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2017年3月30日 (木)

わが故郷(ふるさと)ユートピア グルメ旅行&古民家

毎年行われる伊豆半島雲見温泉への住民同士のグルメ旅も楽しい思い出です。この旅行も企画してプランを作ってくれる人がいて成り立っているイベントです。

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 私が参加したのは2013年。自治会の仲間たち総勢11人が10時半に町内の公園に集結し、3台の車に分乗して東名高速を快調に走って、ちょうどお昼頃にお目当てのお蕎処につきました。

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 東名高速裾野I.Cのほど近くに、隠れ家のような“蕎仙坊”という知る人ぞ知る蕎処があり、ここで昼食としました。ドライブでお腹も空いていて、待合室で待っている間もまるで遠足のように浮き浮き気分でした。

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 ここでは何を食べても美味しいのですが、私はいろいろな味が楽しめる“三色蕎”を注文しました。

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 目的地の雲見は俗に西伊豆地域で、そこまで行くルートはいくつかあるのですが、今回は海側のルートを走りました。東伊豆の海は、好天気で温度が急上昇したため霞んでいる上に、富士山も見ることができませんでした。

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 東伊豆を見下ろす展望台の休憩所で、早速おやつのソフトクリームを食べました。大酒飲みのおやじたちが嬉々としてソフトクリームにかじりついている姿は異様ではありますが、みな童心に帰ったようでした。

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 夕方早めに雲見温泉に到着しました。雲見の海は静かで、しかし真っ正面に浮いているように見える富士山は隠れたままでした。ここはかつてダイビングでよく訪れたスポットでした。湾の入口にある通称「牛着岩」は、海底トンネルのようになっていて、たくさんの魚が棲みついています。

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 夕食まで時間がありましたので、部屋でくつろぐ人、温泉に入る人、私達のように足湯しながら海を見ながらビールを飲むグループと好き勝手に分かれました。

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 夕食というか宴会が始まりました。料理は活きづくりの大漁盛、伊勢エビ、カニ、鮑の躍り食い、金目鯛の煮つけなど、とても食べきれませんでした。最後はカラオケ(21:00時まで)大会で、私はカラオケは嫌いなのですが、新会長だから唱えといわれ久しぶりに一曲披露しました。

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 翌日、昼食は熱海の高台にある個人宅を改造した小さなイタリアンレストランでいただきました。ここも自宅のダイニングのような居心地のいいレストランで、皆さんはワインやビールで乾杯していましたが、私は車の運転がありますのでノンアルコールビールにしました。

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 2013年に参加して以来、なかなか日程がとれず参加できないでいるのですが、昨年(4月)も実施されました。この中に1人だけ本物のユートピア住民がいます。1人だけです。

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 この時も、相変わらず豪華な料理だったようです。

 

蕎処、漁師民宿、レストラン、展望台でのソフトクリーム、その他に甘味処に2ヶ所寄り、伊豆を食べ尽くしたかのようでした。自治会で最もグルメの幹事役Kさんはいつも美味しいところを探し当てて企画してくれます。満腹のお腹を抱えて、午後4時無事に帰還しました。

 

自治会長になって初めての参加で、高校や大学の同窓会、仕事仲間や遊び仲間とも違うお付き合いでした。ご近所さんであるが故に、心を開けば、日頃は楽しく、いざというときには心強い支え合いの仲間でもあります。

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 ユートピア自治会の中で親しくなった人との個人的なお付き合いもありました。ご近所のTさんは、富士山の見えるところ(静岡県)に石巻から古民家を移築して暮らしていて、古民家暮らしを体験させてもらいました。

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 古民家内部はおもいのほか広く、いくつかの部屋に別れています。畳はなく、和風フローリング風に敷かれた板にはフシがあり、板の幅も統一されていなくて、かえって落ち着いた雰囲気を醸し出しています。ふすまを開け放った各部屋は風の通りがよく、残暑の中涼しく過ごすことができました。

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 襖を閉めれば、某画伯による絵が描かれています。萱葺きの古民家で、Tさんの願いが反映されたもののようです。

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 この古民家の屋根は瓦ですが、内部はさすがにどっしりとした太い梁がしっかりと屋根や家を支えていて、この梁を見ているだけで気持ちが落ち着きました。

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 Tさんのこだわりが感じられる屋根裏とランプ。

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 古民家ライフの極めつけは囲炉裏端での酒盛りです。ここへ来る途中、新しくできた“道の駅須走”で買った「富士錦しぼりたて原酒」はとても旨く、なんとこの古民家のある場所の近くでも売っているとのことで、これからの楽しみが一つ増えました。

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 適当に買ってきたものや、ここで収穫された添え物を盛り付ければ手間なく、なんとなく格好のついたおつまみができました。調味料はTさん特製の“万能たれ”と“生醤油”と、ここでもこだわりがみられました。

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 18時前から始まった酒盛りは、気がついたら24時を過ぎてしまいました。TさんはW大学、私はK大学と宿命のライバルというオマケもありましたが、よくもまあ男同士でそんなに話すことがあったものです。時計を見て慌てて布団に倒れ込み、ちょっと寒いかなと思うほどの気温で、久しぶりに心地のいい睡眠を貪りました。この古民家には15人くらいが勝手に寝ることができそうです。

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爆睡して、目覚めれば目の前には富士山が。

 

振り返ってみれば、自治会に関わった数年は私の人生にとって宝物のようなものです。まだ離れて間もないのですが、自治会活動や一緒に活動した仲間達、グルメ旅行や酒を酌み交わした飲み友達、改めてユートピアという名前そのものの素晴らしい地域でしたし住民の皆さんでした。そんなに素晴らしいなら離れなければいいのにという突っ込みも入りそうですが、人生にはやむにやまれない事情もあるのです。

 

先日(25日)は、11人の有志の皆さんに送別会を開いていただき、いつでも帰って来いよと声をかけていただきました。ありがたいことですし、ユートピアは我が故郷(ふるさと)と思っているのです。

