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2016年4月29日 (金)

横須賀歩き 居酒屋探訪

4/25(月) 数十年ぶりとなる猿島上陸の後、 おりょうさんの街 を通り、観音崎から黒船ゆかりの地・浦賀まで歩きました。浦賀からは京急電鉄に乗りました。

 

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 京急電鉄に乗って横須賀中央駅で途中下車し、地場の魚を売っている “Yokosuka Port Market” に向かいました。

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 ここは三浦半島近海でとれた魚を中心の直売マーケットで、最近は観光バスが立ち寄ったり、昼時には2階にある魚が安くて旨い食堂には行列ができたりと、賑わいをみせています。

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 朝獲れの魚の刺身セット、海鮮丼、マグロなど、どれも旨そうなのです。

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 とりわけ惹かれたのが地タコとマコカレイで、夕食の酒のツマミに買いました。

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 この日の目的は二つ、一つはブラブラ歩きでもう一つは居酒屋でした。夕暮れにはまだまだ早い時間でしたが、居酒屋を物色しながらブラブラと歩きました。横須賀は、横浜のような大都会に比べるとこじんまりとしていて、身の丈というか、気持ちがフッと緩やかになります。日が暮れてあちこち明かりが灯る頃の街歩きは趣があります。

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 横須賀の酒飲みで知らない人がいない「中央酒場」は、高校時代の仲間たちのたまり場でもあります。朝10:00からオープンしているありがたい店でもあります。

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 こちらの居酒屋は、24時間営業というさらにありがたい店です。

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 駅の周辺にはこういう路地がいくつもあって、お目当ての居酒屋もこの辻にあるのですが、この日は好物の しこいわし がないといわれてパスしました。

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 結局、新鮮な魚が食べたいと思い、昼食に海鮮丼を食べた、ここも24時間営業の店に入りました。店内には魚メニューがびっしりと書かれていて、どれにしようかなとキョロキョロしてしまいました。

 

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 生け簀には、好物の旨そうなアジも泳いでしますし、貝類もいろいろ。

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 調理場も活気があって、なかなか楽しい雰囲気でした。聞けば昨年オープンしたとか。

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 日本酒をオーダーすると突き出しは 魚の丸玉薩摩揚げ と いわしの一夜干し で、火に炙って食べましたが、旨かったのでした。

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 “鯛まつり のパンフレットに誘われました。

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 酒のツマミに、アジの活き作り(動いていました)と「愛南漁協」の鯛刺し、小腹を満たすために 愛南鯛の桜寿司 をオーダーしました。満足しました。

 

テクテクが目的なのか居酒屋が目的なのかといえば、両方が目的です。どちらか一つというのはちょっと物足りないのです。横須賀歩きは二つの目的を満たしてくれますし、なんといっても24時間営業だの朝10時からオープンだという居酒屋があり、横須賀は酒飲み天国なのです。

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2016年4月28日 (木)

横須賀歩き 歴史探訪

4/25(月) 数十年ぶりとなる、東京湾に浮かぶ無人島・猿島に上陸した後、海沿いに沿って行けるところまで、できたら三浦海岸辺りまで行きたいと思って歩き始めたのですが。

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 三笠公園から市内に戻り、気がついたらちょっと早めのお昼時でした。横須賀中央駅を降りてすぐに目についたのが、24時間営業の水産会社の居酒屋でした。

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 軽くノドを潤しながら、海鮮丼で腹ごしらえをしてさあ出発しました。

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 駅前から海辺に出る道の途中、「米が浜通」というところに「おりょう会館」という地域密着型の多目的ホール、いわば葬祭殿があり、その入口に坂本龍馬の妻「おりょうさん」の胸像があります。横須賀は、おりょうさんが晩年を過ごした場所でもあります。

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 米が浜通を歩いて行くと、「料亭 小松」があります。1885年(明治18年)に開業以来、大日本帝国海軍の多くの海軍軍人に愛好された料亭です。海軍大将山本五十六などもよく利用したといわれています。

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 明治の開業以来、軍港都市横須賀と共に歴史を刻んできて、戦後は、在日米海軍や海上自衛隊関係者に利用され、海軍料亭とも呼ばれています。現在も料亭として営業しています。

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 「米が浜通」は、哀愁が漂うような古い町なのですが、夜になると面白そうなスナックや小さな飲み屋もあります。 からおけ 昔ばなし という店名は、カラオケ ではなく からおけ がいいですし、昔ばなし という店名もいいです。このネーミングの主はどんな人だろうとか、いろいろ想像してしまいました。こんな出会いが町歩きの面白いところです。

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 この人の実家は、「米が浜通」の先の三春町というところにあります。父親小泉純一郎元首相のお祖父さん(小泉又次郎)は、鳶職人から国会議員になった人で、入れ墨がある国会議員としても有名で、ヤクザから慕われたとか親交があったとかいわれています。世が世なら問題ありですが、気っぷの良さは代々小泉家の血筋のようです。

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 小泉進次郎氏の実家がある三春町の先は大津町となり、 おりょうさんの街 という幟が立っていました。数年前に歩いたときにはなかったものです。

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 坂本龍馬の妻 おりょうさんの街 というポスターも目につきました。

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 ここ大津町にある浄土宗のお寺、信楽寺(しんぎょうじ)には おりょうさん のお墓があります。

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 坂本龍馬を助けた寺田屋事件や龍馬との新婚旅行とか、 おりょうさん の華々しかった時期に比べて、龍馬の死後は 腹の底から親切だったのは西郷と勝そしてお登勢(寺田屋女将)だけだった と述懐しているように、辛い時期を過ごしたようです。困窮した時期もあり、晩年は横須賀で再婚しました。龍馬の死後143年ぶりに(2010.1.15)ここで合同慰霊祭が催されました。墓碑には再婚した夫の西村松兵衛の名ではなく「贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓」と刻まれています。

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 おりょうさん の本名は楢崎龍、1906115日に64年の生涯を全うしました。決して幸せではなかった晩年ですが、未だにお詣りする人がいて、新しい花が供えられていて、救われる気持ちです。

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 ようやく海沿いの道に出ました。ここは「馬堀海岸」から「走水海岸」へと続く海岸で、この先には日本武尊(やまとたけるのみこと)と后の弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)が祀られている「走水神社」があります。日本武尊の一行が上総国へ渡ろうとした時、強風と荒海に進退窮まり、后の弟橘媛命が海中に身を投げて海を鎮めたそうです。その結果、日本武尊一行は、水の上を走るように上総国に渡ることができ、この地が 走水(はしりみず) と呼ばれるようになったとのこと。奈良時代の初期に編纂された「古事記」や「日本書紀」にも記されています。現在は、海岸は遊歩道として整備されています。

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 「走水海岸」からさらに海沿いに沿って歩いて行くと、「観音崎京急ホテル」前を通る「ボードウオーク」という遊歩道に出ました。波が足下に打ち寄せてくる、海を間近に感じることができる道です。

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 この日は引き潮で波もなく、おまけに暑いと思うくらい暖かい陽気で、靴と靴下を脱いで海に入りたいくらいでしたが、先を急ぎました。

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 暖かい陽気に誘われて、ノンビリと東京湾を航行する船を眺めている人たちも気持ちよさそうでした。

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 「ボードウオーク」の先には岸壁があり、釣りをしている人たちもいて、海はいろいろ楽しませてくれます。

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 白く見える灯台は「観音埼灯台」で、1869年に点灯した日本最古の洋式灯台です。東京湾、浦賀水道を照らしています。灯台は、それぞれ灯す光の色と点滅する時間間隔が決められていて、海図に表記されています。船乗りは、夜間に光の色や点滅の時間間隔を見て、それがどこの灯台であるかを判断します。この近くには小原台という高台があり、現在は防衛大学が建てられていますが、幕末の頃、阪本龍馬や徳川幕府の武士たちが黒船を見に来たそうです。

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 観音埼灯台を眺めながら海沿いの道を歩いて行くと、京急鉄道の浦賀駅前に出ました。駅の前は旧「浦賀造船所」があり、現在はこのような絵が描かれた壁に囲まれています。1853年のペリー来航(いわゆる黒船)により、日本でも大型船の建造が必要になり、ここに造船所が造られました。1859年に、日本初のドライドックが完成し、アメリカに向かう咸臨丸の整備が行われました。

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 旧「浦賀造船所」を囲んでいる壁には、海沿いの道の地図もありました。できればさらに歩いて三浦海岸辺りまで行きたいと思っていたのですが、厚さと疲労で浦賀駅前でギブアップしました。

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 京急電鉄浦賀駅は、終着の駅です。品川方面から来た電車は途中で久里浜や三浦海岸方向に向かう路線と分かれています。この駅から乗車するのも数十年ぶりでした。京急電鉄は半島を走る電車というイメージがあり、旅情を感じる鉄道です。

 

横須賀の中心部(中央駅)から米が浜通、三春町、大津町、馬堀海岸、走水海岸、観音埼、浦賀と歩いた道は、図らずも歴史探訪の道でしたが、この先 岬めぐり(勝手にそう呼んでいます)へと続く道でもあります。 岬めぐり は、何年か前に数回歩いたことのある道で、海沿いの道ですので、天気が良くないと歩きたくない道です。このところ、花曇りというかあまり青空が顔を出さない日が多く、空を眺めてはため息をついています。

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2016年4月27日 (水)

横須賀歩き 猿島

パタゴニアから戻って、京都の花見や福島の温泉を挟んで、「パタゴニア物語」が終了し、すっかり気が抜けてしまいました。桜もあっという間に散ってしまい、その後花曇りの日が続き、なかなか歩く気持ちになれなかったのですが、4/25(月)ようやく少し歩きたくなりました。そして、できたら美味しい魚も食べたいと横須賀にでかけました。

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 横須賀は、社会人になるまで過ごした地でいわば故郷です。時々居酒屋巡りに出かけたりもしたのですが、ここ数年ご無沙汰していました。久しぶりの故郷の駅に降り立ちました。

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 今回の横須賀歩きは、先ず数十年ぶりとなる猿島を訪れ、その後は海沿いの道を行けるところまで歩こうと思い、猿島行きの桟橋がある三笠公園へと向かいました。三笠公園は、日露戦争で活躍した「戦艦三笠」が陸上停泊している公園で、その中心には海軍大将で「戦艦三笠」を旗艦とする連合艦隊を率いた東郷平八郎の像が建っています。

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 (インターネットより転載) 東郷平八郎は、薩摩藩出身で、日本海海戦では当時無敵といわれたロシア帝国海軍バルチック艦隊を一方的に破って世界の注目を集めました。 沈黙の提督 とか 東洋のネルソン などとあだ名されました。いい面魂しています。

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 「戦艦三笠」は、今から110年前(1904年)の日ロ戦争時、日本艦隊の旗艦で、この時司令官だった東郷平八郎が揚げさせたZ旗は 興国の興廃この一戦にあり を意味するものとして有名です。こうして陸に停泊している、バルチック艦隊を破ったこの戦艦は大きいのか小さいのか、感覚的に掴めませんでした。

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 大砲が火を噴き、敵艦からも砲弾を浴びて、その結果が国の命運を決したわけで、それは110年前のできごとで、110年という歴史が遠い昔なのかそれほど昔ではないのか、これも感覚が掴めませんでした。

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 「戦艦三笠」を眺めて感慨に耽っていると、猿島行きの連絡船が着岸しました。猿島に行くのは数十年ぶりで、その当時の船と比べるととてもスマートで見違えるようでした。

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 猿島は三笠公園からは目と鼻の先で、三笠港と猿島港の間は10分くらいです。乗り物は、飛行機でも船でも電車でも自動車でも何でも好きですので、乗るだけで楽しかったのです。そういえば、パタゴニアではたくさんいろいろな船に乗りました。

