« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »

2014年6月30日 (月)

NZ紀行5日目 オークランドへ

6/15(日)、クライストチャーチ飛行場で、現地ガイドのケイコさんと別れ、私たちは添乗員不在の状況でオークランドへと向かいました。

01dsc05911
 国際線、国内線ともニュージーランド航空を利用しました。この会社の文字体や色使い、ロゴマークなどシンプルでスッキリしていて好感が持てました。

02dsc05912
 国内線で移動するのでしょうか、非番のスタッフたちがいました。白と黒の色調のファッションなのですが、おしゃれっぽく見えました。

03dsc05916
 搭乗となりました。前方からでも後方からでもどちらからでも搭乗ができました。いかにもローカル線でした。

04dsc05922
 機内の内装も清潔感溢れていました。先入観を持ってしまったせいか、気のせいか、女性のセンスや優しさが現れているようにも見えました。

05dsc05928
 シートに座って、窓から外を覗くと隣に駐機している機体のロゴマークがはっきり見えました。飛べない国鳥「キイウィ」の代わりに採用されたシダの葉っぱのデザインがいかにもこの国に相応しいようにも見えました。

06dsc05930
 オークランド飛行場に着いて先ず預けていた自分のスーツケースを確保して待ち合わせ場所に向かうと、別のガイドさん(日本人女性)が待っていて、無事に合流しました。

07dsc05935
 19:45 私たちはバスに乗って今晩宿泊する市内のホテルへと向かいました。国際線の飛行場周辺らしく明かりが煌煌と点いて、久しぶりの都会に戻ったという印象でした。

08dsc05951
 宿泊したホテルは港の目の前で、目の前には港の事務所などが入った趣のある建物がありました。

09dsc05939
 20:41 ホテルに荷物を置いて一息ついて、食事に出かけました。途中、居酒屋風の楽しそうな店がありました。

10dsc05942
 予約してあったレストランまでは10分くらいの距離で、その間の短い距離、明かりがキラキラと光っていて、私たちは久しぶりの都会ですっかり おのぼりさん状態でした。

  

11dsc05949
 21:30 入ったレストランは鉄板焼きレストランで、ここでも日本人女性が働いていました。もうかなり遅い時間で、私たちはお腹グーグーで、しかもなかなかこの女性コックさんが現れなかったためにいらいらが募り、お気の毒に私たちの刺すような視線で、女性コックさんは緊張しているようでした。

12dsc05948
 ようやくメインのステーキも焼き上がり、私たちは飢えた猟犬のようにむしゃぶりついて、あっという間に完食してしまいました。

 

食後、三々五々それぞれ勝手にホテルに戻りました。翌日は4時モーニングコール、5時出発の予定でしたので、オークランドの夜を楽しむこともなく、スーツケースの整理をした後、就寝しました。慌ただしく、ツアー最後の夜は更けてゆきました。

 

トルコでのイスタンブールでもそうでしたが、ここオークランドでもせめて一日くらいは市内をブラブラと気ままに歩いてみたいものでした。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月29日 (日)

NZ紀行5日目 クライストチャーチへ

6/15(日)、デカポ湖畔でたくさんの思い出ができ、サーモン丼で満腹になった後、クライストチャーチ飛行場へ向けて再びバスで出発しました。ガイドのケイコさんやドライバーのボブさんともお別れする時が近づいてきました。

01dsc05838
 12:52 デカポ湖を出発して間もなく、皮肉なことに青空が顔を出しました。もう少し早く顔を出してくれれば湖畔や教会の光景はもう少し違った表情になっていたかもしれません。

02dsc05849
 13:24 見慣れたこの風景も見納めです。

03dsc05854
 路傍にある建物はカフェだそうです。ニュージーランドの交通ルールは日本と同じ左側通行・右ハンドルです。そのせいかレンタカーで移動する旅行者も多いようです。こちらの車にはカーナビは搭載されていないようですが、道は一本道がほとんどで標識もしっかりしていますので特に問題はないようです。北海道の道東ドライブと同じような風景が楽しみながら、こんなカフェでお茶したり、時々は羊とじっくりご対面したりするのも楽しそうです。

04dsc05871

05dsc05872
 そんなことを考えていたらまたまた羊たちでした。次の群れは、山羊なのか毛刈りをすませた羊なのかわからないうちにボブさん運転のバスはあっという間に走り抜けてしまいました。

06dsc05897
 16:29 移りゆく景色を見ながら、この旅をふり返ったり、感慨にふけっていたりしましたらクライストチャーチ飛行場に着いてしまいました。

07dsc05900
 国内線主体の飛行場ですので、国際空港とは違ったノンビリとした雰囲気でした。

09dsc05883
 金網越しには、南極への小型飛行機が駐機していました。南極まで4時間弱だそうです。瞬間、想いを馳せてしまいました。

  

08dsc05887
 いよいよ、ガイドのケイコさんとドライバーのボブさんとのお別れの時が来ました。何日間か行動を共にしていますとプライベートなこともわかってきて、大きなお世話ですがこれからどのような人生を歩いて行くのかなあなどと余計なことを考えてしまいました。もし再びニュージーランドに行くようなことがあれば、その時は多分トレッキングになる可能性が高く、ケイコさんに案内して貰えればいいなあと思います。

10dsc05894
 16:20 オークランド行き国内線の搭乗手続きが始まりました。出発時間は17:40ですからかなりゆとりがありました。この手続きが終わってガイドのケイコさんとお別れして、私たち一行31名は添乗員なしの行動となりました。何となくひとかたまりになって動く様はポートピープルっぽくおかしくなりました。

11dsc05910
 17:21 搭乗口近くのスペースに「トヨタ」車が展示されていました。はるばると遠い国で頑張っているんだなあと頼もしく見えました。

 

私たちツアー一行の内訳は、高齢男性(会社OB仲間)5名、親戚同士5名(男性2名、女性3名)、夫婦5組、母娘カップル3組、友達同士2組(女性4名)、単独参加女性1名の31名でした。男性12名、女性19名と女性が多いグループでした。これだけの人数になるとコミュニケーションをとる機会がなく、何となくの集団行動をとりながらのマイペースという気楽なグループでした。

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (2)

2014年6月28日 (土)

NZ紀行5日目 善き羊飼いの教会

6/15(日)、とりあえずはクライストチャーチへの途中、「善き羊飼いの教会」があるデカポ湖に寄りました。

01dsc05765
 デカポ湖の向こうには真っ白に雪を被った南アルプス連山が見えました。このデカポ湖の湖水の色は、天気がよければミルキーブルーに輝くそうです。

02dsc05775
 湖畔には南アルプスを背景として、バウンダリー犬の像の碑がありました。牧場の教会から羊が逃げ出さないように活動したコリー犬を讃えて建てられたもので、どんよりとした雲の下、雄々しく頭をもたげている姿はとても凜々しく見えました。

03dsc05760_2
 湖畔には、ニュージーランド観光の名所となっている「善き羊飼いの教会」が建っていました。1935年にヨーロッパから来た開拓者のために付近の石を集めて建てられました。

03dsc05816_2
 この教会は、最初はゴシック様式だったのですが、その後デカポ湖の風景と調和するデザインに変更されました。たしかに南アルプスと湖畔と見事にマッチした風景となっていました。ここへ来るまでは、ちょっとした観光名所だろうくらいの軽い気持ちだったのですが、この風景を見ているととても厳粛な気持ちになりました。この風景を見ただけでもニュージーランドに行った甲斐があり、一生思い出に残る写真です。

04dsc05788
 この日(6/15)は日曜日でしたので、礼拝が行われていると中には入れないといわれていたのですが、ちょうど礼拝が終わったところでフリーパスでした。

05dsc05786
 教会内部は、十数人も入れば一杯になってしまうほど狭いのですが、質素でとても厳粛な雰囲気でした。誰もいませんでしたので写真は自由に撮ることができましたが、時々怖いおばさん(シスター?)がいると写真は撮れないし、優しいおばさんの時は写真撮影はOKだそうです。ラッキーでした。

06dsc05783
 教会の窓からは、湖と南アルプスが一幅の絵画のように見ることができました。今この教会は、結婚式場としても脚光を浴びていて、その場合は未入籍であることが条件で、挙式後はニュージーランド政府の結婚証明書が発行されるそうです。

07dsc05802
 湖畔の光景はまるで絵はがきのようでした。春や夏の時期にはきっと素晴らしい景色になると思われましたが、一方で観光客が多すぎると、このとき感じたピリリとした清浄な大気と教会の厳粛な雰囲気、雲に覆われているにもかかわらずアルプスの向こうには明るい曙光のようなものが見え、希望がわいてくるような光景にはお目にかかれないだろうなあと思ってしまいました。

08dsc05808

08dsc05807
 昼食は、その名も「湖畔」というわかりやすい名前のお店でいただきました。ニュージーランドのこんな処にこんな店があるとは、違和感を感じたのですが、一方では安心感でホッとしたのでした。食事は美味しいと評判のようでした。

09dsc05791

10dsc05793
 ありがたいことにアルコールメニューも熱燗までありましたが、まあ厳粛な教会を見た後でもあるし、雰囲気的には白ワインを頼みました。

11dsc05792
 サーモン丼の美味しかったこと! サーモンが二段になっていてボリュームもたっぷりで大満足でした。

12dsc05795
 ここデカポ地域では、かなりの数の日本人が働いているそうです。この「湖畔」にも数人の日本人女性スタッフが働いていました。ニュージーランドは日本人女性に人気があるようでした。

13dsc05822

14dsc05825
 湖畔には、情報センターや旅行代理店、フライトツアーの会社などが軒を並べていました。オプショナルツアーの「マウント・クック氷河遊覧」(425NZ$)は天候不順のために中止になり、もう一つのオプショナルツアー「ミルフォードサウンドからの帰路をクイーンズタウンまで飛行機で戻る」(385NZ$)というプランも悪天候で中止になり、ニュージーランドの自然を空から眺めてみたいという夢は叶いませんでした。ここでこういう看板を目にすると改めて悔しさがこみ上げてくるのでした。

 

「善き羊飼いの教会」は、今やウェディングで脚光を浴びています。未入籍という資格が無い人でも、「リニューアルボウセレモニー」というセレモニーがあるそうです。すでに入籍後のカップルが、再度誓いを新たにするセレモニーで、希望者は教会にその理由を記したレターを提出し、許可が出ればセレモニー後に教会作成の証明書が渡されるそうです。今更なあぁ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月27日 (金)

NZ紀行5日目 ケイコさん

6/15(日)、とりあえずはクライストチャーチへの長いバスの旅は続きました。

01dsc05697

02dsc05701
 ジョーズおばさんのお店でカラフルなフルーツを見た後は、冬の寒々しい景色を眺めながらのバスに揺られました。

03dsc05729
 よく整備された舗装道路の先には、真っ白に雪を被った山がまるで氷河のように聳えていました。気温は寒いのですが、この国に入ってから風を感じたことがないためかそれほど寒いとか冷たいとか感じたことはありませんでした。吐く息が白くなったことは一度もありませんでした。

04dsc05732
 見慣れた光景ですが、雪山に囲まれた窪地でわずかに残っている青い草を食んでいる羊たちは、眠るときもここでそのまま寝るわけで、きっと身を寄せ合って眠るのでしょうが、春が待ち遠しいことでしょう。

05dsc05739
 「プカキ湖」という小さな湖の向こうに「マウント山(マウント・クック)」が見えました。頂上に薄い雲が少しかかっていましたが、裾野から見えていて、滅多にないことだそうです。

06dsc05747
 湖畔には、白壁に「SALMON SHOP」と書かれた小さな小屋が建っていました。このあたりでは、きれいで冷たい水質を利用してサーモンの養殖が行われている地域です。またフィッシングも盛んな地域だそうです。

07dsc05743
 店内には大きめのショーウィンドーが一つあり、美味しそうな生サーモンの切り身とスモークサーモンが売られていました。スモークサーモンは大好物なので買いたかったのですが、この日の昼食はサーモン丼が予定されていましたのでパスしました。このお店には、果物屋のジョーズおばさんと同じようなにこにこ顔のおばさん(写真は遠慮しました)が一人店番していました。おばさんたちは穏やかなのですが、とても逞しそうでした。

08dsc05745
 ドラーバーのボブさんです。私よりちょっと先輩かも。ベテランドラーバーで、安全運転を鉄則としていましたが、飛ばすときは飛ばしていました。ニュージーランドでは「キイウィ亭主」という言葉があります。この場合のキイウィはフルーツではなくて国鳥のことで、国鳥キイウィは飛べない(そのために飛行機のシンボルになり損ないました)のですが、キイウィの母親は出産の後さっさと家を後にしてしまい、残された乳飲み子を養育するのは父親だそうで、そういう「イクメン」のことをニュージーランドでは「キイウィ亭主」といっているそうです。ボブさんも「キイウィ亭主」だそうで、こういう亭主がこの国の女性の社会進出(国会議員の1/3、閣僚の1/2が女性)を支えているのです。