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2017年3月28日 (火)

わが故郷(ふるさと)ユートピア 芋掘り会&飲み会

ユートピア自治会の大きな行事としては先にご紹介しました「自主防災隊の防災訓練」や「文化祭(趣味の作品展)」などがありますが、自治会の公式行事ではありませんが、有志が集まってのイベントもあります。

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 現在の自治会長や副会長さん達の発案で実施された「芋掘り会」は、私が会長をしていたときはなかった行事です。ヤングファミリーや子どもさん達の自治会活動への参加は大きなテーマで、子供会とも協賛して呼びかけた結果随分多くのヤングパパやママ、子どもさん達が集まりました。

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 近くにある家庭菜園の芋畑を借りて、事前に自治会役員や有志の皆さんが芋畑のツルなどを取り払いました。

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 ユートピア住民の何人かはここの家庭菜園を借りて、自分で農作物を育てている人もいて、最初に模範演技?が行われました。

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 畑の中に入って思い思いの芋掘りが始まりました。

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 ちびっ子も一生懸命挑戦していました。

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 お姉さんと一緒で、嬉しそう。こういう光景を見て微笑んでいる自治会長さんや副会長さん、有志の皆さんの顔が目に見えるようです。

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 次から次へと芋が掘り出され、大きさを比べたり、盛り上がっています。

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 収穫された芋は、お土産用に参加者人数分に仕分けされました。

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 1人あたり23個ですが、みんなで分け合いました。ソフトバール大会でエースを務めるMさんもこの日は童心に返ったようです。

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 掘りたてをアルミホイールで包んで作った焼き芋の旨かったこと。

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 大人の楽しみもあります。2ヶ月に1回、第2土曜日に行われる飲み会は「ツードン会」といわれ、酒飲みには大きな楽しみとなっています。会場は自治会館で会費は1,500円です。食材を調達する人、テーブルや椅子、料理やアルコールなどの準備をする人、受付で会計をする人など、みな住民のボランティアです。

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 毎回毎回、こだわりの料理を調達してくれるKさんは、ツードン会の仕切り屋で、今回はどんな料理が出てくるのかいつも楽しみです。酒はビール、ワイン、日本酒が飲み放題で1500円ですからかなり安い会費で、参加者の中には会費を値上げしたらどうかという声も出ているのですが、幹事さん達の創意と工夫で何とか凌いでいます。また参加者からの日本酒の1升瓶やワインなどの差し入れも結構あります。

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 参加資格はユートピア住民であることだけですが、近くのケアプラザの所長さんやスタッフの方もよくお見えになります。参加者は大体30人前後でしょうか。

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 ご夫婦で参加しているカップルの方もいます。女性の皆さんもいつもいつも話が尽きないようです。

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 常連さんもいますし、初めて参加という人もいます。日頃住民同士顔を合わす機会が少なく、また初めて顔を合わす人もいて、住民同士知り合いになるとてもいい機会です。

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 会の進行は、乾杯の後、話したいことがある人はスピーチを行いますが、その後は席を移動しながらいろいろな人と話が弾むのです。

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 常連さん同士でも2ヶ月に1回の機会ですから、その間の情報交換などいつもとても盛り上がります。

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 私もこの会は楽しみにしてできるだけ参加してきたのですが、転居することになり、皆さんと酒を酌み交わすことができなくなり残念です。

 

17時から2時間の飲み会ですが、いつも盛り上がってあっという間に終了時間の19時になってしまいます。その後は、全員で片付け作業に入り、机や椅子を片付け、床掃除をして終了となりますが、元気のある人は二次会で近くのカラオケへと繰り出すのです。

 

住民同士のコミュニケーションの場ともなっている飲み会で、随分たくさんの人と親しくなりました。ユートピアに新たに転居した方にとっても自治会デビューのいい機会なのです。私も数年前初めて誘われ、皆さんと顔馴染みになり、挙げ句に口説かれて自治会長になってしまいました。

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2017年3月26日 (日)

わが故郷(ふるさと)ユートピア 大運動会

近隣の13自治会が住民の力と技と結集力を競う「大運動会」は最も大きなイベントです。

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 13の自治会の住民、ちびっ子から高齢者までが、毎年9月の下旬に小学校の校庭に集まります。

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 2本の棒と毛布を使って担架を作り、救護活動の迅速さを競う担架リレーはチームワークが試されます。私の前任の自治会長さんが頑張っていました。自ら手を挙げて自治会長になり4年間地域のために貢献していただきました。昨年、延命治療を拒否して大往生を遂げられました。冥福をお祈りいたします。

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 パン食い競争は子供たちに人気の競技で、手を使いたいけれど我慢している子、かなりフライイング気味の子、見ているとかなり面白いのです。

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 駆けっこは、日頃元気に遊び回っている賜物か、転倒する子や足がもたついている子は一人もいませんでした。

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 出番を待つユートピアチームの面々、かなり余裕の表情でした。

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 三人四脚は、どういうわけかユートピアチームの得意種目で大抵トップとなります。チームワークがいいのでしょう。

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 舞台裏では、体育部が出場選手や出場競技の調整などをしていて大忙しです。この日を迎えるまでの、住民の皆さんに出場の依頼の根回しなどもなかなか大変なのです。

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 応援団は、自分の自治会の選手の活躍に一喜一憂しています。

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 障害物競走や100m競争などは、自治会ごとの得点競技ですので、選手の皆さんも必死で次第に迫力を増してきます。

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 出場選手だけではなく応援に来られた方にもお茶とお弁当が配られます。予算を考えてのお弁当メニューの選定、天気予報を見ながらのお弁当の発注、発注数の決定、当日の配布など、ここでも裏方で頑張っている住民がいます。

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 ヤングファミリーのお昼ご飯は賑やかです。子供たちを中心としたこういう賑やかな光景はいいものです。

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 競技も後半に入ると自治会ごとの得点が発表されますので、リレー競技などチーム対抗戦は熱を帯びてきます。 

