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2014年7月31日 (木)

富士山 納涼登山

7/29(火)~30(水)にかけて、性懲りもなく富士山に出かけてしまいました。7/3(木)と7/23(水)に次いで3回目となります。今回の富士登山の目的は、普通の仕事を持っている人が仕事を終えた時間帯に富士山に出かけたとしたらという想定の下でのマイカー規制体験でした。

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 マイカー規制時期の臨時駐車場、17:57時点ではかなり空いていました。駐車場料金は1000円です。ここは通常期には「北麗駐車場」として営業しているところで、トイレも整備されています。なんと18:00発(30分間隔で22:00まで)のシャトルバスの乗客は私を含めて2人でした。

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 シャトルバスが定刻の18:00に出発して間もなく、マイカー規制が行われている現場を通過しました。ここで番をしているおじさん達は24時間、一晩中交代で見張っているわけでご苦労様です。

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 富士スバルラインの料金所です。マイカー規制ではないときは通過料金は往復2000円ですが、マイカー規制の時のシャトルバス乗車料金は1980円です。ファミリーでシャトルバスを利用するときには人数分の料金となりますのでその分お金がかかります。そのうえ、富士登山する場合は入山料が1人1000円ですからファミリーでの富士登山にはかなりお金がかかります。家族連れをみるとファミリー割引があってもいいのではと思ってしまいます。

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 富士スバルラインは、森林を切り開いてつくられた道路ですので、道の両脇には深い森が広がっています。山菜やキノコとりで森の中に入る人も多いようです。夜間走行すると時々鹿に遭遇したりします。一合目から五合目までに景色はいろいろ変わり、シャトルバスですと運転に気を遣わなくてすみますし、景色を楽しむこともできます。今年始めて利用した「マイカー規制」も、上手く使えばいいところもあるとわかりました。

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 シャトルバスで五合目に着いて歩き始めた18:51に見た夕陽です。まるで御来光のようにも見えました。

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 22:40私の乗ったシャトルバスの乗客は2人しか乗っていませんでしたので、この時間に登る人は少ないのかなと思っていましたら、山小屋に泊まっていた人たちが登り始め、七合目の岩場には行列ができていて、上の方を見るとヘッドランプの明かりがずうっとつながっていて悪い予感がしました。

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 23:08上の方も下の方も、七合目の岩場を登っている行列は絶えませんでした。(私の安いカメラでは暗闇の写真は上手く撮れません)

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 00:29 八合目あたりの山小屋からは、ツアー客が身支度をして山小屋前に集結し始めました。真ん中の小柄な女性のリュックには夜間の交通整理の時などに見かける誘導灯が縦に挿してあり、これはツアーガイドの印です。八合目にあるたくさんの山小屋から、どの山小屋からも続々とツアー客が起き出して登り始め、九合目あたりでは大渋滞となり、まったく動かなくなりました。結局、登頂を諦めて下山することにしました。

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 04:53 九合目から下山し、山小屋「元祖室」前で朝食をとり、ゆっくりと御来光を迎えました。

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 05:58 ツアー客の下山ラッシュも始まりました。ツアー客がまき立てる土埃は、風向きによってはまともにこちらに襲いかかってきました。あまり深く考えずに登山開始してしまい、ツアー客が山頂あるいはその近辺で御来光を迎え、お鉢巡りをするという時間帯のことを甘くみていたために登山でも下山でもたたられました。

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 下ってきた下山道を眺めると、下山道と稜線の上には見事な青空が広がっていました。早めに出発して、できれば久しぶりの「お鉢巡り」もと思ったはやる気持のため、山頂付近の渋滞時間を甘く考え、結果として九合目からの撤退という結果になってしまいました。

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 07:39 下山して五合目から見た富士山の上に広がる青空、この青空の下の「お鉢巡り」はさぞかし素晴らしかったろうにと悔やみました。

 

夕方に登り始めて夜通し歩いた「納涼登山」は素晴らしいものでした。空には星が降るように煌めいていて、下界の街並みの灯りはいつまでも輝いていました。七合目あたりからはインナーのダウンと防寒・防水着の上下を着なければ寒いくらいの涼しさで快適な登山でした。登頂にこだわらずに、八合目あたりで御来光を見て下山するという「納涼登山」もお勧めです。状況や体調が良ければ登頂してもいいですし。

 

今年は富士山に3回挑戦しました。結局わかったことは、今年始めて7/3に登ったときのタイムスケジュールが最もいいパターンであることがわかりました。

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2014年7月28日 (月)

富士山 下山

7/23(水)、朝の6時半に五合目(2300m)を出発して八合目の「元祖室」(3250m)に11時半に着きました。山頂まで残り500m、順調にいけば2時間半で登頂ということになるのですが、下山が夕方近くになってしまいますので、「元祖室」から引き返すことにしました。

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 下の方から霧が追いかけるように上がってきて、その中を頂上を目指す人たちが登っていきました。時間的にみて、途中で山小屋に泊まるか、登頂後山小屋に泊まるものと思われました。中には元気な人は、下山する人もいるかもしれません。

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 「元祖室」からは下山道に入ることができます。濃い霧に、下山道もすっぽりと包まれてしまいました。

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 下山道はわかりやすいのですが、須走ルートと交差している場所もありますので注意が必要です。標識がしっかりしていますので、確認しながら下山すれば迷うことはありません。

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 お馴染みの下山道です。とても滑りやすく歩きにくい道で、延々と続きますので誰もがうんざりしてしまいます。霧や雲海で下界が見通せないと “うんざり度はさらに高くなります。この日も “うんざり度は高かったのですが、霧が日射しを防いでくれて、ひんやりと身体を冷やしてくれましたので比較的楽でした。

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 時々霧が切れると下へと延びている下山道を見ることができました。その先は霧に中に消えていて、どのくらい歩けばいいのかわからず、 “うんざり度は変わらず脚の疲労度は増してきてだんだん辛くなってきました。

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 下山道は、山小屋物資を荷揚げするブルの通り道でもあります。この日は頻繁にブルが上ったり下ったりしていて、その度に土埃が立ち、道を掘り返すためにさらに滑りやすく歩きにくくなりました。

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 六合目付近の登山道と下山道の合流地点では、これから登ろうという人たちが元気一杯に歩き始めていました。

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 ガイドに率いられたツアー客の皆さんが続々と登っていきました。この時間(13:31)からの出発ですから、七合目から八合目あたりの山小屋に泊まって、深夜に山小屋を出発して頂上で御来光を迎えるものと思われました。御来光を見られるといいですね。

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 五合目から六合目の道は登山道と下山道が一緒ですので、登山者と下山者が行き交います。さあこれから頑張るぞ!という意気込みが感じられる登山者に比べて、自分のような下山者は足腰や膝に疲労がたまってふらつく足取りですので、ちょっと格好が悪いのです。まあ、今は元気な登山者も下山の時には同じ辛さを味わうのですが。

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 八合目「元祖室」から2時間半で五合目に戻りました。五合目観光客で賑やかで、聞こえてくる言葉はほとんどが中国語でした。

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 定番のソフトクリームを食べて、ホッと一息つきました。

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 五合目からは14:30発のシャトルバスに乗ってマイカーの駐車場に戻りました。シャトルバスの乗客は多く、乗りきれない人もたくさんいました。乗り切れない人たちは30分後のバスに乗るようで随分時間をロスすることになりお気の毒でした。途中の富士スバルラインの駐車場には何十台もの観光バスが並んでいました。

 

マイカー規制のために、富士スバルラインはシャトルバス利用となりました。いろいろ不満もありますが、一つだけいいなあと思ったのは、富士スバルラインを運転しなくていいことです。夜暗いときの運転は気を遣いますし、特に帰りは疲れていますのでしんどいのですが、シャトルバスでは少しの時間でも睡眠をとることができ、この日は乗ったときから着くまで爆睡できましたので、その後のマイカーの運転が楽でした。

