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2015年5月21日 (木)

北欧へ

明日から5/2231の日程で北欧に出かけます。

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クラブツーリズムの「大自然に魅せられる北欧4ヵ国周遊10日間」というツアーに参加します。成田~フィンランド~スウェーデン~ノルウェー~デンマークの4ヵ国を巡ります。参加者は34人という大部隊とのこと。2月のモロッコは、私一人で出かけようと思っていたらカミさんがついてきましたが、今回は私がカミさんのお供(一人ではいやとのこと)ということで、テンションが上がらないままに出発前日を迎えてしまいました。しかし未知の国を旅することはどんな国であれ興味はあります。

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 ツアー会社から送られてきたパンフレットを慌てて眺めています。立派な建物を観光するということで、それはそれとしてこういう観光名所を目の前にしたとき、果たして自分は何を感じられるのか皆目見当がつきません。要するに何を観たいのかがハッキリしていないのです。ただわかっているのは物価が高く、通貨は円もドルも使えず、それぞれの国の通貨しか使えないということ。

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 大自然に魅せられるという謳い文句の通り「5つのフィヨルドと6つの絶景ポイント」が目玉となっているようです。旅の印象は行ってみなければわからないということはモロッコで実感しました。サハラ砂漠はイメージ通りでしたが、日暮れ時のカスバは強烈な印象として残っていますし、それは思いがけないことでした。

 

前回のモロッコは一生に一度の大贅沢でビジネスクラスを利用しましたが、今回はエコノミーですので10時間20分という長時間フライトに耐えられるかどうかが心配ではあります。何はともあれ百聞は一見にしかずで、自然体でカミさんについて行こうと思っています。

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2015年5月20日 (水)

伊勢志摩・パール道路

5/15(金)、2泊3日の行程の最後の日は伊勢志摩から海沿いを走って帰路につきました。

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 08:00 女将さんの見送りを受けて漁師民宿「浜栄」を出発しました。料理も温泉もサービスも満点の宿でした。

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 宿泊した相差(おうさつ)という地域からの帰り道は、内陸部を走って有料道路に乗るのが一番早いルートですが、それでは面白くないので海岸沿いを北上することにしました。その道はパール道路といって、クネクネと曲がりながらいつの間にか小高い見晴らしのいい場所に出ました。眼下に宿泊した海辺の相差の街並みが見えました。この日は朝09:00からアワビ漁が始まると女将さんは言っていました。

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 伊勢志摩半島は海際にまで山が迫り、海はリアス式海岸が続いていて風光明媚ですので「賢島」や「合歓(ねむ)の郷」などいたるところにリゾート施設があります。このエリアでのんびり過ごすのもいいものです。

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 パール道路はその名の通り “御木本真珠の発祥地で、 ”的矢牡蠣などのブランド牡蠣や牡蠣の養殖による真珠などに関連したお店があります。牡蠣棚が設置されている入江はとても静かでした。

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 焼牡蠣や海産物を食べさせてくれる店やお土産屋が軒を連ねていて、運転しているだけで楽しくなる道でした。もう一泊くらい伊勢志摩で宿泊するのもいいかもしれません。

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 パール道路は鳥羽市内の手前で終わり、市内から有料道路に乗りやがて伊勢湾岸道路に入りました。この伊勢湾岸道路は伊勢神宮や吉野や熊野などに行くときに通るルートで、名古屋港前の湾上に架けられた橋の規模と道の広さは日本一ではないかと思うくらいダイナミックです。いつもここを通るとああ旅も終わりだなあ、これから先はまた日常だなあと思うのです。

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 伊勢湾岸道路から東名高速、新東名と快調に飛ばせる道が続きました。この新東名が空いているときはカーレースのコースのようです。500kmの距離でも休憩やSAでの買い物などの時間を入れても5~6時間で自宅に着いてしまいますのでとても便利です。