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 自治会のために健闘した選手達、皆さん満足そうな顔をしています。

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 自治会の結集力が最も試される綱引きは勝つと獲得ポイントも高く、選手一丸となって、特に力が入ります。

 

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 綱引きもユートピアチームの得意種目で、ほとんど負けたことはありません。力を結集した選手達の勝利の凱旋は応援団から拍手をもって迎えられます。

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 数年前には優勝、準優勝などしたものですが、若返りをはかっている近隣の自治会が力をつけてきて苦戦していて、それでも常時上位入賞を果たしています。賞品はビール。

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 闘いすんで、選手も応援団も集まって記念写真。健闘をたたえ合いました。

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 テントや椅子などの撤去も大事な作業です。防災訓練や夏祭りなどでも同じような作業をしていますし分担も決まっていますので、全員手際よく慣れたものです。

 

運動会の他にソフトボール大会などもあり、日頃は仲のいい近隣の自治会との力と技の勝負は、自分が自治会の一員であることを改めて感じさせてくれます。

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2017年3月24日 (金)

わが故郷(ふるさと)ユートピア 南部まつり

ユートピア自治会単独の行事やイベントの他に、近隣の13自治会が集合した南部連合自治会のイベントもあり、中でも大きなものは「南部まつり」、いわば夏祭りです。

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 南部連合自治会の皆さんの避難場所となっている小学校の校庭には、各自治会毎に工夫を凝らしたお店が並び、神社の境内に並んだ夜店のような雰囲気になります。飲み物や食べ物、おもちゃなどが売られています。

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 私の後を引き継いでいただいた現自治会長さん、我が自治会のお店が気になるのでしょうか、激励に訪れていました。お店を運営しているのは厚生部の皆さんです。次から次へと街づくりのためのアイディアを出して大きな実績をあげた現自治会長・副会長さんの任期もこの3月末に終わります。ユートピア自治会の会長・副会長の人選は自薦・他薦で、既に4月からの新自治会長・副会長さんも決定済みで、皆さんもホッとされていることでしょう。

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 ユートピア自治会の夜店の周りには住民の皆さんが集まってきて、交流を深めています。

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 自治会長・副会長を始め、敬老会の役員の皆さんも集まってきて、盛り上がっているのです。

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 夜店が並ぶだけではなく、ちびっ子達のお祭りから始まり、さまざまな出し物が披露されます。

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 少子化といわれ、自治会によっては子供会が結成されないところもあるのですが、幸いなことにユートピアでは子供会も元気に活動しています。

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 各自治会のお店にはたくさんの人が詰めかけ、その売り上げ収益は自治会活動に還元されますので、各自治会とも収益を上げるために工夫を凝らしています。

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ちびっ子達の山車が練り歩いた後、低学年の子供たちにより集団演技が披露されました。

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 この小学校の生徒の数は千人ともいわれていて、とても活気のある連合自治会(13自治会の集合)です。

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 ちびっ子や低学年の生徒達が参加する出し物はやがて中学生、高校生達の演技となり、次第に熱を帯びてくるのです。

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 陽が少しずつ落ちてくるにつれて、運動場の中央に設営された舞台には、思い思いの姿をした大人達が踊り始め、盆踊りが始まります。

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 夕暮れが迫りつつある頃、お店の舞台裏では町内会の寄り合い状態になって、これはこれで賑やかなのです。

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 婦人部と有志によるユートピア盆踊りチーム、出番を前に気勢を上げていました。

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 日もとっぷりと暮れてきて、ユートピアチームが舞台に上がりました。夏祭りも終盤を迎えています。

 

この後、各自治会毎の夜店やテントは雨が降っても大丈夫なように片付けられ、翌日早朝に撤去となります。舞台をはじめとしてかなり大がかりな設営や撤去には各自治会の役員の皆さんが一致妥結してあたります。私も他の地域の自治会役員の皆さんと随分親しくなり、個人的に飲んだりもしたものです。

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2017年3月22日 (水)

わが故郷(ふるさと)ユートピア 文化祭

平成254月から2年間、軽い気持ちでお引き受けした自治会長でしたが、活発な自治会活動に戸惑うことも多かったのですが、それまでまったく地域の皆さんとはコンタクトがありませんでしたので、地元デビューのいい機会となりました。自治会活動の中でも、文化祭(趣味の作品展)はとてもユニークなイベントでした。

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 毎年11月の第2週か第3週かの金、土、日の3日間、自治会館で開催されます。このポスターも住民の皆さんのボランティアによるものです。

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 毎年、自治会長や副会長、文化祭企画員の皆さんで文化祭企画委員会で検討を重ね、その年のプログラムが決定されます。かつては、趣味の作品展として絵画や写真、書道などの作品展示が主だったのですが、楽器演奏や料理教室などのイベントも行われるようになり、その分住民の皆さんの幅広い住民参加が図られるようになりました。

    

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 開催スタートとなる金曜日に皆さんの手作りの作品が搬入され展示された後、作品の出品者が集まっての懇親パーティが行われます。子どもから大人まで老若男女が集まって和気あいあいのパーティーで盛り上がります。

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 展示されている作品は全て住民の皆さんの手作りによるもので、皆さんの多芸多趣味に脅かされます。今年はどんな作品が披露されるかとても楽しみなのです。

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 出品される作品はかなりレベルが高く、日頃普通に接しているおじさんやおばさんがこんな作品を生み出しているかと驚くこともしばしばです。一方では、日常の生活を切り取った4枚組の写真等、誰でもが気軽に出品できるジャンルもあります。

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 身の回りの物を使った、エネルギー源なしに動く機械仕掛けの作品は元工学博士の力作で、子供たちには大好評です。単なる酒飲みかと思っていましたらこんな才能も秘めている人もいて、多士済々なのです。

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 毎年テーマを変えて出品される版画も見ものです。

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 日常生活の身の回りのモノを使った作品は、ほのぼのとした気持ちにさせてくれます。豊かな生活を送っているんだろうなあと思われます。