09dsc05746
 現地ガイドのケイコさんです。ツアー2日目のクライストチャーチ飛行場で合流して以来、ずっとガイドしてくれています。ご主人はニュージーランド人で「キイウィ亭主」のようです。例えばトルコのように世界遺産や歴史遺跡があるわけではない自然しかない単調な道を、バスの中でよくもまあ話すことがあるもんだと感心するくらいたくさんの話をしてくれました。ケイコさんはこの国で永住権を取得していますし、年金は掛け金なしで誰でも貰えるそうですので年金も貰えるのですが、ご主人(かなり年上)が亡くなられた場合は、日本に戻るのも選択肢の一つですが、日本での年金は貰えなくなるのが心配とか。医療費が高いとか、主婦感覚での話をたくさんしてくれました。

10dsc05753
 ケイコさんの話を聞きながら、氷河のような白い塊を眺めながら、この国で働いている日本人女性の行く末などを考えたりもしました。

 

トルコのカーンさんといい、ニュージーランドのケイコさんといい、旅はガイドさんの占めるウェイトがかなり高いということを実感しました。お二人とも元気で活躍されることを、カーンさんは幸せなご結婚を、ケイコさんは幸せな老後をお祈りします。

 

 

 

 

 

| | コメント (3)

NZ紀行5日目 ジョーズおばさんのフルーツ屋

6/15(日)、クイーンズタウンで二連泊した後、クライストチャーチからオークランドへ向けての長い旅路の出発となりました。

01dsc05673
 クイーンズタウンのホテルを7時半に出発して間もなく、眠い目をこすりながら一つの看板の前でバスを降りました。ジョーズおばさんのお店と書いてありました。

02dsc05682
 お店の裏手には立派なガーデンがあり、冬のこの時期には一つの花も咲いていませんでしたが、春になるとバラやさまざまな花が咲き乱れるとのことで、よく整備されていてその時の華やかさが目に浮かぶようでした。

04dsc05692
 店頭には、大きなパッケージのリンゴが鈴なりに。こんなにたくさんまとめ買いの人がいるわけで、豊かな自然の産物なのでしょう。今の時期、日本ではリンゴは収穫されませんので、日本へも輸出しているとのことです。

03dsc05684
 このお店は、もう20年くらい前からある店で、ジョーズおばさんが頑張って大きくしたお店です。朝の8時半というのに、おばさんたちは元気に忙しそうに働いていて、私たちもすっかり目覚めてしまいました。

05dsc05694
 店内は広く、果物、ドライフルーツ、ナッツ類、蜂蜜などいろいろなものが並ばれていました。見ているだけで楽しくなるお店でした。

06dsc05678
 キイウィはもちろん、リンゴやナシや柿などいろいろ試食できました。この日まで、立ち寄ったお土産屋でその都度買い物をしてきて、生もののフルーツはお土産にできないと思っていたのですが、気がつけば何種類かのナッツ類を買ってしまいました。

07dsc05687
 店頭に並べられている果物や野菜を見ていると、ここも自然が豊かで、豊饒の大地の国であることがわかりました。旅が進んでこの国のことが少しずつわかってくると、外来種の侵入を防ごうという入国審査の厳しさも少しずつ納得しつつあるのでした。

08dsc05691
 私たちだけではなく、インド人とかの外国人も早朝から買い物に来ていました。印象的だったのは、ここにも日本人スタッフが働いていたことで、この日まで立ち寄ったドライブインやレストラン、お土産屋で、必ず日本人スタッフが一人はいたことです。インド人風のお客と対応しているのも日本人スタッフでした。

09dsc05696
ジョーズおばさんの店で買い物を済ませ、この町を去るとき、町の出口(入口)には大きなフルーツのモニュメントがありました。この辺り一帯はたくさんのフルーツが収穫できるようです。

 

トルコの時と同様、皆さんも私もお土産屋に寄る度に何か買っていましたが、しかし絨毯やトルコ石に比べると、ここニュージーランドでの買い物は羊毛製品やドライフルーツ、ナッツ類、キイウィとチョコなどたかがしれています。何となく気になって買ったニュージーランドのバターは美味しくお勧めです。

 

 

| | コメント (0)

2014年6月26日 (木)

NZ紀行4日目 再びクイーンズタウンへ

6/14(土)、このツアーの目玉の一つである「ミルフォードサウンドのフィヨルドクルーズ」を終えて、連泊中のクイーンズタウンに向かいました。

01dsc05613
 15:48 ミルフォードサウンドでは、分厚い雲が霧雨を降らせていて、その雲は風に煽られて緩やかな竜巻のように動いていました。

02dsc05615
 草原と丘陵地帯を抜ける道は緩やかにカーブしていて、前も走る車も後続の車もなく、対向車もありませんでした。時々小さな村が現れ、あっという間に通り過ぎるという状況の中で、ガイドの圭子さんはしゃべり続けていました。ニュージーランドでの女性の社会進出は進んでいて、前首相は選挙で選ばれた初の女性首相で、女性首相としては二人目であること。世界で初めて女性参政権を獲得したのはニュージーランドで、そのリーダー(ケイト・シェパード女史)の肖像画が10ドル紙幣に印刷されています。現閣僚の半数が女性であり、全国会議員の1/3は女性が占めていて、現在は総督や最高裁判事長、国会議長も女性なのです。耳の痛い話で、眠るどころではありませんでした。

03dsc05617
 圭子さんの現実的な話を聞きながら、次から次に変わる光景を見ているのは不思議な感覚でもありましたが、人口443万人のこの国の成り立ちと自然、女性の社会進出が妙にしっくりと肌に馴染んでくるのでした。

04dsc05630
 16:31 人口2,000人くらいの街で小休止しました。よく整備された街路には車が数台止まっているだけでここもひっそりとしていました。

05dsc05632
 この町のすぐ後ろには、相変わらずの雲をいただいた、うっすらと白く冠雪した山々が聳えていました。

06dsc05634
 明かりが灯っていないホテルとレストランですが、なんとシンプルでスッキリとしたデザインなのでしょうか。人が来ようが来まいが、凜としているようにも見えました。

07dsc05635
 ようやく見つけたスーパーマーケットに向かう人影です。おしゃれな雰囲気は、やはり女性の国ならではかもしれません。

08dsc05636
 どんよりとした空の下でも、スッキリとしたデザインの住宅は存在感がありました。一般的にもいわれていますし、圭子さんもいっていましたが、この国の女性は強いそうです。その分旦那さんは優しいそうで、圭子さんのご主人も家事はよくこなすそうです。バスに揺られながら、この国のしなやかさや女性の強さやを考えたりしました。

09dsc05640
 バスは、追い抜く車も追い抜かれる車もない道を快走しました。並んで走る鹿をもあっという間に追い抜きました。そういえば、どこかで鹿の肉も食べました。

 

10dsc05642

11dsc05649

12dsc05656
 17:20 日が暮れつつあり、空や雲の動きがより活発になる様子を見ながら、バスはクイーンズタウンに向かってひたすら走り続けました。

 

結局、クイーンズタウンに着いたのは20時過ぎでした。それから近くの中華レストランで食事、ホテルに戻ったのは22時頃で、ホテルからの景色を楽しむこともクイーンズタウンでのリゾートライフを楽しむこともなくベッドに転げ込みました。そして翌朝は5時半モーニングコール、7時反出発と慌ただしい日程でした。トルコツアーでも憧れのイスタンブールでは同じようでしたし、ツアーではどうしても欲張りプランになりますので仕方ないことです。

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月25日 (水)

NZ紀行4日目 フィヨルドクルーズ

6/14(土)のお昼、クイーンズタウンからほぼ4時間で「ミルフォードサウンド」に着きました。朝出発したときは青空でしたが、ミルフォードサウンドは、灰色の分厚い雲に覆われていました。

01dsc05532
 12:45 午後1時出航の船に間に合いました。港の待合所には、小規模ツアーの人たちが集まっていました。ガイドさんにいわせると、オンシーズンの頃にはこの待合所も一杯になるとのことでした。

02dsc05535
 桟橋には大小何隻かの船が静かに停泊していました。上空にはさらに厚い雲が覆い被さってきていて、とても寂しげな雰囲気でした。

03dsc05540
 天候はともかく、一度乗ってみたいと思っていたフィヨルドクルーズにワクワクでした。私たちは、後ろの大型船に乗ることになりました。

04dsc05547
 午後1時、定刻通りに私たちが乗った船は出航しました。早速船長室(操舵室)を覗いてみました。

05dsc05553
 「ミルフォードサウンド」のサウンドとは、英語で「入り江」を意味していて、正確には川の水の氾濫によってできた地形を指すのですが、発見当時の人々の知識不足で、サウンドと名付けられてしまいました。ミルフォードサウンドはフィヨルドで、フィヨルドとは氷河の進退によって削られた岩山に氷河の溶け水や海水が入り込んで形成された地形です。

06dsc05556
 入り江は海に突き出した岩山がいくつも重なっていて、どこが水路かわからないほどでした。厚い雲が垂れこめ、まったく色を失って幻想的な雰囲気となりました。氷河によって削られた断崖絶壁の高さは1,000mを超えていて、その背後には標高2,300mの「ペンブローク」が聳えているのですが、その頂は雲に包まれていました。

07dsc05562
 13:19 この船には私たちの他に数十人の乗客がいましたが、それでも定員の数分の一でした。オンシーズンには鈴なりになるそうです。出港して間もなく、あまりの寒さのためにカミさんもほとんどの人も船内に引っ込んでしまいました。私は、地形の面白さ、海底はどうなっているのだろうか、ダイビングはできるのだろうかと想像しながら舳先に立っていて飽きませんでした。

08dsc05571
 13:27 出航して30分近く、雲はさらに厚くなり、光も色も失ってしまいました。このミルフォードサウンドは、ニュージーランドを代表する観光地で、パンフレットやポスターでは青い空の下の青い海が映し出されているのですが、現実の目の前の世界はまるで逆のモノクロの世界で、しかも小雨も降ってきました。青い空もいいでしょうが、南の果ての “絶海イメージにはこの荒涼とした風景も情緒がありました。

09dsc05572
 15:31 出航してちょうど30分で、外洋(タスマン海)に出ました。この地に上陸したイギリス人の海軍士官ジェームズ・クックはこの入り江がわからず、見過ごしたそうです。

10dsc05580
 13:47 船は、外洋にでたところでUターンしました。外洋から入り江に入ってゆくとまるで吸い込まれてゆくようでした。あちこちに氷河が溶け出してできた滝があり、またここミルフォードサウンドでは1年の3分の2、230日は雨が降るといわれ、雨が降るとできる滝はタスケードといわれ、千本近くの幻の滝ができるそうです。

11dsc05595
 霧が発生し、幾重にも重なった断崖は、遠くなるにつれて墨色さえも色を失っていました。霧状の雨の中、船上で、霞んでいる断崖と狭い水路を見ていると、ニュージーランドに来てるんだという実感がひしひしとわいてきました。

12dsc05608
 14:33 港が近くに見えてきたとき、色を失っていた世界が急に色を取り戻しつつあり、今まで見えていたフィヨルドはまるで幻であったような錯覚を起こしました。

 

1時間半のクルージングは、幻想的で夢のようでした。しかし、ミルフォードサウンドのフィヨルドクルーズを、北欧のフィヨルドクルーズの事前体験と位置づけていたカミさんにとっては、たとえ好天気であっても「フィヨルドクルーズ」はこんなものかという印象を持ったようで、北欧への興味を失ったようでした。たしかに、ここの断崖絶壁が折り重なった複雑な景観は素晴らしいのですが、海の景色はそう変化があるものではなく、クルージングそのものは北海道の知床半島遊覧とあまり変わらないかもしれません。沖縄の座間味島のホエールウオッチングの方がエキサイティングだったようです。(その比較は飛躍的とも思えましたが・・・)

 

しかし、私にとってもむしろここへ来るまでの景観や、ここを目的地とするトレッキングの方に興味がわいたことは事実です。

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (1)

2014年6月24日 (火)

NZ紀行4日目 ミルフォードサウンドへ

6/14(土)、前日夜遅くクイーンズタウンに着いて、この日はゆっくりする間もなく、8時にホテルを出発し、ニュージーランド観光の目玉の一つ「ミルフォードサウンド」へと向かいました。

01dsc05424
 08:14 ホテルを出発して間もなく、クイーンズタウンを囲む山に雲がかかり、朝陽が反射していました。この日も、この先どういう天気になるかは予測がつかないとのことでした。

02dsc05429
 朝陽を照り返していた雲がなくなると、なだらかな山裾と草原の上に青空が広がりました。

03dsc05434
 さらに、低い山が連なるその上には雲が出ていて、ここでも朝陽を受けて黄金色になっていて、天空ショーを見ているようでした。

04dsc05454
 08:52 陽が昇ってしまうと、山肌が明るく照らされてはっきり見えてきました。バスに乗っている現地ガイドの圭子さん(日本人で現地の男性と結婚:後日登場)は、バスで移動中ずーっと喋りっぱなしでした。トルコツアーのカーンさんと同じくらい口が達者(当然ですが)で、特に観光名所があるわけではない淡々とした自然の中を、主婦的感覚で話をしてくれました。多くの人にとっては子守唄だったようですが、私は次々変わる自然と圭子さんの話で飽きませんでした。

05dsc05456
 08:56 ここで、眠気覚ましの面白いゲームをしました。この先の5分間で、対向車に何台出会うかという賭でした。もし言い当てた人はガイドの圭子さんから絵はがきがプレゼントされるということで、バスの車内はにわかに活気づきました。回答は “0台” が最も多く、この回答が頷けるほど対向車に出会わなかったのですが、秒読みが始まって4分が経過した頃1台の対向車が現れ、車内は騒然となりました。私は幸いなことに絵はがきをいただきました。