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 今回は3日間で1,200kmくらい走りました。最も気を遣って、反面その分楽しむことができたのが高野天川線(大峯高野街道すずかけの道)でした。地図で見ると天川村から高野山へのこのルートは、奈良県と和歌山県の県境となっている山岳地帯を東から西へと突っ切る道となっています。高野山に宿泊できなかったために天川村に泊まることになり、結果としてこのルートを走ることになり、緑の濃い素晴らしい自然に出会うことができました。

 

4月の桜の時期には京都、秋には室堂・立山で過ごすのが年中行事となりつつありますが、暑い夏の時期の避暑地が見つかりません。軽井沢や山中湖あるいは北アルプスなどは混みそうですし、気分的に落ち着けそうもありません。その点、今回2回目の訪問となった天川村は修験道の聖地らしい落ち着いた雰囲気です。夏になれば林間学校なども開かれるそうで開放的になり、修験道という重く感じられる雰囲気も多少薄らぎそうですし、手頃な山や川があって自然豊かですし、好きな温泉もありますので好適地の一つかなと思いました。自宅から560km(所要時間6時間:高速道路料金+ガソリン代=往復3万円)と多少遠いのが難点でもありますが、今回のように帰路伊勢志摩半島に一泊して美味しい魚料理を食べるのもいいかもしれません。

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2015年5月19日 (火)

伊勢神宮

5/14(木)の午前中、高野山への参拝をすませて伊勢神宮へと向かいました。高野山から伊勢神宮への道は、ナビで見ると215km・4時間となっていてまさか羽曳野市や富田林市、八尾など大阪経由とは思ってもいませんでしたのでいささか疲れました。

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 高野山を11:00に出発して予定通り4時間で伊勢神宮に着きました。伊勢神宮は内宮と外宮があり、正式参拝順序は外宮からということでしたので外宮にお参りしました。

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 外宮は内宮に比べると規模も小さく訪れる人も少ないようでした。外宮は正式には「豊受大神宮(とようけだいじんぐう)」といいます。

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 2013年には20年ごとの式年遷宮が外宮でも行われました。ここ「正宮(しょうぐう)」は深閑としていました。正宮を前にして手を合わせると、気持ちが無になったり逆に急に何かを思いついたりその時によって様々です。

    

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 外宮の参拝の後、車で10分くらいの距離の内宮へと移動しました。外宮の橋が左側通行でしたが内宮への入り口の宇治橋は右側通行になっていました。

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 宇治橋を渡ってしばらく歩くと五十鈴川のほとりに出ました。この御手洗場は心身を清める場ともいわれています。手を浸すとそれほどの冷たさは感じませんでした。

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 伊勢神宮には何回も来ていますが、雨模様なのは初めてでした。敷き詰められた玉砂利の音もしっとりとして、緑も雨に濡れて色濃くなり落ち着いたとてもいい雰囲気でした。

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 伊勢神宮の内宮は広大な敷地の中にあり、その最大の特徴はシンプルさにあるようです。何の飾りもなく、この五丈殿にしても屋根が緩やかなカーブを描いているだけで、それが美しいのです。

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 内宮の正宮はここから先は撮影禁止です。内宮は正式には「皇大神宮(こうたいじんぐう)」と呼ばれていて、社殿の中心の「正殿(しょうでん)」は、五重の垣根に囲まれています。お寺や普通の神社で手を合わせるときは何かをお願いするのですが、伊勢神宮ではお願い事をするには恐れ多いような神々しさを感じてしまい、ただ手を合わせるだけでした。

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 時間は16:00近くで、広い参道も人影が見えなくなりました。広くてシンプルで余計なものが何もない分想像力をかき立てられます。

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 内宮の参拝をすませて「おかげ横丁」に寄りました。雨脚が強くなってきて、店じまいをするお店も出てきていました。

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 伊勢神宮の正式参拝をすませ、そこから車で45分の漁師民宿「浜栄」さんに着きました。ここは初めてですが、結構いろいろな芸能人が訪れているようでした。この日の宿泊は私たち二人だけで貸し切り状態でラッキーでした。(壁に貼ってあった写真を転写させていただきました)

