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2017年1月11日 (水)

回想:院長さんの西遊記02 タサンビレッジ

2012年、新年をマルファ村で迎え、ジョムソン街道を下ってタサンビレッジへ向かいました。ヒマラヤで年末年始を一緒に過ごした札幌市内医院の院長さんからいただいた画像を掲載しています。

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 ポーターさんに荷を預け、9時前にマルファ村を出発しました。元旦ですが、ここではあまり関係ないのか、お正月らしい雰囲気は何もありませんでした。乗り合いバスは村人で満杯でしたので、皆さんお年始に出かけるのかもしれませんが。ヒマラヤでは、基本的に大きな荷物はポーターさんが持ってくれますので楽なのです。ネパールではその仕事は大きな収入源になっています。

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 途中、大岩に経文を描いたマニ石が見られました。

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 時々ジョムソン街道沿いの宿場町のような村を通りました。石畳や石壁がきれいで街道歩きの気分でした。このルートはトレッカーや観光客や日本人にまったく会わない道でした。

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 街道から外れて、乾期のせいで涸れたカリ・ガンダキ川の河原をショートカットで歩きました。どんよりとした雲が渺々たる河原にたれ込めていて、寒々しい風景でしたが、広大な自然の中を歩く気分は晴々でした。

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 この辺りでは、木を切り出し、木を運び、薪にして保存するという仕事が最も大事な仕事のようです。街道沿いで薪づくりをしているお父さんは日本に4年間出稼ぎに行ったことがあるそうです。びっくりしたのは、どんな鄙びた村でもどんな小さな子でもほとんどの子供が英語で“How are you.”と英語で挨拶することでした。

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 何とか雨にも雪にも降られず、お昼過ぎにタサンビレッジに到着してホットしました。ポーターさん達とはここでお別れしました。

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 早速暖炉の前ですっかり冷えきった身体を温めました。この暖炉は院長さんの特にお気に入りで、多くの時間をここで過ごしました。燃料がないためにどこへ行っても寒く、こういう暖炉はとてもありがたかったのでした。

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 タサンビレッジの社長さん(ネパール人)や、トヨタVIPグループを受け容れるために設備のメンテナンスに来ていた日本人たちと元旦の晩餐会でした。社長さんから赤ワインを振る舞われ、最後にビフテキという豪華な食事になりました。この社長さんはかなり個性的な面白い人ですが、どうみても日本人にしか見えませんでした。

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 夜明けの景色を楽しみにタサンビレッジの屋上に出てみれば、銀世界が拡がっているだけではなく、雪雲が拡がっていました。

   

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 山上湖といわれるショコンレイク(2,727m)へハイキングに出かける前に、温かい朝食で腹拵えしました。野菜と鶏肉などの煮込みスープは、シンプルな味付けでいながらとても美味しく、野菜は滋味豊でした。鶏は路上で放し飼いしていますので、肉は引き締まり味は濃厚、また生卵や卵焼きも新鮮でとても美味でした。最も心配した食事はいうことナシでした。

 

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 雪化粧したタサンビレッジを出発しました。この建物は何度見てもいい顔していました。

    

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 昼前にショコンレイクに到着しました。湖面に映るはずのダウラギリⅠ峰やニルギリ連峰は雪雲に遮断されていました。それでも雪の中を歩ける楽しさで3人ともはしゃぎました。

   

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 カリ・ガンダキ川の向こうに赤い屋根のタサンビレッジが小さく見えました。何連泊もしましたので“峠の我が家”という言葉が浮かんできました。ダウラギリ氷河や相変わらず低くたれ込めている雪雲に押しつぶされそうでした。

    

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 上ってきた急坂をカリ・ガンダキ川の河原に向かって下りました。ホッとする間もなく、再びタサンビレッジへの急坂の上り返しがきつかった。息が切れそうに苦しく、もう限界と思いつつもう一頑張りすると、ガイドさんの“はい!休みましょう”の一言の絶妙のタイミングに感心し、ホッとしました。

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