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2016年6月30日 (木)

モルディブ便り1998年 ラストダイブ

モルディブ滞在も4年目3回目となりました。新しい年が始まると、今年も1年の終わりにはモルディブに行けるようになりたいと願をかけ、心に決めて、それを楽しみに嫌なことや辛い仕事も頑張れたような気がしました。

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 3回目の滞在でしたが、モルディブについてはほとんど何も知りませんでした。場所はインド洋上、インドの鼻先にあってたくさんの島々から成り立っている共和国。海抜が低く、地球温暖化による水位の上昇によって沈没の危機にさらされているということくらいでした。酒は飲み放題でクリスマスも行われていましたから、イスラム教の国であるということはモルディブを離れてしばらくしてからわかったことでした。

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 この年は、12/14218日間の日程でした。モルディブ人気が高まり、クリスマスの時期の予約が取れませんでした。

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 モルディブは3回目でしたから、もう余裕でした。1回目はシンガポール航空でシンガポール経由でしたが、2回目、3回目はエアランカでコロンボ経由でした。どのルートをとってもモルディブの首都マーレからは真夜中に船で島に渡るということになり、それもわかっていることでしたので安心でした。

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 「ヴァドゥ・ダイビングパラダイス」に着いて、目に飛び込んできたのが白い砂浜と透き通った海に浮かぶ水上コテージでした。ただ残念だったのが、この年は水上コテージの予約が取れませんでした。新婚旅行先としての人気が高まり、モルディブブームが起こっていたようでした。

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 ダイビングベースとなる波止場に立つと、独特の潮の香りが鼻腔をくすぐり、体中の血液がぐるぐると動き始めるようでした。このダイビングボートで、ヴァドゥ近辺のたくさんのダイビングポイントに連れて行ってもらいました。

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 掘っ立て小屋のようなダイビング器材置き場、陽に焼けて変色した屋根やちょっとくすんでいる白い壁、自分の家の物置小屋のようなこの田舎感がとても気分を和やかにしてくれるのでした。

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 波止場の外海、ハウスリーフは急深の海で、海の色は濃く碧く、足下にさまざまな魚が集まってきました。

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 この年もたくさんの新婚さんがやってきて、一緒に潜りました。

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 若い人は物怖じしないというか、二人で潜れば怖くないということか、心底楽しんでいました。

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 モルディブのダイビングスタイルはボートエントリー(船上から海中に入る)がほとんどで、しかも船はアンカー(錨)を打っていませんので、腕前にある程度の自信がないと不安になるのですが、皆さん堂々としたものでした。

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 海の中は、魚の種類や数は多く、むしろ魚影は年々濃くなっているような印象でしたが、逆に地球温暖化による水温の上昇によって珊瑚の白化現象(死ぬことによって白くなる)はかなり深刻になっているようでした。

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 ダイビング出発前の緊張する瞬間なのですが、モルディブの海にもすっかり慣れ、年々緊張感は薄らいできました。

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 ダイビングの後は、シャワーを浴びて、うたた寝をして、目が覚めたらハットバーでお酒というのが習慣になりました。

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 少しずつオレンジ色に染まりつつある水上コテージや水面を眺めながら、この年1年のあれやこれや、またもう少し経てばやって来る新しい年のことを考えたりもしました。

 

4年間にわたって3回目のモルディブ滞在は、潜在意識の中ではもうこれで見納めでもいいかなあという気分にもなっていたかもしれません。見慣れた光景もしっかり見ておこうという気分が働いていたような気がしていましたし、ダイビングもこれだけ潜ればもういいかなあという気分にもなっていたようです。

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2016年6月28日 (火)

マブール島1997年 200本パーティ

マブール島のシパダン水上コテージに滞在して、ダイビングの日々でした。

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 マブール島でのダイビングボートは小型のスピードボートでした。これはダイビングポイントが比較的遠いところにありますので、スピードボートとなっているようでした。

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 この日のダイビングボートに乗り合わせたのは東京町田市から来たSさんご夫妻。愉快なご夫婦で、帰国してからもしばらく交流は続きました。

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 この日はダイビングの途中で島に上陸し、バンガローで食事をしたり休憩をしたり、ゆったりと過ごしました。

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 亜熱帯で雨が多い地域ですが、カラリと晴れ上がるとやはり南の島です。白い砂浜は突き刺さるような陽射しで焼けるように熱く、こんな時には少しでも早く水中に入りたくなりました。

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 Y君がバディでしたのでとても安心して潜れました。

 

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 この時は、ダイビングカメラのバッテリー切れで、予備を用意していなかったというドジを踏んでしまいましたので、ダイビングの写真はこれだけでした。

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 ダイビングを終えた後は、ダイビング器材やウェットスーツなどは真水でよく洗います。特に機材は命に関わる大事なものですので、しばらく真水につけて塩抜きをしないと錆びの原因になります。

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 リゾートに滞在してのダイビングで一番いいのは、ダイビング器材やウェットスーツなどをいちいち収納しなくていいことです。

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 ダイビング後の寛ぎの時間。SatomiさんとShiokoさんはしばらく一緒に滞在しましたので、毎日飲んでいました。まあそれしかすることがないということですが。

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 町田市から来たSさんご夫妻やインストラクターさんが加わるとさらに賑やかになりました。これしか楽しみがないということですが。

 

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ダイビングを終えて、食事も終えて、就寝前の一時はレストランに集まって飲んだりするのですが、例えば誰かの誕生日だったりすると、大騒ぎになります。この日は私が200回目のダイビングを達成した日で、この日から合流した若い姉妹の先導で大騒ぎになりました。謹厳実直なY君がこんなにはしゃいだのは長い付き合いで初めてでした。

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 何回ダイビングしたかという回数は、回数ではなくて使った酸素ボンベの本数でカウントします。ダイビングを始めてから回数を重ねて、50本とか、100本とか節目になるとお祝いをしたりします。この日は私の200本目の記念日ということでした。とても思い出に残った日でした。

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 ダイビングをして酒を飲んでドンチャン騒ぎをしているうちにあっという間に出発の日がきました。ここシパダン水上コテージは日本資本が入っているためかダイバーもスタッフも日本人が多く、居心地が良かったのでした。

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 スタッフやまだ滞在している皆さんの見送りを受けて、島を離れました。

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 一緒によく飲んだShiokoさんは一足先に島を離れ、私たちはSさんご夫妻とSatomiさん達との賑やかな帰国となりました。

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 マレーシアのコタキナバルへと向かう国内線から見た南シナ海に浮かぶ島々。ここにも楽園がありました。

 

リゾートに滞在してのダイビングでは、娯楽が全くなく、就寝前に集まって酒を飲みながら何か面白いことやネタはないかなと誰もが思っています。何とか盛り上がりたいと思っていて、ちょうど私の200本記念は格好の材料になりました。これも巡り合わせで、近場の海に一人で出かけたときにちょうど200本ということもあり得るわけで、リゾートで賑やか好きの皆さんがいるときの記念日でラッキーでしたし、とてもいい思い出となりました。

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2016年6月26日 (日)

マブール島1997年 水上コテージ

1995年と1996年、2年続けてモルディブに出かけたのですが、3年目は気分を変えて、マレーシアのマブール島に出かけました。比較的有名で、ジャングルが連想されるボルネオ島の近くでもあります。

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 連休明けの5/15から5/21までの7日間のコースで、成田を出発してマレーシアのコタキナバルで飛行機を乗り換え、さらにボートに乗り換えてと、目的地に着くまでがなかなか大変なのですが、その分秘境度が増すような気がして期待していました。

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 海外旅行や海外ダイビングは、日程が合う人がいなくて一人旅が多いのですが、今回はダイビング仲間のY君と一緒でした。彼は一流銀行の優秀な銀行マンで、年末は忙しく(モルディブは無理)、結果として5月という時期になりました。成田で出発を待つ間に軽食をとりました。

 

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 マレーシアのコタキナバル空港で国内線に乗り換えました。Y君とは、家も近く、同じスポーツクラブでダイビングのライセンスを取り、以来伊豆や沖縄、バリ島などに潜りに行った最も親しい仲間です。

