしたが、私たちは高い料金の会社を紹介して貰いました。

 

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 他のバルーンを見ていると、カゴに乗り込むのが一番大変そうでした。

 

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 乗客が乗り込むと、一段とバーナーの火力が強くなりました。よく火事にならないなあとちょっと感心したり心配したりしました。

 

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 私たちのバルーンにも熱風の充填が始まりました。ものすごい火力でした。

 

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 気がつくと上空には、先ほどカゴに乗り込んでいた人たちが音もなく上昇していきました。

 

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 一緒に乗ることになったM夫人(ご主人にシャッターを押していただきました)とマレーシアの若者とスリーショット。これが最後の写真になるかもなんて不吉なことは考えませんでした。

 

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 私たちのバルーンは、空気が暖められて膨らんでくると、補助スタッフによって引き起こされました。いよいよです。

 

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 一緒に乗りあわせたフランス人の一行。うるさい中国人や韓国人でなくてよかった。

 

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 さらに、マレーシア人の若者とアルゼンチン人の若者も一緒。船というか大きなカゴは4つのブースに分かれていて、1つのブースには4~5人乗れそうでした。この日は、Mさんご夫妻と私の3人、2つめのブースにはこの若者たちが3人。フランス人一行は6~7人で、合計1213人くらいでした。

 

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 船長さんはなかなかいい男で、サービス精神も旺盛で、頼りがいがありそうで安心しました。

 

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 05:54 ガスバーナーが大きな音をあげて炎を吹き出し、浮上を開始しました。

 

ツアー仲間21名のうち参加者は3人と意外に少なく思いましたが、気球の事故もありましたし敬遠されるのも無理がないかもしれません。シャモニー上空のハングライダーやヒマラヤ遊覧飛行に比べて、ものすごい音と火力で吹き出す炎を見ていると怯む気持ちもわかります。しかしカッパドキアの不思議な景観を上空から見てみたいという誘惑には勝てませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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トルコ紀行4日目 ローズバレーの夕陽

5/14(水)、長い旅路の果てに、ようやくカッパドキアに到着しました。やっとベッドの上に横になれると思いきや夕陽見物ということになりました。

 

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18:33 カッパドキアの三姉妹と言われる不思議な形になってしまった巨岩を背景に交代ではい!ポーズ。ツアー仲間全員、誰にも長旅の疲れはみられませんでした。

 

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三姉妹を背景に記念写真を撮った場所からさらに上には小高くなったところがあり、まだ青空が広がっていました。早速上ってみました。

 

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 巨岩の三姉妹の後方に低くなだらかな岩山が連なっていました。それぞれ岩をくり抜いて、隠れキリシタンが身を潜めた洞窟となっているのです。

 

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19:03 私たちは、夕陽のビューポイント、ローズバレーに向かいました。そこではどういうわけかドライフルーツやナッツ類の名店が待ち構えていました。夕陽が沈むまでの待ち時間、ここでビールとつまみのナッツを調達する人やお土産や自分用にお気に入りのものを購入する私たちで商売繁盛でした。トルコのドライフルーツやナッツ類はどういうわけか美味しいのです。私も買いました。

 

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19:37 お目当ての夕陽は全く期待外れでした。夕陽の参照が雲に反射されて茜色に染まる期待の夕陽は見られず、ぼんやり光を発する未確認飛行物体のようにしか見えませんでした。しかし、翌朝カッパドキア・バルーン遊覧を予定している私にとっては、晴の予兆にホッとしました。

 

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夕陽とは反対の方向には満月が。翌朝カッパドキア・バルーン遊覧を予定している私にとっては、晴の予兆にホッとしました。

 

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20:24 ここで二連泊する洞窟ホテルのレストランは、大きな岩に階段を削り取った場所にありました。

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長旅の無事とカッパドキア到着を祝って乾杯しました。同じ横浜から来たSさんとはどういうわけか(酒好き同士、類は類を呼ぶかも)席を同じくする機会が多くありました。この日の食事は比較的好物のマトンもあり、濃厚なバイキングメニューでしたので赤ワインということになりました。

 

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洞窟ホテルの入り口から部屋への通路は、その名の通り洞窟をくり抜いたものでした。

 

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21:00 やっとベッドの上に横になることができました。ところが、翌朝のカッパドキア・バルーン遊覧はホテル出発が朝の5時とのことで、4時に起きなければなりませんので、何も考えず布団を被って寝てしまいました。

 

長い長い旅で、トルコのいろいろなことを知り、トルコのいろいろなところを見て、いろいろ考えた一日でした。欲張ったスケジュールで多少疲れはしましたが、その分見所も多く、納得の一日でした。

 

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2014年5月26日 (月)

トルコ紀行4日目 シルクロード

5/14(水)、コンヤ市でインジェ・ミナーレ神学校とメヴラーナ博物館を見学した後、この日の目的地カッパドキアに向かいました。

 

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走行距離625kmの最終章に向けて、私たちはシルクロードをひた走りました。現在は舗装されているこの道の3m下には旧シルクロードが走っていたとのこと。ガイドのカーンさんは、喜多郎・シルクロードのCDをかけてくれました。シンセサイザーが奏でる懐かしいメロディーは、窓の外を飛んでゆく景色と共に、私たちを遠い昔に誘ってくれました。粋な計らいにちょっと感激!

 

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シルクロードを往き来した隊商が泊まった「隊商宿」は、想像以上に堅牢で大きく、隊商の規模の大きさが想像できました。

 

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隊商宿の前を走るシルクロード。道端にしばらく佇んで、隊商が隊列をなして歩く様を想像し、遠い昔に想いを馳せました。

 

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長い道のり、カーンさんは日本とトルコの友好関係の歴史を語ってくれました。先ずは、1890年(明治23年)の9月、トルコ(オスマン帝国)の軍艦が和歌山県串本町沖で遭難し、串元町住民が救助と生存者の介抱を行いました。これが日本・トルコの友好関係の始まりといわれ、トルコ国民は今でもこの話を忘れていないといわれています。

 

次の話は、1904年(明治37年)に始まった日露戦争で、ロシア艦隊がボスポラス海峡を通過するのをトルコ艦隊が妨害したために、日本艦隊がロシアのバルチック艦隊に勝利したというものです。但し、この逸話に疑問符をつける歴史家もいます。

 

三つめは、1985年、イラン・イラク戦争で日本人がイランのテヘランに取り残されたときのトルコ人機長とトルコ航空による日本人救出劇。四つめは、1999年のトルコ北西部地震の時の日本の国際緊急援助隊の活躍や2011.3.11の東日本大震災でのトルコの援助、そして同年11月のトルコ地震への日本の援助。トルコ地震の時には、トルコ人は「東日本大震災での日本人の落ち着いた行動を見習え」と言ったとか。

 

そしてカーンさんは、二つ目のサプライズを用意してくれました。それは「プロジェクトX 撃墜予告 テヘラン発最終フライトに急げ」(イラン・イラク戦争での法人脱出劇・トルコ航空1/27)のビデオを流してくれたことでした。そのビデオが終わったとき、バスの中は感動の拍手でした。そして涙ぐんでいる人も、私も想わずジーンとして目頭が熱くなりました。

 

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バスは、感動して胸が熱くなっている私たちを乗せて走り、しかしベンツ社の工場がある賑やかな地域を走り抜ける頃、私たちは次第に平常心を取り戻しつつありました。

 

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18:22 私たちは11時間、625kmの工程を経てカッパドキアに到着しました。

 

シルクロードを走り、日本とトルコの友好の歴史を学び、長い行程も飽きることはありませんでした。そしてトルコのことを考えました。日本の2倍の国土は肥沃の大地、軍隊は68万人(日本は22万人)というトルコ。地政学的にみて、日本と友好的でいてくれることは心強いことです。

 

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トルコ紀行4日目 メヴラーナ博物館

5/14(水)14:00 コンヤ市内にあるメヴラーナ博物館を見学しました。

 

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メヴラーナ博物館は、世界的に有名なメヴラーナ教団の総本山だったところで、メヴラーナとは「我が師」という意味で、教団創始者であるジェラルディン・ルーミーのことを指しています。

 

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この博物館は、一般の人々もイスラム教徒もたくさんの人が訪れているようです。

 

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目以外を全て覆った人、税関でパスポートを提示して出国あるいは入国審査を受けるときは、やはり覆面をとっていました。(帰国時、イスタンブール国際空港で目撃)

 

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陽気な若者軍団は、サッカーチームの選手たちでした。前日起きた炭鉱事故のため喪に服し、試合が中止になりましたので、博物館見物に来たとのことでした。

 

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 博物館の内部では、リアルな人形によってモスク内の当時の生活を再現していました。ここはモスクですので、女性はスカーフで髪の毛を隠さなくてはなりませんでした。

 

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この見張り番のおじさんは、最初人形かと思っていたら本物の人間でびっくりしました。このおじさんは私が驚く様子を見て喜んでいました。多分暇つぶしに時々見学者を驚かせている様子で、カメラを向けるとビシッと決めてくれました。

 

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 博物館の中庭の周りは回廊状になっていて、それぞれ小さな個室になっていました。

