« 2016年4月 | トップページ | 2016年6月 »

2016年5月31日 (火)

広島・九州周遊 18 最南端の駅

5/12(木) この日は、霧島を早朝出発し、薩摩半島を目指しました。途中、思い出の地となっている ”JR最南端の駅・西大山に寄ってみたいと思いました。

Photo
 行程は、鹿児島市内を走り抜けて、薩摩半島の鹿児島湾(錦江湾)沿いの道をできるだけ遠く、できたら枕崎まで行きたいと思いました。

01dsc02341_2
 前日たくさん食べて、就寝前に温泉に入ってぐっすり眠りましたので、快適に目覚めました。この日は、薩摩半島の先端まで走りたいと思っていましたが、どのくらい時間がかかるかわかりませんでしたので、朝食(7時から)はパスして、早い時間にホテルを出発しました。天気は良さそうでした。

02dsc02347
 ようやく夜が明けた時間、霧に煙る霧島温泉郷の山あいの道を、できるだけ速くしかし慎重に走りました。

03dsc02348
 鹿児島市内の有料道路に入ると前方には桜島がうっすらと見えました。

04dsc02355
 鹿児島市内を抜けてから、海沿いの道「南薩摩路」に出ました。左側は鹿児島湾(錦江湾)、右側には指宿・枕崎線が走っています。

05dsc02364
 途中、休憩する場所や展望台などがあり、そこからは指宿辺りや鹿児島湾(錦江湾)を挟んだ大隅半島の方まで見ることができました。

06dsc02369
 願いが天に通じたのか、雲一つない天気となり、温度も上がってきて霞がかかってきました。海も山も空もブルー一色のグラデーションとなりました。

 

07dsc02371

08dsc02372
 できるだけ海沿いの道をと走っていると、「篤姫ゆかりの地」に出ました。指宿市の入口にあたるこの一帯はかつての今和泉島津家の領地で、NHK大河ドラマになった「天璋院篤姫」が幼少期を過ごした地だそうです。いくつかの散策コースがあり、歩いてみたいと思ったのですが、枕崎を経由して鹿児島市内まで戻らなければなりませんでしたのでパスしました。

09dsc02373
 さらに海沿いの道を走りました。

10dsc02382
 指宿市内に入り、市街地を抜ける辺りで指宿・枕崎線の踏切がありました。今回、この鉄道に乗りたいとも思ったのですが、電車の本数が少なく車での移動となりました。

11dsc02379
 このレールは、最南端駅・西大山駅を経由して枕崎まで続いています。車ではありますが、何とか枕崎まで行きたいものです。

12dsc02384
 前方に開聞岳が真っ正面に見えてきました。この円錐形の山容から別名「薩摩富士」ともいわれています。標高は924mと日本百名山(基準は1,500m以上)の中では例外的に低い山ですが、海抜0mからの登山となるため標高差は900mあり、頂上まで3時間くらいかかるそうです。

18dsc02387
 そして “JR最南端の駅・西大山” に着きました。20106月以来二度目です。

13dsc02389
 6年前に、カミさんと二人「日本列島縦断5日間」というツアーに参加しました。羽田から飛行機で稚内に行き、最北端の駅・稚内から電車や新幹線を乗り継いで最北端の駅・西大山に着くという何ともいいようのないツアーでした。

14

15
 2010.6.12撮影) そのツアーでは、最後の鉄道として指宿駅13:17発、西大山駅13:37着の電車に乗りました。その時は、枕崎までは行きませんでした。

16tomoe
 2010.6.12撮影) 忘れもしない6年前の写真です。西大山駅に降り立ったのは、私達一行の他に若い女性が一人きりでした。大分県から来たそうで鉄道大好き人間(鉄チャン、鉄女)で、この駅に着くだけの目的で来たそうです。私達はここからはバスで移動しましたが、彼女(Tomoeさん)は待合室もない雨の無人駅で、1時間後にくる上り列車を待って戻るとのことでした。その時は、名前も何も聞かず、数分二言三言言葉を交わしただけで別れたのですが、数日後投稿をいただきました。

 

私はこの記事に載ってる鉄女(笑)です。西大山駅では写真を撮っていただきありがとうございました。あの時ブログを書いているとおっしゃっていたのに聞くことができずにお別れしてしまったので、探していました。見つけることができて嬉しかったです。あの日は雨で残念でしたね。列島縦断の旅の記録を拝見し、羨ましくてたまりませんでした。私もいつの日か同じような旅がしたいです!!! またブログに足跡を残しにきますね。出会いは財産。西大山駅でのご縁に感謝。 Tomoe

 

私の返事は、 “投稿ありがとうございます。あの日は雨で残念でしたね。たった1枚しかシャッターを押してさし上げることしかできず、お別れした後、もう少しいろいろなシーンを撮ってさし上げればよかったと後悔しました。 はんちゃん”

19dsc02391
 Tomoeさん、もしこのブログをご覧いただいていたら嬉しいのですが、今回は開聞岳を見ることができました。残念ながら電車は発車した後でした。

20dsc02394
 駅前に「幸せを届ける黄色いポスト」が設置されていました。6年前にはなかったと思うのですが、九州新幹線開業に合わせて指宿市と民間団体が設置したものだそうで、「普段伝えられない思い、愛がたくさん詰まった手紙を送りませんか」と呼びかけているそうです。普通に届くそうです。 

 

Tomoeさんとの縁は続いていて、20143月に仙台に行ったとき復活しました。Tomoeさんの結婚直前か直後にご主人様の仕事先が3.11東日本大震災に遭い、仙台市に引っ越し、私がたまたま仙台市内のホテルに宿泊したとき、次のような投稿をいただきました。 

 

ご無沙汰しています。数年前に鹿児島の西大山駅でお会いしました、大分出身の鉄女です()。時々ブログを拝見していました。今は仙台に住んでいます。しかもアパホテルの近くに! 同じ時間に、同じ場所にいたり、偶然すれ違ったりしていたなら、私ははんちゃんさんに気づく自信があったのに() 残念!” 

 

“結婚して3年、仙台に引っ越して2年半になりました。仙台生活も残り1年、長くて2年かな。ミラクルが起きて、また再会できたらいいなと思います。” 

 

2015年春に静岡県浜松市に引っ越すというお便りをいただきましたので、もう1年経ちます。主婦として多忙の日々を送られていることと思います。お元気でいらっしゃることをお祈りしています。

| | コメント (2)

2016年5月30日 (月)

広島・九州周遊 17 霧島ホテル

5/11(水) 霧島(高千穂峰)登山と霧島神宮参詣の後、龍馬新婚旅行の足跡を辿りつつこの日の宿霧島ホテルに着きました。

01dsc02240
 霧島ホテルは、霧島温泉郷の中の硫黄谷温泉という所にあります。

02dsc02242
 霧島は初めての地です。霧島ホテルは大きなホテルで、周辺にも大きなホテルがあり、霧島温泉郷自体がスケールが大きなエリアのようでした。

03dsc02277
 チェックインには少し早い時間に着きました。部屋には入れないが温泉には入れるといわれたのですが、庭園がありましたので霧島登山のクールダウンを兼ねて少し散歩しました。

04dsc02285
 庭園は、ホテルの周りを取り囲むように設計されていて、マイナスイオンたっぷりの森林浴を楽しむことができました。

05dsc02286
 樹齢百年を超える「霧島メアサ杉」の間を縫うようにつけられた道は、緩やかなアップダウンで、疲れた脚で歩くにはちょうどよく、温泉に入る前の準備運動になりました。

06dsc02245
 ここ硫黄谷温泉も龍馬とおりょうさんが湯治で立ち寄ったそうです。今でも “龍馬風呂が残されている塩浸温泉からここまで車で走りましたが、かなりの距離がありました。龍馬とおりょうさんは、歩けば長い道を所々にある温泉に入りながらここまで来たということになります。

08dsc02343
 ホテル館内には、西郷隆盛や坂本龍馬など、鹿児島や霧島に縁とゆかりがある人たちの資料が展示されていました。

09dsc02305
 部屋に通され、窓からは霧島の山か高千穂の峰々か、遠くに霞んで見えました。改めて、念願の霧島登山(高千穂峰)ができたこと、龍馬が引き抜いたという「天逆鉾」を間近に見ることができたことを感謝しました。

10dsc02339
 ここのホテルの最大の楽しみは温泉でした。あるツアー会社の顧客アンケートで、日本一の温泉施設と評価されたとのこと。たしかに大きく、大きいだけではなく種類や効能も様々な温泉があり、ゆっくりと疲れをとることができました。(画像はポスターより転載)

11dsc02308
 温泉の後は食事となりました。たくさんの個室があり、グループで来ている人たちがそこそこ入っているようでした。

13dsc02320
 私は、レストランに案内されました。ここにもそこそこ人がいてホッとしました。高千穂峡のホテルでは一人きりでしたので、ちょっとトラウマになっていました。

14dsc02314
 テーブルには、例によってお品書きが置いてあり、料理の説明も受けました。

15dsc02319

16dsc02322

17dsc02329

18dsc02327

19dsc02323

20dsc02325
 料理が次から次へと運ばれてきて、それぞれ美味しいのですが、お酒をゆっくり楽しむヒマがありませんでした。最後の “酒寿司” も美味しそうでしたので、何とか食べきることができました。

 

いつも思うのですが、料理は半分くらいでいいと思います。できたら食べたい物だけを選ばせてもらって、その分のお金が浮きますので、浮いたお金は酒代に回せば、ホテルに払う料金は同じになります。ホテルに損はないし、料理の無駄もなくなります。団体客相手の発想だけで商売をしていていいのかなあと思います。

21dsc02330
 もうギブアップと思ったのですが、別腹とはよく言ったもので、体は疲労していましたので甘いものはありがたくいただきました。

22dsc02336
 満腹でフーフーいいながら部屋に戻り、窓の外を見ると峰々の影は濃さを増して、空は赤みを帯びていました。翌日も天気は良さそうでした。

 

この日も霧島登山から始まって、龍馬新婚旅行の道を辿った長い一日でした。雨が降っていた高千穂峡あたりから鹿児島での雨を心配していたのですが、天は我に味方してくれたようで、雨は上がり天気は回復してくれました。どうか後二日、天気でありますようにと祈りました。

| | コメント (0)

2016年5月29日 (日)

広島・九州周遊 16 坂本龍馬新婚旅行

5/11(水) 霧島(高千穂峰)登山を終え、霧島神宮にお詣りして、坂本龍馬新婚旅行の足跡を辿ることにしました。

01dsc02184
 霧島神宮前駐在所に近い駐車場に車を駐めて、霧島神宮へと向かいました。ロータリーの真ん中に建てられた石灯籠に天狗のお面がありました。この神社には、天孫降臨の神話に登場する9人の神様とされる約250年前の天狗面が9つ残っていて、宝物とされているそうです。その天狗面は残念ながら非公開とのこと。

02dsc02188
 霧島神宮の敷地はかなり広く、途中何ヵ所にも駐車場があって、一番遠いところに駐車してしまったことを後悔しました。

03dsc02190
 石段の先にようやく朱色の鳥居らしきものが見えてきたのですが、その手前には石段があり、午前中の霧島登山(高千穂峰)で疲れ切った脚にはかなりこたえました。

04dsc02192
 ようやく鳥居の処まで来たのですが、ずーっと長い参道が続いていました。霧島神宮は、神代の時代より霊峰高千穂峰に鎮座すると伝えられ、本宮は高千穂峰と御鉢「噴火口」(午前中の登山で霧の隙間から覗きました)との中間、脊門丘(参詣しました)にありましたが、高千穂峰の噴火のために炎上したために、950年にこの地で再建されたとのことです。

05dsc02194
 鳥居をくぐって参道が終わる辺りにあった緑の空間、苔がフカフカの絨毯のようでもありビロードのようでもあり、何ともいえない雰囲気が漂っていました。神々の溜まり場かも。

06dsc02195
 展望が開けたところに新婚旅行中の龍馬とおりょうさんがいました。二人で参拝したとのこと。

07dsc02196
 展望台からは遠く桜島を望むことができました。分厚い雲が空一面に居座っていて、2日後の桜島観光の天候が気になりました。

08dsc02215
 霧島神宮は、天照大神より「豊あし原の・・・・」との神勅をいただいて、三種の神器と稲穂を持って高千穂峰に天降した「瓊瓊杵尊(ににぎのみこと):天照大神の孫」を主祭神としています。現在の皇室に繋がる神宮であり、伊勢神宮の孫くらいの由緒のある神社なのでした。