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 コタキナバル空港からの国内線で、眼下にはいかにも密度の濃い熱帯のジャングル島が点在しているのが見えました。

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 30分のフライトで、センボルーナというローカル飛行場に到着し、ここからスピードボートに乗り換えました。

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 スピードボートで30分近く走ると水上コテージが見えてきました。

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 ここはマブール島で、ダイビングのメッカでもありますが、ボルネオ島観光(オランウータンが生息・保護)の拠点でもあります。

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 マブール島にはたくさんの現地人が住んでいて、その一角が水上コテージを有するリゾートになっていて、リゾートの入口付近では子供たちが遊んでいました。

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 この時はまだ独身で、日頃難しい顔をしている銀行マンのY君が、子ども相手にこんなに解放されたような顔をしているのは、やはりリゾート効果でしょうか。来た甲斐がありました。

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 マブール島から張りだしたように水上コテージが作られていました。どことなくヨーロッパ的な雰囲気があったモルディブに比べて、空気は湿気を帯びて、緑の葉も色濃く、アジアの熱帯的な雰囲気がありました。

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 ここはダイビングのベースとなった港です。リゾートの中心部でもあります。

 

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 正式にはシパダン水上コテージといい、この海域では最も大きなリゾートで、水上コテージもあちこちに広がっていました。

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 ここは情報センターでありレストランでもあり、いわばこのリゾートの中枢部です。ダイビングの後はここでパーティをしたり大騒ぎをしました。

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 水上コテージの部屋には窓や壁はなく極めて開放的でした。大気は亜熱帯特有の湿気を帯びてはいたのですが、海上を吹き渡っている海風のせいか意外にカラッとしていて過ごしやすかったのでした。

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 Y君とは部屋を別にしました。私と違って日頃から激務に追われていて、なかなか休暇の取りにくいY君にとっては貴重なリゾートライフでした。

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 それぞれの部屋で、はしゃいだり、思いっきりストレス解消しました。

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 このリゾートへは、それぞれがそれぞれの日程で来ました。その点はモルディブと同じで、日々メンバーが入れ代わるのですが、二人の女性もそれぞれ一人旅とのこと。私の隣のSatomiさんは横浜駅前のT百貨店のOLさんで、その隣のShiokoさんは、何と私の会社のアルバイター(後にJALCA)の従姉妹とのことでビックリ。すっかり盛り上がりました。

 

3年目となる水上コテージでしたが、島や水上という非日常的空間はとても開放的にさせてくれます。そこにいるだけでストレスの解消になるようです。ただ、モルディブと比べると同じ水上コテージですが、モルディブでは水上コテージからそのまま目の前の海に入っていけば素晴らしい水中世界が覗けるのですが、ここでは目の前の海には入ることはできませんでした。

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2016年6月24日 (金)

モルディブ便り 1996年 ゆく人くる人

モルディブの小さな島「ヴァドゥ・ダイビングパラダイス」には、毎日やって来る人がいて、毎日去ってゆく人もいます。

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 最初は戸惑った南の島のクリスマスでしたが、この年はむしろクリスマスも楽しむために日程を調整して来ました。

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 ヴァドゥは日本人が経営していますので日本人がほとんどですが、たまに外国人もいます。混島のシンプルさが気に入っているようでした。

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 モルディブ人の現地スタッフもサンタに扮して盛り上げてくれるのですが、モルディブは基本的にはイスラムの国であり、やはり商売のためにはということなのでしょうか。

 

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 この年のクリスマスは屋外にテーブルをセットしました。こちらは大手企業のOLさんの二人連れ。

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 こちらはモデルさんとマネージャーさん。目につくのは新婚さんか女性の二人連ればかりで、男性の姿が少ないのですが、年末の仕事が忙しい時期になかなか仕事を持っている男性には難しい時期でもあります。

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 食事が済んでもなかなか去りがたく、また娯楽施設やテレビなどが全くない離れ小島ですので、何となく集まって話をしてしまうのです。

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 ダイビングはせいぜい頑張っても1日に23回しか潜れません。酸素ボンベを使うと血中に窒素が溜まります。その窒素が血中から消えるまでは潜ることができませんので、潜る回数は限られます。ダイビングボートで沖に出かける時間と潜っている時間(3040分)を合わせてもダイビングに使う時間は145時間となり、残りの時間は酒を飲むか海を見るかうたた寝をするかとなり、結果としていろいろな人と話をしたり、何かと集まったりするのでした。

 

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 私も島を離れる日となりました。たまたま一緒に帰る予定だったモデルさんとマネージャーさんの3人でラストダイブとなりました。

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 仲良くなった人たちとお別れを惜しみました。

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 島を離れるドーニーに乗り込みました。現地スタッフの皆さんからは心から名残を惜しんでいただきました。

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 男性のインストラクターと支配人の二人の日本人は、日本に戻る私たちを羨ましそうな表情を見せる瞬間があり、ちょっと複雑な気持ちになりました。

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 小さな島が少しずつ遠くなりました。別れはいつでも寂しく嫌なものです。こうして2年目の「ヴァドゥ・ダイビングパラダイス」滞在は終わりました。

 

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 モルディブ共和国の首都マーレは、海抜1mあるかないか。地球温暖化で氷河が溶けつつあり、やがてはモルディブの首都も島々も水没するのではないかと危惧されていますが、この光景を見ると実際に水没するんだろうなあと思えてしまいます。噂ではオーストラリアへの移住計画があると聞いたことはあるのですが。

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 前年のアクセスはシンガポール経由でしたが、今回はスリランカのコロンボ経由でした。コロンボの空港では預けた自分の荷物が確実に乗り継ぎ機に積み込まれるのを確認するという作業が必要で、マネージャーさんの荷物がなかなか見つからず焦りました。

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 3人の荷物を確認してホッとして、成田への飛行機に乗り込みました。前年は、帰りは一人だったのですが、この年は道連れができました。

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 無事に成田に着いてモデルさん達と別れ、私は隣に座ったスリランカ人、日本に出稼ぎに来たとのことで心細そうにしていましたので、東京駅までエスコートしました。

 

2年目のモルディブ(8日間)も終わりました。何もない島での滞在は人間関係を濃くするのか、この年もたくさんの人と出会い、仲良くなりました。

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2016年6月22日 (水)

モルディブ便り 1996年 夕陽

モルディブの「ヴァドゥ・ダイビングパラダイス」近辺のダイビングポイントは、潮流が早いものの地形は素晴らしく、魚影も濃くダイビング天国です。しかしここの素晴らしさは、ハウスリーフ(プライベートビーチようなもの)も素晴らしいことです。

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 ハウスリーフはかなり水深もありますが、ヴァドゥの港の目前にありますので素潜りでも安心でした。

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 少しでも長く潜りたいと思えば、酸素ボンベを借りて、ウェットスーとを着なくてもTシャツでも潜ることができました。

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 こちらは新婚のNさんご夫婦。初めてシュノーケリングしたとかで、初心者の人でもハウスリーフですと安心です。

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 Nさんの奥様も、生まれて初めて海中の亀にタッチ。

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 水上コテージの近くに棲み着いているミノカサゴ、前年にもお目にかかりました。

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 ハウスリーフはギンガメアジの通り道にもなっていて、しばしばお目にかかることができました。

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 ダイビングは午前中に1回、午後に1回くらいの頻度で潜りましたので、空いた時間はビーチの木陰で波の音を聞きながらノンビリと過ごすのも楽しみでした。

 

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 ビーチでは、夏の太陽を惜しむかのように、シュノーケリングに向かう人、熱く焼けた砂浜で身体を温める人、陽を浴びる人、様々で、南の島を実感する光景でした。

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 ハウスリーフの目の前の港では、これから他の島に出かける人もいました。

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 新婚のNさんご夫妻のご主人は、男性客が少ない中でいい話し相手になっていただきました。

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 午後のダイビングも終えて、昼寝をしたり散歩をしたりしているうちに徐々に日が傾きかけてきました。

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 徐々に沈んでいく夕陽が辺り一面をオレンジ色に染める頃、変わってゆく海や空の色を見ながらのカクテルは格別なものでした。