 

富士登山は、夜間に登る “納涼登山” がいいとうことを確認した “炙り焼き登山” 体験でした。

 

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2014年7月27日 (日)

富士山 登山道 7~8合目 元祖室

7/23(水)の09:10に七合目の「鳥居荘(標高2900m)」に着きました。標高2390mの六合目を出発して2時間が経過しました。七合目から八合目は距離が長く、本八合目までまだ460mの標高差があります。

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 09:17 5分ほど休憩して、「鳥居荘」の裏手に回ると次の岩場が控えていて、その先には次の山小屋「東洋館」が見えました。軽装の外国人女性は、長いコンパスを生かしてかなりのピッチで登っていきました。

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 登ってきた道をふり返ると、「鳥居荘」の赤い鳥居は遙か下に霞んでいて、下界から霧がグング上ってきました。冷たくヒヤッと感じる恵みの霧でした。

 

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岩場は傾斜を増して、這いずって登っている人もいました。鳥取県の投入堂のお参りスタイルと同じでした。

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 「東洋館」に着きました。この山小屋は、以前雷雨に襲われたときに駆け込んだことがあり、天候が回復しないためにここから撤退したこともありました。

  

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 「東洋館」から次の山小屋「太子館」までは距離があり、岩場の連続です。7/3の夜間登山では、次の山小屋の灯りだけを頼りに登りましたので、こんな風に岩場が続いているとは思いませんでした。

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 ほぼ3000mの標高になってきましたので、数歩登っては数回深呼吸をしてまた登り始める、この繰り返しでした。この辺りにくると誰もがスピードダウンしますので、登山者の姿も多く見られるようになりました。

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 「太子館」直下の岩場、もう一息でした。誰もが一歩一歩必死になって登っている姿は感動的でもありました。

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 10:10 八合目の山小屋「太子館」に着きました。標高は3100mで、七合目の「鳥居荘」からの標高差200m登るのに1時間かかりました。とにかく疲れました。

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 「太子館」の裏手に回ると、ここでも岩場が。その先に次の山小屋が見えましたので、それを目指して。

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 八合目の最後の岩場を越えると、つづら折りの道となりました。ホッとしたのですが、砂礫の道は滑りやすく意外に歩きにくいものでした。

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 それぞれのペースで、それぞれのスタイルで登っていく姿は夜間登山では見ることができません。標高は3200mくらいで、息は苦しく疲れもたまってきていますので誰もがかなりペースダウンしていました。

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 後ろをふり返ると、マレーシア系の4人家族のママさんが比較的元気な足取りで登ってきていました。

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 11:25 今回の目的地点「元祖室」(3250m)に着きました。6時半に五合目を出発してほぼ5時間かかりました。かなり霧が発生してきて、身体を冷やしてくれたのには助かりました。

 

七合目からは上を見てはいけないと思いながら、数歩登って深呼吸しながら上を見てしまいました。これもかなりプレッシャーになったようでした。空気の薄さをもろに感じるようになり、スタミナもかなり失われていることも感じるようになっていました。太ももからふくらはぎにかけてチリチリ感を感じるようになっていて、明らかに酸欠状態になっているようでした。

 

ここから頂上までは残り標高差500mくらいで、この日のペースで登れれば2時間半くらいかかりそうです。14時頃に山頂に着いて、それから下山に最低3時間かかるとして、五合目には17時頃戻りということになり、日暮れとなりますので登頂は諦めました。もし2時間から2時間半くらい早く、すなわち朝4時か4時半にスタートできていれば今頃は山頂のはずです。「マイカー規制」を恨みたくもなりました。

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2014年7月26日 (土)

富士山 登山道 7~8合目 鳥居荘

7/23(水)のam8時過ぎに七合目に着きました。ここまで、直射日光に晒されかなりスタミナを消耗しましたが、八合目への登山道はさらに厳しい道でした。

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 登山地図で見ると(画像をクリックしていただくと拡大されます。画面左上のをクリックしていただくと元に戻ります)、七合目から八合目までは標高差320mあり、標準タイムは80分くらいといわれています。この道の特徴は岩場が続くことです。

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 七合目「花小屋」の前で小休止しました。同じように休んでいたのは外国人ばかりでした。ピンクのシャツを着た髪の毛の長い女性はタイ人かマレーシア人かのようで、ご主人と子供二人の4人家族でした。彼女は鼻歌を歌いながら軽いステップで登ってきましたが、逞しいご主人はまだ着いていないようでした。

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 08:10 意を決して、岩場に挑むことにしました。小休止の後、次はどんな道だろうと山小屋の裏手に回ると岩場が立ち塞がっているようで、一歩踏み出すのに勇気がいるのです。とにもかくにも岩場の先に見える次の山小屋を目指して出発しました。

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 夜間登山では気がつきませんでしたが、これほど緑が多いとは思いませんでした。褐色の岩や砂利の中で緑は目に鮮やかなのですが、何しろ暑くて、緑を楽しむゆとりはありませんでした。

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 最初の岩場を乗り越えて、日の出館に到着しました。ここでも数分間休憩して、汗がひくのを待ちました。ここから頂上までは標高差1000mあり、それを意識するとうんざりしてしまいました。

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 次の山小屋「七合目トモエ館」の手前は石段になっていて、この石段を上がるのが結構脚にくるのです。「花小屋」で一緒に休憩していた長い髪の女性は、軽い足取りでさっさと登っていきました。ご主人も子供さんの姿も見えませんでした。

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 「七合目トモエ館」の標高は2740m、七合目をスタートして10分、40m登りました。長い髪の女性のご主人が追いついてきました。

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 小休止後、山小屋の裏手に回ると再び岩場が待ちかまえていました。

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 次の山小屋「鎧岩館」が間近になるとやはり石段となっていました。右手に「七合目救護所」があり、案内表示がありました。お世話にならずにすみそうでした。

 

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 ふと後ろをふり返ると、日の丸をつけた金剛杖をもった外人女性が苦しそうに登ってきていて、目が合うと苦しさをごまかすようにか、照れ隠しにか、お互いに笑みを交わしたのですが。

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 目が合った金剛杖の外人女性は、しばらく登ったところで身体を折るようにして杖にもたれかかって、大きく息をしていました。

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 08:53 岩場を登り続けると、きれいな青空の下、さらに先に小さい赤い鳥居が見えてきましたので、とりあえずのターゲットとしました。しかし道のりは遠そうでした。

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 夜間登山の時にはヘッドランプの光が届く範囲しか見えませんが、日中登山では岩場全体を見通すことができ、どのルートが楽そうかなど確認できます。面白いもので、楽そうなルートは人それぞれのようでした。赤い鳥居がだいぶ近づいた感じがしました。

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 登ってきた下を見るとかなり登ってきたことを確認することができました。一歩一歩脚を上げれば、確実に高度を稼げることを実感した瞬間でした。

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 かなりタフそうなお兄さんもここまでくると、ストックを握る手に力を込めて手と脚で自分を持ち上げないと登れないようでした。

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 ようやく目印の赤い鳥居がある「鳥居荘」が目の前にきました。この残りの数段の石段を登るのがかなりしんどいのです。

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 09:10 七合目を出発してほぼ1時間で「鳥居荘」につきました。ここは標高2900mですので、七合目からの標高差は200mでした。かなり息苦しさを感じるようになってきました。下の方には雲海が広がっているのですが、雲海の上は青空が広がり直射日光で、持参してきたペットボトルも1本目はあっという間になくなってしまいました。

 