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 盆栽も見事です。

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 子どもさん達の手作り教室が開催されたり、子どもさん達の作品も出品されます。

 

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 新企画「似顔絵」も好評でした。日頃冗談を言い合っている連中が神妙な顔で似顔絵を描いてもらっている様子は、少しでもいい男、いい女に画いてもらいたいという下心か。周りで見ていると吹き出してしまうのです。

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 ギターのライブ、ギターと尺八のコラボなどのイベントも人気のイベントで、ギャラリーの皆さんも熱心に聴いて、熱心に応援してくれます。

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 自治会の副会長として私を支えていただいたKさんはシェフでもあり、料理教室を開いてくれます。料理の手順やコツなどを披露していただいた後は、実際の食事会で味わうことになります。

 

住民の皆さんの手作りの作品や特技の披露など、住民の皆さんの参加意欲がなければ成り立たない「文化祭」です。毎年、多趣味、多士済々の人が住んでいるんだなあと感心したものでした。

 

文化祭を企画し、運営している現在の自治会長さんや副会長さん、あるいは企画委員としてさまざまなアイディアを提案してくれる住民の皆さんに敬服しているのです。ユートピアという名に恥じないコミュニティです。

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2017年3月21日 (火)

わが故郷(ふるさと)ユートピア 防災訓練

2017年の3月中旬、つい先日数十年住み慣れた横浜市の住宅街から相模原市の駅近マンションに引っ越しました。引っ越してまだ1週間くらいしか経っていないのですが、今まで住んでいた地がいかに素晴らしかったを思い知りつつある日々です。既に私の心の中では故郷(ふるさと)化しています。このブログは、日記でもあり、アルバムでもあり、「我が故郷」での活動記録でもあります。

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 横浜市には18の区がありますが、我が故郷は最もマイナーな区といってもいいかもしれません。私鉄沿線から徒歩2030分ほどの、かつては山林だった辺境に開かれた分譲地です。その名は「ユートピア分譲地」といい、最寄り駅は相鉄線の「希望ヶ丘駅」です。画像はユートピア分譲地のメインストリートで、この通りを挟んで12班、250世帯が暮らしています。どういうわけか平成254月から273月迄の2年間自治会長(前任会長による強い説得)をお引き受けし、その後も街づくりや様々な形で自治会活動に関わりました。晩年のこの数年の活動は私の人生に大きな彩りを添えてくれました。

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 ユートピア自治会(および周辺の自治会を含む連合自治会)は、全国有数の活発な自治会活動を展開しているとも言われています。中でも傑出しているのが住民の1~2割くらいで組織されている「自主防災隊」の存在です。自治会長は防災本部長も兼務しています。この黄色いハンカチは、防災訓練時の救出班による安否確認において、我が家は大丈夫です という目印です。

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 防災訓練は、年に2回春と秋に行われます。春は安否確認と班ごとの集合訓練ですが、秋には本格的な訓練が行われます。第一次避難場所に指定されている通称ユートピア公園には、毎年たくさんの住民の皆さんが集合します。

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 ユートピア自治会の防災訓練は近隣の自治会でも評判で、この年は他の自治会の皆さんが見学にも訪れました。ご挨拶をいただいた隣の自治会の会長さんは、今年の4月から13の自治会を統括する連合自治会の会長に就任されました。

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 防災訓練には消防署の署長さんや消防団の皆さんが指導・応援してくれます。いつも聞かされるのは、 実際に災害が発生した場合には消防署も消防団も、公共施設への出動が優先され、従って地域の住民を守るのは住民自身 ということです。そのためにユートピア自治会では、備蓄班が主導して、自治会館や公園にある備蓄庫で備蓄品を管理しています。

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 自主防災隊は、備蓄班と共に炊き出し班も強力な陣容を整えています。ここ数年は、男性隊員による里芋の皮むきや仕込みによる「芋煮」が好評で、この芋煮を食べたいがために防災訓練に参加するという人もいるという噂が流れてもいます。

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 設置されている消火栓は、12班のどこでも火災が発生した場合に対応できるように設置されていて、また消火ホースが格納されている「消火函」もユートピア公園に設置されています。自分たちの街は自分で守るというスローガンが毎年浸透してきているようで、住民の皆さんも消火栓の使い方を熱心に聞いています。

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 災害や火災はいつ発生するかわかりません。日中ですと、働き盛りの男性は仕事で不在ということも考えられ、その分女性や高齢者が熱心になっています。自主防災隊の皆さんは、グリーンのユニフォームを着用し、白いヘルメットを被っていますのですぐにわかります。

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 現在の自治会副会長さんが率先して消火ホースの使い方を女性の皆さんに説明しています。最近は若い人や女性の参加率も高くなりつつあります。

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 実際に放水をしてみると、かなり強い水圧に圧倒されますが、ホース自体が軽量化されていて女性でも扱いやすくなってきています。こういう実体験も大事なことです。

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 訓練も終盤になってくる頃には炊き出し班による「芋煮」も食べ頃になってきて、参加者の皆さんへの給食で大忙しになります。

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 参加者の皆さんだけではなく消防署や消防さんの皆さんにも振る舞われ、この年(201611月)も「芋煮」は大好評でした。

 

2年間の自治会長の時には防災本部長として、それ以外の時には備蓄班で、災害への対応を勉強させてもらいました。マンションへの引っ越しに際して、非常食や飲料水、携帯トイレなどをしっかりと備蓄しました。

 

防災訓練の後には、自治会館で飲みながら食べながらの反省会(懇親会)もあり、新しくユートピア住民になった方も、新しく自主防災隊のメンバーになった方もすぐに親しくなります。住民の皆さんが集まって親しくなり、その心地よさがユートピアという街の住みよさに繋がっているんだということに、離れてみてしみじみと感じているのです。

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2017年3月20日 (月)