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 とても穏やかな海を赤く染めながら陽が落ちてゆき、水上コテージも黒いシルエットなって浮かび上がってきました。

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 新婚のNさんご夫妻は、私の自宅の近くに住んでいることがわかりすっかり仲良くなりました。お二人にとっては、新婚旅行のとてもいい思い出ができたようです。

 

モルディブの夕陽を見るだけでもいいなあと思っていましたし、ここ23年もう一度あの夕陽を見てみようとも思ったのですが、現在のヴァドゥは経営者が変わり、時代の流れに乗るかのように豪華になってしまったようです。

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2016年6月20日 (月)

モルディブ便り 1996年 ダイビング三昧

前年(1995年)のモルディブ、「ヴァドゥ・ダイビングパラダイス」の体験が素晴らしく、翌年も12/23308日間)の日程で出かけました。

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 この年は前年に比べて日程が一日長く、中5日間の潜り放題プログラムとしました。前年のダイビングでモルディブの海に馴染んでいましたので、最初のチェックダイブの後は水を得た魚のようにスムースに水中に入っていけました。

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 ヴァドゥ海域の魚影の濃さは健在で、次々に出会う大物回遊魚に、興奮気味でした。

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 モルディブの海の大きな特徴は海流の速さです。そのために一定の深度を保ちながら潮流に乗るという “ドリフトダイビング” が主流でした。体力的には楽なのですが、気をつけないとグループからはぐれてしまうことがあります。私は、ドリフトダイビングで無重力状態で浮いている空中(水中)遊泳感が好きで、深さのしれない海底や地形を眺めながら潮流に乗っていくスタイルが好きで、それがモルディブが好きな理由の一つです。

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 無重力状態ですので、イルカになったような気分で回転バック転など、地上では味わえないこともでき、ダイバーそれぞれが好みのスタイルで潜ったりもします。

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 酸素ボンベを背負って潜るのですが、吐いた息は泡となります。泡はとても大事な情報をもっていて、煙が流れる角度で風の強さを測るように泡の流れで潮流の強さを知ることができます。また、ドリフトダイビングではダイバーボートの船長は海底からの泡を見て、潜っているダイバー達を追跡します。船長は、泡を見てダイバー達の頭上に船の位置をキープしているのです。

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 どこでも、マンタはダイバー達の一番人気です。大きな鳥が翼をゆったりと広げながら空を滑空するようにマンタも泳ぎます。遠くからマンタの大群が向かってくるときの様子は、飛行機の大編隊のようであり、かなりの迫力となります。

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 吐いた息が泡となって上っていきます。その泡は、海上に向かって浮上する時も大事な情報を与えてくれます。例えば、緊急事態とか酸素が残り少なくなった時など、慌てて急浮上すると潜水病となりますので、泡の上昇速度より速く浮上してはいけないのです。絶対に自分が吐く泡を追い越してはいけないのです。

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 魚の中には、人間にまとわりついてくる魚もいます。小判鮫(コバンザメ)です。自分より大きな魚にくっついていないと不安になるという変わった習性をもっていて、この群れに遭遇すると、あちこちにくっつかれてしまい、腿にくっつかれたりするとウェットスーツの上からでも気持ち悪いのです。

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 大きな群れを作る魚もいて、ギンガメアジはその代表的な魚です。生鮮魚介類としてはヒラアジともいわれていて、釣り人には魅力的な魚です。そんな魚の群れに遭遇すると、気がついたらこの魚に取り囲まれていたということもありました。

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 ダイビングを終えると、ダイビングボートの船上ではホッとした寛ぎの一時が訪れます。それぞれ思い思いのスタイルで余韻を楽しんでいました。

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 こちらは、ご夫婦と小さな男の子の3人で滞在していましたが、ママさんがダイビングをしている間、ご主人が子どもの相手をしていました。

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 こちらは、モデルのKeiko子さん。隣のマネージャーさんは疲れたのか船をこいていました。

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 いつものようにヴァドゥの島影が見えてくると、我が家に帰ってきたような気分になりました。

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 ダイビングが終わって上陸すると、すぐにウェットスーツを陽に当てて乾かします。次に着用するときにウェットスーツが冷たいと、いかに暖かいモルディブとはいえ気分が良くありません。

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 この日は、現地スタッフの皆さんが、亀の健康診断と生育調査をしていました。

 

前年に続いて2年目のモルディブでしたので、かなり余裕をもつことができ、かなり難しいダイビングポイントにもチャレンジできるようになりました。

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2016年6月18日 (土)

モルディブ便り 1995年 水上コテージ

「ヴァドゥ・ダイビングパラダイス」のサンライズビラも気に入っていたのですが、折角ですので、滞在の後半は水上コテージに宿泊しました。

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 モルディブといえば水上コテージですが、中でもここヴァドゥの水上コテージは傑出していると思います。この頃から、モルディブは新婚旅行先として脚光を浴びつつあり、特に水上コテージは人気がありました。

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 個々のコテージは独立しています。

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 水上ですので、目の前は海そのままです。

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 新婚さんが多く、思い思いに楽しんでいました。

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 両隣が新婚さんでした。

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 ビーチにも姿を現す亀は、水上コテージにも時々現れました。

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 ここの水上コテージが素晴らしいのは、目の前の海がシュノーケリングができる美しい海ということです。他のエリアあるいは国の水上コテージの多くは、水上というのは形ばかりで、コテージから入る海がそれ程きれいではないということです。

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 普通の海ではなかなかお目にかかれない大物回遊魚が目の前に現れたりもします。ダイビングをしない人でもシュノーケリングだけでも、ダイビングと同じくらいの体験はできます。

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 亀も人懐っこいのですが、水中であまり近くに寄ってこられるとちょっと怖くもなります。

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 室内は十分に広く、一人ではもったいないのです。

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 大きな環礁の中にある島ですので、目の前の海は荒れることはありませんでした。

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 12/24のクリスマスの日には、ここでもクリスマスパーティが行われました。ここヴァドゥの料理は他のリゾートに比べて比較的質素なのですが、この日ばかりはコックさん達が腕によりをかけてくれました。

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 最初は南の島のクリスマスに戸惑ったのですが、現地スタッフがサンタに扮してくれたり、気分が盛り上がってきて、これもいいものだなあと思うようになりました。

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 通常は自分の専用テーブルが決まっていて一人だったのですが、クリスマスの日はテーブルが少なくなるために他のグループの人たちと同席になりました。そこで福岡の小学校の先生方3人と一緒のテーブルになりました。

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 先生方はサンライズビラに泊まっていましたので、食後に私が滞在していた水上コテージにワイン片手に遊びに来ました。こちらはご夫婦とも先生。

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 Ryouko先生もよく遊びに来て、夕陽を見たり日記をつけたりしていました。Ryouko先生とは、今年の4月京都で21年ぶり、30分ほどの再会となりました。

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 前日のクリスマスパーティの席で一緒になり、水上コテージに遊びにも来た先生方とは一緒に潜ることもあり、気心の知れた人と潜るのはそれだけで楽しく安心でもありました。

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 サンライズビラで隣人だったTさんご夫妻も、ワイン持参で遊びに来ました。次の年、モルディブに向かう飛行機の中で一緒になりビックリしたのですが、その時はご夫妻は別のリゾート(もっと料理の美味しいところ)に行くといっていました。

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 ご主人は外資系の会社の社長をしていて、帰国後も連絡を取り合い、アメリカにハンティング(狩り)に来ないかと誘われたこともありました。

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 水上コテージ目の前の海はいつも静かで、この時は雨が降っている中、その先には陽が沈んでいきました。小さく打ち寄せる波の音を聞きながら、人生の中で、最も心地いい安らかな睡眠をここで体験しました。

 

シンプルなサンライズビラも、居心地がよく、シュノーケリングもできるきれいな海が広がる水上コテージも、全てがお気に入りでしたし、経営者も支配人も日本人でしたので、安心でもありました。

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2016年6月16日 (木)

