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2014年12月31日 (水)

行く年・来る年

いよいよ、本当にいよいよ、今日一日で今年も終わり、あたりまえのように新しい年がやってきます。日記帳代わり・アルバム代わりのブログで今年の一年を振り返ってみました。ふり返ってみれば、あちこち出かけた結果膨大な量の画像が記憶されているのは毎年のことです。一ヶ月毎に、最も印象的な一枚の画像をピックアップしようとしてみたのですが、結果として複数枚の画像となってしまいました。

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 1月は、高校時代からの竹馬の友と “おやじの隠れ家 越後湯沢” に出かけました。私が山中湖のリゾートマンションを売却したのと入れ替わりに竹馬の友が越後湯沢に隠れ家を購入しました。持つべきものは友です。

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 2月に入ると仕事の出張で日本全国を動き回りました。9電力会社の本社がある地域を廻ることになり、四国・高松へは一度乗ってみたいと思っていた寝台夜行列車「サンライズ瀬戸」(サンライズ出雲もあります)で向かいました。Tomoeさんのような 鉄女“ さんがたくさんいました。

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 四国から九州、大阪、名古屋、新潟、富山など大雪の中を、JRや飛行機で移動しました。楽しみなのは行く先々で居酒屋に入ること。居酒屋に入るために仕事をしているとも言えてしまうかもしれません。仙台の「一心」、博多の「稚加栄」など馴染みの店の暖簾をくぐるのも楽しいですが、新潟の「イカの墨」のような新規開拓もやったーでした。

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 3月から4月にかけて桜前線が北上し、福島県の「三春滝桜」をはじめたくさんの桜を見ました。最近はどこへ行っても桜の名所があり、目を楽しませてくれますし、酒を飲む理由ができて嬉しいのです。

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 5月にはトルコへ行きました。最も印象的だったのが “親日” でした。トルコに到着して2日目、ハイウェイのSAでチャイを飲んでいると修学旅行中の女子高生から一緒に写真をというリクエストがあり、ビックリしました。当地では日本人とのツーショットは自慢になるとか、学校の授業で日本とトルコの友好的な出来事を教えられるとのことでした。

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 トルコといえば政治的にも宗教的にもなにかと問題のある国と隣接していて、またトルコ自身政治的には不安定な国というイメージなのですが、豊穣の大地の豊かな国であることを知りました。またカッパドキアやアヤソフィアなど多くの観光名所や世界遺産を抱え、またトプカプ宮殿には国家財政を支えることができるくらいの国宝を有している大国でした。

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 トルコ・イスタンブールは欧州とアジアが交差する都市で、文明の交差点ともいわれています。観光地としてのイスタンブールは世界一行ってみたい街ともいわれています。欧州とアジアを結ぶ大橋(1,510m)の下には、日本の技術協力による海底トンネルが昨年開通しました。

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 6月にはニュージーランドを訪れました。世界一美しい散歩道といわれる「ミルフォードトラック」など、いつかはトレッキングに行きたいと思い、その下見を兼ねました。たしかにデカポ湖(善き羊飼いの教会)やマウントクックなど自然は美しく、また女性上位の国であり、女性のセンスがいたるところに生かされている居心地のいい国だったのですが、 “反捕鯨” の最も激しい国であり、他国の伝統文化を顧みない自己中心的な、多少ヒステリックな対応に辟易してしまいました。

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 7月になり富士山の山開き直後、親しい仲間と3人で挑戦しました。お仲間二人は初登頂で、感激もひとしおだったようです。新幹線に乗っても、高速道路を走っても、飛行機に乗っても(上からですが)富士山を眺めることができ、その度にあの頂に立ったんだという思い出は大きな心の支えとなっています。

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 8月は祭りの季節で、青森の「ねぶた祭」や秋田の「竿燈祭り」をライブで見ることができました。大きな「ねぶた」の迫力や参加している人たちの熱気が醸し出す臨場感は感動的でした。この時は、月山や湯殿山にも巡ることができ充実した東北紀行でした。

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 9月にはベトナムへ出かけました。ホーチミンシティ(旧サイゴン)限定の格安ツアーでした。バイク大国と聞いていましたが、想像以上でした。

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 ベトナムで印象的だったのが、ベトナム人のしたたかさでした。カミさんがショッピングしていた時、退屈でしたので店を出て路上でぼんやりしていましたら足下がゴソゴソすると思ったら知らない(あたりまえです)お兄ちゃんが私の靴を磨いていて “金を払え” と言い出し唖然としました。そして最も印象的だったのは、今は観光名所となっているベトコンの基地でお茶を出してくれた女性のしなやかな身のこなし、そして驚いたのは彼女は女性兵士とのこと。まるで “くノ一” でした。柳のように、細身でありながら決して風に折られることのないしなやかさとしたたかさ、ベトナム戦争で米軍が勝てなかったのも頷けました。

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 月末から10月にかけて、恒例となった “立山・室堂合宿” を今年も実施しました。「みくりが池温泉」をベースに3泊4日の気ままな山歩きは一年で最も気に入っているイベントです。天候や体調を考えて歩くコースを決め、疲れたら温泉に浸かり、山小屋にしてはかなりグルメな食事を楽しめるここは私にとっては “桃源郷” です。

 

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10月、沖縄民謡というか島唄というか、ライブを聴きたくなり沖縄に出かけました。那覇市の国際通りでは、島唄ライブの居酒屋が何軒かあり、それぞれ持ち味がありました。三線の響き、独特の節回しに酔いました。4人組の「ネーネーズ」は東京をはじめとして日本全国でコンサートを行っているとのことですが、やはり現地で泡盛を飲みながら聴くライブが最高です。

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 いつか歩いてみたいと思っていた「熊野古道」は11月に実現しました。久しぶりの本格的なテクテク歩きでしたが、最もハードな「大雲鳥越」コースを選びましたら、本当にハードな思いをしてしまいました。カミさんにとってはかなり辛かったようで、反省しています。