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 あまり期待していなかったのですが、天然温泉で民宿の割には浴室も大きくジャグジーになっていて、貸し切り状態でしたのでノビノビと何回も入りました。

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 五右衛門風呂風の露天風呂は一人しか入れませんし、狭い空間でしたが外気はのぼせることがなくいつまでも入っていることができ、すっかり旅の疲れをとることができました。

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 鯛やヒラメ、アワビやサザエの舟盛り、伊勢エビの躍り食い(しばらくは目の前で動いていました)、煮魚や焼き魚、最後に釜飯が出てすっかり満腹状態になりました。食後寝る前と朝、温泉に浸かり、やはり車の運転で少し疲れたのかこの日も熟睡してしまいました。

 

天川村から高野山へ、高野山から伊勢神宮へと聖地を結んだ旅は、日本の原点・大和心に触れてみたいという期待通りでした。かと言って、日頃の行いがいいわけではありませんので心身ともに浄化されたわけではありませんが、とてもすっきりした気分にはなれました。

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2015年5月18日 (月)

高野山

5/14(木)は天川村から高野山と伊勢神宮を目指しました。

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 居心地のよかった天川村・洞(どろ)川温泉の行者の宿、無理を言って05:00起き06:00早朝出発させてもらいました。行者通りもまだひっそりと眠りについていました。

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 奈良県の天川村から和歌山県の高野山へのルートはいろいろあるようで、ナビで検索すると48km、2時間というルートが表示されましたが、宿泊した「紀の国屋甚八」のご主人に教えていただいたルートは半分くらいの時間とのことでしたのでこちらを選択しました。奈良県と和歌山県の県境の山奥へと入る道でした。

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 狭い道が続いて不安だったのですが、唯一「大峯高野街道すずかけの道」という標識があり、ちゃんとした道であることがわかりほっとしました。この県道53号線は「高野天川線」ともいわれ、高野山と天川村という二つの聖地を結ぶルートでもあり、特別な道を走っている気分になりました。

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 フロントガラスに映し出される景観は素晴らしく、なるほど二つの聖地を結ぶルートのようでもありました。 “山紫水明” という言葉通りの景色を目にして、この道を走るだけでも来た甲斐がありました。

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 少しずつ高度が上がっているなあと思っているうちに高野山系の峰々の中に入ったようで、濃い緑に覆われた山々が波のようにうねっていました。

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 06:00に天川村を出発して08:00、結局慣れない道の慣れない運転で2時間かかって高野山に到着しました。かなりの混雑が予想されましたので早朝出発したのですが、やはり駐車場をぎりぎりセーフで確保できました。この「壇上伽藍(中門)」は、高野山創建1200年を記念して建立されたものだそうです。ここから奥の院までは3kmくらいをブラブラと歩きました。

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 「金剛峯寺」の山門。ここへは2007年に四国巡礼の帰路に寄ったのですが、とてもひっそりとしていたのを覚えています。

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 本堂の前には幟が立てられ、本堂には幕が張られていて華やかな雰囲気でした。

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 前回は本堂に入ることもできず、愛想も何もない寺だなあと思いましたが、今回は早朝から法話を聞く人たちが詰めかけていて、これでは高野山にある何十という宿坊が満杯になるわけで納得しました。

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 表からはわからないのですが、中に入ってみるとかなり大きなお寺で、回廊伝いに歩くだけでもかなりの時間がかかりました。さすがに真言宗の総本山だけのことはあります。

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 金剛峯寺から15分くらい歩くと奥の院へと続く墓所の道の入り口に着きました。

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 両脇に杉の大木と大きな墓石が立ち並ぶ参道は誰もが厳粛な気持ちになります。日射しが強い日でしたが、ここばかりは空気はヒヤリと澄んでいました。