大山詣り

3月の中旬に小田急相模原駅近くのマンションに引っ越して1週間が経ちました。少しずつペースを取り戻しつつあります。まだまだ部屋は片づいていないのですが、まったく予期しない形で小田急沿線に引っ越すことになり、気が付けば大山や丹沢山に近く、何はともあれ大山神社と大山寺に挨拶参りに出かけました。

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 マンションから小田急相模原駅までは3分と近く、とても便利です。ここはバスターミナルにもなっていて、あちこち行くのにも便利そうです。

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 小田急線に乗って、大山登山口行きのバスが出る伊勢原駅までは20分で着きました。

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 伊勢原駅から大山登山口(大山ケーブル)まではバスに乗ってやはり20分かかりました。

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 今まで大山へは自家用車で出かけることが多く、駐車場の確保のためにできるだけ早く自宅を出発したものですが、電車やバスを利用することによって、ノンビリと車窓の景色を楽しむことができました。

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 バスを降りてケーブルカー乗り場まではお土産屋街を抜けて15分くらいの緩やかな上りが続いていて、ケーブルカー乗り場を抜けると石段の勾配はきつくなります。

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 やがて男坂と女坂の分岐に出ます。私はいつも男坂を上り、女坂を下っています。

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男坂の登り口には小さな神社があります。これからのあれやこれやを祈願しました。

 

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 男坂名物の急傾斜の石段が始まりました。山歩きは久しぶりで、昨年広島のMさんや岩国のママさん達と安芸の宮島の弥山登山以来です。かなり足腰が弱っているのではないかと心配したのですが、心配したほどではありませんでした。

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 上るペースは以前と変わらないように思えましたが、不安定な石段に体重がかかったときのバランス感覚が衰えたような、あるいは身体が慣れていないような気がしました。要注意です。

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 男坂を上る人は比較的少ないようです。上り始めは空気が冷たく感じたのですが、次第に汗ばんできて熱いくらいになりました。久しぶりの爽快な気分でした。

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 女坂との合流地点です。女坂を上ってくる人たちも苦しそうでした。

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 神社の境内へと続く最後の石段の上には気持ちいい青空が広がっていました。ここまで来ると心地よい汗でびっしょりになりました。

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 まだ時間が早いせいか、参拝の人は少なく境内は静かでした。

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 拝殿の下には大山霊水が湧いていて、ここで口と手をすすぎ、さらに奥へと向かいました。

 

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 拝殿の下は回廊状の洞窟になっていて、縁起のいい石像が並んでいて、心の中で静かに手を合わせました。

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 今回は、大山神社と大山寺への引っ越しの挨拶詣りと割り切りましたので、境内のベンチで軽食を食べながら寛ぎました。昨年の春以来、自然の中でノンビリと寛ぐのは久しぶりでした。

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 帰路は女坂を下りました。男坂の方が辛いというイメージですが、女坂の石段もかなり急でどちらも同じように大変だと思います。

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 途中にある大山寺でもこれからのあれやこれやを祈願しました。

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 桜の開花情報が待たれる時期ですが、まだまだ頑張っている梅の花、可憐で美しく健気でもあり、心が洗われました。

 

足慣らしを兼ねた大山神社参詣でしたが、次回は大山山頂まで足を延ばし、そして丹沢へと向かいたいと思いますし、秋には、リハビリ中の山仲間の体調が回復すれば最後のヒマラヤへと挑戦したいものです。

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2017年3月18日 (土)

回想ヒマラヤⅢ29 マドンナさん

2012.4/6(金)  ツアー23日目は一日中カトマンズで自由行動でした。カトマンズ市内の主な観光スポットはほとんど見ましたので午前中は部屋でのんびりし、午後からネパールに留学中のマドンナさんと昼食と夕食を一緒にしました。

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 マドンナさんと鈴木さんと3人で、マドンナさんとっておきの寛ぎのスポットで昼食をとりました。

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 昼食後それぞれ記念写真?を撮って、この後どこか飲めるところで乾杯しようということになったのですが、鈴木さんの体調が回復しないために鈴木さんを送って一度ホテルに戻りました。

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 鈴木さんをホテルに送り届けてから、改めてマドンナさんと二人で、ナポリ出身のイタリア人が経営する“ファイヤー&アイス”という店に行きました。本物のピザが食べられるということで人気があり、あっという間に席は埋まっていました。

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 何はともあれ再会とラウンドアンナプルナ踏破を祝して乾杯しました。つまみにグリーンサラダをオーダーしました。マドンナさんが帰国してからも在住している旭川から上京したときはよく飲んだものでした。

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 ビールの後は赤ワインでもう一度乾杯して、つまみにサラミやチーズをとりました。この店に坐ったのが16:00で、ワインのボトルも空になる頃、気が付けばすっかり日がくれて20:00近くにもなってしまいました。

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だいぶ時間がたちましたので、勘定支払のために円と現地通貨のレート等勘定の計算をしてもらいました。

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 話が弾んで随分飲んでしまって、日がとっぷり暮れて、カトマンズでの暗い夜道をどうしても一人でホテルまで帰ることはできず、情けないことにマドンナさんにホテルまで送ってもらいました。マドンナさんにはタクシーで帰ってもらいました。

久しぶりに会ったマドンナさんは、ネパール流の諸々に戸惑いながらも元気そうで、随分若返ったようにもみえました。語学留学はヒマラヤのトレッキングのためでもあるということで、これからのヒマラヤの話で盛り上がりました。ネパールにいるマドンナさんは、日本にいる山歩き愛好家にとっては大きな存在で、今秋にはマドンナさんの知り合いの方が10人くらい大挙してヒマラヤに行くそうですし、マドンナさんがネパールにいる間にヒマラヤに行こうと考えている人もいるようです。まるで日本とヒマラヤの親善大使のようでようで、もしかしてネパールに貢献しているのかもしれません。マドンナさんは今までエベレスト街道を歩きカラパタール(5,545m)やゴーキョ(5,360m)登頂し、ラウンドアンナプルナでトロンパス(5,416m)を越えていて、次はヒマラヤトレッキングの中で最も挑戦的といわれる“スリーパス越えと3大ピーク登頂(28日間)”に一人で挑戦するとか、いやはや留学中にエベレストまで登ってしまうかもしれません。その実行力・行動力・度胸の源は何だろうと思うのですが、いつもホンワカとした春風がそよそよと吹いているようで、それでいて存在感のある不思議な人です。