 

博物館の内部で見た人形の様子から見ると、ここでの生活はそれほど厳しくなかったように思われました。建物の外に出ると、陽は燦々と降り注いでいて、この日の気温は30℃くらいではあるのではないかと思われるほど暑く感じました。

 

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トルコ紀行4日目 コンヤ市へ

5/14(水)、昼食後、憧れのスジュクを二切れ試食し、生殺しのような状態のままコンヤ市へ向かいました。

 

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11:32 交通の要衝コンヤ県コンヤ市への道は大型トラックなどの往来も多く、ドライバーさんは大型バスをうまく操って先へと急ぎました。

 

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途中、沿道でよく見かけたのが白いケシの花でした。ケシといえば危ないものというイメージがあるのですが、ケシの実はパンにまぶしたりヨーグルトアイスにかけたりして利用されていました。ガイドのカーンさんの説明によると、栽培や収穫など厳重な管理がされているとのことでした。

 

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コンヤ市が近づくと街並みは都会の様相となってきました。

 

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13:38 コンヤ市内に入ると、道は整然としてしっかりとした都市計画によってつくられた都市のようでした。それもそのはず、日本の京都市と文化・芸術を中心とする民間レベルでの交流・協力を促進するパートナーシティ提携を行っているとのことです。

 

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コンヤ市内にある「インジェ・ミナーレ神学校」は、重厚でいかめしいものでした。

 

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 道路は、整然としている分路上駐車などはできないようで、私たちの大型バスも長い間駐車できないということで、神学校見物は慌ただしいものでした。

 

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印象的だったのは、私たち一行がドヤドヤとバスを降りたとき、道行く人たちから不思議そうな目で見られたこと。今までのトルコの人々とはちょっと違った雰囲気でした。

 

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有名な神学校があるような町のせいか、厳格なイスラム教徒の衣装を纏った女性そ姿が目立ちました。

 

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 普通のイスラム教徒なのか、修道女なのか。一ついえることは若い女性らしくアイスクリームを美味しそうに食べていること。

 

この日まで、モスク以外はトルコがイスラム教の国ということを意識する機会はあまりなかったのですが、ここへ来て初めてイスラムの国であることを実感しました。

 

 

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2014年5月25日 (日)

トルコ紀行4日目 憧れのスジュク

5/14(水)、昼食にでたトルコの変形ピザを食べた後、同じ食堂で私たちが見たものは・・・。

 

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昼食後、ショーウィンドウを覗いてみると、手羽先の焼いたものとか煮込み料理とかの美味しそうな食べ物が並んでいました。

 

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串焼きのダイナミックで美味しそうなこと。先日食べた情けないほどか細かった串焼肉とはえらい違いでした。こんな串焼きを食べたいなあとイメージしていたのですが。

 

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 手羽先もつくね焼きもあるではありませんか。

 

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ソーセージもトマトも・・・。

 

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なんとなんと! 憧れのトルコのサラミ「スジュク」もスライスされて出番を待っていたのです。

 

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私たちの熱い視線に耐えかねて、急遽添乗員さんが「スジュク」を数枚焼いてくれるようにオーダーしましたら、ノリのいいお兄ちゃんがVサインで任しておいてということになりました。

 

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固唾を呑んで見守る私たち一行に出された「スジュク」は小さく刻まれそれはそれは可愛いものでした。それでも牛肉の脂の旨味とスパイスがピリッと効いてたった一口でしたが、とても美味しかったです。

 

ビールか赤ワインで、腹一杯でなくてもせめてスライス一枚でも「スジュク」を味わいたいと思っていたのですが、結局口に入ったのはこのときの二切れ(残ったものをもう一切れいただきました)だけでした。トルコ料理は世界の三大料理の一つと聞いていたのですが、なるほどという料理にはお目にかかれませんでした。しかしドライブインでのドラーバー用の定食やこの店に並んでいる食材を見ると、きっと家庭料理など美味しいのだろうと推測はできるのですが、その美味しい料理は一体何処にあるの・・・。

 

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トルコ紀行4日目 ピザ

5/14(水)、いよいよカッパドキア目指してこの日も走行距離625kmの強行軍でした。

 

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日本人ツアーのバスが青空のもと、先行していました。とてもさわやかな朝の空気でした。強行軍にもめげず、私たち一行21名も、添乗員さんもガイドさんも全員元気でした。もちろん2人の若いドライバーさんも。

 

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走り出して間もなく、見慣れた肥沃の大地が広がっていました。

 

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08:48 最初のトイレ休憩では、地元の名産、カーンさんお勧めの「ヨーグルトクリーム」の売店がありました。お好みで蜂蜜をかけて食べます。食欲がそそられたのですが、一人で食べるには量が多そうでしたし、朝食から時間が経っていませんでしたのでお腹も空いていませんでしたのでパスしました。

 

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ここでも洗車のおじさんがせっせとバスを洗車していました。デッキブラシとゴムホースを一体化したツールはどこでも共通のようでした。清掃代金は、ドライブインから貰っているケースと直接車所有者から受け取るケースとがあるようですが、直接受け取っているところはほとんど見ませんでした。

 

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09:06 小さな集落を通過するたびにいくつものモスクを見かけました。その多くが尖塔が一本で、村人のささやかな寄付で建てられたか、行政が助成金を出したケースだと思われました。

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沿道でよく見かけた典型的なトルコの住宅です。特徴は屋根瓦の色がほぼ同じ煉瓦色をしていることとその屋根には太陽光パネルと温水タンクが設置されていることでした。トルコ(どの国も同じですが)はエネルギー不足で、原発を新設(安倍首相が日本の原発技術を提供協力することで合意)することになり賛否両論あるようですが、何なともあれ個々にはエネルギー確保を工夫しているようでした。

 

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09:49 ほとんど人影が見えない通りの小さな店の店先で若者が二人、何を売っているのか、何が売れるのかわかりませんでしたが、のんびりと店番なのか暇つぶしなのか・・・。

 

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10:30 この日も早めの昼食となりました。メインディッシュがピザということでしたので白ワインをオーダーしました。

 

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トルコは欧米と陸続きで東西文明の交差点ですから、当然イタリアやフランスなどのヨーロッパの影響を受けて普通の円形のピザが出てくるものと思っていましたが、予期しない形状でした。それではアジアの影響かというと、パキスタンやネパール、チベットでも見ない形でした。トルコは面白い・・・。

 

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トルコ紀行4日目 ある日の朝食

5/14(水)、この日も早朝出発の日でした。昨晩は19:30に夕食をとり、荷物の整理などをして22:00頃には就寝しました。疲れたせいか毎晩のように熟睡していましたので目覚めは快適でした。

 

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朝6時の朝食でしたので、部屋から食堂に向かうとき、プールサイドはさすがにひっそりとしていました。空は青みがかかっていて天気は良さそうでした。

 

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定番のヨーグルトとその向こうのチーズ、これさえあれば大丈夫。

 

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 野菜もトマトとキュウリがあればさらに大丈夫。

 

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 手前左側もチーズ。ソーセージは、豚肉が使えないせいかさっぱりとしていて、昔懐かしい魚肉ソーセージのような味でした。

 

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 パンは何を選んでいいかわからないほど目移りしてしまいました。

 

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結局この日選んだのは、スープにパンとソーセージとオリーブ。キュウリとトマトとチーズでした。この後、ヨーグルトを食べました。

 

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 部屋に戻って窓から外を眺めると緑に囲まれていることがわかりました。

 

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 このホテルへのアプローチは細い道でしたので、大型バスが出発順番に準備していました。私たちのバスもスーツケースを積み込んでいました。

 

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ロビーに降りてみると、カーンさんが仕事仲間のガイドさんと談笑していました。この女性ガイドさんも日本に一年間語学留学をしていて日本語ペラペラで、日本人ツアーのガイドをしているとのことでした。ほとんどの現地ガイドさんは日本語が上手のようでした。カーンさん(独身)のガールフレンド?と聞いたらカールさんの方が顔を赤くしていました。

 

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 予定通り7時に出発しました。他のバスも順次出発しつつありました。この日の行程はカッパドキアまで625kmでした。

 

4日目の朝を迎えてふり返ってみると、機内食を除くと昼食や夕食ではあまり美味しいものは食べていないような気がしていました。朝食の方が充実しているようでした。

 

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2014年5月24日 (土)

トルコ紀行3日目 石灰棚

5/13(火)の夕方5時、パレッカムの観光名所「石灰棚」で観光することにしました。夕方5時というのに陽は高く、空もとても明るかった。

 

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台地なった上の方から流れ出た石灰分を含む温泉が、長い時を経て結晶し、台地全体を白く染めた「石灰棚」は、たしかに真っ白で、空の青さと美しいコントラストを見せていました。

 

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温泉が流れていないところは白く、流れているところは深さ20cmくらいで、いろいろな国の観光客が童心に返って、ズボンの裾をまくり上げてその感触を楽しんでいました。私たちも入る準備はしてきたのですが、滑りやすいと聞いていましたので、ここで転けたら、まだ旅は始まったばかりでこの先が心配でしたので、パスして散策することにしました。

