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2014年8月26日 (火)

東北周遊Ⅱ 夏の終わり

8/19(火)、月山8合目の弥陀ヶ原散策を終え、駐車場で眼下の庄内平野を眺めながら昼食をとり、帰路につきました。バスで新白河駅に向かい、東北新幹線に乗り換えました。

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 月山8合目からの狭い山道をバスは下りました。来たときは霧で全く見えなかった庄内平野は眼下に緑一色に広がっていました。往路ではガイドさんが乗車してきていろいろ説明してくれました。帰路は別のガイドさんが急ぎの用があるので乗せてほしいと乗り込んできて、ポツリポツリと話を聞かせてくれました。 “日本昔話” を聞いているような独特の語り口は、月山や庄内地方の雰囲気にピッタリで印象的でした。

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 バスは、山道から月山道路に入り、さらに山形自動車道を月山湖を見ながら快適に走りました。

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 山形自動車道は蔵王連峰を見ながら宮城県を走り抜け、村田Jctで東北自動車道にぶつかりました。

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 途中何回かの休憩を繰り返すうち夕暮れ時となり、福島県に入って安達太良SAで夕食タイムとなりました。帰りの新幹線の乗車時間が21:26と遅く、時間がたっぷりありましたので、このSAでノンビリと時間を過ごしました。

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 山形はさくらんぼ、仙台は牛タンやずんだ、新潟や山形のだだちゃ豆など枚挙にいとまがありません。東北は食材の宝庫ですが、私たちの国は東北だけではなく北海道から沖縄まで海の幸・山の幸の宝庫です。かつては土産物に美味いものなしといわれていましたが、最近は不味いものなしですのでどこへ行っても楽しみです。

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 表玄関に芭蕉さんが立っている新白河駅に着いた時には、乗車時間までたっぷりと時間がありました。

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 たっぷりとある時間をもてあまし気味でしたが、3組の夫婦の自称6人組で写真を撮ったり、話し込んだりと楽しい時間でした。2泊目の蔵王温泉で、どういうわけかこの6人(他に2人いましたが別行動)がツアー一行と隔離的に別のホテルに宿泊となり、その結果夕食時に酒を飲みながら盛り上がり、その流れでYさんご夫妻の呼びかけでYさんの部屋で小宴会となりました。

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 こういうツアーで、特に夫婦やカップルなどが多く参加するツアーでは二人きりの殻に閉じこもりがちで、いい意味でマイペースとなりますので、適当に親しくはなりますが、部屋で宴会などというケースは珍しいと思います。ほぼ同年代でしたので、共通の話題や悩みで盛り上がりました。楽しくいい方達ばかりでどこかでまた一緒になれたらいいなあと思いました。終わりよければすべてよしでした。

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 東北新幹線やまびこ222号は、定刻の21:26に新白河駅を出発しました。仲良し6人組の3組の夫婦は、Yさんご夫妻は大宮で下車し、Sさんご夫妻は上野で下車し、私たちは日付が変わる直前に自宅に着きました。お名残は惜しかったのですが、一期一会でした。

 

2泊3日の東北周遊は天候にはあまり恵まれませんでしたが、雨に降られることもなく、雨具で蒸し暑いおもいをしたり傘をさすような面倒もありませんでした。一方では、楽しみにしていた鳥海山の展望がきかなかったのは残念ですが、雰囲気を味わうことができました。湯殿山から月山への登山(ガイド必要)と鳥海山登山、機会があれば挑戦したいと思いました。

 

かつて、奥の細道や浜街道(水戸市~仙台市)を歩きました。機会を見て再訪と考えていたのですが、東日本大震災で道が寸断されたため見通しがつかなくなっていました。そんな折り、鎮魂の意味も込めて東北の夏祭りをライブで見てみようと思い立ち、ついでに憧れの鳥海山と月山もということになりました。東北の大地は、豊かな自然で、自然からの恵みも豊富でした。復興はまだまだようのですが、多くの人が行き交い、賑やかになればいいなあと思います。

 

折しも、猛威を振るった大雨が小康状態となり、大気も涼しげになり秋の気配も感じられるようになりました。東北周遊の終わりとともに、私の夏も終わりました。

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2014年8月25日 (月)

東北周遊Ⅱ 月山・弥陀ヶ原散策

8/19(火)のお昼近く、霧の中の月山8合目に着いて、私たちは弥陀ヶ原を散歩しました。

 

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私たち一行は40人、弥陀ヶ原木道は細い一本道ですから場所によっては二列縦隊も可能ですが、対向者も反対方向から歩いてきますので、基本的には一列縦隊にならざるを得ませんでした。ガイドさんを先頭に40人の一列縦隊は、最後尾から見ると先頭の方は霧の中に消えていました。

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 弥陀ヶ原木歩道は一周2km60分のコースで、7月の高山植物シーズンにはこの草原もさまざまな花で賑やかだったろうと思われました。この日は、濃い霧が風に煽られて緑の草原を吹き渡っていました。渺々たる風景は、いかにも月山に相応しいように思えました。

 

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16dsc07021長く一列縦隊になった隊列では、先頭を歩くガイドさんの声は聞こえませんので、ガイドさんの説明や花の名などを伝言ゲーム風に伝えるというルールを作ったのですが、私を含めてそれぞれの人は写真を撮ったり景色を愛でたりで、伝言は全く伝わりませんでした。その結果、写真を撮りましたが、花の名前はまったくわかりませんでした。木道の状況によってしっかりとピントを合わせる間がとれなかったり、強風で花が揺れていたり、悪条件でピントが合わなかったりと、要は下手なだけなのですが、それでも本格的なシーズンを外れていてもこれだけの花を見ることができました。それぞれが、厳しい自然条件の中、草むらに隠れるように健気に可憐に咲いていました。

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 私たちの隊列は、規律正しく、草原の中を長々と続いていました。

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 ここ月山8合目に着いたときには霧のため庄内平野を見ることはできなかったのですが、いつの間にか霧は晴れ、庄内平野を一望することができました。

 

今回のツアーに参加を決めたとき、既に夏の高山植物のシーズンは終わっていることは承知で出かけたのですが、秋の高山植物が花開いていて、その種類の多さに驚きました。やはりこういう場所は、個人的に来ないと思うようには行動できないということですが、ここまでの狭い山道の車の運転を考えると怯んでしまいます。

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2014年8月24日 (日)

東北周遊Ⅱ 月山登山

8/19(火)はツアーの最終日、月山8合目までのバス登山に出かけました。月山には2009年の7月に登って以来二度目となりました。

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 前日は、秋田県象潟市から山形県に入り、宮城県の鳴子温泉に泊まりました。鳴子温泉から、再び山形県(鶴岡市)に向かう途中、庄内平野に広がる豊かな田圃は1回目の東北周遊の時に比べて薄い黄金色に色づいていました。

