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2016年11月29日 (火)

アルプス回想17 モンブランに乾杯

リフトの中間駅のシャーラミヨンで昼食をとり、ツールドモンブラン最後の景色を楽しみました。

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 先ず、恒例となった乾杯です。ゴールおめでとう!!!

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旨い! この瞬間のために歩いてきました。

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 モンブランには笠雲になりそうな雲がかかっていました。

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 何という食べ物かはわかりませんが、トレッキングで食べた食事の中で、最も美味だという意見もありました。ゴールで、ビールで乾杯して、モンブランを見ながらとる食事です。美味しいわけです。

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 思い思いに寛ぎました。皆さん何を考えていたのでしょうか。

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 カミさんは、モンブランの頂上にかかった雲が笠雲になるかどうかじっと見ていました。ヒマラヤのホテル・エベレスト・ビューで、エベレストに笠雲がかかったことを思い出していたのかもしれません。これで、ヒマラヤとアルプスを歩きたいという夢が叶いました。

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 私は爆睡していました。久しぶりに気持ちのいい午睡でした。

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 初日に疲れが出て一緒にタクシーを利用した“棟梁夫人”も井本隊長に何回も励まされ、結局トレッキングを完歩しました。おめでとうございます。

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 Beeさん”には、その日の行程の終わりに必ず、膝はどうですか、大丈夫ですかと心配していただきました。ありがとうございます。身内にご不幸があったにもかかわらず、いつも明るく元気で、私たちを励ましてくれました。 “Beeさん”は、国際ライセンスを持っているガイドで、テレビにも出たことがあるのですが、コンパスが長くついて行くのが大変でした。

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2016年11月27日 (日)

アルプス回想16 最終日・国境へ

2011.7/2トレッキング最終日となりました。スイス・フランスの国境を越えて、モンブラン山群全体の展望を楽しみました。

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 多分、他の外国人グループもTMB(ツールドモンブラン)のゴールを目指して出発支度です。あるいは逆回りでこれからTMBに出かけるのでしょうか。

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 私たちも最後のウオーキングに準備万端、気合いも十分です。

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 前方行く手の山には朝陽が当たっていました。歩くたびに終わりに近づき、嬉しいような寂しいような気持ちでした。

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 トリアン氷河が白く輝いていました。きれいだなあと思って、ゴール目指して歩くだけで、これが見納めかとかの感慨はわかないものです。

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 樹林帯をジグザグに登っていきました。

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 青空だけは変わらず、刻々と景色は変わり、ラストウオーキングを楽しみながら皆元気でした。

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 海底から水面を見上げたら水泡が漂っているような、不思議な空と雲でした。

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 井本隊長のかけ声で、整列しました。山があり、緑があり、爽快なそよ風があり、気分は最高でした。サウンドミュージックの世界を堪能したトレッキングでした。

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 森林限界に出ると視界が開け、バルム峠の山小屋が見えました。最後の登りでした。

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 スイスとフランスの国境に到着しました。

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 スイスを背に記念撮影。

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 フランスを背に、井本隊長も加わってもう一回記念撮影。バンザイ!!!

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 シャモニー谷やモンブラン山群などの美しく雄大な景色を見ながら、リフトでル・トゥールへ下りました。

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 “マイティチャー”と“棟梁夫人”も子供のようにはしゃいでいました。

 

フランスを出発してモンブランの回りをグルッと一回りして再びフランスに戻りました。

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2016年11月26日 (土)

アルプス回想15 モンブラン小屋

トレッキング6日目の宿泊は、トリアン村のモンブラン小屋でした。翌日は最後のトレッキングとなり、シャモニーに戻りますので、最後の山小屋泊まりとなりました。

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 村で唯一のモンブラン小屋に17:00到着しました。“Beeさん”がチェックイン手続きをしている間、しばしのんびりしました。

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 部屋に荷物を放り込んでシャワーを浴びたら、とりあえずはここです。井本さん、“Beeさん”も姿を現し、ビール、赤ワインと定番コースとなりました。

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 山歩きの達人マイティーチャー棟梁夫人は、早々に夕食前の一眠りに入ってしまいました。慣れたものでした。

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 夕食の19時には全員集合で、山小屋での最後の食事を今か今かと待っていました。

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 夕食後の一時、20:30というのにまだ明るく、井本さんと“Beeさん”の“ヤニ友”はタバコを煙ったり、コーヒーを飲んだり、Yさんはスケッチしたりして寛いでいました。

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 村の景色は、さぞかし穏やかな生活なんだろうと想像させるような、とても静かで気持ちが落ち着くものでした。

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 私たちも村を散歩しました。21:00だというのに、アルプスに夕陽が当たって輝いていました。眠るのがもったいないような夕暮れでした。

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 ホテルに戻ると、“マイティチャー”と“棟梁夫人”のお二人は仮眠後の食事ですっかり元気回復していました。

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 ホテルの入り口では井本隊長が美味しそうにタバコを煙っていました。膝のことでは随分心配をかけましたが、最後の山小屋の夜を迎えてきっとホッとしたことでしょう。

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2016年11月24日 (木)

アルプス回想14 トリアンへ

トレッキング6日目は、ボビーヌ経由でトリアンへ向かう7時間の長いコースを歩きました。

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 アルペッタ小屋で、全員勢揃いの出発前の儀式でした。天気は快晴で、絶好のコンディションでした。

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 道は今までのコースと違って、樹林帯が多い道で、強い陽射しを避けることができました。

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 水飲み場があり、第1回目の休憩となりました。牛か馬の水飲み場と思っていたのですが、人間も含めた共同水飲み場のようでした。

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 それぞれが思い思いの日陰を見つけて休憩しました。カミさんが初日に熱中症になった反省から、私のスペアのシャツを貸すことにしたのですが、ペアルックのようであり、何でこの歳になって・・・と思いながらも、歩けることの幸せを噛みしめていました。

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 小休止の後、いきなりの急登となりました。樹林がなくなるととたんに暑さを感じました。

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 急登の途中でのどが渇いたり、小腹が空きましたので、小休止とし、フルーツなどで栄養補給しました。井本隊長は、エベレスト2回登頂したのですが、エベレストの上の方でタバコを吸ったけれど美味しくなかったとか、登るときにはリポビタンDを多めにとるとか、面白い話をたくさん聞かせていただきました。

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 小休止の後、再びの登りでした。先頭の“Beeさん”はミニスカート姿で、特に意味もなく上を見上げたとき、振り返った“Beeさん”と視線が合うときがあり、そんな時気のせいか“Beeさん”がニコッと微笑むような気がしました。同じような経験は井本隊長もYさんも男性陣全員に共通にあったようでした。

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 更に登りは続きました。“Beeさん”のミニスカート姿に力づけられたわけではありませんが頑張りました。さすがに皆さん健脚でした。

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 ようやく峠に到着し、昼食にしました。3時間程の登りでしたが、樹林帯の中で日陰が多かったせいかあまり疲労はしませんでした。

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 午後から、遠くに山を見ながら、時々現れる谷間の村々を見ながらのトラバースは、風も心地よく気持ちよく歩くことができました。

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 下りでは膝を痛めないように慎重に、少しづつ高度を下げました。

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 私たちのルートが、②フォルクラを経由して①トリアンに向かっていることがわかりました。

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 フォルクラ峠で久しぶりのアイスクリームにむしゃぶりつきました。アイスキャンディは4色でとてもカラフルで、そのうえに美味でした。

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 井本隊長は、ルートを確認し、トリアン村への所要時間(到着時間)を計算しているようでした。

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 ようやく目的地の村が遙か下の方に見えてきました。

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 トリアン村目指して、かなりの下りを慎重に。 

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 トリアン村の入口に入りました。

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 教会の屋根と、羊が1匹、羊が2匹・・・・。今日もよく寝られそうです。

     

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 面白そうでしたので近づいたら、物珍しいのでしょうか、羊の方が寄ってきました。羊にうなされそう。

    

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 ホテルは村のはずれにあり、村の中を少し歩きました。

 

トレッキング6日目は朝8時に山小屋を出発して、次の山小屋に到着したのが17時でしたから休憩を含めて9時間のトレッキングで、かなり疲れましたが、楽しい山歩きでした。

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2016年11月22日 (火)

アルプス回想13 国境越え

トレッキング5日目、悪天候でしたが、イタリアとスイスの国境越えを目指しました。

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 ツール・ド・モンブランは、トレッカーだけではなく、自転車野郎の道でもあります。陽気な自転車野郎のグループが後ろから迫ってきました。

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 わがチームの先頭集団も、負けじと頑張っていました。

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 霧が晴れると青空が広がり、山肌や渓谷など変化のある景色が楽しめました。

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 他の人の通行の邪魔にならないように道の端に行儀よく並んで腰掛け、休憩です。お行儀のよい日本人ご一行様でした。

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 私たちが休憩している間に、自転車野郎たちが追いついてきました。余裕の表情も、かなり疲労して息を切らせている表情もありましたが、全体的に逞しい連中で、笑顔の交歓がありました。

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 イタリアとスイスの国境、フェレ峠に到着しました。霧は更に濃くなりましたが、皆元気で、自転車野郎達とも一緒になりました。一緒に写真に入ってガッツポーズのかなりゆとりがある奴もいました。

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 朝出発時に貰ったランチパックで昼食(14:00)をとる頃には霧も晴れ、暖かくなりました。

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 道筋にところどころ十字架がありました。道標や村の入口での魔よけの役割があるそうです。

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 目の前には、緑の牧草地帯で牛が草を食む、のんびりとしたアルプスの牧場風景が広がっていました。