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 一夜明けて4/7(土)いよいよ帰国です。鈴木さんも何とか自力で歩けるようにまで回復しホッとしました。

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 すっかりお世話になったガイドのアンツェリンと個人ポーターのペンバ・シェルパさんが、さっぱりとした格好で私たちを迎えにきてくれました。そのままカトマンズ空港まで送ってもらい、私たちは機上の人となりました。

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 タイのバンコク空港では4時間のトランジットがありましたので、いつものようにビールを飲み、好物のトムヤンクンラーメンを食べて、ほろ酔い加減で再び飛行機に乗り、予定通り10/8(日)6:00成田空港に到着しました。

 

長かったトレッキング25日間が終わりました。三度目のヒマラヤも無事に終わりました。

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2017年3月16日 (木)

回想ヒマラヤⅢ28 カトマンズ

4/5(木)  ツアー22日目、ポカラからカトマンズに戻り、ホテルにチェックイン後自由行動の一日を過ごしました。

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 これで3回目となるポカラ空港の利用です。空港建物の屋上で様々な小型機のフライトを見ていましたら、予定より30分も早く出発するという案内があり慌てて手荷物検査、ボディチェックを受けて飛行機に乗り込みました。

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 2日間宿泊するヤク・アンド・イエティ(雪男)ホテルには昼前に到着しました。

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 ホテルのロビーに坐っていると、19日前の3/17(土)にここからトレッキングに出発した時の期待と不安が思い出されました。初体験となる5,000mの峠を越え、日焼けして元気に同じ場所に戻って来れたことの喜びを噛みしめました。

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 同じロビーには、これからトレッキングに出発するであろう外人グループがガイドさんの説明を熱心に聞き入っていました。きっと19日前の私の気持ちと同じ気持ち、緊張感に包まれていることと思いました。

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 サービスデスクの後ろには大きな曼荼羅が掲げられていて、ネパールに来るたびに曼荼羅図を買って帰りたいと思っているのですが、かなり高額であり、本物と偽物の区別やどれがいいのかなどわからないので、いつも買わずに帰国してしまいます。

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 (画像は、撮影禁止のため絵はがきより転載) 昼食後鈴木さんと生き女神の少女クマニが住むという世界遺産の旧王宮を見学に行きました。

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 旧王宮を見学に行きホテルに戻りました。その後鈴木さんが体調不良といってしばらく昼寝するということでしたので、睡眠の邪魔をしてはいけないと思い、ホテルのプールサイドで読書をしたりぼんやりしたりして過ごしました。

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 夕食時になっても鈴木さんの体調がおかしく、夕食をパスするということで、ホテルの外に一人で食べに行くのも億劫でしたので、ホテルのレストランに入りました。食事はビュッフェ形式で、長かったロッジ生活での食事メニューが限定されていましたので、いろいろな味が楽しめるビュッフェ形式はありがたく、最後のデザートに至っては思いっきりスイーツを楽しみました。もうここまでくればお腹をこわしてもいいと思ったのですが、何事もありませんでした。それにしても大食漢で私の3倍くらいは食べる鈴木さんが食事を食べたくないということは余程のことで心配でした。どうやら日本料理店で食べた鯖の塩焼き(私はカツ丼)があたったようでした。

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2017年3月14日 (火)

回想ヒマラヤⅢ27 ポカラへ

4/4(水)  トレッキング18日目、いよいよトレッキングも終わりました。下山口ナヤブルまで歩き、ナヤブルからは専用車でポカラを目指しました。

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 前夜降った雨で道はしっとりと濡れていましたので埃がたたず、作物にもとてもいい恵みの雨となりました。

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 道はなだらかに下っていて、2時間弱で専用車が待っていると思うとルンルン気分でした。

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 ナヤブルの町では、私たちと同じように下山してきた人たちがたくさんいました。

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 一方では、延々と厳しい傾斜の道が続くことを知ってか知らずに、タラバニやゴラパニに向かう登山者も続々と上がってきました。頑張ってください!

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 久しぶりに見るフルーツや野菜の色鮮やかさに思わずノドがゴクリとなりました。

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 ナヤプルは登山基地であり、たくさんの車が集結して荷物の積み下ろしをしていました。私たちもここからポカラへ出発しました。

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 ちょうどお昼頃、ポカラの宿泊先“トレック・オ・テル”に到着しました。

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 ツアーが始まって21日目、高山病にもならず、体調も崩さずよくここまで来れたと感慨もひとしおでした。よく頑張れたものだと思いました。

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2017年3月12日 (日)

回想ヒマラヤⅢ26 宴

4/3(火)  トレッキング17日目、実質的なトレッキングは終わり、翌日はポーターさん達とはお別れですので、食後にささやかな飲み会でもしようということになりました。

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 思いっきりビールの栓が開けられて宴が始まりました。

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 他の外人グループとも一緒に乾杯。

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 この日は、たまたま村の祭りで、日本でいうなまはげが仮面を付けて闖入してきました。

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 ポーターさん達も、この日で荷物から解放されて、お金も入ってご機嫌で騒いでいました。

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 誰かがネパール音楽を流すと、何となく盛り上がって、別の席にいた外人さん達ともワケのわからない乾杯などして、更に盛り上がりました。たまたまこの村のお祭りがあって、日本でいえばなまはげ状態の村人がなだれ込んできたりして、更に盛り上がりました。そのうち音楽に合わせて手拍子が始まり、ペンバ・シェルパさんやポーターさん達が踊り出し、外人も踊り出し、鈴木さんも、大阪のオッちゃんも私も輪に加わり、盆踊りのような阿波踊りのような状態になって、盛り上がりは最高潮になりました。最後に手締めのようなかたちでようやく宴は終わりました。