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 月曜日の朝でしたので、こんな時に島に渡ろうという物好きは自分くらいかなと思っていたのですが、上陸した人は10人くらいいて、半分くらいは若い人たちでビックリしました。

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 上陸すると 海軍港 という石碑があり、ここは要塞だったということを改めて実感しました。自分がここに来たのは、子どもの頃父親に連れられて釣りに、高校の同窓生と何となく、とかいう記憶が残っていて、その頃はあまり軍事的な要塞という意識はあまりありませんでした。

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 桟橋の前には広いボードデッキが広がっていて、ちょっとしたリゾート地のイメージでした。

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 簡単なパンフレットの地図を頼りに歩き始めました。ここは東京湾に浮かぶ無人島で、幕末から第二次世界大戦までは、首都防衛拠点でした。昔、島で遊んだときは、要塞跡は荒れ果てていて、それはそれでアドベンチャー気分になれたものでした。

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 レンガ造りのトンネルとしては日本で最も古い建造物の一つで、中には旧日本軍の司令部や弾薬庫が設置されていました。要塞のような古く重苦しい雰囲気はあまりしませんでした。

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 戦争時には、戦闘機による空爆に備えてあちこちレンガ造りのトンネルが造られたようです。トンネルを抜けて次のトンネルまでの小さい広場には明るい陽射しが当たっていました。現在は、どういうわけか “愛のトンネル” と呼ばれているそうです。

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 砲台が撤去された跡が残されていましたが、これで首都を防衛できたのかなあと思ってしまいました。第二次世界大戦末期の首都圏大空襲の時にも、連合軍は占領後の利用を考えて横須賀軍港や猿島は空襲しなかったといわれています。

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 東京湾には多くの船が行き交っているのですが、この日はポカポカ陽気で春霞状態となっていて航行している船影はボンヤリとしていました。

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 トンネルを抜けた小高い丘の上から海岸まではちょっとした高低差がありました。

 

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階段を降りてゆくと途中に「日蓮洞窟」がありました。この洞窟からは縄文時代や弥生時代の土器が出土し、また日蓮聖人にまつわる伝説も残されています。この洞窟はかなり奥行きが深いようです。

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 海辺に降りてゆくと、昔この辺りで釣り糸を垂れたことを思い出しました。この日は、海は穏やかなうえに引き潮でしたので、磯遊びにはうってつけでした。

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 島内を小一時間で回り終えて船着き場前の砂浜に戻りました。ここは夏には海水浴場になります。釣りをする人、なんとなく浜辺を歩いている人など、ノンビリとした海辺の光景でした。

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 同じ船便で上陸した若者たちは、島内を歩くことなくBBQに取り組んでいて、なかなか火が付かないと楽しそうに大騒ぎしていました。食材は持ち込みで、BBQセットはレンタルだそうです。猿島は横須賀市が管理していて、無人島で海水浴、BBQ、釣り、散策などのレジャーができるということをPRしていて、レジャーの島というイメージがだいぶ浸透しているようです。

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 三笠港と猿島は2kmで、1時間くらいノンビリしていると帰りの船が着きました。30人くらいの人が乗っていて、観光PRも行き届いているようでした。

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 この先、海沿いの道を歩きたいと思っていましたのでゆっくりと磯遊びをするわけにもいかず、9:30の船で上陸し、10:45の船で戻りました。

 

数十年ぶりの猿島は要塞跡を整備しつつも、無人島でレジャーの島として、すっかりイメージチェンジしていました。子どもの頃の記憶を思い出し、 来し方行く末 を思ったりもしたのでした。

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2016年4月23日 (土)

パタゴニア物語45 アディオス

2/17(水) ブエノスアイレスで最後の観光をした後、リオデジャネイロ経由でドバイへ、ドバイから成田へと地球の反対側への長いフライトが始まりました。

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 現地時間17:57  ブエノスアイレス発21:30ドバイ行きのフライト手続きのために、搭乗手続きにカウンターへと向かいましたら、大きな団体(高校のラグビーチーム)がいて、長蛇の列でおまけに遅々として行列は進みませんでした。時間はまだたっぷりありましたのでよかったのですが、結局ドバイまで一緒でした。

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 現地時間20:23  搭乗する飛行機は往路と同じエミレーツ航空でした。先ず、ここブエノスアイレスからリオデジャネイロまで3時間、リオで2時間の機内待機、リオからドバイまでが14時間のフライトとなります。19時間、この飛行機の中に居ることになります。

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 出発1時間前、長距離フライトは往路で経験していましたので、不安感はありませんでしたが、それでもちょっとした覚悟は必要でした。

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 予定通りのフライトでホッとしました。エミレーツ航空は、顧客満足度が高いといわれているのですが、往路ではJALANAなどの日系航空会社の方がいいと思いました。それでも決して悪くはなかったので、長距離フライトも安心はしていました。いいと思ったのは、アルコール類のオーダーが気安くいくらでもできたこと。

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 ラッキーだったのは、シートがエコノミークラスの最前列でしたので、前のシートがなくて足を伸ばすことができたことでした。隣には香港人(自分ではそう言っていました)の二人連れで、礼儀正しく寝てばかりいる人で助かりました。

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 予定通りブエノスアイレスを飛び立って1時間後(22:34)に最初の食事が出ました。これから先の事を考えると、食べる量は腹八分目くらいにしました。

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 ほぼ3時間でリオデジャネイロに到着し、1時間半の機内待機の後、再び飛び立ちました。飛びって間もなく(現地時間04:16)に、食事が出てきました。朝食ということになるのでしょうか。

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 出される食事は朝食だか昼食だかわからなくなりましたが、まだ先は長く、眠れる時は寝ておこうと寝酒にウィスキーをオーダーしました。時間からみれば朝酒ということになります。

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 ブエノスアイレスを飛び立って、3回目の食事となりました。この頃には、サラダとかデザートだけにして腹五分目くらいになりました。アルコールはビールやワインをきちんと飲みました。

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 現地時間00:33 ドバイに到着し、ここで添乗員のHitomiさんたち関西組と別れました。ドバイ空港は広く、乗り継ぎ機の搭乗口まではかなり距離はありましたが、トランジット時間は2時間ありましたので、余裕でした。

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 深夜(現地時間01:49)というのに、待合室にはたくさんの乗客が待っていました。世界の飛行場では、朝とか夜とかという時間的な感覚はなくなり、搭乗の時間だけが標準時間になったみたいでした。

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 深夜(現地時間01:49)というのに、待合室にはたくさんの乗客が待っていました。世界の飛行場では、朝とか夜とかという時間的な感覚はなくなり、搭乗の時間だけが標準時間になったみたいでした。

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 シートは通路側。機内はほぼ満席でしたが、隣のシートは空席で、その隣は日本人の若い男性でしたので、ラッキーでした。ここドバイ発02::55(現地時間)で、成田までは9時間25分ですので、ブエノスアイレスからドバイまでの19時間に比べれば楽なものでした。疲れはあまり感じていませんでした。

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 離陸前のCAの独特のユニフォームですが、飛行機が上空で安定飛行に入ると軽装になります。

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 (日本時間09:14 以下同じ) 離陸して1時間ちょっとで食事が出ました。嬉しかったのは和定食で、サーモンになんと日本ソバが添えられていました。サーモンも日本ソバも美味しかったし、やはり日本食はいいです。

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 モニターで行程を見ると、ドバイからインド、中国の上空を横切って成田へと向かうルートを飛んでいました。

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 10:36 一眠りしようと、寝酒にウィスキーをオーダーしました。

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 10:50 離陸して3時間経過して、インドのデイリーの上空を飛んでいました。

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 15:15 離陸して7時間経過して、最後の食事が出ました。成田まで2時間となり、頭の中は先ず夕食で何を食べようかということで一杯になり、やはり鮨でも食べたいと思いましたので、この時はワインとフルーツだけにしました。

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 そして、定刻(17:20)に成田に到着し、リムジンでYCATへと向かいました。

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 リムジンは首都高を走り、みなとみらい地区に到着し、17日間の旅が終わりました。

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 今回のルートは、成田からドバイを経由してアフリカ大陸と大西洋を越えてアルゼンチン・ブエノスアイレスまで30時間という長距離移動でした。添乗員さんの話では、世界一距離の長いフライトとのことでした。昨年の11月に南米ペルーに行った時は成田からサンフランシスコとロスを経由してペルー・リマまで19時間のフライトでした。昨年は東に向かい、今年は西に向かってともに地球の反対側に到達しましたので、往復では地球を2周したことになりました。パタゴニアには行きたいが長距離フライトが嫌と思って躊躇していたのですが、行ってみればどうということはなかったのでした。食事をして、好きな本を読んで、飲みたくなったら酒を飲んで、眠たくなったら眠っていればいいわけですから、多少の窮屈は我慢すれば極楽のようなものでした。もし、時間と資金があったらパタゴニアにもう一度行ってみたいとも思っていますし、パタゴニアのおかげでどんな長距離フライトでも大丈夫という自信がつきました。

 

今まで行った海外の中では、モルディヴ、ヒマラヤ、パタゴニアの3ヶ所が特に思い出に残る場所となりました。

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2016年4月22日 (金)

パタゴニア物語44 タンゴ発祥の地ボカ

2/17(水) ツアー15日目となりました。前夜、本場のタンゴを楽しんだ余韻が抜け切れていませんでしたが、ブエノスアイレスの市内散策などで最後の観光を楽しみました。

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 午前中は自由行動でしたので、ホテルの近くを散策しました。サンマルティン広場は、緑が多く、その緑も濃く、都会のど真ん中にいることを忘れてしまうほどでした。

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 廃車になったバスかなと思ったのですが、れっきとした現役の観光バスで、ボディにはタンゴの絵が描かれていました。昨晩の過激な踊りを思い出しました。

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 緑の多いサンマルティン広場を抜けると、日本の銀座通りのような歩行者天国でもあるフロリダ通りに出ました。まだ10時前(09:52)で、開店j前の店が多かったのですが、雨上がりの道はしっとりとしていて、落ち着いていていい雰囲気でした。

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 何を買うという当てもなく、海外の街をブラブラと歩くのはいいものでした。

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 イタリアのバールのような、ショットバーがありました。カウンターで一杯やっている羨ましい人がいましたが、さすがにこの時間では入るわけにはいきませんでした。

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 街角に立つ変なおじさん、こういう面白い人が必ず居るもんですね。楽しくなりました。

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 午前中の自由散策の後、バスに乗って市内の観光地巡りをしました。ここは、アルゼンチンで最も有名な政治家や著名人が眠る墓地で、ブエノスアイレスで最も訪れる人が多い観光地の一つだそうです。雰囲気はまるで異なりますが、日本でいえば、織田信長や豊臣秀吉などの歴史上の人物から財界人までのお墓がある高野山奥の院の参道のようなものでしょうか。

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 昼食の時間になり、今回のツアーで最後の食事となりました。町一番の肉専門の老舗レストランへ。

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 店の入口には、大きな赤ワインのボトルをはじめ、赤ワインがズラリと並んでいました。

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 ツアー仲間の皆さんとまとまってテーブルを囲むのはこれが最後でしたので、乾杯しました。

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 メニューは、当然ビーフステーキで、フィレ肉の塊でした。

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 噛み応えがありましたが、ほどよいミディアムで、ジューシーでした。

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 アルゼンチンの味を堪能し、完食しました。

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 昼食後、バスでボカ地区へと向かいました。ボカ地区にはプロサッカーチームのスタジアムがありました。

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 地元のボカ・ジュニアーズはアルゼンチンでも強豪チームです。世界中のサッカーファンにもよく知られているチームです。