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 この日の最後の下りでした。登ってきた分、急な下りが続きました。ここはさすがにちょっと膝にこたえました。これで、チームの皆さんはフランス、イタリア、スイスと3ヵ国歩いたことになりました。私はフランスからイタリアへは移動車で国境を越えました。

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 山小屋“アルペッタ小屋”に到着しました。山に囲まれた1軒だけのペンション風山小屋で、先客たちはすっかりくつろいで、のんびりした雰囲気が漂っていました。

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 黙っていても、ビールを飲めるところには必ず三々五々集まるようになっていました。“棟梁夫人”はかなりいける口でした。“棟梁夫人”は、エベレストを展望できる「ホテルエベレストビュウ」を作った棟梁の夫人で、翌年(2012年)にヒマラヤの山奥の山小屋で偶然再会したときにはビックリしました。

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 次にガイドの“Beeさん”が現れ、乾杯。

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 井本隊長も現れ、更に乾杯。食事前にかなり飲んでしまいました。口の悪いツアー仲間は飲み会ツアーのようだといっていました。それはいいのですが、手持ちの現金が足りなくなったのにはまいりました。

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 ここの山小屋にはかなりの客が泊まっていました。夕食準備中の食堂には既に夕食の準備が整いつつありました。

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 この日のメニューは井本隊長がとても楽しみにしていたスイス名物“チーズフォンデュ”で、その前のサラダはニンジン千切りの大皿盛でした。ニンジン一品だけのサラダも珍しく、予想に反して美味しく、チーズフォンデュ”が出てくる前に3皿お代わりしました。

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 “チーズフォンデュ”は、古くなったチーズを白ワインで溶かしたもので、最も一般的なものは一口大にカットした食パンを溶かしたチーズにつけて食べるものです。“Beeさん”は、チーズフォンデュ”は太るから嫌いだと言いながら、食べるは! 食べるは!・・・。その旺盛な食欲は歩きっぷりと同じく豪快でした。

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 井本隊長は「1年分食べるんだ!」と、こちらも“Beeさん”に負けじと食べるは! 食べるは!・・・。発祥国のスイスでは、パンを鍋に落とした者に罰ゲームが課せられる習慣があり、井本隊長が“落とした人は罰金10ユーロ”と言ったものですから、初めて食べるという隣のYさんはかなり慎重になっていました。井本さんと“Beeさん”以外は、早々と“チーズフォンデュ”は切り上げ、二人の競演を水を飲みながら見ていました。

 

本場アルプスのトレッキングは、フランス、イタリア、スイスとグルメの国を歩きましたので、山小屋での食事が美味しく、また山小屋到着と同時にビールを飲んで、その後は当然ワインを飲んでと贅沢三昧でした。アルプストレッキングは標高が高くないために酒が飲めるのですが、同じトレッキングでもヒマラヤでは4,000mから5,000mの高所を歩きますのでそうもいきません。

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2016年11月20日 (日)

アルプス回想12 トレッキング再開

トレッキング4日目、井本チームと再会しましたのでもう一度皆さんと買い物に出ました。そして一夜明けて、トレッキング5日目が始まりました。

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 やはり人気はフルーツでした。井本隊長は好物の洋梨を買っていました。

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 井本隊長お勧めの超人気のアイスクリーム屋さん。夕食が近いので私とカミさんは遠慮しましたが、何人かは美味しそうに食べていました。

    

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 ガイドの“Beeさん”もカミさんも何かをゲットして満足そうでした。

    

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 “マイティチャー”と“Beeさん”の健脚コンビ、すっかりくつろいでいました。“マイティチャー” は、来年は“K2の大展望バルトロ氷河(パキスタン)トレッキング25日間”に再挑戦するとか。凄い人です。

    

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 待望の夕食。これが前菜で、あまりにも凄いボリュームで全員見ただけで満腹になりました。次の肉料理にはあまり手がつけられませんでした。

    

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 Beeさん”に元気づけられているのか迫られているのか、このお二人は大変な愛煙家で、“ヤニ友”という渾名がつけられました。どっちにしてもタバコが吸えて、沢山お酒が飲めて二人とも幸せそうでした。楽しいツアーです。

    

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 宿泊したホテル、ブートン・ドールの朝食には圧倒されました。朝からケーキバイキングを思わせるような美味しそうな焼き菓子やパン、ハム・ソーセージ、フルーツなどのオンパレードでした。

    

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 私達のグループだけで食堂を占有し、全員旺盛な食欲をみせていました。

    

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 素晴らしい朝の景色が広がっていました。膝の休養を十分した後なので、脚がなりました。さあ歩くぞ!!

    

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 さあ出発です。久しぶりに皆さんと一緒に歩けるので張り切りました。天気は珍しく雨模様でしたので、リュックカバーをして、上着だけ雨具にして出発しました。

    

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 エレナ小屋に着いた頃には、霧と強風でかなり寒く感じましたが、悪コンディションにめげず全員笑顔でした。

    

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 青空が広がっているのに、冷たい風が強く、ジグザグな登りを続けて、フェレ峠を目指しました。

    

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 更に霧が濃くなり、コンディションは悪くなる一方でした。上りが続きましたが、かなり冷え込んでいて、上下の雨具を着込んでも汗をかくことはありませんでした。

    

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 全員、元気元気で、登りをものともせず凄い勢いでした。皆さんさすがに健脚でした。

    

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 最後尾の井本隊長とFさんも楽しそうでした。私たちがシャモニーに待避中に“鮨”を食べたのが2人にバレてしまい、悪天候はそのせいだと随分ぼやかれ、嫌味を言われました。

 

久しぶりのトレッキング、天候は厳しいものでしたが楽しく歩くことができました。

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2016年11月18日 (金)

アルプス回想11 クールマイヨール

別行動をとっていたシャモニーからクールマイヨールへと移動して、井本チームと合流しました。

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 現地旅行社を経営している神田さんの車でクールマイヨールへと向かいました。途中、フランスとイタリアの国境をあっという間に越えてしまいました。当たり前のことですが、EUが地続きの大陸であることを実感しました。

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 ホテル“ブートン・ドール”には午前中に着いてしまいましたが、部屋は空いているとのことでチェックインさせてもらいました。

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 ホテルの入り口は幾つにもイスが置いてあり、くつろげる空間でした。

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 部屋からの風景はまるで絵画のようでした。午後3時頃のんびり見ていましたら、何と井本チームの皆さんが下ってくるのを見ることができました。

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 今回訪問した村には必ず教会があり、教会の建物とアルプスの山々がとてもマッチしていました。

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 街中をブラブラと散策しました。とても落ち着いたいい街でした。ここクールマイヨールには、日本女子バレーボールチームが合宿し、欧州での競技会で優勝したとのことです。

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 ここもまた、夏はトレッキング、冬はスキーで賑わうリゾート地です。

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 ここはイタリア領で、お店もおしゃれな店が多く、散策していても飽きませんでした。

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 アルプス版の “忠犬ハチ公” でしょうか。きっと悲しく切なくやるせない話があり、ここに十字架とともにワンちゃんの像が建てられたのでしょう。

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 教会の階段でしばらく涼みました。異国の地で、何もしないボンヤリとしたこんな時間がとても好きです。

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 井本チームと再会するまでには大分時間があり、昼時になりました。レストランはたくさんあり、メニューを見てもよくわかりませんでしたので、とりあえずヤングママが子供と出てきた店に入りました。

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 さすがデザイン国イタリアのレストランです。壁の絵や装飾、透明のイスなど、ここにいるだけで楽しくなりました。

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 とりあえずビールをオーダーしましたら、ビールとともに籠一杯のパンとポテトチップが出てきました。ポテトチップは断りました。特にパン代やポテトチップ代は、日本の付きだしのように料金がとられるわけではなくサービスのようでした。

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 バイキングコースもあるようでしたが、言葉が全くわかりませんので、これはパスしました。後で考えれば、自分だけでもチャレンジすればよかったと後悔しました。

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 最もシンプルなピザのマルガリータをオーダーしまたら、それだけでテーブルが一杯になってしまいました。生地は薄く美味しくなんとか食べることができました。

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 次に恐る恐るスパゲティ・カルボナーラをオーダーしましたら普通のボリュームで出てきましたのでホッとして、完食できました。

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 一足先にクールマイヨールに到着していた私たちと久しぶりの再会です。井本隊長の手が震えたのでしょうか、アルコールの禁断症状でしょうか、ピントがずれているようです。今回は単独行動が多い私たちに温かく接していただいた皆さんに感謝しました。

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2016年11月16日 (水)

アルプス回想10 井本チーム

トレッキング3日目。私がシャモニーでノンビリとしている間に井本チームの皆さんは、着々とアルプストレッキングの歩を進めていました。以下は、井本隊長からいただいたトレッキングの様子(画像)です。

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 早朝のボンノム小屋、皆さん元気そうです。

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 6/28、元気な足取りで、緑の丘と青空に向かって歩き始めています。

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 今回はアイゼンを用意していったのですが、実際にはアイゼンは使用しないという説明がありました。ここはアイゼンなしで雪渓渡りをしたようです。

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 両側をアルプスの山に囲まれ、気持ちいい風に吹かれてのトレッキングはさぞかし気分いいでしょうね。

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 牛の首に付けたカウベルやサウンドミュージックのBGMが聞こえてくるようです。

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 一見のどかに見えますが、後日皆さんに聞いた印象ではこの日が一番きつかったとのことでした。

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 フランスとイタリアの国境セーニョ峠(2,516m)を越えたのでしょうね。おめでとうございます。

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 エリザベッタ小屋の食事。栄養が摂取できそうでした。

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 エリザベッタ小屋は、ツール・ド・モンブランでは要所の小屋で、誰もが必ず泊まる小屋だそうです。シャワーが順番待ちで、お湯が出なかったりと不便だったようですが、最も山小屋らしいといえそうです。何より、ここに至る風景、国境を越える苦しさと充実感が味わえる地点のようでした。