八合目は、不思議なことに「八合目」と「本八合目」があり、かなり長い距離(標高差)の道で、まだかまだかとおもっているとへばってしまいます。ここをいかにスタミナをロスしないで乗り切るかが登頂の決め手となります。ここまで何回引き返そうかと思ったのですが、ここまできたら登るしかありません。

 

七合目か八合目までの岩場の道は、まるで島根県の投入堂の岩場参詣道のようで、何回も何回も投入堂を登るようなものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年7月25日 (金)

富士山 登山道 6~7合目

7/23(水)の早朝、といっても6時半(登山開始には遅い)に五合目を出発し、汗びっしょりになって六合目に7時に到着しました。直射日光の暑さにうんざりしていたのですが、気を取り直して七合目を目指しました。

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 六合目から七合目までは標高差410m、時間にして60分が標準時間と言われています。画像の90分という表示はこの雑誌(NEKO MOOK)の編集者の登山記録です。この地図では “つづら折りが 独特の風景” とあります。

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 六合目を出発してすぐに「富士山頂」への標識を07:07に通過しました。夜間登山の場合にはこれを見落とすことが多く要注意のポイントです。

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 上を見てはいけないと思いつつ上を見上げると、山小屋が小さく見えました。夜間登山の場合には、山小屋の灯が水先案内の灯台のように点々と灯っているのですが、遠近感は感じられず励みになるのです。

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 七合目までの登山道は “つづら折り” です。この単調な道を淡々とゆっくりと登るのがコツです。夜間ですと、つづら折りのコーナーまでははっきりとは見えず、時々山小屋の灯を見たり、星空を見上げたりしながらヘッドランプを頼りに足下を見て登りますのであまり退屈には感じません。

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 時々、上を見上げると少し山小屋が近づいてきてホッとするのですが、その先を見上げるとさらに山小屋があるようで、しかもその山小屋の先にはまだ見えていない頂上があるはずで、うんざりし始めたりするのです。

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 まったく同じような道を登り、またコーナーで折り返すことの繰り返しで、しかもこの日は、梅雨明け後の真夏の太陽がジリジリと照りつけ、 “炙り焼き状態” で、ほとほとうんざりしました。喜んでいい青空を恨みたくもなりました。

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 七合目の山小屋が近くに見えてきました。もう少しの頑張りです。よく見ると、山小屋のテラスで寛いでいる登山者が小さく見え、その羨ましいと感じることがかえって疲れを倍増させてくれるのでした。

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 山小屋はかなり近くに見えているのですが、それをあざ笑うようにつづら折りは続きました。

  

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 ようやく最後の難関の岩場にさしかかりました。単調なつづら折りに慣れた脚で岩場を登るとバランスをとるのに苦労しました。この岩場の最後は、山小屋への数段の石段になっていて、たった数段の石段を登るにも肩で大きく息をする始末でした。

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 08:03 六合目からほぼ1時間、標準のペースで七合目の「花小屋」(2700m)に着きました。六合目から410m登りました。

 

七合目までの太陽の陽を浴びての単調な登山は、涼しく、集中力が途絶えない夜間登山に比べて、かなり過酷なものでした。スタミナの半分くらいは汗と共に消耗したような気がしました。

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2014年7月24日 (木)

富士山 登山道 マイカー規制

7/3(木)に今年初めての富士登山に行きました。友達の広島Mさんと岩国のママさんも一緒で、お二人にとっては初めての富士山登頂成功となりました。そこまではよかったのですが、ふとふり返ってみると、五合目を夜間に出発して本八合目あたりで御来光を迎えましたので、八合目までの登山道はヘッドランプの範囲しか見えずどんな道だったのかわからないのではないかと思い、それではと明るい時間帯に八合目まで登ってみようと昨日(7/23)に出かけました。

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 賛否両論いろいろある「マイカー規制」が例年より10日も早く7/10から始まりました。マイカー規制が始まると自分にとっての富士登山は終了と決めていましたので、今までこの時期に富士登山には出かけたことはありませんでした。八合目までの登山道をもう一度確認したいことと一度は「マイカー規制」を体験してみようと出かけました。指定された駐車場には7/23の朝04:30に着きました。駐車場には、すでに入山している人やこれから登ろうという人たちの車でいっぱいでした。

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 「マイカー規制」によるシャトルバスの運行は05:3022:00とのことでした。4時半を過ぎると空は明るくなり、富士山も姿をみせました。山登りで一番好きな時間帯は、夜明けとともに登り始めることです。暗い闇が少しずつ白み始め、新しい一日が始まる厳かな時、新鮮な大気を吸いながら、ジワッと汗ばみを感じながら一歩一歩登ってゆくのは至福の時間です。富士登山ではそれに加えて御来光を拝むこともできるのです。「マイカー規制」は、登山者にとってのこの “黄金の時間(ゴールデンタイム)” を奪ってしまっています。

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 駐車場の入口で、05:00には切符売り場が開きますと言われて既に行列ができているのに、05:15になってもまだ係員が姿を現さず、この運行会社の人たちはきっと登山者の気持ちが全然わかっていないんだろうなあと思ってしまいました。

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 シャトルバスは定刻の05:30に出発しました。大型バスにもかかわらず、乗客は補助椅子を出してちょうど満杯でしたが、これ以上の乗客はどうするんだろうかと心配してしまいました。もし乗り切れない人は次のバスとなると30分後ですので、朝の貴重な時間が奪われてしまいます。例えば、地元の大山・丹沢登山の最寄り駅の運行バスは乗客の数に合わせて臨時バスを続々と出しています。

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 シャトルバスで、臨時駐車場から五合目までは45分かかり、ちょっとした身支度をしているともう6時半になりました。もし夜明けと共に五合目を出発できていれば、御来光を見ながら今頃は七合目には着いているはずで、青空の下でおいでおいでをしている富士山が恨めしくなりました。

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 06:30に歩き始めました。五合目にある標識は、ここをスタートする登山者の記念写真のメッカ?になっています。夜間登山の時には、この標識の先は真っ暗でまるで大きな洞窟がぽっかり口を開けているような雰囲気で、特に始めて挑戦する人にとっては、どんな道だろうという未知への期待と不安とこれからの厳しい登山の緊張感とが相まって一種独特の雰囲気になるようです。

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 スタート間のなくの道は、どこの登山道も同じようなものですが、平坦な道が続きます。しかし、富士山の場合はこの平坦な道が六合目までの半ばまで続きますのでかなり長く感じます。五合目から六合目までの道は登山道と下山道が一緒ですので、登り始めは真っ暗でも、下山の時には明るくルンルン気分のはずですが、このルートはアップダウンがあり、地獄の下山道でヘロヘロになった足や膝にとっては最後の厳しい歩きとなります。

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 やがて六合目までの道は右手が山側、左手が崖となります。「夜間登山」の時には、ヘッドランプだけが頼りですので、できるだけ山側を歩くようにしています。「夜間登山」は「弾丸登山」として糾弾されていますが、富士山だからこそ許されるものだと思っています。先ず、晴れていれば星空を見ながら、左手の眼下には富士吉田市の100万ドルとは言わず3万ドルぐらいの煌めく街の明かりを見ながら、とても涼しく快適な登山ができます。いわば贅沢な「納涼登山」ができるのです。7/3の登山の時にも星空と街の明かりを見ながらの「納涼登山」ができました。

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 五合目からの平坦な道も、この分岐から登山道らしい登り道となり、いよいよ富士登山が始まると再び緊張するポイントです。

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 07:04に六合目の「富士山安全指導センター」に到着しました。ここまで歩いて、高く昇った太陽の強い日射しに晒され、既に汗でびっしょりとなってしまいました。これから先の登山が思いやられ、ここから引き返そうかと思ったくらいでした。

 