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 ちょっとした空き地では、未来のマラドーナを夢見て、少年たちがボールを追いかけていました。

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 やがて、タンゴ発祥の地ボカ地区のカミニート地区に入り、ここで自由時間となりました。

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 カミニート地区は、「母を訪ねて三千里」という、昔小さい頃悲しく切ない思いでテレビで見たり、本で読んだりしたストーリーの舞台になった場所でもあります。

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 街角の小さな舞台でタンゴを踊っていました。

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 昨晩のタンゴの余韻を楽しもうと、飲んべえのS氏と舞台の目の前のテーブルで、ビールを飲みながら鑑賞しました。劇場で見るタンゴとはまた異なった趣がありました。

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 タンゴは、どうやら客寄せのためのもので、さらにこんなポーズで有料記念写真を撮ることを商売にしているようでした。誘われたのですが、さすがにそれは恥ずかしい。

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 ブエノスアイレスの市内観光を終えて、国際空港へと向かいました。

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 空港が近くなったところで、添乗員のHitomiさんから挨拶がありました。まだお別れではないのですが、ドバイからは東京組と関西組とは別便になり、東京組はHitomiさんとはドバイでお別れとりますので、早めの挨拶となりました。

 

アルゼンチンの思い出がたくさんできました。本場のタンゴ、ビフテキと赤ワイン。アルゼンチンは、長期にわたる独裁政権に苦しみ、現在は経済危機に陥っている国です。辛いことや悲しいことがたくさんある国で、タンゴのメ哀切のロディーはそのシンボルのようでもあります。それでもつらさや悲しささえも楽しんでしまおうという明るさはやはり南米気質ということなのでしょうか。

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2016年4月21日 (木)

パタゴニア物語43 タンゴ

ツアー14日目、2/16(火)の夜、希望者にはオプションでタンゴショーがありました。本場のタンゴをライブで見たいと思っていましたので参加しました。

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 夕食後、21:00にホテルに迎えの車が来て、タンゴショーの会場に向かいました。入口にはポスターが貼ってあり、そこには誰でもタンゴを踊っている姿が描かれていました。

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 舞台には、タンゴ発祥の地ボカ地区の実際の小屋が移築されていて、ポカ地区の街角の雰囲気を演出していました。

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 私たちの席は一階だったのですが、二階に上がってみました。舞台を見下ろす形になっていて、既に何人かの人がいました。舞台に向かって左手には、日本人観光客と思われる10人ぐらいのグループの人たちが座っていました。

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 私たちの席は、一階の舞台の目の前で、舞台まで23mの至近距離で、特等席のような場所でした。私たちの仲間の参加者は4人でした。飲んべえのS氏と岡山からご夫婦で参加(ビジネスクラスというリッチなお二人)の4人でした。ツードリンク付きということで私はシャンパンをオーダーしたのですが、ショーの合間にも何杯でもついでくれ、結局飲み放題でした。

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 観客の入りはこの時点では8割くらいでしたが、ショー始まる頃には満杯となっていました。

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 私たちの席の前にはVIPらしきカップルが陣取っていて、舞台を背景に記念写真を撮っていました。

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 ライブショーが始まりました。最初に登場したのがバンドネオン奏者の二人。バンドネオンはタンゴには欠かせない楽器で、現在この楽器を奏ける人は世界的にも少なく、日本ではほんの数人だそうです。

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 タンゴでは、バイオリンも重要な楽器で、透き通るような悲しいような音を聴かせてくれました。

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 やがて4人の女性ダンサーが登場して、その周りに男性性ダンサーが集まり、男性が女性を口説くというストーリー仕立てでした。

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 目の前で展開される華麗なステップとタンゴのメロディーに、あっという間にタンゴの世界に引き込まれてしまいました。

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 曲が終わる度にダンサーが入れ替わり、それぞれ異なったリズムや踊りが目の前で繰り広げられました。

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 ソロは会場がシーンとなるほど、心に沁みてきました。グラスが空になる度にウエイターがついでくれるシャンパンを飲みながら、うっとりと聴いていました。

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 ピアノ奏者は端整な顔立ちで、真剣に鍵盤に向かっていて、ソロ部分では大きな拍手喝采を浴びていました。

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 楽器演奏者だけによるライブも聴き応えありました。素人目にもさすがプロと思える迫力で、この演奏だけでもこのショーの価値があると思いました。

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 二人目のソロ歌手が登場し、素晴らしい歌声を聞かせてくれました。

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 舞台で展開される踊りは、時には静かに、時には過激に、すっかり本場のタンゴに魅了されました。

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 最後にゴッドファーザー風の渋いおじさんが登場して、渋い歌を聴かせてくれました。

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 ホテルに戻って、深夜でしたが、間近に聴いたタンゴのメロディや目の前での静かなステップや過激な踊りが耳に目に残っていて、なかなか寝付かれませんでした。

 

海外旅行でのショーの鑑賞は、ガッカリすることも多かったのですが、久しぶりにプロの技に感動しました。女性ダンサーのステップや身のこなしも華麗でしたが、男性ダンサーの粋なこと、格好良かったです。楽器演奏者の真剣さにも感動しました。

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2016年4月20日 (水)

パタゴニア物語42 ブエノスアイレスへ

2/15(月) 風と氷河に圧倒されたパタゴニアの大地を離れる日が来ました。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスへと向かいました。

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 氷河の想像以上のスケールと迫力に驚き、ペルトモレノ氷河を後にしました。国立公園エリアの山岳地帯を抜けると、湖の上には青空と白い雲が折り重なっていて、パタゴニアでは見慣れた景色がここにもありました。

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 途中、氷河博物館に立ち寄りました。ここは遮るものがない平原に建てられているのですが、強風で大型バスが揺れていて、少し忘れかかっていたパタゴニアの風を思い出しました。

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 館内で、氷河の成り立ちや氷河研究や氷河探検の歴史のビデオを見ました。氷河の中は、ダイビングで見た水中と同じようなマリンブルーの世界でした。

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 館内に展示されていた雪の結晶、こんなにも様々な形状があるとは驚きでした。それぞれがとても美しいデザインでした。

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 館内には氷河バーもありました。防寒具を身に着けて氷点下20℃の部屋に入ると氷で造られたカウンター、テーブル、椅子などがあり、氷のジョッキでビールやウィスキーなどのお酒やジュースなどを飲むというものでした。体験してみようか迷ったのですが、パスしました。

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 氷河博物館の後、カラファテの繁華街に寄りました。賑やかな観光地で、暖かい陽射しを浴びて、人もワンちゃんも寛いでいました。

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 とても楽しい町で、街並みそのものが遊園地みたいでした。ここで、お土産の定番Tシャツを買いました。

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 ホテルに戻り、夕食になり乾杯しました。氷河トレッキングや見物で強い日射しを浴びて誰もが随分陽に焼けていました。

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 ぐっすりと眠り、目覚めれば湖の向こうには雲が薄紅色に染まっていました。

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 ホテルを10:30に出発し、ブエノスアイレスに向かうために国内線のターミナルへと向かいました。昼食は、ホテルが用意してくれたランチボックスで、空港内のロビーで食べました。

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 南米ではお馴染みのLAN航空に搭乗すると、定刻に離陸しました。機体がフワーッと浮き上がるとすぐに、氷河が溶けたグリーンがかった湖が眼下にありました。

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 眼下には、パタゴニアの褐色の大地と碧い海が現れたり消えたりを繰り返していました。 刻一刻とパタゴニアから遠ざかりました。

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 感慨に耽る間もなく、ブエノスアイレスの上空にさしかかりました。ビルが建ち並び、久しぶりに見る都会の景観でした。

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 飛行機のタラップを降りた瞬間、パタゴニアはここで終わったと実感しました。ブエノスアイレスはアルゼンチンの首都で、人口は289万人と少ないのですが、周辺のエリアを含む大ブエノスアイレス都市圏の都市圏人口は1,312万人で世界第20位の大きな都市なのです。

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 国内線ですので特にチェックなどはなく、スーツケースを受け取った後、現地のガイドさんと合流しました。

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 着いたホテルは、2週間前に成田から長時間フライトでアルゼンチンに着いた時に宿泊したのと同じホテルでした。夜遅く到着し、寝る間もなく夜中の2時に起床した思い出のホテルで、つい先日のような遠い昔のような・・・ボーッとした気分でした。

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 ツアー14日目の夕食は、レストランで食べる最後の夕食となりました。

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 手元に残っていた現地通貨を全て使い切ってしまおうと、赤ワインをボトルでオーダーし、飲んべえのS氏とあっという間に飲んでしまいました。

 

風を感じて氷河に圧倒されたパタゴニアを離れました。まだ長いフライトが残ってはいましたが、 アディオス パタゴニア となりました。

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2016年4月19日 (火)

パタゴニア物語41 氷河崩落

2/15(月) ペルトモレノ氷河の迫力に圧倒されつつ、さらに氷河の周辺を散策し、どっぷりと氷河の世界に浸りました。

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 展望台の木道は広く、アップダウンもあるのですが、ガイドのカルロスさんは慣れているせいか、巨体をものともしないであちこち案内してくれました。

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 お昼近くになりましたので、私たちは湖畔の木道の道をハイキングがてらレストランへと向かいました。

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 湖畔の高台にレストランがありました。

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 レストランの窓からは氷河を見ることができ、食事をしながらの氷河見物ということになりました。

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 生ビールがあるということで、飲んべえのS氏と久しぶりの生ビールで乾杯しました。登山基地の町チャルテンで美味しい生ビールを飲んでしまったせいか、ここでのビールはイマイチでした。

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 バイキング形式でしたので、前菜風に野菜をたっぷりといただきました。

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 湖畔のプチホテルで食べた前日の夕食、ビーフシチュー風の肉と野菜の煮込みがあり、美味しくお代わりしました。

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 食事をしながらの氷河見物、氷壁の近くを遊覧船が浮かんでいました。お昼になり、気温が上昇したために崩落の頻度が高くなりました。近くで落ちる瞬間を見たり、轟音を聞いたりしたらさぞかし迫力があることでしょう。

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 一瞬間に合わなかった崩落でした。水しぶきが上がり、湖面が揺れ、しばらくするとまた元の静けさに戻っていました。

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 食後は、専用バスが待っていてくれ、再び氷河展望台へと戻りました。

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 自由行動の時間となりましたので、展望台の高いところから氷河見物をしました。下の方の張りだした展望デッキには観光客の姿が小さく見えました。

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 崩落した氷河、言葉もなく見つめるばかりでした。

 

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 待機していた専用バスに乗り込み、カラファテへと向かいました。

 

これで、グレイ氷河見物、ビエマド氷河トレッキング、ペルトモレノ氷河見物と続いた氷河シリーズは終わりました。パタゴニアは風と氷河の大地といわれているのですが、私にとっては風の大地というイメージが強く、氷河はいわばオマケぐらいに考えていたのですが、想像以上の氷河のスケールと迫力に圧倒され、認識を改めました。

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2016年4月18日 (月)

パタゴニア物語40 虹の氷河

2/15(月) ツアー13日目、湖畔のプチホテルをベースに氷河見物に出かけました。今回のツアーで最後の観光スポットです。

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 バスは、ロス・グラシアレス国立公園の大氷原目指して湖畔の道を走りました。気持ちよく晴れ上がった朝でした。

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 ここは既に国立公園かと思うほど、環境も野生生物も保護されていて、素晴らしい景色でした。

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 うっすらとピンク色の羽根をまとったフラミンゴが寛いでいました。ノンビリとした水辺の風景でした。