 

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 この石灰棚ができたあたりは台地になっていて、温泉と共に緩やかに町へと下っていました。

 

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 石灰棚の台地の周りは回廊になっていてグルッと歩けるようになっていました。私も人の流れについて、のんびりと歩いてみました。

 

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 回廊の途中には足湯がありました。ちょうど中国人のグループが足湯につかってはしゃいでいました。

 

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 源泉が流れていました。手を浸してみるとあまり温かくはありませんでしたが、湯量は豊富なようで絶え間なく蕩々と流れ出ていました。

 

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 17:37 回廊を歩いていましたらツアー仲間と出会い、シャッターを押してもらいました。まだまだ陽が高く、ここでもまた少し陽に焼けたようでした。

 

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 台地の奥の方は小高い山になっていて、ここもまた遺跡があったようです。時間があればあの山の先まで、何が見えるか歩いて行けたらと思ったりもしました。

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この「石灰棚」の入り口には流れる温泉プールがあり、あまり温かくないのに欧米系の母娘が流れに乗って泳いでいました。私たちも水着は持ってきているのですが、あまり時間もないし、冷たそうだし、誰も入ろうとしませんでした。

 

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 18:52 午後7時近くにホテルに到着しました。このホテルには、温泉もあるのですが、これから食事してとなるとかなり遅くなりましたので、結局持参した水着を着る機会はありませんでした。プールの向こうに見えるのが宿泊棟で、たしか6棟くらいありました。

 

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 19:07 私たちの部屋は2号棟でした。建物の中に入るとらせん階段があり、ホテルというよりコテージとかアパートという印象でした。

 

食事は19:30から、次の日も出発が早いた食事もさっさと済ませ、温泉風呂にも入ることなく、部屋で次の日の荷物出しのための整理などをして、さっさと寝てしまいました。トルコ入りしてからまだ2日経過というのに、随分あちこち見て回ったという印象でした。2日間で930km走ったのですから、そう思うのも無理がありませんでした。「コンフォートクラスで・・・」でしたので、豪華バスでゆったりとのんびり旅と思っていました。バスは豪華でしたがこんなに強行軍とは思いませんでした。ドライバーさんありがとう! いやはや!

 

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トルコ紀行3日目 洗車のおじさん

5/13(火)、エフェソス遺跡とアルミテス神殿を見学した後、今日の目的地パレッカムへ向かいました。

 

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14:13 トルコで印象的だったのが至る所で国旗を見かけたことです。ギリシャはともかく、シリア、イラク、イラン、アルメニア、グルジアなど危なそうな国と陸続きで隣接しているトルコにとっては、国土や国境を意識せざるを得ず、それだけ愛国心が高いようです。徴兵制の国で、68万人の軍隊だそうです。チベット(中国領)でも中国領を誇示するような中国国旗を見かけましたが、中国で感じた違和感はトルコでは感じませんでした。

 

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 14:25 どこまでも続く舗装された道を私たちはグングンと走りました。この日の走行距離は435kmです。

 

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 15:26 途中のドライブインで見かけた「スジューク」は、牛肉のソーセージでとても美味しそうでしたが、なかなか味見する機会はありませんでした。

 

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 15:28 ドライブインの入り口で、どこにでもあるジューススタンド。ここではおばさんが力を込めてジュースを絞っていました。その真剣な気持ちはこちらにも伝わってきて、細腕繁盛記を思い出させました。お母さん(かどうかわかりませんが)ガンバレ!

 

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15:36 ドライブインでバスが駐車していると、おじさんがきれいに洗車している姿はドライブインごとに見かけました。そのおかげでバスはいつもきれいな状態でした。どこのおじさんもこの仕事にプライドを持っているようで、とても張り切って洗車しているのでした。

 

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16:08 イスタンブールに着いたときにはあまり青空は見ることができませんでしたが、イスタンブールを出発して以来好天気が続いていました。青空は、どこまでも私たちについてくるようで、心から歓迎してくれるようでもありました。

 

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 16:10 道端に少女が。誰かを待っているようにある方向を見ていました。イスラムの国なので、女性にカメラを向けるときには注意してくださいといわれていましたが、多くの女性は「ブルカ(イスラムの衣装で、目以外完全に隠してしまう衣装)」はもとより、顔を隠すこともしていませんでした。

 

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 17:00 パレッカムという地にある観光名所である「石灰棚」が見えてきました。予定では明日ここを観光することになっていたのですが、順調に走りましたので、この日に観光することになりました。

 

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 17:05 「石灰棚」の入り口に到着しました。午後5時(夏時間)だというのに明るく、日射しを浴びたバラの花は真っ白と真っ赤の色彩をさらに濃くしているようでした。

 

バスによる長距離ドライブは、さまざまな風景や人々の表情を見ることができ、またいろいろなことを考えさせてもくれました。

 

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2014年5月23日 (金)

トルコ紀行3日目 ファッションショー

5/13(火)、アルミテス神殿を観光した後、革製品のお店に案内されました。そして始まったのが・・・。

 

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革製品のお店に入る前に、デモがあるということで、ちょっとした舞台設備の部屋に通され、椅子に座るようにとの案内で、始まったのがファッションショーでした。かっこいいモデルさんたちのパフォーマンスにしばし口をあんぐり開けて舞台を見ていました。とにかく格好いいのです。モデルさんの胸にある番号札は製品番号です。

 

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ファッションショーとその後のお店での商品の説明や売り込みを受けて、不思議な世界に迷い込んだような気がして表に出るとパトカーが駐まっていました。何だったのでしょうか。

 

ファッションショウを見て、こんな格好いいモデルさんたちなら何を着ても似合うでしょうが、自分に重ねてみるととてもとても似合いそうもなく、少なくとも10万円以上する商品を買う気にはなれませんでした。しかし革ジャンなどたしかに触った感触もよく、きっと素晴らしい商品でお買い得でもあり、何組かのご夫婦がトルコ経済に貢献したようでした。

 

 

 

 

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トルコ紀行3日目 アルミテス神殿

5/13(火)、エフェソス遺跡を観光した後、アルミテス神殿に向かいました。

 

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私たちは、トルコ西部地域を地中海に沿うように南下しました。道はどこもよく整備されていて、かなりの距離を走っても日本で見かける道路工事に出会いませんでした。

 

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窓の外には抜けるようなという表現がピッタリの青空が広がっていて爽快な気分でした。こういう風景は大好きでいくら眺めても飽きませんでした。日射しも強く、バスの窓ガラスに微妙に反射していました。

 

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 ホッとする光景でした。トルコは右側通行です。

 

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 現地ガイドのカーンさんは、大阪の守口市で1年間語学留学しましたので日本語はペラペラです。たこ焼き、お好み焼き、串カツが大好きとのこと。とにかく知識豊富で、バスの中での話は私たちを飽きさせないようにさまざまな話を披露してくれました。ユーモアや冗談で私たちを笑わせもしてくれました。

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次から次へと変わる光景は面白く、長時間(この日は430km)のドライブも、たまに眠くなることはありましたが退屈はしませんでした。

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11:36 エルミテス神殿に着きました。エルミテス神殿とは、紀元前7世紀から紀元3世紀にかけてエフェソス(現在のトルコ)に存在したアルミテスを奉った総大理石の神殿です。アルミテスは、ギリシャ神話に登場する狩猟と純潔の女神です。世界の七不思議の一つとされているそうですが、現在は原形をとどめていません。

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11:55 昼食となりましたので、恒例のビールで一人乾杯となりました。両隣の横浜からのSさんとも静岡から来たKさんともまだそれほど親しくはなっていませんでした。

 

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この飲み物は、トルコの名物で塩ヨーグルト。隣のSさんからちょっとだけ味見させていただきました。さっぱりとしていて飲みやすく、健康にもよさそう。

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必ずついてくるスープはさまざまな味がありましたが、どれもとても美味しく感じました。この日のメインディッシュは「串焼肉」で、でてきたそれはあまりに小さく、勝手に大きな食べきれないようなものを想像していましたのでう~ん!でした。サバ定食といい、串焼肉といいトルコは面白い。

 

正直、アルミテス神殿に行ったとき、目立つものといえば一本の柱だけで、うーん!と思ってしまいましたが、帰国してインターネットで調べるとなかなか奥深い話があり、やはり事前の勉強も必要だなと反省しました。

 

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トルコ紀行3日目 エフェソス

5/13(火)は、05:15にモーニングコールで07:00に出発という強行軍でスタートしました。この日の日程は、先ず世界最大級といわれるエフェソス遺跡を観光すること。そしてその遺跡はカッパドキアと共にトルコ観光の最大の目玉になっていて、大型クルーズ船が寄港していれば大変な混雑が予想されましたので、早朝出発となりました。

 

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早朝出発の私たちは、すっかり目になじんだトルコの肥沃の大地を順調に走り、エフェソス遺跡に到着しました。そこで目にしたのは、大規模な遺跡の地でした。何しろ紀元前の都市遺跡で、新約聖書にも出てくる、クレオパトラも滞在したというのですから、容赦なく照りつける日射しの中、呆然として遺跡群の間をウロウロと歩き回るだけでした。