06dsc05461
 09:05 あちこちで草を食んでいた羊を、ようやく100kmのスピードで走る車内から捉えることができました。思い出すのは “羊の毛刈りショー” のこと。毛刈り職人が少なくなってきているので、ある食品を与えることによって、より効率的に毛刈りができるように体質改善を行うという試みがされているそうで、食事に8時間、休憩8時間、睡眠8時間の羨ましいと思っていた羊たちにも時代の波が降りかかっているんだなあと感慨にふけりました。

07dsc05472
 10:46 途中、「ミラーレイク(鏡湖)」といわれる湖に寄りました。湖面が鏡のように静かで景色をそのまま湖面に写すという鏡湖は、その名の通り水面に立てられた逆さ文字を、あたかも湖面にそのまま字を書いたようにはっきりと映し出していました。

08dsc05473
 「鏡湖」は、マウント・クックに連なる氷河に削られた山脈も映し出していました。どこへ行っても静寂な自然ばかりでした。

09dsc05487
 さらに散歩道を歩いていると小さな滝があり、まったく混じりけのない清冽な水が流れ込んでいました。ニュージーランドは水もきれいなところといわれ、場所によっては水質99.99%といわれるようなところがありました。

10dsc05490
 氷河によって削られた山塊は決して標高は高くはないのですが、険しく南島を北と南に分けています。世界一美しい散歩道といわれる「ミルフォードトラック」は、この山脈のどこかを「ミルフォードサウンド」に向けて歩く道と思われ、雰囲気的には、花が咲き始める春から夏にかけて、さぞかし美しい景色を見ることができるだろうと思われました。

11dsc05498
 11:51 「ミルフォードサウンド」に近づいた頃、唯一のトンネルがありました。このトンネルは一車線だけですので、信号があり、オンシーズンの混み合う頃には10分とか20分とか待たされることもあるそうです。「ミルフォードサウンド」で乗船する船の時間は決まっていましたので、信号が青でしたのでホッとしました。

12dsc05501
 トンネルを抜けると “雨模様” でした。傘を差すほどではありませんでしたが、山間の先は靄が発生して霞んでいました。この峠を下ったところが「ミルフォードサウンド」でした。

 

「ミルフォードサウンド」への道は、陸のリアス式海岸のように入り組んでいました。世界一美しい散歩道はとても興味があります。例えばガイド付きの快適なトレッキングの場合、成田からの総費用は4050万円くらいとか。今まで歩いたことのある「エベレスト街道トレッキング」やヨーロッパアルプスを周遊する「ツールドモンブラン」などとほぼ同じような費用のようです。最も険しく厳しいヒマラヤのトレッキングは厳しい分達成感は高く、それに比べるとヨーロッパアルプスのトレッキングは「サウンドミュージック」や「アルプスの少女ハイジ」の世界(カミさんは大喜びでした)を楽しみながらの快適なトレッキングでした。多分、「ミルフォードトラック」は、さらにカミさん好みかもしれません。

 

 

 

 

| | コメント (2)

NZ紀行4日目 クイーンズタウン

6/13(木)、オマラマという町で昼食にビーフステーキを食べて、羊の毛刈りショーと牧羊犬ショー-を見て、クイーンズタウンへと向かいました。

01dsc05343
 14:22 私たちが乗ったバスは、オマラマという町を出発するとすぐに丘陵地帯に入りました。小さな丘の裾野を縫うように路は作られていました、

  

02dsc05356
 15:30 丘陵地帯を走り抜けるとまた小さな町が現れました。芝生の上に落ち葉が舞っていて、改めてここは冬を迎えていることを思い出しました。それにしても初冬のこの時期、芝生が青々としていて、ニュージーランド産の芝生は日本の寒冷地のゴルフ場に輸出されているそうですが、日本の気候と土壌に根付くのが大変だそうです。

03dsc05365
 16:14 ニュージーランドでも最も美しい開拓地の一つといわれる「アロータウン」という町に入りました。かつてゴールドラッシュで沸き返ったアロー川沿いに位置した町で、クイーンズタウンにも近い場所です。

04dsc05377
 町では19世紀の建造物が60以上も修復されていて、趣のある歴史的な景観が保たれています。またニュージーランド国内でも有名なカフェやレストランなど、思わず入りたくなる魅力的な店が軒を並べていました。観光シーズンにはさぞかし賑わうことと思われましたが、シーズンオフのこの時期ひっそりとしていました。

05dsc05397
 17:15 「アロータウン」から走ること30分、日も暮れかかる頃「クイーンズタウン」に着きました。クイーンズタウンという名は、周囲の山々に囲まれたその美しさが「ヴィクトリア女王にふさわしい」ということに由来しているそうで、まさにその名に恥じない景観でした。

06dsc05400
 夏は、ワカティブ湖畔でのアクティビティなどの避暑地として、冬はコロネット・ピークでのスキーなどで年間を通して観光客が集まる場所です。夕方、そぞろ歩きをしているだけで楽しい街でした。

07dsc056612

08dsc056641
 ここクイーンズタウンには、ツアー3日目と4日目と二泊しました。4日目の夜、湖畔のカフェではラグビーの試合観戦の人たちで賑わっていました。世界一強豪チームといわれる「オールブラックス」はニュージーランドのチームで、この日は宿命のライバル、イングラドとの対戦(1点差で勝利)で夜遅くまで賑わっていました。

09dsc05670
 宿泊したホテルは湖畔に面していて、クイーンズタウンの中心地から歩いて5分という距離でした。ただ残念だったのが、2泊3日のクイーンズタウン滞在も、夜慌ただしくお土産屋(大橋巨泉の店)でお土産を買い、ホテルには寝に戻るだけということでした。思い返してみると、湖畔に面しているにもかかわらずホテルの窓から湖を眺めることができる時間帯にはホテルにはいませんでした。もったいない!

11dsc05403

12dsc05404 

13dsc05405

14dsc05406
食事はゆっくりと美味しく食べることができました。特にここでも、日本では北海道くらいでしか食べられない好物のマトンをしっかり食べられたことでした。

 

ほぼ半分の日程を終えて、ニュージーランドの魅力がじわじわと感じられるようになりました。一つはどこを見ても自然だらけですが、南極の影響を受けているのか空の色とか雲の動きとかがめまぐるしく変わり、それがなだらかでありながらさまざまな姿を見せる草原や丘陵地帯をさまざまな色に染めていました。自然に飽きた頃、質素でありながらこその洗練された街が現れたりするのです。ちょうど日本の中山道、木曽路は全て山の中で、歩き疲れた頃馬籠宿や奈良井宿が現れるように。

 

もう一つ、個人的にはラグビーです。大学時代の一時期ラグビーをしていましたので、ラグビーの聖地での大試合に興奮しました。ラグビーのルールは、ボールを前に投げてはいけない、後に続く仲間を信じてボールを後ろに投げるという フォーアチームが鉄則で、チームプレイとアマチュアリズムとスポーツ精神で成り立っています。ラグビーはニュージーランドの国技で、この日までニュージーランドを旅していて感じていた飾らない美しさとラグビーとが一脈通じているような気がしました。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月23日 (月)

NZ紀行3日目 羊の毛刈り

6/13(木)、マウント・クックで一泊しクイーンズタウンに向かう途中、オマラマという街で羊の毛刈りショーを見ました。こういうショーは、あまり肌に合わないのですがツアーのプログラムですので避けるわけにはいかず、イヤイヤだったのですが。

01dsc05288
 この日の朝は、マウント・クックでゆっくりと過ごし、クイーンズタウンに向けて出発しました。白く冠雪した山の裾野には、一筋の靄が流れていました。この靄のために「マウント・クック氷河遊覧」が中止になり、にっくき靄ですが、自然のことだからしかたありません。

02dsc05291
 牛が草を食んでいました。ニュージーランド全体では羊の数が3,000万頭と圧倒的に多いのですが、一番多かった時期に比べて半減していて、一方最近は牛が増えているそうです。牛を飼育した方が利益率がいいそうです。同じように、最近はアルパカなども増えているそうです。

03dsc05294
 オマラマという町に着き、昼食となりました。メニューはビーフステーキで、元気なおばちゃんが、お皿を差し出すとステーキを盛りつけてくれました。とてもいい匂いがして食欲をそそりました。

04dsc05298
 ステーキを盛りつけてもらった後は、ポテトを好きなだけ盛っていいのですが、とても大きなポテトで一つで十分でした。大味かと思いきやごつい割には美味しかったです。

 

05dsc05299
 結局このようなワンプレートの盛りつけになり、見栄えはよくないのですが、ステーキもワイルでいて美味しく、かなり満足しました。ここには、「クラブツーリズム」の一行も合流して、日本人だけで賑やかでした。

  

06dsc05300
 食後のデザートにいただいたキイウィを飾ったホワイトケーキ状のものは、名前を聞き忘れましたが、口に入れるとスーッと溶けて上品な美味しさでした。日本を出発前にインターネットで調べた限りでは食に関してはあまり期待できないと思っていたのですが、なかなか豊かそうでした。

07dsc05314
 食後、同じ会場で羊の毛刈りショーが始まりました。前足をもたれた羊が引きずられるように登場しました。

08dsc05316
 引っ張られていた前足を放されても、羊は観念しているのか、じっとしていました。まるでぬいぐるみ状態でした。

09dsc05321
 そしてそのままの形でおとなしいままに、ハサミで刈られるままに、羊はじっとしていました。見ていると、毛を刈っている人は羊のどこに触れているのかわからないほど軽いタッチで、羊は指圧でもされているというか恍惚のような表情?で身動き一つしていませんでした。

10dsc05327
 羊は、あっという間に 因幡の白ウサギ状態になって、舞台の裾に下がって行きました。会場からは、これから冬が本格化するのに寒そうで可哀想という声が上がりました。羊にとって寒いのか、一皮むけてさっぱりしたのか。

11dsc05296

12dsc05311
 建物の裏手に回ってみると、出番を待っている牧羊犬がつながれていて、とても賢そうで人なつっこいのでした。飼い主が現れると、牧場へとすっ飛んでいきました。

  

13dsc05303
 建物の前には牧場があり、羊たちが集まってきました。牧羊犬ショーが始まって、追い立てられるとも知らずに。この日は、私たちがいたために羊にとっては受難の日でした。

 

14dsc05330
  

15dsc05332
 牧羊犬が羊たちを追い込むショーが始まり、牧羊犬はしっかりと役目を果たしました。驚いたのは、羊はとても臆病なので牧羊犬が吠えるとパニックを起こすそうで、したがって牧羊犬は決して吠えずに眼力だけで羊たちを動かしていることでした。

 

羊の毛刈りショーなんかあまり見たくないなあと思っていたのですが、真剣勝負的な毛刈りと牧羊犬の “眼力” に見入ってしまいました。一頭の毛を刈るのに要する時間は5分くらいだそうで、その間羊は大体じっとしているそうです。最近は毛刈り職人の数も減ってきていて大変とのこと。

 

さらに深刻な問題もあり、ここ数年羊の数が減っているというか減らしています。例えば防寒衣は、牧場の主人はもちろん地元の人たちやガイドさんなどは羊毛のフリースを着ていましたが、一方、私たちツアーの一行は、ほとんど羽毛のダウンを着ていて、やはり世界的には羊毛のニーズが少なくなっているのかなあと思ったりもしました。羊も牧羊犬も愛おしく思ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (1)

2014年6月22日 (日)

NZ紀行3日目 マウン・トクック 食事

成田を出発して24時間、お腹も空きました。激安ツアーですから、どんな食事になるかちょっと不安でしたが。

01dsc05199
 それぞれテーブルにつくと、前菜代わりなのでしょうか、3種のパンとバターやオリーブオイル、赤カブのドレッシングなどが食欲をそそりました。

 

02dsc05200
 何はともあれ乾杯でした。よく冷えていて美味しかった! どこへ行っても酒が飲めることは幸せです。

03dsc05201
 クラムチャウダーのスープもクリーミーで美味しかった!