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 国立公園に入る車はここで全てチェックされていました。

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 私たちのバスもチェックを受けた後、ガイドのカルロスさんからロス・グラシアレス国立公園の説明がありました。ロス・グラシアスとはスペイン語の「氷河」の複数形なので、公園名は「氷河群」ということになります。

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 バスから頻繁に眺めたこの変なものは、数日前の湖畔歩きの時にも見た 老人の顎髭 でした。この不思議な寄生植物がヒラヒラ風に吹かれているのを見て、何だろうと思ったものでしたが、正体がわかりました。

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 国立公園の中を進んで行くと、美しい景色が現れました。湖の水は氷河が溶け出した養分を含んだグリーンがかった色で、湖面には光が当たっているのですが、その先には霧が立ちこめていて、多分あの辺りに氷河があり、氷河によって冷やされた大気が霧になっているものと思われました。

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 湖の沿って進むと、湖の先に白く輝く氷河が見えてきて、その氷河は滝が流れ落ちるように見えました。氷河の上には虹がかかっていました。

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 さらに近づくと、滝が流れ落ちるように見えた氷河はその先が見通せない氷原でした。これは、南極、グリーンランドに次ぐ、地球で3番目に広い面積をもつ南パタゴニア氷原の一部で、ペリトモレノ氷河でした。

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 ペリトモレノ氷河の展望台はパタゴニアの最大の観光地となっていて、観光客が続々と詰めかけていました。

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 氷河見物の展望台には木道の道があり、ガイドのカルロスさんに続いて、氷河へと向かいました。氷河にかかる虹はますます濃さを増し、カルロスさん曰く、たまに虹が出ることはあるが、これだけハッキリと長時間かかっているのは珍しいとのことでした。

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 遠くから見えた氷原や氷河の表面は決して平坦ではないということは、グレイ氷河で見たりビエドマ氷河トレッキングでわかっていることですが、このペリトモレノ氷河もかなりギザギザでした。

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 TVや旅行ガイドで見たペリトモレノ氷河の代表的なアングルです。高さ60m(深さはその45倍)、長さ5kmの氷の壁は、鋭利な刃物で切り分けたケーキみたいに垂直に切り立っていて、それが何とも不思議でした。先端の方には、崩落したばかりの氷河が湖面に漂っていました。

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 日本から見ると地球の裏側の南半球は今は夏、気温の上昇と共に氷河の崩落が始まり、それがこのシーズンの最大の見物になっています。崩落シーンをカメラに収めたいと思ったのですが、谷全体に響き渡る轟音を耳にした時には既に崩落の後なのでした。

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 圧巻です、この氷の塊は何なのだろうと思ってしまうのでした。雪が積もり、氷となって氷河となるという理屈は何回も聞かされていることなのですが、この塊に圧倒されてしまいました。

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 この50mもの高さの氷壁は全長35kmの氷原となっていて、今なお一日に1.5mの速度で山肌を削りながら動いているとのこと。どれほどのエネルギーが蓄えられているのか想像もつきません。

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 広大な氷原と巨大な氷壁を目の前にすると、私たち人間の一生なんて、なんて短くも儚いものだろうと思ってしまいました。

 

何とか、氷河の崩落シーンをカメラに収めたいと思っていたのですが、轟音を耳にした時はもう遅いのです。光速と音速の違いで、稲光を目にした後数秒して雷鳴を聞くのと同じで、余程辛抱強くカメラを構えていないと無理でした。

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2016年4月17日 (日)

パタゴニア物語39 湖畔の宿

京都に花見に行ったり、福島の温泉に行ったりと寄り道をしてしまいましたので、「パタゴニア物語」が中断してしまいました。

突如(災害はいつもそうなのですが)、熊本を中心とした地震が発生し、初めて前震、本震という言葉を聞き、現在は余震が頻発しているとか。熊本市内にいる大学時代の親しい友の無事が確認でき、現地の詳しい状況もわかってきました。

5月の連休明けから56日で九州行きを予定していて、新幹線も飛行機も、現地でのレンタカーや宿泊先の予約も全て完了しているのですが、交通網が大分寸断されていますので、どうなることやらです。

こんな時にブログもないだろうと自省しつつ、まあ後ろ向き志向になるのはよくないな、こういうときこそ平常心と言い訳しつつ、「パタゴニア物語」の終盤戦を掲載いたします。

2/14(日) 氷河トレッキングと氷河トンネルくぐりを終えて、湖畔の町カフェラテへと向かいました。

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 18:00に氷河クルージングの船着き場を出発し、ほぼ2時間(19:52)走りました。道の先は、夕暮れの空と湖とが同じようなブルーの色に溶け合って、そのまま水平線か天空に突っ込んでいってしまうのではないかと思うような世界でした。

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 途中の休憩地点で、ガウチョを見かけました。ガウチョは、以前もご紹介しましたが、先住民とスペイン人との混血で、そのライフタイルはアメリカのカウボーイと似ています。そのガウチョを実際に見たのは初めてで、なかなかダンディーでした。

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 やがて町の近くにさしかかり、道路端には街灯が並んでいて、よく整備された道となりました。

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 途中、検問がありました。この日は、アルゼンチンで有名な歌手のコンサートがあり、VIPも来るということで、警察犬も動員されていました。私たちは特にチェックを受けることもなく通過しました。

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 賑やかなストリートに入ると、たくさんの人たちがコンサート会場に向かっていました。

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 20:54 バスは、町の中心部を抜けて湖畔の高台に建つホテルに着きました。大分遅い時間の到着でしたが、辺りはまだ明るかったのでした。

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 とても小さなホテルでしたが、湖畔の高台にあり、暮れかかる湖を眺めることができました。

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 私の部屋は、ロビーのすぐ脇で、窓の下には黄色いバラが咲いていました。

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 到着して、添乗員のHitomiさんがチェックイン手続きをしている間、陽気なドライバーのシリーさんは、グッタリとして椅子に座っていました。

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 ロビーがレストランにもなっていて、私たちの席が用意されていました。

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 部屋は、細かいところにオシャレっぽい工夫がされていて、アットホームなプチホテルという雰囲気でした。

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 部屋に荷物を運び入れて、すぐに食事が始まりました。てづくりのパンが用意されていました。

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 昼間トレッキングなどで行動することが多く、ワインよりもビールを飲むケースの方が多くなっているようでした。そのビールが結構いけるのでした。

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 前菜は、肉と野菜の串焼きで、美味しかった。

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 メインは、野菜多めのビーフシチューのようで、家庭料理のようでしたが、よく煮込まれていてとても美味しかったのでした。ビールでノドの渇きを癒やした後、赤ワインも飲みました。そろそろ、帰国のことが頭にちらつきだし、手元の現地通貨やドルと相談しながらアルコールを注文するようになりつつありました。

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 デザートも、しっかりとしたカカオ風味のアイスクリームで美味しかったのでした。

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 食後の一時、ダルマのM氏と寛ぎました。海外でたくさんの人と一緒になりましたが、作務衣を着ている人は初めてでした。日中の観光やハイキング・トレッキングでも、作務衣に数珠を首にかけて出かけたらと注文したのですが、さすがに断られました。

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 このホテルはファミリーで経営していてとてもアットホームでした。経営者の娘さんも、ダルマのM氏の作務衣をしきりに物珍しがっていました。

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 ホテルの一番端にサロンのような部屋があり、そこからは町の明かりが見えました。この日は有名歌手のコンサートと同時に花火大会もあるということでしたが、かなり疲れましたので部屋に戻って眠りにつきました。

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 ぐっすりと寝て目覚めると、窓の外には青空が広がっていました。この日は、氷河見物に出かけますので、天気は大丈夫そうで安心しました。

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 早朝散歩に出ました。ワンちゃんが出迎えてくれ、湖の方に歩き始めるとしばらく一緒に付いてきました。可愛いものです。

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 ホテルはちょっとした高台にあり、緩やかに下っている道を湖畔まで往復30分くらいの散歩を楽しみました。

 

湖畔のプチホテルはとても居心地のいいホテルで、もし個人旅行で来るようなことがあれば、こんなホテルに泊まりたいと思いました。まあそういう機会は訪れないと思いますが、今回は連泊ですので、その分寛ぐことができました。

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2016年4月16日 (土)

福島へ 東山温泉・向瀧

4/11(月) 私たちは東山温泉の「庄助の宿」という所に泊まったのですが、北欧に同行したAさんから東山温泉には「向瀧」という趣のある旅館があると教えてもらいました。「向瀧」は、庄助の宿から100mくらい先にありましたので、ちょっと寄ってみました。

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 Aさんの話では、明治か大正にタイムスリップしたような建物でバチバチと写真を撮ったということでしたが、確かに趣がありました。前身は会津藩上級武士の指定保養所だったもので、由緒ある宿です。

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 湯川に面していくつかの棟が並んでいて、かなり広い敷地のようでした。全部で4棟の建物があり、その建物は国の登録文化財制度の第一号に指定されているそうです。

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 増築を繰り返しているために、複雑な構造にはなっているようですが、明治6年創業とのことで、築140年以上の建物だそうです。旅館という枠を越えた貴重な建築物といえます。

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 Aさんの真似をして写真を撮っていましたら、番頭さん風の方が出てきてパンフレットをいただきました。内部の写真は撮れませんでしたので、戴いたパンフレットから転載(以下の画像全て)させていただきました。

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 パンフレットには、 水の音や山からの風が心地よい人気のスポット と書かれていて、とても風情があります。また 向瀧 祭ばやしも 絶え果てて 瀬音もさやに 夜の更けゆく と詠んだ早稲田大学12代総長の句が紹介されていて、蒼々たる人たちに愛されているようです。

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 安い部屋ですと1216,800円で泊まれるそうですが、宮内庁指定の特別貴賓室、風呂付きの部屋や景色のいい部屋などもあるそうです。安い部屋なら「庄助の宿」(今回は20,000円の部屋に泊まりました)と同じようなものなので、私にも泊まれそうです。

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 今の桜の時期に泊まるのもいいかもしれませんが、例年会津若松市に行くのは、紅葉の時期に磐梯山や安達太良山に登った時に東山温泉(庄助の宿)に泊っています。紅葉の時期に、一度泊まるのもいいかもしれません。

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 冬の時期に、こんな景色を見ながら温泉に入って、一杯やるのもよさそうです。お酒は、野口英世博士が感動したという美酒(美酒佳肴)が用意されているとか。社員の皆さんが仕込みから仕上げまで行う自前の酒で、5年熟成の原酒もあるとか。

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 料理は、会津を代表する郷土の食文化「鯉の甘煮」(庄助の宿でも食べました)、「こづゆ」、「にしんの山椒漬け」などを大切に伝えますと書かれています。それはそれで大切なことだと思いますが、老舗旅館に泊まっていつも思うのは、確かに美味しいのですが、サプライズというか感動がなく何か物足りないと思ってしまうのです。よく言えば伝統なのでしょうが。旅の楽しみの半分は食べ物だと思いますので、建物などは伝統を大事にしていただきたいと思うのですが、料理には創意工夫も必要と思ってしまうのです。

 

知らなかった「向瀧」は、こうして調べてみると旅館というより歴史的な建造物ということがわかりました。女性客をターゲットにオシャレなイメージ戦略の「庄助の宿」とは対極的です。東山温泉に限らず、温泉に泊まって寂しいと思うのは、宿はいいのですが一歩外に出ると賑わいがないということです。「向瀧」と「庄助の宿」が競い合って、また他の旅館も競い合って、賑やかな温泉街になればいいなあと思います。

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2016年4月15日 (金)

福島へ 東山温泉・庄助の宿

4/11(月) 鳥取から来たリコピンとNPO法人のケアマネのノンちゃんの二人が、福島県の温泉に行きたいとのことで、会津若松市の東山温泉・庄助の宿へご案内しました。