 

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エフェソスは、もとは港湾都市で現在は土砂の堆積によって海岸から離れていますが、港は近くにあります。ユネスコ世界遺産に登録はされていませんがトルコ観光の目玉です。そのために大型クルーズ船が近くの港に寄港するとその観光客が千人単位で押しよせるとのこと。この日もクルーザーが寄港したようで、観光客がどっと押しよせていました。白人や黒人、私たち黄色人種。欧米系と東洋系。いろいろな人種と生態を見ているのも楽しかった。

 

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世界三大古代図書館の前で。折角の遺跡も歴史を知って、想像力を逞しくしなければ猫に小判かも。とはいえ、ここで過ごした時間は無意識のうちに記憶にとどめられ、何かを感じたはずです。この遺跡地に足を踏み入れたときイタリアのポンペイ遺跡を思い出しましたし、こうしてブログを更新している瞬間でも改めてこの遺跡に思いを馳せています。

 

遺跡を観光するというのは自分を試されているような気がします。歴史やギリシャ神話を知っていれば、クレオパトラがここで何をしたか思い描くこともできたでしょうし、またこの地の近くにあるイエスキリストの母、聖母マリアが晩年を過ごしたといわれる礼拝堂「聖母マリアの家」にも興味が持てたでしょうし。歴史音痴と想像力の欠如に恥じるばかりでした。

 

 

 

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2014年5月22日 (木)

トルコ紀行2日目 地中海の夕陽

5/12(月)、シーフードのサバ定食を食べ、トロイの木馬を見上げて、それでもトロイの遺跡に吹く風を感じて、この日の最終目的地アイワルクに向けて最終コーナーにさしかかりました。

 

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16:30 通り過ぎる街並みは少しずつ大きくなりました。

 

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海が見えてきて、これから先は海沿いに沿っての走りとなりました。

 

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 このあたりはオリーブなどの産物に恵まれ、気候も温暖で、海沿いには別荘などもあり金持ちが住む豊かなところだそうです。

 

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 小さな集落でも大きな街でも人が集まって生活しているところでは必ずモスクを見かけました。トルコで見るモスクには丸いドーム型の建物の傍に打ち上げロケットのような尖塔がありました。トルコの代表的なブルーモスクには尖塔は6本でしたが、ここは2本、1本のところもありました。国が援助したり、人々の喜捨によるものとかいろいろあります。

 

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長距離ドライブのドライバーさんは2人交代制でした。2人とも若く体力がありそうで、体力ばかりではなく運転技術もかなりのレベルで、私たちは安心しきって景色を見たり時々船をこいだりしました。

 

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18:00 ホテルに到着しました。時間にして10時間、走行距離495kmの長い一日でした。さすがに私たちもちょっとぐったりしましたが、海辺のホテルだということで、地中海に沈む夕陽を楽しみにしていました。

 

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 18:23 ホテルの部屋から見た風景は海辺のリゾートでした。これから6月、7月、8月ともなればきっと賑やかになると思われましたが、この日は海の色も空の色もどんよりとしていました。

 

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19:00 からの食事時、トルコのアルコール飲料の80%を占めるという要するに地酒の “ラク RAKI” にトライしてみました。干しぶどうからつくられる蒸留酒で、庶民の酒でもあります。アルコール度数が高く、水を入れると白く濁るところから “ライオンのミルク” ともいわれているそうです。試しに水を注ぐと白濁しました。水の量は好みでということでしたので試してみたのですが、結局ストレートが一番美味しく感じ、沖縄のクース(古酒)に近い味がしました。

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 20:03 地酒のラクを飲んで、食後ほろ酔い加減で海辺に出てみました。さすがに陽は沈みつつあり、水平線を赤く染めていました。波はなく、穏やかな海から吹く風は心地よく、まだ青い空ははっきりしていて、長い一日の疲れが少しずつ癒やされるようでした。

 

長い長い一日が終わりました。緑に覆われた草原や丘陵地帯に茂るオリーブの木、時々現れる小さな街はモスクがなければイタリアかと思い、遺跡で風を感じればギリシャかと思い、トルコはさまざまな表情を見せてくれました。豊かな大地と歴史を持っていて若い国であることがわかった一日でした。

 

 

 

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トルコ紀行2日目 トロイ遺跡

5/12(木)の昼過ぎ、フェリーで地中海をヨーロッパ地区からアジア地区に渡り、14:00頃 トロイ遺跡に到着しました。

 

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トロイ遺跡といえば「トロイの木馬」で有名で、昔歴史で習いました。紀元前2500年から2200年くらいのものから始まってその後も何層にもわたって都市建設や戦争による破壊が行われたといわれていますので気の遠くなる話です。1998年にユネスコ世界遺産に登録されました。

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長い歴史を重ねて風化に耐えている岩の上で、リスが逃げもせず私たちを見ているのはご愛敬でした。

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「トロイの木馬」は、ギリシャ神話に登場するというのですからこれも気の遠くなる話です。まあ実際にそういう木馬がいたのかあったのかはともかく、神話に基づく木馬を見てみたいと思っていたのですが、遺跡の入り口に設置されたそれは、私(多分私たち)の期待を見事に裏切ってくれました。試しに、昔兵隊さんたちが隠れていた中に入りましたが、これはもう何というか表現しようもありませんでした。日本の忍者屋敷の方がもっと面白く、何とかならなかったのでしょうか。

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木馬の近くでは騎士に扮した若者が、同じ衣装を着て記念写真を撮らないかと誘ってきましたが、とても気恥ずかしく・・・。ところが日本に帰ってきてからふり返ってみれば、トライしてみてもよかったかななどと思ったりもしています。

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こちらの騎士はすっかりやる気をなくしているようでした。

 

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こちらの騎士とクレオパトラは、木陰でお茶していました。トルコの失業率は10%と高く、ギリシア(27%)に比べればまだましですが、こういう仕事を得ているだけでもいいのかもしれません。トルコの高い失業率の背景には人口の急増があり、平均年齢が29.7歳と若く、日本の平均年齢44.9歳と比べるととても若い国だということで、それはそれで羨ましいことです。

 

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一方、騎士とクレオパトラ変身コーナーに比べて生ジュースコーナーは商売繁盛でした。生のオレンジを10個くらい搾ってくれて10TL500円)ですので良心的です。この生ジューススタンドはドライブインでも店先でも、人の集まるところには必ずあって、どこでもオレンジが山盛りに積み上げられていて、肥沃な大地を思い起こさせました。

 

世界遺産に限らず、遺跡観光は難しく、現地ガイドのカーンさんが一生懸命に説明してくれるのですが、右の耳から左の耳へ通過するばかりで、風化された造形物をただただ感心しながら見て回りました。とはいえ、そこで感じた表現できない何物かや遺跡の間を吹き抜ける風を感じていると、遠い昔の人々のことや出来事に思いを馳せることになり、ここに来た価値があるのではないかと思ったりもしました。他人事ながら、「トロイの木馬」は何とかならないものでしょうか。

 

 

 

 

 

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トルコ紀行2日目 アジア地区へ

5/12(月)のお昼、サバ定食という意外な展開の後、気を取り直してフェリーでヨーロッパエリアからアジアエリアへ渡りました。

 

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12:20 バスに乗ったままフェリーに乗船しました。

 

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フェリー乗り場でピスタチオンを売っているおじさんを見かけた思ったら、このおじさんはフェリーに乗り込んできました。そして味見をしたらとても美味しく一袋10TL500円) 買ってしまいました。とても美味しくカミさんにも食べさせようと日本に持って帰りました。

 

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 おじさんからピスタチオンを買ったりしているうちに、12:00 ドラが鳴るとか警笛が鳴るとか何もないうちに静かにフェリーはヨーロッパ側を離れました。

 

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船内をウロウロとしていましたら無人の操舵室がありました。フェリーには前と後ろの双方向に操舵室があるようです。私は、こう見えても小型船舶操縦士のライセンスを持っていますので、船や操舵室にはとても興味があるのです。

 

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あっという間にヨーロッパ側の陸地は後ろに遠くなりました。薄い雲に覆われて青空は少なく、海の色の青さも少なく、地中海イメージにはちょっと欠けていたのが残念でしたが、風もなく海も穏やかでした。

 

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船首を見ると、乗用車やトラックが乗り込んだときの姿勢そのままにアジア側に向けて駐められていて、この航路はヨーロッパとアジアを結ぶ重要な交通網のようでした。13:00 近く、もうアジア側の陸地が見えてきました。

 

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 フェリーのスピード感はそれほど感じませんでしたが、みるみるアジア陸地は近づいてきました。低い建物の街並みの背後にはなだらかな緑の丘陵があり、アジア側も肥沃の大地が広がっていることが想像されました。

 

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アジア陸岸の建物がはっきりと見えてきました。先入観があるせいかもしれませんが、ヨーロッパ側に比べると何となく地味系というかやはりアジア的雰囲気でした。

 