04dsc05203
 メインディッシュは、サーモンとマトンのどちらかのチョイスで、マトンを選びました。しっかりとした味で、肉も柔らくジューシーで、トルコの敵をニュージーランドでリベンジできるとは思いませんでした。

  

05dsc05204
 

06dsc052052
 2種類のデザートは、カミさんとシェアしました。これも美味しくいただきました。こんな南の果ての山奥で、日本の山小屋の何十倍もの贅沢気分でした。

07dsc05214

08dsc05216

09dsc05215
 朝食はバイキングで、食材はごくごく一般的なものでした。唐突的に「小粒納豆」が並んでいたのがおかしく、ごく少数宿泊していた外国人が、納豆のパッケージをつまみ上げて不思議そうな顔をしていたのが面白かったです。食べてみたらもっと面白かったのに。

10dsc05218
 ぐるぐると食材のまわりを廻ったあげく、やはりいつものような朝食パターンになってしまいました。

 

激安ツアーでしたので、どこかでディスカウント的差別が姿を現すのではないかと思っていましたが、ここでの宿泊も食事も特に変わったところもなく満足できるものでした。強いていえば、部屋の階層が比較的低い2~3階であったことぐらいで、それでもマウント山(マウント・クック)の景観がよくないということもありませんでした。連泊した場合、どんな料理が出てくるのか興味がありました。

 

 


 

 

| | コメント (4)

2014年6月21日 (土)

NZ紀行3日目 マウン・トクック ホテル

今回のツアーの2日目から3日目にかけて宿泊したホテルは、国立公園内にあるホテルでした。

01dsc05240
 ここに到着したのは6/12(木)の夜で、もうあたりは真っ暗でした。一晩ぐっすり寝て翌朝散歩に出てみると、案内板があり、ここにはホテルの他にビジターセンターやレストラン、カフェやロッジまであることがわかりました。このあたりの村には100戸世帯くらいが住んでいるとのことで、その中には日本人のご夫婦もいるそうです。

02dsc05239
 このホテルは「The Hermitage Hotel」といって、ニュイジーランドツアーのパンフレットでよく紹介されているホテルです。国立公園内ですので周りの景観を損なわないようにデザインされていて、たしかに設計もシンプルで、色合いも違和感がありませんでした。

03dsc05230
 かつては、手前の二階建て部分だけだったのが、後方の高層階部分を新館として増築したとのことでした。この国立公園内には標高3,000mを越える山が19もあり、ここはトレッキングやハイキングのベースとして最適であり、また中止になってしまった「マウントクック氷河遊覧」の重要なベースでもあります。

04dsc05211
 フロントフロアーのデザインは黒を基調にしていて、とてもスッキリしていました。このホテルには日本人ご夫婦が勤めていて、ご主人は星空観測ツアーやプラネタリウム見物のガイドをしていて、奥様はこのフロントやレストランで見かけました。そのせいか日本からかなり遠い地に来たという感じはせずに、お馴染みの別荘に来たような感じがしました。

05dsc05206

06dsc05260
 夜にはショットバーもオープンしていて、暖炉もありました。6/13(金)の朝、オプショナルの「マウント・クック氷河ツアー」の出発を待っている間、長旅の後の熟睡でボーッとしていました。結局このオプショナルツアーは靄の発生のために中止になってしまいました。この時期は日本とは反対の四季で、冬でした。かなり寒いことを覚悟して、防寒はしっかりして行ったのですが、吐く息が白くなるようなことはありませんでした。

07dsc05212
 早朝のレストラン、ここも派手な色はなく、シンプルでスッキリとしていました。

08dsc05208
 ホテルの中に、「SIR EDMUND HIRLLARY ALPINE CENTRE」という、いわばエベレスト初登頂したエドモンド・ヒラリー卿の博物館のようなものもありました。ミュージアム、プラネタリウム、シアターなどがあり、前日の夜プラネタリウムに入りました。ほとんど全員、上を向いて寝ていましたが。

09dsc05280
 ホテルの前にエドモンド・ヒラリー卿の立像がありました。そういえばエベレスト初登頂したヒラリー卿は、イギリス人ではなくニュージーランド人だったのです。そのことが一般にはあまり知られていないことに、現地の人や日本人を含む現地ガイドの皆さんたちは悔しい思いをしていました。ヒラリー卿は、エベレストに登るためにマウント山(マウント・クック)やこの周辺の山でトレーニングしたそうです。

10dsc05224k
 ホテルのいたるところから山が見えるようになっていて、「ホテルエベレストビュー(HEB)」のようでした。HEBは、その名の通りエベレスト見るためにヒマラヤ山中の標高4,000mに日本人が建てたホテルです。そういえばこのホテル「The Hermitage Hotel」のオーナーは、日本人ではありませんが日本に行った経験があり、その時に「納豆」と出会いすっかり気に入り、朝食バイキングのメニューの一つに「納豆」が出ていました。面白いオーナです。

11dsc05248
 部屋は、大きめのベッドが二つあるだけのシンプルなものでした。「ホテルエベレストビュー(HEB)」は暖房がなくて寒いのですが、ここは暖房がほどよく効いていて、快適でした。

12dsc05249
 どの部屋からもマウント山(マウント・クック)が見えるように設計されていて、この日は快晴に恵まれ、マウント山の表情が、夜明けから始まり時間の経過と共に変わりゆくさまをノンビリと眺めることができました。

 

最初は、マウント山を主峰とする南島南アルプスを眺めることができるホテルも、悪天候に包まれてしまっては退屈するだろうなあと思っていたのですが、それはそれでノンビリと本でも読んでやり過ごし、晴れたら散歩に出かけるもよし、少し頑張って丸一日のトレッキングに出かけるのもよさそうでした。できたら2、3泊連泊したいホテルでしたが、残念ながら滞在時間12時間くらいでチェックアウトしました。シーズンオフのため人も少なく、短い時間でしたがすっかり寛ぐことができました。好シーズンにはさぞかし賑やかになると思われました。

 

 

 

 

 

| | コメント (2)

2014年6月20日 (金)

NZ紀行3日目 マウン・トクック 国立公園

6/11(水)18:30に成田を飛び立って、国内線に乗り継ぎ、バスに揺られ、ほぼ24時間で「マウント山」の見えるホテルに辿り着きました。夕食後、眠たい目をこすってバスに乗って星空観測に出かけ、ホテルに戻ってプラネタリウムを見上げ、22時頃転げるようにホテルのベッドに倒れ込み、ぐっすり眠って目覚めてみれば。

01dsc05252
 一夜明けて、部屋のカーテンを開けてみると、昨夜から夜明けの間に霜が降ったのか、銀世界が広がっていました。このホテルは、マウント・クック国立公園内にあります。

02dsc05254
 ホテルの部屋は角部屋だったために三方向の景色を見ることができました。白い雪を被った名もない山の頂きは、青空を突き刺すように延びていて神々しく、まるでヒマラヤのタサンビレッジから眺めたダウラギリ(世界7位:8,167m)のようでした。

03dsc05255
 この時期なかなか見ることができないといわれた南島南アルプスの主峰マウント山(マウント・クック)は、ニュージーランドを探索したイギリスの探検家(海軍士官)のジェームズ・クックの名前に由来しています。頂上から一気に落ち込んでいる急斜面はエベレストのようでもありました。どの部屋からもこのマウント山が見えるのがこのホテルのウリです。

04dsc05257
 マウント・クック国立公園は約700km²の広さをもち、総面積の40%近くが氷河に覆われています。ニュージーランドにある20座の3,000mを超える山のうち、19座がこの公園に位置しています。冠雪なのか氷河なのか、白い壁に朝陽が当たっていました。

05dsc05237
 部屋の窓からの景観にすっかり目が覚めましたので、ホテルからの散策路に出てみました。最初に河原のようなところに降りてみました。この位置からですとマウント山は手前にある山の裾に邪魔されてしまいますが、マウント山へはこのまま歩いて行けそうに見えました。

06dsc05245
 どの山もそれほど高くはないのですが、それぞれ険しい表情をしていました。

07dsc05234
 ホテルからの散策路は、往復1時間程度の楽に歩けるコースから、往復3時間くらいかかるやや本格的なコースまでいろいろあり、横浜から参加のYさん母娘は最も楽なコースを楽しそうに歩いていました。

08dsc05264
 私とカミさんは、オプションの「マウント・クック氷河遊覧(425ニュージーランドドル:1NLD=94円)」に申し込んでいて、快晴でしたので飛べるかと思っていたところ急に霧が発生し、10時近くまで様子見していました。ところが、結局中止となり時間ができましたので、周辺を歩いてみました。

09dsc05271
 周辺の路は霜で真っ白でした。そして目の前に立ち塞がるような山も白く、このまま歩いて行けばあまり時間もかけずに麓に辿り着けそうな気がしてしまいました。

10dsc05273
 朝、目覚めたときには青空だけだった空には刷毛で掃いたような雲が流れてきて、山の麓には白い靄がまるで生き物が意志を持って動いているように流れ出てきて、氷河遊覧の出発飛行場をあっという間に包んでしまいました。

11dsc05274
 1時間前には青空だけだったマウント山(マウント・クックともいわれています)の頂にも筋雲がかかってきていました。この山は、世界の最高峰の山と比べると標高(かつては3,764mでしたが、山頂付近の氷が崩壊して、現在は3,724m)は低いのですが、登頂難易度は非常に高いそうです。年間数百人の登山家がこの頂を目ざすのですが、その大半は途中下山して、2011年までの死亡者は227名にもなるとのことでした。特に、冬のこの時期の登頂は成功者がいないそうで、やはりエベレストの急斜面と同じ表情をしています。

12dsc05277
 マウント山(マウント・クック)と反対の方角を見ると太陽は山の陰に残っていて、空は深い海の底のような紺青の色を湛えていました。ここでは見る方角によってさまざまな表情をもつ自然現象が見ることができます。南極の気象の影響でみるみるうちに天候は変化するそうで、たしかにここの自然はめまぐるしく変化し、氷河遊覧のようなフライトが飛べる確率は3割くらいとのことで、あきらめもつきました。

 

マウント・クック観光は、ニュージーランドツアーの大きな目玉の一つです。この山が見えるか見えないかは天国と地獄のようなものです。もしこの山が見えないような気象状況ですと、多分周辺の散策も無理で、そうなると山に囲まれたこのホテルは陸の孤島状態で、折角遠路はるばる来ても何もすることがなくなります。それを考えると遊覧飛行中止は残念でしたが、マウント山を主峰とする南島南アルプスをはっきりと目にすることができたことはラッキーでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (2)

2014年6月19日 (木)

NZ紀行2日目 マウントクックへ

6/11(水)に成田を出発し、日付が変わった12日(木)の朝オークランド国際空港に到着し、国内線に乗り換えてクライストチャーチに到着し、さらにバスに乗り換えてマウントクックを目指しました。

01dsc05104
 11:29 最終目的地のマウントクックに向かってバスが走り出すと緑の大地が地平線まで延びていました。その上には鉛色の雲が覆い被さり、南極に近い(飛行機で3時間半くらい)南の島の冬季独特の光景でもあるようでした。

02dsc05105
 13:34 ひたすら南下する国道と並行して鉄道の線路があり、一日数本しか走っていない列車と遭遇しました。列車の車体には「Kiwi Rail」とあり、“Kiwiの国を実感しました。現在この鉄道は貨物列車しか走っていないそうです。この「南島」には全体で100万人くらいしかいませんので乗客を乗せても全然採算がとれないそうで、現在は貨物だけですが、どうしても鉄道に乗りたいときには予約をすると乗せてくれるそうです。以降、ニュージーランドの人口が少ないことによる影響をあちこちで目にすることになるのでした。

03dsc05118
 14:01 しっかりと舗装された国道の両脇は、冬の時期にもかかわらず緑、緑、緑でした。前方に青空がチラリと見えました。先月行ったトルコでは大きな青空がベースで白い雲が時々姿を現していたのですが、ニュージーランドでは雲がベースで、その隙間に青空がチラリと見えました。

04dsc05120
 14:07 氷河から流れ出た河は青くとてもきれいでした。そういえばニュージーランドはサーモンの国で、この河にもサーモンが遡上するそうです。北海道の標津町あたりの雰囲気に似ていました。

08dsc05140
 15:08 トイレ休憩で立ち寄ったドライブイン、私たち以外にお客は誰もおらず、シーズンオフとはいえこれで商売やっていけるのかと心配してしまいました。先月行ったトルコでは、どこに行っても人で溢れていたのと比べると対照的でした。

06dsc05135

07dsc05136
 ショウケースを覗いてみると、スイーツもサンドイッチやハンバーガーなどの食べ物もサイズはビッグでした。そして最も印象的だったのは価格が高いことで、消費税が15%ということもあり、また人口が少ないために多少高めに設定しないとやっていけないということでもあるようでした。

09dsc05142
 私たちを運んでくれたバスです。どこへ行ってもどこを走っても車は少なく、運転は楽そうでしたが、かえってスピードを出しすぎて意外に事故は多いそうです。

10dsc05144
 15:16 道端に見える家屋はほとんど平屋で、可愛らしいのでした。上空には、相変わらずどんよりした雲が居座っていました。

11dsc05147
 15:26 バスは、時速100km位のスピードでグングン走りましたので、道端で草を食んでいる羊や牛、鹿たちを捕らえるのに苦労しました。ニュージーランドは羊の国であり全体で3千万頭くらいいるそうで、人口当たりに比べるとすごい数なのですが、それでも羊の数はかつては6千万頭くらいいたそうですので半減しています。最近増えているのが牛だそうです。

12dsc05151
 15:33 バスは相変わらずのスピードで、草原を貫いている舗装道をグングン走りました。一口に草原といっても風景は次々に変わりましたので退屈はしませんでした。

13dsc05154
 15:35 草原だけではなく、なだらかな丘陵地帯もあり、そんな傾斜地でもよく見ると羊がいたりしました。

14dsc05156
 15:49 広い緑の中に時々村落が現れ、その村は数十戸だったり多くても数百戸だったりと小規模なのですが、それぞれの牧場主が所有している土地は広く、また裕福だそうです。中には自家用セスナ機を所有している農家もあるそうです。悩みの種は農家の後継者と嫁不足だそうで、日本と同じ悩みを抱えているようです。

15dsc05158
 15:49 羊や牛、時々は鹿も群れをなしていて、ライフスタイルは、8時間餌を食べ、8時間休憩し、8時間眠るそうで、とても規則正しく休養たっぷりですが、この家畜たちに畜舎はなく、雨の日も雪の日でもここで眠るそうです。最初は羨ましいと思ったのですが、一生露天で暮らすのかと思うとちょっと可哀想に思えました。