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 会津若松市の鶴ヶ城などを見物して、東山温泉・庄助の宿に着きました。3人旅は10年前に松江に行って以来です。

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 玄関を入るとフロントがあり、フロントは川に面して開放的で明るい雰囲気です。

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 ロビーも明るく、女性利用客を意識したインテリアになっています。

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 ロビーの一角にはきき酒セットが冷やされていて、いつでも飲むことができます。庄助の宿の由来は、 酒飲みとして知られている小原庄助さんがこの宿の温泉を愛したことに由来しているそうです。

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 小原庄助さんは、実在の人物です。20083月に奥の細道を歩いたときに、庄助さんの墓にお参りしたことがありました。酒好きとあってお墓がお銚子と杯でした。戒名は 米汁呑了信士 、辞世の言葉が 朝によし昼になおよし晩によし、飯前飯後その間もよし というもので、こんな言葉を吐いてこの世とおさらばできるなんて羨ましい限りです。

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 酒飲みの宿なのですが、近年女性客をターゲットとしたイメージ戦略に力を入れています。二人は早速浴衣を選んでいました。

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 館内には、庄助さんが使ったという石造りの浴槽が置いてあります。

 

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 この宿の敷地内にあった温泉では、新撰組の土方歳三が治療したといわれています。

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 なんといってもこの宿のウリは温泉です。この明るい通路の先には屋内の湯や露天風呂など4つの温泉があります。私は、チェックイン直後、食前、食後、就寝前、朝食前と、内湯や露天風呂など5回入りました。

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 湯川という清流を見ながら、清流の音を聴きながらの露天風呂もあります。

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 浴室でもお酒が飲めるようにお酒が用意されていますが、調子に乗って飲むと体には良くなさそうです。

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 湯川の向こう岸には 花心殿 という能舞台があります。夜になるトライとアップされて薪能が演じられて幽玄な世界が見られるのですが、東日本大震災後は中止されています。

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 今回の部屋は、檜の内風呂付きでした。浴衣に着替えた二人はにこにこ顔。ノンちゃんとリコピンは大の仲良し、ノンちゃんは組織上は私の部下。リコピンは私の仕事上の協力者で、全国的なリサーチネットワークのメンバーです。豪快でからっとしたキャラで、リーダーシップを発揮してくれる頼れる協力者です。浴衣を着ると、日頃の仕事の時とはガラッとイメージが変わりました。

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 それぞれ、露天風呂や内風呂などで一汗流して夕食となりました。

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 私は、川魚の刺身を肴に地酒をチビチビと。

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 二人は、会津の伝統料理をベースとした創作料理、食べ切れなさそうな料理を豪快に完食。鉄の胃袋を持っているようで、羨ましい限りです。

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 夕食は部屋食でしたが、朝食は別会場でバイキングです。

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 酒飲みの宿なのですが、女性へのサービスを重視している結果、宿泊客の8割くらいが女性でした。

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 朝食は、地産のものを中心にいろいろあり、ついつい取り過ぎてしまいましたが、胃への負担は少ないものばかりでした。

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 つきたての餅も美味しく、雑煮、あんこ、きなこ、ゴマなど、気を付けないとついつい食べ過ぎてしまいます。

 

庄助の宿は、正式には「庄助の宿 瀧の湯」といいます。この宿は、紅葉の時期に磐梯山や安達太良山登山の後に一汗流したいということで、数年前からの常宿となっています。いつもはカミさんと一緒なのですが、今回のようなケースは初めてです。東北の、できたら福島県の温泉に行きたいという二人のリクエストに応えたもので、私の一押しの宿は気に入ってもらえたようでした。

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2016年4月14日 (木)

福島へ 会津若松

4/10112日間、鳥取市から知人(リコピン)が10年ぶりに横浜に来ました。私が無料ボランティア(理事長)で関わっているNPO法人(訪問介護事業所)の現場責任者(ケアマネ)と遠来のお客様の二人の、お供嫌運転手として福島県会津若松市の温泉に行きました。

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 4/10(日) 鳥取から出てきたリコピンを新横浜駅で出迎えて、途中みなとみらいに寄りました。高層ビルの谷間に咲く桜も葉桜になりつつありました。

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 みなとみらい地区に係留されている練習用帆船「日本丸」は、葉桜の波間に浮かんでいるようでした。帆船「日本丸」は、定期的に帆を広げます。白い帆が風を孕むととても優雅な姿に変身します。

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 4/11(月)の早朝、二人をピックアップして、東北自動車道を北上し、途中白河IC.で一般道に出て、山の中を走りました。天気は暖かかったのですが、花曇りでした。

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 会津西街道に走り、道の駅で一休みしました。女性には興味があるのでしょうか、早速ソフトクリームを食べたり、地産の野菜や加工品を試食などしていました。

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 会津西街道と並行して会津鉄道が走っています。会津鉄道の湯野上温泉駅の駅舎は、日本で唯一茅葺き屋根だそうです。

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 駅舎の中の待合室には囲炉裏が切られていて、ゆったりと寛げる空間になっていました。

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 会津鉄道は、JR会津線を引き継いで、現在は第三セクターで運営されています。西若松と会津高原尾瀬口間を走っていて、里山の美しい景色の中を走っています。会津地方の行き来には会津西街道を走るのですが、時々二両連結の可愛い電車に出会うことがあります。

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 訪問介護事業所のNPO法人の現場責任者(ケアマネ)のノンちゃん(ヘルパーさんたちからそう呼ばれています)は、20人近くのヘルパーさんを束ねていて、日頃忙しくなかなか休暇が取れません。今回は大の親友と一緒の久しぶりの旅行ではしゃいでいました。

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 鳥取から来たリコピンは、長旅で疲れた足を湯野上温泉駅の足湯で癒やしていました。

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 この日の目的地は会津若松市内の温泉で、途中には大内宿という江戸時代の宿場町があります。茅葺き屋根の古民家が並んでいて、最近人気が出てきている宿場です。

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 全長450mの道の両側に寄棟造りの民宿や土産物屋、蕎麦屋などが建ち並んでいます。江戸時代には半農半宿の宿場でしたが、現在でもその雰囲気をよく残しています。

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 会津若松への行き来の時に何回か立ち寄ってはいるのですが、私が興味があるのは地酒です。

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 大内宿の名物は、地産の産物などいろいろありますが、 ねぎそば もそのうちの一つです。ここで昼食をとることにしました。

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 店に入ると、囲炉裏にはイワナの塩焼きが美味しそうに並んでいました。地酒で一杯やりながら食べたら旨いだろうに、車の運転がありますので断念。

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 初めて目にする名物の ねぎそば にリコピンとノンちゃんの二人は興味津々。 ねぎそば は、その名の通りネギを箸代わりにしてソバを食べながら、薬味代わりにネギをかじるというものです。

 

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ネギでソバを掬うのは大変そうでしたが悪戦苦闘しながら完食しました。

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 大内宿で昼食をすませた後、宿に入るにはまだ時間が早かったので鶴ヶ城へと向かいました。鶴ヶ城のお濠には桜がこぼれるように咲いていました。

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 桜は満開で、会津若松市の皆さんや観光客がどっと繰り出していました。東日本大震災から5年、これからいつまでも安心して満開の桜を愛でることができる年が続くことを願わずにはいられません。

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 昨年まで修復作業が続いていた天守閣も立派に修復され、堂々とした姿を見せていました。市民の皆さんはこの凜々しい姿に元気づけられていることでしょう。

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 女性はやはり 花より団子 でもあるようで、桜ソフトクリームを美味しそうに食べていました。

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 鶴ヶ城の後は飯盛山へ。飯盛山は、会津戦争に際して16歳から17歳になる武家の男子によって組織された白虎隊員19名が自刃した場所です。城下の町が火事で焼けている様を飯盛山から眺めたとき、鶴ヶ城が焼けているように見え、帰る場所がないということから自刃したものです。この日は花曇りで霞んでいましたが、肉眼では鶴ヶ城の天守閣を眺めることができました。

 

ノンちゃんとリコピンにとっては初めての会津若松市でした。鶴ヶ城公園に着いたとき、駐車場が一杯でどうしようかと思っていた時、案内係の女性が丁寧に誘導してくれました。またいたる所で親切にしても頂きました。多分これは小さい頃からの藩の教え「什 (じゅう)の掟」や保科正之の「家訓十五」などによるものと思われ、二人は大感激していました。

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2016年4月13日 (水)

京都トレイル 一期一会

4/2(土) 午前中は神明山コースを辿り、南禅寺に着きました。このコースのゴールは市営地下鉄東山駅なのですが、南禅寺近くで20年前にモルディヴで出会った人と再会することになっていました。20年ぶりの再会でちょっと緊張していました。

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 南禅寺は、誰でもが知っているような有名なお寺です。臨済宗南禅寺派の大本山で、日本最初の勅願禅寺であり、京都五山、鎌倉五山の上におかれる別格扱いのお寺です。日本の全ての禅寺の中で最も高い格式を持っています。

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 お寺も有名ですが、南禅寺の山門(三門とも)は、盗賊の石川五右衛門の 絶景かな絶景かな・・。 という台詞で有名ですが、実際の山門は五右衛門の死後30年以上経った1628年の建築だそうです。この山門に上って、五右衛門気分を味合うには500円かかります。

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 南禅寺といえば、山門と同じくらい有名なのが湯豆腐です。この日も大混雑していました。私もかつて、ここで湯豆腐を食べたことがありますが、慌ただしかったことしか記憶に残っていません。

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 南禅寺の門前から蹴上駅方向に向かうと琵琶湖疏水博物館があり、疏水水上から花見ができる遊覧船が出ていました。この時は、予約制で3時間待ちとか。

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 20年ぶりの再会となるお相手(Ryoko先生)は、1996年の12月にモルディブで出会った小学校の先生です。お母様と京都観光で、11時に瓢亭の朝がゆを予約したとのことでした。一緒にどうですかと声をかけていただいたのですが、朝がゆとはいえ6,000円ですし、お相手のお母様とは初対面で一緒の卓を囲むのはどうも苦手ということでお断りさせていただきました。

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 再会の場は瓢亭の隣の無鄰菴にしました。ここは山県有朋の別荘だったそうです。

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 待ち合わせ時間は12時過ぎということで、私は神明山コース歩きを途中で切り上げ、この無鄰菴に早めに着いて待ちました。

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 そして12時をちょっと過ぎた頃、お母様とRyoko先生が現れました。20年ぶりではありますが、すぐにわかりました。お母様は庭園を散歩されると言って席を外され、Ryoko先生とお話をしました。かつてはやんちゃ娘といった印象でしたが、20年の教員生活で、すっかり先生らしく。Ryoko先生は、この後「都をどり」見物の予定があり、私は京都駅から新幹線に乗る予定がありましたので、30分ほどでお別れしました。

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 Ryoko先生に別れを告げ、花見の人たちが続々と詰めかける中、市営地下鉄の蹴上駅へと向かいました。

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 この桜が今年の京の桜の見納めとなりました。

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 京都駅でお弁当を買って。

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 新幹線で横浜へと戻りました。

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 Ryoko先生(左から2人目、私の右隣)とは1996年の12月にモルディヴで出会いました。私は一人でしたが、たまたまクリスマスパーティーがあり、3人で来ていた福岡県の小学校の先生グループ(他のお二人はご夫婦)とテーブルが一緒になりました。

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 3人の先生方とはダイビングも一緒に楽しみ、すっかり親しくなりました。帰国後、Ryoko先生(左端)とは年賀状の交換が今まで続いていました。

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 きっかけは、今年Ryoko先生からいただいた年賀状でした。古民家を改築していると書かれていて、古民家を見るのが好きでしたから、5月の連休明けに九州を旅するときに見せていただけないかとメールを送りました。結局、日程がつかず、ひょんなことから4/2に京都で再会できるということになりました。

