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2016年8月 1日 (月)

ヒマラヤ回想 高地体験

2011.4.26 冒険家植村直己がエベレスト登山前にトレーニングしたというクムジュン村の散策は続きました。散策といっても、富士山頂とほぼ同じくらいの標高でしたからハーハーいいながらのものでした。

01
 クムジュン村には生徒500人が通う小・中・高一貫校「クムジュン・スクール」がありました。学校の入口には、エベレスト初登頂のエドモンド・ヒラリー卿の胸像がありました。ヒラリー卿はエベレスト登山の際、お世話になったお礼としてNGO組織「ヒマラヤ・トラスト」を発足させ、この地方のシェルパ族の村々に学校や病院をつくりました。

02
 クムジュン・スクールの基礎はエドモンド・ヒラリー卿がつくった学校で、校舎はざっと20棟くらいあり、各校舎の入口には建設協力者のレリーフがあり、日本、スイス、ベルギーなどの国々、同志社大学山岳部、松本ヒマラヤフレンドシップクラブなどの名前がありました。地理の教室は“TOYAMA”とありました。この学校には周辺の村から、峠を越えて通ってきている生徒もいるそうです。この村も周辺の村でも親は教育熱心で、子供達に教育を受けさせ、子供が立身出世すると一族郎党・親類縁者が皆幸せになるそうです。ガイドのマヘンダラさんも二人の息子さんをこの学校に通学させていて、将来は通訳などの仕事に就かせたいそうです。どこの国でも親の教育熱心なことは同じようです。

03
 クムジュン村にあるラマ教寺院に、雪男の頭の毛皮があるというので見に行きました。国籍を問わず興味を集めているようで、外国人トレッカーも訪れていました。寺院の門をくぐると2階におじさんが見張っていて、すかさず下りてきました。

04
 院内にはきらびやかな仏様達がたくさんいました。こちらでは装飾が豊かな程ありがたいようですが、日本の仏像を見慣れた目にはありがたみが薄れるような気がしないでもありませんでした。ここでは大きなイベントが行われ、たくさんのお坊さんや観客が集まってくる有名な寺院だそうです。

05
 なにがしかの現地通貨ルピーを寄付すると、おじさんが小さな箱の鍵を開けてくれて、雪男の頭皮をご開帳してくれました。フラッシュをたいての撮影もOKで、本当にいいの?と思いながらシャッターをきりました。1960年に、エドモンド・ヒラリー卿ら18名の国際学術探査チームが調査したところ、イエティの頭皮はカモシカの一種と結論づけています。カミさんは「ヤクの頭みたい。DNA鑑定すればいいのにね」とバッサリと一言。もう少し夢があってもいいと思うのですが。

06
 クムジュン村の隣村はクンデ村です。クンデピークの麓にある盆地で、標高は3,850mですから富士山よりも高いところにあります。規模はこじんまりとしていますが、ここにはカナダ政府が寄贈した病院があり、この周辺では唯一の病院で、クムジュン村や他の村からも患者さんが来るそうです。しかし自転車を含めての交通手段が一切ありませんので、病人がここに通院するのは大変そうです。

07
 タムセルク(6,623m)には雲がかかっていて、午後からは天気は崩れそうでした。予想通り夕方から雨、雹、雪が降りました。

08
 ホテルまで後30分くらいの牧場で昼食と休憩をとりました。朝08:00に出発して5時間のトレッキングで、富士山のお鉢巡りを5時間したようなものでしたので疲れました。それと身体を動かしているときはいいのですが、ジッとしていると底冷えがするのでした。

09
 4/24(日)にルクラで別れてから、私たちは5分の山岳フライトと3時間のトレッキングでホテル・エベレスト・ビューに着きましたが、ヒマラヤ遠征隊はルクラ(標高2,800m)から一歩一歩3日間のトレッキングで到着し、再会を果たしました。私たちは翌日山を下り、ネパール一のリゾート地ポカラに向かいますが、遠征隊の皆さんはこれからが本番で、2週間くらいかけてエベレストの展望台ゴーキョ(5,360m)を目指します。

10
 高地に行った時には、パルスオキシメーターという器具で、血中の酸素飽和濃度と脈拍を測定するのが鉄則です。低地での平常の状態では酸素飽和濃度は95%以上が普通です。高地では酸素が薄くなりますので普通に呼吸している状態では6070%台となります。私たちはナムチェ(3,440m)のロッジやホテル・エベレスト・ビュー(3,880m)にチェックインしたとき測定しましたら70%台でしたが、深呼吸を繰り返すことにより8090%台となりました。

11
 高山病については問題なかったのですが、安静にしていても私の脈拍が100より下がることはなく、念のために酸素ボンベを吸いました。もう一つ、高地での睡眠も初体験でした。今まで富士山八合目の山小屋(3,200m)で寝たことはあり、その時には特に違和感がありませんでしたが、今回ナムチェ・ロッジ(3,440m)で寝たとき、息苦しさを感じました。眠気がおそってきて寝入ろうとしますと、呼吸活動が低下するために体内に取りこむ酸素が少なくなり息苦しくなりました。ホテル・エベレスト・ビューでは息苦しくてほとんど寝ることができませんでした。

 

富士山より高い高地でのトレッキングや睡眠という初体験は、かなり厳しいものでした。ちょっとした傾斜を登るだけでも息苦しく、睡眠もまた一晩中息苦しく、ヒマラヤの洗礼をたっぷりと受けることになり、この後のヒマラヤトレッキングのいい経験になりました。一番残念だったのがエベレストを見ながらのお酒を飲めなかったこと。苦しくてそれどころではありませんでした。

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