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 トレッキングの4日目。朝明けたばかりのコンバル湿原。

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 昨晩宿泊したエリザベッタ小屋。ここから4日目のトレッキングがスタートしました。

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 エリザベッタ小屋に迫る氷河が涼しげでした。

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 澄んだ水と山々の間を思い思いに歩く幸せが感じられました。

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 後ろの山はグランド・ジョラスでしょうか。尾根の急登を登り終えた満足感でしょうか、皆さん嬉しそうです。

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 クールマイヨールへの下り道は足取りも軽く。

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 高山植物も皆さんの頑張りを祝福しているようです。

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 この日のトレッキングもゴールに近く、ニコニコ顔でした。

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2016年11月14日 (月)

アルプス回想09 足慣らし

膝の静養2日目。適度な足慣らしも必要と思われ、エギュイ・デュ・ミディからの帰途、ロープウェイの途中駅プラン・ドゥ・レギュイで下車して軽い足慣らしをすることにしました。

    

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右側にドリュ針峰やグランドジョラスなどの山々があり、左手眼下にはシャモニーの街が広がる、モンタンベールに至るこのコースはとても人気があるコースだそうです。

    

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景観も山道も刻々と変化するとても楽しいコースでした。青空に白峰がとてもよく映えていました。

     

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かなりの巨体、特に大きなお尻を揺すって、ユッサユッサと力任せに上ってくる登山者の迫力はあっぱれでした。

    

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なだらかな道もあり、陽射しは強いのですが、モンブラン渓谷を吹き抜ける風がとても心地よく感じました。

    

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かなりの種類の高山植物も目を楽しませてくれました。

    

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たっぷり静養したせいか、足取りも軽く快適に歩くことができました。

    

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天に突き出た針峰群は、間近に見ると迫力があり、きっと頂上に登りたがる冒険野郎も沢山いるんだろうなあと思いました。私は見るだけで十分でした。

    

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この日も多くの人が、双方向から上ってきていました。日本ではきっと山に登らないような体格のいい人が多いのにびっくりです。ひょっとしてこのコースはダイエットコースなのかもしれません。

     

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氷河の世界をのんびりと楽しんでいる人も多く、景観が千変万化するこのコースが人気コースであることがわかりました。

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メール・ドゥ・グラス氷河を見ると、モンブラン山系が氷河によってつくられたものであることがよくわかります。

     

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行程の半分くらいからかなりの上りが続き、なかなか手強いと思っていましたが、ようやく下りにかかりました。ここから登山電車のモンタベール駅までは一気に下りました。3時間程度の足慣らしにはちょうどいいコースでした。

     

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モンタベール駅近くにある山小屋は料理が美しいと評判でしたが、あまりノンビリできませんでしたのでパスしました。こういう風景は本場アルプスならではです。

     

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この日も好天に恵まれハイカーが多く、賑やかな登山電車でした。

    

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登山鉄道はシャモニーの谷間を挟んだランデックスの山々を見せながらゆっくりと走りました。

    

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単線のため、2回対向電車とすれ違いましたが、大の大人が童心に帰って楽しそうでした。

     

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終着のシャモニー駅に着きました。モンタベール鉄道の大半はラック式鉄道で、2本のレールの中央に歯形のレールを敷設し、車両の床下に設置された歯車とかみ合わせることで急勾配を上り下りする推進力と制動力の補助的な役割を果たしています。

 

シャモニーで、あまりにもノンビリしすぎてしまいましたので足がムズムズして、井本チームと合流してのトレッキングが待ち遠しくなりました。とはいえ、チームと離れてのこの間の自由行動は個人旅行をしているようでとても楽しかったことも確かです。

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2016年11月13日 (日)

アルプス回想08 冒険野郎

膝の静養2日目。モンブラン・パノラマ・テレキャビンの終着で眺望を楽しみ、再びエギュイ・デュ・ミディに戻り、そこでも眺望を楽しみました。

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 モンブラン・パノラマ・テレキャビンの終着駅(3,466m)は展望台にもなっていて、更にフランスとイタリアの国境地帯でもありました。井本チームの皆さんは歩いて国境を越えているはずですが、私はロープウェイで越えてしまいました。

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 眺望は、360°山また山でした。井本チームはどの方向を歩いているのでしょうか。

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 標高3,466mの高いところにイエス像がありました。夏でも朝晩は、冬季は更に寒い思いをしていることと思いました。山岳信仰のある日本では、上人像などがあっても不思議ではないのですが、同じような意味あいでしょうか。

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 モンブラン登山の拠点として有名なグーテ小屋はこの時は改装中で、宿泊客が制限されていました。エベレスト2回登頂の井本隊長はモンブランに挑戦して、天候不順で断念したそうです。モンブラン登山はスピードが要求されるそうで、雪の富士山を5合目から頂上まで5時間で登れないとモンブランには登れないそうです。

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 エギュイ・デュ・ミディの頂上(3,842m)には、エレベーターで上りました。エレベーターの出発地点は富士山と同じ高さの3,776mでした。

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 あっという間に3,842mに到着した。まったく歩くことなく、ロープウェイとエレベーターで富士山より高いところに上がってしまいました。

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 エギュイ・デュ・ミディの頂上からのモンブランです。モンブランは、確かにアルプスのシンボルであり、欧州の誇りでもあると思いますが、ロープウェイやエレベーターなど、近代装置のあらゆるものを駆使して攻め立てられ、またロープウェイ駅から登頂も可能で、大きな自然がもつ威厳や尊厳が損なわれているようでちょっと可哀相になりました。しかしこれは私の日本人的な感覚かもしれません。

 

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 エギュイ・デュ・ミディからは、モンブラン登山を目指す人、周辺の山を目指す人、雪山を歩く人、冒険野郎たちがそれぞれの目的に向かって歩き出していました。自然を征服しようという冒険魂にただただ唖然とするばかりでした。

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2016年11月12日 (土)

アルプス回想07 エギュイ・デュ・ミディ

井本チームと離れて膝の静養2日目。前日に続いて好天気だったため、井本隊長の忠告を守りながら、シャモニー最大の観光ルートを回ることにしました。午前中はロープウェイでエギュイ・デュ・ミディを目指しました。

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 8時前のロープウェイ乗車口には既に行列ができていました。私とカミさんは8時発の第2便に乗りました。

    

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 乗客のほとんどはモンブランや周辺の登山、あるいは氷河を歩く人達のようで何となく緊張感が伝わってきました。

    

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 またロープウェイを乗り換えて、エギュイ・デュ・ミディ(3,842m)まで20分です。モンブランや周辺の自然を楽しむためには、富士山よりも高いところでもロープウェイを通してしまう何でもありの感覚が私には理解できませんでした。

    

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 違和感を感じつつ、いきなり目の前に広がる白く切り立つ自然を眺めるとそれなりに感動してしまうのでした。

    

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 ケーブルカーの下に広がる銀世界には、いたるところに雪上・氷河歩きの人達が何人もいて、自然を楽しもうという人達のエネルギーに圧倒されました。

    

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 ロープウェイ終着のエギュイ・デュ・ミディから、イタリアのポイント・エルブロンネに向かって、セラック(塔状氷塊)や氷河、クレバスの上を進むゴンドラに乗りました。乗車時間は往復1時間くらいかかりました。

    

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 白い世界と切り立った尖塔の自然の造形美に見とれました。

    

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 眼下には、ここにも1本のロープで繋がった人がクレバスを警戒して雪原の上を歩いていました。とことん自然を楽しもうという熱意に脱帽しました。

    

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 生々しい氷河の流れを間近に見ることができました。この氷河も年々後退しているとのことです。

    

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 この日も快晴で、容赦ない夏の陽射しが照りつけていました。ところどころにクレバスが口を開けていました。

   

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 ちょうどモンブランが見えるところで、何度目かのゴンドラストップでした。後でわかったのですが、景色のいいところではゆっくり楽しめるように1分間くらい停止するとのことでした。こんな所で宙づりのまま故障だったらどうしようとドッキリしました。

    

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 ようやくゴールが見えてホッとしました。

 

ヒマラヤに続いて出かけたアルプストレッキングでしたが、ヒマラヤの山々が神と讃えられて信仰の対象にもなっているのに対して、あくまでも山や自然はチャレンジする対象物のように考えている欧州のアルピニズム的な思考があまりにも対比的でした。

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2016年11月11日 (金)

アルプス回想06 モンブラン

「アルプス回想」記は、京都・広島・鳥取紀行で中断しました。2011.6.247.512日間、モンブランを見ながらフランス、イタリア、スイスをトレッキングした記録です。前回は、私の膝痛のためにシャモニーに引き返したところまでお伝えしました。トレッキング本隊とは2日後(6/29)にクールマイユールで合流することにしました。

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 トレッキング本隊と合流するまでの間、シャモニーで時間を潰すことにしました。この日はとても天気が良く、モンブランを間近に見に行くことにして、プレヴァン展望台に行きました。ホテル近くのロープウェイ駅からプランプレ(2,000m)に上りました。

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 ゴンドラに乗り換えると、ブレヴァン展望台(2,525m)に着きました。シャモニーの標高が1,035mですから標高差1,500mくらいあります。よくこんなところに展望台をつくってしまったものです。

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 シャモニーの盆地を挟んでモンブランと向かい合っている展望台です。とても天気が良く、モンブランを背に、ビールを飲みました。

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 朝、山小屋でつくってもらったランチボックスで昼食としました。本来は山の中で食べるはずのランチでしたが、モンブランを見ながらの昼食となりました。さすがグルメの国フランスで、ランチボックスの中味を何にするか聞かれましたので、生ハムをオーダーしました。フランスパンもフルーツもとても美味しかったのでした。