09dsc02202
 本殿で参拝しながら、午前中の高千穂峰登山の折り、お巡りさんが参拝した脊門丘の「霧島神宮本宮」で私も見よう見まねで参詣できたことは神がかり的にラッキーなことだと思いました。高千穂峰での参拝とここでの参拝は一対のものであり、ありがたいことだと思われました。

10dsc02211
 境内には、天を突くように立っている御神木がありました。樹齢は800年と、屋久杉や縄文杉などとは比べものにはなりませんが、きっともの凄い霊やパワーを蓄えているだろうと思われました。

11dsc02181
 霧島神宮での参拝を終え、鬱蒼とした森の中の道を霧島温泉郷へと向かいました。

12dsc02231
 森の中の道から、視界が一挙に開け、大きな空と白い雲が見晴らせる快適な道を走りました。

13dsc02267
 霧島温泉郷に入ったのですが、宿泊先の「霧島ホテル」のチェックインまでには大分時間がありましたので、龍馬が湯治をしたという「塩浸温泉」に寄ってみました。古くから切り傷や胃腸病に効能があるとされている温泉で、龍馬が湯治したということでも有名です。

14dsc02246
 この温泉がある辺りは、現在は「塩浸温泉龍馬公園」として整備されています。

16dsc02255
 整備された公園やその敷地内にある塩浸温泉の前には天降川の支流(石坂川)が流れていて、実際に龍馬が入ったという温泉は川沿いに畳一畳分の広さでありました。

15dsc02248
 龍馬が傷を癒やしたという温泉は、川沿いにあるちょっと大きめの浴槽くらいの大きさでした。手を浸してみると温(ぬる)く感じられるくらいの温かさでした。現在は、お湯が滔々と溢れているわけではなく、快適そうにも見えなかったのですが、おりょうさんと二人、目の前の川の流れを見ながらきっと身も心も癒やされたのでしょう。

17dsc02268
 公園の片隅には龍馬とおりょうさんの像があるのはいいのですが、 結婚何周年とかいうタスキが掛けられていて、きっと二人にとっては恥ずかしいことなんだろうなあと思いました。

18dsc02260
 二人の像の足下には “碑” があり、 温泉で傷を癒やしながら霧島に遊び 二人の生涯で最も楽しい生活を送った・・・“ というようなことが書かれていました。この新婚旅行の翌年、龍馬は33歳の若さで暗殺されてしまいました。

19dsc010281
 これはおりょうさんのお墓です。先月横須賀を歩いたときに立ち寄った際に撮影したものです。おりょうさんは龍馬の死後、横須賀まで流れ、晩年は再婚したものの決して幸せでなかったといわれています。龍馬との新婚旅行は一番幸せな時だったと想像されます。

19dsc010301
 おりょうさんのお墓には、龍馬とのツーショットのイラストが描かれた小石が置かれていて、きっと今頃は天国で二人で幸せに暮らしているのでしょう。

20dsc02275
 「塩浸温泉龍馬公園」のポスターには、霧島をバックに龍馬とおりょうさんのシルエットが映されていました。幸せの絶頂もあれば不幸なときもあり、そして時が流れていく、そんな当たり前のことを考えたりもしました。

 

龍馬とおりょうさんの新婚旅行の足跡を尋ねることを目的に、軽い気持ちで登った高千穂峰と参拝した霧島神社は天孫降臨の時代から一体のものであり、高千穂登山と霧島神宮参拝はとてもありがたいことであることに、なんと帰宅してから気が付いたのでした。

| | コメント (0)

2016年5月28日 (土)

広島・九州周遊 15 霧島登山2

5/11(水) 霧が発生という悪条件の中、お巡りさんに先導されて無事に高千穂峰の山頂に立つことができました。

01dsc02125
 高千穂峰山頂には素晴らしい青空が広がっていました。霧島山という山はなく、韓国岳(からくにだけ:韓国まで見えるというのが名の由来とか)や時々噴火する新燃岳などいくつかの峰の総称とのことで、そういったことをお巡りさんが説明してくれました。

02dsc02126
 頂上で一息つきながらお巡りさんの説明を聞いた後、下山にかかりました。

03dsc02129
 初めて登ってくる人に会いましたので、お巡りさんとのツーショットの写真を撮らせてもらいました。

04dsc02133
 私は、できるだけストックを使う主義なのですが、今回は持ってきませんでした。足下は富士山の滑りやすい砂礫とほぼ同じで、登るときと同様、金剛杖を操ってスイスイ下ってゆくお巡りさんについて行くのは大変でした。

05dsc02137
 特に、この赤土の部分は滑りやすく苦労しました。

06dsc02139
 モタモタしているとお巡りさんは相変わらずスイスイと下って行き、前方には再び霧が発生してきましたのでちょっと焦りました。

07dsc02141
 下の方に登山口の駐車場が見えてきました。

 

08dsc02142
 かなり急で滑りやすい場所では、慎重に足を運んでいました。

09dsc02146

10dsc02157
 途中から、登ってきたときとは違う道を下山したようで、ミヤマキリシマツツジが綺麗に咲いいました。

11dsc02152
 時間の経過と友に青空が広がってきて、その度にお巡りさんが山の名前を教えてくれ、まるで本物の山岳ガイドみたいで、この山を本当に愛しているんだろうなあと思いました。

12dsc02158
 登山口近くの登山道は最近の大雨によってかなり荒れ果ててしまっていて、こういう道の危険性を点検するのもお巡りさんの仕事だそうです。山を見廻ったり道をチェックしたり、大変です。

13dsc02160
 登山口の斎場に戻ってくると、再び丁寧に参拝し、私も参拝して登頂のお礼を伝えました。

14dsc02166
 登山口にあるビジターセンターに戻ると、ここのおばさんから “Tさん(お巡りさんの本名を教えてもらいました)は、今まで300回くらい霧島には登っていて、この辺りでは知らない人がいないくらい名物お巡りさんですよ。と教えてくれました。

15dsc02169
 ちょうどお昼時でしたので、お巡りさんが美味しい蕎麦屋があると教えてもらいました。登山口から戻るこの道は、朝霧の中、不安を抱えて走った道でした。

16dsc02171
 お巡りさんに教えてもらった蕎麦屋は「がまこう庵」という変わった名前の店でした。

17dsc02173
 店内もスタッフの皆さんも清潔感が溢れていました。いいユニフォームですねと言ったら、スタッフ自身がデザインしたとのこと。

18dsc02174
 背中のデザインも見せてくれました。蕎麦という漢字二文字の間に “ソバ切り包丁がデザインされていました。

19
 お勧めをききましたら、「二味そば」を勧められました。初めての人は “かけそば・ざるそば両方一度に味わえます。” ということでした。

19dsc02177

20dsc02178
 かけそばとざるそばがそのまま出てきました。久しぶりにしっかりとした蕎麦を食べました。

昼食後、霧島神社に戻りましたので、駐在所のお巡りさんにお礼を言おうと寄ってみたのですが、不在でした。この日の朝、私の到着が数分遅かったらお巡りさんに会うこともなく、霧島登山を諦めていたと思われ、改めて心の中で手を合わせ、一礼して失礼しました。

 

高千穂峰登山には通常3時間半から4時間くらいかかるといわれているのですが、お巡りさんに必死になってついて行った結果3時間もかかりませんでした。苦しかったはずです。でもありがとうございました。

| | コメント (0)

2016年5月27日 (金)

広島・九州周遊 14 霧島登山1

5/11(水) 待ちに待った霧島登山の日となりました。前日の雨は上がり、天気は回復に向かうという予報でしたが霧の発生が心配されました。

01dsc02065
 早朝、国分市のホテルを出発して霧島市に入ると心配したとおり霧が発生していました。もっと困ったのが、登山口であるビジターセンターがナビに登録されていないために道がわからず、道を聞こうにも早朝で人影が見えなかったことでした。

02dsc02066
 ところがこれ以上ない強力な助っ人が現れました。霧島神宮辺りをうろうろしていたところ、駐在所のお巡りさんが現れ、これから登山口まで行くのでついてきなさいとパトカーに先導されました。

03dsc05273
 さらにさらにラッキーなことは、これから霧島登山(高千穂峰)に見廻りに行くとのことで、ついて行ってもいいですかと尋ねると、どうぞという返事が返ってきました。初めての山で霧が発生していましたので登山を諦めようかと思っていましたので、地獄に仏いやお巡りさんでした。

04dsc05274
 お巡りさんはさっさと身支度を終えましたので、私も慌てて身支度を調えました。年期の入った金剛杖を構えた姿は古武士のようでした。体型を見たときには(失礼)多分ゆっくりペースだろうと思ったのですが、この身構えた姿を見て、ふと、ついて行けるかどうか不安になりました。

05dsc05276
 高千穂峰は天孫降臨の霊山で、登山口に斎場がありました。

06dsc05279
 お巡りさんが斎場に参拝しましたので、私も倣いました。

07dsc05280
 お巡りさんは、この地(霧島神宮駐在所)に赴任してきたのは34年前で、高千穂峰は聖域でもあり管轄地域なので、仕事の巡回で登ることもあるし、非番の時でも巡回することもあり、月に10回くらい登るとのことでした。

08dsc02067
 この花はミヤマキリシマツツジで、もう少し経つと全山でこの花が満開になり、素晴らしい景色になるなど、道々ガイドしてくれました。

09dsc02069
 緩やかな上りがしばらく続いた後、前方には濃い霧が立ちこめていました。ポツリポツリと話しながら、お巡りさんからは私の登山歴などについての質問があり、多分それは私がついて行けるかどうかを推し量っているんだろうなと思いましたので、あまり健脚と思われても困りますし、足手まといと思われるのも嫌でしたし、程々に。

11dsc02081
 霧の間から噴火口跡、御鉢が時々見えました。

12dsc02085
 お巡りさんは、時々振り返っては “急がないでマイペースでいいですよ” と言ってくれるのですが。

 

14dsc02086

15dsc02090
 ちょっと油断をしたり、カメラを構えていたりすると、お巡りさんは霧の中に消えていきそうになり、慌てて追いかけるということになりました。この霧では一人での登山は無理でしたので、お巡りさんに感謝しつつ、苦しかった。

16dsc02098
 かつて、霧島神宮の本宮は、高千穂峰と御鉢(噴火口)の間の脊門丘といわれるこの地にあったのですが、御山の噴火のために現在の地に移されたそうで、いわばここが霧島神宮発祥の地です。

17dsc02097
 ここでもお巡りさんは丁寧に参拝していました。しかし、この大きなお身体で、滑りやすい砂礫の道を凄いスピードでよく登れるものだと感心しました。

18dsc02099
 高千穂峰の山頂まで残り430m。富士山の胸突き八丁に着いたような気分でした。この先の長かったこと、辛かったこと。

19dsc02101
 山頂までは一本道で道迷いはないだろうということで、お巡りさんの巨体はあっという間に霧の中に消えかかって行きました。

20dsc02103
 大分霧が晴れてきてその分見通しはよくなったのですが、上を見る度にため息をつきました。とにかく足下が滑りやすく、気持ちは焦るのですが、ちっとも前に進まない感じがしました。

21dsc02109
 山頂に先に着いていたお巡りさんは、雨具を脱いでいるようでした。

22dsc02112
 ここが高千穂峰の山頂、ゼーゼーいいながら着きました。山頂は霧がすっかり晴れていました。高千穂峰は坂本龍馬がおりょうさんと二人で登った山で、それが日本で最初の新婚旅行とも言われています。

23dsc02114
 山頂には天照大神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が降臨した山であるとされ、その際に峰に突き立てたとされる青銅製の「天逆鉾(あめのさかほこ、あまのさかほこ)」が刺さっていました。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」では、坂本龍馬は “この逆鉾に触れたり抜いたりすると祟りがあると思うのは、古い因習にとらわれることだ” と言って引き抜いたと書かれていました。

24dsc02119
 雨具を脱いですっかりリラックスしているお巡りさん。龍馬の話になり、龍馬は祟りがないと言ったそうだが、31歳の若さで暗殺されたことが祟りともいえるのではないかとも言っていました。

25dsc02118
 とにもかくにもお巡りさんについてこられて良かった。今回の広島・九州周遊で、特に楽しみにしていた霧島登山が果たせました。

 

今年に入って山らしい山には登っていませんでしたし、せいぜいパタゴニアの氷河トレッキングと今回の広島・九州周遊での宮島の弥山登山ぐらいでしたから、この登山は久しぶりに味わう苦しさでした。しかし、途中の霧の発生という気象状況を考えると一人では絶対に登山を諦めていたと思います。お巡りさんにはいくら感謝しても感謝し足りません。

| | コメント (0)