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 ここでは皇室から戦国大名の6割、近代の大企業経営者の墓まで20万基以上あるといわれています。中でも徳川家や織田家の墓所は大きいのですが、ライバルだった明智光秀や石田三成の墓所もあり、今は仲良く肩を並べています。ここを歩いていると様々な歴史的な出来事や人物像が頭に浮かんできて飽きませんでした。高野山の開祖、弘法大師空海のスケールの大きさを再認識するのでした。

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 奥の院の手前の中ノ橋あたりから人が増え始めました。ここから先は聖域ですので撮影禁止です。ここも2回目ですが、今回は奥の院の中まで入ることができ日頃拝むことができない仏像を見たり、建物の内部を見ることができました。

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 「弘法大師御廟」(撮影禁止ですので、パンフレットから引用させていただきました)は、大師信仰の中心聖地です。弘法大師はここに「入定」したといわれ、今でもここに参る人を救い続けているといわれています。また今日でも生きているともいわれ、灯明は絶やさず灯し続けられ、食事も供えられています。

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 高野山には117の寺院、そのうち宿坊は52あり、最近は精進料理や客室、お風呂や庭園などが競われているようです。

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 2007年に宿泊したとき、大きな宿坊でたった一人で宿泊し、大広間でたった一人で食事をし、大きな風呂に一人、深夜トイレに起きたとき長い廊下を歩いたことが鮮明に思い出されました。

 

高野山の混雑は想像以上で、そのために宿坊の予約が取れず天川村に宿泊することになり、それが天川村の良さを再発見することになり、また天川村から高野山への53号線は聖地を結ぶ自然豊かなルートで、思いがけない素晴らしい旅となりました。

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2015年5月17日 (日)

天川村・行者の宿

5/13(水)の昼頃に奈良県吉野郡天川村に着き、「天河大弁財天社」や「栃尾観音堂」などを訪ねた後、宿泊する「洞(どろ)川温泉」に向かいました。

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 洞川温泉は、大峯山脈の主峰「山上ヶ岳」に源を発する山上川沿いに開けた温泉地です。天川村役場からは車で5分くらい山の中に入ったところにあります。

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 山上川を挟んで街並みが広がっていますので、何本もの橋が架かっています。

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 俗に言う温泉街は山上川の流れに平行していて、両脇の旅館に挟まれたこのメインストリートは「行者さん通り」と呼ばれています。

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 洞川温泉の旅館は、その全てが大峯山登山を志す行者(登山者)たちの宿泊所で、いたるところで「行者の宿」とか「行者の湯」とかいう看板が目につきました。山岳信仰の聖地ともいえるここにはたくさんの「講」(同様に富士講などがあります)があり、それぞれの講の指定宿泊所となっているようです。

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 ほとんどの旅館は、「行者の宿」にふさわしく飾り気がなく質素な佇まいなのですが、中には風情のある旅館もあります。

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 この「行者さん通り」は、同じ吉野郡の桜の名所「吉野」の参道を何分の一かに縮小したような雰囲気ですが、吉野では仏具や衣装のお店やお土産屋が軒を連ねていて賑やかで華やかなのですが、ここでは名物「陀羅尼助(だらにすけ)」を扱う店が一軒だけあり、いかにも「行者さん通り」の名にふさわしく質素そのものです。

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 陀羅尼助は、昨年の秋に吉野に行ったときに買い求めました。「陀羅尼助」は内臓の不調には万能薬といわれ、我が家には海外旅行の必須アイテムとなっていますので、今月(5/2231)の北欧旅行分もしっかりとゲットしました。幸か不幸か、今まで陀羅尼助のお世話になったことはなくいわばお守り代わりでもあります。

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 私たちが宿泊したのは「紀の国屋甚八」といういたってシンプルな店構えの旅館でした。それでも玄関脇に掲げられた宿泊者名を見ると、私たちを含めて5組の宿泊者がいるようでした。