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 モンブラン頂上(4,809m)です。雲一つありませんでした。モンブランを目の前にして、ビールを飲んで生ハムを食べて、こんなことしていていいのかなと思わないこともなかったのですが、最高でした。

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 再びシャモニーに戻るとまたのどが渇きました。強烈な陽射しで、空気が乾燥しているせいかビール(ほとんどハイネケン)が美味しく、飲むそばから蒸発してゆくようでした。今頃、山の中を歩いている井本チーム(トレッキング本隊)の皆さんには申し訳ないと思いつつ、シャモニーの休日を楽しみました。

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 夕食は、近くのスーパーで買い出しをして、ホテルでゆっくり食べました。大好物の生ハムが塩分が控えめで美味しかったです。またフルーツも美味でした。

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 窓の外にもモンブランが見えました。ツール・ド・モンブランではなく、モンブランご対面の1日となってしまいました。トレッキングに来ているはずなのに、すっかり観光気分になってしまいました。

 

ちょっと羽目を外してしまい、両替した現地通貨が足りなくなってしまいました。

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2016年11月10日 (木)

鳥取・大山と砂丘

10/27(木)、京都、広島、鳥取と続いた旅も最後の日となりました。夕方の飛行機で戻る前に、大山登山口や鳥取砂丘を訪れました。

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 境港で日本海の海の幸を堪能して大山(だいせん)へと向かいました。大山は鳥取県にある標高1,729mで、中国地方の最高峰で、鳥取県のシンボルになっている霊山です。日本百名山の一つで、山形県の鳥海山と共に登ってみたい山ですが、今回は日程的に無理でしたのでせめて登山口まででも行ってみたいと思いました。

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 先ず、大山への登山口ともいえる大山寺にお詣りしました。大山寺は1300年前の奈良時代に開山された古刹です。ご先祖様に会える寺として崇敬されています。

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 大山登山の時にはこの石段を登ってゆくようで、いい準備運動になりそうな石段でした。

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 大山寺は、山岳信仰に帰依する修行道場として栄えたそうです。本堂は、どことなく同じ修験道場ともいえる吉野の金峯山寺蔵王権現堂に雰囲気が似ていて、ここから大山に登ってみたくなりました。最盛期には100を超える寺院と3000人以上の僧兵を抱えていたのですが、明治初期の神仏分離・廃仏毀釈によって大きな打撃を受けたそうです。

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 本堂近くに「宝牛」と呼ばれる牛が座っていました。別名を撫牛ともいわれ、一つの願いだけを心に念じて撫でると願いを叶えてもらえるそうです。リコピンは撫でていましたが、私は願いを一つに絞りきれずに撫でるのを諦めました。

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 開運の鐘は、リコピンと共に思いっきり撞きました。比叡山(有料でした)でも思いっきり撞きましたが、運が開けているのかどうか。

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 改めて本堂でお詣りすると、大山登山から下山したと思われる登山者もお詣りしていました。羨ましい!

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 大山登山口には、もう一つ大神山神社奥宮がありました。本殿のない大山(大神山)の遙拝所が神社へと成長したそうです。冬期の厳しい積雪対策として中腹に神社を建てて奥宮となったという歴史をもっています。

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 緩やかに上っている参道の脇に大木が立っていて、リコピンが触れていました。今年の5月に伊勢神宮に行ったときにも同じように大木に触れていました。霊感とか霊気とかに関心があるようです。

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 参道は結構長く、最後に石段がありました。日本一長い自然石参道だそうです。今回の旅は、京都で大文字山と鞍馬山に登り、広島では宮島・弥山に登り、ここでも足を鍛えることになりました。

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 この大神山神社奥宮は、全国最大級の最大級の壮大な権現造りだそうです。吉野の金峯山寺蔵王権現堂は高さが高く堂々としていますが、ここ奥宮は京都の三十三間堂のように横に広がっていました。

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 大山山頂近くに湧いていた雲もすっかり消えて、気持ちのいい秋の青空が広がっていました。絶好の登山日和でした。

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 帰りの飛行機の関係で、あまりゆっくりとしているわけにも行かず、鳥取砂丘方向へと向かいました。日本海の波は少し荒くなったようで、海にはウサギが撥ねていました。

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 砂丘の入り口に着きました。青空と白い雲、夕陽が見えるかどうか。

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 ズーッと広がる砂丘の先はどんよりと薄い雲がかかっていました。

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 昨日は、丘のように見える馬の背まで行って、日本海を見ようとしたのですが、雨が降ってきて断念しました。リコピン曰く 海はどこから見ても同じだよ とのこと。それはそうだけど。

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 あのくらいの丘ならすぐに行けるだろうと歩き始めたのですが、サラサラの砂に足を取られてちっとも進みませんでした。行って帰ってくるのにどのくらい時間がかかるのか見当がつかず、飛行機の時間もありましたので途中で諦めて引き返しました。

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 もしかして夕陽の前兆ぐらい拝めるのかと期待したのですが、雲はなかなか消えそうもなく、残念ながら諦めました。今回は砂丘からは嫌われたようでした。

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 飛行場へと送っていただきました。空港の名前は「鳥取砂丘コナン空港」となっていました。

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 今年は、リコピン(のんちゃんも)とは4月に会津若松へ、5月には伊勢へと旅をしましたが、来年も3人で旅をすることを約束してお別れしました。すっかりお世話になり、普通の観光旅行とは違う旅を味わうことができました。

    

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 予約してあった便に乗り込んだ時には日がすっかり暮れていました。

    

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 定刻に飛び立った便は、あっという間に東京湾上空にさしかかり、定刻に着陸しました。

 

京都~広島~鳥取の45日の旅は終わりました。とても長かったような気がしました。それだけ密度が高かったのかもしれません。今回は、京都の宿「旅館紫」では親戚の叔母さんの家に泊まったような気がしましたし、広島と鳥取では友人宅にホームステイしたような気分でした。親戚回りをしたような感覚で、とても和みを感じた旅でした。広島のMさんや岩国のママさん、リコピンにすっかりお世話になりました。

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2016年11月 9日 (水)

鳥取・因幡の白兎

10/27(木)、広島から鳥取に移動し、リコピン邸に1日ホームステイし、鳥取観光に出かけました。

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 リコピンさんの家では代々ワンちゃんを飼っていて、このハナちゃんの前にはモモちゃんというワンちゃんを飼っていました。この日は、朝リコピン邸から出かけて戻りませんのでこのハナちゃんとはお別れでした。

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 こちらは、我が家にホームステイ中のモモちゃんです。リコピン家の亡くなったモモちゃんと入れ代わるように我が家にお目見えしました。今ではすっかり懐いてリラックスしています。(本題とは関係ありませんでした)

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 リコピンの運転で出発しました。この日は仕事の日ですが、休暇をとって鳥取を案内していただきました。感謝です。昨日は鳥取砂丘で雨に降られてしまったのですが、この日は天気は回復しました。

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 出発してしばらく行くと、道の駅「神話の里白うさぎ」があり、「大国主命と因幡の白うさぎ」の像がありました。因幡の白兎といえば、小さい頃よく聞かされた国民的神話(古事記)です。

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 道の駅「神話の里白うさぎ」のすぐ前に白兎神社がありました。というか、白兎神社の前に道の駅が作られたということでしょうか。神社への参道の両脇に小さい石柱が並べられていました。

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 石柱の頭には様々なスタイルのうさぎが乗っていました。今にも飛び跳ねそうによくできていました。

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 白兎神社(はくとじんじゃ)の創建の由来は不詳で、現在の本殿は明治時代に再建されたとのことです。白兎神(因幡の白兎)を主祭神して、神話の内容から皮膚病に霊験のある神といわれ、また特定の人との縁結びの神として叶わぬ恋を叶えてくれるともいわれています。

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 道の駅の名誉駅長の白兎。ご苦労様です。

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 日本最南端の駅前には黄色いポストがあり、スペインのポストも黄色だったのですが、ここにはピンクのポストがありました。「恋人の聖地で縁結び」と書いてありました。縁結びのポストということでしょうか。神話の因幡の白兎では、皮を剥がれた白兎が大国主命によって救われるということまでしか聞かされていませんでしたが、後日談があり、白兎は八上姫神の使いで、それが縁で大国主命と八上姫神が結ばれたということです。

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 鳥取市と鳥取ハイヤー協同組合と日本郵便の3者が「すごい!鳥取市応援プロジェクト協定」を締結した結果生まれたのがピンクのポストとピンクのタクシーだそうです。ピンクのタクシーを見てみたかったです。

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 道の駅や白兎神社の目の前は日本海です。白い波が打ち寄せていました。漁師は、風が強い日に波頭が白く見えることを ウサギが撥ねる! とか 今日はウサギが撥ねているから漁はダメだ! と言っているのを聞いたことがあります。

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 今回の鳥取で行ってみたいと思っていたのが、境港と大山(だいせん)登山口と砂丘(日本海の夕陽)でした。境港へは日本海を右に見ながら走りました。沿道には風力発電の羽根がたくさん目に前に現れ、それだけ日本海からの風が強く当たるのでしょう。

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 途中、ある和菓子メーカーの店舗によって小休止しました。鳥取名物といえば、ラッキョウ、長いも、豆腐竹輪などがありますが、和のスイーツもなかなか充実しています。

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 日本各地の漁港を見るのが好きなのですが、境港は初めてでした。境港漁港はかつては5年連続して水揚げ量日本一を誇り、現在はカニの水揚げ量日本一で、特に紅ズワイガニの加工では全国の8割のシェアとなっています。とにかく広い港でした。