2016年5月26日 (木)

広島・九州周遊 13 国分市滞在

5/10(火) 当初の予定では、高千穂峡と延岡市の往復はレンタカーで、その他はJRで移動するつもりでしたが、5/9に日豊本線が不通になりましたので延岡からずっとレンタカーで移動し、鹿児島県国分市へと向かいました。この日は、翌日の霧島登山に備えての移動日でした。

01dsc02006
 前夜、夜神楽を見てぐっすり眠り、鹿児島入りに備えてしっかり朝食をいただきました。前夜の夕食の時と同じでレストランには私一人しかいませんでした。

02dsc02008
 部屋からの景色を見ると、前日からずっと厚い雲が垂れ込めていて、高千穂のボート乗りを中止させた大雨の元凶は高千穂の峰に居座っていました。翌日の霧島登山や鹿児島観光、特に桜島観光の天候が心配でした。

03dsc02011
 宮崎県延岡市で借りたレンタカー、料金が一番安い小型の契約なのですが、実際には中型車を貸してもらえ、特に燃費がよくて、3日間宮崎から鹿児島までかなり乗り回してもガソリン代は5,000円もかからず、強い味方でした。

04dsc02016
 高千穂峡から鹿児島方向へと南下し、宮崎県の都城市に入りました。霧島酒蔵の醸造所の前を通りました。「黒霧島」という比較的人気のある芋焼酎を造っている会社です。

05dsc02019
 見知らぬ土地を運転していて、楽しみは地元の物産館や道の駅を覗くことです。

06dsc02013

07dsc02022
 地元の特産品が売られていて、そういうものを見るのは楽しみです。イチゴが随分安かったのですが、ブランド名は「さがほのか」とあり、佐賀県産? あまり深く考えず、先を急ぎました。

 

08dsc02024

 08dsc02027
 この日の宿泊予定は鹿児島県国分市でしたが、随分速く鹿児島県入りしましたので、鹿児島市内のとある小学校に向かいました。学校の名前は「名山小学校」、西郷隆盛が没した(1877年)翌年、明治11年(1878年)設立された伝統のある小学校です。

08dsc02028
 この小学校に通った活発な女の子は、1998年結婚して新婚旅行でモルディヴに行き私と出会いました。18年後の今日でもご主人とラブラブの幸せな生活を築いています。そして今回鹿児島を訪れた私と再会の約束をしていて、再会の日は日一日と近づいていました。小雨に烟る校舎を眺めながら “縁の不思議さを思いました。

09dsc02029
 名山小学校は鹿児島市内の中心部にあり行政機能が集中しています。近くには「鶴丸城(鹿児島城とも)跡」があり、石垣は雨に濡れていました。このエリア一帯は、江戸時代初期に島津氏によって築かれた上山城跡である城山とその麓に築かれたこの鶴丸城で構成された平山城です。

10dsc02033
 鹿児島市内から国分市に向かう途中に「尚古集成館」がありました。ここは薩摩藩28代当主島津斉彬によって始められた事業の一環として1923年に開館された博物館です。薩摩藩が手がけた近代化事業の歴史を知ることができます。

11dsc02036

12dsc02038
 庭園には大砲や反射炉なども展示されていて、当時としては先進的な技術を持っていたことがわかります。さらに本館には資料なども展示されています。

13dsc02041
 屋外や本館の展示物にも興味がありましたが、よく手入れされた庭園の緑が雨に濡れてとても美しく、しばし時間を忘れてブラブラと散策しました。

14dsc02049
 鹿児島市内をドライブしたり庭園を散策した後、国分市内に入りました。ホテルにチェックインし早めの夕食に出かけました。JR国分駅前に通りかかると、大雨のために列車がストップしたとかで、下校時の高校生たちが困った顔をしていました。

15dsc02052
 国分市には初めて来ました。霧島登山のベースとしてアクセスがいいことやビジネスホテルがあること、そして楽しみな居酒屋があるということで宿泊することにしました。お目当ての居酒屋は、彦根市で2回通った「九州料理 かば屋」でした。

16dsc02055
 この居酒屋には、東京銀座や彦根市で入ったことはあるのですが、九州地区で入るのは初めてでした。九州各県の代表的なものが食べられますので、やはり九州(鹿児島)で飲み食いすることができるのは格別でした。

17dsc02057
 ホテルからこの店まで大した距離ではなかったのですが、大雨でびっしょりになってしまい、居酒屋に落ち着いてホットはしたのですが、明朝は霧島登山ですので天気がとても心配でした。

18dsc02058
 とりのタタキは九州、特に鹿児島に来ると楽しみにしている料理の一つです。

19dsc02063
 鹿児島の南端、鰹で有名な枕崎の “鰹のタタキも外せません。明後日(5/12)には枕崎まで行ってみたいと思っているのですが、鰹を食べられるかどうかはわかりませんので、ここで味わいました。

20dsc02060
 日本酒も全て九州のもので、ビールの後の最初の日本酒は、長崎県の “梅ヶ枝 原酒” と決めています。

21dsc02059
 この居酒屋で最も楽しみなのが 関さばの姿造りです。一匹は食べきれませんので、半身をオーダーしました。博多・稚加栄の ”黄金あじ” と甲乙つけがたく、とても美味しかったのでした。

22dsc02064
 福岡のブランド米「夢つくし」から造られたこの原酒もなかなかのもので、いつも飲むことにしています。

 

高千穂峡を出発し、宮崎県から鹿児島県に入りました。その間ずっと雨でした。宿泊地の国分市では電車がストップするほどの大雨となりました。翌日からの鹿児島での3日間だけは雨は降らないでほしいという祈りは天に通じているのかいないのか、祈る気持ちで眠りにつきました。

| | コメント (0)

2016年5月25日 (水)

広島・九州周遊 12 夜神楽・夫婦円満

5/9(月)の夜、高千穂の夜神楽の3つの舞に引き続いて、舞台は最後の夫婦円満の舞に移りました。

01dsc01965

02dsc01967_2
 ひとつの舞が終わって次の舞に移るときに特に休憩とかはなく、一瞬の間合いの後に人物が登場しました。イザナギ・イザナミの二神が登場しました。

03dsc01968
 国生みの舞といわれ、夫婦円満の舞です。夫であるイザナギが仕事に熱中しているすきに、妻のイザナミは観客席を眺めていい男がいないかなと物色している様子でした。

04dsc01970
 比較的若いカップルの男性に目を付けたイザナミは舞台を降りて口説きにかかりました。観客席に緊張が走ると同時にクスクス笑いが起こりました。

05dsc01971
 イザナミの浮気に気が付いたイザナギが慌てて舞台を降りてきて、イザナミをたしなめました。

06dsc01973
 今度は、一人参加の中年女性に目を付けたイザナギが浮気に走りました。

07dsc01974
 ヤキモチを焼いたイザナミが駆け寄り、イザナギを女性から引き離そうとしていて、この頃になると観客席は爆笑の渦で、神秘的で神妙な前半の雰囲気と違って、すっかりリラックスムードが広がりました。

08dsc01979
 イザナギとイザナミがそれぞれ好みの女性や男性に言い寄り、それぞれがヤキモチを焼くといったシーンが何回か繰り返されました。

09dsc01982
 イザナギとイザナミはそれぞれ気が済んだか、あるいははっと気が付いて正気に戻ったのか、舞台へと戻り、収穫に精を出していました。

10dsc01983

11dsc01987
 収穫を終えた二神は、酒造りの準備にかかりました。イザナギがイザナミに優しく赤いタスキを掛けてあげ、イザナミは幸せそうな顔をしていました。

12dsc01989
 夫婦仲良く、収穫されたお米からお酒を造っています。

13dsc01990

14dsc01991

15dsc01993
 夫婦仲良く、酒を酌み交わしています。

 

16dsc01994

17dsc01997
 気分がよくなったイザナギはイザナミを抱きかかえるのですが、飲み過ぎてしまい眠りこけてしまいました。

19dsc02001
 眠りからさめたイザナギはイザナミを伴って退場しました。

20dsc02002
 4つの演目は終わり、再び集落の長の挨拶となりました。実際の “国生みの舞” は夫婦円満がテーマであり、実際には夜が更けるにつれて過激になるそうですが、申し合わせにより程々にしているということでした。

21dsc02003
 夜神楽見物を終え、神楽殿から表に出ると高千穂神社の境内には松明が灯されていました。送迎車に乗ってホテルへと戻りました。

 

この国の国造りは大らかに行われ、神話も大らかなものであり、国造りも家造りも全て夫婦円満が基になっていることを我が身に言い聞かせました。

| | コメント (0)

2016年5月24日 (火)

広島・九州周遊 11 夜神楽・天岩戸編

5/9(月)の夜、見たいと思っていた高千穂の夜神楽が始まりました。

01dsc01917
 定刻の20時になると、舞台には神主姿の里の長(おさ)が登場しました。どこから集まってきたのか、観客は30人近くになっていて、それなりの賑わいが感じられるようになりホッとしました。

02dsc01919
 登場したのは集落(里)の区長さんのようで、夜神楽について簡単な説明がありました。町内には20の集落があり、毎年11月中旬から翌年2月上旬にかけて各集落が夜神楽を奉納して、この伝統芸能を守っているそうです。ここの高千穂神社での奉納は集落ごとに順番に行っているそうです。

03dsc01921
 夜神楽には33番(テーマ)あり、本来の夜神楽はその33のテーマを夜を徹して舞うそうで、踊り手も大太鼓を叩く人も見る人も大変そうです。

04dsc01920

05dsc01923

06dsc01930
 この日は、33番(テーマ)のうち4つ演じられました。この舞は「手力雄(たじからお)の舞」で、「天照大神」が天岩戸にお隠れになったので、力の強い手力雄命が天岩戸を探し出すため静かに音を聞いたり、考えたりする様子を表現しています。(配付された資料そのまま)

07dsc01932

08dsc01935

09dsc01937
 次の舞は「鈿女(うずめ)の舞」で、天岩戸の所在がはっきりしたので、岩戸の前で面白おかしく舞い、天照大神を岩屋より誘い出そうとする舞です。

       

10dsc01944
    

11dsc01945
    

13dsc01951
    

15dsc01953
    

16dsc01954
      

17dsc01956
 3つめは「戸取の舞」で天の岩屋も岩戸の戸も所在がはっきりしたので、手力雄が岩戸を取り除い天照大神を迎え出す舞で、勇壮で力強く舞う舞です。

18dsc01963
 戸が取り外された天岩戸です。

 

集落(里)ごとに氏神様をお招きして夜を徹して行われる夜神楽、ここまでは33テーマのうち3つまで見ましたが、一つのテーマはそれ程長くはありませんでした。また踊り手はそれぞれがかなりのベテランのようで、その舞は洗練されていて、能舞台のようでもあるのですが、能に比べてはるかに動きがあり、緊迫感のせいか真剣勝負を見るようでもあり、飽きることはありませんでした。

| | コメント (0)

2016年5月23日 (月)

広島・九州周遊 10 ホテル高千穂

5/9(月) 高千穂峡から天岩戸神社、天安河原宮と訪ね、夕方近くとなり宿泊先の「ホテル高千穂」へと向かいました。

01dsc01885
 宿泊先のホテル高千穂に向かう途中に「高千穂神社」がありました。高千穂にありますので由緒正しき、古い歴史をもつのではないかと思ったりもしたのですが、創建は明らかでないそうです。

02dsc01887
 鳥居をくぐると、参道には明かりが灯り、なかなかいい雰囲気になっていました。

03dsc01888
 この高千穂神社は、創建は明らかではありませんが、天孫降臨伝承と在地固有の信仰が融合して、さらに熊野修験も加わるなど複雑な信仰がコラボしているそうです。

04dsc01889
 まあ、歴史や由緒はともかく、神話の故郷で、高千穂の峰に囲まれ、大木が天を突いているこの雰囲気だけで十分霊地の雰囲気が感じられました。ここの境内にある神楽殿で「夜神楽」が行われます。