16dsc05162
 15:52 遠くに見えるそれほど高くもない山脈の頂には冠雪があり、さすがにこの時期雪が降るとのことでした。この地方の冬の時期は、日の出が8時半頃、日暮れは5時頃とのことで、一日がとても短いのです。

17dsc05174
 16:14 路はクネクネとどこまでも続き、私たちのほとんどの人は長旅で疲れ、現地ガイドさん(日本人)の話も子守歌にしか聞こえなかったようで、ガイドさんがちょっとお気の毒でしたが、私も眠気との戦いは大変でした。

 

結局、最終目的地マウントクックの見えるホテルに着いたのが午後6時過ぎで、あたりは真っ暗でした。国際線、国内線、バスでの長距離移動でさすがに疲れました。ホテルでの夕食後9時に星空ウオッチングに出かけ、その後プラネタリウムを見たのですが、ほぼ全員プラネタリウムの星座を見上げたまま眠りこけていました。それでもさらに天体望遠鏡観測をした人もいて、タフな人もいるものだと感心しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月18日 (水)

NZ紀行2日目 クライストチャーチへ

6/11(水)に成田を出発し、日付が変わった12日(木)の朝オークランド国際空港に到着しました。添乗員なしの私たちは、オークランド国際空港で現地ガイドさんと合流して国内線にトランジットし、クライストチャーチに向かいました。

01dsc05050
 10:15 国際線ターミナルと国内線のそれとはちょっと離れていました。国際線でオークランドに着いた直後、一行33名のうちのあるグループで、パスポートが無いという人がいて、ガイドさんも大慌てで、結局見つかってというハプニングがあり、国際線と国内線のターミナル間のバスに乗り遅れ、歩くはめになりました。やれやれこれから先が思いやられました。ここでもガイドさんに見送られての出発となりました。

02dsc05051
 10:16 国内線ターミナルは、地元密着的な親しみやすさがありました。

03dsc05052
 10:46 国内線の機体はさすがにやや小ぶりで、機体の向こうには青い空が広がっていました。前日までの4日間は大変な雨が降りあちこちで洪水があったとのことでした。冬のこの時期は天候が変わりやすいそうです。

04dsc05056
 10:51 ここオークランドからクライストチャーチへの便は11:05発で、搭乗間近の時間となり、乗客の皆さんが搭乗口に集まってきました。国際線と違ってノンビリした雰囲気が漂っていました。

05dsc05061
 11:11 予定通りの時間に乗り込むと、これまたローカル色豊かな優しそうなお兄ちゃんが飴を配っていました。シートは横3、3の6列で縦に30席ぐらいありましたので180人乗りくらいでしょうか、ほぼ満席でした。

06dsc05070
 11:24 オークランド国内線ターミナルを定刻の11:05に飛び立った機は、スイーッと浮き上がるように雲の上に出ました。

07dsc05072
 11:25 飛行機はグングン進み、眼下に見える風景も瞬時に変わっていきました。見えている陸地は、緑色の畑と大きく広がる乾いた河口でした。

08dsc05078
 11:29 機体は深い碧をたたえた海の上に出ました。見えている陸地はまだ「北島」の陸地のようでした。ニュージーランドは、大きく分けてオークランドを中心とする「北島」とクライストチャーチを中心とする「南島」に分かれているとのこと。いつものことながら事前勉強をしていませんでしたので、初めて知りました。

09dsc05079
 12:21 クライストチャーチ空港に着陸寸前、出発したときは広がっていた青空がクライストチャーチではすっかり雲に覆われていて、わずかに見える街並みは雨か霧かに濡れているようでした。

10dsc05082
 12:23 予定(12:25)よりちょっと早く着陸したクライストチャーチ空港には、ニュージーランド航空の機体が並んでいました。尾翼あたりの “葉っぱのマーク” は、ニュージーランドの国の植物であるシダの一種の「シルバー・ファーン(ワラビの親戚)」だそうで、ラグビー世界一の「オール・ブラックス」のロゴマークもこれで、私も帰国する頃にはこのマークがすっかり気に入っていました。飛行機のマーク(日本のJALは鶴のマーク)を決めるにあたって、国の鳥である「Kiwi(キイウィ)」が候補になったのですが、この鳥は飛べない鳥でしたので飛行機会社のマークには不適切ということで「シルバー・ファーン」になったそうです。シンプルで美しいデザインです。

11dsc05088
 12:36 クライストチャーチ空港では、国際線と違ってセキュリティチェックなどありませんでしたので、一行33人はすっかりリラックスしていました。そして現地ガイドさんとも無事合流し、ホッと一安心でした。国内線の建物の壁には「マウントクック」の大きなパネルがあり、南極に近い南の果てに来たというような感慨がありました。

12dsc05089
 12:39 トイレに入ってビックリ、通路の壁一面に「南島」を俯瞰した写真が貼られていました。一瞬どこの世界に迷い込んだのかと思いました。丸ごと自然の「南島」に期待が高まりました。

 

現地ガイドさんはしばしば「北島」と「南島」という言葉を口にしていました。オークランドを中心とする「北島」の人口は全人口の3/4を占めていて、クライストチャーチを中心とする「南島」の人口は1/4です。ニュージーランド全体の人口は440万人(横浜市370万人:2010年)ですので、南島の人口は100万人くらいとなり、宮城県仙台市(104万人:2010年)と同じくらいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月17日 (火)

NZ紀行1日目 アンカレッジへ

6/11(水)、ニュージーランドへの旅が始まりました。

01dsc05006ycat
 12:18 横浜から成田へはリムジンバスや鉄道などいくつかのアクセスがあり、私は何となくYCATYokohama City Air Terminal)からのバスを利用します。リムジンバスに揺られてベイブリッジや都心の高層建築眺めながら、そして高速道路を降りると検問があり、パスポートの提示を求められると旅気分は一気に高まりました。

02dsc05015
 13:52 成田空港第一ターミナル南ウイングから出発で、先月トルコに行ったときも同じターミナルビルでした。政府統計によると20144月の訪日外国人客数は123万人で過去最高とのことで、外国人の姿を見ると日本人として嬉しくなります。

-

03dsc05020
 14:46 両替をすませ、出国手続きを終えて搭乗手続きまでの時間は、昼食をとったりしながらぼんやりと飛行機を眺めました。ピットに入ってきてまたピットから出て滑走路に向かい、そして次々に飛び立っていく飛行機を眺めるのもいいものです。台湾航空会社「EVA AIR」 は、航空会社としては初めてサンリオと提携して「ハローキティジェット」を導入したとのこと。こんな航空会社があることを初めて知りました。

04dsc05021
 15:24 今回のツアーは、JTB主催の「いいとこどり! ニュージーランド大謝恩祭6日間」といツアーで、先ずJTBの受付カウンターでeチケットなど必要なものを受け取り、添乗員がいませんので後は自分で搭乗手続きを行い現地に向かうというものでした。かつて、初めてヒマラヤに行ったときはカミさんと二人きりの個人旅行で心細い思いをしましたが、今回はカミさんと一緒ということは同じでも、ツアー参加者33人(想像以上の大人数でした)とのことで心強いというか大変だなあと思いました。

05dsc05022
 16:23 搭乗する便は18:30発オークランド行きです。初めて訪れる国や地は、どこであれどんな処だろうかという興味と期待が高まります。

06dsc05026
17:39 搭乗機のスタッフが集結してきました、出発の時間が近づいてきました。

07dsc05028
 17:41 今回のフライトには兵庫県の高校生の修学旅行生も一緒で、賑やかなこと。帰りのフライトには修学旅行の中学生と一緒になり、時代の流れを感じました。

08dsc05030
 18:42 定刻の18:30に機上の人となりました。

09dsc05037
 20:26 夕食の時間となりました。食事の時間は、離陸後2時間で最初の食事(今回は夕食)、着陸2時間前に2回目の食事(今回は朝食)というパターン通りでした。夕食は、二つのメニューからのチョイスで、私もカミさんもスキヤキというか牛丼というかを選び、馴染みの味で美味しく食べました。

10dsc05038oak
 08:52(時差は+3時間 以降現地時間) 飛行機に乗っている間に日付は変わり、6/12(木)の08:25に予定通りオークランド国際空港に到着しました。

11dsc05039
 08:53 ニュージーランドは冬の時期で、雨が降りやすい時期でした。私たちを運んでくれた機体の向こうには青空が見え、空気はかなり冷たく感じましたが寒いというほどではありませんでした。

 

12dsc05042
 09:09 ニュージーランドの入国審査は厳しいという前評判通り? 警察犬があちこちにいました。写真を撮っていたら注意されてしまいました。

 

13
 09:20 厳しいといわれた入国審査に備えて、キシリトールガムやのど飴でさえ持ち込まなかったのですが、ほとんどチェックされずに拍子抜けしました。しかし空港内のあちこちに申告漏れや不正申告の場合には罰金を課すというポスターが目につきました。実際のところ、他の空港では厳しいとのことでした。何はともあれ無事に入国できホッとしました。

 

14dsc05044
 09:21 入国審査をパスするとここから出国ということになり、出口には現地の添乗員さんたちが待ち構えていました。私たちはここで初めてツアー参加者33人が顔を揃えました。

 激安ツアーでの11時間のエコノミークラス飛行は、心配したほど辛いものではなく、帰りのことも考えてホッとしました。シートは2、3、2の配列で、前後のスペースも狭さは感じませんでした。トルコツアーでのコンフォートクラスに比べすとさすがに狭いスペースでしたが、それほど窮屈とは感じませんでした。

 

 

| | コメント (1)

2014年6月 9日 (月)

トルコ紀行 後記

5/11から5/20までの「魅惑のトルコ10日間」のツアーも終わり、日記を綴るようにブログを更新しました。帰国してからすでに3週間経過しています。ツアー中に考えたこと、帰国してから改めて考えたこと、いや考えさせられたことがあり、締めくくりとして気持ちの整理をつけたいと思いました。最も印象的だったことは、トルコが肥沃の大地であったこととトルコの皆さんの親日度が想像以上だったことでした。

Photo
 (上記マップは、添乗員さんからいただいた「トルコミニミニ情報」から転載)今回のツアーは、国土の1/3をカバーしたということですから、バスの移動時間が長く、これほど強行軍だとは思いませんでした。他のツアーでは大変なルートは国内線で移動しています。確かにバスでの長距離移動は大変でしたが、それによってたくさんの事や物を見ることができました。特に、広い大地を走れたこととサフランボルのような中世の都市に行けたのは良かったです。

01dsc04535

02dsc04145
 印象深かったのは、自給率98%を生み出す肥沃の大地ということでした。行けども行けども土と緑で、両側に畑が広がっていたり、オリーブの樹々が生い茂っていたり、北海道の何倍もの面積が豊穣の大地でした。一方、我が日本は狭い国土の3/4が森林に覆われていて、食糧自給率(カロリーベースで39%、生産額ベースで68%)はお寒い現状です。

 

03dsc04157

03dsc04707
 二つ目に印象深かったのは、日本や日本人に対する親日度が想像以上だったことです。ツアー2日目のドライブインで、修学旅行中の女学生に一緒に写真を撮らせてくださいとリクエストされ時にはビックリしました。現地ガイドのカーンさんによると、小学生時から親日教育がされているので、日本人と関わりを持つことが一つの自慢になるということでした。気のせいか、その後旅を進める中で、トルコの人たちの私たちを見る目が、親しみを込めて(これはネパールやパキスタンでも同じでしたが)という以上に憧れを持ってというような印象を持ちました。

04dsc00266

04dsc05110
 今回のツアーの目玉の一つに “6ヶ所の世界遺産観光” というのもありました。トルコの歴史を語るとき、“オスマントルコ” というキーワードは外せないのですが、世界史を何回読んでもその複雑な時代の変遷を理解することはできません。歴史遺産の一つ一つが、複雑な時代を背負っているようで圧倒されました。

05
 歴史遺産の一つである「トプカプ宮殿」の宝物殿一つをとっても、そこに展示されている宝物は国家債務に匹敵するほどの資産価値があるとのこと、日本の例えば正倉院や平泉中尊寺の金色堂などとはものさしが違いすぎます。

06dsc05306
 日本とトルコの共通していることは、共に石油資源がないことです。しかし、トルコには肥沃の大地と膨大な宝物があり、日本にはありません。こうして両国を比較してみると、最近では海洋資源が注目されてはいるものの日本には人的資源を除けば何もないようにも思えます。もしかしてトルコ人からみると、ナイナイづくしの資源小国日本がGDP3位、ここ数年急膨張の近隣の大国と対等に向き合っていることをよくやるなあと思っているのかもしれません。かつて、トルコが急膨張したロシアの南下に脅威を感じていたとき、東洋の小国が日露戦争で大国ロシアを破ってしまったこと、トルコもその勝因の一つであるロシア黒海艦隊を妨害(事実無根ともいわれていますが)したこと、それ以前のオスマントルコ海軍のエルトゥールル号遭難事故での日本との関わりなどの歴史的積み重ねが背景にあるからこそだと思いますが。

07dsc04969

07dsc04890
 難しい話はともかく、他に印象的だったのはカッパドキアでした。単なる奇岩が連なる観光地だと思っていたのですが、隠れキリシタンの壮大な修行の場であり歴史的遺跡であり、日本でいえばパワースポットにあたるのではないかと思いました。日本でも隠れキリシタンはいましたし、平気落人の里というのもありますが、それに比べるとスケールが違いすぎますし、堂々としているのが不思議でした。