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 「熊野古道」は、人間の血管網のように紀州半島を様々なルートが走っていて、最終的には「熊野本宮」に至ります。吉野山にも「大峯奥駆道」が走っています。「大雲鳥越」を歩いた後吉野に向かい、吉野では西行庵をはじめ、義経隠れ塔、金峯山寺、南朝廟などたくさんの懐かしの地を訪れました。

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 12月、紅葉にはちょっと遅い時期に河口湖「うぶや」に宿泊しました。富士山を眺めるお宿に泊まってみたいと思い、山中湖の「ホテルマウント富士」や河口湖の「富士吟景」など3ヶ所に宿泊しました。それぞれ特色があり、予算や気分で選ぶことができます。

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 一年の締めくくりにゆったりと温泉に浸かってみたくなり、今まで行ったことのなかった「湯布院・黒川温泉」に行きました。湯布院では湯布院岳が大きな存在になっていることを知りました。湯布院岳を見て何回も湯に浸かり、黒川温泉でも “湯巡り” で温泉のはしごをしたり、一年の疲れが癒やされたような気がしました。

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 今年は、富士山に一回登ることはできましたが、身近な大山や丹沢登山の回数は少なく、山歩きの一年の締めくくりに丹沢山に登りました。素晴らし天気に恵まれ、久しぶりの バカ尾根“ は脚にこたえましたが、登りきった時の充実感はやはり格別でした。

 

こうして一年を振り返ってみれば、実にいろいろなところを訪ね、いろいろなシーンや景色を眺めたものです。健康で、また生活で煩うことなく、行きたいところに行ける、歩きたいところを歩ける、なんと幸せなことでしょう。感謝です!

 

そして、もうすぐそこまで新しい年がやってきています。

 

 

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2014年12月27日 (土)

丹沢 冬景色

12/26(金)、あまりの天気の良さに誘われて、大山に続いて丹沢にも出かけてしまいました。

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 駐車場に着いた6時前には真っ暗だった空も時間が経つにつれて、東の空が赤く燃え始めました(06:22)。新しい一日の始まりでした。

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 一歩踏み出すと共にキーンと空気の避ける音が聞こえてくるような冷気が少しずつ暖められ、朝陽に照らされた樹林の陰影が濃くなるのを眺めながら久しぶりの丹沢登山に心は躍りました。

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 すっかり夜が明けて山道が明るくなる頃身体も汗ばんできて、重ね着していた薄着を一枚一枚はぎながら上を目指しました。陽が射すにつれ、冬枯れの枯れ草や落ち葉が匂い立つような日だまりの匂いも感じられるようになりました。

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 歩き始めてほぼ2時間(08:06)、最初に富士山が見える地点に到達しました。手前の山は鍋割山ルートなどの西丹沢山塊でしょうか。あの尾根を歩いたら目の前に富士山が手を広げたような景色が望めそうな気がしました。

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 大山(1,252m)が石段のひたすらの登りであるのに対して、丹沢(塔の岳 1,491m)はダラダラとした登りの山道もあります。この辺りは新春の頃は緑に覆われ、秋には紅く染まるのですが、この時期は色を失っています。

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 かと思えば、大山と同じような大石がゴロゴロと横たわっているような場所もあり、変化が楽しめます。

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 今日の目的地花立小屋近くまで登ってくると再び富士山が白い姿を現し、積もった雪はケーキの生クリームでできたデコレーションのようでした。

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 花立小屋直下の “バカ尾根” 登りに3人のヤングファミリーが挑戦していました。父親が子供を背負えるゆりかごのようなものを背負い、母親が小さな娘さんと前を登っていました。まるで蒼い空への階段を上ってゆくようでした。

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 急傾斜の木道の階段を登りきって、娘さんははしゃいでいました。年末のこの押し詰まった時期に家族でピクニック気分の登山ができるというのは幸せなことなんでしょうね。疲れも忘れてしまうほど微笑ましい光景でした。

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 八合目あたりの花立小屋からも富士山を眺めることができます。今年最後ですので久しぶりにマイ写真のシャッターを押してもらいました。

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 この日は午後からカミさんから頼まれた買い物があるため、09:30に花立小屋から下山を開始しました。

 

先日の大山といいこの日の丹沢といい、気持ちのいい澄んだ青空が広がっていました。これはこの時期、湿気を含んだ大気はその湿気で日本海側に大雪をもたらし、湿気を落とした青空が目の前に広がっているわけで、東北や日本海側に住んでいる人々の苦労を思うと喜んでばかりいるわけにはいきません。

 

今年最後となった登山、一歩一歩足を踏みしめながら一年のあれやこれやを考えました。元気で過ごせたこと、国内も海外もあちこち出かけることができたこと。仕事のこと、ボランティアで関わっているNPO法人(理事長)のこと、来年3月に任期切れとなる自治会長のこと。たくさんありました。そしてやがて来る新しい年のことも。

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2014年12月24日 (水)

大山 参詣道

12/23(火)は天皇誕生日で祭日でした。だからというわけではないのですが、あまりにも天気が良くてじっとしていられずまったく久しぶりの大山登山に出かけました。

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 早朝に自宅を出発し、ガラガラの駐車場に車を駐め(駐車場代金一日600円)て、男坂と女坂の分岐点ではいつものように男坂を登りました。歩き始めは寒さで冷え切った身体も、石段をいくつか上るうちに汗びっしょりになりました。

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 下社と言われる大山神社は未だひっそりとしていて、朝の空気も澄んだままで、その気配を映すかのように空もスッキリとした青空でした。新年が明ければここは初詣の人たちで溢れかえるわけで、気分は早めの初詣気分で参拝しました。