05dsc01891
 誰一人いない本殿で柏手を打てば、その音はシーンとした境内に響きました。

06dsc000
 宿泊先はホテル高千穂。夜神楽が行われる高千穂神社に最も近いのでここを選びました。

06dsc01893
 ホテルの入口はひっそりとしていて、駐車場に車が見当たらず、妙にシーンとしていました。

07dsc01894
 玄関では「天手力男命(あまのたじからおのみこと)」が出迎えてくれました。「天手力雄神(読み方同じ)」とも書きます。

08dsc01895
 部屋に通され窓から眺めると、厚い雲が垂れ込めていて峰々を覆っていました。高千穂峡は雨を覚悟していたのですが、鹿児島入りしてからの霧島登山や桜島観光の時には何とか晴れて下さいと神頼みしたのですが。

09dsc01900
 食事の時間となりましたが、広い食事処では私一人でした。エレベーターホールで一人ご婦人を見かけたような気がしたのですが、テーブルには料理がセットされておらず、頭の片隅であの人影は何だったんだろうかと思ったりもしました。

10dsc01898
 料理はよくある会席料理。お品書きには本日のお料理がいろいろ書かれていましたが、ウエイトレスさんや何人かのスタッフが手持ち無沙汰そうにしていてあまり落ち着きませんでした。

 

11dsc01902

12dsc01903
 試してみたいようなお酒も何種類かあったのですが、じっくり味わう気分にもなれずパスしました。

13dsc01905
 このホテルに泊まったのは20時に始まる夜神楽見物に便利だろうと思ったのですが、何処に止まってもホテルや旅館からは送迎車が出ていました。このホテルから夜神楽見物の送迎車に乗ったのは私一人でした。ドライバーのホテルスタッフの若い男性は、熊本地震による深刻な影響を嘆いていました。

14dsc01908
 夜神楽の会場は、高千穂神社の境内にある神楽殿でした。会場に入ると広い会場には先客が2人きり、夜神楽開始まで時間はまだ少しありました(19:41)が、もし私を含めて3人だけだったらどうしようと思いました。

15dsc01911
 舞台はそれ程大きくありませんでしたので、もしこの会場に通常の観光客(200人くらい)が詰めかけたら舞台まではかなり遠く感じるものと思われました。

17dsc01912
 舞台正面には天岩戸がありました。どんな神楽が展開されるのか楽しみではありましたが、心配なのは観客の入りでした。

 

高千穂峡で福岡からの2人組以外姿を見なかったのは、お目当てのボートが増水で中止になったということで理解できますし、天安河原も関心のない人はそこまで行かないでしょうし、しかしホテル霧島で1人(確かにご婦人の姿、しかも浴衣姿を見かけたのですが・・・まさか天照大神の化身? これ冗談です)とは。かつて高野山の大きな宿坊で1人きりのことはあり、東海道や中山道歩きなどはよくあることですが。大きなホテルで一人きり寝る気分は、まあここは神話の里ですから、変なものは取り憑かないはずと言い聞かせました。

| | コメント (0)

2016年5月22日 (日)

広島・九州周遊 09 天岩戸

5/9(月) 博多から別府までのルートでトラブルが発生したものの、無事に高千穂峡について、神秘的で幻想的な雰囲気を味わった後は、さらに神々により近い世界へと向かいました。

 

01dsc01822
 目指す「天岩戸(あまのいわと)神社」は、高千穂神社や宿泊する予定のホテル高千穂からそう遠くない距離にありました。

02dsc01826
 神社の駐車場に車を入れると、すぐに「天照大神」の像が立っていました。ロングヘアで随分現代的なお顔をしていましたので卑弥呼かなと思ったのですが、神社の人に聞くとそんなことはなく「天照大神(あまてらすおおみかみ)」でした。しかしこの像については神社とは一切関係ないという返事でした。 

03dsc01825
 こちらは「天手力男命(あまのたじからおのみこと)」でした。「須佐之男命(すさののみこと)」の乱暴を悲しんだ「天照大神」が天岩戸に隠れてしまわれたとき、「天手力男命」が天岩戸を引き開けて、「天照大神」を外にお出ししたという、とても力の強い神様です。「天照大神」とともに、神話の主役が出迎えてくれました。

04
 岩戸側をはさんで西本宮と東本宮があり、岩戸側の向こうに天岩戸と八百万の神が集まったといわれる「天安河原宮(あまのやすがわらぐう)」ます。

05dsc01834
 神社に参詣を申し込むと、何人かの参詣者が集まると宮司さんがガイド(無料、但しお志は受ける)してくれることになっていました。この時は、私の他に日本人女性が引き連れていた外人4人の計6人での参拝となりました。

06dsc01878
 先ずは、宮司さんに続いて「西宮(にしぐう)本殿前」へと進みました。神話の概略や参拝方法について説明が行われ、宮司さんは日本語でしか話さず、外人には英語のパンフレットが渡されていて、また引率の日本人が翻訳していました。全員、神妙な顔をして聞いていました。

07dsc01839
 「西宮本殿」ではお祓いを受けました。この本殿の裏側に天岩戸があり、お祓いを受けた後裏手へと入ることになっていました。この本殿の裏側に入ったらカメラ撮影は絶対にダメと念を押されました。

08dsc01847
 「西本宮殿」の奥の「神楽殿」には、天岩戸を思わせる洞窟ような空間が見えました。宮司さんに写真撮影を聞くとOKでした。但し、この建物の裏手には天岩戸があり、そこは聖域なので決してカメラは向けないようにと再度注意されました。

09dsc01842
 「神楽殿」の奥に見えた洞穴のようなものをズームしてみると、「天照大神」の文字と鏡(三種の神器の一つ)がありました。多分、天岩戸をイメージして「天照大神」が祀られているのではないかと思われました。

10dsc01851
 「西宮」にお詣りした後、他の参拝者は先を急ぐという事でしたので、八百万の神が集まったといわれる「天安河原(あまのやすがわら)」へと向かいました。

11dsc01875
 掲げられていた説明によると、天照大神が天岩戸に籠もったとき、八百万の神が天安河原に集まったといわれ、その「天安河原宮(あまのやすがわぐう)」に参詣すると願い事が成就して、中風にかからないそうです。中風は心配ないのですが、八百万の神が集まった場所は是非見てみたいと思いました。

12dsc01853
 案内の道標に沿って進むと、目の前に岩戸川の向こう側の崖が見えてきて、肉眼で見た天岩戸はこんな雰囲気の場所にあるようでした。(実際には「西宮」の裏側にあるのですが、カメラを向けることは厳禁でしたので一番近いイメージがこの場所でした)

13dsc01861
 緑の樹々や草の中の細い道がクネクネと続いていて、誰にも行き会わず、何処まで行くんだろう、八百万の神もこの道を歩いたんだろうかと思いながら、先へと進みました。

14dsc01862
 道は岩戸川に沿ってさらに続いていました。

15dsc01873
 岩戸川に架かる太鼓橋といわれる橋は、結界の橋のようにも思えました。

16dsc01865
 深閑とした雰囲気の中、聞こえるのは激しく流れる岩戸川の水音だけでした。

17dsc01866
 かなり間口の広い洞窟が見えてきて、入口には注連縄が張られていて、ここが「天安河原宮(あまのやすがわらぐう)」でした。

18dsc01867
 一歩足を踏み出すとヒヤリと冷たい冷気と霊気を感じました。一礼して鳥居をくぐるとその先には「宮(ぐう)」があり、古式に則って「二礼 二拍 一礼」をし、願い事を唱え、しばし静寂の世界に浸りました。

19dsc01869
 鳥居の内側から洞窟の表の方を見ると、なるほど、ここに八百万の神が集まったのか

20dsc01871
 さらに一歩二歩洞窟を出て、その分岩戸川に近づくと、八百万の神の化身にも見える石積みの姿があちこちに。岩戸川が流れてくる先は霧に包まれていました。しばらく八百万の神の話に耳を傾けていたいような、お話をしてみたいような、何ともいえない短いような長いような時間が流れました。賽の河原とは異なる、居心地のいい空間でした。

21dsc01879
 天岩戸神社から宿泊先のホテル高千穂へと向かいました。雨水を含んだ緑は濃さを増し、その上空には厚い雲がかかり、高千穂の峰も厚い雲に覆われていて、神話の里に相応しい光景でした。

 

高千穂峡から天岩戸神社、天安河原宮へと辿った道は、あまり人影が見えず、霧に包まれて、何とも表現しようもなく、神々しさに包まれた道でした。

| | コメント (0)

2016年5月21日 (土)

広島・九州周遊 08 高千穂峡

5/9(月) 広島での楽しかった2日間が終わり、いよいよ九州の旅が始まりました。

01dsc01739_2
 ホテルをチェックアウトして表に出ると、昨晩から降り始めた雨は降り続いていて、博多駅に急ぐ通勤客は傘をさしていました。

02dsc01740
 博多駅の構内に入って目についた掲示板に目が点になりました。 “強風のため日豊本線、博多~別府間不通” という案内がありました。

Photo
 とりあえず「特急ゆふ」別府行きに飛び乗りました。この特急は、湯布院と大分を経由して別府まで行きますので、大分で日豊本線に乗り換え延岡方向に南下する方法があります。とりえず大分を目指しました。「特急ゆふ」の車内はガラガラでした。この時点で、楽しみにしていた母校創始者福澤諭吉先生の生誕の地の訪問は諦めました。

04dsc01743
 車窓の景色は、雨が降り続き霧も発生していて、これからの旅の見通しの悪さを象徴するようでした。困ったのは、大分からの日豊本線の運行状況を車掌に聞いてもわからないということでした。遅れているとかダイヤが乱れているとかを知りたいわけではなく、動いているか止まっているかだけでも教えてほしかったのですが。

05dsc01755
 別府から博多へと向かう上り列車の乗客の中には、別府から日豊本線で博多に行くつもりの人もいるはずで、気のせいか乗客の顔も冴えないようでした。私は、インターネットで日豊本線の運行状況を調べたのですが、止まっているという情報しかなく、場合によっては博多に戻り飛行機利用も考えました。

06dsc01758
 私が乗った「特急ゆふ」由布院駅に停車しました。もともとこの列車の乗客のほとんどは湯布院に行くつもりで、かなりの人がここで降りました。

07dsc01761
 由布院駅構内の人は少なく、熊本地震の影響で観光客が激減しているようで、いつも賑わいを見せている観光地にしては寂しげな光景でした。私は、そういった光景を横目に見ながら、大分駅からレンタカーを借りることも考え、スマホとにらめっこしていました。

08dsc01764
 車掌に聞いたりスマホとにらめっこしているうちに大分駅に着きました。ダイヤは乱れているものの、日豊本線の「特急にちりん宮崎空港行き」は動いていました。

    

 

10dsc01765
 とにもかくにも、入線してきた「特急にちりん」に飛び乗りました。これで少しでも先に進めますので、救世主現るといった感じでした。

11dsc01768_2

車内はガラガラでした。とりあえずスマホで予約していた大分駅前のレンタカーをキャンセルして、ホッとして椅子に座り込みました。それにしても、社内に一人乗車というのは多分初めての経験だと思います。

12dsc01784
 車窓の景色は濃い霧が立ちこめていて、今度は高千穂峡への道は大丈夫かが心配になりました。

13dsc01791
 延岡駅に着きました。延岡駅に降りるのは初めてで、延岡といえば旭化成の企業城下町と思っていましたので、あまりにも素っ気ない駅の造りや雰囲気がとても意外でした。ここでレンタカーを借りたのですが、この先の列車の運行に多少不信と不安がありましたので、終着の鹿児島までレンタカーを3日間通しで借りることにしました。

14dsc01792
 レンタカーで走ること1時間半、多少雨がフロントガラスを叩きつけましたが道は崩れたりしていなくて無事高千穂峡に着きました。駐車場に車を入れ、遊歩道を歩き始めると、遙か下の方にボート乗り場が見えました。辺りには人が乗っているボートは1艇も出ていませんでした。

15dsc01821
 この日は増水のためにボート乗りは中止だったそうで、予定していた翌日早朝のボートも中止となり、結局高千穂峡のボート乗りは実現できませんでした。

16dsc01817
 渓谷への入口で、福岡から来ていた2人組にシャッターを押してもらいました。

17dsc01795
 渓谷へと向かう遊歩道に人影が見えませんでした。遊歩道は狭く、道のりは短く、展望台も狭く、ここへたくさんの観光客が詰めかけたら高千穂峡らしい雰囲気は味わえないだろうと思いました。

19dsc01802
 辺りには人影が見えず、霧雨が降っていて、深閑とした雰囲気はとてもいいものでした。

20dsc01804
 シャッターを押してもらった2人組にまた会いました。福岡からレンタカーで来たそうで、元気で賑やかでした。結局ここで出会ったのはこの人たちだけでした。福岡からはナビ任せで来て、道は空いていたし途中何の問題もなかったとのことでした。

21dsc01811
 ボートには乗れませんでしたが、霧雨が降る中、神が宿るという神秘的で幻想的な雰囲気をたっぷりと味わうことができ、 “運気” がたくさん降り注いできたようにも思えました。

 

予定の電車が不通になったために母校創始者福澤諭吉生誕の地・中津には寄れず、大雨で高千穂峡のボートにも乗れませんでした。順調だった広島とは打って変わった九州スタートでした。列車運行中止により、様々な判断を迫られましたが、これも一人旅の醍醐味かもしれません。ハラハラしましたが、高千穂峡の神秘的な雰囲気を独り占め(賑やかな2人組はいましたが)というめったにない経験ができたように思えました。

| | コメント (3)

2016年5月20日 (金)

広島・九州周遊 07博多のももちゃん

5/8(日) たっぷりと “運” と “気” をいただいた宮島観光を終えて博多へと向かいました。

01dsc01690
 当初の予定では、私だけが新幹線で博多へと向かつもりでしたが、私が博多で美味しい魚を食べるといいましたら、Mさんも岩国のママさんも一緒に行きたいということで、Mさんの運転で博多へと向かいました。広島からあっという間に関門海峡まで来ました。

02dsc01692
 Mさんの運転で関門海峡を渡るのは2回目でした。広島・博多間の乗車券と特急指定券は無駄になりましたが、楽しい3人連れでしたのでまっいいか!