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 通された部屋は母屋から独立した離れでしたので、ゆっくりと寛ぐことができました。部屋は二間続きで、大人数のグループ(講)にも対応できるようになっていましたので広さも十分でした。

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 夕食は “行者膳” とでもいうのでしょうか、大ぶりのお膳に一人前の山の幸・川の幸の数々がのって出てきました。それぞれ味付けがしっかりしていて美味しく、またご飯も美味しく珍しく完食しました。

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 翌日は山の中の未知のルートを高野山に向かうため早朝出発したく、無理を言って前の晩に朝食用の弁当を作っていただきました。このシンプルな “おむすび弁当” はお米が立っていましたので翌日冷めた状態でも美味しく食べることができました。

 

夕食前と夕食後、温泉に入って9時過ぎには寝入ってしまい、行者気分は食事で味わっただけでしたが、気持ちが落ち着ける行者の宿でした。痒いところに手が届くような気遣い(おもてなし)も心地よく、ご主人には翌日の高野山へのルートも丁寧に教えていただきました。

 

さすがに山間の温泉地のせいかとても涼しく寒いくらいでしたので、もう少し安く泊まれる旅館か他の宿泊施設があれば夏の暑い時期に長期宿泊もいいかなとも思いました。気が向いたら大峯山やそれが無理なら周辺の手頃な山に登るのもいいし、山上川沿いにはたくさんのオートキャンプ場もあり、川遊びもいいかもしれません。

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2015年5月16日 (土)

天川村散策

5/13(水)から2泊3日の行程で、天川村、高野山、伊勢神宮、伊勢志摩へのドライブに出かけました。

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 5/13(水)の06:00に自宅を出発、心配された台風の影響もなく、東名高速では真っ正面に富士山を眺めながら快適なドライブが始まりました。一泊目は高野山の宿坊に泊まりたかったのですが、どこも予約で一杯ということで、次善の策として天川村に宿泊することにしました。

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 天川村への道は、高速道路を降りると山の奥へ奥へと入りました。

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 今回は二回目の訪問で、最初にここを訪れたときは本当にこの先に村があるんだろうかとか、対向車と行き交ったら通り抜けできるだろうかとヒヤヒヤしながら運転しましたが、今回は全く不安を感じることはありませんでした。

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 いくつかのトンネルを抜けると、そこには別天地が開けました。

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 自宅を出発して6時間、天川村に着き、最初に「天河大弁財天社」を訪れました。ここも二回目の訪問でした。

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 ここ「天河大弁財天社」は、広島・厳島、琵琶湖・竹生島と並ぶ日本三大弁財天の一つといわれています。それはともかくとして、山の中に分け入ってトンネルを抜けて辿り着く、この現世から隔絶されたような雰囲気が好きなのです。

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 拝殿と向き合うようにして設けられた舞台、ここは芸能の神としても知られていて芸能関係者がよく訪れるとのことです。この舞台の袖にじっと佇んでいると何ともいえない静かな気持ちになれます。

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 次に訪れたのが「天河大弁財天社」から車で5分くらいのところにある「栃尾観音堂」でした。こちらは今回初めてでした。山上川という小さな川に架かる橋を渡ったところにひっそりとありました。

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 お堂の中に入ることはできましたが、内部はさらに扉がありさすがに鍵がかかっていました。ガラス越しに内部をみると円空が彫ったという「大弁財天女立像」や「聖観音菩薩立像」、「金剛童子立像」、「胎内仏」などが祀られていました。

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 これはガラス越しに撮影した「大弁財天女立像」(85.7cm)です。円空仏は、荒削りでありながら多くの人を惹きつけるといわれています。円空は江戸初期の人(1632年生)で、ここ天川村に訪れたたくさんの修験者の一人で、「大峯山寺」や「天河大弁財天社」、ここ「栃尾観音堂」などに16体の仏像が残されているとのことです。

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 次に向かったのが大峯山の登山口でした。大峯山は憧れの山なのですが、修験者の登る山と聞いていますし、なかなか登る勇気がありません。ここまでは前回も来た場所です。