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 下社の裏手が登山口になっています。もともと大山は霊山で、登山道は参詣道ですので、この石の鳥居をくぐって奥の院へと参拝に向かうということになっています。鳥居をくぐると見上げるように続く石段があり、ここでまた大汗をかくことになります。

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 残すところ一週間で今年も終わります。そんな慌ただしい時期に登山というのもなにか浮き世離れした感じですが、慌ただしい日常をしばし離れて、今年をふり返るのもいいものです。

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 大山の登山道は、樹林の中をモクモクと登る参詣道ですので、景観はほとんど望めません。それがかえって登山だけに意識を集中することができ、またいろいろなことを思い浮かべながらゆっくり考えることができます。

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 唯一展望が開けているのが「富士見台」という場所です。麓の峰まで雪化粧した気高い姿を見ることができました。今年は一回だけ山頂に立つことができました。来年も登れるといいのですが。

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 山頂まで続く最後の石段の先に鳥居があります。ここまでほとんど息をつく間もない石段上りの連続でした。

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山頂(1,252m)から見た相模湾です。

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 同じく山頂から見た横浜から首都圏にかけての景観です。肉眼では「みなとみらい」地区のランドマークタワーも見えました。地平線が薄いブルーに霞、まるで水平線のように見えました。地平線の上には飛行機の窓から見るようなブルーが広がっていて、こんなに気持ちのいい景色は大山登山で初めてのような気がしました。

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 下山の途中、荷揚げの強力さんが大荷物を背中にゆっくりゆっくり上ってきました。ご苦労様です。

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 この日は祭日でしたので、こんな時期ですが登山者の姿をボチボチと見かけました。

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 下社まで戻ると、境内では新年を迎える準備をしていました。

 

早めの初詣気分で、天気も良く、富士山も綺麗に見えて一年を締めくくるのに相応しい山歩きでした。

 

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2014年12月18日 (木)

温泉納め 黒川温泉・優彩

12/10(水)の午後、黒川温泉の湯巡りで2ヶ所の露天風呂に入って、湯上がりの火照った身体を冷やしながらこの日の宿泊先に戻りました。

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 ホテルのグレードアップで指定された宿は「優彩」というホテルでした。湯巡りの前に既にチェックインしてありました。

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 他の多くの旅館は2~3階建てでイメージもレトロっぽかったのですが、ここ「優彩」は4階で収容人数も多いようでした。

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 各部屋への通路は落ち着いていて、ホテルよりも旅館のイメージに近いものでした。

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 部屋は、畳の居間とフローリングの寝室の二間あり、仲居さんの布団の上げ下げがないのでとても落ち着きました。

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 ベランダからは渓谷のせせらぎの音は聞こえるのですが、竹のカーテンで見えませんでした。部屋から外が見えず、外からも部屋が見えませんのでセレブのお忍びも多いとか。

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 部屋に入ったとたん、洗面所に近づいたとたん電気が点いたり、いたるところで隠れた工夫が見られ、洗面所の陶器も華美のようでありながら落ち着いたもので、とても居心地がよかったのです。

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 食事は部屋食で、次から次へと料理が運ばれてきました。熊本名物の ”馬刺し“ がほんの少しだけ出てきました。

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 朝食も品数が多かったのですが、なんとか完食しました。

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 「優彩」の温泉は4ヶ所あり、夕食前と夕食後と就寝前、朝食前と朝食後と何回も入りました。

 

黒川温泉では、湯巡りと宿泊ホテルでの温泉三昧でした。しかし一泊二日といっても時間は限られ、できれば連泊して温泉三昧をしてみたいものです。温泉に浸かったり、本を読んだり、酒を飲んだりしてグダグダと2日間くらいノンビリしてみたいものです。

 

湯布院温泉と黒川温泉、今まで一度はと思っていた二つの温泉に入ることができました。湯布院は一度行けばいいかなあと思いましたが、黒川温泉は機会があれば連泊したいですし、特に今回宿泊した「優彩」は、和室の居間とフローリングのベッドルームの二間ありましたので、温泉に浸かった後、本を抱えてベッドでゴロゴロすることができます。部屋でゴロゴロするのに飽きたら湯巡りで他の旅館の露天風呂に浸かりにいくのもいいでしょうし。いつか人生に疲れるようなことがあったらこんなところでノンビリしたらきっと癒やされるだろうなあと思ったりもしました。

 

何はともあれ、二つの温泉でたっぷりと湯に浸かり、一年の汗と疲れを癒やすことができ、新しい年を新たな気持ちで迎えることができそうです。

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2014年12月17日 (水)

温泉納め 黒川温泉・湯巡り

12/10(水)、湯布院から阿蘇山を経由して熊本県・黒川温泉に着きました。ホテルグレードアップ組4人は、宿泊先に一度チェックインした後湯巡りに出かけました。他の19人の皆さんの宿泊先はバスで10分かかる高原でしたので、1時間くらいの時間限定の湯巡りのため慌ただしかったようです。

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 黒川温泉は、小さな渓谷の両側に24軒のこじんまりとした和風旅館が建ち並んでいる温泉街で、坂が多いのが特徴です。小さな辻のような路の両脇にも、これまた小さなお店が軒を連ねていて、そぞろ歩きには手頃な広さでした。

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 狭い丘陵地域を縫うように細い路地があり、ちょっと変わった雰囲気の温泉街になっていました。

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 渓谷にある温泉地であることから収容人数が少なく、旅館組合の主導で歓楽的な要素や派手な看板を規制して統一的な街並みを形成する方策をとっているため、落ち着いた雰囲気となっています。

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 黒川温泉では「湯巡り手形」(1,300円)を買うと3ヶ所の温泉に入ることができます。ほとんどの旅館には露天風呂があり、またそれぞれ特徴をもっていたりもします。先ず最初に “仙人風呂で有名な「やまびこ旅館」に行きました。