03dsc01694
 美味しい魚料理の店「稚加栄」の入口には ヤリイカがたくさん生き生きと泳いでいました。

04dsc01695
 この店の魚介類は全て生きていますので、何人かの腕のいい板前さんがこちらも生き生きと立ち働いていました。

05dsc01697
 生け簀には石鯛や伊勢エビなど、いろいろな魚が水槽で泳いでいました。

06dsc01712
 ブランド魚の “関あじ” も泳いでいました。

07dsc01703
 宮島観光のガイドと博多までの運転をしてくれたMさんもようやく大好きなビールを飲めるようになりました。

08dsc01699
 関あじもいいのですが、前回(20142月)仕事で博多に来たときに教えてもらった “黄金あじをオーダーしました。

09dsc01701
 生きイカも見事に捌いてもらいました。

10dsc01708
 天ぷらにすることを勧められたエンペラーやゲソも刺身にしてもらいました。

11dsc01706
 何となく見覚えのある顔が、ももちゃんでした。2年前に仕事で博多に来たときにここ稚加栄で飲んだときのことを思い出しました。

19
 2014.2撮影) 前回、この店に来たときお相手をしてくれました。嬉しいことにその事を覚えていてくれました。その時にも “黄金アジ” をオーダーし、ももちゃんのお勧めで半身は刺身に、半身は鮨に、アラは味噌汁にしていただいたことも覚えていてくれました。

21
 2014.2撮影) 毎日たくさんのお客さんと対応していてしかも2年前のことを覚えていてくれるなんてちょっと感激でした。その時は、見送ってもいただきました。

12dsc01716
 「稚加栄」の料金は決して安くなく、ガバガバ飲んで、バクバク食べたら破産しますので程々に美味を堪能して、河岸を変えることにしました。Mさんが買い物をしている間、街角でしばしボーッとして、これから始まる九州の旅に思いを馳せたりもしていました。

13dsc01717
 二軒目は、「しらすくじら」という変わった名前の店で、その謂われは “シラスのような小さな魚からクジラのような大きな魚まであるよ” ということだそうです。

14dsc01719
 観光ガイドと運転(お疲れ様でした)で禁断症状になっていたMさんは、安い居酒屋でたくさん飲めるのでニコニコ顔でした。手にしているのはビールと生しらす。

15dsc01728
 私は、郷に入ったらで、九州に来たら焼酎です。

16dsc01721
 料理は、クジラを中心にいろいろ頼みました。

17dsc01726
 この店は博多駅のすぐ脇にあり、オープンスペースになっていますのでいつも賑わっていて、博多らしい雰囲気を味わえます。

18dsc01736
 3人が予約したホテルは博多駅の真ん前、宴が終わって外に出ると雨が次第に激しくなり、翌日からの九州の旅がちょっと不安になりました。

 

ももちゃんとの思いがけない再会、親しい友との再会と別れ、いろいろな想いが交錯しました。Mさんと岩国のママさんは、再会を喜んでくれて思いっきりはしゃいでくれました。再会を喜んでくれる友が広島・岩国にいること、博多の料亭には私のことを覚えてくれる方がいること、嬉しいものです。そして、この先鹿児島にも待っていてくれる方がいることも嬉しいことです。

| | コメント (3)

2016年5月19日 (木)

広島・九州周遊 06厳島神社参拝

5/8(日) 「安芸の宮島観光」の最後は厳島神社や大聖院参拝としました。

01dsc01629
 弥山登山を終えて、お腹は減りましたしノドも渇きました。岩国のママさんは旨そうにビールをグビグビと、広島のMさんは博多まで車の運転がありましたので我慢しました。

02dsc01631
 関西から西の うどん圏では、きつねうどんが美味しくこれに限ります。

03dsc01632
 食後ブラブラと厳島神社に向かいました。一際目につくのが「五重塔」 です。和様と唐様を調和させた建築様式で、桧皮葺の屋根と朱塗りの柱のコントラストが美しい塔です。高さは27.6mあります。「五重塔」の隣にある「豊国神社(千畳閣)」も面白そうな場所です。

04dsc01635
 「国宝厳島神社」は、創建は593年と古いのですが、現在のように廻廊で結ばれた海上社殿のような姿になったのは平安時代後期(1168年頃)に平清盛の援助を得てからのことです。入場料が無料というのは意外でした。

09dsc01641
 本殿以下37棟の本宮(内宮)と19棟の外宮が設けられ、全て完成するまでに数年が費やされたといいます。床板と朱色の柱と白壁、とてもきれいでした。国宝であり、日本三景の一つであり、、ユネスコの世界遺産(1996年)でもあります。

06dsc01637
 厳島神社は社殿が洲海にあるため海水に浸る床柱は腐食しやすく、また幾度となく自然災害に見舞われてきましたが、人々の篤い信仰心に支えられて修理再建されてきました。朝、宮島に渡ってきたときには満ちていた潮も、弥山登山しているうちに引いてしまいました。次回は、海上に浮かぶ本殿を歩いてみたいものです。

07dsc01645
 高潮の時など潮水に洗われ痛みやすいこの木造の建物が、平安時代の姿そのままに今日まで保たれていることは素晴らしいことです。多大な援助をした平清盛も、この神社がこれほど大きな観光資源になるとは思ってもみなかったでしょう。

08dsc01638
 正面には緑青塗りの引き違いの菱形の格子戸がはめられた本殿には 三女神が祀られています。この美しさは、縦と横の直線が織りなす機能美というのでしょうか。

10dsc01647
 潮はかなり引いていましたが、鳥居の根元はまだ海の中でした。鳥居の内側に収まるように白い建物が見え、これは新興宗教の建物だそうで、Mさんは景観の邪魔になると残念がっていました。

11dsc01653
 それぞれの宮殿は廻廊で結ばれていて、幅が4m、長さは275m。床板の間に目透しという隙間があって、高潮の時に下から押し上がってくる海水の圧力を弱めて、海水や雨水を海へと流す役目を果たしています。

12dsc01655
 太鼓橋の形状をしている「反橋(そりばし)」は、かつては重要な祭事の際、勅使がこの橋を渡ってきたことから「勅使橋」ともいわれています。1557年に毛利元就・隆元親子によって再建されたそうです。

13dsc01657
 国内で唯一の海に浮かぶ能舞台で、1605年に福島正則が常設の能舞台として寄進したものです。現在は、春の桃花祭神能がこの舞台で演じられ、茶道表千家と裏千家家元が隔年交互に行う献茶祭ではここでお茶が点てられ神前に献じられます。

14dsc01667
 宮島には厳島神社の他にたくさんの神社仏閣があり、「大聖院」もその一つで、宮島にある寺院の中では最も古い寺院です。

15dsc01668
 大聖院の門前に、可愛いというか何というか、ワンちゃんがおとなしく繋がれていて、可哀想に水呑み容器がひっくり返っていました。帰りには “覆水” が盆に帰っていました。

17dsc01681
 宮島は、弘法大師との関わりがとても大きく、各所にその足跡が残されています。石造が配置された庭園は、紅葉の時期にはさぞかし美しく、心安まるものと思われました。

18dsc01684
 石で彫られた地蔵菩薩たちを眺めると、最近は旅に忙しく疎かになっている仏像彫刻に心動かされました。

19dsc01686
 宮島の神社仏閣に祀られている仏様は、十一面観世音菩薩をはじめとする数々の観音菩薩、不動明王、三鬼大権現、七福神、一願大師などがあるとのことで、すべてをお参りしてゆくとけっこう時間がかかりそうでしたので、サラッとお詣りしました。

 

000147315

000147313
 4/10に広島外相会議が開催され、G7各国外相は厳島神社に参拝し、舞楽を楽しんだそうです。(画像は外務省提供)

 

弥山登山から始まって、厳島神社や大聖院を参拝した宮島観光でした。宮島にこれほどの見所、神社仏閣があるとは知りませんでした。Mさんと岩国のママさんのおかげで、たくさんの “運” と “気” をいただいたような気がしました。

| | コメント (3)

2016年5月18日 (水)

広島・九州周遊 05宮島・弥山登山

5/8(日) 「安芸の宮島観光」で、厳島神社の参拝は後回しにして、紅葉谷経由で弥山(みせん)登山に向かいました。

01dsc01538
 紅葉谷からの登山コースはロープウェーを利用する事ができます。ロープウェー乗り場のポスターには「日本三景の真価は弥山山頂の眺めにあり」という言葉が紹介されていました。これは、宮島の弥山(みせん)を愛した伊藤博文(初代総理大臣)の言葉だそうで、期待が高まりました。

02dsc01541
 ロープウェーを利用しないで最初から歩くという登山もありますが、観光のついでの登山では大変のようです。この日は宮島観光の後は、福岡・博多まで車で行くことになっていましたので楽なルートを選びました。ロープウェーは、約10分ほど乗った後、さらに乗り換えて4分ほどでスタートとなる獅子岩駅に着きました。

03dsc01561
 ロープウェーの終点獅子岩駅からの登りの景色は、瀬戸内とそこに浮かぶ島々を眺めながらの楽しい道でした。

04dsc01566
 ほとんどが上りの連続で、そろそろ休みたいなあと思った頃、急な石段の上に伽藍が見えました。

05dsc01578
 この伽藍は「弥山本堂」。弥山は唐から帰国した弘法大師が霊地を求めて宮島に立ち寄った際、山の姿が「須弥山」(古代インドの世界観の中で中心に聳える聖なる山)に似ているところから「弥山」と名付けられてそうです。

06dsc01571
 弘法大師は、御堂を建てここで100日間の修法(密教で行われる加持祈祷)を行ったそうです。本尊は虚空蔵菩薩で、脇には不動明王と毘沙門天が祀られています。大変な聖地でありパワースポットでもあり、嬉しいことに見ているだけで心が落ち着く曼荼羅絵もありました。

07dsc01575
 宮島といえば平清盛(1118年生まれ)というイメージしかなかったのですが、弘法大師がここで修法を行ったのが806年とのことですので、平清盛が厳島神社を建造する300年も前に弘法大師が宮島に来ていたということは初めて知りました。

08dsc01577
 弥山本堂の目前には「霊火堂」があり、弘法大師が806年に修法を行った際の霊火が、1200年経った今も “消えずの火” として燃え続けていて、毎年8/6に行われる原爆忌での経広島平和記念式典ではここの火が使われているということをMさんに教えていただきました。

09dsc01582
 弥山本堂と霊火堂をお詣りして、一休みして、仕切り直しして山頂を目指しました。またまた石段が現れました。

10dsc01589
 何でこんな処にこんな大きな岩があるんだろうと思ってしまいました。天から降ってきたのか、火山島でもないのに。

12dsc01593
 石碑があり、ここは昭和天皇が皇太子時代にここに立って四国方面を眺めた場所だそうです。

13dsc01596
 さらに頂上近くには仏様が彫られた石碑もあり、弥山が霊山であり、今風にいえばパワースポットとも言えます。たくさんの女性がここに登ってくるそうです。

