« 往く年来る年Ⅶ | トップページ | 回想:マドンナさんのネパール便り »

2017年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございます

また新しい年がやってきました。年頭で思うことは、今年も元気でテクテクと歩きたいということです。ここ数年海外に出ることが多かったのですが、今年の前半は家庭の事情というやつで海外にはなかなか出られそうにもありません。

01
エベレスト

02
ヒマラヤの山々に祈りを捧げるようにはためいているタルチョ。

03
佇むポーターさん。

(画像は2011.4 鈴木さん撮影) 2017年で唯一、具体的になっているのが 最後のヒマラヤ です。今まで4回ヒマラヤに行ったのですが、まだ僅かながら体力と気力が残っているうちにもう一度ヒマラヤのこの絶景を見てみようということになりました。鈴木さんから送られてくるエベレストをはじめとする写真の数々は私をいたく刺激してくれたのでした。私もこんな景観を見てみたいと。

04
(画像は2011.4 ゴーキョ(5,360m)目指して) きっかけはヒマラヤで出会った鈴木さん(左側)の、皮肉なことに山の遭難でした。私が “ヒマラヤの鉄人” と呼んでいる鈴木さんはセミプロ写真家で、過酷な条件の中で写真を撮っている姿を見て、そう名付けたのでした。こともあろうに2015.10.2に日本の山で滑落し、生死の境をさまよって救命ヘリで救出され、3ヶ月の入院後、杖を支えにようやく歩ける状態になりました。

 

05
(画像は2011.9.10 剱岳を背景に) 振り返ってみれば、初めてのヒマラヤで出会った鈴木さんとはいつかもう一度一緒にヒマラヤに行こうということで、トレーニングを兼ねていくつかの日本の山を歩きました。剣岳を望みながら美味しそうに一服する鈴木さん。

    

0620119
2011.9.27 槍ヶ岳を背景に

   

07
槍ヶ岳を背景に鈴木さんとカミさん

   

08
(画像は2011.3.15 成田空港で) そして20123月に、 “ラウンド・アンナプルナ完全周遊25日間” という、私にとっては3回目となるヒマラヤへ出かけました。初めての長期遠征と初めて5,000mを越えるということでかなり緊張していましたが、何回もヒマラヤに出かけている鈴木さんは悠々たるものでした。

   

0920123
鈴木さんは、ヒマラヤでは重い撮影機材を運搬してくれる個人ポーターを雇っていました。私は肺気腫ステージといわれ、ドクターストップがかかっていましたので、いつでも緊急避難できるようにやはり個人ポーターを雇いました。こうして25日間寝食を共にしました。

 

鈴木さんが201510月に日本の山で滑落したとき、落ちた先が岩場ではなく滝壺であったこと、ようやく大きな岩に取り付いた場所が鬱蒼とした山の中にもかかわらず、木立の間にポッカリと空間が空いていたこと、携帯は水浸しで使えなくなり岩の上で足の骨折の痛みに耐えながら一夜を明かした後、ポッカリと空いた空間のお陰で救助ヘリに発見されたこと、まさに九死に一生を得たとはこのことだと思われる奇跡が重なりました。昨年の春、鈴木さんが退院して久しぶりに再会したとき、 “最後にもう一度ヒマラヤに行きましょう” という信じられない嬉しい言葉を聞いたのでした。予定では4月頃ということでしたが、リハビリにもう少し時間がかかりそうということで、10月頃ということになりました。今年は、唯一この目標を励みに元気でいたいと思っています。

|

« 往く年来る年Ⅶ | トップページ | 回想:マドンナさんのネパール便り »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 往く年来る年Ⅶ | トップページ | 回想:マドンナさんのネパール便り »