富士山がユネスコ世界遺産に登録されてから始まった「入山規制」や「マイカー規制日の拡大」、納得できないことばかりですが、それはまたいずれかの機会に譲るとして、とにもかくにも「マイカー規制」を初体験しました。現在の規制では、最も早い時間帯の登山開始は6時半で、その結果 黄金の時間が奪われただけではなく、逃げ場のない森林限界より上の強烈な直射日光に晒される “炙り焼き登山を強いられることになりました。夏山での最大の敵は直射日光や暑さということは誰もが体験していることです。

 

現在の規制時間は、金・土は04:3018:30、その他の日は05:3022:00となっていて、シャトルバスの運行は30分間隔です。誰が決めたのかはわかりませんが登山者のことを配慮してないようにしか思えません。空白の時間帯のシャトルバス運行はせめて1時間間隔でもいいから空白の時間を無くして欲しいものです。

 

次回のブログから、ブラックボックスとなっている六合目から八合目までの登山道をご紹介いたします。

 

 

 

 

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2014年7月22日 (火)

世界の絶景さんぽ テカポ(ニュージーランド)

「世界の絶景さんぽ」(HIS編集)で紹介された「フンザ(パキスタン北部)」や「エギーユ・デュ・ミディ(フランス」に次いで、先月旅したニュージーランドのテカポも取りあげられていました。

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 「世界の絶景さんぽ」では、 “世界一の星空! オーロラとの共演に感動” というサブタイトルがつけられ、その解説には “「世界一の星空」と言われる。人口はわずか300人。地球は回っていると感じられる星空は、いつまでも見ていられる。特にオーロラと星空の共演は絶妙。街の中心地から徒歩約15分の「善き羊飼いの教会」は必ず立ち寄りたい。星空だけでなく夕暮れの湖に反射して映る風景も美しい。” と紹介されています。

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 ’14.6.15撮影)テカポ湖は、コバルトブルーに染め上げられた湖水が見所などと紹介されているのですが、6月のこの時期、ニュージーランドは冬で天候も不安定な時期でした。どんよりとした鉛色の雲が湖に覆い被さっていて、光が失われ、湖面も鉛色でした。しかしこの時期だからこそひっそりとして、この国の自然そのものの雰囲気に浸ることができました。

 

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’14.6.15撮影)春や夏の時期には湖面も湖畔も光に輝いて、さぞかし美しい景色になることだろうと思われるのですが、一切の色と光を無くしたようなこの時期だからこそ見えてくるものがあるような気がするのでした。

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 ’14.6.15撮影)「世界の絶景さんぽ」で “「善き羊飼いの教会」は必ず立ち寄りたい” と紹介されていました。たしかに雰囲気のある教会で、白い雪を頂いた南アルプスを背景としたこの景色は忘れられないものとなりました。フンザの杏の花の下で佇んでいた少女たちと共にこの景色も一生記憶に残りそうです。

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 ’14.6.15撮影)ヨーロッパからやってきた開拓者達のための石造りの教会は、今は結婚式場としても有名になっているそうです。

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 ’14.6.15撮影)教会の中に入ると、正面には大きな窓硝子があり、そこから眺める湖の景色はどこから見るよりも素晴らしいようでした。

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 ’14.6.15撮影)湖畔の風景はとても穏やかでした。こんな静かな美しい場所で一生を暮らすとしたらどうなんだろうかと考えてみたのですが、なかなか答えは出てきませんでした。たまに行くからいいのかもしれませんし、住んでしまえばそれなりに暮らしていけそうな気もしました。

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 ’14.6.15撮影)テカポの人口はわずか300人と少ないのですが、ここには移住してきた日本人が比較的多く住んでいるとのことで、湖畔の近くに建つ住宅を見れば何となくその気持ちがわかるような気がしました。

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 ’14.6.15撮影)湖とは反対の方角の空には青空が広がってきました。どんよりとした鉛色の空や青い空、白く流れてゆく白い雲、そして夜になると世界一美しいと言われる星空になります。ニュージーランドは自然に溢れていました。

 

この時のツアーでは、テカポでの宿泊はありませんでしたので、世界一美しいと言われる星空を見る機会に恵まれませんでしたが、3日前に宿泊したマウントクックで美しい星空を見ることはできました。しかし、その日は満月が煌々と輝いていて、星空の美しさが半減してしまいました。

 

世界一美しい星空や世界一美しい散歩道を持つニュージーランド、機会があればその散歩道を歩きながら、夜には星空を眺めてみたいものです。

 

 

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2014年7月18日 (金)

世界の絶景さんぽ エギーユ・デュ・ミディ(フランス) シャモニー

「世界の絶景さんぽ」(HIS編集)で紹介された「エギーユ・デュ・ミディ」見物もアルプストレッキングのスタートもベースとなったのはフランスのリゾート地シャモニーでした。

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 ’11.6.25撮影)シャモニーは名峰モンブランの麓にある標高1036mの登山とスキーの基地です。トレッキングをしなくてもここに滞在するだけでとてもリッチな気分になれるリゾート地です。上を見上げれば3000m級のアルプスに囲まれていて、この景観を眺めているだけで登山気分に浸ることができました。

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 ’11.6.25撮影)この街にはオープンカフェがたくさん並んでいて、ここでノンビリとお茶したりジョッキを傾けたりして、道行く人を眺めているだけでも楽しかったのです。トレッキング出発前に英気を養い、トレッキングが終わったときには疲れを癒やしました。

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 ’11.7.03撮影)10日間のトレッキングが終わって、岩牡蠣やムール貝を白ワインで祝いました。トレッキング最中も飲みまくり、ここでも飲み過ぎて、手持ちの現金がすっかりなくなり、慌ててATMに駆け込んだりしてしまいました。物価がとても高かった印象が今でも残っています。

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 ’11.7.03撮影)シャモニーで思い出に残っているのは、手持ち現金がなくなってしまったこととパラグライダーでした。前日に申し込んで、翌日の朝指定された場所へとロープウェイで向かうと、開けた傾斜地で早速準備が始まりました。パラグライダーは初めての経験でしたのでちょっと緊張しました。

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 ’11.7.03撮影)自分は前にいて、インストラクターは後ろにいて支えてくれ、指示通り傾斜に沿って何歩かダッシュすると難なくフワーッと浮き上がりました。そしてグングンとモンブランに近づきました。高さは富士山と同じくらいの高さまで飛びましたが、涼しい程度で寒くはなく、また息苦しさも感じませんでした。

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 ’11.7.03撮影)モンブラン(4811m)の頂上はとても近くに見え、このまま山頂に着地できるのではないかと思えるぐらいでしたが、あまり近づくと気流が不安定のため危険とのことで、しばらく滞空した後無事に帰還しました。

 

シャモニーといえば思い出すのがこのパラグライダーでモンブラン山頂に近づいたことでした。今年出かけたトルコのカッパドキアでの気球体験では大きなカゴというかボックスで囲われていて、しかもかなり安定していましたので高度感をあまり感じませんでした。それに比べるとパラグライダーの場合は小さなブランコのようなものに腰掛けて自分の身体を覆うものは何もなく、むき出しのままの飛行でしたので高度感はかなりのものでした。

 

アルプスのトレッキングを終えて、シャモニーで疲れを癒やして、とても楽しい時間でしたが、トレッキングの体感としてはちょっと物足りなく、特にヒマラヤのトレッキングに比べると達成感はイマイチでした。カミさんは喜んでいて、それぞれの良さがあり、好みの問題ではあると思いますが、自分にとってはかえってヒマラヤへの想いが募ったトレッキングでした。

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2014年7月17日 (木)

世界の絶景さんぽ エギーユ・デュ・ミディ(フランス) トレッキング

「世界の絶景さんぽ」(HIS編集)で紹介された「エギーユ・デュ・ミディ」は、2011年の6/24から7/5までの12日間、「ツール・ド・モンブラン」というトレッキングの合間に上がった展望台でした。本場アルプスのトレッキングは、数ヶ月前にでかけたヒマラヤトレッキングとはかなり趣の異なるものでした。