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 境港は、水木しげるロードや記念館があり鬼太郎の里でもあり妖怪の町なのですが、それよりも日本海の海の幸を目指しました。行列ができる店ということでしたので、オープンの11:30ぴったりに到着すると一番乗りでした。

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 車の運転はリコピンにお任せでしたので、安心してビールを飲むことができました。

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 境港港に水揚げされた様々な魚が盛りつけられた海鮮丼とズワイガニの味噌汁のお勧め定食。堪能しました。

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 リコピンは、アジフライ定食。アジフライと天ぷらのセットで、かなり食べ応えがありそうで、さすがにアジフライは食べきれず、お手伝いしました。思い出したのが、我が家では絶品のアジフライをお取り寄せ通販で切らせたことはないのですが、境港から取り寄せていることでした。

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 前方に大山の姿が見えてきました。厚く重そうな雲がモクモクと湧いてきていて、天気が心配でした。

 

境港では、市場の様子や妖怪の里なども見てみたかったのですが、大山の登山口にも行きたいし、昨日雨に降られた鳥取砂丘にももう一度行きたいし、しかし帰りのフライト時間も心配だしということで、リコピンには時間調整と運転で無理をいいました。

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2016年11月 8日 (火)

鳥取・磯歩き

10/26(水)、広島から中国地方を横断して鳥取に着きました。鳥取駅にはリコピンが車で迎えに来てくれました。

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 リコピンの運転で向かった先は、鳥取砂丘の先にある浦冨海岸でした。空にはどんよりとした厚い雲がかかり、海の色も灰色で、浜辺に打ち寄せている波も寒く冷たそうでした。

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 浦冨海岸を見下ろすかのように荒砂神社がありました。この神社は7世紀後半に創建され、1572年には山中鹿之助が戦勝祈願したとか。山中鹿之助は私が好きな武将で、京都のお墓にお詣りしたことがあるのですが、鳥取県内にもお墓があるとか。思わぬ縁にビックリしました。それにしてもこの社が1300年もの間、潮風や風雪に耐えてきたとは驚きでした。

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 荒砂神社の足下には磯が広がっていて、押し寄せる波が岩を洗っていました。

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 好奇心の強い二人ですので、磯伝いに行ける所まで行ってみようと波が引いた瞬間に難所を越えたのですが。

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 リコピンの番が来て、波が引くタイミングを計っていました。童心に帰ったようでした。

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 鳥取県岩美町というこの辺りは、小さな半島のようになっていてぐるりと海に取り囲まれています。海を見下ろす道を、行ける所まで行ってみようと車を走らせると所々で景勝が現れました。

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 海辺へ降りて行けそうな所では車を止めて浜へと降りました。小さく突き出た岩場が見えましたので、行ける所まで行ってみようと。

 

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 浜辺を歩いていて、リコピンは貝か何かを拾っているのかなあと思っていたのですが、流れ着いたゴミや捨てられたゴミを拾い集めていました。リコピンらしい!

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 磯伝いに歩いて行くと、先へ進めば進むほどさらに先に進みたくなるような景色だったのですが、この先には進めませんでした。

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 サスペンスドラマの終盤のクライマックスに出てくるような景色だねとか、二人で勝手なことを言い合って、ほとんど人影が見えない磯歩きを楽しみました。

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 再び車に戻り、眼下の景観を楽しみながら海沿いの道を走りました。

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 やがて、砂丘に出ました。

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 日本海に沈む夕陽を見たいと思ったのですが、どんよりとした空模様で、夕陽は期待できませんでした。

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 ひときわ高く砂が隆起したような「馬の背」に行ってみようと歩き出したのですが、残念ながら小雨が降ってきて引き返しました。

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 車に戻ると同時に雨脚が激しくなり、夕陽どころではありませんでした。翌日再挑戦することにしました。

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 リコピン邸に戻りました。この日はリコピン邸に泊まらせてもらうことになっていました。家ではハナちゃんが待っていて、散歩に連れて行くということでしたので、私もお供をしました。ハナちゃんは見知らないおじさんが一緒でしたので興奮していました。

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 リコピンのご主人様には申し訳なかったのですが、二人で山陰の海の幸を味わいに出かけました。ご主人様は自炊したそうで申し訳ありませんでした。

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 つまみにオーダーした鳥取の地元産のラッキョウ、とても美味しかったのでした。リコピンも自分でラッキョウを漬けて、時々送ってくれるのですが、そのリコピンも感心していました。

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 私はビールの後、日本酒をチビチビやっていたのですが、リコピンはいきなりご飯セット。

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 この居酒屋はリコピンのご主人様に教えていただいたのですが、予約が取りにくい店だそうで、刺身の盛り合わせ、海鮮サラダ、揚げ出し豆腐、白子の紅葉おろし、鶏のタタキ、どれをとっても美味しく、料理を味わいながら、リコピンはご飯を、私は日本酒を、話も弾み、6時入店で気がついたら10時になってしまいました。お酒を飲まない相手と4時間近く居酒屋にいたのは初めてでした。

 

リコピンとは、広島のMさんや岩国のママさん同様20年近くにもなるビジネス仲間でもあり友達でもあります。鳥取に行くときはいつもリコピン邸に泊まらせていただいていますのでホームステイ気分です。岩国のママさんのサロンといい、鳥取のリコピン邸といいありがたいことです。(余談ですが、犬のハナちゃんの散歩コースになっているリコピン邸の近くに自民党国会議員の石破茂邸がありました。想像に反して質素な邸宅でした。今回初めて知りました。)

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2016年11月 7日 (月)

鳥取・バス旅

10/26(水)、広島で1泊し、鳥取へと移動しました。広島から鳥取へのアクセスはJRを使うルートとバスを使うルートとがあり、今回はバスを利用しました。

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 前日は、たまたま日本シリーズ第3戦が行われ、テレビ観戦で盛り上がりました。岩国ママのサロンで、ママさんと夜遅くまで何となく話し込んでしまいましたが、鳥取への移動のために05:00起きとなりました。ママさんに新岩国駅まで車で送ってもらい、新岩国駅から新幹線で広島駅へと戻りました。ママさんにはすっかりお世話になりました。

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 広島駅で、朝食と昼食兼用の駅弁を買い込みました。広島での駅弁も充実していて、牡蠣系にするかあなご系にするか随分迷いましたが、結局「活あなごめし」を選びました。

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 鳥取へのバスは広島バスセンターから出ます。バスセンターへは広島駅の隣の新白島駅にJRで移動し、新白島駅からバスセンターまでは、広島城を眺めながら徒歩20分くらいでした。

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 広島には何回も行っているのですが、広島城を見るのは初めてでした。毛利輝元が築いた平城ですが、原爆により倒壊した後、1958年以降に再建されたそうで、これもまた広島復興のシンボルともいえます。

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 バスセンターが入るビルの手前の複合ビル、これもまた中国・四国地方最大の都市の姿の一つです。まだ少しアルコールが残った身体で、1日の始まりの冷たい空気を吸いながらの街歩きでした。

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 バスセンターのビルは大きなビルでお土産屋などがあり、鳥取への土産に「生もみじ饅頭」を買いました。

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 店内の一角には、カープコーナーがあり、まだまだセリーグ優勝の余韻が残っていて、日本シリーズ制覇への期待感で盛り上がっていました。

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 バスセンターからは首都圏・近畿圏や四国・九州、山陰地方まで、バス路線が敷かれています。ここバスセンターから鳥取駅までは所要時間5時間半です。JRを使った場合もほぼ同じくらいの時間ですが、料金はバス利用の方(4500円)が半額くらいと安いのです。

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 全国のあちこちに向けて、続々とバスが出発して行きました。

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 08:30発の倉吉経由鳥取駅行きに乗り、出発して1時間半くらいで1回目の休憩となりました。休憩は5時間半の運行の中で2回あるということでした。

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 バスのシートは、3列で、比較的ゆったりとしていましたし、トイレもついていましたので快適でした。事前予約が必要で、その際に座席予約も行いました。

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 08:30発~14:00着ということでしたので、事前予約の時に昼食について聞くと、各自用意するかSAで休憩しますので買って下さいとのことでした。朝食を食べていませんでしたので、1回目の休憩の後、広島駅で仕入れたビールと「活あなごめし」をいただきました。バスに揺られ、窓からの景色を眺めながらの駅弁もいいものでした。

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 広島と鳥取を結ぶこのバス路線は、以前何回か乗ったことがあり、中国地方の山の中を横断する景色が楽しみでした。

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 広島バスセンターを出発するときにパラパラと小雨が降っていましたが、山の中に入ると霧だか靄だか雲だかで、山は霞んでいました。お腹が満たされて、多少うつらうつらしながらバスに揺られていると、旅に出ているんだなあという実感が改めてわいてきました。

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 バスはやがて山を越えて、平野部に入りました。田畑が広がる里や集落の間を抜けてバスは走り、ノンビリとしたバス旅でした。

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 バスは倉吉市内に入りました。数日前に鳥取地震といわれる地震が発生し、数日間余震が続いていて、特に倉吉市は被害がひどいということでした。市役所前や倉吉駅前にバスは停車しましたが、まったく地震や余震の痕跡は見られませんでした。地元の人の話では一部で被害があるが問題ないとのことでした。

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 倉吉市で何人かの乗客を降ろした後、日本海に出ました。

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 定刻より15分速く鳥取駅に到着しました。鳥取のリコピンとはここで2時の待ち合わせでした。

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 「名探偵コナン」や「ゲゲゲの鬼太郎」は鳥取県出身です。この鳥取駅は、人口の少ない県の割りには明るくて好きなのです。