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 13:05小一時間で接岸しました。アジア側の埠頭にはヨーロッパ側に向かうトラックが待機していました。

 

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 私たちはバスに乗ったままフェリーから下船しました。街並みは、港町というより普通の商業地区の落ち着いた雰囲気でした。

 

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 フェリーを降りて一時間近く、緑と時々の小さな集落を見ながら、なだらかに続く道を走り続けました。時々眠くなったりしましたが、全く飽きませんでした。

 

ヨーロッパとアジアを結ぶ航路を自動車やトラックが往き来していて、それぞれの陸地も延々と道が切り開かれていてどこまでも続いているわけで、島国日本との国土の違いを実感しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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トルコ紀行2日目 サバ定食

5/12(月)、イスタンブールのホテルで朝食をとった後、トロイ遺跡に向けての長距離バス旅行が始まりました。

 

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08:00にホテルを出発して間もなく、広々とした大地の上に青空と白い雲が。北海道のような大好きな風景に心が躍りました。

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バスは、なだらかな丘陵地帯を切り開いてよく整備された道を快適に走りました。乾いた褐色の大地を想像していましたので、緑に覆われた肥沃の大地はトルコのイメージを変えるものでした。

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 出発して1時間半、最初のトイレ休憩でドライブインに入りました。現地ガイドのカーンさんに是非にと勧められたのがトルコの国民的飲み物 “チャイ” で、日本でいえば緑茶のようなものです。トルコでは、大人はこのチャイを一日平均8杯も飲むそうです。容器のかたちは、トルコの国花チューリップを模したものとも女性のボディを模したものともいわれています。味は見たままの、濃いめの紅茶という感じでした。

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 ドライブインでは、ドライバーがすぐに食事をとれるように定食がセットされていて、パンやチーズやオリーブか木の実か、美味しそうに見えました。

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 チャイを飲んでいるとトルコの若い女性に声をかけられました。言葉はわかりませんでしたのでガイドのカーンさんにきくと、一緒に写真を撮らしてくれと言っていると教えてくれ、スリーショットとなりました。添乗員さんからは、トルコはイスラムの国なので女性にカメラを向け時には注意してくださいと言われていましたので、女性の方からのリクエストにびっくりしました。

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 現地ガイドのカーンさんです。飛行場で初めて見たときには、ちょっとキザな男という印象でしたが、日本(大阪)で一年間語学留学したことがあり、それ以上に日本語がぺらぺらで、博学でユーモアがあり、またトルコにも日本にも 熱いハートをもったナイスガイでした。連絡先を教え、来日の際には日本料理(カーンさん大好き)をご馳走する約束をしました。

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 ドライブインで一服した後、私たち21名を乗せたバスは切り開かれた道を快適に飛ばしました。この日の予定走行距離は495kmで、よくよく考えれば東京・大阪間の距離に近く、大移動なのでした。

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 ホテルを出発して3時間近く経過したとき、前方にぼんやりと地中海が見えてきました。

 

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11:05 早めの昼食となりました。隣り合わせた同じ横浜から参加のSさんと乾杯しました。一行21名のツアー参加者は、こういう機会に自己紹介したりして、少しずつコミュニケーションをとりながら旅を進んでいきました。昼間からビールを飲む、これも旅ならではの楽しみです。ビールは大体10TL(トルコリラ 1TL50円)ですので500円くらい。場所によっては15TL650円)で、日本と同じかちょっと高いかなというくらいでした。

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昼食のスタイルは、基本的にはセットメニューと決められていて、最初にスープやポテトチップのようなものが出てきました。

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 メインディッシュは “サバ” でした。ガイドブックには、昼食は “シーフード” となっていましたので、地中海に近いし、勝手に、チリチリに冷やした白ワインが似合いそうなオードブル的新鮮な魚介類が並ぶのかなと思っていたのですが、見慣れたサバが並んでいました。まあこれもたしかにシーフードではありますが・・・。それにしてもトルコでサバ定食とは意外な展開でした。

 

ここまで約300km走りました。北海道の何倍もの広い肥沃の大地を走っているとトルコにいることを忘れてしまうほどでしたが、人々のトルコの親日的なまなざしや対応に接してここはやはりトルコだと思い、昼食のサバ定食にこれもトルコだと思った半日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年5月21日 (水)

トルコ紀行2日目 食材

5/12(月)、成田からイスタンブールに着いて一夜明け、トルコの地での最初の食事となりました。場所はイスタンブール市内のホテルでバイキング形式でした。

 

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初めての国での食事は大変興味がありました。ましてやフランス料理や中華料理と並んで世界三大料理といわれるトルコ料理の国ですから。しかし場所はホテルでバイキング形式ですから、トルコ料理というよりもトルコの食材といった方が適切であるかもしれません。先ず目をひいたのがパンの種類の多さでした。どれもこれも美味しそうで、実際のところフランスパンの親分のような大きなパンはとても美味しく、これからの旅路で何がなくてもこのパンだけ食べていれば大丈夫と安心もしました。

 

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チーズの種類も多く、一つずつ試してみたのですが概して塩っぱく、白ワインで食べたら美味しいだろうなあと思いました。口に合うチーズにヒットする確率は3割程度かもしれないと、今後の参考になりました。

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トルコは今やイタリアを抜いて世界一のオリーブ大国だそうで、たしかに今回のツアーで国土の1/3を走って、延々とオリーブの木が茂っている風景を目にしました。さまざまな味につけ込んだオリーブはそれぞれの特色があるのでしょうが、日頃食べ慣れていないせいかどれが美味しいかはわかりませんでした。それに食べ過ぎるとお腹にきそうな気もしましたのでほどほどにしました。

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 トルコは蜂蜜大国でもあるそうです。少しずつ味見した結果、どれもが甘く濃密でした。

 

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ヨーグルトもトルコを代表する食材ときいていましたが、実際に食べてみるとわずかな酸味以外には味付けされていないでさっぱりしていて、蜂蜜やオリーブや木の実をトッピングすれば様々な味が楽しめ、朝食の必須アイテムとなりました。それにしても下手くそな盛りつけでした。

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さまざまな食材に目移りしながら、結局チョイスしたのはパンとハム、チーズと木の実、トマトとキュウリでした。キュウリがみずみずしく、キュウリは好物ですので嬉しくなりました。

 

この他に、主にビーンズを主とするスープも美味しく、スープとパンとチーズ、キュウリとトマト、それにヨーグルトを食べていればカロリーも栄養バランスも十分そう。この他に、さまざまな野菜や肉(牛や羊)や魚(種類は少なそう)もあり、食材が豊富な国であり、世界三大料理の片鱗を見ることができました。トルコの食糧自給率は98%とのこと、納得でした。これからの行程での食事を期待したのですが、ふり返ってみればここでの食事はかなりいい方だったのでした。逆に言えば、こののち、あまり美味しいものに出会いませんでした。

 

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トルコ紀行 成田~イスタンブール

5/11(日)、ついにこの日がやってきました。何となく憧れを持っていたイスタンブールへの旅立ちです。5月に時間ができ、何となく消去法で決まったトルコでしたので、例えばヒマラヤへ行くぞ!とかの意気込みはそれほどでもなかったのでしたが。

 

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 成田には集合時間の1時間くらい前に着いて、恒例の鮨とビールで腹ごしらえをして、ドルへの両替を済ませ、集合場所に向かいました。成田空港第一ターミナルは、五月の連休後にもかかわらず賑やかでした。

 

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今回お世話になるJTBデスクでの受付時間にはまだ少し間があり、ボーッとして、様々な人がせわしなく行き交っている様子を見ていました。タイ人ファミリーらしいグループは、愚図る子供と叱るママさん。よく見られる光景で、こんな光景を眺めている時間が好きです。

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JTBデスクで受付を済ませたのはいいのですが、添乗員さんからなんとEチケットを渡されず一瞬大慌て、この先の行程自分で気をつけなければと気を引き締めました。搭乗手続きは、トルコ航空のビジネスクラス&コンフォートクラスのカウンターで行いました。コンフォートクラスというのはトルコ空港だけが採用しているシートのようでした。後に、今回のツアーでお世話になったAご夫妻から、トルコ航空では以前のビジネスクラスがコンフォートクラスになったと教えてもらいました。

 

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出国手続きを済ませ搭乗口で待っていると、トルコ航空のスタッフたちも集まり、これからいよいよ旅が始まるという実感がわいてきました。空港はオンとオフが切り替わる場でもあり、日常や仕事、その他諸々をとりあえずは全てお預けとなる場でもあります。

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搭乗するフライトはTK51便11:55分発イスタンブール行きでした。ここ数年出かけたヒマラヤやヨーロッパアルプスのトレッキングのように、アクティビティが伴うツアーではチームワークが大事なため搭乗前のこの時間に参加者の紹介などが行われるのですが、観光目的の場合には特に必要もなさそうで、まあ行程を重ねるにつれて自然になんとなくコミュニケーションが図られるということで、たしかにその通りでした。

 

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使用する機材(飛行機)の到着遅れか整備遅れ~よくあることなので驚きませんでしたが~で若干搭乗が遅れましたが、イスタンブールに向けて順調に離陸しました。