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 狭い渓谷地域ですので、その立地条件を上手く利用しているようで、露天風呂へは田の原川を渡っていきました。渡り廊下を歩いて、ちょっぴり別天地へと行くような気分を味わうことができました。

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 仙人風呂は “千人風呂” ともいわれるくらい広い露天風呂ですが、実際はちょっと広いなあという程度でそれほどの大きさは感じませんでした。それでもゆったりと入ることができました。

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 温泉街を巡る小径には、里を歩くような雰囲気の道もありました。温泉で火照った身体を冷やしながらこんな道を歩くのもいいものでした。

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 川沿いに立ち並ぶ温泉はよく見られる風景で、黒川温泉では小さな川を最大限に利用しているようです。

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 二軒目に向かったのは「黒川荘」で、ここもまた川を渡っていきました。

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 旅館というよりも旅籠や庵といった風情の「黒川荘」の入口で、どんな温泉が待っているのか楽しみでもありました。

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 ほとんどの旅館には露天風呂があり、それぞれ特徴をもっているようです。「黒川荘」の露天風呂は天然の屏風のような岩を利用していました。ほどよい熱さの温泉に浸かりながら頬を撫でてゆく初冬の風を感じるのもいいものでした。

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 一番人気の「黒川荘」では、湯上がりの休憩所も併設されていて、昭和レトロの雰囲気でした。

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 川沿いに建つ「新明館」は “洞窟風呂“ が特徴で、入ってみようと思ったのですが、二ヶ所の温泉でかなり身体は火照ってしまいましたので、パスすることにしました。

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 いつの間にか日が暮れ、小雨も降ってきました。傘をさして、明かりが灯った旅館の並ぶ小径を歩くのも風情がありました。

 

黒川温泉には24ヶ所の旅館があり、ほとんど露天風呂もあり特徴もあるとのことでしたので、たくさん入ってみたかったのですが、結局2ヶ所しか入れませんでした。宿泊先にもいくつかの内湯と露天風呂もあり、そちらもゆっくりと入りたいと思っていましたし。

 

黒川温泉は、それぞれがそぞろ歩きには手頃な近さであり、何より落ち着いたイメージで統一されていたのが気に入りました。せっかく行くなら連泊で行きたいものです。

 

 

 

 

 

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2014年12月16日 (火)

温泉納め 阿蘇山噴火

12/10(水)の朝、湯布院を後にして阿蘇山へと向かいました。

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 湯布院に来るまでは、由布岳の存在感がこれほど大きいものとは思っていませんでした。湯布院の街からも露天風呂からも由布岳が見えるとホッとして、安心した気持ちになれるのでした。その由布岳に別れを告げて阿蘇山へと向かいました。

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 私たちを乗せたバスは、阿蘇のエリアに入り山々や外輪山が見えるようになってきました。湯布院を出発した時は青空が広がっていたのですが、厚い雲が阿蘇の大地を覆い始めました。

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 阿蘇の大地は、春には青々としていた草原も枯色へと移り変わり、厳しい冬の訪れを告げるかのようでした。

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 途中、阿蘇神社で小休止となりました。全国に450ある阿蘇神社の総本社だそうです。全国でも珍しい横参道で、参道の南には阿蘇火口、北には国造神社が位置しているといわれています。

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 阿蘇神社から続く横参道には「水基(水飲み場)」の街並みがあり、20ヶ所で冷たい水が流れ出ていました。私たちは、阿蘇神社参拝の後、ちょっとした水基巡りをしました。

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 阿蘇神社を出発して間もなく、遠くに見える阿蘇山・中岳から噴煙が上がりました。

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 阿蘇山は東西17km、南北25kmのカルデラで、このカルデラの周囲には広大な火砕流台地が発達しました。

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 私たちを運んでくれた大型観光バスが阿蘇山の展望台へと着きました。ツアー参加者は23名でしたのでゆったりと乗ることができました。

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 駐車場から大観峰へは歩いて10分足らずでした。中岳の噴煙は風に乗ってきて、ここにいるだけで口の中はザラザラ、目の中はゴロゴロとしましたので、慌ててバスの中へと戻りました。

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 吹き上がった噴煙は風に乗って広がり、中央火口付近の見晴らしが一瞬にしてきかなくなりました。

 

目の前の阿蘇山噴火はまったく音は聞こえないのですが、恐ろしい勢いで吹き上がる噴煙は目には見えないものの駐車している車の屋根などに積もっていました。富士山が噴火したら恐ろしいことになるだろうということを実感しました。

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2014年12月15日 (月)

温泉納め 湯布院温泉・彩岳館

12/9(火)、湯布院の街を散策した後宿泊先に向かいました。

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 今回のツアー参加者は23人で、そのうち私たち夫婦ともう一組のご夫婦の計4人が宿泊グレードアッププランを選択しましたので、「彩岳館」という宿に案内されました。

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 湯布院は盆地の街で、由布岳をはじめとして小山や丘陵が街を取り囲んでいます。「彩岳館」は、そんな丘の中腹にあるこじんまりとした宿でした。

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 各部屋はロビー館から長い廊下を歩いた先にありました。このレトロでありながら古さを感じさせないスッキリとした造りでした。

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 長い廊下の先に2F建てのコテージ風の棟があり、1Fに4部屋、2Fに4部屋あり、ホテルでもなく旅館風でもなく不思議な落ち着きを感じました。

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 部屋は、居間と寝室(ベッド)が別になっていてとても使い勝手がよかったのでした。和室で布団の上げ下げをしてもらうのがとても鬱陶しく感じることがありましたので、居間と寝室が別になっているだけで寛げました。

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 ロビー館には、ロビーの他にレストランがありました。レストランの入口にはクリスマスツリーが飾ってあり、レトロっぽいイメージには無くてもいいのかなと思いましたが、若い宿泊客や外国人も多く、まあ仕方がないかというところでした。