モルディブ便り 1995年 サンライズビラ

1995年に上陸したモルディブの「ヴァドゥ・ダイビングパラダイス」では、7日間(12/2026)の日程でした。

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 ヴァドゥといえば水上コテージが有名なのですが料金がとても高く、ましてや一人でしたので5泊全て水上コテージというわけにはいかず、予算の都合で、滞在の前半はビーチに面したサンライズビラというビラに宿泊しました。

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 ビーチに面していて、南の島の砂浜での寛ぎ感を味わうことができ、また隣の宿泊者と仲良くなったりとこれはこれで気に入っていました。

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 窓からは、ビーチに植えられた樹々や樹々を通しての陽の輝きを見ることができ、とりわけ朝の陽の光は気分のいいものでした。

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 部屋には小さな机と鏡とベッドとシャワールームと、いたってシンプルで、普段味合うことのない空間でしたので、これも気に入っていました。

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 朝食前に散歩に出ると、地元スタッフの子供たちが元気よく遊んでいたりしてリいて、何日かするとすっかり顔馴染みになりました。

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 顔馴染みになったのは子供たちだけではなく、ウサギやカメとも知り合いになりました。ウサギは子供たちが飼っているようでしたし、亀は現地スタッフが亀の保護育成に力を入れていて、あまり警戒心がないようでした。

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 白い砂浜に朝陽が当たって、気持ちのいい早朝散歩の日々でした。こういったビーチを歩いて島一周しても5分くらいの何もない小さな島で、多分数あるモルディブの島々の中で最も小さな島(リゾート)ではないかと思われ、それが気に入って4年間で3回も通うことになりました。

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 早朝散歩の後は朝食をとり、しばらく休憩してからダイビングになりました。潜り放題のプログラムで参加していましたので、体調や気分によって潜ってもいいし潜らなくてもいいのですが、結局滞在中は毎日潜っていました。

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 潜り始めて3日目にもなると、モルディブの海にも慣れ、インストラクターさん達とも顔馴染みになり、すっかりリラックスして潜れるようになりました。

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 私のダイビング趣向は地形派(海底の地形を楽しむ)なのですが、カメラを持っていましたので、大群や大物達に出会うとついついシャッターを切りました。この当時の水中カメラは普通のカメラに防水加工したアクリルケースを被せるといった前近代的なものでした。

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 この年(1995年)はとても立派な珊瑚を見ることができたのですが、1996年、1998年と通う度に珊瑚が地球温暖化によって痛めつけられていて、特に珊瑚の白化現象(珊瑚が死ぬと白くなります)の進行状況が激しく、痛ましく感じました。

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 ダイビングを終えてヴァドゥに戻ると、小さな島がより小さく見え、我が家に帰るような気分でした。

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 インストラクターのTomoさん。ダイビング中の生き生きとした表情とは打って変わって、寂しげな表情を見せることがありました。日本から遠く離れたリゾート地で働くことは楽しい反面、将来のことを考えると楽しいことばかりではないでしょうし。翌年にはもういらっしゃいませんでした。

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 一緒に潜ったカナダ人夫妻。このリゾートは日本人が経営していて支配人も日本人のため、外人客は少ないのです。島に上陸(チェックイン)すると、自分のテーブルが決められ、滞在中はずっとその席に座り、また担当のウェイターも決められますので、朝起きて席に着くとメッセージが届いていたります。

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 新婚のMさんご夫妻と一人参加でバディを組んだHirokoさんとは特に親しくなりました。

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 ここに来る人は、それぞれがそれぞれの日程で来ますので、帰る時もまちまちです。この日はHirokoさんが島を離れることになり、チェックアウト手続きをしていました。

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 Hirokoさんと他に何人かの方が島を離れて帰りますので、Mさんご夫妻と共に見送ることになりました。このドーニーという船に乗って去る人と、そして入れ代わるように島に来る人がいます。

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 1年後(2016年)にMさんご夫妻、Hirokoさんの4人で銀座に集まりました。その後、Mさんとは時々ビジネスの話で会ったり、年賀状の交換はしているのですが、Hirokoさんとはここ数年連絡が途絶えています。

 

初めてのモルディブ体験だったのですが、ダイビング環境とリゾートとしてはとてもシンプルなスタイルが気に入って、自分の田舎に帰るような気分で2016年、2018年と通うことになりました。

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2016年6月14日 (火)

モルディブ便り 1995年 ダイビングポイント

初めてのモルディブで「ヴァドゥー・ダイビング・パラダイス」(以下ヴァドゥー)という島に上陸しました。チェックダイブを終えて、4日間の潜り放題の日々が始まりました。

 

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モルディブはたくさんの小さな島が集まっている国で、その小さな島がそれぞれリゾートになっています。ヴァドゥーは、北マーレ環礁の下にもう一つ環礁があり、下の環礁の最北端にある島(リゾート)です。

 

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上陸して最初のダイビングを終えてホッとし、これから4日間潜り放題となりました。ヴァドー周辺にはたくさんのダイビングポイントがあり、それぞれ特徴があります。その日によって潜るポイントが異なりますので、この資料を参考にしました。

 

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国内でも海外でもダイビングボートはもう少しスピード感のあるものが多いのですが、モルディブでは一般的にこのドーニーという船が使われています。

 

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出発前に、これから潜るポイントの特徴や注意事項などについてレクチャーを受けました。

 

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こちらのご夫妻は、たまたま同じ横浜のスポーツセンターに所属していて、ご主人はトライアスロンの選手です。何はともあれ知り合いがいるということは心強いことでした。

 

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ダイビングは楽しいレジャーですが、空気のない海中を酸素タンクを背負って動き回りますのでかなり危険が伴います。最も怖いのが空気がなくなるエアー切れ、潮に流されてグループからはぐれてしまうこと、足がつったりめまいや失神などの身体の不調、岩や珊瑚や危険な魚などの攻撃によるケガなど様々な危険があります。このような危険に対処するために必ず2人でペアを組み、その相棒をバディといいます。一人で行っても必ず初対面の誰かとペアを組みます。

 

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ダイビングポイントが近づくと緊張感が高まります。海中にエントリーする前の瞬間が最も緊張します。ゴルフでいえば、最初のティーグランドに立ったときの気持ちと同じです。

 

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一人ずつ、飛行機からの落下傘降下のようにボートから海に飛び込みます。そして思いっきり息を吐いて速やかに潜行します。

 

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モルディブでは、潮の流れに乗るドリフトダイビングが主流です。潮の流れは水深によって流れる方向が違うこと(二枚潮など)がありますので、ダイバーは速やかに同じペースで潜行しないとグループとは違う方向に流されてしまうことがあります。モルディブの潮の流れは速く、時々死亡事故が起こっていました。

 

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予め決められていた集合ポイント(水深)に全員が揃っているかどうかのチェックが行われます。この時に、バディ同士の安全確認が最も大事です。

 

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全員が揃っていることが確認されればダイビングが開始されます。ドリフトダイビングでは、決められた水深を保つことが最も大事です。その推進を保ったまま潮の流れに乗ればフィンをあまり使うことがありませんのでダイビング自体は大変楽です。

 

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色鮮やかな魚や魚の大群に目を奪われたりして楽しい瞬間ですが、写真撮影に夢中になってグループやバディと離れないようにすることも安全なダイビングためには大切です。

 

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インストラクターやバディとの海中のコミュニケーションはいくつかの決め事があります。最も気を付けなければならないのが酸素がどのくらい残っているか(残圧)の確認です。場合によっては、海中で人から酸素を貰ったりあげたりすることもあります。

 

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大物といわれるナポレオンの様な魚が現れると写真を撮るために近づこうとすることがありますが、決して追いつくことはできず、むしろ静かにしていて近づくのを待っていた方がいい場合が多いのです。

 

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一日のダイビングが終わると心地よい疲れにホッとしました。

 

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ダイビングの後は、ダイビングした人もしない人もハットバーに集まって、自然に仲間が増えていきました。

 

私は4日間潜り放題というプログラムで参加していましたので、午前中に1回、午後に12回潜りましたが、潜る回数を重ねるごとに身体が海に馴染んでくるようでした。

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2016年6月12日 (日)