14dsc01599
 Mさんには前日の居酒屋巡りの余韻が残っていたようですが、何とか頑張って登頂しました。

15dsc01601
 岩国のママさんは、富士山に登頂したときと同じくらい元気で、ノリがいい人なのです。

16dsc01608
 弥山山頂から広島市内方向を見ると、眼下にはフェリーが行き交っていました。この日も多くの観光客をピストン輸送で運んでいました。

17dsc01615
 山頂からの眺めは、「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」といった伊藤博文の言葉通りでした。昭和天皇が皇太子時代に見たのもこんな景色だったのでしょうか。青空が広がり、白い筋雲が流れていて、そよ風が汗ばんだ体に心地よく感じられました。

19dsc01626
 弥山山頂で素晴らしい景観を楽しんで火照った体を冷やした後、再び紅葉谷コースを下りました。新緑は陽射しを受けて、これ以上なく緑に染まっていました。前夜のアルコールが残っていたMさんは、下りは快調なペースでした。

20dsc01628

000147361
 ここは宮島の老舗料亭・旅館の「岩惣」です。4/1112に開催されたG7広島外相会議で、1日目のワーキングディナー(画像は外務省提供)が行われ、金あなご、虎魚(おこぜ)、黄金伊勢エビ、合鴨桜ロース、手鞠寿司、牡蠣ご飯などが提供され、日本酒は賀茂鶴大吟醸で乾杯が行われたとのこと。

Misen_map
 弥山登山には3つのルートがあります。今回は最も簡単といわれる紅葉谷コースをロープウェーを使っての観光登山でした。紅葉のシーズンにロープウェーを使わないで、あるいは他のルートで登山するのも面白そうです。

 

宮島観光といえば、厳島神社の参拝くらいしかイメージしていなかったのですが、宮島全体が大変なパワースポットであり、弥山はその象徴であることを初めて知りました。宮島観光は弥山登山抜きではもったいなく、Mさんと岩国のママさん、地元の人に案内してもらったこそわかったことで、感謝しています。

| | コメント (2)

2016年5月17日 (火)

広島・九州周遊 04宮島・もみじ

5/8(日) 前日の夜遅く迄の居酒屋巡りにもめげず、Mさんが運転する車で「安芸の宮島」観光に出かけました。

01dsc01468
 宮島行きのフェリー乗り場の前にはもみじ饅頭のお店があります。広島のお土産といえば先ず思い浮かぶのは宮島の “もみじ饅頭”。朝日新聞が行った「日本一のまんじゅうは?」というアンケートで全国1位になりました。根強い人気があるのです。

02dsc01469
 もみじ饅頭は、明治時代後期の和菓子職人が考案したそうですが、現在は商標権が切れているために一社独占ではないそうです。和菓子の範疇に入ると思うのですが、その構造は饅頭ですからいたってシンプルで、その決め手は餡で、さっぱりとした甘さが絶品です。

03dsc01470
 もう一つの名物が “穴子” です。宮島の周辺で獲れるそうです。

04dsc01471
 もみじ饅頭やあなご飯を横目に見ながら、フェリー乗り場に行くともうかなりの行列ができていました。この日は日曜日で、フェリーはピストン運転していましたし、乗客定員は800人(車を搭載しない場合)とのことでしたので、これくらいの行列も全然OKでした。

05dsc01472
 乗船した岩国のママさんはすました顔をしていましたが、いつの間にか姿を消したと思いましたらもみじ饅頭をゲットしに行ったりとなかなか抜け目がないのです。

06dsc01475
 カキも広島の名物です。宮島は瀬戸内にあり、静かな内海にはカキの養殖筏が並んでいました。

07dsc01485
 宮島港に着きました。さすが宮島の表玄関だけあって、広島のフェリー乗り場(改造中)に比べてどっしりとした風格がありました。

08dsc01494
 ここは広島、 “広島カープ” 一色です。広島カープの優勝ならまあいいかなと思うくらい2番目に応援しているプロ野球球団です。広島の原爆投下から復興した町の市民球団ですので応援したくなります。

09dsc01498
宮島は想像以上に大きく、広い島です。たくさんの観光客を受け入れることができるアクセス(フェリー)と、こういうお土産屋や飲食店が観光を支えています。

10dsc01496
 焼牡蠣も美味しそうでした。

11dsc01499
 しゃもじ(杓文字)も宮島の名産です。宮島の光明院の修行僧が、産業興しのために、弁天が持つ琵琶と形が似たしゃもじを宮島参拝の土産として売り出したそうです。幸せや勝利、あるいは相手を召しとるという意味合いから、スポーツ応援で楽器代わりにも使われている光景をよく見ます。

12dsc01501
 カキ料理の店先に並べられている カキの吊るしです。広島のカキは、Mさんに教えていただいた 広島かきじごぜん(地御前) が絶品なのです。少し多めに取り寄せて、フライパンでさあっと炒め、オリーブオイルに漬け込んで冷凍しておけばいつでも食べることができ、プリプリとしていてワインとの相性は抜群です。

13dsc01502
 浜辺には観光客を乗せた小舟がありました。これは潮が満ちた時、大鳥居の傍まで行ってパワーを感じてもらったり、参拝したり写真を撮ったりするための人力で動くもので「ろかい舟」というそうです。鳥居をくぐるのは、特別な行事(神事)の時だけなのか、「ろかい舟」でもくぐれるのかは聞き損ないました。

14dsc01507
 前日の大潮の干潮時と違って、大鳥居の根元1mくらいの処まで海中に沈んでいました。「ろかい舟」の出番でした。

15dsc01511
 厳島神社の本殿も拝殿も海に浮かんでいて、たくさんの人が集まっていました。

16dsc01518
 厳島神社への参拝は後回しにして、宮島登山に向かいました。本殿や拝殿の裏側の道はひっそりとしていました。

17dsc01524
 先ず向かったのが “紅葉谷” でした。紅葉の時期にはきれいでしょうが、この新緑の時期も素晴らしい緑の世界でした。

 

18dsc01528_2
 サギが大きな魚を咥えていました。この後、サギは魚を呑み込んで食道と背筋を真っ直ぐに伸ばして直立不動になっていました。

19dsc01533
 自分の目も肌も緑色に染まるかと思うほど鮮やかな新緑でした。

20dsc01534
 宮島では神の使いといわれる鹿は、フェリー乗り場近くや神社近くの人がいるところでは多く見かけましたが、その静かな樹々に囲まれた山道でもノンビリと餌をあさっていました。

 

もみじ饅頭に紅葉谷、 “もみじ(紅葉)” は広島県の県木・県花です。

| | コメント (3)

2016年5月16日 (月)

広島・九州周遊 03居酒屋巡り

5/7(土) 広島と岩国の観光を終えて、恒例の居酒屋巡りとなりました。

01dsc01438
 この日の宿泊は、岩国のママさんの仕事場。個室が3つあり、それぞれ3人が泊まることができますので広島に行く時は大抵ここでお世話になります。

02dsc01447
 岩国では、今までこれといった居酒屋が見つかりませんでした。単に開拓していなかっただけなので、今回を機会に居酒屋開拓をしようということになりました。最初に入ったのが「がってんしょうちのすけ」という至って大衆的な居酒屋でした。

03dsc01441
 先ずは乾杯。3人で会うときは何よりも酒を飲むことが最大の楽しみで、飲む量も半端ではないのです。

04dsc01444
 オーダーしたのは、馬刺し、穴子の白焼、刺身の盛り合わせ。

05dsc01445
 岩国の特産物といえば「岩国れんこん」です。岩国はれんこんの一大産地なのです。その特徴は、他地域のハスの穴は大抵8個なのですが、「岩国れんこん」は9個で、その穴もずっと続いているので 先が見える、見通しがよい といわれ、縁起を担いで正月料理や祝宴の席でよく使われます。ということで、「岩国れんこん」は外せません。

06dsc01448
 一軒目の居酒屋探索を終え、二軒目は「づぼら」という店。大当たりか大外れが予感される店構えでした。

07dsc01453

08dsc014552
 入ってすぐに目に着いたのがガラスケースの中の食材でした。なかなかいけそうでした。

09dsc01452
 板場には、いかにも 頑固親父 がこちらをじっと見ていて、お勧めや料理の説明をしてくれました。

10dsc01451
 付きだしがいい味でしたので、頑固親父のお勧めに従うことにしました。  

11dsc01449
 頑固親父一番のお勧め「グリーンオイスター」は、見た目は???でしたが、絶品でした。帰宅してから調べてみると、 日本一美味しいといいわれる 幻のグリーンオイスター とあり、さらに 本場フランスでは、最高級ブランド として扱われているとのこと。美味しいわけです。この味を発見しただけでも居酒屋巡りの成果がありました。

12dsc01456
 次のお勧め 貝の卵とじ も絶品でした。

13dsc01457
 メバルの煮付け。

14dsc01458
 三軒目のこの店も雰囲気はありましたが、二軒目の「づぼら」と同じようなイメージでしたのでパスしました。

15dsc01459
 結局、三軒目は「目利きの銀次」というチェーン店で、滋賀県彦根市で入ったことがありました。

16dsc01460
 もう料理はどうでもよく、楽しい時間と雰囲気を少しでも長くということで、ただ飲みたいだけでした。岩国の居酒屋探訪は成果を上げ、広島の こいわし(しこいわし) とともに、楽しみが増えました。

 

広島のMさんと岩国のママさんは、時々横浜に来ることもあり、その際には横須賀に飲みに行きます。横須賀の身の丈大の街並み、レトロっぽい街並み、赤提灯が似合う街並み、24時間酒が飲める居酒屋群が気に入ってくれているようで、飲んだ後のブラブラ歩きも楽しみの一つですが、破産とアル中には気をつけないといけません。

| | コメント (1)

2016年5月15日 (日)

広島・九州周遊 02厳島神社

5/7(土) 広島の友と合流して、人生初の広島風お好み焼きを食べて、西条の酒蔵通りを散策した後、Mさんの車で呉市へと向かいました。

01dsc01348
 広島県呉市は軍港都市で、私の故郷横須賀も軍港都市ですので親しみを感じています。呉市にある「大和ミュージアム」の目の前に潜水艦が展示されていました。これは、海上自衛隊の「てつのくじら館」という広報施設で、潜水艦「あきしお」の実物展示です。中に入ることができ、潜水艦での生活を知ることができるそうですが、それは後でわかったことで、後の祭りでした。

02dsc01350
 「大和ミュージアム」の入口には、戦艦「陸奥」のスクリューと主砲が展示されていました。これ一つとっても、大量の鉄が使われているわけで、ウームと唸ってしまいました。先日見た横須賀の戦艦「三笠」とはスケールが違いました。

03dsc01352
 「大和ミュージアム」は、その名の通り戦艦「大和」の10分の1の模型が展示されています。一度見てみたいと思っていました。第一印象は、意外にスマートで美しいなあというものでした。

04dsc01354
 床に下りることができ、下から見るとさらに流線型で美しく感じられました。この模型は全長26mですので実物は260mということになり、この巨体が波を蹴立てて進む様子を想像するとワクワクするのですが、3332人の乗組員のうち生存者は僅か276人という悲劇的な最後を迎えたわけで、残念でもあり痛ましくもあります。

05dsc01360
 後方から眺めると巨体に比べてスクリューが小さく見え、これでこの巨艦を推進するにはかなりのパワーが必要になることが想像され、ここでもウーム!でした。

06dsc01367
 館内の階段を上って、上から全貌を眺めることができました。全長260mというのはやはり大きく、その長さの割りには細身でスマートにも見え、展示の解説を読むと、精密な設計や配置が必要とされたということです。1940年に進水し、1945年に撃沈されたのですが、建造にあたって開発された工法や生産システムは、戦後の造船のみならず新幹線や高層ビル建築に計り知れない影響を与えたことが救いです。

07dsc01373
 「大和ミュージアム」は、海軍兵学校のある江田島を望む湾に面していて、そこには「大和」の実物大の1/2の甲板が敷かれていて、それはやはり大きく、船首から船尾までの移動だけでも大変なことがわかりました。

08dsc01384
 太陽が傾き、夕陽へと変わりつつある頃(17:38)、Mさんの計らいで、厳島神社へと案内してもらいました。

09dsc01388
 安芸の宮島観光は翌日の予定だったのですが、この日は大潮で、しかも時間帯は干潮。広島港と宮島を結ぶフェリーからは、有名な大鳥居の周りに人影が見えました。

10dsc01390
 フェリーは10分ほどの乗船でしたが、一直線に宮島港に向かうのではなく、鳥居がよく見えるような航路を通るというサービスをしてくれていました。これは厳密に言えば航行法違反ですが、まあ堅いことは言わないで・・・。