 

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コンフォートクラスに乗って飛行機の旅そのものを楽しむというのも今回のツアーの楽しみの一つで、ゆったりとしたシートと共に機内食も楽しみでした。なんとコックさんが乗っていて、パンを焼いたりしているようで、今までのフライトでコックさんの姿を見たことは無かったように思います。もっともビジネスクラスなどでは当たり前なのかもしれませんが・・・ビジネスクラスに乗ったことはなくわかりません。

 

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成田を飛び立って間もなく(14:00)昼食となりました。前菜には白ワイン、メイン料理には赤ワインといつものパターンで、白ワインも冷えていて美味しく前菜もまあまあでした。前菜の和菓子の桜餅のようなものはお米をブドウの葉で包んで蒸したいわばトルコ版チマキのようなもので、トルコの定番家庭料理であることを後ほど知りました。メイン料理に添えられたモスクの形をしたペッパー&ソルトケースは小さく可愛く、つい失敬して(トルコ航空スタッフも承知のよう)結局カミさんへの唯一のお土産となりました。カミさんは本音はともかく期待通り可愛い!と言って喜んでくれました。

 

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何しろ12時間の長時間フライトですので、機内食は2回出ました。夕食(日本時間23:00)も美味しく、特にデザートのムースは美味しくいただきました。食後にウィスキーのオンザロックでもオーダーしようと思ったのですが、これから旅が始まるのに飲み過ぎて体調を崩してもいけませんので自重しました。

 

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しばらくウトウトと微睡んでいるうちにほぼ定刻(現地時間18:00過ぎ)通りにイスタンブール国際空港に着陸しました。フワーッとしたランディングで、機長の腕前はなかなかのようでした。バタバタと入国審査を通り、あっという間に、待ち構えていた観光バスに乗って、市内のホテルに向かいました。初めて降り立つ空港の風景を写真に収めたかったのですが、撮影禁止と言われましたので残念ながらあきらめました。

 

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21:00(以降、時間は現地時間)にホテルにチェックインし、翌日は06:15にモーニングコールということで、とりあえずシャワーを浴びて、日本から持ち込んだウィスキーを寝酒に眠りにつきました。

 

今回のツアーコンフォートクラスで行く 魅惑のトルコ10日間の参加者は、10組のご夫婦+独り者(独身ではありません)の私の総勢21名でした。旅の途中、何回となく何故奥様は一緒ではないのですかと尋ねられましたが、大した理由があるわけではなく、一人でノンビリ(カミさんはトルコには興味がなく家でのんびり)自分が行きたいところへ出かけたいだけのことで、ケースバイケースで一人の時も夫婦の時もあり、6月にはカミさんのサポート(カミさんを一人で海外にやるのは心配)でニュージーランドに夫婦で行くことになっています。

 

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2014年5月10日 (土)

飛んでイスタンブール

明日(5/11)から10日間トルコへ行くことになりました。ここ数年、春にはヒマラヤやパキスタン北部などに出かけていたのですが、今年は4月まで仕事があり、それも5月にずれ込む可能性もありましたので予定が立ちませんでした。仕事も無事に終わり、今からでもヒマラヤに行くことはできるのですが、それなりの心の準備やトレーニングが必要となりますのでそれはちょっと無理。とはいえ、何となく外の空気が吸いたくなりましたので、結果一度は行ってみたいと思っていたトルコに行くことにしました。

 

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海外であればどこでもよく、できるだけ異国情緒を味わいたいと思いました。ハワイのようなところは一人(かみさんとは6月にニュージーランドに行くことになっています)ではどうもなあぁ、ヨーロッパは観光でもトレッキングでも行きましたし、アジアや南米はイマイチ乗り気せず、結局東と西の文明の交差点トルコにしました。たまたま目についたツアーに参加することにしました。コンフォートクラスというのがウリのツアーで、安いツアーに比べると2~3倍の料金です。かみさんは高い高いと言っています(結局自分の小遣いで行くことになりました)が、イスタンブールまで12時間のフライトですので、エコノミークラスはちょっとしんどいし。

 

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トルコといえば、カッパドキアなどの世界遺産とか洞窟ホテルとかいろいろ見所があります。しかし特にどこに行きたいとかどこを観たいとかいったことはなく、何となく東西文明の交差点で様々な人種や宗教の人たちが醸し出す混沌とした空気が吸えればいいかなあと思っています。さすがに何の予備知識もないといけないと思い、慌てて「地球の歩き方」を買いましたので、長時間フライトの間ににわか勉強しようと思っています。

 

かみさんが言うように高いツアーではあります。しかし人間誰でも一生に一回はしてみたいことがあり、例えばエベレストを見てみたい(叶いました)とか、安部さんとオバマさんが食べた鮨屋次郎(お任せのみで3万円でも予約が取れません)で美味しい鮨を食べてみたいとかいろいろあると思います。私にとっては、ビジネスクラスで空の旅を楽しみたいというのも一つの夢でもありました。しかしビジネスクラスはさすがに高過ぎてもったいない。その点コンフォートクラスなら許容範囲(いじましいものです)かなと思っています。寝台特急に乗るとか新幹線のグリーン車に乗るとか、と同じように飛行機に乗ることそのものが旅の目的とすれば、それと現地観光と2倍楽しめるならまあまあではないかと言い聞かせていますが、そのクラスがどのくらい快適なものかは行ってみてのお楽しみです。明日の今頃は空の上です。行ってきます。

 

 

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2014年5月 9日 (金)

丹沢登山4 鍋割山荘

5/8(木)、4回目の丹沢登山は、大倉尾根を越えて金冷シをいつもの「塔ノ岳」に向かわず、鍋割山に向かいました。ほぼコースタイム(標準タイム)で鍋割山に着きました。

 

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 9:51 TVでも時々紹介される鍋割山荘は、連休明けで静かでした。

 

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鍋割山荘の中に入ってみると、コタツがあって居心地が良さそうでした。腰を下ろしてノンアルコールビール(400円)をオーダーしました。

 

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9:58 好物の助六鮨を持ってはいるのですが折角ですので、ここまで何も食べていませんでしたし、遅めの朝食というか早めの昼食というか、名物の鍋焼きうどん(1,000円)を美味しく食べました。

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10:18 鍋焼きうどんを食べていると、ここのオーナーが重い荷物を荷揚げをして山小屋に着きました。毎日50kgの荷揚げをしているとのこと、TVでも見ました。

 

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10:41 名物の鍋焼きうどんを食べてお腹も落ち着きましたので、「二俣」まで1時間20分下りました。鍋割山荘からはずっと下り坂で、上から見るとかなり急傾斜で、登ってくる人は大変そうでしたが、若者は元気よく楽しそうに登ってきました。

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10:55 自転車野郎が登ってきました。ヨーロッパのトレッキングでは当たり前の光景で、富士山でも見かけましたが、大変そうですが、それほど大変そうな顔はしていませんでした。

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 11:06 ずっと下りの道で、上から景色を楽しみながらの山下りで、緑が目にしみました。

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 11:26 このルートと平行して沢があり、時々沢を歩く場所もありました。きっと沢登りをする人はこのせせらぎを辿って登っていくのでしょうが、私には蛇や熊が心配でとてもとても挑戦する気になりません。

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 11:29 かなり下ってゆくと大量のペットボトルが置いてありました。数日前TVでも放映されていましたのが、体力に自信がある人はこの水が入ったペットボトルを鍋割山荘まで持って行って、鍋焼きうどんを食べるというシーンでした。たしかにペットボトルを抱えて登ってくる人を何人か見かけました。

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 11:59 二俣を過ぎると大倉バス停まで1時間25分の平坦な道が続きました。退屈な道といわれますが、緑がたくさんあり、私は飽きませんでした。

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 12:30 ブナ林が渓流に沿って広がり、川音を聞きながら歩く道は、街道歩きを思い出せてくれたり、四国遍路を思い出せてくれたりもしました。今は緑の森林浴が楽しめますが、秋にはきっと素晴らしい紅と黄の世界が広がること思われ、それはそれで楽しみです。

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5:45に大倉を出発して、12:45に大倉に戻りました。昼食や休憩を挟んで7時間の山歩きでした。ガイドブックには中級コースと書いてあり、ほぼそのタイムで歩くことができ、これからも体調がいいときには歩いてみたいものです。

 

初めて歩いたこのルート、鍋割山荘からの下り坂を上から見てみると逆コースで登るのは大変そうでした。しかし鍋割山荘のご主人によると、ヤビツ峠コースや大倉尾根コースに比べるとそれほど大変ではなく、また登りの段差も荷揚げがしやすいような高さにしてあるので登りやすいとのことでした。この日歩いたコースはいつもの塔ノ岳往復コースに比べると距離が長く、その分時間もかかりますが、変化が楽しめ歩き応えのあるコースでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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丹沢登山4 鍋割山嶺

ゴールデンウィーク連休明けの5/8(木)、今年4回目となる丹沢登山に向かいました。この日は、体調が良ければ鍋割コースにチャレンジしようと思いました。

 