 

私たちはポーターさん達がいなければ1日たりとも歩くことはできなかったと思います。17日間共に山の中を歩き、雇う雇われるという間ではなく仲間のような気持ちになれたのではないかと思います。私たちが何とか一緒に食事をと勧めても決して同席しようとせず、分をわきまえての遠慮はともすれば寂しくも思いましたが、この日は同じテーブルで酒を酌み交わし、一緒に踊ることができました。

 

ポーターさん達にとっては重い荷を背負うという仕事は楽ではなかったと思いますが、一方では仕事ではありながら、同じ光景を見て、ロッジに着けば私たちと同じように寛ぐことができ、楽しみであったと思います(そうあってほしいと思います)。このツアーが終われば仕事も終わります。次の仕事が約束されている人もそうでない人もいると思います。無事仕事が終わった喜びなのか、仕事が終わる寂しさなのか、全身のエネルギーを発散させるように踊っているダイドさんやポーターさんのいろいろな気持ちが伝わってくるようでもありました。

 私たちは部屋に戻ったのですが、しばらく賑やかでしたからガイドさんやポーターさん達はまだまだ興奮冷めやらず、このツアーの終わりを惜しんでいるようでした。私はポーターさん達の騒ぎを遠くに聞きながらいつの間にか心地よい眠りに入っていました。

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2017年3月10日 (金)

回想ヒマラヤⅢ25 シャウリバザール(1,220m)

4/3(火)  トレッキング17日目、実質的にはトレッキングの最終日で、標高差1,430mをひたすら下りました。

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 いつもながらの早朝の出発準備風景です。朝食を済ませ、さあ今日も元気で歩くぞ! 今日はどんな風景が見られるかと期待を抱く瞬間です。

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 細い道を下ってゆくと羊の大群が上ってきました。羊は勝手にあちこち道草を食っていますが、一人二人の羊飼いでよくこれだけの羊をコントロールできるものだと感心してしまいました。

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 標高差1,430mの道を私たちは下っているからいいものの、上から見るとかなりの急勾配の連続です。この道を若いポーター達はあたりまえのように上っていきました。

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 この道は私たちが辿ってきたタダパニからゴラパニへと続く観光道ですので、急勾配をものともせず続々とトレッカーが上ってきました。この道を上ることを考えたらゾッとしましたが、私たちが歩いたタトパニ(1,190m)からゴラパニ(2,853m)への道も上から見たら同じようなものだったかもしれません。それにしても下りでよかったと何度思ったことか。

 

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 ガイドのアンツェリンさんが虚しくストックを指し示している方向には、白き峰々が見えるはずなのですが、霞と雲のベールに包まれていました。

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 案内板をみれば、アンナプルナ山群やマチュピチュレが見えるはずなのですが・・・。

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 シャウリバザールへ下る道は、見晴らしのいい天空の道でした。もし天気が良ければと思わずにはいられませんでした。

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 延々と続いた天空の下り道もようやく山里が見えてきました。

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 7:30に出発し、15:30“リバーサイドゲストハウス”というロッジに着きました。最後のロッジ泊まりとなりましたので、とてもきれいなロッジで天国のようでした。

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 部屋は清潔でシンプルで居心地よく感じました。

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 ロッジ最後の夕食でした。トマトスープは丼にたっぷりと盛られていて、美味しかったのですがこれだけで腹一杯になりそうでした。

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 メインディッシュのミックスピザもボリュームたっぷりで、この他に野菜サラダなど皆で分けて食べました。

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2017年3月 8日 (水)

回想ヒマラヤⅢ24 タダパニ(2,650m)

4/2(月)  トレッキング16日目、早朝プーンヒル(3,210m)に登り、朝食後石楠花の樹林帯を歩いてタダパニに向かいました。

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 4:00に起き、05:00暗い中、ロッジを出発してプーンヒルに登りました。06:00に山頂に着いてみれば夜明けの光景を心待ちにしている人がたくさんいました。

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 残念ながら、雲が多く朝陽に紅色に染まるはずの白い峰の姿を見ることができませんでした。さすがに標高3,210mの早朝は寒く、皆さん震えていました。標高差336mの早朝登山はかなりきついものでした。

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 タダパニへの道は林道で、今までの道とはまた異なった趣でした。

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 この石楠花を見ようという人が息を切らせながら上ってくる姿がぽつりぽつりとみられました。この見事な石楠花に陽が燦々と降り注いでいたら、遠くに白い峰を重ねてみることができたらと思いますと残念でした。

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 この日の行程は、標高差200mを下りましたので楽なはずなのですが、アップダウンがある上に、トレッキング16日目ともなると何となく疲れがたまったという感じでした。おまけに午前中から雲が広がり、雨もぽつりぽつりと降ってきたりで、何となく沈滞気味でした。長い行程ではこういう日もあります。

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 タダパニのロッジ゙は掘っ立て小屋のような感じで、トイレも屋外で遠く最悪でした。天気もあまりよくなく見通しも悪く気勢が上がりませんでした。

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 一夜明けて、鈴木さんは何とかヒマラヤの夜明けを捉えようと朝早くからカメラを構えていました。

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 これからどちらの方向に向かうのかわかりませんが、マドンナさんのように一人でトレッキングしているフランス人女性は、明るい笑顔を振りまいて張り切っていました。私たちも元気を出して最後のトレッキングに・・・。

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2017年3月 6日 (月)

回想ヒマラヤⅢ23 ゴラパニ(2,853m)

4/1(日)  トレッキング15日目、今までひたすら下り続けたカリガンダキ河沿いのポカラへと続く道と分かれて、一気に標高差1,600mを上るハードな一日でした。

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 数日ぶりに長い距離を歩き、高い標高差を上るために、7:00に出発しました。吊り橋を渡るのも久しぶりで、ここから登りが延々と続きました。