11dsc01392
 宮島港に着くと、帰りの船に乗り込もうという人の行列ができていました。フェリーにこんなに乗れるのかなと思ったのですが、車を搭載しなければ何と800人くらいは乗れるそうです。

13dsc01408
 大潮の干潮時という、最も引き潮が大きい時でしたので、本殿と鳥居の間は砂浜になっていて、この日はたくさんの人が潮干狩り(広島では「かいぼり」というそうです)を楽しんだとのこと。

12dsc01393
 フェリーが港に着くと大急ぎで鳥居の処まで行きました。海側から鳥居を見ると「厳島神社」という文字が見えました。

14dsc01401
 海側とは反対の陸側から鳥居を見ると「伊都伎島神社」と書いてありました。Mさんに教えてもらいました。

15dsc01396
 鳥居の根元に近づいてみるとその柱の太いこと。何人かの人が鳥居の亀裂に小銭を挟んだり、梁の上に小銭や小石を投げている姿を見かけましたが、亀裂に小銭を挟むと亀裂が大きくなり老朽化に拍車をかけるという批判も起きているそうです。日本が誇る世界文化遺産ですので大事にしてもらいたいものです。

16dsc01412
 この鳥居は、高さは16.6m、柱の間は10.9m、ビルでは45階の高さ。このビッグサイズの鳥居は、以前は置かれているだけで、現在も海底に杭を打って基礎を固めているだけで特別なことはしていないとのこと、不思議です。

17dsc01417
 厳島神社見物の後、この日の宿泊地岩国へと向かいました。岩国で最も有名な錦帯橋に寄りました。錦帯橋を渡るには300円(入橋料)かかりますが、そのお金は橋の架け替えなどの費用に使われます。この時間帯(19:02)のなると、二人連ればかりでした。

18dsc01420
 錦帯橋が架かる錦川は、波一つなく鏡のようでした。夕暮れ時のとても静かな時間でした。

19dsc01436
 錦川の川辺に下りると、この橋の構造がよくわかります。釘が一切使われていない、独自に発展した架橋技術です。

20dsc01432
 錦帯橋は、5連の構造になっていて、中央の3連はアーチ型になっていて、世界的にも希な構造をしています。これは 流されない橋をつくりたい という先人たちの情熱によるもので、残された資料で確認できるのは1639年には存在していたとのことです。

 

一度見てみたいと思っていた「大和ミュージアム」には、戦艦「大和」にまつわる人々や諸々の資料、零戦などが展示されていました。それらを見ていると痛ましくもあり、悲しくもあり、あまり写真を撮る気持ちにはなれませんでした。救いは、「大和」の建造技術が戦後の復興に役に立ったことでした。

| | コメント (2)

2016年5月14日 (土)

広島・九州周遊 01お好み焼きと酒蔵

5/7(土)から5/13(金)の7日間、広島を経由して九州に渡り、鹿児島まで縦断するという広島・九州周遊の旅に出発しました。広島での楽しみは2年ぶりとなる親しい友との再会でした。

01dsc01248
 5/7の早朝、新横浜駅から広島・九州周遊の旅が始まりました。

02dsc01274
 新大阪では「特急さくら」に乗り換え、「特急さくら」は鹿児島まで行くのですが、広島で下車しました。

03dsc01279
 広島駅で在来線に乗り換え、八本松駅という無人駅で岩国のママさんと合流しました。2年ぶりの再会でした。

04dsc01280s
 八本松という駅からは、こちらも2年ぶりの再会となる広島のMさんの運転でお好み焼き屋へと向かいました。広島での観光は、Mさんの車で岩国のママさんも一緒の三人旅となりました。

05dsc01281
 今まで何回となく広島を訪れていたのですが、いつもMさんや岩国のママさんたちと居酒屋に直行していましたので、広島風お好み焼きを食べたことがありませんでした。今回初めて広島風お好み焼き屋へ連れて行ってもらいました。広島風の最大の特徴は焼きそばとキャベツを使うことのようで、手順を聞いたのですが、すぐに忘れてしまいました。

06dsc01283
 一人前の量はかなりあるように思えました。食べ方は鉄のヘラで一口大に切って食べるのですが、ヘラを垂直にキッチリと切らないと具が散乱してしまいました。意外にさっぱりとしていて美味しく完食しました。

07dsc01286
 広島風お好み焼きを食べた後は、東広島市西条へと向かいました。西条は酒蔵が多い町で、10年くらい前に何回か訪れたことがあります。最近は「酒都西条 酒蔵通り」として、街並みを整備しているようです。

00hitomi
 西条で思い出すのが、昨年11月に南米ペルーのマチュピチュ村に行った帰りの列車で隣りに座ったアメリカ・マイアミ在住のHitomiさんのこと。西条出身で、ご主人がスウェーデン人(イケア勤務)。マイアミには日本人が少なく、日本語に飢えていたとかで、終点までの2時間近く、お互いに飽きもせず話が弾みました。

09dsc01290
 酒蔵の町の最大の特徴が醸造場に設置されている赤レンガの煙突(炉)です。西条駅の周辺には7社の醸造場があり、それぞれが持っている炉が独特の景観をつくり出していて、酒造りの季節になるとほのかな新酒の香りに包まれるそうです。

10dsc01300
 酒蔵の白い壁となまこ壁も歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気を醸し出しています。

11dsc01294
 西条は、高所にあって冬の仕込みに適した気候と良質な地下水に恵まれていて、酒造りに適した場所です。酒蔵の入口には地下水がくみ上げられていて、ほどよく冷えた美味しい地下水を味わうこともできます。

12dsc01331
 私も日本酒は大好きで、最近は日本酒のレベルが非常に進化して、とても美味しくなっています。日本酒ファンも増えているようで、嬉しいことです。

13dsc01325
 日本中旅をしていて居酒屋巡りをすると、よくカウンターで若い日本酒愛好家と隣り合わせになることがありました。若い日本酒ファンも増えているようで、蘊蓄を傾けられることありました。この利き酒処でも何種類かの利き酒用グラスを前に、熱心に飲み比べている若者たちがいました。

14dsc01312
 20144月にアメリカのオバマ大統領が来日して安倍首相と会食した際、西条の醸造場の一つ、全国でもトップクラスの賀茂鶴酒造の「大吟醸・特製ゴールド賀茂鶴」が、出されたとのことでした。

15dsc01314
 最近は外国人の日本酒ファンも増えているようでこれも嬉しいことです。こちらのグループはフランス人の団体で、試飲でかなり顔を赤くしている人もいました。美味しい日本酒は高級白ワインのようだともいわれますし、美味しい白ワインは高級日本酒ともいえます。

16dsc01308
 私もちょっと一口試飲させてもらいました。旨かったのですが、あまり飲んでしまうと夕食時の酒がまずくなりますので程々にしました。

00
 今回お世話になった広島市のMさんと岩国のママさんとは古い友達であり、私の全国リサーチの際の各地域のキーマンでもあります。2年前(2014年)の7月、広島市のMさんと山口県岩国市のママさんの2人を案内して富士山に登りました。2人は、富士山山開き直後の7/2にそれぞれ岩国市と広島を出発し、お昼頃に我が家に到着しました。昼食方々、夕方出かけるときには醒る適量で乾杯し、そして夕方17:30まで仮眠をとりました。仮眠後、身支度をして18:30に我が家を出発しました。

00_2
  21:02 夜の8時半に、富士吉田口五合目駐車場に到着し、夕食を食べたり身支度を調えました。少しずつ緊張してくる瞬間でした。今まで、2回富士山初挑戦の人をご案内したことがあり、今度で3回目となります。一人で登るときに比べるとやはり自分も緊張してしまいました。

00_3
 徹夜で登って、翌日の07:35 ついに山頂に立ちました。奇しくもこの日は岩国ママさんの??歳のバースデイでした。自分の誕生日を富士山頂で迎える人はあまりいないと思います。

00_4
 2人は、登りよりも難しいといわれる下山にもめげず、夜を徹しての16時間の富士登山を達成しました。無事に自宅に戻り、汗を流し、登頂祝福の乾杯をしました。

 

今回の旅で最も楽しみしているのは古くからの友や久しく会っていない人との再会で、広島では無事に2人と再会できました。旅は始まったばかりですが、この先無事にゴールの鹿児島に着いて、1998年にモルディヴで一緒した鹿児島の方と会えることを何より楽しみにしています。

| | コメント (1)

2016年5月 6日 (金)

広島・九州へ

そろそろ大型連休も終わろうという 5/7(土)から12(金)までの一週間、広島・九州に出かけます。九州へ行こうと思ったのは今年の2月、パタゴニアから帰って日本のどこかに行きたいと思った時に、ちょっとしたきっかけで、そうだ九州に行こうと思いました。

Photo
 日程は、広島で1泊して博多から九州新幹線で熊本を経由して、途中高千穂峡と霧島に寄り道して鹿児島に入るというものでした。ところが、思いもかけない(災害はいつもそうですが)熊本地震で、予定していたルートが通行できない状態となりました。

中止も考えたのですが、大分・宮崎ルートに変更することによって当初の予定に近い行程で行くことができそうです。

 広島では親しい友に案内してもらって、久しぶりに広島のあちこちに連れて行ってもらいます。

 博多(2泊目)では、美味しい魚料理を食べて、翌日は大分県中津市で母校の創始者福澤諭吉の生誕の地を訪ね、延岡からはレンタカーで高千穂峡(3泊目)に入ります。当初は熊本からレンタカーでと思ったのですが、南阿蘇や阿蘇大橋、竹田市の岡城址(荒城の月の舞台)を通る予定でしたが、完全に寸断されてしまいました。

 

高千穂峡では、観光の目玉である高千穂峡ボート巡りが地震の余震が収まらないということで中止されていましたが、連休中は再開されたようです。

 

高千穂峡からは延岡に戻り、延岡から鹿児島県・国分市(4泊目)に宿泊し、翌日は国分市からレンタカーで霧島登山口に向かい、坂本龍馬新婚旅行の道を辿り、高千穂峰に登って霧島温泉(5泊目)に宿泊します。

 

レンタカーで国分に戻り、国分からはJRで鹿児島に入り、鹿児島からはレンタカーで枕崎まで脚を伸ばし、再び市内に戻って城山ハイキングして、夕食は20年前(1996年)にモルディヴで出会った人と再々会。市内に宿泊(6泊目)し、最終日はその人の案内でピクニックしたり桜島観光したり、午後、鹿児島空港から帰るというものです。

 

鹿児島の人とは10年前に一度再会しているのですが、ゆっくり時間を共有することができませんでした。今回はゆっくりすることができ、とても楽しみにしています。

 

家庭の事情で一人旅となり、熊本地震の余震が心配され、天候もあまり良くないようですが、何とか鹿児島まで辿り着きたいと思っています。

| | コメント (2)

2016年5月 4日 (水)

岬めぐり 三崎のマグロ

5/1(日) 剣崎を経由して岩礁の道を抜けて江奈湾に着きました。江奈湾からは三崎港を目指しました。

00
江奈湾からは、磯伝いの道から外れて一般の道を歩くことになります。

   
01dsc01177
“岬めぐり と勝手に呼んで、歩いているルートでは唯一のトンネル「毘沙門トンネル」です。この道の左手の方には磯が続いていて「白浜毘沙門天」がいますが、遠回りになるのでパスしました。

 

02dsc01182
江奈湾の干潟」には、多くのカニ類やエビ類が棲みついているだけではなく、ボラやハゼの幼魚も生活していて、水鳥も集まるところとして、自然保護の対象となっている貴重な場所です。

      
03dsc01183
“岬めぐり と勝手に呼んで、歩いているルートでは唯一のトンネル「毘沙門トンネル」です。この道の左手の方には磯が続いていて「白浜毘沙門天」がいますが、遠回りになるのでパスしました。

04dsc01188
道は舗装されていて車なら快適に走れる道ですが、この日は暑い陽射しが容赦なく照りつけてきましたので、歩いているとノドが渇いて、かなりスタミナを奪われました。

    
05dsc01190
毘沙門漁港に出ました。この先に磯が続いているようなので歩いて行けるかどうか地元の人に聞いたら、潮が上げているので通れないというつれない返事が返ってきました。
    
06dsc01196
磯伝いの道を諦めて、一般道を歩いて行くと一面に畠が広がっていました。三浦半島は海から急に丘陵地帯になっていますので、潮風が吹きつけ、野菜などの作物の旨味と甘みが増すといわれています。