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’11.6.26撮影)本場アルプスのトレッキングをしてみたいと言い出したのはカミさんで、とても張り切っていました。一緒のS夫人は、数ヶ月前にでかけたヒマラヤで宿泊した「ホテル・エベレスト・ビュー」を建設した棟梁の奥様でした。「ホテル・エベレスト・ビュー」は、その名の通り標高3880mに建つ世界で最もエベレストに近い(と言ってもエベレストまで歩いて45日かかります)ホテルと言われています。

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 ’12.3.29撮影)棟梁夫人とのこの奇遇は翌年も続き、翌年ヒマラヤでトレッキングの途中、タサンビレッジという山小屋の玄関で棟梁婦人とバッタリ再会しました。私は5000mのトロンパスという峠を越えて、25日間の長期トレッキング中でヘロヘロになっていましたが、棟梁夫人と同行の方(足がご不自由)は、歩かないヒマラヤという優雅な旅の途中でした。馬と車でヒマラヤを歩いているとのこと。

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 ’11.6.26撮影)本場アルプスのトレッキングは、標高30004000m級の山を見ながら標高1500mくらいの道を歩きました。アップダウンもそれほど急ではなく、比較的楽で歩くこと自体を楽しめるものでした。

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 ’11.6.26撮影)トレッキングを始めて気がついたのが、村には必ず教会がありその後方にはアルプスが聳えていることでした。これがなかなか絵になる風景で、気持ちも穏やかになるのでした。

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 ’11.6.28撮影)ツール・ド・モンブランではフランス、イタリア、スイスの3カ国を巡りますので、見える景色もそれぞれ異なりました。カミさんが憧れていたアルプスの少女ハイジの世界やサウンドオブミュージックの世界が目の前に現れ、これはこれで楽しいものでした。

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 ’11.6.29撮影)フランスからイタリアに入ると自転車野郎の姿が目立ってきました。これもお国柄でしょうか。体力に任せて自転車を担いだり引っ張ったり、体育会系の人たちばかりでした。ゆっくり景色を楽しむゆとりもないのだろうなあと思ったりもしましたが、自転車野郎たちは荒い息をしながらも楽しそうでした。

  

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 ’11.6.29撮影)山から山へ、村から村へと歩いていると、アルプスの麓には教会があり、おしゃれな山小屋やしゃれたカフェがあり、どの村でもこの3点セットが揃っているのでした。そして面白く楽しみだったのが、フランス、イタリア、スイスの国によって料理も味も異なることでした。

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 ’11.6.30撮影)長期のトレッキングでは好天ばかりではなく、時には雨に降られることもありました。夏とはいえ、標高1500m地点ですと上高地と同じくらいですから、日が射さず、雨が降れば冷たくも感じるのでした。

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 ’11.7.01撮影)日が暮れる頃、古い小さなホテルの庭から教会を眺めたり、暮れゆくアルプスを眺めたり、ゆったりとしたひとときでした。

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 ’11.7.01撮影)一日歩き疲れてシャワーを浴びた後、この乾杯は何よりの楽しみでした。ガイドのBさんは、国際登山ライセンスを持っているバリバリ元気なフランス人でした。長いコンパスでサッサと歩くものですからついていくのが大変でした。毎日毎日、山小屋に着く度に乾杯を重ね、最初はビール、料理も美味しいために白ワインだ赤ワインだと何杯飲んだことか。

 

カミさんは十分楽しんだアルプストレッキングでした。自分も、薄い空気に悩まされることもなく、寒さに震える山小屋や屋外トイレに悩まされることもなく、快適な山歩き、快適な山小屋や美味しい料理を満喫しました。しかし、どこの村でもアルプスと教会としゃれた山小屋の3点セットがあり、きっと他のトレッキングルートでもこの3点セット光景は変わらないだろうなと思ってしまうと一回行けば十分かなとも思ってしまいました。結局この後、再びヒマラヤへと足が向いてしまいました。

 

 

 

 

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2014年7月16日 (水)

世界の絶景さんぽ エギーユ・デュ・ミディ(フランス) 欧州登山

旅行代理店HISのスタッフが編集した「世界の絶景さんぽ」で、フランスの「エギーユ・デュ・ミディ」も絶景としてあげられています。ここは2011年の6/24から7/5までの12日間、「ツール・ド・モンブラン」というトレッキングに出かけたときに登ったというか上がった展望台でした。同じ年の4月に無理やりという形でカミさんと二人でヒマラヤに行き、その後本場アルプスも歩いてみたいとカミさんが言い出し、今度は私がお供する形で本場アルプスに出かけました。

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 (「世界の絶景さんぽ」より転載)同書の解説には、 “西ヨーロッパ最高峰モンブランをはじめ険しいアルプスの大絶景をパノラマで眺められる展望台。標高3777mの切り立った断崖の山頂にあるのでスリルも満点!もちろんその展望台へ行くまでのロープウェイからも足がすくみそうな大絶景が見られる。” と紹介されています。

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 「ツール・ド・モンブラン」というトレッキングは、モンブランの周りをフランス、イタリア、スイスの三つの国を12日間で歩くというもので、「エギーユ・デュ・ミディ」はその円周の中央に位置している展望台ですから、モンブランやグランドジョラスなどの名峰を眺めることができるのでした。

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 ’11.6.28撮影)フランスのリゾート地シャモニーから「世界の絶景さんぽ」に掲載されているロープウェイで途中一回乗り継いで、エギーユ・デュ・ミディ山頂駅(3777m)までの2800m近くの標高差を20分ほどで上り、富士山とほぼ同じ高さの駅から今度はエレベーターで山頂(3842m)まで上るというもの凄いアプローチでした。

 

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 ’11.6.28撮影)さらに驚いたのは、垂直移動だけではなく、見渡す限りの氷河の上を水平移動のゴンドラが敷設されていることでした。

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 ’11.6.28撮影)そして、さらにスケールが大きいのはゴンドラに乗ったままジュアン氷河をフランスからイタリアへと国境を越えることができ、360°のアルプス展望ができてしまうことでした。

 

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 ’11.6.28撮影)途中駅が山の中腹にあり、そこからすぐにモンブランにアタックできるのですが、そのルートは刀剣の刃渡りのように細く、その細いルート上をロープで結び合ったグループごとにソロリソロリと繰り出していきました。もし突風でも吹いたら・・・。

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 ’11.6.28撮影)白く輝く丘陵の上を続々と冒険野郎たちは下り、そして次はモンブランへのルートを登っていきました。モンブランはスピード登山のメッカと言われています。強い日射しが厚く積もった雪にあたり、その結果雪崩が起こりやすくなるために一定の時間内に登頂し下山しなければならないそうです。

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 ’11.6.28撮影)そのモンブラン(4811m)の頂上付近は、柔らかそうな雪質のようにも見え、また何カ所か小さな雪崩の跡も見えるようでした。

 エギーユ・デュ・ミディでは、ある意味のカルチャーショックを受けました。富士山の頂上と同じ高所まで支柱が一本もないローウェイが敷設され、さらにそこから3842mまで一気に上がってしまうエレベーターまで設置されていました。私たち日本人にとって山は神聖なものであり、信仰の対象でもあり、日本にはたくさんの霊山があり、富士山などはその象徴ともいえるものですが、欧州人にとって山は征服するものであるようです。近代登山の発祥は欧州と言われ、山は登山道具や登山技術などあらゆる手段を使ってでも征服するもののようです。アルプスのあちこちに敷かれた登山鉄道網など、たしかに誰でも気軽にアルプスの景観を楽しめるのですが、これでいいのかとも思ってしまうのでした。まっいいか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年7月14日 (月)