モルディブ便り 1995年 初上陸

今から20年くらい前に楽園といわれたモルディブに通った時期がありました。現在の様なデジカメがない時代でしたので、記録はすべてアルバムになっています。デジタル方々整理しようと思い立ちました。

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 モルディブは、正式にはモルディブ共和国といい、インド洋にあり、インドとスリランカの南西に位置する島国です。

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 当時、私はダイビングに凝っていて、沖縄や海外に潜りに行っていました。ダイビング雑誌で、モルディブの事を知り “インド洋の真珠” とかいわれ、それはそれは美しい島であると紹介されていました。

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 また “真珠の首飾り” ともいわれ、この世の楽園ともいわれていました。

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 一口にモルディブといってもたくさんの小さな島で成り立っている国ですので、どの島に行くかというのが問題だったのですが、ダイビング雑誌の広告欄に掲載されていた水上コテージに目を惹かれました。そのリゾートの名前は「ヴァドゥー・ダイビング・パラダイス」でした。

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 パンフレットを取り寄せ、1995年の12/2026の一週間コースを選びました。中身4日間は終日自由行動となっていましたが、実際にはダイビング潜り放題ということでした。

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 12/20(水) 12:00成田発シンガポール航空機で中継地のシンガポールへと出発しました。一人旅であり、初めての国、特に島に上陸するということでかなり緊張しました。

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 シンガポール空港は大きな空港で、クリスマスの時期でもあり華やかな浮き立つような雰囲気でした。どういう訳か小さな男の子が懐いてきました。

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 トランジット時間は4時間もあり、広々とした空港でかなり時間を持て余しました。

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 待合室で待っている人の数は少なく、一人旅であることと初めての国へと向かうということで、かなり不安と緊張感に包まれていました。

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 23:50にモルディブの首都マーレ空港に着くとあたりは真っ暗でした。待っていたスタッフに誘導されて「ヴァドゥー・ダイビング・パラダイス」行のボートに乗りました。

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 ボートは、真っ暗な海を1時間くらい走り、やがてぽつんと小さな明かりが見えてきて、私たちは「ヴァドゥー・ダイビング・パラダイス」に初上陸しました。新婚さん二組と私の計5人でした。時間は夜中の2時近くで真夜中でした。

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 島に到着した時は真夜中でしたので様子はわからなかったのですが、一夜明けて見た光景はとてもアットホームな印象でホッとしました。

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 また「ヴァドゥー・ダイビング・パラダイス」は、透き通った海と白い砂浜に囲まれたとても小さな島でした。

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 眠たい目をこすりながら起きて、最初にチェックダイブを行いました。ダイビングを目的に来ている人は、先ずきちんと潜れる技術を身に付けているかのチェックを受けました。

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 チェックダイブを受けるとそのまま目の前のポイント、ハウスリーフでダイビングを行いました。ハウスリーフは急に深くなっていますので、耳抜き(水圧の調整)をしながらゆっくりと潜行しました。

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 一定の深さに達すると、インストラクターについて行きました。絶対に見失わないように、はぐれないように。

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 海底には、ミノカサゴがユラユラと泳いでいました。海底が白いのは、死んだサンゴが白い砂のようになったためです。

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 かなり浅い所でもたくさんの魚を見ることができ、これからのダイビングが楽しみでした。

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 水深が深くなると海底の景色や色がまるでことなり、また水温も低くなります。ダイバーには、魚を見る人、写真を撮る人、海底の景色を眺めながら宇宙遊泳(水中遊泳)を楽しむ人というように、大きく分けて3つのグループに分かれますが、私はどちらかというと水中遊泳派です。

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 ダイビングの後は、海上に突き出たハットバー(帽子の様な形のバー)によく通いました。

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 ダイビングを無事に終えた後のビールは格別でした。

 

成田を出発してシンガポールで乗り換えて、首都マーレにつき、マーレからボートで1時間、島に上陸して、チェックダイブの後のダイビングで随分気持ちが落ち着きました。

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2016年6月 8日 (水)

いつもの散歩道 梅雨の晴れ間

6/8(水) 関東地方も梅雨入りが発表されたばかりですが、晴れ間が見えましたので “いつもの散歩道” を歩きました。

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 自宅近くにあるこの散歩道ですが、もしかして今年初めてかもしれません。2月にパタゴニアへ、5月に広島・九州周遊に出かけ、合間には思いがけない身辺の出来事があり、身近な散歩道を歩こうという気分になれなかったのかもしれません。

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 気が付けば紫陽花の季節になっていました。旅に出ると、旅そのものを楽しみ、旅日記をつけるようにブログを書いて、旅を思い返し、それでようやく私の旅は終わります。

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 野生の花を見ながら、思い出すのは旅のことばかりでした。つい先日、広島・九州周遊のブログを終え、ようやく旅は終わったのですが、ツアーと違って手作りの旅は、思い出は強く残るようです。プランをつくり、交通機関や宿泊先を選び、場合によっては自分で車を運転したり、あるいは人の運転に身を任せたり。

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 この散歩道は、住宅街の近くにありながら畠と小さなせせらぎに挟まれていますので、比較的自然の中、里山を歩いているという気分にさせてくれます。

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 道筋に咲いている花はほとんどが野生の花で、その色を競い合うように咲いています。歩きながらも、広島・九州周遊は、再会の人や出会った人と共有した時間が濃厚で、交わした会話や共有したシーンが、ふとしたことで思い出されるのです。

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 空を見上げれば青い空にモクモクと湧き上がっている白い雲。夏ももうすぐそこまで来ているようでした。今年ももう間もなく半年が過ぎようとしています。

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 ボンヤリと旅を思い出しながらのいつもの散歩道ですが、花々の色が何と美しいことでしょう。一つ一つの花びらの精巧なこと、造形の美とでもいうのでしょうか。

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 紫陽花は、雨上がりの湿度が高い時が最も美しく見えるといわれますが、ここの紫陽花は透き通るほどの青空を背景にしていました。

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 傘の花が咲くのは、毎年この時期になると見かけるシーンです。もう一年が経ってしまったということで、あまりの時の流れの速さに唖然としてしまいました。

 

久しぶりの散歩道は、心ここにあらずでしたが、花々の鮮やかな美しい色と見事な造形に、改めて目を奪われました。また流れゆく歳月の速さを思い知らされた散歩道でした。

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2016年6月 6日 (月)

広島・九州周遊 24 再会とお別れ

5/13(金) 広島から5/7(土)にスタートした今回の旅を振り返ってみると、再開した人や出会った人との思い出がたくさんできた旅でした。

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 2014.7.2) 広島では、Mさんと岩国のママさんと2年ぶりの再会でした。2年前に富士登山のために我が家に泊まった時以来です。登山を前に張り切っていました。

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 2014.7.) 無事富士山に初登頂しました。

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 再び我が家に戻ったとき、さすがに3人ともとてもとても疲れた顔をしていました。深夜遅くにスタートして、仮眠も山小屋宿泊もしないで徹夜で登り、そのまま下山するといういわゆる弾丸登山でしたから疲れました。

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富士山に登ってから2年ぶりの再会でした。初めての広島風お好み焼き屋や呉の「大和ミュージアム」をはじめ、岩国や宮島にも連れて行っていただきました。居酒屋巡りも楽しかったのでした。

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 宮島では弥山登山をしました。新緑がとても美しかったのですが、秋の紅葉シーズンにはもう一度宮島と弥山登山に行ってみたいと思っています。

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 お付き合いのいいお二人は、広島から博多まで車で運んでくれて、博多の料亭「稚加栄」にも付き合っていただきました。

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 2014.2.18) 博多「稚加栄」ではやはり、2年ぶりとなるももちゃんとの再会があり、2年前のことを覚えていただいたことは思いがけないことでした。

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 再会ではありませんが、霧島登山では、登山口がわからないときに霧島のお巡りさんに誘導していただきました。

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 霧島登山(高千穂峰)は初めてで、しかも霧が発生していて諦めようかと思ったのですが、山頂に向かうというお巡りさんについていきました。

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 修行僧のように健脚のお巡りさんを霧の中で見失わないように、はぐれないように必死になってついていって、念願の霧島登山ができました。

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 霧島山登山後、霧島神宮に寄りましたので、お礼を一言言いたかったのですが留守でした。どうしてもお礼を言いたく、帰宅してからお礼状と写真をお送りさせていただきましたら、逆にお礼の電話をいただきました。 “是非、また霧島に来て下さい” とありがたい言葉をいただきました。鹿児島にまた一人 “縁” ができました。

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 1998.12) 鹿児島の朝ちゃんご夫妻とは、18年前の12月、お二人は4日間の新婚旅行で、私は8日間のダイビングで、それぞれ個人旅行でモルディヴへ出かけ、偶然飛行機で一緒になりました。(私は忘れていましたが)。きっと “縁” があったのでしょう。島一周分という何もない小さな島で、楽しい時間を共有しました。以来、年賀状でお互いの近況を知りながら、鹿児島に仕事で行く機会があると十数年前にはご夫妻と、十年くらい前には朝ちゃんと食事をしたりしました。

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 私がパタゴニアに出かける今年の23日、私は21:20発のエミレーツでドバイへ。朝ちゃんは同じ日(正確には日付は変わりますが)の00:30発のエールフランスでパリへと旅立ちました。朝ちゃんは、スペインにいる妹さんと姪っ子さんに会いにご両親と一緒の旅でした。もしかしたら飛行場で出会えるかもしれないと探していただいたということを後日聞きました。残念ながら、朝ちゃんたちは羽田発、私は成田発ということも後でわかったことでした。

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 ほぼ3時間の差で、私はドバイに向けて、朝ちゃんたちはパリに向けて、同じ方向に向かって空の上にいたことになります。これも不思議な “縁” でした。

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 それぞれスペインとパタゴニアから戻ってから、久しぶりに会おうということになり、朝ちゃんが横浜に来るか私が鹿児島に行くかということになり、朝ちゃんは仕事の都合で無理そうでしたので、私が鹿児島へということになりました。もともと、今年の初めに九州の高千穂峡と霧島に行ってみたいと思っていたところでした。その結果、広島・九州周遊というプランとなりました。鹿児島での旅程は全て朝ちゃんに作っていただきました。

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 夜遅くまで居酒屋に付き合っていただき、休暇をとって車でガイドしていただき、ピクニックではてづくりランチをいただきました。

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 ずーっと車を運転していただき、飛行場まで送っていただきました。いくら感謝しても感謝したりません。そしてお別れがやってきました。

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 朝ちゃんに見送られ、搭乗手続きを終え、機上の人となり、機体はあっという間に霧島上空へとさしかかりました。霧島のお巡りさんにお礼とお別れをつぶやきました。

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 機体が旋回すると、桜島がまるで雲の上に浮かんでいるように霞んでしました。 “目の前で噴火したら凄いね!” と言った朝ちゃんの言葉を思い出しました。朝ちゃんからの投稿で、桜島は時々噴火しているとのご指摘をいただきました。朝ちゃん同様、見てみたかったです。

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 今回、広島から始まって再会した人、出会った人と今度はいつ会えるのだろか、もう会えないかもしれないのだろうか、などなど思うとちょっと寂しくもなりました。吸い込まれそうな透き通った空は、悲しいほどブルーでした。

 

5/7(土)から始まった7日間の広島・九州周遊は、日豊本線不通のアクシデントで母校創始者福澤諭吉の生誕の地、中津には行けませんでしたが、広島のMさんと岩国のママさん、博多のももちゃん、霧島のお巡りさん、 “薩摩おごじょの朝ちゃん、すっかりお世話になりました。感謝! 感謝! です。

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2016年6月 5日 (日)

広島・九州周遊 23 ピクニック

5/13(金) 桜島一周ドライブを終えて「犬飼の滝」へのピクニックに向かいました。そして飛行場まで送っていただきました。

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 桜島フェリー乗り場から市内に入りました。市内の道は朝ちゃんにとっては庭みたいなものでしたしマイカー通勤していますので、スイスイと走りました。

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 今回の7日間の旅で、霧島登山や桜島観光、これから向かうピクニックを予定していた鹿児島での3日間は晴れてほしいという願いが通じたのでしょうか、雨の気配は全くありませんでした。

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 車は山間部に入り、渓流に沿ってポツリポツリと温泉があるのどかな温泉郷を通り過ぎ、渓流に架かる橋を渡りました。

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 道は次第に細くなり、対向車が来たらどうしようなどと言いながら、さらに進みました。今回の旅では、高千穂峡からずっとレンタカーの運転をしていましたので、こんな細い初めての道を朝ちゃんに運転していただいてとても楽でした。

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 ようやく車を駐めておけるスペースを見つけ、ピクニックに出発しました。「犬飼の滝」から流れ出た水流は、かなりの勢いで岩にぶつかって白い飛沫をあげていました。

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 中津川(天降川に合流)に沿って山道を歩きました。この道は、朝ちゃんが小さい頃何回かお父様に連れてきてもらった道とかで、慣れているようでした。

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 「犬飼の滝」まで250mという唯一の標識があり、車を駐めたところから滝までの距離は、ピクニックには適当な距離でした。

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 もう一つ国道沿いから展望台へ降りる道もあるようで、この道を歩く人は少なく、知る人ぞ知る道のようでした。

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 やがて大きな音が聞こえてきて、「犬飼の滝」に着きました。この滝の源流は霧島山だそうで、数日前の大雨(高千穂峡も増水でボート乗りが中止になりました)は、ここでももの凄い勢いとなっていて、写真を撮っている間も大量の水しぶきを浴びてしまいました。

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 何回かここへ来ている朝ちゃんも、これほど勢いのいい滝は初めてとのことでした。高さは36m、滝の幅は22mで、特徴的なのは滝の壁が垂直であるため水流が垂直に流れ落ちる直瀑ということです。ここへは、古くは769年頃に和気清麻呂が、龍馬とおりょうさんは新婚旅行で、与謝野鉄幹や若山牧水などもこの滝を見に来ているそうです。

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 展望台の辺りにはベンチのようなものは一切なく、たった一つ切り株があるだけでした。観光ツアーも立ち寄るスポットなのですが、ほとんど整備されていないために秘境的な雰囲気を残していました。

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 適当な場所に腰を下ろして、途中のコンビニで買ってきたビールで乾杯しました。もちろん朝ちゃんはノンアルコールビールで。

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 ランチは、朝ちゃんてづくりの生ハムのマリネ、サンドイッチ、山羊のチーズ、ナツメヤシの実などで、美味しくいただきました。特に生ハムのマリネは大好物でしたので、ワインも欲しくなりました。

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 滝から流れ落ちる大量の水は、ここ中津川を走って天降川に合流します。天降川は、水源の霧島山が天孫降臨の伝説のある地であるところから名付けられたものです。川沿いの朝ちゃんにカメラを向けるとおどけてくれました。

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 たくさんの思い出をいただいた広島・九州周遊もここで終わりとなりました。朝ちゃんに鹿児島空港まで送っていただきました。

 

旅に出て、観光スポットを巡ったりすることはできるのですが、城山のハイキングや「犬飼の滝」へのハイキングのような手作り感のあるプランは地元の方がいてこそのものです。旅の最終日にとても思い出に残る時間を過ごすことができました。

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2016年6月 4日 (土)

広島・九州周遊 22 桜島一周

5/13(金) 7日間の広島・九州周遊も最後の日となりました。桜島に行って、ピクニックして、飛行場へというプランは全て朝ちゃんに作っていただきました。

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 前日久しぶりの再会で盛り上がり、かなり飲んでしまったのですが、朝ちゃんは颯爽と愛車、それも外車でホテルに迎えに来ていただきました。

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 最初に連れて行っていただいたのが「西郷隆盛洞窟」でした。鹿児島には何回も来ているのですが、初めて来て城山観光ホテルに泊まったときこの洞窟に来てショックを受けました。明治新政府の陸軍大将だった西郷がこの洞窟で人生最後の5日間をこの洞窟で過ごしたとは。

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 (インターネットより転載) こちらには、「目で見る西南戦争始末記」三十六景展示場があるのですが、見るのが辛く、この先の予定がありましたのでパスしました。西南戦争についてはいろいろ書物も読んだのですが、西郷の心理や心情についてはなかなか理解できませんでした。

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 気を取り直して桜島へのフェリー乗り場に向かいました。市内中心部で育った朝ちゃんは勝手知ったる何とかで、スイスイと市内を走り抜けました。

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 桜島フェリーは、特に時刻表がないような印象で、2隻のフェリーがピストン運航しているようでした。ほとんど待つこともなく、係員に誘導されて船内に入りました。

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 車を降りてデッキに出ると、フェリーは特に警笛も銅鑼も鳴ることがなくスーッと港を離れました。安芸の宮島のフェリーも同じでした。ほんの束の間、朝ちゃんは車の運転から解放されて寛いでいました。

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 時間にして十数分であっという間に桜島が近づいてきました。幸い、天気は青空が広がり、風もほとんどありませんでした。

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 予定では、桜島の観光スポットをピンポイントで巡るのではなく一周してみようということになっていたのですが、私はもちろん朝ちゃんもどのくらい時間がかかるかわかりませんでした。観光案内所でパンフレットをもらうと桜島一周36km、車で1時間ということがわかりましたので、とりあえずレッツゴー。

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 とはいえ、最も桜島らしいスポット「湯之平展望所」に行きました。標高373mです。

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 桜島観光で一番気になっていたのが降灰でした。朝ちゃんはしっかりと準備してきていました。風向きによっては大変なときもあるし灰がたくさん降るときもあるし、今の時期は比較的大丈夫とのことでした。朝ちゃん曰く “目の前で桜島が噴火すれば凄いね!” とギョッとするようなことをサラッと言ってしまう元気な人でした。

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 私も、降灰対策の帽子とマスクは持ち歩いていたのですが、必要なさそうでしたし、全然気になりませんでした。

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 目の前に立ち塞がっている荒々しい山肌は北岳で「御岳」ともいい、標高は1,117m。青空が広がっているのですが、北岳の頭の上にはいつも白い雲のようなものが浮かんでいるのですが、これは噴火口からの水蒸気のようで、吹き上げられた水蒸気がそのまま雲になっているようでした。

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 この「湯之平展望所」は北岳の4合目に位置していて、桜島で一般の人が入れる最高地点で、360°の展望が望めます。

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 眼下の錦江湾(鹿児島湾ともいうのですが、錦江湾という方が趣があるように思えます)には、フェリーが白い航跡を残して鹿児島市内方向に向かっていました。1863年に、前年に起きた生麦事件の報復として、イギリス艦隊7隻がこの錦江湾に現れました。この時の薩英戦争がきっかけとなって、薩摩藩は近代化に目覚めイギリスに留学生を派遣することになりました。

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 もし運転が大変だったら運転を代わるというということになっていたのですが、全然問題なく、結局運転は全行程朝ちゃんにお任せしました。旅先でレンタカーを借りることが多く、どんな車でも大丈夫だとは思うのですが、大事な外車となると話は別で、ちょっと怯んでいましたのでホッとしました。

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 錦江湾は、地図で見ると薩摩半島と大隅半島に囲まれたかなり懐の深い湾ですので、平均水深は117mと比較的深く、この日も穏やかでした。ハワイの真珠湾と形が似ているそうで、そのために真珠湾攻撃の練習が行われたというそんな歴史もありました。

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 二人で途絶えることのないおしゃべりをしながらも、朝ちゃんの運転はスムースで、慣れたものでした。島の道はもう少しワイルドな道で、砂礫の道だったり溶岩の間を抜けてゆくようなイメージだったのですが、完全舗装で快適な道でした。

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 あっという間に、「湯之平展望所」の反対側に来ました。北岳を裏側から見る形になり、あちこちから水蒸気が吹き上がっていて雲になっていました。まさに活動している火山で、いつ噴火してもおかしくないような気になりました。朝ちゃんの噴火発言は真実味を帯びていました。

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 桜島を時計回りにぐるっと回って半分以上走った辺りに黒神という地域があり、大正3年(1914年)の大噴火により「腹五社神社」の鳥居が埋没してしまいました。

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 近くに寄ってみると、大正噴火といわれる大噴火によっていかに大量の灰が積もったかがわかります。3mの高さの鳥居の大半が灰に埋もれていました。桜島の噴火でもこういうことになるとすると、もし富士山が大噴火したら、想像するのも恐ろしくなります。

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 とても恥ずかしいのですが、今の今まで桜島は海に浮かぶ島であると思っていて、まさか陸地と地続きであることを知りませんでした。黒神地区の神社の鳥居を埋めてしまった大正噴火によって、大量に流出した溶岩が大隅半島との間にあった「瀬戸海峡」を埋め立て、現在は桜島は大隅半島と地続きになっているのでした。ますます富士山の噴火が恐ろしくなりました。

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 朝ちゃんに運転を任せ、おしゃべりをしているうちに実にスムーズに桜島を一周してしまいました。港にはフェリーが待機していました。

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 ほとんど待つこともなくフェリーに乗り込み、桜島一周ドライブは無事に終了しました。

 

日頃あまり接することのない人を乗せての運転は気も遣うし大変だったと思います。ましてや10年ぶりの再会でしたから、朝ちゃんも気を遣ったことと思いますが、冗談を言い合ったり、とても楽しいドライブでした。何より、助手席から写真を撮ることができとてもありがたかったです。朝ちゃんの運転は、まだまだ飛行場まで続くのです。

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2016年6月 3日 (金)

広島・九州周遊 21 再会

5/12(木) 朝ちゃんに教えてもらったハイキングコースを歩いて、この日のここまでの予定は全てクリアしました。残っているのは朝ちゃんとの再会だけとなりました。

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 城山のハイキングを終えて降りてきた道は鹿児島一の繁華街「天文館」の近くでした。ここ天文館は鹿児島に来る度に立ち寄る場所でしたし、かつて知人がこのアーケード街に店舗を持っていた場所でもあり、とても懐かしい場所です。

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 鹿児島市内で是非乗ってみたいと思っていたのが路面電車でした。天文館からこの路面電車に乗りました。

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 路面電車で鹿児島中央駅に着きました。九州新幹線が開通に合わせて改装された中央駅はとても立派に大きくなりました。

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 鹿児島中央駅は九州新幹線の始発駅でもあり終着駅でもあり、例えば福岡や熊本などからのアクセスがとても便利になりました。逆に、熊本地震で普通になった時はその分影響も大きかったようですが、比較的早く復旧して良かったです。

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 翌日は、鹿児島空港から飛行機で帰る予定でしたので、NPO法人のスタッフのお土産を買い求め、配送してもらうことにしました。今回初めて見た「唐芋レアケーキ」にしました。実際に食べたスタッフたちの評価はとても美味しいと大好評で喜ばれました。

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 宿泊したホテルは鹿児島中央駅のすぐ傍でしたので、一度部屋に戻りシャワーを浴びてさっぱりしました。

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 朝ちゃんとの待ち合わせ場所へは駅前のバスターミナルから出ているバスに乗りました。いよいよ再会が間近に迫り、ちょっと心臓がドキドキしました。

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 再会の場所は「あぶらぎっしゅ」という変わった名前のバルでした。朝ちゃんご夫婦の行きつけの店で、朝ちゃんからは名前ほど脂ぎった料理ではないから安心して下さいと言われていました。

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 1998年にモルディヴで出会って、その後十数年前にご夫妻と1回、10年くらい前に朝ちゃんと1回会っていますので、朝ちゃんとは10年ぶりの再会ということになりました。再会するまでは心臓がドキドキしていたのですが、乾杯してすぐにリラックスして友達気分となりました。

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 最初に出てきたつまみ(付きだし)は、レバーのペーストでさっぱりしていて、ビールにも焼酎にもピッタリでした。

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 ビールの後は、マスターお勧めの芋焼酎や「原酒三岳」を何杯も飲んでしまいました。

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 つまみは、鹿児島に来たら必ず食べる「鳥タタキ」を注文しました。

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 朝ちゃんお勧めの「オクラの炙り」と「島らっきょう」。

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 芋焼酎はお湯割りで。

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 「原酒三岳」は、香りを楽しみつつ飲むためにオンザロックで。結局終盤は二人でこれを何杯かおかわりしてしまいました。

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 食事より酒のツマミがほしくなり、最後に頼んだオードブルが絶品で、またまたお酒のおかわりを。

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 18:30から話し始め、飲み始めて、気が付いたら10時近くになってしまいました。随分飲んでしまいました。私もそこそこ飲める口ですが、朝ちゃんもかなりのものでした。それぞれ朝ちゃんはご自宅へ、私は中央駅近くのホテルへと反対方向のバスに乗りました。バスを降りた中央駅近くに「かごっまふるさと屋台村」がありましたので寄ってみました。

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 結構賑やかで楽しそうでしたが、最初に入ったバルでかなり飲み過ぎていましたし、翌日のこともありましたので、店に入らずにホテルに戻りました。朝ちゃんご夫妻はこの週の週末に飲みに行かれたとかで、ご夫妻の写真を送っていただきました。

 

朝ちゃんとの再会は、待ちに待った10年ぶりの事でしたが、モルディヴの時もそうであったように妙に波長が合うのでした。私はすっかり忘れていたのですが、朝ちゃんご夫妻は新婚旅行で、私はダイビングで、それぞれ個人旅行で行ったのですが、偶然飛行機で一緒だったとのこと。とても “縁” があるようです。

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2016年6月 2日 (木)

広島・九州周遊 20 城山ハイキング

5/12(木) 薩摩半島の南端の海沿いの道を走って枕崎に着きました。枕崎からは海沿いの道を諦め、内陸部を走る国道225号線で鹿児島市内に向かいました。

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 国道225線を走っていると一面の茶畑、知覧茶として知られる茶畑が現れました。

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 知覧といえば、もう一つ「知覧特攻平和会館」があります。かつての特攻隊の基地だった所で、ここへの訪問は2回目となります。

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 1回目にここを訪れたのは随分昔でしたが、訪問後に帰宅した夜、ひどくうなされたことがあり、カミさんからは絶対に寄らないでと釘を刺されましたので、平和会館の中には入らずに特攻隊員の像と「母の像」に手を合わせただけで失礼しました。

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 「知覧特攻平和会館」までの道の両側には延々と石灯籠が続いていて、1回目の訪問の時にもこの石灯籠が印象的だったことを鮮明に覚えています。

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 知覧には武家屋敷という観光スポットがあり、ここを訪れるのは初めてでした。武家屋敷通りと屋敷庭園が保存されている地域で、各屋敷が塁のように防御障壁となるように工夫されています。

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 街並み全体はまるで箱庭のような趣があり、「薩摩の小京都」とも呼ばれています。

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 武家屋敷や古民家、庭園を見学することもでき、260年前からの変わらない姿を見ることもできます。

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 国道225線から、指宿スカイラインに入ると何ヵ所か展望台がありました。展望台からは、次の日渡る予定の桜島がドーンと控えていました。天気は良さそうで安心しました。

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 枕崎からの道を快調に走り、鹿児島市内に着いてから長い旅のお世話になったレンタカーを返却しました。返却後は、鹿児島の元気な女性(朝ちゃん)に教えてもらった「城山ハイキング」へと向かいました。先ずは、教えてもらったシティビューバスで目的地へと向かいました。

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 シティビューバスは、市内の主な観光スポットを走っていて、西郷さんの大きな銅像の前も通りました。

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 城山は目抜き通りに面しています。目抜き通りには、鹿児島合同庁舎などの行政機能が集中しています。

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 城山には以前来たことがあり、城山観光ホテルというところに泊まったことがあるのですが、朝ちゃんに教えてもらうまでハイキングコースがあるということは知りませんでした。

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 城山散歩図によると、ハイキングコースの登り口は2ヵ所あり、朝ちゃんが実際に現地視察して、ここ “薩摩義士碑入口” の方が楽しく歩けると教えてくれました。

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 “薩摩義士碑入口” の脇の石段を上がると、城山自然遊歩道入口の標識があり、とてもわかりやすいルートでした。

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 鹿児島市内の中心部に、こんなに緑があってゆったり気分で歩ける道があるとは思いませんでした。

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 鹿児島入りしてからの霧島登山、この日のハイキング、そして翌日の桜島やピクニックなど、全て朝ちゃんがプランを作ってくれました。特にこのコースは、静かに歩けるところという私のリクエストに応えてくれたものです。

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 展望台近くに来ると随分たくさんの人たちが集まっていました。とても賑やかで、中国か韓国の団体客のようでした。近くにバスの駐車場があるようで、しばらくするとサーッと潮が引くかのように静かになりました。

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 急に静かになった展望台からは桜島を間近に見ることができました。桜島は活火山で灰のことが気になっていたのですが、この日は全然気になりませんでした。

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 展望台からは往路とは違った道を歩き、もう一つの登山口へと向かいました。

 

ずーっとレンタカーで移動してきましたので、自分の足で歩いて、それも緑が一杯の静かな道をノンビリと歩くことができとてもリラックスできました。朝ちゃんとの再会の時間は刻一刻と近づいていました。

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2016年6月 1日 (水)

広島・九州周遊 19 枕崎

5/12(木) 薩摩半島の南薩摩路を南下して、指宿を経由して “JR最南端の駅・西大山に寄った後、さらに薩摩半島を海岸沿いに走りました。

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 薩摩半島の南端からずっと走れば半島一周して鹿児島市内に戻れるとは思うのですが、とりあえずは枕崎を目指しました。

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 薩摩半島の海沿いの道はとても景観のいい所で、後方には開聞岳が見えました。

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 海岸沿いにずっと走れば、見えているあの先は枕崎かあるいはその先の坊ノ岬か。

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 霧島を6時半頃出発して3時間半くらいで枕崎駅に着きました。

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 六角形の屋根をもつ駅の構内は、木で作られたベンチやテーブルや椅子は落ち着いた感じで、シンプルでしたがオシャレでした。

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 この終着感がとてもいいです。ずっと繋がっていた北海道からのレールはここで終わっています。

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 終着駅は始発駅でもあり、始発駅は終着駅でもあります。指宿・枕崎線の枕崎から宗谷本線稚内駅までの距離は3144.5kmとのこと。

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 枕崎といえば鰹漁、鰹節で、空に鰹が飛んでいました。

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 明治28724日、枕崎の海難史上最大の悲劇といわれる「黒島流れ」(台風)により、60隻いた鰹漁船のうち29隻が失われ、411名の死者が出たそうです。この遺族たちを救済するために始められたのが「かつお節バラ売り行商「だったそうです。知りませんでした。

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 駅前には、鰹料理の店があり、 生け造りにそそられました。

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 港の方に向かうと、時は5月、枕崎では「鯉のぼり」の代わりに「鰹のぼり」がありました。

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 港にはたくさんの鰹船が停泊していました。

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 港の近くに「枕崎お魚センター」がありましたので入ってみました。

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 陸揚げされたピチピチの鰹が見られたらいいなあと思ったのですが、鰹の姿は見られず、お刺身用の「キハダビシ」がありました。インターネットで見ると鰹とキハダビシとどっちが好きとかいう投稿がありましたので、鰹と同じくらい旨いようです。キハダマグロの一種なのでしょうか。

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 鰹節が並んでいて、鰹節工場を探そうと思ったのですが、この日の予定では鹿児島市内に戻ってハイキングや観光をするつもりでしたので、工場見学は諦めました。

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 昼食にはちょっと時間が早く(10:28)、ここも諦めました。

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 揚げたての薩摩揚げがとてもいい匂いをしていました。

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 おばちゃんが、揚げたて食べてごらん美味しいよといってくれましたので、昼食用に3個買いました。

 

薩摩半島ドライブはここまでとても快適なドライブで、順調に終着駅の枕崎まで来ることができました。霧島から枕崎まで、地図で見ただけではどのくらい時間がかかるか見当がつきませんでしたが、案外スムースに走れました。

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