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 登山口という案内板に従って先に進むと「母公堂」というお堂がありました。修験道の開祖といわれる「役行者(えんのぎょうじゃ)」の母を祀った堂でした。ここから登山口になるのですが、ここは 女人結界となっていて女性はここから先には入ることはできないのですが、最近は女性は強くなり無視をして入ってしまう人もいるそうで、こういう時代ですから黙認されているようです。特に関西のおばちゃんたちが多いそうです。

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 大峯山脈の主峰「山上ヶ岳」(1726m)を望むことができました。大峯登山は命綱をつけて谷底を覗く「西の覗き」という荒行が有名で、登山時間は5~6時間といわれていて、この山に登るには白装束を身につけないといけないような気もしますし、やはり自分には無理です。

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 大峯山は諦めて、天川村近くのハイキングコースを少し歩いてみました。さすがに修験道の村で、滝行の行場がありましたがもちろんパスしました。

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 行者登山のプチ体験のような登山道を少し歩きました。緑がみずみずしく気持ちのいいハイキングとなりました。

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 途中に吊り橋があり、その先の小高い山まで行って戻りました。ドライブでなまった脚のいいトレーニングになりました。

 

自宅から天川村まで560km、ほとんどが東名高速から伊勢湾岸道路などの有料道路ですので、6時間くらいの所要時間ですが、山奥に分け入りいくつかのトンネルとくぐると「異界」へと辿り着きました。今回も、天川村にいるだけで心身ともに浄化されるような気がしました。

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2015年5月12日 (火)

天川村へ

今年の前半は2月にモロッコへ、4月に長崎の五島列島に行きました。モロッコは異国情緒を満喫しましたし、五島列島はキリシタンの信仰に触れましたが、そろそろ日本的な雰囲気、それも原点に近い大和心を感じることができる場所に行ってみたいと思っていました。温泉も1月に星野リゾート青森屋で入って以来ですのでできたら温泉にも浸かってみたいということで、高野山と伊勢神宮に行ってみようと思い立ちました。

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 あれこれ考えて思いついたのが高野山でした。高野山へは、2007年に四国巡礼で八十八番札所にお参りの後高野山にも参拝しました。そのとき大きな宿坊に泊まり、宿泊客は私一人で滅多にない経験をしました。今回も同じ宿坊に泊まろうと思って予約を入れたところ満杯で、他の何十とある宿坊も満杯で、周辺の都市のホテルも満杯ということで高野山宿泊は諦めました。

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 さらにあれこれ考えて行き着いたのが奈良県吉野郡天川村でした。以前吉野に行ったついでに塩沼亮潤大阿闍梨が千日回峰行で歩いた道を訪ね、その時立ち寄ったのが天川村という独特の雰囲気をもった村でした。天川村から高野山へは山の中の奥深い道を2時間くらいで行けそうですので天川村に泊まることにしました。

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天川村にはいくつかの温泉があり、今回は洞川温泉というところに泊まることにしました。この資料は天川村に立ち寄ったときにもらったパンフレットで、なにやら楽しそうです。

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 洞川温泉は楽しそうでもありますが、一方では「霊気宿る」ところでもあるようで、どんなところでしょうか。

 

とはいえ、天川村まで500kmの距離がありますので車で9時間はかかりそうで、現地到着は夕方近くになりそうです。明日(5/13)の早朝出発して、温泉に浸かって、翌日は高野山から伊勢神宮へと向かい、志摩半島の民宿に泊まって5/15に戻る予定です。どんな旅になるのか楽しみです。

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2015年5月 2日 (土)

江ノ島 歩け歩け

5/1(金)、GWに突入してどこへ行っても混んでいそうでしたし、このところめっきり歩く機会がなくなっていましたので、江ノ島まで歩くことにしました。

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 自宅から江ノ島まで歩くコースは、自分で決めている二つのコースがあります。一つは戸塚、北鎌倉、鎌倉を経由するコースで、二つ目は境川という川沿いを下るコースで、この日は川沿いを下りました。先ず、自宅を出発して南西の方向、富士山を目指して歩き始めました。