 

たった30分のお話しだったのですが、Ryoko先生の茶道や陶芸などのプロはだしの趣味や古民家などが例えば民泊に活用できないかなどという話題でした。

 

今回のRyoko先生の京都での日程が、瓢亭で食事をし、都をどりを観劇し、俵屋に泊まり、翌日は菊の井で食事をして、マリオット大阪に宿泊するという超豪華なもので、母娘お二人でいくらかかるのか見当もつかないようなものでした。大名旅行どころか殿様旅行です。この20年間、賀状によるサラッとしたお付き合いでしたが、毎年の賀状から思い切ったことをするという気配は感じていましたが、これほど思い切ったことをする人だとは。

 

この先、再びお目にかかることがあるのかないのか、それはお互いにわからないことですが、元気で、納得のゆく人生を歩もうということでは考えが一致しました。もうこれきりで会えないかもしれませんし、この20年ぶりの再会は 一期一会 なのかもしれません。

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2016年4月12日 (火)

京都トレイル 神明山コース

4/2(土) 京都トレイル3日目は、午前中神明山コースを歩き、午後帰宅するという予定になっていました。

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 神明山コースは、市営地下鉄の蹴上駅を出発して南禅寺を経由して東山駅に出るというもので、4.5km2時間15分という行程でした。

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 早朝、長浜駅を出発して京都へと向かいました。窓からののどかな風景を見ながらの移動は、これ自体が小さな旅のようなものでした。

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 京都駅は相変わらず混雑状態でした。

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 京都駅から市営地下鉄に乗り換えて蹴上駅で降りて地上に出ると、ここも桜が満開でたくさんの人が花見に訪れていました。

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 ガイドブックによると、神明山コースは通りの向こうのトンネルをくぐるということになっていました。トンネルの上はインクライン(傾斜鉄道)跡で土手状になっていて、花見客が一杯いました。

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 インクライン(傾斜鉄道)をくぐるトンネルは ねじりマンボ“ と呼ばれています。その謂われは、マンボはトンネルを意味する方言で、アーチ式天井は巻き貝のようにレンガが螺旋状に組まれているので、捻れて見えることから ねじりマンボ” と呼ばれるようになったとのことで、愉快なネーミングです。

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 トンネルの上には、インクライン(傾斜鉄道)のレールが残されていて、土手沿いに桜並木がありました。この日は土曜日で、満開の桜を見に大勢の人が繰り出していました。

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 インクライン(傾斜鉄道)とは、琵琶湖疏水による舟での運送ルートの一区間をなす傾斜鉄道とのこと。琵琶湖疏水は京都と大津間の舟による輸送ルートでもあるのですが、落差が大きい場所は舟が運航できないため、台車に舟を乗せて上下させるインクラインで運行していたものです。納得しました。

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 探すのが大変だった「京都一周トレイル」の案内板を何とか見つけることができました。

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 しばらく琵琶湖疏水に沿って歩きました。琵琶湖からひかれたこの水路は、京都にとっては水源であると同時に運搬ルートでもあったもので、その存在価値は計り知れないほど大きいもののように思えました。レンガ色の建物は旧水力発電所です。この発電によって我が国初の路面電車が運行されました。

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 案内板の指示に沿って進むと山道っぽくなってきました。ポツリポツリと歩いている人の姿が見られました。

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 山道は傾斜を増してきて、石段となり、登山らしい雰囲気になってきました。花見客の賑わいから少しずつシーンとした静寂な世界になりました。

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 途中の標識では、トレイルの道と反対の方向は「伊勢神宮遙拝所」とあり、伊勢神宮方向を眺めることができる展望台でもあるのでしょうか。興味をそそれられましたが、どのくらいの距離かという情報がまったくありませんでしたので諦めました。

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 かなり傾斜がきつくなり、地元の常連さんにこの先にもう一カ所急傾斜の上りがあるとか、いろいろ話を聞かせてもらいました。

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 その常連さんから、この辺りはツツジが咲く場所で今が見頃ということも教えていただきました。

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 京都市を取り囲むように東山三十六峰といわれる山々があるのですが、ここはその第19峰で神明山(218m)でした。

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 二カ所の傾斜のきつい上りをクリアして、その後は一挙の下りとなりました。ここまでちょっと汗をかきました。

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 駒ヶ滝というこの場所は、修行のための行場で、大きな樹木や岩に囲まれ、厳かなた雰囲気のある静寂境でした。

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 駒ヶ滝を過ぎると、琵琶湖疏水の分線が現れました。

 

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 この水路は、水路閣と呼ばれるレンガ造りの天空の水路でした。琵琶湖の水がいかに貴重で、また有効利用されていたかがわかります。京都にこんな場所があるとは知りませんでした。

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 水路閣を過ぎるともうそこは南禅寺の境内でした。

 

今回の京都トレイルは、1日目は伏見稲荷コース、2日目は大文字山コースの予定が雨で断念、3日目がこの日の神明山コースで、結局2つのコースを歩きました。伏見稲荷コースはあっけなく物足りない感じでしたが、この日の神明山コースはまあまあでした。全部で18コースありますので、京都観光に飽きたときには挑戦してみるのもいいかもしれません。

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2016年4月11日 (月)

京都トレイル 居酒屋巡り

4/1(金) 長浜市に連泊していましたので、夜は市内の居酒屋に繰り出しました。

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 前の日は軍鶏農場という鶏料理の居酒屋に行ったのですが、この日は隣の蔵家という居酒屋に入ってみました。何回か長浜に泊まっていても、何となく敬遠していた居酒屋でした。

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 思い切ってドアを開けて店内に入って、マスターの顔を見たときホッとしました。なんと穏やかな安らぐ顔をしていることでしょうか。

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 店内には、カウンターと小上がりの部屋と2階もありました。カウンターの目の前にはネタケースがあり、いい雰囲気でした。

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 つきだしは、鯛と大根の炊き合わせで、大根に鯛の味がしっかりしみ込んでいて、これだけみてもアタリだと直感しました。

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 日本酒リストを見ると、滋賀県の地酒が中心で、特に興味があったのが喜楽長、大治郎、御代栄の三種でした。

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 料理は、定番の刺身の盛り合わせをオーダーしました。刺身一つ一つにキレがありました。

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 興味があった三種の酒の特徴を聞いたのですが、結局 きき酒セット お好み三酒 にしました。

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 飲み比べてみるとそれぞれ微妙に風味が違うのですが、それぞれ旨かったのでした。きき酒は時々試すのですが、杯を重ねるうちに何が何だかわからなくなってしまうケースが多いのですが、この時は結構真剣にきき酒しました。

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 三種の日本酒の盃の敷物、なかなかオシャレなのですが、これは全てマスターが選んだものとのこと。

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 お刺身盛り合わせの次は鶏皮ポン酢をオーダーしました。隣の居酒屋、軍鶏農場でも同じものをオーダーしましたが、それぞれ味付けが異なりどちらも美味しかったのでした。

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 マスターが、日本酒度-60度という超甘口の酒を飲んでみませんかと、ご馳走してくれました。なるほど、ほとんど梅酒でした。

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 マスターのつくる料理のキレがよく、また笑顔でニコニコと語りかけてくれたりで、すっかりいい気分になりました。

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 三種の酒のきき酒の結果、喜楽長をオーダーしました。

 

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 マスターが、 うとうと という香川県の珍しい酒をご馳走してくれました。日本酒リストには 酸が全面にでた切れのある辛口、食中酒として幅広い飲み方ができます と書かれていました。飲み口はスッキリでした。

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 この器もマスターが見立てたもので、顔に似合わず 失礼! センスがいいのです。    

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 すっかりいい気分になって店を出ると、チャーミングな女将さんが見送ってくれました。

 

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 雨上がりの夜風に吹かれながらホテルに戻る途中、今まで気がつかなかった「中島屋食堂」という、とてもレトロ感のある食堂が目につきました。

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 うーん、いいですね、この雰囲気。明かりが灯っていましたので営業していると思ったのですが。

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 出入り口には、 ご用の方は中にいますので電話して下さい と書かれていました。気になって、インターネットで調べてみると、知る人ぞ知る店で、明治30年創業で、営業時間は11:00~夕方とありました。メニューは、麺類、丼物、寿司、地酒と肴、さば寿司やにしんそばをはじめ、鮎の姿煮などもお勧めとありました。入れば良かった~~~。

 

長浜市は行くたびにジワジワと良さが染みこんでくるようなのですが、いい居酒屋があることがとても気に入っています。今回はさらに蔵家といういい居酒屋を発見し、さらに追い打ちをかけるように中島屋食堂も発見(未体験)し、ますます気に入りました。私にとって、いい町の第一条件はいい居酒屋があることなのです。

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2016年4月 9日 (土)

京都トレイル 長浜逗留

4/1(金) 大文字山コースを断念して京都駅周辺のお寺を巡った後、宿泊している長浜へと戻りました。

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 京都駅からJR琵琶湖線に乗って1時間、長浜に着きました。琵琶湖畔には秀吉が築城した長浜城があり、長浜城は長浜城豊公園の中にあります。豊公園も桜が満開で、雨に濡れていて、訪れる人もほとんどなく、ひっそりとした一人花見でした。

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 公園の中は広く、一人ブラブラと、贅沢な時間でした。

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 桜の花びらはしっかりと満開状態のものと蕾のものとがありました。一年間の眠りから覚めて花開き、12週間くらいで散ってしまって、また来年の春を待つという自然の営みが繰り返されています。

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 公園を進むと琵琶湖の湖畔に出ました。昨年歩いた道です。

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 長浜城は秀吉が築いた城で、このお城を足場に出世を果たしましたので出世城ともいわれています。

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 長浜城内は博物館になっていて、長浜の歴史や秀吉ゆかりの物などが展示されています。

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 長浜は、浅井長政攻めの功によって織田信長から拝領された地で、長浜城は琵琶湖畔に築城されました。湖水に石垣を浸し、城内の水門から直に船の出入りができるようになっていたそうです。

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 天守閣に上ると360°の展望が開かれています。琵琶湖も一望でき、眼下には昨年歩いた道がずっと続いていて、その先は雨に煙っていて霞んでいました。

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 長浜市内に戻り、駅前のホテルにリュックを置いて、観光の中心地黒壁スクエアに出ました。春休みの最後を楽しんでいるファミリーの姿が見られました。

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 京都の賑わいを目にしていましたので、アーケードがあるメインストリートの人影はちょっと寂しく感じました。この落ち着いた雰囲気は好きなのですが、来る度に商売は成り立っているのだろうかと心配してしまいます。きっとそれなりにやって行けているのだろうと思ってはいるのですが。

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 メインストリートと直角に交差するように、北国街道など何本もの路地が左右に延びています。その路地もそれぞれに風情があります。

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 毎年4月に 長浜曳山まつり や こども歌舞伎 が行われていて、そろそろ賑やかになる頃だと思います。

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 黒壁スクエアのランドマークになっているガラス館は、日が暮れる頃になると、窓から漏れる明かりやガラスの輝きがその存在を浮き上がらせて、辺りが華やかな雰囲気になります。

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 いつもは表から雰囲気を楽しんでいるだけなのですが、初めて中に入ってみました。日頃ガラス器やガラス工芸品を見慣れていないせいか、どれがいいのかが皆目わからず、折角いいものがあるのに、自分が情けなくなるのはいつものことでした。

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 凸凹堂という変わった名前のお店は、ガラスをテーマとしたスポットで、天然石やアクセサリーのお店です。私には縁のない物ですが、オシャレ感覚は楽しいのです。