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 寛ぎの間があり、ここでノンビリすることもできそうでしたが、あまり利用する人もいませんでした。考えてみればこういう空間よりも部屋で寝っ転がっていた方が寛げるわけで、しかし一見無駄のようなこういう空間があるだけで豊かな気分にさせてくれるのではないかと思いました。

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 食事は会席料理で、次から次へといろいろな料理が出てきて、なんとか完食することができました。

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 宿泊客の半分以上が外国人でした。隣のテーブルは、タイ人の若い女性3人組でとても物静かでした。会席の各料理を物珍しそうに眺め、写真に収めていました。

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 朝食も品数が多く、ゆっくりと時間をかけて完食しました。この日の出発は10時とゆっくりでしたので、朝食前にも朝食後にも温泉に浸かってノンビリしました。

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 前日は夕方チェックインしましたので部屋からの景色は見えませんでしたが、翌朝窓の障子を開けると目に前に由布岳が朝陽を浴びていました。

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 温泉へは、ロビー館から長い廊下を歩きました。この日はとても寒い日でここを歩くだけで寒かったのですが、温かい温泉に入ってホッとして、帰りは火照った身体を冷やしながら部屋に戻りました。それを何回も繰り返しました。

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 長い廊下を歩いてゆくと格子戸があり、ここが温泉への入口になっていました。好きな格子戸が随所に使われていて、レトロな雰囲気を醸し出していました。

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 夜遅く露天風呂に入りに行くと三匹の猿(多分 見ザル、言わザル、聞かザル)が湯に浸かっていました。

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 翌朝、露天風呂に行くとここからも由布岳が目の前に。ゆっくりと身体を温めていると、香港から来ていた5人のファミリーのうち、父親と息子二人の3人が入ってきて声をかけられました。 “日本人は親切だし、清潔だし、物価は安いし、温泉はいいし、とてもいい” と絶賛していました。その一方で “中国は大嫌い“ と一方的に喋りまくっていました。心底旅行を楽しんでいるようで、お世辞半分としても嬉しいものでした。

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 チェックアウトの時、フロントの後ろに貼ってあるポスターが目につきましたので、写真を撮らせていただきました。 “由布岳をもっとも感じる場所” というキャッチコピーに嘘も誇張もない宿でした。

 

「彩岳館」というひっそりと小さな宿は、格子が随所に使われていて、基本カラーが焦げ茶色で、レトロで落ち着いた雰囲気でした。湯布院の街並みのイメージと一体感を感じ、なかなかいいお宿でした。

 

今回のツアーは、出発時間もゆっくりと、ひたすら温泉に入りことを目的としたツアーでしたので、数え切れないほど湯に浸かりました。温泉は寒い冬に限ります。

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2014年12月14日 (日)

温泉納め 湯布院歩き

12/9(火)の午後、大分県・湯布院に着いて自由時間となりましたので湯布院の街を散策することとなりました。

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 最初に由布院駅に向かいました。由布院駅舎は、高名な建築家で大分県出身の磯崎新氏が設計したもので、中世の礼拝堂をイメージしたものです。完成した1990年当時ちょっとした話題になりましたので是非見たいと思っていました。とてもシンプルでスッキリとした印象でした。磯崎氏の狙い通り、湯布院のイメージ戦略のシンボルとしての機能を果たしているようでした。

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由布院駅のホームにはちょうど「特急ゆふいんの森」が停車中で、多くの観光客が降りてきました。「ゆふいんの森」は、博多を出発して湯布院までは2時間ちょっと、別府までは3時間ちょっとで運行されています。車体も、木のぬくもりを基調とした車内デザインも人気です。(下の画像は由布岳を背景に走るゆふいんの森:北九州HPから転載)

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 駅舎を背に駅前の通りを眺めてみると、商店街の街路の先、真っ正面に由布岳が見えていました。「ゆふいんの森」を降りて駅舎を出た観光客が先ず目にする光景がこのようなもので、まるで計算し尽くしたような配置でした。

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 自由時間は限られていましたので急いで駅まで行ったのですが、帰りはノンビリと散策モードで歩きました。居酒屋を発見するとなぜだかホッとしたり安心したりしますし、その居酒屋の雰囲気がいいとその街はとてもいい街のように思えてしまいます。

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 駅前のメインストリートから辻に入るとその道は車一台が通れるくらいの、歩くには手頃の道幅でした。

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 地元で最も名の知られた洋菓子の店。この周辺は牧畜もさかんで乳製品が多く、またクッキーやスイーツも美味しかったのです。

  

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 チーズ工房やとうふ工房など美味しそうでもあり、デザインもおしゃれで見ているだけで楽しくなるような店も多く、歩いていて飽きませんでした。

 

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 湯布院名物といえば “柚子胡椒” です。商品の種類が多く、どれにしようか迷うほどでした。

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 伊勢神宮の「おかげ横町」のような雰囲気の「やすらぎ湯の坪横町」もブラブラと歩きたくなる雰囲気でした。

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 道や辻によって雰囲気が異なり、その街並みにマッチしたデザインで統一されているためか、ごちゃごちゃ感がなくゆったり気分で歩くことができました。

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 豊後牛を使ったコロッケや鶏の唐揚げなどの肉食系も湯布院名物でした。

 

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 地味系の “醤油も、とても新しい感覚でディスプレイされていて、思わず手に取りたくなるようでした。

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 最も興味があったワイナリーの店。ワインもローストビーフやハムも買って帰りたかったのですが、旅は始まったばかりで荷物になるし買うわけにはいきませんでした。残念ながらインターネット通販はしてなくて、電話注文だけとのことで、とりあえず写真を撮らせていただきました。

 

湯布院は “大人の竹下通り” ともいわれていて、確かに駅舎から始まる街並みや軒を連ねている店舗はデザインが統一されているためか、歩いていて飽きることもなく疲れもあまり感じませんでした。予想に反していたのは、湯布院の街並みと温泉街が一体化しているのかと思っていたのですが、それぞれ別のエリアを形成しているため湯上がりのそぞろ歩きができなかったことでした。浴衣姿で歩いている人は一人もいませんでした。

