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2016年8月 7日 (日)

ヒマラヤ回想 後記

2011.4.225.1 10日間のヒマラヤ初体験の旅が終わりました。その印象は余程強烈だったようで、帰国してから様々な事が思い出され、改めてヒマラヤのことを考えました。

01
 最も強烈に記憶に残っていたのがヒマラヤ遠征チーム(高橋隊長)との出会いでした。不安を抱えていた成田で一緒となり、ネパール・カトマンズ、ルクラまで行動を共にさせていただき、ホテル・エベレスト・ビューで再会しました。エベレストの展望台といわれるゴーキョピーク(5,360m)まで20日間のトレッキングで行くという遠征チームの皆さんと接して、ホテル・エベレスト・ビューの暖炉を囲んで話を聞かせていただきました。後日、皆さん全員登頂に成功したとの連絡をいただき、大きな刺激となりました。

02
 この時出会った遠征チームの皆さんの中で、ムッシュ・Itoさんからはたくさんの情報をいただき、Sさんとマドンナさんとは今でも交流が続いていて、一緒に山を歩いたり酒を飲んだり、大きな刺激をいただいています。

03
 実際にヒマラヤの一端に足を踏み入れたことにより、秘境としてのヒマラヤやチベットへの関心も高まりました。かつて明治30年代(1897年)にチベット仏教の真義を求めてネパールからチベット(鎖国中)へ密行を企てた川口慧海の足跡を辿ってみました。慧海はポカラにも立ち寄り、当時からネパール随一の風光明媚な場所として知られていたという記述があり、100年前という歳月が近いようでもあり、遠いようでもあります。慧海は、チベット語を勉強して、密行ルートを探り、大した防寒具もなく、30kgもの荷物を担いで、薄い空気に息も絶え絶えになりながら極寒の雪のヒマラヤを越えました。想像を絶する辛さに旅行記を読みながら思わず自分が息苦しくなるようでした。それでもいつか私もその足跡を追ってみたいとも思うようになりました。

04
 一方ネパールの山岳部の村々は、何故か懐かしい雰囲気の漂う山里でした。ネパールの村(クンデ村)によく見られたマニ車のある風景は、昔から変わっていないと思われます。川口慧海がフラッと姿を現してもおかしくない風景で、好きな風景の一つでした。

05
 ヒマラヤでのトレッキングで最も欠かせない存在がポーターさん達です。ポーターさん達は、川口慧海の「チベット旅行記」でも「荷物持」として登場していましたのでそれ以前からの大変歴史の長いものだと思います。私が今回初めて出会ったポーター君は16才とのことでした。私たち2人分の荷物と酸素ボンベを楽々と背負って、ヒマラヤの山々を背景に立つ姿はとても印象深いものでした。遠くを見つめる目は何を考えていたのでしょうか。一生荷物を背負って人生を終えるのか、どういう将来が待っているのでしょうか。余計なこととは思いながら、目が合えばいつも微笑んでくれた彼のことをつい思い出してしまいました。

06
 ヒマラヤでは飛行機が重要な交通手段になっていることが意外でした。今回の旅行では10回飛行機に乗り、そのうち6回は山岳フライトでした。全て自由席で、待合室で待っていると自分が乗ろうとする飛行機がいつ頃来るかははっきりしていませんし、飛行機の搭乗案内もおばちゃんがいきなり大声でまくし立ててちっともわかりませんでした。最初のうちはとりあえず並んでチケット見せて、違う飛行機でしたらまた次のを待つというようなことをしていましたが、次第に要領がわかってきました。

07
 飛行機事情では、飛行機に乗れて、一安心と思ったらそうもいかないこともありました。エンジンが始動しているのに、2つあるプロペラの片方しか回転していなくて、私はもちろん乗客も口にこそ出しませんでしたが、何となく不安そうな顔をしていました。数十分待っていたら、何人かの整備士が駆けつけてきて飛行機の下に潜っているようでした。そのうち2つのプロペラも回転しだしたので安心しましたが、最終的には車輪がいかれていたので交換したということがわかり、キツネに包まれたような気持ちがしました。

08
 最も気に入ったのが、シャンボチェ飛行場の滑走路です。未舗装の滑走路を土煙をたてて着陸する姿は、迎えのタクシーが来たかのように身近に感じました。現在は軽飛行機の代わりにヘリコプターが運行されているようです。

 

初ヒマラヤでは、さまざまなカルチャーショックを受け、秘境的な雰囲気にも惹かれました。いつかじっくりとヒマラヤを歩いてみようとも思ったのでした。

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