08dsc01199
一般道は丘陵地を走っていますので、海辺からはかなりの高さになります。毘沙門漁港から磯伝いに歩くことができれば眼下の海辺の道を歩くことができたのにと恨めしく思いましたが、怖い磯歩きも経験していましたので、あまり無理しない方がいいと自分に言い聞かせました。

09dsc01200
宮川湾を眼下に見ながら通っている橋は「宮川大橋」で、ここまで来れば三崎港にはかなり近づいています。この下の宮川湾には、「まるよし」という一軒家の船宿・食堂があり、「カマ漬け丼」(1,300円)が人気で、今回寄ることができなかったのは残念でした。

10dsc01208
三崎港と城ヶ島との分岐に出ました。怖かった岩場を越えた後、暑い陽射しの舗装路を歩いてかなり疲れてしまいましたので、城ヶ島はパスして三崎港へと向かいました。

11dsc01211
この日は漁は休みなのか、あるいは早朝の漁を終えたのか、三崎港にはたくさんの漁船が停泊していました。
   
12dsc01216
たくさんの路地が網の目のようになっている港町にはマグロ料理の店がたくさんあり、この日は日曜日で昼時でもあり、どこも行列ができていました。マグロ料理のパイオニアといわれる「くろば亭」は一番人気がある店のようです。
      
13dsc01224
「まるいち食堂」にもたくさんの行列ができていました。新鮮で上質なマグロや地魚を食べることができます。
    
14dsc01226
マグロのカマも店先に並べられていました。幾らなのか、価格を聞き忘れました。

15dsc01231
城ヶ島は目と鼻の先ですが、歩くと随分回り道をしますので、湾を横切って城ヶ島へと渡ることができる遊覧船が出てきて、ここでも順番待ちの人が並んでいました。
      
16dsc01238
船着き場の前には「三崎港うらり」という直販市場があり、ここも賑わっていました。
    
17dsc01236
      
18dsc01235
各ショップともマグロを売っていて、様々な部位があり、どれを買うか迷いました。
      
19dsc01241
三崎港での昼食はどの店も混んでいることはわかっていましたので、昼食はパスして三崎港からはバスで三崎口駅に出ました。
    
20dsc01242
三崎口からは京急電鉄で早めに自宅に戻りました。

 

三崎港で仕入れたマグロで早めの夕食にしました。テクテクに出かけた時、特に海辺を歩いた時は必ずといっていいほど魚料理の居酒屋に寄るか魚を買って帰るかのどちらかです。磯の匂いが脳細胞に刺激を与えるせいかもしれません。

| | コメント (0)

2016年5月 3日 (火)

岬めぐり 剣崎

5/1(日) 金田漁港の先の磯を歩いたのですが、初めてのルートで、怖い思いをしてようやく大浦の砂浜に出てホッとしました。

00_2
大浦海水浴場から磯伝いに剣崎を経由して、江奈湾を目標に歩きました。

01dsc01120
 間口漁港という漁港に出ました。この日は日曜日でしたから漁もお休みで、漁船も暖かい陽を浴びて甲羅干しをしていました。

02dsc01125
 三浦のワカメや昆布などの海藻類は特産物です。海藻を丁寧に並べてたっぷりと陽に当てて、のどかな漁村の光景です。

03dsc01119
 間口漁港を過ぎると磯になり、磯伝いの道が続いていました。金田漁港からの磯伝いの道で懲りましたので、瞬間的にギョッとして、ちょっとトラウマ状態になっていました。

04dsc01126
 「三浦・岩礁の道」という道標が現れ、この標識があるということは安全な道と思われ、安心して先に進むことができました。

05dsc01132
 「岩礁の道」という標識そのままの岩礁地帯に出ました。ちいさな灯台のような標識灯の手前にバイクで乗り入れてコーヒーを飲んでいる人がいました。

06dsc01133
 岩礁地帯が途切れた砂浜では、ここでもノンビリと寛いでいる人がいて、安心して磯歩きを楽しめる気分になってきました。

07dsc01136
 ようやく剣崎灯台が見えてきました。ここから先は何回も歩いたルートですので周りの景色を楽しみながら歩けます。

08dsc01140
 この時期は 水温む時期 ですが、まだ海水は冷たくその分きれいです。時々小魚が身を翻して岩陰に走り込んでいたりして、網で魚を追いかけたりした頃を思い出しました。海面には陽が当たって、キラキラと輝いていていました。

09dsc01141
 「剣崎」という地名については「けんざき」とも「つるぎざき」とも呼ばれています。地元の人の多くは「けんざき」と呼んでいるようです。

10dsc01143
 剣崎と呼ばれるこの辺りの地形的な特徴は岩礁が波に洗われ、刃先のようになっているからといわれています。

11dsc01145
 歩いていて楽しいのは、こういう小さな池のような入り江です。シュノーケリングで海の中を覗くと結構小さな魚やエビやカニがいたりして、一日遊ぶことができます。外海からは離れていて波の影響などを受けませんし、比較的水温も暖かく、小さな子どもが遊んでも安心です。

13dsc01149
 サスペンスドラマのクライマックスに出てきそうな景観です。

14dsc01151
 剣崎は外海に突き出ている岬ですので、比較的穏やかな日でも荒波が打ち寄せてきます。海の色も濃いめの藍色を帯びてきていて、白い波濤がさらに白く見えました。打ち寄せては砕ける波をボンヤリと見ているのもいいものです。

15dsc01153
 道標があるので安全だろうとすっかりいい気分で歩いていたのですが、再び岩礁伝いの道になっているようで、ちょっとギョッとしました。

16dsc01154
 そのまま歩いて行くと道標があり、高波の時は引き返して下さいという注意書きがありましたが、この日は比較的穏やかでしたので大丈夫そうでした。

17dsc01159
 この辺りまではあまり人は来ないようで、獣道みたいな道となり、それでも入り江となっているのどかな光景の場所でした。

18dsc01165
 松本清張の「球形の荒野」は、重厚な作品で好きで、何回も映画になりました。映画のラストシーでは芦田伸介(上顕一郎)と島田陽子(野上久美子)が観音崎の岩場で「七つの子」を歌うのが印象的なのですが、私には剣崎のこの光景の方が題名から受けるイメージに相応しく、ここへ来る度に「球形の荒野」を思い出し、読みたくなるます。

19dsc01168
 時々はノンビリと、時々は感傷に耽ったりとしながら歩きました。以前はこういう釣り人を見るとノンビリと釣り糸を垂れていていいなあと思ったものでしたが、最近は津波が来たら大変だろうなとも思いますし、磯歩きしている自分も他人事ではなくて同じ運命と気が付いたりもするのでした。

20dsc01170
 “活魚貝類 と書かれた生け簀がありました。多分、海鮮料理の店や民宿に卸すものと思われました。覗いてみると美味しそうな魚や貝がたくさんいて、また魚が食べたくなりました。

21dsc01173
 天然の良港といわれる「江奈湾」に出ると、漁船やボートが停泊していました。ここで一休みすることにしました。

 

剣崎辺りからの「岩礁の道」は、静かな入江や荒々しい外海、砕ける波濤や奇観を楽しむことができる磯歩きの道でしたが、一方では頭の片隅に津波が来たらという意識もチラリと浮かんできたのでした。

| | コメント (0)

2016年5月 2日 (月)

岬めぐり 岩場歩き

5/1(日) 前回は、横須賀歩きで浦賀まで歩きましたので、今回は三浦海岸から三崎までの 岬めぐり に出かけました。

00

この日の行程は、三浦海岸の先の金田漁港辺りからできるだけ磯伝いに歩いて、最終的な目的地を三崎港と定めました。

01dsc01072
 この日5/1は、好天気に恵まれましたので、早朝家を飛び出し、京急電鉄で三浦海岸駅まで出ました。

02dsc01073
 三浦海岸駅からは剣崎行きのバスに乗りました。三浦半島でバスに乗ると、いつも古~い「岬めぐり」(山本コウタローとウイークエンド)という歌が思い浮かびます。「岬めぐり」は、三浦半島を舞台に作られた歌だそうです。

03dsc01080
 バスは三浦海岸から続く金田湾を左に見て走りました。金田漁港の近くでバスを降りました。

04dsc01082
 毎週日曜日には 金田湾の朝市 が開かれているのですが、時間が05:5007:30と朝早く、残念ながら間に合いませんでした。ここの2階では美味しい地魚料理が食べられます。

04dsc01084
 金田漁港からの道は、しばらく緑の道で、緑の若葉が目に鮮やかでした。

05dsc01088
 剣崎へと向かうバス道から海辺の道に入っていくと、立ち入り禁止の標識がありました。出会った地元の人に聞くと、 浄化センターがあるし、そこから先の道は津波によって崖崩れが起きたりしているカ所があるので危険、行かない方がいい という人と 行っても大丈夫、多少危険だけれど面白いよ という人がいて、迷いましたが行けるところまで行ってみようと先に進みました。

06dsc01092
 浄化センターを過ぎると砂浜に出て、その先が磯になっていました。遠目には、磯伝いに行けるのか行けないのかは確認できませんでしたので、とにかく近くまで行ってみることにしました。

07dsc01095
 満潮時や高波が来たときに歩くことになる円筒形のコンクリート製ステップがいくつかあり、欠けている部分もありましたが、歩けないことはないので進むことにしました。

08dsc01096
 足下に、最後のコンクリート製ステップの痕跡があり、波にさらわれたようで、その前には自分の身長と同じくらいの高さの岩が突き出ていました。何とか腕力と脚力を目一杯使って、自分の体を持ち上げることができ、岩をよじ上ることができたのですが、この先が不安になりました。 

09dsc01099
 次の岩場は、足下の道が消えていて、ロープがぶら下がっていました。引き返そうか迷ったのですが、先程よじ上った岩場を降りる方が危険に思われ、ロープに取り付き、何とか向こう側の岩場に辿り着きました。

10dsc01100
 その先にもロープが張られていて、道があるようなないような。つい先日、ヒマラヤや立山に一緒した山仲間のSさんから久しぶりの便りがあり、昨年山で遭難し、4ヶ月の入院生活の後退院したという連絡があったばかりで、自分もここで海に落ちたら、波に引っ張り込まれるか岩場に叩きつけられるか、人が来ないところなので、かなりやばいなあと心臓がドキドキしてきました。しかし、もう引き返すことはできませんでした。

11dsc01102
 何とかロープ伝いの岩場をクリアして、さらに高い岩場にさしかかると人影が見えホッとしました。私とは反対方向に磯伝いに行こうとしていたところ、この岩場を下りるのが怖いということで、またこの先のルートも危険ですよと伝えたところ、ここから引き返すことになったようです。

12dsc01103
 釣り人がノンビリと釣り糸を垂れていました。こういう人がいるところは普通の道があるということで、いつでも待避できますのでホッとしました。

13dsc01109
 岩場を過ぎると、静かな小さな入江があり、砂浜が続いていましたので、ようやくノンビリと景色を楽しむゆとりができました。砂浜の先の方は、再び磯伝いの道になっているようでした。

14dsc01111
 砂浜を通り過ぎると足場が潮に洗われている岩場に出ました。かろうじて細い道がついているようでしたので先へと進みました。

15dsc01114
 狭い道をクリアするとゴツゴツした岩場に出ましたが、これは何とか越えられそうでしたし、遠くにに釣り人の影が見えましたので先へと進みました。

16dsc01115
 ゴツゴツした岩場を越えると、今度は切り立った断崖が現れ、足場は人一人が壁に貼り付いて歩けばなんとかなりそうな細いスペースがありました。TVの登山番組で目にしたことのある 黒部の下の廊下 という難所が思い浮かび、ちょっと怯みましたが、引き返すのも大変でしたので、 剱岳のカニのタテバイとかヨコバイ のように、ゆっくりと岩壁にピタリと身を寄せて何とか渡りきりました。

17dsc01116
 ようやく少し広めの道が出てきて、ホッとして油断しないように進みました。

18dsc01118
 大浦海水浴場という広い砂浜に出ました。ここにきて、これまでのルートを振り返ってみて、急に疲れを感じ、膝がガクガクしてきました。

 

山で遭難して九死に一生を得たSさんのレポートが時々頭をかすめました。私の場合、何回となく引き返す機会はあったのに何となく前に進んでしまい、そのうち引き返すことができなくなってしまいました。振り返ってみれば、よく安全地帯に辿り着いたなあと猛省しているところで、このルートはもう懲り懲りで、恥ずかしい限りです。

| | コメント (0)

« 2016年4月 | トップページ | 2016年6月 »