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2016年7月26日 (火)

ヒマラヤ回想 ナムチェバザール

2011.4.24 シャンボチェ(標高3,700m)という飛行場(原っぱのようにしか見えませんでしたが)に着陸し、ヒマラヤ歩きの第一歩が始まりました。

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 シャンボチェには目の前に6,000m級の山が天をついてドカーンと聳えていました。ヒマラヤでは6,000mくらいの山ですと名前がない山もあるそうです。いよいよです。

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 私たちの荷物を運んでくれるポーターさんは、16才の少年でいつも笑顔を絶やさないいい男でした。しかし、後々わかることなのですが、ポーターの仕事は大事な収入源となっているのですが、親がそこそこ収入がある家では子どもに教育を受けさせ、語学を学ばせて、ポーターではなくシェルパやガイドの道を歩ませるそうです。

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 飛行機が飛び去った後は子供たちが屈託なく遊んでいました。学校に行かなくていいのだろうかと思ったのは、やはり後々何回かヒマラヤを歩いてきて気がついたことでした。

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 現地ガイドに先導されて、高山病対策のために一度シャンボチェ(標高3,700m)からナムチェ(3,440m)まで下りました。標高差300mを一挙に下りました。ナムチェの街並みが眼下に広がっていました。翌日この道を再び登ることを思うとちょっとげんなりしましたが。

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 他のポーターが大きな荷物を背負って何人も登ってきました。ネパールではポーターやシェルパの仕事が大きな収入源になっています。

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 ナムチェの街が更に近づいてきました。ナムチェはかつてはシェルパの里と言われ、シェルパ族が多かったのですが、現在は多くの部族が居住しているとのことです。エベレスト街道では最も大きな村です。

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 11:45カトマンズのホテルを05:00に出発して、ナムチェのロッジ(ヒマラヤン・カルチャー・ホーム)に到着しました。標高は3,440mで富士山の本八合目(3,360m)よりやや高地にあり、空気の薄さが感じられました。

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 初めてのヒマラヤのロッジは小ぎれいで、ダイニングルームで持参したお弁当を食べ、ミルクティーをいただきようやく人心地がつきました。やはり後々わかったことですが、ヒマラヤのトレッキングでは、ここのロッジは最高級レベルでした。

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 標高3,400mのナムチェバザールは、クーンブ地方のシェルパ族の首都とも、故郷とも呼ばれているエベレスト登山の拠点の村です。一服した後散策しました。エベレスト街道の要衝の地であるこの村には、世界中からトレッカーがたくさん集まってきていました。

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 ホテル、土産物店、それに洒落た喫茶店までぎっしり並び、豊富な水を利用した水力発電で、カトマンズでは頻発していた非計画停電はこの村にはなく、ヒマラヤの奥地にいる感覚はなくなりました。

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 銀行、国際電話のかけられる電話局、チェコレートケーキを焼いているベーカリーまであり、日用品などは殆どこの村で間に合います。一番驚いたのがネットカフェがあったことでした。

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 登山用品、登山用具は豊富で安く何でも揃いますが、商品には偽物も多いので要注意とのことでした。私は厚手の登山ズボンを一着買い求めました。結局このズボンは一回履いただけで、荷物になりましたので帰るときに地元ガイドさんにプレゼントしました。

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 この村の常住人口は1,100人で、子供達は走り回って鶏を追いかけ回していました。海抜3,400mといえば富士山の八合目にあたる高さで、歩くだけでも息が切れるのに走り回るなんてとてもマネできませんでした。

 

ナムチェバザールの散策は富士山八合目当たりの標高でしたので、甘くみていました。富士登山でしたら五合目から歩くことによって高度順応できるのですが、この時は一挙に飛行機で到着しましたので、まったく高度順応できませんでした。

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