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 こちらは女性用のバッグの数々、これも私には縁がありませんが、このディスプレイにはセンスを感じます。

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 長浜市には「長浜バイオ大学」という珍しい大学があります。その大学が町興しのために様々な活動をしているようで、この マチナカ活動プロジェクト もその一つです。古いものと新しいものが絶妙にマッチしているのも長浜の魅力の一つです。

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 日が暮れて、この せんなり亭 橙 という近江牛料理専門店の明かりが灯るとホッとします。この明かりを見るとこの町もここに住む人もまだまだ元気だと思うのです。いつも入ってみようと思うのですが、さすがに一人では気後れしてしまい実現していません。

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 長浜駅前には秀吉と石田三成の像があり、今回初めて石田三成のポスターを見かけました。秀吉は関西で人気があり、また長浜城は秀吉が築城したということもあり秀吉人気は高いようで、秀吉に寵愛された石田三成も根強い人気があるようです。

 

今回は、京都市内の宿泊場所が見つからず仕方なしに長浜市に連泊となっていますが、京都の賑わいを離れて静かな街中を歩いていると、いたる所にさりげないオシャレ感覚が感じられ、来る度に居心地が良くなるのです。

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2016年4月 8日 (金)

京都トレイル お寺巡り

4/1(金) 大文字山コースを歩こうと、登山口の銀閣寺まで出かけたのですが、雨で断念しました。京都駅に戻って昼食をとった後、時間が余りましたので駅周辺のお寺を巡ることにしました。

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 最初に向かったのが京都駅正面口から1km位の所にある東本願寺でした。一度行ってみたいと思っていたお寺ですが、駅から近い割りには行く機会がありませんでした。東本願寺は真宗大谷派の本山の通称であるということとやたら大きなお寺であるということぐらいでした。なるほど、正門のどっしり感はかなりの迫力でした。

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 以前TVで、御影堂の修復ドキュメントが放映されていましたが、内部の黄金色の偉容はこの世のものとは思われませんでした。本堂や御影堂の威風堂々とした偉容は、それそのものが一つの美しさでもあります。

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 門前には大型観光バスが何台も駐まっていて、信者さんたちが参拝に訪れていましたが、この巨大な伽藍の建設費は寄進などによる浄財によるもので、いかに無税とはいえその集金力は凄いものです。過去、宗徒や門徒たちが一大武闘集団となった時代もあり、宗教の力は計り知れないものがあります。

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 京都駅の正面口とは反対の方向、新幹線口の先に東寺がありますのでそちらに向かって歩きました。ちょっと歩いただけで、駅周辺の賑わいが嘘のような静かなエアポケットのような地域になりました。昭和にタイムスリップしたような雰囲気の街でした。

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 まるで隠れ家のような「京お宿 杏」という宿がありました。京都でのホテルや旅館がほぼ満杯の状態なのですが、ここは穴場なのでしょうか。どういうお宿なのでしょうか、インターネットで検索してみました。

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 インターネットによると、「京のお宿 杏」は、暮らすように泊まる というコンセプトのゲストハウスで、伝統的な町家を改装したもので、最大5人まで宿泊できるということです。一軒丸ごとの貸し切りですので、一人宿泊は無理でした。趣があって良さそうなのに残念。京の宿泊には穴場はないようです。

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 私は歩きましたが、ここ東寺に来るには近鉄の「東寺駅」あります。京都から一駅ですので歩いても大したことはありませんでした。東寺も初めてでいつか来たいと思っていました。門から眺めた金堂のどっしり感はとてもいい雰囲気でした。

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 門をくぐると、見事な枝垂れ桜が咲いていて、モノトーン調の東寺と対象的に色鮮やかでした。

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 東寺は、真言宗の根本道場で東寺真言宗の総本山です。官寺として建立され、嵯峨天皇から弘法大師空海に下賜されたものです。「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めていますが、この日はシトシト雨が降っていて、とても静かでひっそりとしていました。

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 この講堂は835年に空海が建立したもので、単層入母屋造で純和様です。屋根の勾配、白壁と木材の朱色がとてもオシャレっぽくて、古さを感じさせません。

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 講堂の入口には「安らぎの空間 藍友禅」という看板がありましたので中に入ってみました。

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 東寺金堂は薬師如来本尊としているのですが、この講堂は大日如来を本尊としています。撮影は禁止なのですが、この日はどこかの撮影隊が撮影していて、便乗して写真を撮らせてもらいました。

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 大好きな曼荼羅画も撮影できてラッキーでした。

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 (パンフレットより転載) そして東寺には、21体の彫像が安置された立体曼荼羅という素晴らしい仏像群があります。さすがにこちらは撮影禁止となっていました。

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 講堂内では「安らぎの空間 藍友禅」が展示されていました。独特の色合い、風合いは、たしかに安らぎの空間でした。

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 藍友禅とは、日本で初めて藍染めの清楚さと京友禅の繊細さを融合させたものだそうです。新しい美の世界を切り拓いたといわれる藍友禅とは、どういう手法によるものなのか。いいものが見られてこれもラッキーでした。

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 東寺の五重塔は国宝で、東寺のシンボルになっているだけではなく京都のシンボルにもなっています。826年に空海によって創建が着手されたのですが、感性は空海没後の9世紀末でした。高さは54.8mで、木造物としては日本一の高さを誇っていて、夕暮れ時、京のあかね空を背景に見られる五重塔のシルエットは、京都のシンボルに相応しい光景です。

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 夜はライトアップされるという境内の桜は、ここでも満開でした。

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 シトシト降っていた雨もいつの間にか霧雨になり、その霧雨も消えた後、しっとりと水気を含んだ枝垂れ桜は舞妓さんの立ち姿のように艶やかでした。

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 五重塔と枝垂れ桜を背景に記念写真のシャッターを押してもらいました。

 

大文字登山が中止になったために、京都駅から近いにもかかわらず訪れることのなかった東本願寺と東寺でした。東寺では曼荼羅や藍友禅を見ることができましたし、何より静かな古刹の雰囲気をじっくりと味合うことができました。

 

 

 

 

 

 

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2016年4月 7日 (木)

京都トレイル 大文字山コース

4/1(金) 京都トレイル2日目は、大文字山コースで、最も歩きたいと思っていたルートだったのですが。

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 大文字山コースは、その名の通り大文字山に登るルートです。京都の夏の風物詩、大文字焼が行われている場所で、どんなところなのか、いつもTVなどで見ているのですが、反対に現地から京都市内を眺めたらどんなだろうかと興味はつきませんでした。

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 宿泊地の長浜を出発して京都駅に着いてみると、京都駅構内は相変わらず賑やかで、静かな長浜から来るとちょっとしたお上りさん気分でした。

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 大文字コースの出発地は銀閣寺でしたので、京都駅から市バスで「銀閣寺道」まで移動しました。銀閣寺の手前は「哲学の道」になっています。

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 哲学の道には、桜が満開状態でした。哲学の道を改めて歩くのは初めてでした。哲学の道といえば、思索に耽りながら歩くひっそりとした道をイメージしていたのですが、これほど華やかな桜並木があるとは思いませんでした。

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 朝から雨がシトシトと降っていて、それはそれで風情もありますし、雨に濡れそぼった桜も良かったのですが、何しろ目的は大文字山登山でしたので、天候が心配でした。

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 哲学の道を歩くのは適当に切り上げて、銀閣寺への参道を歩きました。傘をさしていない人、ほとんど外人、もいましたが、雨は止む気配はなく、むしろ密度の濃い雨で、山道が心配になりました。

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 ついでですので銀閣寺に寄ることにしました。銀閣寺は、修学旅行か何かの機会に一回は来たことがあると思うのですが、いつのことなのか記憶は定かではありません。

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 拝観料を払って入るといきなりの砂の庭。シンプルできれいだなあと思うのですが、こういう庭園というのですしょうか、不調法ですのでどういう心構えで鑑賞したらいいのかわかりません。

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 この光景は、禅問答を仕掛けられたような気分になります。それはさておいて、シンプルで美しく、一種のアートでもあるような気がしました。造るのは大変だと思いますし、どのように造るのか不思議です。

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 銀閣寺は正式には「慈照寺」といい、室町幕府8代将軍足利義政が造営したというのは歴史で習ったことです。金箔が貼られた金閣寺に対して、銀箔が貼られているわけではなく、何故銀閣寺と呼ばれているのか。一説によると銀箔を貼る予定だったともいわれていますが。

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 ここにもたくさんの外国人が観光に来ていましたが、彼らは銀箔のない質素な銀閣寺や、丁寧に砂がならされて幾何学模様を描いている庭をどう思っているのでしょうか。聞いてみたいものです。たまに、お寺の縁側に座って、瞑想に耽るかのように庭園をじーっと見ている外国人の姿を見かけることもありますが。

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 銀閣寺参拝もほどほどにして、大文字山コースの山道を歩き出したのですが、雨脚が強くなり、途中であった地元の人から とても滑りやすいから止めた方がいいですよ と諭されるように言われましたので、大文字登山は中止しました。

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 再び銀閣寺の門前町に戻り、雨宿り方々シュークリームを食べながら天候の回復を待ちました。

 

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 しばらく雨宿りしたのですが、雨は止む気配はなく、来たルートと同じバスで京都駅に戻りました。お昼時でしたので昼食をとろうとしたのですが、駅構内にあるお食事処はどこも行列ができていましたので、諦めました。

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 駅構内から京都タワーの方に向かって歩いてみました。ほとんどこちら側を歩いたことはないのですが、随分リニューアルされたようで、オシャレな食事処が何軒かありました。

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 季鳥屋(きどりや)というお店の「季鳥屋昼のみ」という言葉に誘われて、入りました。

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 鶏の串焼きを酒のつまみにオーダーしました。これがまた美味しく、なんでこんなに美味しいんだろうと思いました。日頃いかに美味しくない鶏を食べているかを思い知りました。

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 メインは親子丼にしました。何年ぶりかなというくらい久しぶりでしたが、これもとても美味しかったのでした。京都駅構内の飲食店は混んでいることが多く、順番を待って入っても落ち着かないことも多いのですが、駅周辺でちょっと飲んで食事するいい店を見つけました。

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 熱燗のお酒二合と、つまみの串焼きと食事の親子丼で満足して表に出ると、雨は益々強く降っていました。京都の雨もしみじみとしていていいものでした。

 

雨のために断念した「大文字コース」は本当に残念でしたが、次に京都に来るときの楽しみとなりました。

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2016年4月 6日 (水)

京都トレイル 二つの旅

3/31(木) 京都トレイルで伏見稲荷コースと祇園コースを歩いた後、宿泊先の長浜市へと向かいました。京都市内と近場周辺都市のホテルの予約が取れず、結局京都から1時間かかる長浜市に宿泊することとなりました。

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 京都駅から長浜に向かうルートは、昨年の琵琶湖テクテクで通い慣れた道でした。石山駅で途中下車して瀬田唐橋へと向かいました。

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 瀬田唐橋の下には瀬田川が流れています。桜の時期にもう一度川沿いの道を歩いてみたいと思い、「瀬田川ぐるりさんぽ道」に出ました。

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 瀬田川の畔に出ると、桜は八分咲き。

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 昨年、琵琶湖一周歩きでは、小雨の降る中を緊張しつつこの道を歩きました。振り返ってみれば一周の道のりはかなり長いものでした。今回はぶらり旅感覚で、このぶらり感はなかなかいいものです。

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 川向こうの建物は「滋賀県政年会(アーブ滋賀)」です。やはり琵琶湖一周歩きの時に宿泊した宿で、その時は宿泊客は私一人でした。今回の宿探しの時に、ここだけは空きがあるだろうと高を括っていたのですが、なんと満杯でした。