 

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2014年12月13日 (土)

温泉納め 湯布院へ

12/9(火)から2泊3日で、今年1年の汗と疲れを流そうと温泉に出かけました。「憧れの名湯をたっぷりと! 湯布院・黒川温泉3日間」というツアーを利用しました。

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 目指す先は大分県・湯布院で、羽田空港から大分空港へと出発しました。ツアーを利用する場合は全てお任せですので、それが逆に緊張感を伴わず、飛行場で登場直前になって搭乗機を確認してようやくこれから旅に出るんだという実感がわいてくるのはいつものことでした。

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 搭乗機が滑走路から浮き上がって独特の浮遊感を感じている時、窓からは着陸態勢に入った飛行機を何機も見ました。最近は羽田飛行場のフライト数も増えてきていて、まるで東京駅を発着する新幹線のダイヤのようです。

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 搭乗機が離陸して方向転換の旋回を始めると、眼下には東京湾アクアラインの「風の塔」がまるで湖に浮かぶ帆船のように見えました。「風の塔」は、東京湾の海底を横断しているアクアラインの換気扇の役割を果たしている人工島です。

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 九州方向のフライトは太平洋岸を日本列島に沿って南下していくのですが、右手に見える東京湾埋め立て地は海抜0メートルのようで、薄いプレートにしか見えない埋め立て地の上に工場やビルが張り付いているようでもあり、大津波が来たらひとたまりもないだろうと心配になりました。

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 羽田発12:30の便は、大分空港に予定通り14:15に着きました。あっという間でした。

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 九州は、鉄道網が発達していますが自動車道路も発達していて、どこへ行くのも便利です。私たち一行23名は大分飛行場から専用バスに乗り換え、「やまなみハイウェイ」を湯布院へと向かいました。

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 専用バスは、15:23 湯布院に着きました。羽田を飛び立ってほぼ3時間、あれよあれよという間でした。

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 目の前に聳える「由布岳」は、標高1583m とそれほど高くはないのですが湯布院のどこからでも見ることができ、ランドマーク的な存在になっているようです。二つのピークをもっていて円錐形をしていることから “豊後富士” ともいわれています。

 

羽田からあっという間に湯布院に着いて、ようやく旅モード・温泉モードとなりました。今まで、湯布院温泉と黒川温泉は行きたいと思っていてもなかなか機会がなく、どんな処かと一度は行ってみたいと思っていましたので、由布岳を前にしてようやく期待が高まりました。

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2014年12月 6日 (土)

河口湖 白糸の滝

11/20(木)、河口湖でノンビリして、朝食もたっぷり食べて帰路につきましたが、まっすぐ帰るのもつまらないのでどこに行こうかと相談した結果「白糸の滝」に行きました。

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 「白糸の滝」へは行ったことがなく、どういうルートを走るかはカーナビ任せでした。山梨県から静岡県に向かうルートは富士山の裾野まわりの樹林帯の中でした。

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 樹林帯を抜けると、比較的近くに小高い山が連なって、その手前には牧草地帯が広がっていました。「朝霧高原」あたりであることを知り、牧場が現れて牛や馬が草を食んでいたりする姿を見ることができました。空は厚い雲に覆われていて、前日の青空とは異なって光のない世界になっていました。春や夏の季節のいい時に、陽射しが降り注ぐような時にここを走ったら素晴らしいでしょうに。

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 河口湖から1時間もかからずに「白糸の滝」のあるスポットに着きました。駐車場から歩くとほどなく、「音止めの滝」に落ち込む流れが岩にぶつかって白い飛沫をあげていました。水流は滔々としていて、日本のどこに行ってもこういう水の流れを見ることができ、豊かな自然を確認するのでした。

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 駐車場からお土産屋が軒を連ねる道をポツポツと歩いて行くと白糸の滝が見えてきました。肌寒い早朝にもかかわらず、駐車場には大型観光バスが何台も駐まっていて、その観光客達が賑やかに滝を見上げていました。日本人は滝が好きで、欧米人は湖が好きということを何処かを旅している時にガイドさんから聞いたのを思い出しました。

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 滝壺の近くまで降りてゆくと、何本もの細い滝が並んでいました。これは富士山の雪解け水が溶岩断層から流れ出ていて、幅200m、高さ20mの崖から絹糸を垂らしたように流れる様子から「白糸の滝」と言われるようになったそうです。水量は毎秒1.5トンで、多いのか少ないのかわかりませんが、絶え間なく流れていることは確かでした。

 

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 滝壺の近くに「食行身禄の碑」がありました。富士講の開祖といわれる「長谷川角行」は、ここで滝行を行ったとか。「食行身禄」は、新田次郎の小説「富士に死す」で描かれている人物で、富士山吉田口の岩穴で入定したと言われる人物です。

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 駐車場から滝までの間にたくさんの土産物屋がありました。観光客は滝と同じくらいお土産屋にもたかっていました。そんなお土産屋でこの “あんぽ柿も売っていました。初冬の風景でした。

 

何日か前に熊野古道歩きで見た「那智滝」は絶え間なく滔々と流れ落ちていて、その大量の水はどこから来るんだろうかと思い、調べてみると何本もの渓流が集まって滝になっていたことがわかりました。「白糸の滝」は富士山の雪解け水が流れ出ているとのこと。源頼朝が “富士の巻狩り(軍事練習)” でここに立ち寄った時、 “この上に いかなる姫や おわすらん あだまき流す 白糸の滝” と歌を詠んだそうです。滝を見てこの水はどこから来るんだろうと思うのはどの時代でも同じようです。

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2014年12月 5日 (金)