08dsc04768

08barunn
 そのカッパドキアの上空散歩も印象的でした。カッパドキアは、上空を飛んでもいいのかなあと思うほどの宗教的エリアではないのかなとも思い始めていましたが、まあいいかとバルーンに乗ってしまいました。気球船(カゴ)の中は安定していましたので、高度感はイマイチでいたが、奇岩を上空から眺めた浮遊感は今でも思い出します。

09

09_2
 今回のツアーで感心したのは、ガイドのカーンさんのキメの細かい気遣いでした。シルクロードを走っているときに「喜多郎のシルクロード」のCDをかけてくれたこと、そして「プロジェクトX 撃墜予告 テヘラン発最終フライトに急げ」(イラン・イラク戦争での法人脱出劇・トルコ航空1/27)のビデオを流してくれたことでした。日本に留学して日本や日本人のことをわかっているからこそのサプライズでした。

Photo_2

10dsc04612
 (上記イラストは、添乗員さんからいただいた「トルコミニミニ情報」から転載) 最後に、何回も書きましたが、世界三大料理の一つといわれるトルコ料理の匂いだけ嗅いできたようなのが残念でした。添乗員さんからのミニミニ情報にはいろいろと美味しそうなものが描かれているのに、なんで食べさせてくれなかったの!と言いたくもなりますが、補って余りあるツアープログラムがありましたのでまあいいか。

 

旅行を終えて、トルコに行ってトルコのことがわかってとても良かったと思いました。地政学的にトルコが親日国でいてくれることはとても心強いことで、一方私たち日本人もトルコのことをこれからも大事にしていかなければならないと思いました。2020年オリンピック候補地でイスタンブールが敗退したことでもっと反感や反発があるかと思ったのですが(1回だけカーンさんの恨み節を聞きましたが)それほどでもなかったのはトルコ人の優しさでしょうか。イスタンブールは、機会があればもう一度のんびりと行ってみたいところです。ある国際的調査によると、世界で一番訪れてみたい観光地でイスタンブールが第一位だったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月 8日 (日)

トルコ紀行 コンフォートフライト

5/19(月)、イスタンブールの国際空港で、ちょっとしたトラブルがあったものの、無事入国審査手続きを終えてホッとしました。

01dsc04921
 ちょっとしたトラブルというのは、先ず搭乗手続きの時に、カウンターのトルコ人おばちゃんがANAのマイレージ手続きの仕方がわからずとても時間がかかりました。そしてセキュリティチェックの時、添乗員さんから預かったガイド用レシーバーが、ツアー仲間全員が同じように持っていたのに私だけが呼び止められ、添乗員さんを呼びに行って事情を説明してもらい、電池を没取され、ようやく解放されました。ツアー仲間に “人相が悪いじゃないの!と言われてしまいました。

02dsc04918
 搭乗までかなりの時間がありましたので、飛行場や飛行機の写真を撮ってしまいました。撮影禁止だったことを思い出しましたが、誰にも咎められませんでした。

03dsc04923
 ほぼ定刻通り搭乗しました。今回のツアーの一つの特徴は、往復とも “コンフォートクラス” 利用ということでした。コンフォートクラスとエコノミークラスの違いは、主にスペースの広さとシートのリクライニング角度でした。往路での体感をいえば、あまり疲れを感じないで快適だったことです。搭乗手続きに手間取ったせいか、私の席はコンフォートクラスの最後尾(トイレに近いのでラッキー)のシートで、どういうわけか右隣の二つのシートが空席でした。

04dsc04925
 Aさんご夫妻の席は前列の方でかなり離れていましたので、旅は道連れとばかり、空いていた私の隣の席に移動してもらい、3人で仲良くということになりました。通路を挟んだ二人席のお二人は、元パイロットのFさんご夫妻でした。賑やかで楽しい帰国フライトとなりました。成田への着陸が迫った頃、何かの話の弾みでAさんが大学の大先輩であったことがわかってしまい恐縮しました。大先輩にいろいろ失礼なことがあったのかもしれませんが、まあそれも旅の無礼講ということで。

05dsc04927
 私の、通路を挟んだ左隣の席は二人とも大柄の外国人で、ふとみると「村上春樹」の英訳本を持っていました。ちょっと見せてもらいましたら新作の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」で、村上春樹氏の国際性に感心しました。

06dsc04930
 離陸して2時間くらい経ったとき、夕食となりました。先ず軽いおつまみとドリンク(白ワイン)が出ました。おつまみは、ヘーゼルナッツとカナッペ、そしてトルコ独特の食べ物ブドウの葉で包んだ「オリーブオイルドルマ」という食べ物でした。この「オイルドルマ」は、バスのドライバーさんが故郷のサフランボルに立ち寄ったとき、お母様がつくったものを差し入れしていただきました。それくらいポピュラーな食べ物です。

07dsc04932
 メインディッシュは、赤ワインと共に「なすの牛挽肉詰め トマトソース」か「鶏肉の串焼き ハーブ添えほうれん草のソテー」のチョイスで、私は「なすの牛挽肉詰め・・」を食べたかったのですが、売り切れで残念でした。しかし好物の「スモークサーモン」がありましたのでまあいいか。

08dsc04935
 往路の時と同じように、コックさんが同乗していて焼きたてのパンを提供したり、スタッフを手伝ったりしていました。

09dsc04936
 食後は、ウイスキーのオンザロックをいただきました。コンフォートクラスだと気楽にアルコールオーダーができましたし、スタッフも迅速に持ってきてくれました。できるだけ元を取ろうと頑張ったのですが、結局これ一杯だけで酔ってしまいました。貧乏人根性丸出しでした。

10dsc04939
 08:41(日本時間) 朝食が出ました。メニューは、 “季節のフルーツ チーズの盛り合わせ スクランブルエッグ ターキーハムとチーズのトースト トマトとピーマンのグリル 焼きたてパン” というもので、これも美味しくいただきました。

11dsc04946
 11:07 定刻通りに着陸し、入国審査もスムースに済み、リムジンバスで横浜に向かいました。

12dsc04947
 12:27 横浜の「みなとみらい」が見えてくると、否応もなく現実の世界に引き戻されました。トルコの青空ばかり見ていたせいか、あるいは気のせいかぼんやりと霞がかかったような久しぶりの光景でした。

一生に一度でいいから “ファーストクラスに乗ってみたい” という夢、コンフォートクラスでしたが叶いました。これはAさんから聞いた話ですが、かつてコンフォートクラスはファーストクラス(ビジネスクラス)だったそうです。

 

コンフォートクラスでのツアーは、普通のツアーに比べると2~3倍高いかもしれませんが、相応に快適でした。飛行機に乗って快適に移動すること、それなりのサービスを受けることも旅の楽しみと考えれば、決して贅沢とは思いません。とはいえ、今回のツアー仲間の皆さんはご夫婦で参加していますので2倍の費用となるとちょっと大変かなあと思ったりもしました。しかし、現在一生懸命働いて、あるいは今まで一生懸命働いてこられ、ゆとりがあるからこそできること。それはそれで素晴らしことで、羨ましくもあります。ご夫婦の旅はどちらかが体調を崩せばできないことです。末永くご夫婦揃ってお元気で、またどこかの旅路でご一緒できればいいなあと思います。

 

6/11からカミさんのお供でニュージーランドに出かけます。当然エコノミークラスでしかも格安コースです。コンフォートクラスの快適さを身体が覚えてしまいましたので、エコノミークラスの12時間フライトがちょっと不安です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月 7日 (土)

トルコ紀行 最終日 伸び~るアイス

5/19(月)、このツアーも最終日となりました。フライトは夕方でしたので、ホテルをゆっくり出発してグランドバザールを見物した後、昼食となりました。

01dsc04883

02dsc04884
 12:45 イスタンブールでの最後の食事となりました。お二人のこの楽しそうな幸せそうなお顔、こちらまでつい笑ってしまいました。それ以上におかしかったのが、A氏夫人がビールを一口飲んで “ぬるい!” そしてまた一口飲んで “冷えてない!” と繰り返す一方、Aさんと私は “男は黙って!” と黙々と飲んでいたこと。たしかにそれが当たり前なのかレストランでのビールは冷えていないケースが多かったのでした。

03dsc04885
 トドメは “シーフード” でした。以前にも書きましたが、シーフードというとどうしても生の(多少火が通っていてもいいのですが)魚介類とかカルパッチョ的なものを連想して、期待したのですが、これがシーフード??? たしかに魚が使われていますので間違いはないのですが・・・。ボスボラス海峡を眺めながら、魚介類にレモンをちょっと搾ってチリチリに冷えた白ワインという夢ははかなく敗れてしまいました。目の前に青い海が広がっているだけに余計恨めしい気持ちになりました。

  

04dsc04891
 

05dsc04892
 

06dsc04886
 

07dsc04889
 おやつに、名物トルコアイス「ドンドルマ」をご馳走になりました。この日まで、どこへ行っても必ずと言っていいほどあった “伸び~るアイス” は、それぞれパフォーマンス比べでもあり、たくさん見ましたがこのおじさんはピカイチでした。このアイスはご覧の通り粘りがあり、それはトルコ山岳部に自生しているラン科植物「サイハイラン」の球根に含まれる澱粉を材料に使っているためです。

 

09dsc04888_3
 シーフードにはがっかりしましたが、伸びるアイスのおじさんのパフォーマンスとツアー会社のおごりのアイスに騙されてというか、相殺されてご機嫌が直りました。ツアー仲間同士、成田を出発して以来、バスのシートで隣り合わせたり、同じ食卓を囲んだりしているうちにすっかり打ち解けてしまいました。

10dsc04893

11dsc04894
 お店を出てみると、そこには帽子売りのおじさんやスカーフのような布地を売っているおじさんが待ち構えていました。相変わらずトルコ人は商売熱心でした、ほとんど売れる気配がないのにめげないところが凄いなあと感心しました。

12dsc04903
 シーフードを食べさせる海辺のレストランは、当たり前ですが海に面していて、空の青さと海の青さが目に沁み、たくさん魚介類が捕れるんだろうなあと恨めしくもありました。そしてこの海も見納めとなり、空港へとバスは向かいました。

13dsc04900
 とうとう現地ガイドのカーンさんともお別れとなりました。とても勉強家で、日本でのたった1年間の語学留学とは思えないほどの流暢な日本語、絶妙なジョークやシャレで私たちを楽しませてくれました。勉強家でトルコが若い国であることを誇りにする一方で、事故死など平均寿命の短さを憂い、政治の腐敗を嘆く愛国の士です。トルコを愛し、同じくらい日本も愛してくれているカーンさん、是非花嫁さんを連れて日本に新婚旅行に来てくれるといいのですが。乞うご期待です!

  

14dsc04906
 13:50 イスタンブール国際空港に到着しました。トルコともイスタンブールともこれでお別れでした。

 

とても中味の濃かった9日間でした。思い出もたくさんできました。トルコのことをたくさん知ることができてよかった。

 

 

 

 

 




 

 




 

| | コメント (0)

2014年6月 6日 (金)

トルコ紀行 最後の晩餐とホテルの食事

5/18(日)の夜は、翌日午後イスタンブールを出発することになっていましたので、最後の晩餐となりました。その最後の晩餐は「民族舞踏とベリーダンスディナーショー」となっていたのですが。

02dsc04866
 何はともあれ、ここまで無事に日程を消化し、翌日の帰国の無事を祈って乾杯しました。

  

01dsc04865
 そして出された前菜というべきかオードブルというべきか、丁寧な手作り感があって、味もよく、感心していただいたのですが・・・。次のメインディッシュは、ビーフ、サバ、チキンの中からチョイスすることになり、それぞれお好みで選び、チキンは無難だったようですが、私が選んだサバはバサバサ、お隣さんが選んだビーフは固くて固くて、とまあ残念な結果でした。

 肝心な民族舞踏とベリーダンス、先ず舞台装置や照明や音響設備どれをとっても???で、シャッターを押す気力がなくなりました。そして始まった民族舞踏はよくわからず(大体そんなものですが)、ベリーダンスは伝統芸能なのか単なる見世物なのか「生」で確認したかったのですが、芸術性やその素晴らしさが伝わってこず(こちらの勉強不足かも)、居眠りする人や早く終わらないかなという人、挙げ句の果てには舞台の正面に陣取った一番人数の多い団体が途中退席してしまいました。一生懸命踊っている舞台の人にもこちらの退屈感は伝わっているはずで、お気の毒としかいいようがありませんでした。世界で最も親日の国、そして実際に旅して好きになりつつある国であるからこそ、料理といいショートいい、もう少し工夫して欲しいものです。

 

03

04
 20134月、パキスタン北部のフンザに出かけたとき、やはり最後の晩餐は、民族舞踏とそして郷土料理でした。ふんわりとした食感の小麦のクレープやあっさりとした食感のそばのクレープなど彩りも鮮やかで食べやすいものでした。フンザは“長寿の里”とも“最後の桃源郷”とも言われていて、その源はこのフンザ料理にあるようです。そして民族舞踏は真剣度が伝わってくるものでした。しかしそれでも半分くらいは退屈してしまいました。パキスタンに比べて、おそらくトルコの方が食材は豊富ですし、もっと何とかなるのではないかと思ったりもしました。

05

06

07
 何回か通ったヒマラヤトレッキングでも、最後の晩餐は郷土料理ということになっているのですが、私はそれはパスして、自腹でホテルのバイキングにすることにしています。心配するほどのお金はかかりませんし、トレッキングでの質素な食事のリベンジをすることにしています。そしてホテルのディナーバイキングは信じられないほど美味しいのです。

08dsc05045

09dsc04876
 私たちが宿泊したホテル(RIXOSTAXIM ISTANBUL)では2回朝食をいただきました。雰囲気のいいレストランでしたし、ちょっと早めに行ったときには、マネージャーらしい人が熱心に食材のチェックをしていました。丁寧な仕事をしていることがわかります。

10dsc05041

11dsc04873

12dsc04877
 朝食ではあっても食材は豊富で、私のチョイスはそのほんの一部にもかかわらず満足できるものでした。朝食でこのレベルですから、ディナーバイキングはさぞかしと思われました。もし次の機会に、最後の晩餐が「民族舞踏とベリーダンスディナーショー」だったら、それはパスして、自腹でもいいからこのホテル(他のホテルでも)のディナーバイキングを食べてみたいと思っています。

 

食い物の恨みは恐ろしいといいますが、世界三大料理の一つといわれるトルコ料理の神髄に触れることができなかったのは残念でした。サラミのスジュクはほんの一切れ、ドネル・ケバブはほんの3口くらいしか口に入らず、シシケバブ(羊肉の串焼き)やサバサンドは眺めるだけ、シーフードは名前ばかりで、機内食がまあまあ美味しかったのが救いでした。食材が豊富なだけに残念でした。そうかといって、日本にたくさんあるトルコ料理の店でリベンジというのもなんかなあ、まっいいか!