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 瀬田川沿いをブラリブラリと桜の下をノンビリと石山寺へと向かいました。

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 石山寺の石塀には慶事の幕が張り巡らされていました。石山寺は紅葉の名所として、また源氏物語の紫式部ゆかりの寺としても知られています。

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 石山寺に来た目的はこの如意輪観音で、33年に一度のご開帳となっています。

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 (撮影禁止のためインターネットより転載) 石山寺の「如意輪観世音菩薩」は日本で唯一の 「勅封秘仏本尊」です。 勅封 とは勅命(天皇の命令)によって封印されることをいい、仏像としては現在の石山寺のご本尊のみとなっているそうです。そのありがたいご本尊の扉が33年ぶりに開かれていました。

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 石山寺から再びJR石山駅へと戻りました。石山にはJRの他に京阪電鉄が乗り入れていて、その車両には楽しいイラストが描かれていました。前回は、「ちはやふる」のイラストが描かれていて、今回は「鉄道娘」が、見ているだけでも楽しくなりました。

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 石山駅近くには、前回入った「ももじろう」という気に入った居酒屋があるのですが、まだ時間が早いために営業していませんでした。他の店を物色していたところちょっと気になる居酒屋を見つけました。

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 15時から営業しているということと、この敷居の低さが気に入りました。

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 店内は想像通りいたって大衆的で、カウンターには先客の飲んべえが二人いました。

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 私は奥のテーブル席に座りました。地酒と刺身の盛り合わせをオーダーしました。看板娘の若いお姉さんは生きが良かったのですが、刺身の鮮度がイマイチでした。ビールとお酒二杯で引き上げました。

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 JR石山駅からは再びJR琵琶湖線に乗って、長浜駅に着きました。長浜には何回も来ていますので、古里に帰ってきたような気分になりました。

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 駅前のホテルで荷を下ろし、汗を流した後、夕食に出かけました。軍鶏農場は前回初めて入ってとても気に入った店でした。坂本龍馬が軍鶏が好物ということから、龍馬と軍鶏の愛好家たちが始めた店だそうです。

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 ビールの後は地酒の「四万十川」。

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 料理は、もも肉のたたきと鶏皮ポン酢。どうしてこんなにも美味しいのだろうと唸るくらいに美味しいのです。

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 最後にオーダーしたお酒も旨かったのですが、わざわざラベルを見せて貰ったのにもかかわらず銘柄が思い出せません。多分「美丈夫」?

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 締めは、定番となりつつある鳥の出汁がよくきいたラーメン。シンプルな醤油味が好きなのですが、このラーメンは別格で、特に酒の後は絶品です。

 

京都トレイルの旅でしたが、宿泊が長浜になり、華やかな京都から離れた地方都市への移動は都落ち気分のはずですが、京都トレイルと京都~長浜間の旅、二つの旅を楽しむことができました。

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2016年4月 5日 (火)

京都トレイル 祇園コース

3/31(木) 初めての京都トレイルで伏見稲荷コースを歩いた後、祇園を中心とした定番のコース「祇園コース」(勝手にコース選定して勝手に名付けたものです)を歩きました。

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 三条大橋で「東海道中膝栗毛」の弥次喜多に会った後、鴨川に沿って四条方向へと歩きました。鴨川と並行して流れている高瀬川は桜の名所でもあります。

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 高瀬川に沿って咲いている桜は年々見事になるようです。ちょうど満開の時期を迎えたようでした。

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 鴨川と高瀬川に挟まれた狭い路地、先斗町には小粋な飲食店が軒を連ねていて、ポツリポツリと明かりが灯る日暮れ時にはとても風情があります。

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 先斗町をブラブラ歩いて行くと、鴨川沿いに小さな公園があって、枝垂れ桜の種類でしょうか細い枝に寄り添うように可憐な花びらを咲かせていました。

 

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 9年前の2007.4.1に旧東海道歩きでゴールしたときここで見た桜はハラハラと風に吹かれて散り始めていました。その日、長年仕事の片腕だった男の訃報を聞いて、風に舞う桜の花びらを見たとき、あまりにも若い命の突然の終わりといつか自分も終わりは来るという諦観が重なり合ったことが昨日のようでした。

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 9年前の感慨に浸りながらも、京のこの時期の華やかさは心浮き立つものがあります。多分、京都で最も華やかな花見小路へと誘われるように脚が向かいました。

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 (パンフレットより転載) ふと、細い路地から舞妓さんが姿を現すような雰囲気がある花見小路ですが、ここへ来ると苦いような甘いような思い出が蘇ります。高校の修学旅行で、経緯は忘れましたが、置屋に入って舞妓さんと写真を撮ったり酒を飲んだりして、どういうわけだか担任の教師(悪いことに女性の厳しい先生でした)に発覚してこっぴどく怒られたことがありました。

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 京の4月は「都をどり」の季節で、一年でもっと華やかなシーズンとなります。通りにはあちこちに「都をどり」のポスターが貼り出されていました。

 

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 (パンフレットより転載) 「都をおどり」も年々盛況のようで、予約が大変のようです。女性からの人気だけではなく、京を訪れる外国人にも人気で、なかなかチケットを取るのが難しいようです。

 

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 「都をどり」は、花見小路の祇園甲部歌舞練場で4/130の期間開催されています。この時の時間は12:41で、12:30からの一回目の公演が始まったばかりで、入口はひっそりとしていました。中はきっと華やかな舞台となっていることでしょう。

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 花見小路から八坂神社へと向かいました。通称 祇園さん と呼ばれていて、7月に行われる祇園祭は日本三大祭りの一つとなっています。この祇園祭は、各地で流行した疫病の厄払いとして970年頃から行われているもので、長い歴史と伝統を持つ神社でもあります。

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 八坂神社を抜けて裏手に廻ると円山公園があり、ここの桜も手入れがよく届いていて、公園の真ん中には古木の風格を漂わせるような大木が満開の花びらを咲かせていました。いつも不思議に思うのですが、桜という花は、毎年春になると日本全国どこにでも同じように見事に花開いて、私たちを楽しませてくれます。こんな花が他にあるのかなと思いますし、桜が日本の国花でよかったとも思うのでした。

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 じっと見ていると酔ってしまいそうな気分になるのは、一枚一枚の花びらに焦点を合わせようと思っても焦点が合いにくく、全体をボンヤリと眺めるとああ美しいなあと思うからかもしれません。吉野の桜が一本一本の木はそれ程でなくても吉野山全体で眺めたときの別格の美しさと同じかもしれません。

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 円山公園の最も奥には坂本龍馬と中岡慎太郎の像があります。20代で独立してなかなかテイクオフできない時期が続いた時、関西に出張した折には必ずこの像を見に来て、自らを鼓舞したものです。多少のゆとりを持って桜を眺めたりこの像を眺めたりできることは夢のようです。

 

勝手に名付けた「祇園コース」は、高校時代、起業間もない時期、旧東海道ゴールと仕事仲間の訃報を聞いた9年前と、思い出が詰まったコースです。この時期は学校も仕事も新年度の時期で、春の訪れと共に新しい年が始まります。京の桜を見ながら、今年も!と決意を新たにしています。

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2016年4月 4日 (月)

京都トレイル 伏見稲荷コース

3/31(木) 京都トレイルに出かけました。今まで何回となく京都には出かけているのですが、「京都トレイル」という歩き方があることを初めて知りました。「トレイル」という言葉から想像するようなコースがあるのかどうか半信半疑だったのですが。

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 「京都一周トレイル」というガイドブックによると、18ものトレイルコースがあるとのことで、手始めに最も入りやすい「伏見稲荷コース」を歩いてみました。

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 新横浜から新幹線に乗りました。今年の新年早々「みちのく秘湯巡り」に出かけたときに乗って以来です。2月にパタゴニアに出かけたとき、長時間フライトを経験しましたが、飛行機に比べると新幹線の振動や轟音から感じるスピード感は怖く感じるほどで、こんな感覚は初めてでした。

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 新幹線であっという間に京都に着き、京阪電鉄に乗り換え、伏見稲荷駅からスタートしました。歩き始めて10分、お馴染みの赤い鳥居が見えてきました。

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 ガイドブックによれば、この「伏見稲荷コース」は伏見稲荷を歩くルートで、いわば通い慣れた道でした。伏見稲荷は全国3万社といわれる稲荷社の総本宮として知られています。

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本殿では、多くの参拝客や観光客たちが、願い事をしていました。商売繁盛を願う神としてしられているのですが、本来は農業神で、その歴史は1300年を超えています。私も旅の無事やその他諸々を願って、二礼、二拍、一礼しました。

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 神殿では、何かの祭事が執り行われていました。宮司や巫女さんたちの姿や雅楽の独特の響きは、厳かな気持ちになってとてもいいものでした。

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 伏見稲荷には、たくさんのキツネがいます。そのキツネは鍵などいろいろなものを銜えていてそれぞれ謂われがあります。このキツネは八分咲きとなった桜を見ていました。

 

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 日本を訪れる外国人観光客が最も訪れたい場所が、伏見稲荷の千本鳥居だそうです。赤い鳥居が連なる空間は神秘的ですし、パワースポットがイメージされます。この日は、多くの観光客が詰めかけていて、写真を撮ったりしていてとても賑やかでした。

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 ガイドブックには「京都一周トレイル」の案内板があると書いてあったのですが、なかなか見つかりませんでしたが、ようやく見つけることができました。

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 ここまでの道のりは石段の上りが続いたりして、脚に自信がない人は途中で引き返しているのですが、ここまで来る人は比較的元気な人たちです。

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 今までは、この先どこへ通じているのかわからず、ここら辺りで引き返していたのですが、今回はガイドブックに従って先に進みました。新しい道は、どんな道だろうかとかどんな風景が見られるのだろうかと興味津々でした。

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 展望が開けた場所に出て、京都市内を一望できたのですが、花曇りで気温も高めのために春霞状態で、東山三十六峰は霞んでいました。こういう場所から京都市内を眺めたのは初めてでした。

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 ポツリポツリと小さな鳥居などが現れる山の中に咲いている桜は、そこだけポッと明るくなったようでした。

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 稲荷山の最高地点は233mだそうですが、小高い山の中をクネクネと山道が続いていて、緩やかに下っていました。鎌倉市内を見下ろしながら歩くことができる「鎌倉アルプス」と同じような光景が続きました。

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 やがて住宅街に出て、ここまで歩いてきた道とはまったく異なる雰囲気となりました。ここから先、「京都一周トレイル」の案内板を見つけることができず、大体の方向感覚で歩きました。

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 住宅街を抜けると、伏見街道に出ました。「伏見稲荷コース」のゴールは、この先の東福寺でしたので、そこから先の三条大橋を目指しました。

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 三条大橋は、東京日本橋から始まる旧東海道と旧中山道のゴール地点です。ここ数年続いている4/1は京都に居ようというのは、4/12007年)という日が旧東海道を歩いてゴールした日であり、大事な仕事仲間の訃報を聞いた日でもあることから始まったことなのです。

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 三条大橋を渡って鴨川を越えると、橋の袂には「東海道中膝栗毛」の主人公、弥次喜多の像が立っています。この時期に京都を訪れたときには必ず、弥次喜多の前に立ち、2007.4.1の旧東海道歩きのゴールを思い出すようにしています。

 

初めての「京都一周トレイル」の入門はあっけないものでした。距離は4.5km、所要時間は2時間15分ということでしたが、1時間ちょっとで目標地点に着いてしまいました。超初心者コースとはいえ、トレイルというよりはオリエンテーリングのようなイメージでしたが、今まで何回となく来ていて途中で引き返していた伏見稲荷の先がどこへ通じているかわかったのは収穫でした。

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