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 (画像は20165月会津若松市にて) 予定通り、14:00に、半年ぶりにリコピンと再会しました。これからの時間と明日、リコピンに鳥取県を案内してもらうことになっていました。

 

鳥取県中部地震が発生したのは10/21(金)14時頃でした。10/2627に鳥取に行く予定になっていましたのでリコピンに電話したところ、全然大丈夫とのことでした。その後余震が続いていて、倉吉市内では被害がひどいというマスコミ報道が続いていたのですが、マスコミは極端にひどい状況があたかも鳥取県全体がひどいように取り上げ、おかげで鳥取への観光客が7割くらいのキャンセルがあったとか。リコピンは、マスコミ風評被害と怒っていました。

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2016年11月 6日 (日)

広島・カープ

10/25(火)、京都から広島へと移動し、ビジネス仲間であり友人である広島のMさんと岩国のママさんと合流しました。

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 宮島へ渡り、昼食に美味しい牡蠣フライを食べた後、弥山登山へと向かいました。途中まではロープウェイを利用しました。

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 宮島の弥山登山は今年の5月以来2回目です。その時は、岩国のママさんは靴や鞄などとても山歩きする格好ではなかったので足を痛めたりしたのですが、その時の反省で今回はバッチリと決めていました。お孫さんができておばあちゃんになったのですが、10代か20代の若者のような足取りでズンズンと登っていきました。

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 途中、瀬戸内海を見下ろせるビューポイントが何ヵ所かありました。空には厚い雲が覆っていて、いつ雨が落ちてきてもおかしくない空模様でした。瀬戸内海と浮かんでいる小島は、海の色も空の色も島の色も墨絵のようでした。

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 弥山本堂で一休みしました。その前には「霊火堂」があり、弘法大師が806年に修法を行った際の霊火が、1200年経った今も “消えずの火” として燃え続けています。

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 「霊火堂」の火は、毎年8/6に行われる原爆忌での経広島平和記念式典で使われているということは前回教えていただいたことです。火の上には大きな茶釜のようなものが釜があり、お湯が沸いていましたのでありがたくいただきました。

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 岩国のママさんは、とても張り切っていて、常に先頭を元気よく歩いていました。

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 弥山は、そう大変な山ではありませんが、弘法大師が修行を行った山であり、またどうしてこんな所に大岩が重なり合っているのか、霊気や自然の力を感じることができる山です。

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 2回目の登山とあって、また岩国のママさんのペースにも引っ張られて、あっという間という感じで山頂に立ちました。

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 前回は宮島観光をたっぷり楽しみましたので、下山後の帰りは厳島神社を横目に見ながらサッサとフェリー乗り場へと急ぎました。厳島神社の足下の潮がもっと満ちて、まるで海に浮かんでいるような景観を見たいのですが、それは次回のお楽しみのようです。

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 岩国のママさんのサロンに移動し、ひとっ風呂浴びて乾杯しました。ママさんもすっかりカープファンで、敵を召し捕るしゃもじもグラスもカープ模様でした。このサロンは、個室が3つありますので、広島や岩国に来たときにはいつでも泊まらせてもらっています。

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 今回の広島行きの目的は弥山登山とこの居酒屋「づぼら」で飲むことでした。

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 再会とカープの優勝を祝して乾杯しました。

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 岩国のこの居酒屋「づぼら」に来るお目当てはこの グリーンオイスター です。前回初めて入ったこの店で口に含んだときは驚き、3人ともすっかりはまってしまいました。 グリーンオイスター は特許を取っていますので、この店でしか食べられないそうです。

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 刺身の盛り合わせやノドグロの焼き魚も、一事が万事でとても美味しいのでした。

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 アジの炙りも今まで食べたことのない調理法で、絶品だったのです。この店を知る前は、岩国には美味しい居酒屋がないと嘆いていたのですが、今はこんな美味しい店は岩国にしかないと思えるくらいです。

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 2軒目は、店構えはかなり落ち着いた雰囲気だったのですが。

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 お店の中に入ると、スタッフのユニフォームはカープの背番号36広瀬という選手のもので、かなりマニアックな店のようでした。

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 店内もカープファン一色のようでしたが、Mさん曰く、岩国の人は盛り上がりが少ないとのことでした。

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 Mさんは飲み過ぎて益々ご機嫌になり、ししゃもを焼ながらよくわからないVサインを送っていました。

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 大型画面では、日本シリーズ第3戦(札幌球場)を中継していました。黒田が登板していていましたので盛り上がりは最高潮でした。

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 力投も空しく勝利投手にはなれず、この試合が最後の試合となりました。

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 2軒目の居酒屋で中継を見ていた時点では試合は同点で、広島ファンはかなりヤキモキしていました。

 

結局、2軒の居酒屋で飲んだ後サロンに戻り、Mさんは酔って寝てしまったのですが、ママさんと私はしばらく日本シリーズの続きを見ていたのですが、大谷に打たれてサヨナラ負けとなり、その後3連敗してカープは日本一にはなれませんでした。それは残念なことですが、カープの地元で一緒に騒げたのは面白かったのでした。いつでも飲む相手をしてくれ、サロンに泊めてくれるMさんとママさには感謝です。

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2016年11月 5日 (土)

広島・再会

10/25(火)、京都での23日の滞在と観光を終え、次の目的地広島へと移動しました。

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 旅館紫さんの2回目の朝食でした。起床して洗面している間に布団は片付けられ、朝食が運ばれました。ごく普通の和風朝食でしたがとても美味しくいただきました。この日は京都駅から広島に移動するために、我が儘を言っていつもの朝食時間07:0006:30に早めていただきました。

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 女将さんに見送られて出発しました。23日の京都滞在でしたが、観光にしても飲み歩き・食べ歩きの足場が良くてあちこち楽しめましたので、随分長く逗留したような気がしました。

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 京都駅には、電車でもバスでも行けますので、花見小路を抜けて阪急電車(四条河原町駅)を利用しました。

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 京都駅から広島へは新幹線を利用しました。

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 京都駅を出発して間もなく車窓に東寺が現れました。五重塔のシルエットは、ビルと民家の谷間にあって、その美しく雅な姿は京都のシンボルでもあります。

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 新幹線が広島駅近くにさしかかると、マツダスタジアムを近くに見ることができました。そのスタジアムは10/22232日間日本シリーズが行われ、広島カープファンの真っ赤な応援色で埋め尽くされました。

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 広島駅で、ビジネス仲間でもあり友人でもある広島のMさんと岩国のママさんと合流しました。今年の5月に宮島で弥山登山して以来の再会となりました。

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 Mさんの運転する車で宮島行きのフェリー乗り場へ行く途中、広島カープ優勝記念電車に出会いました。広島市内には路面電車が走っています。地元球団広島カープがプロ野球セリーグで25年ぶりの優勝で、日本シリーズもマツダスタジアムでの2連勝で盛り上がっていました。

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 以前Mさんと岩国のママさんから広島の じごぜん牡蠣 を贈っていただきました。粒が大きくとても美味しかったので、以来、毎年 じごぜん牡蠣 を取り寄せていて、その牡蠣の産地が宮島周辺ということで、産地を見に連れて行っていただきました。

 

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 フェリー乗り場(宮島口)から、フェリーに乗って宮島へと向かいました。宮島と宮島口を繋ぐフェリーは頻繁に行き来していました。フェリーを運航している会社は2つあり、一方は大鳥居の近くを通り、一方は宮島へと真っ直ぐに進みます。今回は、料金割引がありましたので大鳥居を通らない真っ直ぐルートに乗船しました。

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 宮島の正式参拝の入口ともいわれる大鳥居の周辺には、若干の引き潮なのか観光客の姿が見られました。

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 目前に聳えるいくつかの頂きのうちの一つが今回登る予定の弥山だと思うのですが。

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 宮島上陸記念にMさんと。宮島上陸は2回目でした。

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 平清盛像があり、前回目にしたかどうか記憶が定かではなく、改めてご対面しました。宮島は清盛が信仰したゆかりの地であり、厳島神社を作ったのが清盛です。今日、宮島が広島の最大の観光地として興隆しているのは清盛のお陰ともいえます。

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 弥山登山口へはお土産屋やレストランが軒を連ねている通りを抜けて行きます。牡蠣シーズン突入で、牡蠣を焼く姿と匂いに食欲をそそられました。

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 お昼時でしたので、牡蠣料理の店を目指したのですが、一番人気の店の前には行列ができていました。時間がもったいないのでこの店は諦めました。

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 本命のレストランの手前隣の新しい店に入り、牡蠣フライを食べました。さすがに美味しかったです。

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 広島名物は牡蠣ともみじ饅頭で、ガラス越しに作っているところを見ることができました。

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 昨年の10月に 立山合宿 で知り合った広島在住のKさんは、宮島口近くにお住まいで地元です。「藤い屋」のできたてもみじ饅頭は一つから売ってくれて美味しいですよと教えていただきました。アドバイス通り、できたてもみじ饅頭を美味しくいただきました。

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 大鳥居の周りには潮が満ちてきていました。補修作業なのか補強作業なのか、鳥居の周りに囲いがありました。

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 弥山登山口に向かう途中に紅葉谷があり、紅葉の名所なのですが、京都同様に紅葉シーズンには1ヶ月早く、まだまだこれからでした。

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 2015.10 立山・みくりが池温泉で、夕食の席で隣り合わせKさんご夫妻。立山では、かなりハードな立山縦走で共に苦労した仲でもあり、苦労話に話を咲かせました。今年も立山に行かれたとか。広島再訪の折には一杯やろうとお誘いいただいているのですが、今回はスケジュールが合いませんでした。また広島に飲み友が増えそうで、楽しみでもあり、ありがたいことです。

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2016年11月 4日 (金)