河口湖 うぶや

河口湖畔で盛りを過ぎつつある紅葉を眺めたりしてゆっくりと過ごした後、この日(11/19)の宿 「湖山亭 うぶや」 へと向かいました。

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 「湖山亭 うぶや」は河口湖畔にあり、富士山を眺める宿としては最も有名で、しばしばTVの旅番組などでも取りあげられています。

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 この宿のいいところはたくさんあるのですが、特にいいなあと思ったのがチェックイン時間が2時と早めに宿に入れるところです。決して安くない宿泊料金は場所と時間を買うようなものですから、早めにチェックインできればそれだけ得した気分になります。

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 どこの部屋も湖に面していて富士山を眺めることができるということでした。確かに通された部屋は湖に面していて、少し張り出しているような展望スペースがあって、横になりながら富士山を眺めることができました。早速、温泉で汗を流し、室内展望テラスで横になりながら富士山を眺めるということをカミさんと交代で繰り返しました。

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 TVの旅番組でも富士山が見える温泉、富士山が見える露天風呂というように紹介されているとおり、富士山を見ながらの温泉は気分がいいものでした。しかししかし、この日は晴れていたからいいのですが、これが曇っていたらどうなんだろうかとか余計なことを考えてしまいました。

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 夕食時、食事処の入口には着物姿のウェイトレスさん達が出迎えてくれ、それぞれガラス張りの個室に案内されました。カミさんと二人、ウェイトレスさんに丁重に出迎えられ、コース料理の説明を受ける瞬間はいつもながら緊張の瞬間でした。

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 次から次へと料理が運ばれてきて、その都度どういう素材でどういう料理かという説明を受け、その度にうなずいたり感心したりするのでした。料理については、料金に見合う素材が確かな腕で調理されていましたので文句のつけようがないのですが、強いて言わせていただくならば吉野の竹林庵と変わらず、驚きというか意外性というものが欲しいと思ったのですが、カミさんに “それは贅沢” と言われてしまいました。

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 快適な眠りから覚め、朝風呂を浴びて、同じ場所で朝食をいただきました。いつもの我が家の食卓に比べると品数も多く、それぞれの食材が美味しく、味付けもほどよく完食しました。

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 部屋から眺めた富士山には雲がかかり始めていて、時間の経過と共に姿を隠してゆく富士山に別れを告げ、河口湖を後にしました。一日の違いで富士山が見えたり見えなかったり、運不運があります。もしこの宿で富士山が見えなかったらどのような時間の過ごし方をしたのかなあとも思ってしまいました。

 

ここ河口湖では、4/16に「富士吟景の宿」という処に泊まったことがあり、2回目の河口湖宿泊となりました。富士山を眺める宿ということでいえば、昨年の11月に山中湖の「ホテルマウント富士」に泊まったことがあり、富士山ビューのホテルや旅館ということでいえば3ヶ所泊まったことになります。「うぶや」滞在では、カミさんと交代で温泉に入って富士山を眺め、部屋で富士山を眺めを繰り返しました。ただ富士山を眺めているだけでしたが、これがちっとも飽きなかったのです。そして思ったことは、 “噴火なんかしないで 今のままの姿でいてほしい” ということでした。

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2014年12月 4日 (木)

河口湖 富士と紅葉

11/19(水)の午前中は、カチカチ山に上ってさらに三つ峠へと向かったのですが、途中で引き返しました。この日は河口湖に泊まる予定でしたので、チェックインまで時間があり、湖畔を歩きました。

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 河口湖の紅葉はもう遅いのかなと思っていたのですが、湖畔の駐車場に車を駐めて空を仰ぐと、枯れて落ち葉になる直前に燃え尽きようとでもするかのような赤が映っていました。

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 紅葉の最盛期も過ぎてシーズンオフのためか、湖畔はひっそりとしていました。いくつかベンチがあり、山で食べようと思っていた携行食を拡げました。いつも賑やかな河口湖らしくない静かな穏やかさの中で、柔らかい陽射しを浴びてのランチはなかなかのものでした。

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 こんな景色を眺めていると今年6月に訪れたニュージーランドのデカポ湖を思い出しました。それをきっかけに今年訪れたいろいろな国や場所のことを思い出し、そろそろ一年を振り返る時期にさしかかっていることに気付きました。

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 ランチを済ませて湖畔散策を続けました。シーズンに関係ない外国人が多く見られ、燃え尽き前の紅葉に感激していました。何となく目が合ったフランス人女性は気軽にモデルモードになってくれてはしゃいでいました。

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 湖畔には桜の樹が植えられていて春には桜と富士のツーショットが見られるのですが、今の時期は紅葉と富士のツーショットになりました。人工的とも思えるような均衡のとれた端麗な姿は惹きつけるものがあります。

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 宿泊先のチェックインまでまだ少し時間がありましたので、今まで歩いたことのない橋を渡った先まで来てみました。湖の上に見えている稜線は歩いたら楽しそうですが、実際に三つ峠方向への道は樹林の中で見晴らしがきかずがっかりしてしまった体験からすると同じようなものかもしれません。

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 最近は河口湖にきたら必ず立ち寄る「ワイン館」の生ワインコーナーです。生ワインももちろんなのですが、「地酒 吟醸生原酒」も魅力的で飲みたいのですが、この日も入荷していないとのことでした。残念。

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 生ワインは全て量り売りで、店内のボトルを買って詰めてもらうか、自分でボトルを持ち込むかです。最近は以前ここで買った空ボトルを持ち込むことにしています。白ワインはタンクから詰めてもらいました。

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 赤ワインは、専用の樽から詰めてもらいました。生ですので、冷やした状態を保つ必要があり、車にはクーラーボックスも用意しました。

 