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 歩き始めて3時間、陽気も暑いくらいで、ついに私は半袖になりました。ここ数日休養や下り道の連続でなまっていた足もようやく目覚めてきました。

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 目的地のゴラパニは、石楠花で有名な地です。ゴラパニに近づくにつれて満開となった石楠花が見られるようになりました。

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 ひたすらの登りで標高が高くなるにつれ、他の山の斜面に切り開かれた村落が下に下へと見られるようになりました。残念ながら霞がかかっていて、ダウラギリやアンナプルナサウスなどの姿を見ることはできませんでした。

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 石楠花の道が続きましたが、2年前にゴラパニを訪れている鈴木さんに言わせると“当たり年の石楠花はもっと見事でこんなものじゃない”ということで、今年の石楠花はイマイチのようでした。

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 16:00 出発して9時間でゴラパニに着きました。かなりの登りの連続でさすがにちょっと疲れました。

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 私たちが泊まったロッジ。ゴラパニは、日本でいえば桜の吉野の里のような観光地で、ロッジも多く、絵画教室のグループと思われる日本人の姿も多く見かけました。私たちはゴラパニで最も高い場所に位置したロッジに宿泊しました。

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 石楠花はちょうど見頃の時期だったのですが、雲と霞がかかっていて、見えるはずの名峰を見ることもできず、心なしか石楠花も寂しそうでした。

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 (カトマンズに戻った時にマドンナさんからいただいた写真です) 写真を撮るのが主な目的の鈴木さんにとって、2年前に見た白い峰と赤い石楠花の風景を再びという想いがあったようで、絵葉書のような風景を期待したのですが、残念ながら今回はついていませんでした。まあ自然が相手ですから仕方ありません。

    

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 何はともあれ、この日のハードな上りをのりきった奮闘をたたえて乾杯しました。日頃あまりアルコールを口にしない鈴木さんも、渇いたノドを潤していました。ここは標高2,853mでしたのでちょっとアルコールがきいたかもしれず、この日も爆睡しました。

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2017年3月 4日 (土)

桜便り 河津桜

トルコ旅行(2014.5)で知り合ったAさんご夫妻とは、その後お宅にまで上がり込んで昼間から宴会している気の置けない飲み友となりました。とても仲のいいご夫婦で、時間を見つけてはお二人で近場の1泊旅行を楽しんでいます。

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 2/20((月)に、河津桜を見に行きますというご連絡をいただき、無理を言って写真を送っていただきました。「河津桜と伊豆半島5つの花めぐり」というツアーで、こういうツアーを利用すると、安いし、楽をしていてあちこち連れて行ってくれますのでとてもいいです。

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 私もこういうツアーは時々利用するのですが、昨年から続いている家族の大移動と自分たちの引っ越しが重なってそれどころではないのです。皆さんがそぞろ歩きを楽しんでいるのは修善寺梅林のようです。無心の気持ちで花を愛でながらぶらりぶらりと歩くのはとても羨ましく思えます。

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 行程表によると修善寺梅林の次には小室山(椿)を訪れたようですが、この景色は何処ともいえない里山の風景で、冬枯れの名残があちこち残っている中、春がそこまで来ているようでもあり、季節が動いている気配が感じられます。

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 こちらは約400万球のイルミネーションが煌めくという「伊豆ぐらんぱる公園」、こんなスポットがあったとは知りませんでした。

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 2/21(火) 本命の河津桜が、風雲急を告げるといった趣の空模様の下(この日はとても風が強かった記憶があるのですが)、スクラムを組んでわが世の春を謳歌しているようでした。

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 こちらは2013年の3月上旬に岬めぐりで三浦半島を歩いたときのものです。きっと今頃、むせ返るような密集度の花びらが咲き競っているものと思われます。

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 3月の三浦半島は春野菜の収穫期でもあります。花もいいのですが、瑞々しそうな野菜も十分春の訪れを教えてくれました。

早く、ノンビリと桜や春の花や野菜が芽吹く自然の中を、歩けるようなゆとりを持ちたいものです。いち早く、春の訪れを感じさせていただいたAさんご夫妻に感謝です。

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2017年3月 2日 (木)

回想ヒマラヤⅢ22 タトパニ(1,190m)

3/31(土)  トレッキング14日目、温泉の村タトパニまでカリガンダキ河に沿って更に下り続けました。

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 数ヶ月前、車で走った同じ道をこの日も砂埃の洗礼を浴びながら黙々と歩きました。

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 車道はカリガンダキ河に沿って延々と続いていて、先を見るのが嫌になりました。

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 時々は車が通らない村の道を歩くこともできました。延々と続く下り道で一見楽そうですが、どうしてもペースが速くなり、油断すると膝を痛めそうでした。

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 温泉の村タトパニの入口が見えてきました。かなり先に行っているはずのポーターのマンシンさんに追いつきました。ポーターさんは凄い荷物を背負っているのでした。

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 ロッジにはお昼に着いてしまい、すっかりリラックスモードでした。

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 ロッジは緑に囲まれていて、2階の部屋には樹木や草の香りと涼しい風が吹き込んできて、何ともいえず快適でした。

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 鈴木さんはあまりに気持ちが良さそうで、荷物をほどくこともなく寝入ってしまいました。ここは標高が1,200mですから昼寝をしても高山病の心配はありませんでした。

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 ここに宿泊している欧米人達もリゾート気分を満喫しているようでした。

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 ここは温泉保養地で、幹線道路沿いですので物資が豊富で、食材も豊富で、今までに比べて格段に美味しく感じました。ビールが飲めるようになり幸せでした。

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 現金なもので、食事が美味しいと自然と顔もほころびました。ガイドさん達は私たちの食事が終わるまでは食事しないのですが、食べきれない食事を一緒に食べてもらったり、長い旅路ですっかり打ち解けていました。

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