京都・B級グルメ

10/24(月)、京都の「おばんざい」を堪能した後は、今回目についた店や以前から気になっていた店を覗きながら、どこに腰を落ち着けるか物色しました。

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 四条河原町から三条方面に向かう辻にあった「壹錢洋食」という店は今回初めて目にしました。ゴテゴテにレトロっぽく、京都を愛する人からは顰蹙を買うかも知れませんが、とても面白そうでした。

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 食堂の入口も、訪日外国人には喜ばれそうなイメージで、ちょっと中を覗くとたくさんの外国人で盛り上がっていました。

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 店頭で焼いていたのが「元祖お好み焼き」で、これがなかなか美味しそうなのでした。

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 ワインバー風のこの店は以前から気になっていたのですが、1人で入るにはちょっとなあとパスしました。

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 「京料理と酒」の店も目にはついているのですが、一軒目に入ったおばんざいの「めなみ」と被るような気がしましたのでパス。

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 高瀬川沿いに来ると、川沿いの店の灯りがライトアップのように、桜の葉を照らしていました。

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 その高瀬川沿いにある店で目についたのが京野菜と富山の魚の店でした。こちらも「めなみ」に近いメニューのようでしたので、ドラフトではありませんが、「めなみ」の予約が取れないときの外れ1位として今後のお楽しみに。

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 以前から気になっていたのが木屋町にある馬野郎という店でした。目立つ赤提灯に誘われました。

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 馬刺しが大好きですので、今回は是非入ろうと心に決めていました。

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 勢い込んで入ったのですが、店内はガランとしていて、椅子はビールの空き箱でした。しまったと思ったのですが、まあ大外れだったら、ビールの一杯くらいとちょっとしたつまみ的なものを試して出ればいいかなあと腹を括りました。

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 元気なスタッフが、混み合いますので制限時間1時間くらいでいいですかと聞かれましたので、騙されたと思ってとりあえず腰を下ろしました。

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 腰を下ろして店内を見回すと、馬焼き肉の美味しい召し上がり方という説明書きがありました。馬肉は好きなのですが、もっぱら刺身やユッケなどの生しか食べたことはありません。

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 とりあえずはユッケ。ちょっとピントが合ってなかったみたいです。

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 次に馬刺しの盛り合わせをオーダーしました。とても旨かったです。

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 ビールを飲みながらユッケと馬刺しの盛り合わせを堪能しました。馬肉の焼き肉までは行き着きませんでした。

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 いつの間にか壁際の席は埋まり、スタッフが言っていたように、お勘定をするときはほぼ満席になりました。京都に来たら外せない店になりそうです。

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 次に向かったのが、ここもかなり前から気にはなっていたのですが、なかなか入る機会がなかったラーメン屋でした。レトロっぽい雰囲気と、いつも客がいましたので気になっていました。

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 中細麺の鶏煮干しそば(醤油味)にするか、平打ち中太麺の鶏白湯(塩味)にするか迷いました。

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 中細麺の方が好きなのですが、白湯スープを飲みたいと思い、鶏白湯ラーメンにしました。旨かったです。

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 そこそこ飲んで、そこそこ食べて、お宿へと戻りました。花見小路を抜けて路地に入ると、通りはひっそりとしていましたが、何軒かのお店には明かりが灯っていました。

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 旅館紫の並びにある「豆萬味(マメマンミ)」は日本料理のお店です。とても高そうですが、それ程でもないメニューもあり、入れないことはないかなあとは思うのですが、お酒は高そうですし、1人で入っても面白くなさそうではあります。

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 すっかり馴染んでしまった旅館紫です。帰りを待ってくれたかのように明かりが灯っていて、千本格子を開けると女将さんが出迎えてくれ、お風呂に入り、その間に布団が敷かれていて、気分良く眠りにつきました。

 

馬刺しやラーメンをB級といっては怒られるかも知れませんが、京都での飲み歩き・食べ歩きは、最初に京都らしい味と雰囲気を楽しめるA級ランク、次にその時の気分で食べたいB級グルメ、最後に何となく勢いがついて、立ち飲みやラーメンということになりました。

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2016年11月 3日 (木)

京都・おばんざい

10/24(月)、京都の代表的な料理といえば「おばんざい」です。午前中大文字山を午後には鞍馬山を歩いた後、「おばんざい」を味わいに行きました。

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 鞍馬山を歩いた後、京阪電鉄・出町柳駅から祇園四条駅まで移動しました。ホームに滑り込んできたのは特急列車で、そのシートは革張りのようでもあり、豪華さにビックリしました。20代の頃、大阪で1年働いたことがあり、当時の京阪電鉄といえば垢抜けない印象でした。

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 京阪電鉄の特急は、あっという間に祇園四条駅に着きました。改札口を出た地下街も見違えるようで、京阪電鉄の観光案内所には日本人や海外からの観光客がひっきりなしに訪れていました。

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 八坂神社にお詣りしました。大文字山へ出かけるときは早朝だったために境内はひっそりとしていたのですが、夕方近くのこの時間(15:50)にはパラパラとお詣りする人がいました。いつもは混雑していますのでパスしているのですが、空いていましたので二礼二泊一礼しました。

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 八坂神社から円山公園への定番コースを歩きました。さすがに秋の気配が感じられました。

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 京都に来たときにはできるだけ会いに行く坂本龍馬と中岡慎太郎です。最近、原田伊織という作家が「明治維新という過ち」という本を書き、司馬遼太郎の明治維新や勤王志士の礼賛に異論を唱え、坂本龍馬も大した人物ではないと書いているのですが、まあ人間は多面性を持っているのでしょうから、見る角度によっては違って見えることもあるでしょう。勤王にしても佐幕にしても、国家のために奔走して31歳で暗殺されたことから見ても間違いなく一角の人物であることは間違いないでしょう。

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 午前中と午後、2つのウオーキングコースを歩きましたので、着替えと一休みするためにお宿へと戻りました。四条通りから花見小路に入ると相変わらずの賑やかさでした。

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 祇園で最も伝統と格式を誇るのが「一力亭」で、最も由緒あるお茶屋です。花見小路にあり、外国人が興味深そうに暖簾の奥を覗いていました。

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 「一力亭」は、大石内蔵助が豪遊したとか、近藤勇や西郷隆盛も通ったとか。芸さんや舞妓さんがいる座敷で、お酒を飲んだり食事をしたり、お座敷遊びをしたりするそうですが、一体いくらお金がかかるのか。まあ一見さんお断りですから縁がないのですが。

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 旅館紫に戻りました。正面の2階が私が逗留(たった3日間ですが、宿泊という言葉よりこの言葉が似合いそうと勝手に思っているのですが)している部屋です。

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 このお宿から5分くらいの所(八坂神社の前)にコンビニのローソンがあり、ノドが渇きましたので缶ビールを買ってきました。缶ビールに気がついた女将さんがグラスとおつまみを持ってきてくれました。おもてなしの心遣いを嬉しく思いました。

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 簾をそーっと上げると、外人グループがこのお宿の絵を描いていました。女将さんに聞くと、日本人や外人がこのお宿の絵を描くということは時々あるそうです。半日くらい画いている人もいるそうです。

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 お宿で一休みして、おばんざいの店へと出かけました。目指す場所は高瀬川沿いの木屋町、三条通を越えた先でした。木屋町辺りは、坂本龍馬とおりょうが独身時代に過ごした場所です。

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 おばんざいの店は「めなみ」で、こちらも予約が取りにくいといわれています。大昔、京都で1年くらい出版の仕事をしたとき、京都の「ますだ」や老舗料亭「菊の井」などには何回か通いましたので、そういった老舗の名店はもういいか(お金もかかりますし)というところです。

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 初めてのお店でした。1人でしたので、カウンターの先客の外人さんの隣に座りました。

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 先ずは、日本酒と付きだし。付きだしはおからで、この質素感がいいです。付きだしでいきなり高価さそうなものが出てくるときがありますが、好みのものならいいのですが。

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 カウンターの前には「おばんざい」が並べられていました。隣の先客があれやこれや「おばんざい」について聞いて、2人の板さんが丁寧に説明していましたの参考になりました。初めての店でしたが、とても寛げる雰囲気でした。

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 丁寧なメニューリストも置いてあり、安心でした。

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 「おばんざい」は日頃食べ慣れていませんので選ぶのが面倒で、「おばんざい盛り合わせ」と「ほうれん草ときのこのおひたし」をオーダーしました。どれを食べても美味しく、それぞれの素材の味と煮付けの味は絶品でした。日頃あまり食べない(好きでもない)厚揚煮一つをとっても、外はしっかりとして中は柔らかく、噛むと煮付けの美味しい汁が口の中にじわーっと広がり、思わず唸ってしまいました。

 

かつて食べた老舗や名店の料理はあまり記憶がなく、京料理は飾りや盛りつけだけで味は今一などと勝手に思っていたのですが、認識を改めました。この日訪れた「めなみ」は、京都に行くことがあったら再訪したいのですが、予約が取りにくいのが難点です。

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2016年11月 2日 (水)

京都・鞍馬山歩き

10/24(月)、大文字山に続いて鞍馬山へと向かいました。大文字山から下山して、銀閣寺近くのバス停で市バスに乗り、出町柳で降りました。

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 ガイドブックによると、鞍馬山コースは大文字山コースと同じ所要時間3時間、距離6kmですが、初心者コースとなっていました。

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 出町柳でバスを降り、しばらく歩くと叡山電鉄鞍馬線の出町柳駅がありました。ここは始発駅で、1両の電車と2両連結の電車が駐まっていました。1両連結は比叡山へ、2両連結は鞍馬へと行くようでした。