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 山形県に入ってすぐ、最上川船番所に着きました。ここは最上川下りのスタート地点です。2008年の5月に奥の細道を歩いたとき、私も芭蕉と同じようにここから船に乗って最上川を下りました。

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 番所の中を通り抜けると最上川の土手に出ます。 “五月雨を集めて速し・・・” と詠まれた最上川も、この日はのたりのたりとするばかりで、さすがの急流も夏バテ気味のようでした。6年前の川下りでは、ここから下って終着地点で下船し、ローカル線に乗りました。無人駅で一日に数本のダイヤを待っている時、目の前の畑を狸が歩いているのをノンビリ眺めた記憶がよみがえってきました。

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 最上川の岸部近くに芭蕉姿の撮影スポットがありました。6年前は芭蕉の姿ではなく「おしん」でした。おしんは奉公先の酒田まで最上川を下っていきました。

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 最上川船番所で休憩をして、いよいよ月山の登山道に入りました。1合目から8合目までは車で行けるのですが、車が1台しか通れない細さ・狭さです。2009年に来たときにはマイカーでこの道を運転し、あまりの狭さに今でもトラウマになっています。

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 5年前を思い出し、対向車に出会ったら嫌だなあと思っていた矢先、観光バスと出会ってしまいました。今回は自分の運転ではありませんので気は楽でした。ところどころに待避所があり、そこはプロ同士でアウンの呼吸で通り抜けました。5年前、この道の帰路、自家用車が側溝に脱輪して立ち往生していました。どうなるんだろうと思いつつ慎重に下ったところJAFに出会い、、JAFはどんなところでも来てくれるんだと感心しました。

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 何台かのバスや自家用車とすれ違いつつ順調に進んだのですが、8合目近くになるにつれて霧が発生しました。途中乗り込んできたガイドさんは “がっさん” を “ガスサン” とシャレを飛ばしていましたが、冗談言ってる場合ではないだろうと毒づきたくなりました。

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 駐車場に着いてみれば、ここでも霧にまかれた大型観光バスがズラリと並んでいて、こんなにたくさんの車が狭い道を行き交うのかと愕然としました。私たちのバスのドライバーさんの腕前は上手かったです。昨年の秋にチベットに行ったとき、中国国境をネパール側に入る細い山道を大型トラックが行き交っているシーンを思い出しました。次に来るときはマイカーで来たいのですが、躊躇してしまいます。

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 ここは月山頂上への登山口です。私たちツアー一行は、別ルートの弥陀ヶ原を散策したのですが、5年前の画像が残っていましたので、今回登らなかった月山頂上をご紹介します。

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 前日酒田市に宿泊し、カミさんと二人20097/17の朝8時に登山口に立ちました。この日も、今回と同じようにどんよりとした雲が山頂を覆い隠していました。

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 その時には、ニッコウキスゲの群生が見事に花開いていて、モノクロの世界に濃いめの黄色の色が鮮やかで、登山や厚い雲への不安を和らげてくれました。

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 登り始めて1時間ちょっとで中間地点ともいえる仏生池小屋に到着しました。霧が発生し始め、急激に温度が下がり始めましたので、半袖シャツから長袖に着替えました。

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 修験道の人でしょうか、白装束の人が慣れた足取りで、岩肌をあっという間に駆けるように登っていきました。

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 修験道者は、あっという間に霧の中に消えていき、霧はさらに濃くなり、周りには他の登山客の姿も見えず不安になりました。月山(1,984m)は決して難しそうな山ではありませんが、登山道がはっきりしていませんので、道迷いに不安になりました。

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 10:06 登山口を出発して2時間で山頂に着きました。頂上には他の登山者もいてホッとしました。山頂には月山神社があり、お祓いを受けました。天候が心配でしたので、下山は駆け足で下り、往復4時間の登山は無事終わりました。

 

今回は月山8合目まででしたが、機会があれば湯殿山から月山への登山道(中級の上クラス:4時間)をガイド付きで歩いてみたいものです。

 

東北周遊1回目では羽黒山と湯殿山に行き、今回は月山(8合目)に行きましたので、これで生まれ変われることができるといわれているのですが、このままで十分です。今更、あの日に帰りたいと思っても疲れるばかりですし・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年8月23日 (土)

東北周遊Ⅱ マイナスイオン

8/18(月)、鳥海山の秋田県象潟側登山口で霧にまかれた後、同じ秋田県のにかほ市にある鳥海山の伏流水見物や鳥海山麗の湿原歩きに向かいました。

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 鳥海山の伏流水が滝になって流れ出ている「元滝」への道はミニ奥入瀬といった趣で、流れ下る清流を見ながらの涼やかな散歩道でした。ところが、鳥海山の時とは打って変わって天候が回復し、東北とは思えない蒸し暑さに歩く度に身体は汗ばんできました。

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 渓流を遡ってゆくと、冷たそうな気持ちよさそうな流れが苔む岩肌にぶつかって白いしぶきをたてていました。心なしか少しずつ涼しく感じるようになりました。

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 さらに歩いて行くと、川面に霧がかかって「川霧」が発生していました。冷たい流れの表面に暖かい空気が触れて霧となっていました。川霧が風に吹かれて身体にあたるとヒヤッとして、とても気持ちがよかったのでした。

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 鳥海山の伏流水が、数メートルの段差を白い飛瀑となって流れ落ちていました。緑のカーテンと絨毯の世界に伏流水は滔々と流れ込んでいました。思いっきり深呼吸してマイナスイオンをたっぷり吸い込みました。

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 「元滝」はここから200mくらい上流にあるのですが、現在は通行禁止になっているそうです。緑の谷に柔らかい木漏れ日が差し込んで神々しく、至福のひとときでした。屋久島の「白谷雲水峡」を彷彿とさせました。

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 元滝伏流水でマイナスイオンをたっぷり吸い込んで、同じにかほ市の中島台レクレーションの森に向かいました。ここには「獅子ヶ鼻湿原という湿原があり、一周5kmでゆっくりと歩くと3時間くらいかかるそうです。私たちはガイドさんの案内で1時間くらいのコースを歩きました。

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 目まで緑色になってしまうのではないかと思うほど緑に囲まれたコースは木道が整備されていました。熊が出没するようですので、一人歩きはリスクがありそうでした。

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 私たち一行40数名は2つのグループに分かれてガイドさんの後に続きました。カミさんはガイドさんのすぐ後をついて歩いたために、ガイドさんがリュックにつけていた蚊取り線香に燻されてしまいました。

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 いくつかのグループがそれぞれガイドさんに引率されて歩いていましたので、安心してジャングル探検を楽しむことができました。

 