世界の絶景さんぽ フンザ(パキスタン北部)

今年も、早くも半年が過ぎました。トルコに行ったりニュージーランドに行ったり、そして今月に入って富士山に登ってしまうと、私にとってはもう夏枯れの時期です。テクテクと歩いたり山に登りたいと思っても、ぐずつく天気や蒸し暑さについつい出不精になっている今日この頃です。こんな時には、涼しい場所で旅の本を読んで、さまざまに想像を巡らせるに限ります。

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今回手に取ったのは「世界の絶景さんぽ」(HIS著)です。この本を開くとこんな文章が目に入ってきました。「今まで旅した中で、どこが一番よかったですか?」よく聞かれる質問です。・・・自分たちが心をゆさぶられた絶景体験を本にしよう。そんな気持ちからできたのがこの本です。・・・さあ、もっと世界を楽しもう!HISスタッフの皆さんがお勧めのスポットで、私も行ったところが数カ所ありました。その一つはパキスタン北部、中国国境近くの「フンザ」です。

 

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 (本書より転載)「世界の絶景さんぽ」の解説では “パキスタンから中国の新疆ウイグル自治区へ通じる現代のシルクロード「カラコルムハイウェイ」の途上にある。周囲は「世界の屋根」といわれる7000m級のパミール高原の山々。「風の谷のナウシカ」と舞台のモデルと言われ、旅人達からは「桃源郷」とも呼ばれる。” とありました。

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 (本書より転載)また「絶景までの道のり」では、 “生き方は2通り、成田空港からパキスタンの首都イスラマバードまで行き、そこから車でフンザへ。もうひとつは、日本から中国の北京または新疆ウルグアイ自治区のウルムチを経由して、4900m近い峠(国境)を超えてフンザへ。東京を出てから最短で2日、中国から入る場合は4日ほどかかる” とあり、フンザは「桃源郷」と言われていますが「秘境」でもあるのです。

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 ’13.4.9撮影)昨年の4月に「最後の桃源郷」とはどんなところだろうと出かけました。私が辿ったルートは北京経由でパキスタンの首都イスラマバードへ向かい、そこから国内線利用の予定でしたがフライトキャンセル(よくある)のためイスラマバードから専用車の移動となりました。その道は、パキスタンの首都イスラマバードから中国国境へと通じるカラコルムハイウェイ、パミール高原の山々の間を縫うように穿がれた断崖の道を4日もかけてやっとたどり着いたのでした。

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 ’13.4.6撮影)イスラマバードから専用車で出発し、国内線で移動する予定だったスカルドゥからは警察や軍隊の車に先導され、場所によってはポリスが同乗してきたりと、物々しい警護付きの長距離ドライブとなりました。

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 ’13.4.6撮影)同乗してきたポリスが持っていた鈍く黒光りする本物の銃を見たとき、これはとんでもないところに来てしまったと思いましたが、数日経つと慣れてしまい、笑顔を交わしたりとすっかり親交的になってしまいました。

 

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 ’13.4.9撮影)パキスタン北部は、カラコルム山脈とヒマラヤ山脈が合流する地域でもあり、カラコルムハイウェイを奥深く分け入って行くと、カラコルム山脈が姿を現しました。

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 ’13.4.10撮影)ようやくたどり着いたフンザは花の季節を迎えていました。長い冬を耐えて蕾から薄いピンクに姿を変えた花びらの向こうには天女の羽のような雲がたなびいていました。「桃源郷」を求めての長い旅路の先に見たこの光景は、言葉では表現しようもない「桃源郷」の世界でした。

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 ’13.4.10撮影)上部フンザと言われる「ゴジャール地区」に入り、里歩きをしたひとときは今でも忘れることはできません。芽吹いたばかりの緑のじゅうたんの上を跳ねるように歩いている山羊だか羊だか、満開の杏の花の脇を歩いている矍鑠とした古老の姿、果てしない山奥にこんな穏やかな世界があるとは。

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 ’13.4.10撮影)ここ「ゴジャール地区」は、住まいは石を積んで塗り固めたような家屋が点在していて、寒い冬場はどのように凌いでいるのか想像もつかないのですが、花に囲まれ自然に微笑んでいた婦人は、婦人の姿そのものが春でした。

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 ’13.4.11撮影)400年前に建てられた家屋がそのまま住まいになっている「アルチット村」、子供たちの屈託のない笑顔を見て、この子たちの将来を思ってしまうのは傲慢なことでした。例えばここパキスタンやあるいはヒマラヤの山奥の寒村で遊ぶ子たちを見て、もし自分がここに生まれていたらと思ってしまうことがありますが、それは運命でしょうし、何よりここで出会った人たちの陰りのない明るい笑顔を見ていればわかることでした。

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 ’13.4.10撮影)「ゴジャール地区」を花に誘われ歩いているときに出会った少女たち。立ち止まって微笑んでくれました。経済的には決して豊かそうには思えない村の風景でしたが、この少女たちの表情やしぐさ、質素で清潔でその分溢れるほどの満ち足りたものを感じてしまいました。一生忘れられない瞬間でした。

 

「桃源郷」を求めて出た旅の先には「桃源郷」がありました。パキスタンは最も危険な国と認定されていて気軽に行けるような国ではありません。政治は混沌としていて、それがどれだけ国民を苦しめているかわかりません。またフンザへは大変な道のりを軍隊や警察のガードなしには行くことができません。にもかかわらずというかだからこそというべきか、「桃源郷」はグローバル化とも情報化とも無縁の何百年も前からの伝統的な生活を守ってカラコルム山脈に囲まれた厳しい自然の中で、息づいていたのです。

 

あちこち出かけた中で、「フンザ」は最も思い出のある場所でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年7月 6日 (日)

富士登山 下山

7/3(木)の07:35に富士山頂に立ったわたくしたちにとって、 “行きはよいよい 帰りは怖い” とうたわれている下山が待っていました。

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 登頂を果たしてホッとして下山を始めると、先ず目に飛び込んできたのがこの光景でした。日本一高い場所から見下ろす世界です。厚い雲が垂れこめているその先には勾玉の形をした山中湖が見えました。

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 通常は、このコースは登山道と下山道は別になっているのですが、今年は雪が多く残されていて8合目あたりまで下山道を下ることができずに登山道を下ることになりました。私たちが上ってきた道を荒い息を吐きながら、苦しそうに登ってくる登山者は、数十分前の私たちの姿そのものでした。ガンバレ!と声をかけたくなりました。

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 七合目から八合目にかけて、登山道と下山道が交差する場所が何カ所かあります。下山道は、実は山小屋で使う物の荷揚げの道なのです。下山道を使ってブルが荷揚げをします。六合目の安全指導センターの情報通り、下山道方向にはだいぶ雪が残っていて、進入禁止になっていました。

  

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 さらに登山道を下りました。その先は、そのまま下界に突っ込んでいってしまうような、ジェットコースターの逆落としのような道になっています。この雲海を見下ろす豪快な景観は独立峰の富士山ならではのものです。

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 夜中の真っ暗い中、登山道を登っているときにはヘッドランプの光が届く範囲しか見えませんでしたが、その登山道を下りながら眺めると、ちょっと足下がふらついたら真っ逆さまに滑落してしまうのではないかと怖くなるほどでした。あらためて、凄い急傾斜を登ったものだと感心してしまいました。

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 登山道をせっせと上ってくる中学生たちの行列が見え、その遙か下にはぶ厚い雲が追いかけるようにわいてきていました。聞けば300人くらいの団体だそうで、この時間(09:04)から山頂まで登る予定とのことでしたので、おそらく登頂はお昼頃と思われます。天気はお昼頃から雨になるという予報でしたので、ちょっと心配でした。