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 08:00に自宅を出発して08:37、境川という川に突き当たりました。この川が江ノ島に流れ着いていますので、川沿いをどこまでも歩いて行けば江ノ島に辿り着けるのです。

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 このルートは3~4年ぶりで、この標識は以前にはなかったものです。多分津波対策の一環ではないかと思われました。この地点まで4kmくらい歩いていましたので、江ノ島まであと15.5kmとすると自宅から江ノ島まで20kmという行程になります。

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 川沿いの道(藤沢大和自転車歩行者道路)にも別に標識があり、これは以前からあったもので0.5kmごとに表示されていますので、自分の歩行速度を推測するのに便利です。ここでいう国道1号(東海道)とは藤沢のことです。二つの標識はほぼ同じ地点に建てられていますので、藤沢までは9.0km、藤沢から江ノ島(鎌倉市ではなく藤沢市です)までは6.5kmくらいということがわかりました。

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 境川は、左手の横浜市(泉区)と右手の大和市(やがて藤沢市になります)の間をゆったりと蛇行しながら流れていました。天気は快晴、風は薫るような爽やかな風が吹いてきてこれ以上ないウオーキング日和でした。とはいえ、景色は代わり映えがなく2時間も歩いていると飽きてくる景色でもありました。

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 退屈さをわずかに紛らわしてくれたのが路端の花でした。しかし、もともとこのルートは見所が少なく歩くことを楽しむためのコースであり、歩くことそのものが楽しめない時には歩きたくないコースなのです。

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 09:40 湘南台という、私鉄が何本も乗り入れている大きな街のあたりに出ました。出発して2時間弱で少し疲労を感じる時間帯、ここから藤沢まで6.5km、江ノ島まで13.0km、ギブアップするならここから私鉄に乗ればいとも簡単に自宅に戻ることができるのですが、この日は先へと進むことにしました。このポイントは唯一木陰のある場所で、初春には見事な桜を見ることができます。

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 出発して3時間、11:19 藤沢市に着きました。ここは東海道の藤沢宿で、2006年に東海道歩きの時に通った道でした。

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 藤沢市内に入るとしばらくは境川から離れて街中歩きとなりました。ここから江ノ島までまだ6kmくらいあり、ちょっとうんざりしました。

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 11:49 脚は疲れ、お腹も空きましたので市内の目についたラーメン屋に飛びこみました。歩いている時や山歩きの時には無性に醤油ラーメンが食べたくなるのですが、この時のラーメンは大当たりでした。シコシコの細麺にしっかりとした出汁と薄い醤油味に元気は回復したのですが。

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 12:44 再び境川沿いの道に出、しばらく歩くと名物の釜揚げシラスや漁船など、ようやく河口の雰囲気になってきてホッとしました。

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 12:55 境川は、江ノ島を目の前にして相模湾の海水と混じり合いました。それにしても海の包容力は凄いものです。滔々と流れ込む水を呑み込み、太平洋岸でも日本海岸でもたくさんの川の水が海に流れ込んでいます。

 

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 青い海と青い空、遠くには入道雲、波打ち際で戯れる若者達、江ノ島の目の前の浜は一足早い初夏の雰囲気でした。

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 私は久しぶりの長距離歩きで疲れ果て、江ノ島の橋を渡ることも、お土産屋が軒を連ねる参道を上ることも、神社に通じる石段を上ることもあきらめ、最も近い小田急線江ノ島駅から帰路につきました。

 

先週行った今年初めての丹沢登山(8合目まで)に続いての今年初めての長距離歩き、体力・脚力の衰えを痛切に感じました。海外や国内旅行の機会が増え、その分歩く機会が少なくなりあっと言う間に体力が衰えているようです。反省のテクテクでした。

 


 

 

 

 

 

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