 


 

 


 

 

| | コメント (0)

2014年6月 5日 (木)

トルコ紀行9日目 イスタンブール グランドバザール

5/19(日)、トルコツアーも最後の日程となりました。トルコにいくつかあるバザールで最大の「グランドバザール」に出かけました。

01dsc05330
 朝、ホテルでゆっくりした後、バスで「グランドバザール」近くまで移動し、この街路を抜けて「グランドバザール」へと向かいました。この街路も雰囲気があって、こんなところでのんびりとチャイでもすすればイスタンブールの達人になれるかも。

02dsc05332
 11:07 「グランドバザール」の入り口のゲートです。グランドバザールにはいくつかのゲートがあり、また4,000以上の店があり、迷子にならないようにゲートにもお店にもナンバーが表示されていると聞いて、ホッと一安心しました。このゲートはNo.1でした。

03dsc05334
 この通りはメインストリートです。ここの並んでいる店舗は、予想に反してきれいで間口も広く、もっと小さな猥雑な店が軒を連ねていると思っていましたので意外でした。ホッとしたような残念なような複雑な気持ちでした。

04dsc05337
 メインストリートから直角に枝分かれをしている通りを歩きましたら、アーケードのない通りに出ました。月曜日でしたが、お昼近くになって観光客の数も増えてきたようでした。

051dsc05336

052dsc05339 

053dsc05340

054dsc05341
 何しろ4,000を超える店舗ですから、辻もたくさんあり、見るだけで大変でした。私たちは何人かで身を寄せるようにして歩きました。この日までの訪問先で必ずお土産物屋に寄って欲しいものや必要なものは買っていますので、もう買いたいものはなく、目的もなくただブラブラとしていました。唯一買ったのは、カーンさんお勧めの店で、トルコ名物で好物の「カラスミ」でした。予算オーバーでしたのでAさんご夫妻とシェアして買いました。

06dsc05343
 グランドバザール見物の注意事項として、お店に引っ張り込まれないようにと言われていましたので、おじさんが流ちょうな日本語でどうぞ どうぞと言ってくれるのですが、入ったら何か買わされそうで、私たちは遠巻きにして通り過ぎました。

07dsc05347
 こんなカフェのようなところでのんびりできたらいいのですが、トルコリラは使い果たしてしまいましたので、ここも素通りしました。

09dsc05350
 店頭に立つお兄さんたちはとにかく日本語が達者なのです。もちろん日本語が話せないと商売にならないからなのですが、一度関わると買わざるを得なくなるほど話術が上手いことは、革製品や、トルコ絨毯やトルコ石の店で体験(私は何も買いませんでしたが)してトラウマになっていましたので、あまり関わりませんでした。きっと素っ気ないグループと思われたと思います。

10dsc05348
 小銭入れが壊れましたので、いいものがあれば買いたく、A氏夫人にも探してもらったのですが、結局イメージするものはありませんでした。

111dsc05352

112dsc05353
 自由時間が終わっての集合場所は「ドネル・ケバブ」の店でした。トルコ名物を食べる最後のチャンスかもしれないと思って、一つ注文しました。お兄さんは真剣なまなざしで、火で炙った(画面左側にヒーターがありました)牛肉を削って、トマトや他の野菜と一緒に包んでくれました。

12dsc05354
 小銭は添乗員さんに両替してもらい、ついでにチャイを差し入れされて、「ドネル・ケバブ」にかぶりつきました。牛肉はジューシーで、野菜も新鮮で美味しく食べ、納得しました。

 

「グランド・バザール」は、もっとゴミゴミとした猥雑で雑多な市場のような印象を持っていたのですが、意外に整然としていました。それにしても、4,000以上もの店があって、私たちのような冷やかしの客も多いようで、それぞれ商売になるのかなあと人ごとながら心配になりました。

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月 4日 (水)

トルコ紀行8日目 イスタンブール 海底鉄道

5/18(日)、ブルーモスク、アヤソフィア大聖堂、トプカプ宮殿、アラスタバザールの見物後海峡クルーズを終え、海峡の海底に敷設された鉄道に乗って、ヨーロッパ側へと戻りました。

01dsc05290
 

17:05 海底鉄道の駅入り口です。駅名は「ウスクダラ」という名前で、昔江利チエミという歌手が歌った同じタイトルの曲を思い出し、 “ウスクダラ はるばる訪ねてみたら 世にも不思議な噂の通り ・・・”  というもので、なるほどイスタンブールの雰囲気にピッタリだと感心してしまいました。

  

02dsc05299
 あたりまえのことですが、改札口は自動化されていましたが、私たち一行が不慣れなため渋滞のもととなってしまいました。

03dsc05301
 改札口を入ると、さらに地下へと下り、このあたりの感じは日本の地下鉄と同じようなものでした。

04

05dsc05305
 プラットホームには、海底トンネルの工事の様子を紹介するパネルが展示されていました。ボスポラス海峡によって隔てられているアジアとヨーロッパの二つの大陸を海底トンネルでつなごうという150年来の夢は、日本の協力によって10年の難工事の末、実を結びました。ウスクダラから次の駅まで車では40分、フェリーでも30分かかるのが4分に短縮されました。

06dsc05306
 また駅の壁には、日本とトルコの共同事業であることを示すパネルがありました。総事業費3,900億円の4割が円借款で賄われ、日本の借款事業としては過去最大でした。20131029日のトルコ建国記念日に合わせて、日本の安倍首相とトルコのエルドアン首相が出席して開通式が行われました。

07dsc05307
 地下プラットホームで電車が来るのを待っている人たちの姿を見ていると、日本の技術でトルコの人たちや観光客が恩恵を受けているわけで誇らしくなりました。

08dsc05309
 反対側のホームに電車が、静かに滑り込んできました。

09dsc05310
 私たちが向かう方向の電車はかなり混んでいました。車内にも海底トンネルの様子を示すパネルがありました。

10dsc05311
 あっという間の、たった4分の海峡横断でした。

  

12dsc05240
 難工事によって、この橋の下、潮流が激しい海底にトンネルが完成され、多くの人がこの下をアジアに向かったり、ヨーロッパに向かったりしています。

 

朝早くからイスタンブールの主な見所のほとんどを見物し、海上遊覧と海底交通と欲張りな一日でした。いつか機会がありましたら、ゆっくりとイスタンブールだけでもサバサンドを頬張りながら観光してみたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (2)

2014年6月 3日 (火)

トルコ紀行8日目 イスタンブール 海峡クルーズ

5/18(日)、ブルーモスク、アヤソフィア大聖堂、トプカプ宮殿そしてアラスタバザールを見物した後、強行スケジュールにもめげず “海峡クルーズ” となりました。

01dsc05204
 15:43 「アラスタバザール」から歩いて港へと向かうと、遊覧船が私たちを待っていました。50人くらいは乗れそうな船を、総勢23人で貸し切りでしたのでゆったり気分で乗り込みました。

02dsc05208
 15:47 私たちが乗り込むとあっという間に出港しました。青空で、海の色も青く、最高のクルージング日和でした。

03dsc05212
 豪華客船が停泊していました。きっとこの客船に乗っている何千人かの人たちは、観光でイスタンブール市内に繰り出していることでしょう。エーゲ海クルーズの経験があるAご夫妻の話によると、クルージングは日本の船に限るし、期間もせいぜい1~2週間がいいところという貴重な体験談をお聞きしました。

05dsc05225
 この船の乗客は私たちだけでしたので、それぞれ好き勝手にクルージングを楽しんでいました。中にお一人、「サバサンド」を頬張っている人がいました。乗船前に購入したとのことで、食べている途中を写真に撮らせてもらいました。是非試してみたいと思っていたトルコ名物「サバサンド」、結局私の口には入りませんでした。

06dsc05226

07dsc05235

 

08dsc05236

 

09dsc05259
 遊覧船は沿岸に沿って走りました。次から次へと国にとって重要な迎賓館や歴史的な建物が現れました。小泉元首相も、トルコ訪問の際に迎賓館に泊まったとのこと、きっと最高の気分だったでしょうね。安倍首相は、どこに泊まったのでしょうか、カーンさんに聞き損ないました。

10dsc05233
 ボスボラス海峡にかかるボスボラス橋、アジアエリアとヨーロッパエリアをつなぐ吊り橋で、1973年に完成され、もう一つの橋と区別するために「第一ボスボラス橋」とも言われています。

11dsc05238
 一日の平均交通量は18万台だそうで、私たちも今回の旅で3回くらい渡ったはずです。

12dsc05240_2
 全長1,510mで、全体の負荷がかかる橋梁中央部では、90cm程度たわんでいるそうです。憧れていたイスタンブールで橋を何回も渡り、その橋をダイナミックに眺めることができるなんて感激でした。

13dsc05245
 16:10 出航してほぼ30分、それぞれのご夫妻は、それぞれ仲睦まじく、思い思いにクルーズを楽しんでいらっしゃいました。きっと楽しい思い出ができたことと思います。

16dsc05254
 船は大好き(小型船舶操縦士)で小型船なら操縦もできますので、船長室に入ったり、船尾で航跡を眺めたり、一人であちこち移動して楽しんでいました。

14dsc05249

15dsc05257
 大きな船や小さな船、たくさんの船がそれぞれ快晴のクルージングを楽しんでいて、そのスタイルもさまざまでした。共通しているのは明るくノリのいいこと。

17dsc05267
 ヨーロッパ側の高級別荘地帯です。このあたりは地価が最も高い地域だそうで、維持するだけでも大変そうです。負け惜しみかもしれませんが、自分には身の丈のほどほどがいいです。

18dsc05282
 16:43 もう16時(夏時間)を過ぎているのに、青い空と青い海に日暮れを予感させるような雰囲気は少しもなく、この素晴らしい風景はずっと続いてしまうようでした。

19dsc05287
 16:53 ほぼ1時間の海峡クルージングは終わりに近づき、無事上陸しました。

 

快晴で波もなく快適で中身の濃い1時間のクルージングでした。何より私たちだけの占有クルージングでしたので、ゆったりと思い思いの時間を過ごすことができ最高でした。またこの海峡の下に日本が協力して完成した海底トンネルが通っているかと思うと、誇らしく感慨深いものがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月 2日 (月)

トルコ紀行8日目 イスタンブール エジプシャンバザール

5/18(日)、ブルーモスク、アヤソフィア大聖堂、トプカプ宮殿を見物した後昼食をとり、さらにバスで移動して港の近くのエジプシャンバザールに向かいました。

02dsc05174
 14:12 私たち一行は、他の観光客に混ざってはぐれないように、ガイドのカーンさんを見失わないようにバスへと向かいました。

01dsc05172_2
 途中、先ほど訪れた「アヤソフィア大聖堂」の6本のミナレットがきれいに見えました。

03dsc05178

04dsc05183

05dsc05186
 私たちはバスに乗り、ホッと一息をついて窓からみていると、人、人、人の波で、その間を路面電車が走っていました。これこそイスタンブールです。

06dsc05188
 私たちのバスは港まで来て、ここでバスを降りました。港も、海峡連絡船やクルーズに乗る人で賑やかでした。

07dsc05193
 14:34 ここがエジプシャンバザールの入り口で、ここもすごい人で、これからの自由時間の後の待ち合わせ時間と場所を何度も確認して自由行動に移りました。

08dsc05197

09dsc05196
 バザールといえば翌日訪れる予定の「グランドバザール」が有名ですが、このバザールは規模は小さいのですが、食材も扱っていて、市場らしい雰囲気でした。

10dsc05198
 お店は賑わっていて、しかし強引な客引きはなく、ゆったりと見ることができました。ここに来るまでたくさんのお土産屋に寄りましたのでもう欲しいものはなく、ブラブラと店先を覗いたり、人混みをかき分けたりして時間を過ごしました。