 

この後下山道に入り、初挑戦のお二人にとっては初めての、延々と延々と続く単調な上に滑りやすい道を延々と歩き続けました。富士山には登りたいけど下山道を歩きたくないので富士山には行かないという人も結構いるのです。特に、マスコミなどは山開きや登頂などの様子は報じますが、下山のことにはほとんど触れませんので、初めての人はうんざりしたり、ビックリしたり、また膝や脚を痛めたりしてしまいます。

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 13:24 お二人は、下山道の単調さと滑りやすさと距離の長さにブーたれていましたが、無事に五合目に戻り、ご褒美のソフトクリームで疲れを癒やしました。7/209:15に登り始めて、7/313:20の下山でしたので、夜を徹しての16時間の上り下りでしたので疲れるのはあたりまえですが、日頃鍛えているせいかあまりダメージは受けていませんでした。

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 帰路、東名高速が事故渋滞で予定より遅くなりましたが、無事に自宅に戻り、汗を流し、登頂祝福の乾杯をしました。初めて富士山に挑戦した人が無事に登頂を果たすと本当に嬉しそうにしていて、私も自分のことのように嬉しくなります。

 

辛い下山の時には、もう富士登山はこれきりで懲り懲りというような言葉がついて出るのですが、一晩寝て、二晩寝て、富士山情報を目にしたりすると、もう一回くらい挑戦してみようかなと思ってしまいます。あの辛い八合目から九合目あたりを思い出し、次はもっと楽に登れるのではないかとか、辛さの後の達成感を思い出したりするのです。とにもかくにも登れてよかった!!

 

 

 

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2014年7月 5日 (土)

富士登山 登頂

7/3(木)、前日の夜に富士吉田口五合目を出発して、時間はゆっくりペースでしたが体調は順調で八合目あたりで御来光を見ていよいよ頂上を目指しました。

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 04:44 本八合目に着きました。ここから山頂までは1.4kmで所要時間は83分とありました。下界には霧が発生していて空気も冷えてきましたので、インナーのダウンを着用したりして寒さ対策をしました。

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 05:08 本八合目の胸突き八丁あたりまで登ってくるとさすがに疲労感が感じられました。この胸突き八丁は、いつも最も緊張感を感じる場所です。

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 この胸突き八丁から上を見ると、延々と登山道が続いていて、しかし山頂はまだ見えません。夜中に登っているときには、ヘッドランプの明かりの範囲しか見ることができませんでしたが、夜が明けると一挙に視界が広がりました。上の方まで見通せるのはいいのですが、見上げたとたんにまだまだたくさん登らなければならないという気持ちになって、これはかなり辛いことでした。

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 05:30 八合目の次は本八合目、そして八合五勺(3,450m)と続くと初めての人にとってはガックリくるようです。実際のこの間の距離は長く、疲労感を強く感じる地点です。山頂までは高さは300m、距離900mで、所要時間は60分となっているのですが・・・。

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 05:45 一休みしてまた登り始め、しばらくして上を見上げるとようやく九合目の白い鳥居が小さく見えました。もうかなり空気は薄く感じるようになっていましたので、近いような遠いような。

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 06:26 八合五勺から九合目まで、標準所要時間は30分という表示はあったのですが、実際には倍くらいかかりました。しかしどんなに時間がかかっても高山病にならずに山頂に立つのが目的でしたから、時間のことは全く気にしないで、十分な休憩を取りながら順調に高度を上げました。

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 06:46 九合目からいよいよ山頂にアタックです。誰もが数歩あるいは数メートル登っては立ち止まって深呼吸を繰り返し、また登り始めるということの繰り返しでした。八合目からの登山道はつづら折りの繰り返しで、コーナーからコーナーの距離は20mとか30mでしたので、私たちはそのコーナーを目指して登り、そこで一呼吸も二呼吸もおいて次のコーナーを目指すということを繰り返しました。

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 06:47 山頂まで残り200mという表示を目にしたときには現金なもので元気が出ました。とにもかくにも一歩脚を上げれば目標に近づくわけですから、一歩一歩かみしめるように脚を上げました。

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 07:23 頂上直下の鳥居がもう目の先に迫ってきました。ここまでくればこの鳥居を見続けながら数歩歩き、深呼吸を繰り返し、また数歩登るということの繰り返しで、苦しい呼吸も楽しく感じるのでした。

 

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 07:30 岩国のママさんもとても元気で、鳥居の下で早くもバンザイでした。

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 07:35 ついに山頂に立ちました。奇しくもこの日は岩国ママさんの??歳のバースデイでした。自分の誕生日を富士山頂で迎える人はあまりいないと思います。初登頂とバースデイおめでとうございました。

 

残念だったのが広島のMさん、頂上まで残り100mの地点で急用ができ、八合目まで戻らざるを得なくなりましたが、元気で体調も万全でしたのでまあ登ったも同然でした。

 

山頂で不思議だったのが、山頂のトイレは7/10まで使えないということでした。その理由が、山頂のトイレや売店は静岡県が管理していて静岡県側登山道のオープンが7/10からだからトイレや売店は封鎖というものでした。山梨県側からは続々と登頂し、外国人もたくさん登ったと思うのですが、せめてトイレだけでも使えるようにしたらいいのに、事情を知らない人や外国人にはとても不思議に思われたと思います。富士吉田口五合目ではトイレパックを配っていましたが、山頂には人目を避ける場所などなく、実際にトイレパックを持参しても使える場所がないのです。まったく不思議な話です。

 

これで富士山初挑戦の方は、全員一緒に山頂に立つことができました。久しぶりに感じた達成感でした。何はともあれ登頂できてバンザイ!!

 

 

 

 

 

 

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2014年7月 4日 (金)

富士登山 ご来光

7/1(火)に今年も富士山の山開きとなりました。今まで20回くらい登っていましたのでもういいかなあと思っていたのですが、今年は、遠方の友がどういうわけか日本人なら1回は富士山に登りたいと言い出し、ご案内することにしました。

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 遠方の友は、広島市からのMさんと山口県岩国市のママさんのお二人です。7/2(水)にそれぞれ岩国市と広島を出発し、お昼頃に我が家に到着しました。昼食方々、夕方出かけるときには醒めている適量で乾杯し、そして夕方17:30まで仮眠をとりました。仮眠後身支度をして18:30に我が家を出発しました。

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 21:02 夜の8時半に、富士吉田口五合目駐車場に到着し、夕食を食べたり身支度を調えました。少しずつ緊張してくる瞬間でした。今まで、2回富士山初挑戦の人をご案内したことがあり、今度で三度目となります。一人で登るときに比べるとやはり自分も緊張してしまいます。

 

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 お二人にとっては富士山初挑戦でしたので、身支度にも力が入ったことと思われました。それでもとても楽しそうでかなり自信を持っていそうでこちらも安心でした。

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 21:13 五合目の小御嶽神社の脇で、「富士山保全協力金」という名目の入山料1,000円が徴収されました。これが環境保全などにきちんと使われることをお願いします。

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 21:59 五合目を21:15に出発して、ほぼ45分で「富士山安全指導センター」に到着しました。ここでは登山にあたっての注意事項を聞いたり、登山地図をいただいたりしました。24時間指導員が常駐していますので安心です。

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 23:25 七合目の山小屋「花小屋」(標高2,700m)に到着しました。今回の登山で目立ったのはとにかく外国人特に欧米系の外人の姿が目立ちました。かなり肌寒いはずなのに軽装の人が多く、体質の違いに驚かされました。

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 23:33 「日の出館」や「トモエ館」などの山小屋は24時間営業で、ありがたいことに明かりが点いていて、大抵はベンチなどもありますので、ゆっくりと休憩することができます。特に、今回のように夜間登山の場合は、山小屋の明かりが心強く頼りにもなり、夜間登山が可能な山は日本では富士山くらいしかないと思います。

