« ヒマラヤ回想Ⅱ02 ジョムソン街道 | トップページ | ヒマラヤ回想Ⅱ04 タサンビレッジ »

2016年12月11日 (日)

ヒマラヤ回想Ⅱ03 川口慧海

2011.12/31(土)の午後、宿泊ロッジ“PARADISE GUEST HOUSE”に荷をおいて村の散策に出かけました。最も訪れたかったのが川口慧海がチベットへ潜入する前に逗留していたという宿でした。そして、この日の宿は憧れのタサンビレッジでした。

01
 寺院の入り口には大きなマニ車があり、おばあさんが熱心に回していました。どこにでも見られる風景です。マニ車は、これを回しながら一回りするとお経を読んだのと同じことになるというもので、大きなもの小さなものなどいたるところにありました。

02
 高台にある寺院から見たマルファの街並み。燃料の薪が屋根にびっしり積まれていること、タルチョ(五色の旗)が他の地域に比べてあまり多くないことが目につきました。

03
 かつて河口慧海が逗留していた住居が記念館として保存されていました。

04
 慧海が寝起きしていた部屋。竈風の暖炉があり、寒々しい感じはしないで、居心地がよさそうでした。私たちが大晦日を過ごしたロッジより快適そうでした。

 

05
 修行の部屋。装飾も豊でしっかりしたつくりでした。手前の太鼓を叩いたらよく響くとてもいい音がしました。暮らしていた部屋も修行の部屋も現在でも十分使えそうでした。

     

46dsc02299
 慧海と行動を共にし、何かと世話をやいた商人の末裔のおばあさんと記念写真を撮りました。穏やかな人のよさそうな方でした。

    

06
 これでも番犬だそうです。穏やかな村の暮らしを象徴するようなとても可愛い目をしていました。

    

07
 マルファ村は林檎の名産地で、林檎の木がたくさんあり、花の季節はきっと桃源郷のように素晴らしいのではないかと思いました。5人の村人が、林檎をすりつぶすことから全て手作業でブランディを作っている工場を見学させてもらいました。そうしてできたブランデーは酒屋で売られていました。酒に目のない院長さんは早速アップルブランデーを購入していました。

     

08
 ロッジの中庭風屋上で、早速“地産地消”しました。アップルブランデーは上質の泡盛のような味で、お湯割りがいけました。陽が射している時は暖かだったのですが、あっという間に陽が陰ってしまいました。それにしても院長さんはかなりの酒豪で、私も嫌いではありませんので、この先随分お酒をいただきました。この辺りは標高2,670m(富士山7合目あたり)ですが、特に問題はありませんでした。

     

61dsc02307
 前日の大晦日はひっそりと年を越し新年が明けました。 8:36 ほぼ予定通りの時間に、ポーターさんに荷を預けて出発しました。特に何事もない静かな正月でしたが、気持ちだけは新たな気分になって憧れのタサンビレッジに向かいました。

    

10_2
8:50 村から村への路線バスも通勤時間帯で混んでいました。

 

 

11
 11:38 歩いている人は私たちだけでした。ネパール・チベットを源流とするカリガンダキ川も乾期で水が干上がり、川底をタサンビレッジ目指し黙々と歩きました。

 

    

12
 11:51 どこまで行っても茫漠たる光景が続きました。院長さんは雨男で私は晴男、どちらのパワーが勝かなどと冗談を言い合っていたのですが、この日は厚い雲がどんよりとたれ込めていて、どうやら院長さんのパワーがやや勝っていたようです。この渺々たる光景にはたれ込めている雲の方が相応しいように思えました。かつて川口慧海もこの道を歩いたと思うとワクワクしました。

     

13
 13:09 ナウリコットの丘(2,700m)にあるタサンビレッジに到着しました。ロッジは小高い丘の上にあり、下の街道からここまでの急坂はかなりハードなもので、ハイキングの帰りには必ず上らなければならず、この日を含めて3回大汗をかき、いい運動になりました。3人でビール、ビールと声をかけ合い、励まし合い、美味しいビールを飲みました。お世話になったポーターさん達とはここでお別れしました。

    

14
 19:11 タサンビレッジの社長さんと関係者お二人と私たち、合計6人で新年会をしました。この日はトヨタのVIP(副社長クラス)ご一行様5人がヘリで来る予定だったそうですが、悪天候のためにキャンセルになったとか。社長さんはじめ関係者の方がご馳走を用意していたのですが、それも無駄になってしまうところ私たちがいただくことになりました。トヨタさんご馳走様でした。奥様が日本人で日本語がペラペラの社長さん(タカリ族)自ら赤ワインを振るまっていただき、前菜でかなりお腹が一杯になったところ、更にドカンーとビフテキが出てきて、豪華な新年会となりました。

     

15
 ガイドのスディールさんは、正月返上の上に、一人息子さんの誕生日(1/4)も仕事とあって少し元気がなかったのですが思わぬご馳走ににっこり。こたつも温々と温かく、ヒマラヤでこんないい正月を迎えることができるとは思ってもみませんでした。スディールさんとは、2ヶ月後にネパール空港で偶然再会しました。

 

元旦にヒマラヤの奥地で川口慧海の逗留先を訪れ、無人の渺々たるカリガンダキ川を歩いているのは不思議な感覚でした。寂しい年末年始と思っていたのですが、タサンビレッジではトヨタVIPグループのご馳走のおこぼれを頂き、豪華な新年会になったのはいい思い出となりました。

|

« ヒマラヤ回想Ⅱ02 ジョムソン街道 | トップページ | ヒマラヤ回想Ⅱ04 タサンビレッジ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ヒマラヤ回想Ⅱ02 ジョムソン街道 | トップページ | ヒマラヤ回想Ⅱ04 タサンビレッジ »