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2016年7月24日 (日)

ヒマラヤ回想 山岳フライト

2011.4.24 いよいよネパールの山、ヒマラヤに足を踏み入れるときがきました。

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 エベレスト街道の起点はルクラという村で、ルクラへのアクセスは飛行機しかありません。カトマンズからルクラに向かうために早朝出発(05:00)となりました。ヒマラヤ遠征チームの皆さんは本格的トレッキングの装いで落ち着いた様子でしたが、私たち夫婦はかなり緊張していました。

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 05:30ルクラへのローカル路線飛行場は国際空港と隣接しています。ルクラはエベレスト街道の起点であるため、登山道具やリュックを満載した荷物が集結していて期待と緊張感に包まれていました。

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 待合室は世界中の人々が集まってきていました。ルクラへの飛行を運行している会社は4社くらいあり、フライトは頻繁に行われていましたが、天候次第で欠航や遅れはよくあることであり、また自分たちが乗る飛行機がいつ飛び立つかわからないため、のんびりしつつもハラハラしながら時間待ちしていました。

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 1時間程待ってようやく機内に乗り込みホッとしました。18人乗りで、そのうち私たち一行が12人でした。席は自由席ですので、景色がいい席を確保するのは早い者勝ちでした。

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 ルクラ空港は山の緩やかな斜面に一本の滑走路があり、その滑走路はつい最近舗装されたばかりで500mもないそうです。離発着が世界一難しい空港といわれていますが、パイロットは余裕綽々のように見えました。

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 飛び立って230分もすると山岳地帯に入りました。私たちの乗ったSTOL機(短距離離着陸機)は山と山の間を縫うように飛んでいました。

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 45分程のフライトでルクラ飛行場に着きました。遠征チームの皆さんはここからトレッキングスタートとなり、何日間もかけて5,000mの高地へとトレッキングです。私とカミさんは小型飛行機でさらに奥地へと向かいました。2日後ホテル・エベレスト・ビューで再会するまでここで一度お別れしました。

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 私たちは遠征チームの皆さんと別れて、ルクラ空港の片隅に止まっていたオモチャのような軽飛行機に乗り換えシャンボチェ空港に向かいました。軽飛行機の乗客は私たち2人だけでした。いわば専用機状態で、人生最高の思い出となりました。私は副操縦席に乗ることができましたが、目の前にハンドルやレバーがあり、ちょっと動かしたらパイロットに触るなと注意されてしまいました。

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 一方カミさんは、荷物と一緒にされていました。おまけに荷物を押さえているように言われ「私は荷物番じゃない、客だ」とブーたれていました。

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 パイロットはなかなかイケメンでした。私が副操縦席に座れたのはパイロットの好意ではなく、単に座席が荷物で一杯になっただけのようですが、理由は何であれ副操縦席に座れたのは最高の幸せでした。後日たくさんのお客さんを引率してきた経験を持つ遠征チームの高橋隊長に、お客さんが副操縦席に座ったのは初めてかもしれないと言われました。ラッキー。

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 機体がふわっと浮き上がると、周りは白き神々が鎮座していて至福の瞬間でした。夢中でキョロキョロしてしまいました。今回の旅行ではオプションでヒマラヤ遊覧飛行(3万円くらい)に乗りたいと思っていましたが、その夢が叶ってしまいました。できたら遠回りしてあと30分くらい余計に飛んでくれたらもっとよかったのに。

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 飛び立ってものの5分で目の前に山が立ち塞がるように迫ってきて、なんだなんだこのまま突っ込んだら危ないのではと思っていましたら滑走路が見えてきました。ヒマラヤ観光開発社長の宮原さんがつくった滑走路です。未舗装ですが、パイロットは慣れたもので、軽くフワリと着地しました。

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 小型飛行機は山の壁の手前でくるりとUターンし、私たちを降ろし、荷物を積み込むとあっという間に飛びっていきました。かっこいいー。

 

訳のわからないままにあっという間にヒマラヤに足を踏み入れてしまいました。高度順応を考え、実践する時間もなく、これに後々祟られたのですが、それもまた何回か歩くことになったヒマラヤトレッキングのいい教訓になりました。

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