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 13:48 登っているうちに日付が変わり、八合目(3,020m)に着きました。真っ暗な岩場状態の登山道を、ヘッドランプを頼りにゆっくりゆっくり登りました。ここから富士山山頂までは2.7km195分(3時間15分)という表示がありました。

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 01:50 「太子館」(3,100m)に着きました。初めて富士登山する人にとっては、何よりも高山病が心配になりますので、時間を気にしないで、深呼吸を心がけながらゆっくりとしたペースで登ることが大事です。

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 03:42 「元祖室(がんそむろ)」(3,250m)は、日本で二番目に高い山「北岳(3,193m)よりも高い場所にあります。ここまで来るとさすがに空気の薄さを感じ、一歩登る度に息が苦しくなりましたが、三人揃って元気でした。

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 04:15 夜明け近くとなり、だいぶ明るくなってきました。ここまで真っ暗な登山道や岩場を登ってきましたが、一挙に視界が広がりました。登山道の先には青い空が広がっていました。天気予報では7/3(水)のお昼まではなんとかもって、お昼頃から雨や霧となっていましたので、お昼までには頂上に立ちたいと思っていて、時間はたっぷりありました。

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 上の方を見ると、残雪がだいぶ残っていて、この時期にこういう風景が見られることはあまりありません。天気予報では7/3(水)のお昼まではなんとかもって、お昼頃から雨や霧となっていましたので、お昼までには頂上に立ちたいと思っていて、時間はたっぷりありました。

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 04:18 御来光ショーが始まりました。富士登山の楽しみは日本一高い頂点に立つことと御来光です。富士登山のコースは4つあり、その中でこの富士吉田口登山道のいいところは、どこからでも御来光を見ることができることです。山頂で御来光を見ようとすると、その時間に合わせての登山になり、時間がかなり制約されてしまいますが、このコースですとマイペースで登山できます。

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 富士山初挑戦のお二人にとっては、御来光を見ることがものすごく楽しみだったようで、天候は悪化するという予報の中で、御来光を見ることができ大変ラッキーでした。

 

初めて富士山に登るという人と一緒に登る場合、一番気をつけることは高山病の予兆と疲労度のチェックです。この点では私の多少の経験を生かすことができ、無理をしないペースを心がければ大体は目的を達成することができます。御来光は八合目で見ることができ、この八合目までの7時間(登頂標準時間)というペースは、かなりゆっくりペースでしたが、その分お二人とも高山病の心配もなく、疲労感も見られず順調でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年7月 1日 (火)

NZ紀行6日目 帰国

6/16(月)、6日間のツアーも最終日となり、帰国となりました。ヒマラヤトレッキングのように3週間くらいの長期の旅の場合は、一秒でも早く日本に戻って風呂に入って鮨でも食べて、いやラーメンも食べたいしなどさまざまなことが思い浮かんで気がはやるのですが、6日間くらいの短い旅では、帰りたいような帰りたくないような変な気分でした。

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 05:37 オークランド市内のホテルをなんと5時に出発しました。空港に着いてみれば、私たちが一番乗りのようでガランとしていました。早すぎると思った出発でしたが、私たちが乗る予定の飛行機には2つの団体が入っているとのことで、ガイドのアユミさんが気を利かせて早いアクションをとることになったようです。

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 受付カウンターのスタッフたちが何やらヒソヒソと作業を始め、現地ガイドのアユミさんが心配顔でスタッフたちをじっと見ていました。どうもコンピューターシステムが不調で発券できないとのこと、ふと先日のJALの預け荷物デリバリーシステムが不調で多くの便が欠航となったという出来事が頭に浮かびました。

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 何とかコンピューターシステムが正常に作動して、無事に搭乗手続きも終わりホッとしました。その間のガイドのアユミさんの機転と働きはこれぞプロというものでした。アユミさんに別れを告げ、添乗員不在の状況になった私たちは、搭乗までの間それぞれ免税店を除いたり朝食をとったりしました。私は、乗客たちの様子を眺めながら、ビール片手に太巻き寿司を食べました。

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 07:25 私たちの便は、08:15発成田行きで、搭乗口も決まりましたので三々五々搭乗口へと集まりました。

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 NZ099便は、荷物を積み込んだり、出発の準備も順調のようでした。

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 待合室はいつの間にか二つの団体で一杯になりました。一つはイタリアのラグビーナショナルチームで、もう一つは修学旅行生でした。ラグビーチームは、日本のナショナルチームと対戦するとのことでした。もしニュージーランドの「オールブラック」メンバーでしたら、サインぐらいもらったかもしれません。それにしても立派な体格で、隣に座られたら嫌だなあと思っていましたら、彼らはさすがにビジネスクラスに乗りこみました。

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 10:15 離陸してキッチリ2時間後に朝食となりました。デザートのアイスクリームは濃厚でとても美味しかったです。

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 スタッフは、日本語を一生懸命勉強しようという姿勢で対応していて、好感が持てました。

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 14:10 成田着16:50の2時間前にはちょっと早い時間でしたが、昼食が出ました。メニューはビーフシチューでまあまあ美味しく食べました。

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 シートは比較的ゆったりしていたのと昼間の移動のためか、12時間近くのフライトにもかかわらずあまり疲れを感じませんでした。昼間の移動ですと無理に眠ろうとする必要もなく、映画を観たり本を読んだり、眠たくなればうたた寝をしたりしているうちに成田に着いてしまったという感じでした。同じ12時間のフライトでも昼と夜ではかなり違うことがわかりました。

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 予定通り成田に到着し、入国審査、税関審査とスムースに通過して、リムジンバスで横浜へというルートはいつも通りでした。短い日程と昼間の移動のために帰国後の疲れはほとんど感じませんでした。

 

「いいとこどり! ニュージーランド大謝恩祭6日間」は、カミさんのお供という受け身の気持ちで出かけた割には、カミさんより私の方がニュージーランドにのめり込んでしまったようでした。どうしても直近の時期に出かけたトルコと比較してしまいますが、遺跡が多くエキサイティングだったトルコに比べてニュージーランド、特に今回中心となった南島はマウント・クックやフィヨルドクルーズなどの自然が見所というだけで淡々としたものでした。しかしバスの中から眺めた街並みや時々立ち寄った街は、人通りが少ないにもかかわらず寂れたような印象はなく、冬の時期じっとおとなしくして英気を養っているようなしなやかさを感じました。

 

どこへ行っても若い日本人女性の姿が見られたのも、この国が女性の国(国会議員の1/3、閣僚の1/2が女性)だから、安心して居心地よく感じるからかもしれません。トルコで最も印象的だったのは、新日感が想像以上だったこと、ニュージーランドで最も印象的だったのは女性の国であったこととデカポ湖畔の教会が見える光景でした。今回のツアーは激安ツアーでしたが、それ故の不都合もありませんでした。

 

トルコでは、保有する財宝や国土など国力を感じましたが、ニュージーランドでは、横浜市よりやや多い人口(440万人)でも十分国家としての存在感を保てるということを実感しました。たとえ短期間でも実際にその国に行ってみなければ感じられないことがあり、旅はそれを気づかせてくれますし、それだからこそ旅は素晴らしい。

 

都市では、イスタンブールもクイーンズタウンも魅力的な街で、機会があればもう一度ノンビリ行ってみたいものですし、世界一美しい散歩道といわれるミルフォードトラックをトレッキングするのも楽しいでしょう。また空から美しい自然を見てみたいものです。

 

旅が終わって、このブログで旅をふり返りつつ記録と写真を整理して、本当に旅は終わりました。そして、性懲りもなく次はどこへ行こうかなあと考えているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

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