11dsc05201
 待ち合わせ時間に、待ち合わせ場所で待っていると「国旗売り」のおじさんがいました。何本も抱えていて、これまでの旅でたくさんのトルコ国旗を見てきましたので、きっとそこそこ売れるのでしょう。

 

イスタンブールは、想像通りエキサイティングな街でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

トルコ紀行8日目 イスタンブール トプカプ宮殿

5/18(日)、ブルーモスクやアヤソフィア大聖堂を見物した後、バスで「トプカプ宮殿」に移動しました。

01dsc05125_2
 10:48 「トプカプ宮殿」は、15世紀中頃から19世紀中頃までオスマン帝国の君主が居住した宮殿で、その名残でしょうか、本物(多分)の銃を持った兵隊さんが宮殿の正門「帝王の門」に立っていました。

02dsc05129_2
 10:53 私たちは、人気の観光遺跡は混むので早朝出発しましたが、時間の経過と共に観光客は増えてきました。宮殿の「帝王の門」をくぐって外廷の正門「挨拶の門」にくるとさらに観光客で混雑していました。

  

03dsc05134_2
 「トプカプ宮殿」の内部は、行政と公式行事の行われる「外廷」と君主の私生活の場である「内廷」、女性たちのすむ「後宮(ハレム)」の3つの部分からなっています。多くの観光客の関心を集めたのは「ハレム」でした。

04dsc05136_2
 日本でいえば江戸城の「大奥」にあたるわけです、ハレム内部は、どこがどうなっているのかわかりませんでした。

05dsc05142_2
 天井には細密なデザインが描かれていて、明るい雰囲気でした。

 

06dsc05141_2

07dsc05144_2
 今はシーンとしていますが、ここにはたくさんの美女たちが侍っていたのでしょう。

 

Photo_2
最も人気が高かったのが「宝物館」でしたが、人混みに押されてゆっくり見ることができず、はじき出されてしまいました。画像は「宝物館」の第4の部屋にある86カラットダイヤ(インターネットより)で、漁師が拾った原石をスプーン職人がスプーン3本と交換したという伝説が残されていて「スプーン職人のダイヤモンド」と言われています。一目見るだけで大変でした。

Img_0_2
 巨大な宝石をちりばめたターバン飾り(インターネットより)は、中央のエメラルドが262カラット、500カラットのダイヤも入った、贅の限りを尽くしたスルタンです。

Img_6
 同じく第4の部屋にあった「トプカプの短剣」(インターネットより)は、重さ3kgの世界最大のエメラルドが埋め込まれた黄金の短剣で、この「宝物館」には、トルコの国家債務が全て返済できるほどの宝物があると言われています。凄いものです!

09dsc05159
 「トプカプ宮殿」は、街のある半島の先端部分に位置し、三方をボスポラス海峡とマルマラ海、金角湾に囲まれています。とてつもない宝物と人混みに圧倒され、グターッとして、たくさんの観光客が海峡の見えるここに集まりました。

トルコの観光事情で一つ加えなければならないことは、観光客の割にはトイレが少ないということでしたが、私たちは早め早めの行動で、それほど大変な思いはしませんでした。

 それにしても、肥沃の大地(食糧自給率98%)といい、歴史の深さと遺跡群の素晴らしさといい、国家債務に匹敵するほどの宝物など、トルコの懐の深さを知りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

トルコ紀行8日目 イスタンブール アヤソフィア

5/18(日)、朝早くから行動を起こし、ブルーモスクを見物してそのまますぐ傍にある「アヤソフィア」に向かいました。

01dsc05122
 この日は日曜日で、たくさんの観光客が出かけてきていました。イスラム衣装の女性たちもたくさん見かけ、イメージしていたイスタンブールの異国情緒的雰囲気を感じました。

02dsc05100
 「アヤソフィア」は、由緒ある大聖堂で人気の観光スポットでたくさんの観光客が詰めかけていました。手荷物のセキュリティチェックの後、一人一人のチケット確認のゲートを通って入りました。

09dsc05118
 「アヤソフィア」は正確には「アヤソフィア大聖堂」で、東ローマ帝国時代(5世紀頃)に正統派キリスト教の大聖堂として建設された帝国第一の格式を誇る教会です。ところが15世紀頃からモスクとして使われ、現在は博物館として使われています。

03dsc05106
 入ってすぐの天井には「聖母子モザイク画」が描かれていて、そのまわりにも細密にモザイクが描かれていて、これが5世紀頃に描かれていたということは・・・、ヨーロッパ文明の歴史に思いを馳せると気が遠くなるようでした。

04dsc05108
 博学・博識のカーンさんが、ガイドレシーバーを通して丁寧に説明してくれたのですが、そのお話は左から右へと素通りしてしまい、ただ遙か遠くの歴史が今日まで続いていることと、この建物やここに描かれているモザイク画にため息を吐きながら感心するばかりでした。カーンさんすみません。

05dsc05109
 世界中から集まっているだろう観光客も、ドームの天井を見上げて口を開けたり、ため息が聞こえてくるようでした。

06dsc05110
 天井に描かれたこのデザインだけでため息が出てしまいました。これが千年以上前の作品とは、圧倒されるばかりです。とてもカメラでは、この美しさやスケールや迫力の十分の一でも捉えることはできませんでした。

07dsc05113
 もともとはキリスト教の大聖堂として建設されたこのアヤソフィア大聖堂は、1453年になるとコンスタンティノープルを征服したオスマントルコ帝国によって、イスラム教の宗教施設であるモスクに改装され、イスラム教が偶像支配を禁止しているために内部のモザイク画は漆喰で塗り固められ、イスラム装飾が施されました。アラビア語でアッラーや予言者の名前が掲げられた巨大な円盤などが設置されました。キリスト教徒イスラム教が混在していることを不思議に思っていたのですが、謎は解け、大きな歴史の転換を見ることができました。

08dsc05115
 1453年のモスクへの改装から免れたのか復元されたのか最も偶像的な聖母子画、これを見たイスラム教の人たちはどのような感想を持つのでしょうか、聞いてみたいものです。

10dsc05119
 内部の見学を終えて外に出て上を見上げると、青い空に尖塔(ミナレット)が聳えていました。このミナレットは、1453年にオスマントルコ帝国によって、礼拝を呼びかける役目を持って4本立てられた歴史の証人です。

11dsc05121
 圧倒的な存在感のユネスコ歴史遺産に圧倒され、たくさんの人の波にも圧倒され、路傍に腰を下ろしてしまいました。お上りさん状況になりました。強い日射しをよけての日陰で、スーッと吹き抜ける風をとても気持ちよく感じました。

 

トルコが辿ってきた激しい歴史の変遷、百聞は一見にしかず、一見の価値ありです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年6月 1日 (日)

トルコ紀行8日目 イスタンブール ブルーモスク

5/18(日)、このツアーも8日目となり、残りの日程はイスタンブール観光となりました。最初に向かったのは「ブルーモスク」でした。

01dsc05061
 08:41 イスタンブール観光が始まりました。久しぶりにホテル出発が8時とゆっくりでした。

02dsc05066
 ボスボラス海峡をバスで渡りました。今やイスタンブールの定番風物詩となった釣り人の数は、日曜日とあって鈴なり状態でした。魚の数も多く、ちゃんと釣れるそうです。

03dsc05073
 08:59 「ブルーモスク」の入り口に到着すると、女性陣は全員スカーフ着用となりました。スカーフを被ると皆さんの顔立ちが違って見え、スカーフ一枚で変身したようでした。ご主人様たちはどう思っていたのでしょうか。

04dsc05078
 内部に入ると大きな空間があり、観光客の行動範囲は制限されていましたが、それぞれ口を開けて上を見たりカメラを構えたりしていました。

05dsc05075
 ブルーモスクは、正式名称はスルタンアフメト・モスクで1609年から7年かけて1616年に完成されました。イスタンブールを代表するモスクで、世界一美しいモスクとも言われています。内部は数万枚の青い装飾タイルで彩られ、白地に青の色調の美しさから「ブルーモスク」とも呼ばれています。

06dsc05077
 実際に目にしたドームの内部は、目に優しく、表現のしようもありません。超有名な歴史的建造物と対面したとき、どう表現していいのかわからないのはいつものことで、ただそこに自分がいることが不思議であったり、ここに来たんだなあという感慨を持つばかりでした。

07dsc05083
 ブルーモスクから出てきて、スカーフ姿のA夫人とのツーショット。夫人はばっちり決まっているのですが、私は昨晩時酒ラクのボトルを空けてしまって、二日酔い一歩手前で、ボーッとしています。バチが当たるかも。

08dsc05086
 外に出て上を見上げると、これも世界一美しいといわれる尖塔(ミナレット)が青空に突き出ていました。この優美な姿は青空にこそ似合います。

09dsc05092
 直径27.5mの大ドームを取り囲むようにそそり立っている尖塔(ミナレット)が6本あるのは世界で唯一ここだけだそうです。

10dsc05095
 私がブルーモスクを背景に記念写真を撮ってもらっている傍で、ワンちゃんが気持ちよさそうに横になっていました。トルコではいたるところで犬や猫を見ました。旅の注意事項で、犬や猫には決して触らないようにとありました。

11dsc05091
 独身のカーンさんは、昨晩久しぶりに自宅に戻り、朝食を食べていなかったので、この屋台で調達していました。この屋台はあちこちの街角で見かけ、大きなドーナツ状のゴマパンが定番で、チーズや野菜を挟んで食べるそうで、価格は2TL100円)くらいで、安いところは1.5TL75円)というのもあるそうです。

12dsc05099
 ブルーモスクがあるあたりは、イスタンブールでも観光名所の中心地で、たくさんの二階建てバスを見かけました。

 

二日間にわたるイスタンブール観光が始まったばかりですが、スケールの大きさや豪華さ、空の青さや日射しの強さに早々に圧倒されてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

トルコ紀行7日目 イスタンブール メゾネット

517()にイスタンブールに到着し、市内のホテルに19()の出発日まで2連泊しました。

 

01dsc05052_2
 宿泊したホテルは、建物はちょっと変わった形をしていました。

02dsc05050
 ホテルはちょっとした高台にあり、ホテルやアパートなどが林立していてヨーロッパ的な雰囲気でした。

03dsc05054
 5/18の朝、散歩に出てみました。ホテルから坂を上ると高層ビルはありませんでしたが、ビジネス街というか商店街というか夜は賑やかそうでしたが、この日は日曜日の早朝でしたのでまだ車の音もせず、森閑としていました。カッパドキアで一緒に気球に乗ったMさんにシャッターを押していただきました。

04dsc05031
 ここにチェックインしたのは、17日()夕方イスタンブールに着いて、夕食を市内のレストランですませた後のかなり遅い時間でした。部屋のキーを受け取り部屋に入ってびっくりしました。いきなりこのリビングルームが目に飛び込んできました。

05dsc05034
 添乗員さんの事前説明では、部屋によってはキッチンがあるとのことでしたので、それにあたったのかと思ったのですが、ツアー仲間に聞いてみると全員同じようでした。

06dsc05032
 書斎まであるし。

07dsc05035
 トイレは一階にも二階にもありました。

08dsc05029
 二階への階段があり、要するにメゾネットだったのです。階段のステップ一つ一つに明かりが点いていて、疲れていてアルコールも少し入っていましたので、かえって足下がふらついてしまいました。

09dsc05026
 二階に上がって下を覗くと、ソファーと大きなサムソンのTVがありました。照明のスイッチがあちこちあり、へたにスイッチを押して何が何だかわからなくなるのがいやでしたので、階下のスイッチは一切触らずに、明るいまま寝てしまいました。このソファーに座ることも、TVを見ることもなくチェックアウトしました。

10dsc05036
 あちこちにスイッチがあり、カーテンも全自動でしたのでカーテンも開けず、階下を照らす照明も二日間ずっとそのままにして寝てしまいました。要するに、勝手がわからず連泊の間ずっとできるだけスイッチは触らず、ベッド周りとトイレのスイッチしか触らずに過ごしました。いやはや!

 

11dsc05025
 二階のベッドルームはゆったりとしていて、ここにもあちこちにスイッチがあり、悪戦苦闘の末、何とかベッド周りのスイッチはコントロールすることができました。

12dsc05024
 シャワールームと洗面台とトイレの部屋。シャワールームはスケスケで、洗面台はしゃれているのですが、冷水と温水のスイッチがわからず、諦めて自然のママに使いました。

 

13dsc04863_2

14dsc04864_2
 一日目は、階下のスイッチはそのままに、ベッド周りのスイッチを確認して、とりあえず寝ることにしました。寝る前に、旅の途中で買った地酒のラクで一杯やりました。アルコール度が強く、水を入れると白濁しました。美味しく飲める水割りの分量がわからず、結局ストレートで飲んでから水を飲むのが自分には一番美味しく感じました。そんなことしているうちに寝てしまいました。

 

一人で泊まるメゾネットは広すぎたり、スイッチが多すぎて戸惑い、ブツブツ文句を言っていたのですが、帰国してふり返ってみると妙に懐かしく、普通のホテルと違って自分の別荘のような感じがして、もしイスタンブールに行く機会があったらここに泊まるのもいいなあと思ったりしています。本来の利用形態の、ファミリーで宿泊している外国人が何組かいました。

 


 

| | コメント (0)

« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »