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2016年7月22日 (金)

ヒマラヤ回想 ネパール・カトマンズ

2011.4.23 エベレスト・ホテルにチェックインした後、夕食前の一時マドンナさん、カミさんと3人でカトマンズ市内見物に出かけました。

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 ホテルのすぐ近くに大きな交差点があり、交通整理のお巡りさんが騒音と排気ガスをものともせず張り切っていました。カトマンズ市内に信号は何ヶ所かあるのですが、非計画停電が頻発するために信号機は使用不能となっているとのことでした。

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 マドンナさんとカミさんは女性同士楽しそうに歩いていました。マドンナさんがこの年ネパールに留学し、留学後現在もネパールの子供たちの教育環境の整備にボランティアとして取り組むようになるとは思ってもみませんでした。それにしても、騒音(クラクション)と排気ガスとホコリの3点セットのことは聞いていたのですが、想像以上でした。現地人でマスクをしている人もたまに見ましたが、皆さん黒のマスクでした。現地人から見たら白のマスクはきっととても珍しく映ったと思います。

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 ネパール人はとても人なつっこく、それでいてシャイでした。カメラを向けるとワーどうしょうと言いながら、ちゃんとポーズをとってくれました。なんで男二人が手を取り合っているの・・・。きっとお前がモデルになれと譲り合っていたのかもしれません。

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 沙羅生地などの反物を店先でミシンがけしている娘さんも、カメラを向けると恥ずかしそうにそれでいて嬉しそう一生懸命ミシンをこいでいました。

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 マドンナさんが沙羅生地を買いたいといって、言葉もわからないのにカミさんも加勢して、粘り強く、しつっこく、我慢強く交渉してようやくお気に入りをお気に入り価格でゲットしたようでした。

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 バザールを覗きにブラブラしていましたら、交差点で牛と目線が合ってしまいました。気のせいか、潤んだような目をして、鼻腔はふくらみ、口元は緩みがちでこちらに向かってきましたので、思わず後ずさってしまいました。この牛はちゃんと交差点を渡ったのか、確認しませんでした。

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 豆類の屋台。最も無難なピーナツを買ったのですが、どうみても現地人よりモリが少なかったようでした。ボラれたかも。

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 魚を捌くのに、固定した“し”の字の形をした刃物に魚をあてがい、動かして捌いていました。暑い中、氷も何もなく強烈なはらわたの匂いは強烈でした。

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 布屋さんが布を振りかざしていました。デモンストレーションしているわけではなく、並べた商品のホコリを払っていました。大事な売り物をはたき代わりにそんなことしていいのと思いましたが、ここはネパール。

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 野菜類は南米チリ高地の野菜類と似ていました。カトマンズは標高1,400mの高原です。

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 土手鍋状態になったカラフルな食べ物は何だったのか結局わかりませんでした。

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 夕食は遠征チームと一緒になりました。総勢12名でそれぞれ隣り合った人同士で乾杯しました。翌日から山に入り、高度を上げてゆくとアルコール厳禁となりますので、暫くはビールも飲めなくなります。しばしの名残のビールです。隣のS氏とは運命的な出会いとなり、この後、一緒にヒマラヤを歩いたり、北アルプスを歩いたりと今日まで交流が続いていて、来春最後のヒマラヤにもう一度挑戦しようということになっています。

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 私がヒマラヤに来るきっかけとなったヒマラヤ観光開発社長の宮原さん、本人にこんなにも早くお目にかかれるとは思ってもみませんでした。日本人でありながらネパールに魅せられ、30才代でホテル・エベレスト・ビュー(この時は、このホテルに泊まってエベレストを見るのが最大の目的でした)と飛行場をつくり、ネパール国籍を取得し、いまだにネパールに人生を献げつつある、ネパールで最も有名な日本人、伝説の人です。

 

空いている時間は、現地ガイドのサローズさんにお願いしてタクシーでカトマンズ市内見物をしました。土産物品街のタルメ地区、官庁街、ダウンタウンなどを一周してもらいました。騒音とホコリに包まれ、非計画停電が頻発するカトマンズは混沌と猥雑がごった煮になった街ですが、人間臭く魅力的な街でもありました。

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