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 歩いて行くと、ねじれたり複数の幹を伸ばすブナがあちこちに、まるでヨガの技を競っているようでした。

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 「あがりこ大王」と呼ばれる奇形ブナの王様は樹齢300年、幹まわりは7.62mで、奇形ブナとしては日本一の大きさだそうです。「あがりこ」という名称は、幹があがったところで、子に分かれていることから命名されたそうです。

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 「獅子ヶ鼻湿原」は、「出つぼ」と呼ばれる湧水で形成されていて、そこにはいくつかの苔が絡み合って「鳥海マリモ」と呼ばれる不思議なマリモが生息しています。内部に古いカラダを遺骸として残しながら、表層が成長を続けた結果、球状になったそうです。

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 太いブナの木肌にいくつもの筋がついていました。これは熊が冬眠の後に爪を研いだ痕跡だそうです。熊は本当にいることを実感した瞬間でした。

 

元滝の伏流水や獅子ヶ鼻湿原で思いっきりマイナスイオンを吸い込みました。鳥海山という一つの山が伏流水で大地を潤し、多くの恵みをもたらしていました。2回の東北周遊であちこちを巡ってみると、どこにでも山と緑と水があり、日本はなんと自然に恵まれた国なんだろうと思いました。

 

日本の国土の7割は山地で平地は3割、自然に恵まれているのですが、反面、自然は災害ももたらすこともあり、心痛みます。

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2014年8月22日 (金)

東北周遊Ⅱ 鳥海山

8/18(月)は、山形県と宮城県にまたがる蔵王から山形県と秋田県にまたがる鳥海山へと向かいました。鳥海山は登ってみたい山であり、マイカーで行く場合のアクセスや駐車場はどうなっているのか、登山道はどうなっているのかなどの下見でもあり、全体的なイメージは登ってみたくなるかなど興味がありました。

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 初めて泊まった蔵王温泉のホテルはロープウェイの傍にあるリゾートホテルでした。スキーなどにはとても便利な場所でありながら、温泉も素晴らしく4回も入ってしまい、前日の疲れを癒やすことができました。一夜明けて、ホテルの窓から眺めるとリゾートっぽい雰囲気で、気分ものびのびとしてきました。

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 ホテルの窓からは奥羽連山も見ることができましたが、残念ながら空は厚い雲に覆われていました。まあ雨さえ降らなければいいのですが。

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 前回の東北周遊も今回のも、広く東北各県を巡る旅で、海の幸や山の幸などが楽しみでした。蔵王を出発して鳥海山に向かう途中に立ち寄った処では、岩牡蠣がありました。ちょっと贅沢をしてみました。磯の香りと潮の味が口の中に広がり、チリチリに冷えた白ワインなどがあれば・・・。

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 鳥海山の登山口、登山ルートは秋田県側と山形県側といろいろあり、私たちは秋田県側の象潟登山口を目指しました。バスが象潟町から登山口道路に入ると霧が発生し、高度を上げるにつれて濃さを増すばかりでした。

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 大駐車場に着くと、まったく霧の中でした。こんな悪天候にもかかわらず、駐車場には観光バスや自家用車がズラリと並んでいました。

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 駐車場からの展望が全く望めず、鉾立ビジターセンターに飛び込みました。センター内では鳥海山に関するさまざまな情報を入手することができ、また鳥海山の姿をポスター(画像はポスターを撮影)で見ることができました。山頂に積もった姿が富士山にそっくりなため出羽富士とも呼ばれ、秋田県では秋田富士とも呼ばれていて、たしかにとてもいい姿をしていて、直感的に登ってみたいなあと思いました。

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 センター内には熊の剥製も展示してありました。登って見たいという気分もちょっと怯みましたが、たくさんの登山者が登っているようでしたので、それなりの対策を立てれば大丈夫かなとも思いました。

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 鳥海山は、山形県と秋田県にまたがる標高2,236mの活火山です。ビジターセンターからちょっと上がった所に登山口がありました。この石段を登っていくとどんな展望が開けるのかワクワクしましたが、今回はここまででした。

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 鳥海山五合目鉾立展望台で何となくの雰囲気を味わった後、同じ鳥海山の麓の湿原へと向かいました。皮肉なことに、バスが高度を下げるにつれて青空が広がってきました。しかし積乱雲がモクモクと立ち上っていて、相変わらず気象条件は不安定のようでした。

素人登山者ですので百名山には興味がなく、登るかどうかは好きになれるかなれないかで決めています。好きな山は富士山や穂高や立山で、何回も登りました。鳥海山はとても気になっていた山で、残念ながら今回は五里霧中状態でしたが何となくの雰囲気はつかめ、好きになれそうで楽しみとなりました。

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2014年8月21日 (木)

東北周遊Ⅱ 蔵王

8/17(日)の朝早く東京を出発し、浄土平を訪れた後、蔵王エコーラインを走って蔵王・駒草平へと向かいました。蔵王は、スキーや樹氷や温泉など、日本で有数の観光地ですが一度も行ったことがなく、楽しみにしていました。

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 蔵王・駒草平の展望台に着いたのが13:55分、ここでも鉛色の雲が重く垂れこめていて、また地底からは霧がわいてきていて、すっきりしない気分に包まれてしまいました。

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 展望台、といっても数メートルの高さですが、上ってみるとまるで温泉の蒸気が吹き出てくるような勢いで霧が上昇してきて、何も見えませんでした。もし見晴らしが良ければ、奥羽山脈や太平洋まで一望できるそうです。

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 ところが、数分も経たないうちに、吹き上げていた霧があっという間に切れて、火口のような窪地とそこに流れ込む滝が見えてきました。観客が集まると同時にカーテンが開かれたようなもので、風向きや温度差などによって展開される自然のショーを見ているようで、自然が息づいている蔵王エリア一端を垣間見ました。

  

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 駒草平は、その名の通りコマクサの群生地で、かつては群生していたようですが、保護される前に採り尽くされてしまったそうです。コマクサは馬の面に似ていることから名付けられ、ほのかなピンク色は清潔なお色気を感じさせ、高山植物の女王といわれるように凛としたところもあります。たしかに野放しにしておけば連れていかれてしまうかもしれません。

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 コマクサを見ることができてラッキーと思っていましたら、確実に秋の気配も漂っていました。

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 駒草平から、さらに蔵王エコーラインを走って、蔵王・御釜に向かいました。一口に蔵王と行っていますが、正確には奥羽山脈・蔵王連峰という山脈の総称で、ここ刈田嶺神社(かったみねじんじゃ)は刈田岳の山頂でもあります。

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 刈田岳の標高は1,758mもあり、駐車場で車を降りて山頂に上るまでにちょっと息が切れました。山頂からは蔵王・御釜をより高いところから見ることがでました。

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 蔵王・御釜は、蔵王刈田岳・熊野岳・五色岳に囲まれた火口湖で、釜状なので “御釜” と名付けられ、冬の樹氷と共に蔵王の象徴になっています。湖面はエメラルドグリーンの水をたたえていて、太陽光線の当たり方でさまざまに色を変えるために “五色湖” とも呼ばれています。地形的に霧などが発生しやすく見えないときもあるそうで、気象状況が良くない中、そこだけが別世界のようなエメラルドグリーンを見ることができました。

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 蔵王・御釜とは反対の方向には雲海が広がっていました。ぽっかりと口を開けた山裾の低地に向かって、雲海は滝壺に落ちる急流のように流れ落ちていました。

 

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 御釜の左手には通称 “馬の背” といわれる丘陵地帯がどこまでも広がっていて、歩くことができたら、雲海や奥羽山脈を見ながらの素晴らしい天空の散歩道を楽しむことができそうに思われました。

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 蔵王・駒草平と蔵王・御釜を楽しんで、宿泊のホテルへと向かいました。ホテルは、蔵王ロープウェイのすぐ近くで、冬にはさぞかし賑わうことと思われました。夕方の早い時間にチェックインできましたので、乳白色の硫黄の香りプンプンの温泉にたっぷりと浸かることができ、早朝出発の疲れを癒やすことができました。温泉には、チェックイン直後と夕食直前、就寝前、早朝と4回も入ることができました。

 

蔵王はスキーや樹氷で有名なごく普通の観光地というイメージでしたが、奥羽山脈・蔵王連峰というスケールの大きな自然を抱えた地であり、霧や雲海などの自然のショー(樹氷も含めて)を楽しむことができ、スキーだけではなく天空ハイキングも楽しむことができる素晴らしいエリアであることがわかりました。温泉もいいし。

 


 

 

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2014年8月20日 (水)

東北周遊Ⅱ 浄土平

8/17(日)~19(火)の3日間、再び東北へ出かけました。2週間前の東北周遊に次いでの第2弾ということになります。2週間前は「東北の祭り」がテーマでしたが、今回は「月山・鳥海山・浄土平・駒草平 みちのく雲上秘境と花めぐり 3日間」という何とも魅力的なテーマのツアー(前回と同じツアー会社)に参加しました。月山以外の場所以外には行ったことがなく、楽しみに参加しました。

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 東京駅06:15集合と早く、最寄りの私鉄の始発で出かけました。集合場所の日本橋口にはまだ人影はまばらでした。

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 東京駅06:40発の東北新幹線で出発しました。今年はこの新幹線に何回乗ったか、数え切れないくらいになってしまいました。出発後、上野、大宮、小山などの各駅からこのツアーに参加される方達も乗り込んできて、最終的に44名のにぎやかツアーとなりました。

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 08:05 新白河駅で下車しました。2週間前の時にも芭蕉さんとは会いましたので、2008年に奥の細道を歩いた時を含めると3回目で、今回のツアーの帰りもこの新白河駅から新幹線で戻りましたので、4回もお目にかかったということになり、こちらは友達気分になりました。もっとも、奥の細道歩きでは行く先々でこのお姿にはお目にかかりましたので、ご対面は数え切れないくらいということになります。

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 10:23 新白河駅からは3日間お世話になるバスに乗り換え、最初の予定地「浄土平」に着きました。天気予報は日本列島荒れ模様で、私たちも悪天候は覚悟して出かけました。浄土平レストハウスーに着いたときにも、上空は天気予報通り、厚い雲に覆われていました。

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 浄土平周辺には、浄土平湿原、酸ヶ平、姥ヶ原など数多くの湿原があり、雪解けから秋にかけて多様な高山植物を見ることができるそうです。このあたりの標高は1,600mですので、多少涼しいものの半袖シャツでちょうどいいくらいの気温でした。

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 いくつかの高山植物を見つけることはできましたが、夏が終わりつつあり、秋の始まりの端境期で、多くの種類の高山植物は期待できませんでした。しかし鉛色の空の下、小さいながらも可憐な姿は荒涼とした火山荒原野に花を添えてくれているのでした。

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 一切経山(1949m)は活火山で、噴火によりできたものです。浄土平から酸ヶ平まで片道40分、そこから一切経山山頂まで40分で歩けるそうですが、直登は火山性ガスのために禁止されています。

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 「吾妻小富士(1,707m)」も一切経山の噴火によってできたもので、標高差100mを上れば、火口を目にすることができるそうですが、湿原で高山植物探しに夢中になり時間切れとなってしまい、頂上まで登ることはできませんでした。

 

「浄土平」や「一切経山」という名前からイメージされる霊山的雰囲気は、一切経山の噴煙以外には感じられませんでした。やはり春から夏にかけてと秋の高山植物や、周辺の山々のミニトレッキングが楽しめそうなスポットのようでした。

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2014年8月14日 (木)

東北周遊 出羽三山

青森のねぶた祭と秋田の竿燈祭りを楽しんだ後、鶴岡市に移動して宿泊し、一晩明けた8/7(木)羽黒山と湯殿山へと向かいました。

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 山形県鶴岡市は酒田市と共に庄内地方といわれ、藤沢周平ワールドがイメージされ、落ち着いていて好きな地域です。鶴岡市から羽黒山に向かう庄内平野には目にしみ入るような緑が広がっていて、稲は順調に生育しているようでした。

  

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 羽黒山に着いて、山門から本殿までは2000段以上の階段が続いていて、蒸し暑い中、この階段を上っていったら大変なことになりそうでした。

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 本殿までの長い階段の途中、木立の中に五重塔がありました。この塔は1370年頃に建立されたもので、高さは29.2mで、近くには樹齢1000年、樹の周囲10mの巨杉「翁杉」があります。辺りの緑は露か霧に濡れて緑の濃さを増しているのですが、風が通らずとても蒸し暑く感じました。

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 私たちは、2000段以上の階段はパスして、バスで本殿に向かいました。バスを降りて歩いて行くと芭蕉が待っていました。20085/18にここを訪れて以来の再会でした。背後の樹々にまとわりつくように濃霧が流れてきて、幽玄な雰囲気になりました。今から6年前、何を思って奥の細道を歩き、ここへたどり着いたのでしょうか。

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 羽黒山は、鶴岡市のある標高414mの山で、月山、羽黒山、湯殿山の出羽三山の主峰です。その本宮は羽黒神社(三神合神社)で、ここでは月山、羽黒山、湯殿山の神社を一緒に祀っています。

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 羽黒山を取り巻いていた霧も晴れ、羽黒神社(三神合神社)は美しくどっしりとした姿を現しました。ここ羽黒山の境内は観光客がいるのですが、人の声や物音はあたりの木立に吸い取られるように静かで、森閑としていました。

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 羽黒山、月山、湯殿山の出羽三山をお参りすることによって人は生まれ変わると言われてきました。山伏の修行は生まれ変わりの行で、その修行を体験もすることができるそうです。

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 羽黒山は「現在」、月山は「過去」、湯殿山は「未来」の祈願所とされています。私は修行の体験はありませんが、6年前に出羽三山にお参りし、月山の頂上にもお参りしたのですが、生まれ変わったのかどうかはわかりません。

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 湯殿山の大鳥居はとても印象的でした。霊峰湯殿山を背景に赤い鳥居が建っている光景は6年前と全く変わっていませんでした。6年前に来たときには鶴岡駅からバスで来ました。ここから湯殿山へはシャトルバス(10分)が出ています。湯殿山のご神体は湯の噴き出す巨岩で、全国でも例のない温泉です。

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 湯殿山本宮は神の領域ですから、写真撮影は禁止されています。お参りは靴を脱いで素足になってから人型に切り抜いた白い紙でお祓いなどをして、温泉が流れる巨岩を上ってすませました。往きはシャトルバスを使いましたが、帰りはカミさんやツアーの皆さんとは離れて歩きました。神の領域を一人で歩くのは気持ちのいいものでした。

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 大鳥居から本宮までの道は、いろいろな石仏やお祓いの場所があって俗界から離れた聖域を体感できる道です。

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 この赤い橋を渡って俗界に戻りました。清浄な空気を吸いながらの20分は、気持ちが穏やかになるような清々しい気分のテクテクでした。

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 ツアー3日目のこの日は、羽黒山と湯殿山を参拝して山形県から福島県に入り、郡山駅20:42の東北新幹線で戻りました。

 

東北のお祭り見物のツアーは、平泉、安比高原、羽黒山、湯殿山が周遊コースに入っていて、特に出羽三山は私にとっては心の聖域ですので、ドンピシャリのツアーでした。今回行けなかった月山へは8/17(日)から出かけます。出羽三山をお参りすると生まれ変わると言われていますが、生まれ変われるでしょうか。

 

60代を迎えてから、2006年に東海道、2007年に四国巡礼、2008年に奥の細道と中山道と憑かれたように歩いてきました。それから10年が経ち、放浪癖は直るどころか加速しているようで、平均寿命までのこれからの10年間、元気で歩き続けたいものです。

 

 

 

 

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2014年8月13日 (水)

東北周遊 竿燈祭り

8/6()の朝ゆっくりと安比リゾート出発して、竿燈祭りの会場に夕方到着しました。相変わらず雨模様で、時々思い出したように強く降り、開催が危ぶまれました。

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 17:57 実行本部から開催の旨のアナウンスが流れ、参加者達は竿燈(提灯)にビニールを被せて会場に向かいました。

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 太鼓と笛の “竿燈囃子” が、太鼓は地面を鳴らし、笛の音は風を切って登場してきました。

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 町内会ごとに30チームが「竿燈会」を結成して、3,000人の参加者がそれぞれ定位置に着きました。

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 定刻の19:20に演技開始の合図があり、竿燈囃子の太鼓と笛がひときわ高く鳴り響いて、横になっていた260本の竿燈が一斉に立ち上がりました。竿燈は、1700年代に真夏の邪気を祓い身を浄めるために始まったといわれています。

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 竿燈の大きさには4種類あり、大きいものから順に大若、中若、小若、幼若と呼ばれていて、一番大きい大若ですと高さ12m、提灯の数46個、一番小さい幼若では5mの高さで提灯は24個となっています。各チームのいろいろの大きさの竿燈の周りに輪ができて、順番に技を競っていました。

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 東北の夜空にゆらゆらと浮かぶような光の稲穂は、五穀豊穣を祈るものでもあるとか。あちこちで舞っている竿燈を見上げていると夢と現の境目がわからなくなるようでした。

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 かなりの雨が降ってきている中、竿燈を肩に置きバランスをとっている姿を、ハラハラしながら眺めている私たち、時折吹き付ける風に煽られて、竿燈が観覧席に倒れかかろうとするとき、大きな歓声が起こりました。

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 あちこちで演技の花が咲いているとき、絶え間なく響いていた竿燈囃子は、みちのくの雨空の下、激しくもなく、賑やかでもなく、それでいて魂をゆさぶるようでもあり、私たちの旅情をかき立ててくれました。

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 提灯にデザインされているのは、各町内の「町紋」といわれるものです。たくさんの竿燈が集まってきて、ぶつかりそうになりながらその下では町内の名人が技を競っていました。

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 天辺に「御幣」といわれる飾りをかざした12mの竹竿に、46個の提灯。継竹は差し手の技量に合わせて何本も差し足され、高く天へとのびます。差し手の繰り出す技は5つあり、これは「額の技」です。静止して両手を大きく開いてバランスをとっていました。

 

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こちらも真打ちの技「腰技」。両足を開いてバランスをとり、クライマックスに繰り出される大技です。技の極意は、歴代、数々の名人によって受け渡されてきたものです。

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 竿燈囃子が流れる中、あちこちで立ち上がって揺れる竿燈を見ていると、フーッと魂を奪われるような不思議な感覚にとらわれました。この第一クール(第三クールまで)が終了したとき、かなり激しい雨が降ってきたためにここで中止になりました。

 

竿燈祭りは、青森のねぶた祭に比べるととても静かな祭りでした。もともとどの祭りも、自分たちが願いや祈りを込めて、また楽しんで行われるもので、見せるためのものではないわけですから、祭り人が真剣に心を込めている姿が美しく、それを見ているこちらも静かに感動をいただければそれで十分なのです。もちろん青森のねぶたや徳島の阿波踊りのように参加型もあるわけでそれはそれで楽しめればいいのではと思ったりもしました。

 

祭りのショー化についてはいろいろな意見があると思いますが、多くの人が集まり、見られる方も張り切り、その地域の人々や周辺の人々が元気になって、地域も活性化されればそれはいいことではないでしょうか。

 

 

 

 

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2014年8月11日 (月)

東北周遊 安比リゾート

8/5(火)の早朝に東京を出発し、平泉中尊寺を訪れ、ねぶた祭を見物して、バスで夜9時に安比リゾートに向かいました。東京~福島~宮城~岩手~青森~岩手と走行距離600kmのバス旅一日でした。

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 前日の23:30に安比リゾートに到着し、汗と雨でびしょびしょとなった身体を温泉で洗い流し、朝ゆったりと目覚めてみれば、駐車場には大型観光バスがたくさん駐車していました。これらの観光バスは、青森や秋田のお祭り見物の途中あるいは帰路に岩手県に立ち寄ったバスです。東北のお祭りが東北全体の経済を潤しているようです。

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 ここ安比ホテルアンドリゾート(現在は加森観光リゾートが経営)は、かつて働いていたリクルートという会社の故江副社長の夢の実現です。かつてリクルートが数十人規模の時に、江副社長はこの地に本格的なスキー場とリゾートを開発したいと言っていて、数年後に実現したものです。今回初めてここを訪れ、広い敷地とホテルやアネックス、さまざまな施設を見て感無量でした。

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 前夜の到着が遅かったために、この日はゆっくりと10時に安比リゾートを出発しました。安比高原にはしとしとと夏の雨が降っていて、緑が深みを増していて、高原の雨もいいものだと思っていたのですが。

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 秋田県の竿燈祭り会場へ向けてバスは進み、景勝の地「八幡平」を経由したのですが、厚い雲と密度の濃い雨に遮られて、岩手県と秋田県にまたがる「八幡平」ご自慢の360°の景観は望めず、間近の緑だけが青々としているだけでした。

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 秋田県に入り、日本一の深度(423m)を誇る田沢湖で昼食をとりました。湖というのは実際に湖畔に佇んでいると、湖面を吹き渡る風を感じたり、とても気持ちのいいものなのですが、写真で撮るとどこの湖も同じようにしか見えず、面白くも何ともありません。湖畔には秋田犬や比内鶏などが見物用の小屋に入れられたりして興をそがれました。

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 悪天候の中、ほとんどバスに閉じ込められるようにして移動した車窓からは、ぶ厚い緑の絨毯が広がっていました。このまま天災などにあうことなく、豊かな実りの収穫をお祈りしました。

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 16:43に竿燈祭り会場近くのイベント広場に着きました。ここでも雨が降っていて、雨よけテントの席を探して、早めの夕食をとりました。

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 竿燈入場が18:45、演技開始が19:20ですので、まだ時間はたっぷりあり、何とか祭りを盛り上げようと景気づけの「ちんどん屋」がイベント広場を練り歩いていました。

 

今回のツアーでは、いつかもう一度行ってみたいと思っていた平泉の義経堂や “夏草や・・・” の芭蕉句碑がある北上川の土手、一度は行ってみたいと思っていたリクルートの江副さんの夢が実現した安比リゾートなど、思いもかけず訪れることができ、天候には恵まれませんでしたが、とても楽しい東北巡りとなっていました。

 

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2014年8月10日 (日)

東北周遊 ねぶた祭後半

雨模様の8/5(火)の夜19:10に始まったねぶた祭もクライマックスを迎えました。

 

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ねぶた囃子は太鼓、笛、鉦で構成されていて、太鼓でリズムを打ち鳴らし、笛でメロディーを奏で、鉦でアクセントをつけています。鉦をたたくお姐さんたちのきりりとした表情も、太鼓を打つお兄さん・おじさん・お姐さんたちの勇ましい姿も素敵でした。

 

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「ミスねぶた」が登場しました。バッチリ目線が合いました。青森市の観光PR、各種イベントのキャンペーンガールとして活躍するとのこと、ガンバレ!

 

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 この超大太鼓は、地の底から響いてくるようで、時々激しく降る雨を振り払うようでもあり、しばらくその豪快な音の余韻を楽しみました。

 

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「化け人」といわれる、とにかく笑ってほしい一心で扮装を凝らした人たちは、観客と掛け合い漫才風のやりとりをしていて、会場で笑いをとっていました。

 

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 かなり雨が降ってきた中、参加者はもうヤケクソ的に跳んだり叫んだりしていて、祭りも最高潮迎えつつありました。

 

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 ねぶたの制作は、電気配線を施した後の骨組みに奉書紙を貼り、墨書き、ろう書き、彩色という手順で完成します。制作日数は約3ヶ月、制作費用は約4百万円で、大半が材料費と人件費だそうです。

 

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 笛と鉦のいなせなお姐さんたち。観客のおじさんたちからやんや野喝采を浴びていました。

 

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 祭りも終盤に近づき、縁の下のお兄さんたちも汗びっしょりで、さすがにグッタリきているようでした。観客からガンバレのかけ声や若い女性達の黄色い声もとんでいました。

 

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 雨は降ったり止んだり、時々激しくも降ってもいました。見ている私たちは、雨と雨着による汗でびっしょりでしたが、鉦を打ち鳴らし笛を奏でながら行進している女性達には雨の影響はないようでした。笛の鉦の音は、時には楽しげに、時にはせつなげに東北の雨空に鳴り響いていました。

 

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踊る阿呆に踊らぬ阿呆 同じ阿呆なら踊らにゃソンソンという唄があります。ねぶた祭用の衣装は青森市内の百貨店などでも売っているそうで、誰でも参加できるとのことですので、 踊る阿呆になりたいなとも思ったのですが、個人での祭り見物では宿泊先の確保がほとんど不可能のようです。

 

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太鼓を打ち鳴らす音は圧巻でした。その太鼓のリズムを縫うように響く笛の音も、見事に統制がとれていて、揃いの法被、調和のとれた太鼓のリズムと笛のメロディー、それに続くハネトの踊りは一幅の絵巻物を見るようで、見所はねぶた絵だけではありませんでした。

 

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この日は、大型ねぶたが22台登場しました。次から次に、目の前を練り歩くねぶたを見ていると、いつの間にか引き込まれ、自分が何処にいて何をしているのかを一瞬忘れてしまうようでした。

 

その後、雨が激しくなり定刻より少し早い時間に祭りは終了となりました。身体は雨と汗でびっしょりとなり気持ち悪かったのですが、気持ちはスカッとしました。しばらくは力感溢れたねぶた絵が目に浮かび、太鼓と笛と鉦の響きが耳から離れず、自然と身体がリズムをとったりしていました。

 

初めて見たねぶた祭は雨の中という悪条件でしたが、 “生で” という期待を裏切りませんでした。雨の中、参加している人たちの生き生きとした姿をみているだけでたくさんの元気をもらいました。元気な人たちがたくさんいるということがわかっただけでも嬉しくなりました。

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2014年8月 9日 (土)

東北周遊 ねぶた祭前半

8/5(火)の夕方、岩手県の平泉を経由して青森県のねぶた祭会場に到着しました。小雨の中、指定の観覧席について夕食の弁当を広げました。このねぶた祭は8/27の4日間開催されました。

 

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 ねぶた祭は、大体19時頃から始まるということでしたので、会場周辺をうろついてみました。参加者なのか見学者なのか、三々五々集まってきていました。台風の影響で天候は怪しく、雨が降ったり止んだりを繰り返していて、傘をさす人ささない人、雨合羽を着ている人とさまざまでした。

 

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 小さなグループでまとまった参加者達も会場周辺に集まってきていました。皆さん、雨が降ってきてもそのまま濡れるというスタイルで、当然といえば当然ですが。

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 辺りが少しずつ暗くなってきて、お揃いの法被を着たグループが会場内のメインストリートに姿を現すと、緊張感が漂ってきました。

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 大太鼓を積んだ台車も入場してきました。まるで競馬場のスタート前のゲートみたいでした。

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 正装した跳人(ハネト)がロープの内側に勢揃いしていよいよです。

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 ねぶたが練り歩くメインストリートにも観覧席も人が一杯となりました。観覧席ではどんなに雨が降っても傘をさすことはできません。

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 19:10頃、太鼓と笛と鉦の音が鳴り始め、祭りが始まりました。

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 いきなり目の前に大きなねぶたが姿を現しました。ねぶたは針金に和紙を貼っていますので雨には弱く、透明ビニールが被せてありました。

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 いくつもの大太鼓と打ち手を乗せた台車を牽くのも大変そうでした。

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 太鼓をたたく腕にも力が入り、お祭り気分が次第に高まってきました。

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 太鼓と笛と鉦の三つの楽器が奏でる音が闇に響いて、腹にも響いてきました。参加している人たちの表情が、ある人は喜びに満ちて、ある人は真剣に楽器を奏でていてとてもいいのです。

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 正装したマスコット的なハネトが溌剌とした振りで登場すると、観客からも歓声がわき起こってエールの交換が始まったりしてとても楽しい雰囲気になりました。

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 太鼓と笛と鉦の音に合わせて、ハ~ラッセ!ラッセ!ラッセ!ラッセ!という独特のかけ声は、古来から伝わる正調ねぶたのかけ声だそうで、このかけ声に合わせて参加者は跳ねながら行進していました。見ているこちらもリズをとったり、一緒に身体が動きました。ハネトとしてのキチッとした格好であれば誰でも参加できるそうです。

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 ねぶたの台車を含めた大きさは、大体幅9m、奥行き7m、高さ5mくらいで、重さは台車を含めて4トンだそうで、縁の下の力持ちの人たちは大変そうでした。

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 台車は前後左右、さらに前後に傾いたりしますので、台車を動かすのもコントロールするのも全身を使っているようで、皆さん必死の形相をしていました。この人たちは、きっと会社の屋台骨もしょっている人たちなんだろうななどと考えてしまいました。

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 台車が暴走的に観客席に突っ込んでしまうような事態になると、必死になって全体重をかけないといけないようで、見ているこちらも力が入ってしまいました。

 

日が暮れた19:10、定刻に始まったねぶた祭は想像した通り迫力のあるものでした。太鼓を打つ人、笛を吹く人、鉦をたたく人、かけ声をあげる人、飛び跳ねる人、参加している人たちが生き生きとしていて、一番楽しんでいるようでした。また縁の下の力持ちの人たちもたくさんいることがわかりました。観覧席でじっとしている私たちはなんとつまらないのだろうと思ってしまいました。1台のねぶたに多いときには2千人以上のハネトが乱舞することもあるそうで、そいうえば観客よりも参加している人の方が多いように感じました。

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2014年8月 8日 (金)

東北周遊 平泉

8/5(火)から8/7(木)の3日間、東北を巡りました。主な目的は日本の代表的な祭り、青森のねぶた祭と秋田の竿燈祭りの見学で、個人で行くには駐車場や宿泊先の問題が解決できそうもなくカミさんと二人でツアーに参加することにしました。

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 ねぶた祭や竿燈祭りなどをライブで見たいという人は多いようで、参加者は総勢71名という大人数で、若い添乗員さんは出発地の東京駅から既に汗だくでした。

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 東京駅の新幹線ホームでは、夏休みとあってちびっ子達がカメラ片手に新幹線が入線する度に走り回り “撮り鉄” モードになっていました。

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 カメラを構えるスタイルもなかなか堂に入ったものでした。ちびっ子達を見ていて、こちらの気分も徐々に夏休みモードになってきました。

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 東京駅の新幹線ホームで、もうひとつの名物がJR東日本グループ会社の鉄道整備会社、通称「テッセイ」の車両清掃チームです。アロハシャツとハイビスカスをあしらった帽子のスタッフは制限時間7分で車内清掃を完璧にこなし、乗客の乗降時にはお辞儀をします。

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 私たちは東北新幹線「なすの」で東京駅を出発し、1時間20分であっという間に新白川駅に着きました。新白河駅では芭蕉が立っていて、6年前の2008年に奥の細道を歩いたことを思い出しました。

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 新白河駅からは大型バス2台で、ねぶた祭の会場(青森)へ向かいました。東北自動車道を使って600kmのバス旅の始まりで、窓の外には緑の水田が広がり、安達太良山などの山脈が連なり、青空の下には不気味な雲が湧いていました。

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 バスは東北自動車道を快走して、お昼過ぎに平泉に着きました。中尊寺へ向かう道端に蓮の花が咲いていました。この蓮は「中尊寺ハス」と呼ばれ、奥州藤原氏四代泰衡の首桶から発券された種を、一輪だけ咲かせたもので800年の眠りから覚めたハスとして有名です。現在では「中尊寺ハス」として各地に株分けされているそうです。

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 平泉中尊寺は2011年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。私は2008年の5/25に奥の細道テクテクでこの地を訪れました。金色堂はその時に見ていますので、拝観せずにカミさんたちツアー一行とは別行動をとらせてもらいました。

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 中尊寺の参道(月見坂)の入口には武蔵坊弁慶の墓があり、この近くには弁慶が腰掛けた石とかもあります。東北地方には弁慶が使った背負子というものもあり、弁慶という人(実在しないという説もありますが)はあちこちに出没したようです。

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 中尊寺を取り囲むようにたくさんのお堂があり、弁慶を祀った「弁慶堂」もその一つです。ここには弁慶の木像が安置されています。不思議なのは弁慶が主役のようでもあり、中尊寺境内には義経の堂や墓やゆかりのものが見当たらないことです。

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 平家の武将から出家した西行はあちこち放浪し、芭蕉は西行に憧れ西行の後を追い、義経の影を求めて奥の細道の旅に出たといわれています。西行も芭蕉も義経終焉の地といわれるここ平泉を訪れています。

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 義経も西行も芭蕉も見た北上川です。芭蕉はここで “夏草や兵どもの夢の後” の句を詠みました。6年前(5/25)ここに立ったときとても暑かった記憶があり、この日も30℃以上の猛暑で、夏草という言葉をしみじみと実感しました。

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 芭蕉の有名な句碑から20mくらい離れた場所に義経堂があります。義経堂は、衣川の戦が行われて義経が最後に自刃したといわれる衣川館の跡に建てられたものです。

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 義経堂にはガラスがはめ込まれていて、中には甲冑姿の義経像があります。前回も見て思ったのですが、この顔何とかならないものでしょうか。

この日の最終目的地は青森県のねぶた祭の会場で、行く途中できるだけの観光地を廻ろうというツアープランのようで、思いもかけず義経堂を再訪できてラッキーでした。北上川を望む高台に西行の句碑と義経堂があり、ここに立つと時の流れとものの哀れがない交ぜになって、そこはかとない無常感を感じるような気がするのです。

 

 

 

 

 

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2014年8月 4日 (月)

いつもの散歩道 色とりどり

“いつもの” というくらい身近でいつでも出かけられる散歩道も、暑かったりなかなか時間がとれなかったりで歩くことができません。せめて四季折々には歩きたいと思っているのですが、ツツジやアジサイの旬は逃がしてしまいました。意を決して7/22(火)、久しぶりにテクテクしました。

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 私の散歩道は、この小さな池がスタート地点となります。この小さな池は、何年前からか無料釣り堀状態になっていました。いつも思うのですが、ゆったりとした気分で歩けるという機会は貴重なものです。心配事やしなければならないことがある時には、歩く気分になれませんし、たとえ歩き出しても楽しくありません。

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 釣り人の日除けパラソルはここの風物詩となっていて朝顔が咲いているようで、以前にも同じような風景はブログにアップしました。その時に比べるとパラソルがおしゃれになっているような気がしました。

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 朝顔か昼顔か夕顔か、久しぶりのテクテクで汗をかきながらも目を楽しませてくれました。

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 この散歩道はグルッと一周すると1時間半くらいで、木陰や草の道、小さなせせらぎなどもあってお気に入りの道でもあります。

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 この辺りはアジサイ通りと名付けている道で、その時期になると見事なアジサイがびっしりと色とりどりの花びらを見せてくれるのですが、もう盛夏となったこの時期は出来そこなったドライフラワーのような惨めな姿をさらしていて哀れさや儚さを感じてしまうのです。

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 それでもしぶとく、ひっそりと咲いている花もあり、よく見ると白い5枚の花びらに囲まれた小さなブルーの花心は実に精密にできています。

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 幼稚園や保育園のオレンジ組や赤組というように、同じ花なのに色が違っていて、どこでどうしてそういう色になってしまったのか、などとバカなことを考えながら歩くのも “ゆとり散歩” ならではです。

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 白組も薄紅組も、自ら色と姿形を楽しんでいるようにさまざまで、この暑い時期に涼しげに咲いていました。

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 細い道も、並行して流れているせせらぎもすっかり緑に覆われてしまっていました。強烈な日射しが成長促進剤としてでもいるように緑の夏草は強靱そうでした。

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 夏にこそ相応しいのは、黄色組の花たちのようです。なぜこうも見事なイエローになるのでしょうか。

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 夏の王者いや女王はなんといっても「ひまわり」です。強い日射しに刃向かうように太陽に向いて、養分をたっぷりと吸い込んだ花びらは濃いイエローに染まっていました。

 

とりわけ寒く感じた今年の冬、春や暑い夏は来るのだろうかと思ったものでしたが、四季は確実にめぐってきて、夏草はのびのびと育っていました。うんざりするようなこの時期に、これほどまでの色とりどりの花たちが色を競っているとは思いませんでした。しっかりと夏を迎えようという気分になった散歩道でした。

 

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2014年8月 2日 (土)

富士山を考える

富士山が「世界文化遺産」に登録されて丸一年が経過して、登録されたときの素直な慶びや誇りは少しずつ減退して、その分苛立ちが頭をもたげてきています。

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今年も富士吉田口が例年通り7/1に山開きを迎えて2週間経った時点での新聞記事です。細かくて読みにくいと思いますので、いくつか感じた点を整理してみました。

山開きから1週間で「入山料」を払った人は55%とか、意外に低い数字にビックリしました。7/3に広島のMさんや岩国のママさん達と入山したときにはもちろん3人とも払いました。そういえば屋久島でも同じくらいの数字とか、なぜもっときっちりと徴収しないのか不思議です。約半数という数字の低さは、個人登山者だけでは考えられずツアー登山者も払っていないのではと思われます。強制できないことはわかりますが、正直者が馬鹿を見るという気分です。

登山者の約1割にあたる約3万人が弾丸登山者とみられ、高山病やケガにつながる危険性が高いとされる。とあり、それでは具体的に非弾丸登山と弾丸登山とではどのくらい危険度(高山病やケガの割合)が異なるか知りたいのですが、その数字はありません。

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 「世界遺産に登録されて富士山は泣いている」(野口健)というショッキングな本が出版されました。冒頭考えさせられたことは、富士山(正確には周辺一帯も含めて)は「世界自然遺産」ではなくて「世界文化遺産」であることでした。

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 表紙の文章部分には “美しい「日本の象徴」でいま起こっていることは、日本社会が抱える問題そのものだ!” と記述され、“なぜ僕は富士山を世界遺産にしたことを悔やんでいるのか?” と記述されています。

 

日頃から感じていることが指摘されていて一気に読んでしまいました。例えば、下山道が物資運搬道になっていてブルが土煙をたてて走る姿は醜悪そのものであること。7/1に富士吉田口が山開きとなり、ところが7/10まで山頂トイレは封鎖されていること。

 

一般にはあまり知られていませんが、2016年までに解決しなければならない宿題が出されていて、それが解決されないと「世界危険遺産」となるか「世界遺産」が取り消されてしまう、にもかかわらずさまざまな思惑や利害の対立、リーダー不在などで解決の見通しが立たないことなど、読んでいて憂鬱になりました。

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 著者の野口健氏の指摘のほとんどについて共感できたのですが、「弾丸登山」批判についてはちょっと違うのではと思いました。弾丸登山とは山小屋を利用しないで夜通し登ることで、一方的に批判されていますが、20数回登ったうち8~9割は弾丸登山でしたし、滅多に見ることができない星空や街の灯を眺めながら、山小屋の灯りを目印に十分な休憩をとりながら、涼しさを満喫しながら登る納涼登山は快適そのものです。

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 そして八合目あたりで御来光に手を合わせ、新しい一日を迎え、気持ちを新たにして山頂を目指すという納涼登山は理にかなっていると思っています。御来光について、本書によると 御来光は山頂で迎えるものではない、富士講ではお日さまを見下げることはしない、富士登山が観光化されてからいつの間にか山頂から御来光をみるようになってしまったという指摘は目から鱗でした。

 

富士スバルラインの代わりに登山鉄道という提案や「世界遺産」ってそんなに偉いのという指摘は大賛成です。

 

言いたいことはたくさんありますがキリがありません。最後に、伊勢神宮を世界遺産にという話が出たとき、伊勢神宮側は “それは世俗のことなのでこちらには関係ありません” という返事が返ってきたとか、見識です。

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