チェックインまでの時間つぶしの湖畔歩きでしたが、目的のない時間の過ごし方もノンビリできていいものでした。この日は陽射しが温かく、富士山も見え、最後の紅葉も見えて、久しぶりにラッキーな日でした。静かな山中湖に対して喧噪の河口湖というイメージがあったのですが、季節外れのこういう時期、静かな湖畔の美しさという魅力を発見しました。

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2014年12月 3日 (水)

河口湖 カチカチ山

11/19(水)~20(木)と河口湖に出かけました。最初に向かったのは “カチカチ山” でした。

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 河口湖へは今までは東名高速で御殿場に行き、御殿場から一般道を走って、須走から東富士五湖自動車道路で河口湖まで行っていたのですが、今回は東名高速~圏央道~中央高速~東富士五湖自動車道路というルートを走ってみました。中央高速からも富士山が見えることがわかったのですが、高速料金が御殿場ルートに比べて1.5倍と高く、とても損した気分でした。

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 河口湖にロープウェイがあることを何となく知っていましたが、今まで乗ったことはなく試しに乗ってみました。可愛い箱で10人も乗れば一杯かなと思ったのですが、なんと50人くらい乗れることにビックリしました。

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 湖畔駅から富士見台駅まで標高差240mを3分で上りました。富士見台駅の標高は1075mで、河口湖全体を一望することができました。

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 ロープウェイの箱の上には “狸” が鎮座していて、この狸は5~10分間隔の運行に伴って一日何十回となく上ったり下ったりしていることになり、ご苦労様です。

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 富士見台駅は「天上山」という山にあり、天上山は通称 “カチカチ山” といわれています。天上山は日本昔話の “カチカチ山“ の舞台になったとのことです。それにしてもカチカチ山は、残酷な話ではありますが、山頂付近にある茶屋には多くの外国人が楽しげに集まって賑やかでした。

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 富士見台駅から少し歩くと三つ峠方面への登山口がありました。三つ峠へは3時間くらいの上りになりますが、上る意気込みを砕くようなイラストにカミさんと苦笑してしまいました。

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 三つ峠には反対側の登山口から登ったことはありましたので、河口湖側からの登山道や光景を楽しみにしていたのですが、最初こそ富士山がチラチラ見えていたものの、歩けども歩けども同じような林の中の道で、結局1時間くらい歩いたら飽きてしまい戻ることにしました。

 

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ここ天井山山頂には「小御嶽神社」がありました。富士山五合目にある「富士山小御嶽神社」から1668年に分祀して建立されたものだそうです。一人の外人が寛いでいました。

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 「小御嶽神社」を取り囲む樹林に「タルチョ」が翻っていました。タルチョはヒマラヤでよく見かけた願掛けの旗です。五色で、青・白・赤・緑・黄の順が決まっていて、天・風・火・水・地を現しているといわれています。誰かが、富士山が見えるここに願いを込めたのでしょうか。

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 天上山は、富士山を真っ正面に見ることができる絶好のポイントでした。東富士五湖自動車道路か富士スバルラインか、高速道路らしきものが富士山の裾野に向かっていて、富士山の裾野がこれだけ広く見える光景も珍しく思いました。

 

残酷なおとぎ話の舞台になったカチカチ山は、狸が居座ったロープウェイによってひっきりなしに運搬される観光客(半分以上は外国人)で大賑わいで、河口湖畔にこんなスポットがあるとは思いもよりませんでした。山頂の椅子に座っていた外国人が、富士山に向かって座禅のように足を組んで座り瞑想に耽っていたことが印象的でした。富士山のこの姿に外国人も何かを感じるのでしょうか。

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2014年12月 1日 (月)

吉野山 竹林院群芳園・殿様御膳

11/7(金)、熊野古道・吉野山歩きも最後の日は「竹林院群芳園」に宿泊し、かつての宿坊だった宿の食事をいただきました。

 

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 食事は食事処でといわれ、どんな処だろうと探索しました。各部屋とも趣が異なり、大名の殿様が使うような部屋で、いやはやと思ってしまいました。

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 食事処は回廊に取り囲まれていて、お屋敷的雰囲気でした。

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 回廊をグルッと歩いて行くと、私たちの名札が手前の部屋の入口に貼ってありました。夕食にはまだ早い時間でしたが、既に箸などがセットされていました。

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 夕食の時間になると仲居さんが呼びに来て、部屋は見事な絵が描かれた襖で閉めきられていました。立派な部屋でカミさんと差し向かいになり、普段とは異なる雰囲気にのまれてしまいました。

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 夕食の時間になると仲居さんが呼びに来て、部屋は見事な絵が描かれた襖で閉めきられていました。立派な部屋でカミさんと差し向かいになり、普段とは異なる雰囲気にのまれてしまいました。

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 かつて(2007/11)四国遍路を終えて高野山の宿坊に泊まった時、宿泊客は私一人で、食事も12畳の部屋で一人きりの殿様膳だったことを思い出してしまいました。おまけに般若湯と称する燗酒をお坊さんが運んできた時には、すっかり恐縮してしまいました。その時に比べれば、今回はカミさんがいてくれましたので、多少息詰まり感は少なかったのですが・・・。

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 翌朝の朝食も同じ部屋で、食べられないほどの料理をいただいてしまいました。

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 すっかりお腹がいっぱいになって、吉野山がまだ目覚めていない時間に帰路につきました。吉野から名阪国道、伊勢湾岸道路を経由して新東名高速を走りました。

 

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 途中「遠州森町」SAで早めの昼食をとりました。静岡名物の “とろろ” を使った「つけとろろ」で、朝食でお腹がいっぱいになったはずなのにすんなりとノドを通りました。

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 真っ正面に富士山の頭を見ながら快走し、午後1時過ぎに無事帰宅しました。ほぼ5時間の行程でした。

 

11/3(月)から11/8(土)まで6日間の熊野古道・吉野山歩きは、熊野古道新発見と吉野山再発見のテクテクで、俗世間から隔絶されたような6日間でもありました。

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