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 7:07 この日は、「鍋割山」」に登りたいと思っていましたので、4時に起床し5:45に歩き始めました。快調に登っていきましたが、若い女性はさらに速い速度でヒョイヒョイと追い抜いていきました。

 

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8:33 通称バカ尾根(大倉尾根)の難所を越えました。上空には久しぶりの青空が広がっていて最高の気分でした。

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 8:49 花立山荘を過ぎたあたりの富士山は、少し霞がかかっていましたが、比較的はっきりと見ることができました。

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 8:50 「金冷シ」という分岐に着きました。いつもはこの分岐を右に向かって「塔ノ岳(1,491m)」を目指すのですが、バカ尾根を越えてきてあまり疲れを感じませんでしたので、左へ向かい「鍋割山(1,272m)」を目指しました。

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 9:02 初めての道は、その先がどうなっているかわからず緊張するものですが、木立はまばらで陽を浴びて明るく、道も良く整備されていて歩きやすく、ルンルン気分となりました。

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9:12 何カ所かのアップダウンも苦にならず、遅咲きの山桜道を楽しみました。

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9:18 視界が開けた左側には「大山((1,272m))やヤビツ峠から「塔の岳」に至る稜線が見え、一番手前の稜線には通ってきた「花立山荘」までの稜線、バカ尾根が見えました。バカ尾根が急傾斜であることがわかります。

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 9:20 「金冷シ」から「鍋割山」の中間地点まで来ました。

 

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 9:25 このルートはアップダウンはありますが、景色もよく、まるでトレッキング(山歩き)しているような歩きやすい道です。

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 9:32 富士山は、右手に見えたり左手に見えたり、真っ正面に見えたりしました。

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9:47 右手には以前歩いたことのある「蛭が岳(1,673m)」を主峰とする丹沢山塊をはっきりと見ることができ、この稜線のアップダウンはかなり手強かったことを思い出しました。

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 9:53 鍋割山の山頂に着きました。「金冷シ」からほぼ1時間の道でした。

 

初めてのルートで心配だったのですが、快適に歩けるいい道でした。天気が良ければ、富士山や丹沢山塊の稜線など山脈(やまなみ)を眺めながらのトレッキング気分を味わえます。

 

 

 

 

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2014年5月 7日 (水)

列島縦断 お魚ランク

 

旨い酒と肴を求めて出張ついでの居酒屋巡り、旨い酒も楽しみでしたが美味しい肴も楽しみでした。酒と肴という言葉は酒と肴が対となった言葉で、美味しい肴を食べるための酒であり、旨い酒を飲むための肴であったりします。それではとは一体何なのか。辞書によれば、アテともツマミともいわれるもので、酒を飲む際に添える食品を意味するとのこと。今回の出張で酒とともに味わったのはもありましたがどちらかというとお魚でした。どのお魚が美味しかったのかふり返ってみました。

 

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最もお魚が美味しいと思ったのは博多「稚加栄」の魚たちでした。何しろマグロなどの大型魚種以外は全て目の前で泳いでいたものたちばかりでしたので、どれを食べても旨味とプリプリした歯ごたえでした。

 

 

 

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特に「黄金アジ」は今でもその美味しさが舌に残っています。アジは年中どこでも食べられますので、味の比較が可能です。超ブランドの「関アジ」に勝るとも劣らないというだけあって今まで食べたアジの中ではピカイチでした。

 

 

 

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博多の「稚加栄」は、居酒屋というよりは料亭という範疇に入るかもしれません、それも高級という。たしかに料金は少し高いかもしれませんが、コストパフォーマンスはいいと思います。一人で入っても仲居さんが何かと世話をやいてくれます。

 

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「黄金アジ」と甲乙つけがたかったのが新潟市「イカの墨」でいただいた「ノドグロの姿造り」でした。ノドグロは日本海を代表する高級魚で、鮮度を保つのが難しく身が柔らかいために大体は焼き物か煮物あるいは干物で食べますので、表面をあぶった半生状態の身は口の中で上品な脂が広がりとろけるようでした。

 

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ノドグロを半生で美味しく食べさせてくれる店、一事が万事で「トラフグ」もフグ特有の甘みと旨味がありました。

 

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富山市の「親父」という居酒屋で飲んだ後、イカの活き作りという看板に引き寄せられるように入った店のイカは、板前さんに捌かれても透き通った体をくねらせていました。ゴメンね!と心でつぶやいて口に入れると舌の上には何ともいえない甘みが広がりました。

 

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初めて食べてこんなにも美味しいとは!と思ったのが大阪市「和源」の「ヨコワのタタキ」でした。ヨコワとは、コロマグロの若い魚だそうで初めて食べました。あまり期待していなかったのですが、これが実に美味しいのです。居酒屋「和源」のウリは、冬のヨコワのタタキと夏のカツオのたたきとのことですので、美味しいカツオのタタキとはどういう味がするのか食べてみたいものです。

 

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「和源」のもうひとつの名物「オコゼの薄造り」もいただきました。一匹を捌いてくれて、お頭はお味噌汁(アラ煮もできます)にしてもらいました。唯一残念だったのが、オコゼのお顔にお目にかかる前に調理されてしまったことでした。

 

札幌から博多、日本海の海の幸を味わいました。博多の「稚加栄」を別格にすればやはりお魚は日本海が最も美味しいと思いました。日本列島、どこでも美味しい肴が食べられるのはありがたいことで、東京では神田駅前の小さな居酒屋や「日本橋墨之栄」など、山陰地方の島根県益田市にある「田吾昨」など行きたい居酒屋がたくさんあります。「田吾昨」は、太田和彦氏の「居酒屋味酒覧(ミシュラン)」によればこここそ居酒屋の梁山泊。一泊旅行で行く価値のある日本一の居酒屋と紹介されています。是非もう一度行きたい、お魚が美味しい居酒屋です。

 

 

 

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2014年5月 6日 (火)

列島縦断 日本酒ランク

今年の2月、出張のついでに7都市12カ所の居酒屋の暖簾をくぐりました。そして数え切れないほど何杯もの日本酒を飲みました。最近は日本酒の品質が向上しているようで、どのお酒もおいしく甲乙つけがたいのですが、旨いまずいではなく記憶に残ったお酒をふり返ってみようと思います。

 

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 最も記憶に残っているのが、新潟市「イカの墨」でいただいた「ぽたりぽたり きりんざん」というお酒でした。純米らしいふくよかさと、原酒ならではの力強い味わいと新酒ならではのキレが特徴です。とあり、非常に欲張ったお酒でした。またリストにある「想天坊」も辛口造りの飲み疲れしないキレと、フレッシュ感のある味わいです。とあり、何杯か日本酒を飲んだ後、口の中をすっきりさせるにはうってつけのキレがありました。

 

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2番目に記憶に残っているのが、仙台市「一心」でいただいたお酒で、一押しの「乾坤一冬華」や「亀岡」などを飲んだ後最後にいただいた生酒吟醸の「宮寒梅」でした。若女将に肴を必要としないお酒だけでお酒の味を楽しめる味と勧められました。

 

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3番目に記憶に残っているのが、札幌市の「味百仙」でいただいた「金滴彗星」でした。初めて入った店でしかも店主と向かい合わせのカウンター席で緊張して、何をオーダーしようかと迷っていたところ隣の先客(その人も初めて)が教えてくれたのが「金滴彗星」でした。「生の数の子」とともに北の味覚を楽しみました。同じ札幌市の「魚菜」でも「金滴吟風」というおいしいお酒があり、「金滴シリーズ」は北海道の「男山」とともに定番のようです。

 

 

 

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その「魚菜」では、やはり先客の常連さんに教えていただいた「鄙願(ひがん)」というお酒も重厚でずっしりとした旨味がなかなかのものでした。

 

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「魚菜」では、隣のご婦人が店主から勧められていたのが「NEXT FIVE シャングリラ(理想郷)」というお酒で、次代を担う若手醸造家5人でつくったお酒とのことでした。味はかなりあっさりしているとのことでした。

 

酒の評価は難しく、またその味を表現するのも難しく、例えば味を表現する言葉としてスッキリとかキレがあるとか、甘いとか辛いとかいろいろあります。またワインと同様、肴や料理との相性もあります。こうしてふり返ってみると、自分にとって旨い酒とは、新潟でいただいた「ぽたりぽたり きりんざん」や仙台でいただいた「宮寒梅」のように“肴なしで酒そのものの味を楽しめる酒”ということがわかりました。もちろん料理を美味しく食べるための酒も捨てがたいものですが。

 

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2014年5月 5日 (月)

列島縦断 居酒屋ランク

「列島縦断」などととても大げさなタイトルをつけてしまいました。確かに札幌市から福岡市まで網羅していますので列島縦断といえなくはないのですが、そのうちたった7都市ですから実態は大きな湖に散在する小石を見て地底を知ろうとするようなものです。まあ客観的な評価は前回ご紹介した居酒屋ガイドブックに任せて、ご批判を覚悟で自分が感じた独断と偏見をご紹介させていただきます。

 