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 2両連結の鞍馬線・鞍馬行きの車両は展望列車「きらら」といい、29席のシートのうち中央付近の8席が窓に向かっていて、景色が楽しめるようになっていました。きっと紅葉のシーズンには、このシートは奪い合いになるかもしれません。

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 電車は、ゆっくりとしたペースで市街地を抜け、次第に山の中に分け入って行きました。

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 鞍馬線の終着駅鞍馬駅です。ここまで30分くらいでした。

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 (駅構内のポスターから) 鞍馬山といえば、源義経が牛若丸と名乗っていた少年期、天狗と剣術のトレーニングを行ったことが知られています。

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 駅構内を出ると、大きな天狗のお面が迎えてくれます。これは数十年前から変わらない風景です。

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 ちょうどお昼時(12:07)でしたので、駅前の食堂に入りました。食堂の時計が遅れていて、この緩やか感が、いいです。

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 メニューは、近畿圏では定番のきつねうどんにするか、ご当地ラーメンの鞍馬山ラーメンにするか随分迷ったのですが、ご当地ラーメンにしました。さすが京都、出汁がよく出ていて美味しかったです。登山前にどうかなあと思ったのですが、鞍馬山コースは初心者向きとなっていましたので、ビールで早めの水分補給をしました。

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 鞍馬山は数年前に一度歩いたことがありました。それほど大変な思いはしなかった記憶があったのですが、石段が続いていてなかなか手強そうでした。上を見上げると抜けるような青空で、大気もヒンヤリとして山歩きには絶好のコンディションでした。

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 「おすすめ」という看板があり、むかし、清少納言や牛若丸も歩いた道と書いてありました。牛若丸は当然だと思いますが、清少納言も歩いたとは意外でした。前回は気がつきませんでした。

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 鞍馬といえば「鞍馬の火祭」が有名で、京都三大奇祭(他に今宮のやすらい祭、太秦の牛祭)の一つといわれています。毎年1022日に由岐神社で行われていて、この日(24日)の二日前に行われましたので、旅館紫の女将さんに二日前に来てればねえといわれましたが、混んでいるのは苦手です。

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 由岐神社への参詣道の石段の途中に大木がありました。牛若丸が隠れているような雰囲気がありました。

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 鞍馬寺の本殿から見た境内は、青空が広がっていて、ヒンヤリとした大気の中をポカポカとした陽射しが樹々に降り注いでいて、濃い影を落としていました。とても気分のいい陽気でした。

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 雲一つない青空の下の鞍馬の山々。絶好の山歩き日和でした。

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 鞍馬寺から奥の院に抜ける途中に「木の根道」があります。木の根が地面に剥き出しになっていて、光の当たり方で大きな蛇が何匹も這いずっているようにも見えました。

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 義経堂には、奥州平泉の衣川館で最期を遂げた義経の魂が幼少時代を過ごした鞍馬山に戻ったとして、遮那王尊として祀られています。遮那王尊は、護法魔王尊の破邪顕正の働きを助けているそうです。

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 650万年前に金星から地球にやって来たという魔王尊が鞍馬山のここに降りたって、天狗のような姿をしているそうです。ここ奥の院魔王殿は、京都最強のパワースポットともいわれているそうです。

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 鞍馬山の下山口、西の門の前には貴船川に奥の院橋がかかっています。朱塗りの橋は結界門のようでもあります。こちら側から上ってくる人もポツリポツリと見られました。

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 西の門の前には貴船神社があります。全国に450社ある貴船(きふね)神社の総本社であり、ここのパワースポットは日本最強クラスともいわれています。京都はパワースポットだらけです。

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 貴船川は清流で、夏でも涼しいことで知られていて、そのシーズンには川に床板を渡した川床料理がよく知られています。

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 貴船神社辺りから貴船川沿いに川床料理の店が軒を連ねていますが、この時期は清流を見ながらのお食事となります。

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 貴船神社から少し下った所から貴船口駅行きのバスが走っているのですが、貴船川沿いの30分くらいの道は景色が良く、渓流の音を聞きながら歩けますので、歩かなければ損です。

 

貴船口駅から叡山電鉄鞍馬線に乗って、出町柳へと戻りました。鞍馬山コースを歩き、これで京都一周トレールの18のウオーキングコースのうち、4つのコースを歩いたことになりました。午前中歩いた大文字山コースも午後歩いた鞍馬山コースも、距離6km、所要時間3時間となっていますが、同じくらいの上りと傾斜でした。ところが大文字コースは中級レベル、鞍馬山コースは初心者レベルとなっていて、その違いは鞍馬山は一本道の参詣道で、道迷いの心配がなく、大文字はいくつも分岐があり、多少の山登りの経験が必要ということかもしれません。

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2016年11月 1日 (火)

京都・大文字山歩き

10/24(月)、京都での観光2日目です。大文字山に登りました。

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 京都には、「京都一周トレイル」というウオーキングコースが18あります。4月には伏見稲荷コースや神明山コースを歩きました。

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 前回、大文字山コースも歩こうと思ったのですが、雨で中止になりましたので、今回再挑戦することにしました。ガイドブックによると、このコースは中級者レベルで、所要時間3時間、距離6kmとなっていました。

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 宿泊している旅館紫で、朝起きて洗面している間に布団が片づけられ、朝食が部屋に運ばれてきました。朝食の時間は7時で、ごく普通の純和風の朝食で美味しく、普段はあまり食べないご飯を2杯いただきました。

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 出かけるとき、女将さんが見送って下さいました。

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 女将さんに 行ってらっしゃいませ と励まされるように出発しました。

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 日中は、観光客で賑わう路地もひっそりとしていました。京阪や阪急の鉄道を使うときは花見小路から四条通りに出ますが、この日はバスを利用しましたので八坂神社方向に向かいました。

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 京都駅方面のバスは八坂神社の右側、銀閣寺方向は八坂神社の手前左側にバス停があります。07:40と早い時間ですので、八坂神社にも人影がほとんど見られませんでした。

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 銀閣寺道でバスを降りると「哲学の道」があります。春には桜の花びらが舞っていて、たくさんの人が詰めかけていましたが、朝陽が水面にキラキラと反射していました。

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 銀閣寺への参道を歩いて行くとやがて銀閣寺の入口、修学旅行生が銀入って行きました。随分早い修学旅行観光で、きっと1日のスケジュールがたくさんあるのでしょう。大文字山へは銀閣寺脇を進みます。

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 銀閣寺を通り過ぎてすぐ、登山道に入ったところでスイス人に大文字山への道はこちらでいいのかと聞かれました。1ヶ月間京都に滞在しているそうです。優雅なものです。

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 コンパスの長いスイス人はスイスイと登っていきました。その先には地元の常連さんが歩いていて、大文字山コースは、なかなか人気のコースのようです。

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 ガイドブックには中級者レベルと書いてありました。難しい道ではないのですが、傾斜のきつい坂や階段がズーッと続き、ヒヤリとした気持ちのいい空気の中、かなり汗ばんできました。

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 千人塚といわれるポイントで、標高250mです。

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 頂上までは、このような石段がいくつも続いていて、大文字焼の時には、燃やす護摩木など運び上げるの大変だろうなあと思ったのですが、護摩木運搬用のケーブルもあるようです。

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 火床といわれるポイント、標高340m送り火前日から約15000本の護摩木の受付をして、大文字送り火の一部は、この無病息災など願いを書かれたこの護摩木を焚くそうです。

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 大文字山の火床がある場所(標高340m)は、京都で最も展望のいい所だそうで、京都市街を一望できます。天気が良ければ、大阪方面まで見えて、日本一高いビルとなった大阪市阿倍野区のあべのハルカス(300m)まで見えるそうですが、この日は風がないためにやや靄がかかっていて、あべのハルカスは見ることができませんでした。

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 (インターネットより転載) 京都の大文字焼は毎年816日(天下は午後8時~)行われます。全国的には「大文字焼」といわれていますが、京都では「五山の送り火」といっています。火床の地点から京都市街を一望できますので、同時に京都市街からも赤く燃えた「大」の文字を見ることができます。

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 大文字山の頂上へは、火床のポイント(340m)からさらに急傾斜の石段と坂道が続きました。地元も常連さん達がひっきりなしに上って行きました。

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 山頂の三角点(標高465m)は、実にアッサリと素っ気なく建てられていました。

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 三角点(山頂)からはいくつかのルートがありました。私は京都トレイルのルートを選びましたが、地元の常連さん達はそれぞれ自分のお気に入りのルートがあるようでした。

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 当たり前ですが、三角点(山頂)からはどのルートを選んでも下りになりました。どんな低い山でも頂上に立って下山するときには気持ちが浮き立ち、脚の運びも速くなります。

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 私が選んだ京都トレイルの道はマイナーなようで、山頂近辺で見かけた人影は全くというくらい見ることがなく、一瞬道を間違えたかと思いました。登山の鉄則では道を間違えたと思った時は山頂へ引き返せということになっていますが、それも疲れそうですし、もう少し行ってみようということにしました。それがいけないのですが。

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 激しい水音が聴こえてきて、ガイドブックに出ていた「楼門(ろうもん)の滝」に出てホッとしました。今年は京都でも激しい雨が降ったようで、かなり大きな岩の落石の跡がありました。

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 下山口の表示が出てきました。ここから他のコースへと向かうことができるのですが、とりあえず市内の賑やかなバス停がありそうな方向を目指しました。

 

伏見稲荷コース、神明山コース、大文字山コースと歩きました。この後、鞍馬山コースへと向かいました。京都の観光地スポットではない山の中を歩いているというのは不思議な気分がしますが、これはこれでいいものですし、コースのスタート地点やゴール地点が観光スポットというケースも多く、結果として山歩きをしながら観光巡りしているという側面もあります。

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