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2016年12月 9日 (金)

ヒマラヤ回想Ⅱ02 ジョムソン街道

タイ・バンコクで一泊、ネパール・ポカラで一泊し、2011.12/31(土)の大晦日ようやくヒマラヤ山中に入りました。

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 ポカラからジョムソンへは、飛行機(20分)、専用車(89時間)、路線バス(何時間かかるか?)などのアクセス方法があります。飛行機が便利で、料金も8,000円(村民は半額)と私たちにとってはそれ程高いものではありませんが、アンナプルナ山群とダウラギリ山群の7,0008,000m峰の間を有視界飛行で飛びますのでちょっとした気候変化ですぐに欠航になってしまいます。私たちは無事に飛べましたが、飛行機は翌日、翌々日と欠航してしまいました。

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 席は自由席で、右側がアンナプルナ山群、左側がダウラギリ山群を見ることができますので、右側か左側かはお好みです。私はダウラギリ山群が見える左側に座りましたが、最前列を陣取りましたので、操縦席からアンナプルナ山群を見ることができました。この白い峰を見ることができただけで来た甲斐がありました。

 

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 ガイドさんが下を見ろというので見下ろすと、私たちが帰路走ることになっていた山道がカリガンダギ川に沿ってうねうねと頼りなげに見えました。

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 20分のフライトが終わりに近づく頃、目の前にダウラギリⅠ峰(8,167m)がドカンと現れました。世界の8,000m14座の単独登頂を目指している日本人登山家の竹内さんが14番目に目指している頂が目前に聳えていました。その右手にはダウラギリ氷河が白く輝いていました。もしこの飛行が欠航していたらお目にかかれなかった光景でした。

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 ジョムソン飛行場(標高2,700m富士山7合目あたり)に無事に着陸しました。降りたとたん強烈な寒さに襲われました。欧米人グループは5台のマウンテンバイクを持ってきていて、いよいよヒマラヤも欧米人にサイクリングで席巻されてしまうのでしょうか、ヒマラヤの風景が変わってしまうようで不安になりました。

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 ポカラを早朝出発しましたので、飛行場近くのレストランでホテルでつくってもらった朝食をとりました。居合わせた若者が二人、てっきり現地人(ネパール人)かと思いきや日本の若者でした。ラウンドアンナプルナをそれぞれ単独で、ガイドもポーターもなしでトレッキングしているそうです。私たちが食べきれなかった朝食の残りを快く受け取ってもらえました。まさか、この二人が歩いたのと同じコースを2ヶ月後に25日間かけて歩くようになるとは思いませんでした。

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 飛行場からは、ジョムスン街道を下ってマルファまでの2時間のハイキングとなりました。 

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 私たち3人(ガイドさんを入れると4人)はカリガンダギ川に沿ってジョムスン街道を南下しました。この川を北上すれば秘境ムスタン王国へと、チベットへと通じています。この川を南下すればいずれはガンジス川と合流します。とても印象的で好きな景色でした。

    

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 どこまで行っても茫漠たる光景が拡がっていて、私たちの他に人影が見えず、視界が開けていて日本ではお目にかかれない景観でした。三蔵法師や孫悟空に出会うのではないかとも思ってしまいました。この先どんな景観が現れるのか楽しみでした。

    

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 ガイドのスディールさんにリードされて、院長夫妻は軽快な足取りで初めてのヒマラヤハイキングを味わうように歩いていました。悠久の大地を独り占めして、思い思いに歩くことは気分爽快で得難い経験でした。

   

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 マルファの街に入りました。最も重要な物資である薪用の木材を働き者の牛が運んでいました。木材の切り出しと薪運びは村人にとっても最も大事な仕事のようでした。

     

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 ロッジ1泊めの宿は“PARADISE GUEST HOUSE”という素晴らしい名前のロッジでした。食事が美味しく、他に宿泊していた日本人親子2人とこたつに入りながら、地酒を酌み交わし、行く年を惜しみつつ新年を迎えました。ヒマラヤの“パラダイス”で年を越しました。この村へは2か月後に再訪となりました。

    

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 ロッジにチェックインしました。院長さんは何はともあれ、冷えた身体を温め、疲れを癒すために“ミルクティ”を。ヒマラヤでのミルクティは本当に美味しいのです。ガイドさんはポーターさん(名前を聞いたのですが覚えきれませんでした。スミマセン)に日当の支払いでしょうか。

    

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 早速部屋に入って荷物を広げました。スーツケースで持ってきた荷物はポカラでダッフルバッグに入れ替えてポーターさんが運んでくれました。できるだけの防寒具を持ってきましたので大荷物となりました。寝具は借りた寝袋とインナーと毛布一枚です。ロッジはたいていツイン仕様で、必ず相部屋なのですが、今回は相棒がいませんので一人使用でした。寝袋に入っても寒いので湯たんぽが提供されました。

    

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 広い窓で開放感があり、田園風景を眺めることもできるのですが、ドアは閉まらずすきま風が入ってきて、窓からもすきま風が入ってきてカーテンがゆらゆらと揺れていました。暖房設備は一切なく、とても寒いのがヒマラヤの現実でした。ひどく寒く感じましたが、それでも防寒対策はしっかりしてきましたし、湯たんぽを抱いて快適に熟睡できました。

 

ヒマラヤで過ごした大晦日は、当たり前ですが除夜の音が聞こえるわけではなく、私たち3人と初対面の親子の5人で、コタツに入って何となく酒を酌み交わすといったもので、また新年を迎えても何もなく、今までで最も味気ないものでしたが、その分最も記憶に残っている大晦日でした。そしてこの村を、宿泊しないで通り過ぎただけでしたが2ヶ月後に再び訪れようとは思ってもいませんでした。

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