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作家の太田和彦氏は、名居酒屋の3条件としいい酒、いい肴、そして居心地の良さと言っています。いい酒と肴はあたりまえで、最も大事なのは居心地の良さではないかと思ってしまいます。せっかくの酒と肴も店の雰囲気や店主や従業員の対応がイマイチですと台無しになってしまいます。その点、今回入った12ヶ所の居酒屋で最も居心地の良さを感じたのは仙台市の「一心」でした。

 

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地元仙台では料金が高いとか敷居が高いとかイメージもあるようです。私のようにたまに訪れる客にとっては多少の料金の高さは想定内ですが、地元の方がしばしば行けるようなところではないかもしれません。しかしコストパフォーマンスを考えれば十分おつりがくると思っています。

 

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席に着くと黙っていても出されるのが「一心」名物の付き出し(1,500円)です。お任せの新鮮な魚介類はいつも何が出てくるのか楽しみです。予算に応じてこの突き出しとともに何杯か日本酒を飲んで出てきてもいいのです。

 

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この日のお勧めの貝セットを追加オーダーして、日本酒はトータル4杯飲んで、結局1時間半くらいいて出てきました。美味しい酒と肴はほどほどがいいのです。

 

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初めて入る居酒屋、特に店構えが凜としているような店は敷居が高く思えるもので、ここ「一心」も何年か前最初に入った時は緊張しました。しかし見栄をはらずにお酒のことや料理のことを聞けば、素敵な若女将(写真撮影は遠慮しています)がいろいろ教えてくれます。一人でカウンターで黙々と飲んでいると時々気を遣ってくれて声をかけてくれたりもします。最高の酒と肴と居心地の良さ、これこそ名居酒屋です。

 

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居酒屋ランクの番外として、仙台駅近くの文化横丁にある「源氏」は「一心」とは対極的雰囲気が味わえる店です。昭和いや大正までタイムスリップしてしまったような雰囲気の居酒屋です。一人で切り盛りする女将さんの代わりに、人手不足を常連のお客さんたちが補ってくれて何やかやと世話をやいてくれました。料理(地元の食材)と酒はまあまあですが、居心地はとってもいい居酒屋です。「一心」と「源氏」は杜の都仙台の最強居酒屋セットです。また仙台に行きたくなりました。

 

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今回の出張で入った居酒屋12カ所のうち、2番目にいいなあと思ったのは新潟市の「イカの墨」という店で、初めて入りました。多少は緊張したのですが、もし入ってしまった!と思ったらビール1杯と突き出しと一品だけオーダーして、急用ができたような顔をして出てくればいいや!!と腹をくくりました。

 

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仲居さんに導かれてカンター席に座ったら、思わず大当たり!!と心の中で叫んでしまいました。目の前のイケメンの板さんと話は弾みました。

 

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ここ「イカの墨」の付き出しは好きなものを選んで目の前で焼くというもので、これもなかなかいけました。その後は、板さんのお勧めで、しぼりたて酒やあわびなど日本海の海の幸を堪能しました。日本列島、北海道から瀬戸内、九州とそれぞれ魚は美味しいのですが、日本海の幸が一番美味しいのではないかと思いました。

 

 

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3番目にいいなあと思った居酒屋は札幌市薄野近くの「魚菜」でした。札幌市内には「味百仙」というガイドブックではナンバーワンの居酒屋があり、ここ「魚菜」は2番目にランクされていますが、もしどちらか一つといわれれば「魚菜」に軍配が上がります。お隣の常連さんも同意見でした。

 

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酒は「金滴吟風」、肴は名物の「塩ウニ」、そして居心地の良さは気さくなマスターと陽気な看板娘の笑顔で酒も進み、北の国の夜は更けていきました。

 

 

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博多には、ここで取りあげた居酒屋とはまったく異次元の「しらすくじら」という訳のわからない居酒屋がありました。場所は博多駅の近く、勤め帰りの皆さんがわいわいがやがや、酒は安酒で肴も鯨を注文しましたがあまり旨くなく、しかし大声や笑い声の喧噪の中、一人で安酒をすすってぼんやりするのもいいものでした。

 

12カ所の居酒屋のうちベスト3+番外をあげましたが、こうしてふり返ってみると、やはりどんなに酒と肴が美味くても居心地の良さというのは大事だなあとつくづく実感しました。

 

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2014年5月 4日 (日)

列島縦断 居酒屋ガイド

早いものでもう5月、あっという間に1年の1/3が過ぎてしまいました。4月末まであくせくした仕事も終わってふり返るゆとりもできました。仕事の対象となった都市は、札幌市、仙台市、東京、名古屋市、新潟市、富山市、大阪市、広島市、松江市、高松市、博多市の11カ所でした。我が国の9電力会社の本社所在地と原子力発電所を抱える新潟市と松江市でした。仕事の話はともかく、そのうち名古屋市、広島市、松江市、高松市を除く7つの都市で居酒屋巡りをすることができました。

 

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この2冊のガイドブック(他にもありますが)はいわば居酒屋巡りの聖典ともいうべきものです(独断と偏見)。いわば「地球の歩き方」の「居酒屋の巡り方」版で、地方に出張するときにはこのガイドブックは必携です。

 

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酒飲みの考えていることは大体同じで、札幌市の「味百仙」のカウンターで隣り合わせた彼も「居酒屋味酒覧」を見てここへ来たとのこと。

 

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今回の出張で、日程の都合で居酒屋に寄ることができなかった名古屋市の「大甚本店」は、日本の居酒屋の最高峰とあり、以前2回ほど入ったことがあります。居心地が良く、とてもいい居酒屋でした。

 

 

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一方、今まで一度も入ったことがなく今回も縁がなかった高松市の「美人停」は、お名残惜しい居酒屋です。高松市での仕事は午前中でしたので、通常であれば前日に高松入りして夜は居酒屋へというパターンなのですが、今回は夜行寝台列車「サンライズ瀬戸」に乗りましたので早朝に高松市に着き、午前中仕事を済ませてそのまま博多に向かいました。残念ながら「美人亭」の暖簾をくぐることはできませんでした。

 

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最も残念だったのが博多の「さきと」です。予約をしていなかったために3回目のチャレンジも敗北してしまいました。“酒も肴も器も西日本一の名居酒屋”とあり、いつかそれらがどのようなものなのか一見してみたいものです。

 

というわけで仕事にかこつけての居酒屋巡りでしたが、居酒屋の雰囲気を思い出したり、今でも舌に残っている酒と肴の味わいを思い出したりしています。どの居酒屋の雰囲気が良かったのか、どの日本酒が旨かったのか、どの魚が美味しかったのかを次回からふり返ってみようと思います。

 

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2014年5月 3日 (土)

丹沢登山3 ハイキング

月がかわった5/1(木)、今年3回目の丹沢に行きました。

 

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 朝6時、駐車場は満杯でしたがゲストハウスはひっそりとしていました。後には青空が広がっていて、天気予報通り登山日和のはずだったのですが。

 

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半分眠っている頭と身体、朝のヒンヤリした空気と樹林帯にこぼれてくる陽射しに少しずつ目覚め、今日も自然の中を歩ける幸せを噛みしめながらの一歩一歩でした。膝に違和感はないか、ふくらはぎは張っていないか、足底部は痛くはないかと確認しながら、頂上に辿り着けるだろうかと歩くこの瞬間はいつも緊張します。

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 一週間前にも歩いたこの道の緑は更に濃さを増していて、ここを歩いていると緑のシャワーを浴びているようでした。

 

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 途中、富士山の白い姿を眺めることができましたが、裾野からも上空にも厚い雲が湧いてきて、この雲はこちらに向かってくる気配で、この先が思いやられました。

 

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 この日も週2回は登るという地元の常連さん達がスイスイと登っていきました。このあたりが最も疲れを感じ、それだけ丹沢を登っていると実感するのです。

 

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 山頂に着いてみると、心配したとおり霧だか靄だかによって包まれていて、まったく何も見えませんでした。

 

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 登頂した人たちは、あまりがっかりした様子も見せず着替えたりお弁当を広げていました。しばらくじっとしていると冷たい霧は天然クーラーのようでとても寒く感じました。

 

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 富士山が見えなくても、丹沢山塊が見えなくても、楽しみなお弁当を広げればピクニック気分です。好物のお稲荷さんとのり巻きの助六寿司やインターネット通販で取り寄せている「味付けゆで卵」、食後のオレンジなど、ゆっくりと味わいながら食べていると幸せ気分になりました。

 

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 のんびりとお弁当を食べた後は下山です。山頂から少し下ると霧はなく、展望はきくのですが何となく霞がかかっているようでした。

 

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 ピクニック気分の登山のシメは、大好物のソフトクリームでした。ここのはとても美味しいのです。

 

快晴という天気予報は早朝は当たっていたのですが、時間の経過ととともに雲が広がり展望ゼロでした。やはり山の天気は変わりやすと言われますがその通りでした。しかし辛い思いをしても一歩一歩足を上げて頂上に辿り着き、空きっ腹に美味しい弁当を食べればそれだけで幸せです。大きな悩みを抱えていたり体調が不良ですとこんな気分は味わえずありがたいことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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