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2017年4月22日 (土)

ベトナムへ

「京都寛六会紀行」を掲載中ですが、4/23(日)~29(土)の1週間、ベトナムに行って参ります。ベトナムは2014年に9/3(水)~6(土)の4日間、ベトナムに出かけました。「てんこもりベトナム4日間」という凄いタイトルの激安ツアーでした。てんこ盛りとは謳っていますが、実際にはホーチミン市内を2日間見てまわるというものでした。そして今回は「よくばりベトナム大縦断7日間」というツアーです。

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 (画像はいずれも2014年のもの) 路上で、露天でお弁当を買って昼食を食べている工事労働者。

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 路上では、自転車で果物を積んでそのまま販売したり、路上で野菜を売ったりと誰もが一生懸命稼ごうとしているように見えました。

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 夕方の帰宅ラッシュ時間になるとバイクが集結し始め、私たちの乗っている大型観光バスはバイクに取り囲まれ状態になりました。

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 どうしても味わいたかったのがベトナムを代表する「フォー」。フォーはいわば平打ちの米粉麺で、いくつかの具を指定するとコックさんが茹でた麺の上にのせてくれました。カウンターには辛味や酸味の柑橘類や唐辛子類、さらに香草類なども好きなだけトッピングすることができました。

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  いつもニコニコしてキビキビとして気を遣ってくれた公務員のウェイトレスさん。ベトナムの女性はスリムで腰高(足が長い)の人が多く、アオザイが似合います。

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 ベトナム戦争当時の地下要塞見学でお茶を出してくれる女性がいました。彼女は軍人で、スリムな体型と身のこなしは “くノ一” が連想されました。撮影の許可を求めると微笑んでくれました。

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 交差点での信号待ちシーンはいつどこで見てもオートバイレースのようであり、面白く見飽きませんでした。

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 目の前を走る4人乗りのファミリー、当たり前のような見慣れた光景になりました。バイクは軽自動車と同じくらいの役割を果たしています。家族一心同体、一蓮托生。

 

前回は4日間でしたが、今回は7日間のベトナム縦断ですのでどんな光景に出会えるか楽しみです。

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Itoh夫人の写真展 京都の一日

京都寛六会に参加した仲間からたくさんの写真をいただき、京都紀行の記録的な写真はブログでご紹介させていただいています。Itoh君の奥様からもたくさんの写真をいただき、記録的な写真以外に、京都を写真愛好家的な視点と女性的な視点で切り取った写真も含まれていました。捨て去るには惜しく、ご了解をいただいて「Itoh夫人の写真展」としてご紹介させていただくことになりました。ブログではまだご紹介していない「夜の祇園巡り」などの写真も含まれていますが、「京都の一日」と題して、独断と偏見でピックアップしたものをご紹介させていただきます。

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 法金剛院

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龍安寺

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Ohta邸

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Ohta邸

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天龍寺

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天龍寺

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天龍寺

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天龍寺 

 

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竹林の径

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竹林の径

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大河内山荘

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大河内山荘 

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大河内山荘

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上七軒のお茶屋

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夜の祇園巡り

 

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花見小路 

 

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白川通り

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白川通り

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白川通り

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2017年4月21日 (金)

京都寛六会紀行 06 嵐山~北野天満宮

4/5(水) 嵐山ではかなりの自由時間があり大河内山荘などを見た後渡月橋周辺を散策して、夕食を予約してある上七軒に向かいました。

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 待ち合わせの時間までまだ時間がありましたので、渡月橋を渡って中ノ島公園に向かったのですが、見頃の桜は見当たりませんでした。

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 嵐電嵐山駅前通りの桜並木には花びらがみっしりと、春爛漫でした。

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 春の京都に華を添えています。着こなしがどうのこうのという野暮なことはいいません。

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 訪日観光客の皆さんも京都を楽しんでいただければいいですね。

 

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 舞妓はん ひぃ~ひぃ~ という世界一辛い一味・七味。試食しましたら世界一かどうかはわかりませんがかなり辛かったです。

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 そろそろ集合時間にちかくなり、三々五々集合場所に集まってきました。寛いでいる雰囲気が伝わってきます。

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 全員集合となり、来たときとは逆コースで嵐電嵐山本線から帷子ノ辻で北野線に乗り換えて終点の北野白梅町へと向かいました。

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 この日は早朝出発で、さらにかなり歩いたのですが、全員疲れもみせず元気でした。

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 終点の北野白梅町という何とも風情な名前の駅で下車すると、梅ではなく桜が見事に満開でした。

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 上七軒の食事処に行く前に北野天満宮に寄りました。北野天満宮は梅と紅葉で有名な神社です。菅原道真をお祀りした神社の宗祀あることは知っていたのですが訪れるのは初めてでした。想像以上に規模が大きいのにビックリしました。

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 三々五々歩きながら、入ゼミ試験の時の思い出話をしたのですが、私たちが大学3年の時は加藤寛先生は助教授で、4年になると同時に教授になられました。当時は無我夢中でしたが、加藤ゼミはかなりの難関といわれ、たしかにゼミに入って顔を合わせてみると皆さんとても優秀に見えたものでした。今はすっかりいい親父になりました。

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 通称として天神さんとも呼ばれ、福島県太宰府の太宰府天満宮とともに学問の神として多くの受験生の信仰を集めています。もう私たちにはあまり縁がありません。

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 北野天満宮はOhta邸からは嵐電で二駅と比較的近く、ポイントポイントでガイドをしてもらいました。ゼミ生仲間は最近は年に23回、寛六会という飲み会で集まるのですが、全員論客ばかりで、いつも議論が発展して大きな刺激をいただいています。

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 三つの鳥居をくぐると堂々とした構えの楼門と呼ばれる2階建ての門が建っていました。この巨大な門は桃山時代の様式で正面には菅原道真公を称える言葉「文道大祖 風月本主」(ぶんどうのたいそ ふうげつのほんしゅ)の額が掲げられていました。

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 境内のあちこちに横たわった牛(臥牛)の像が置かれていました。牛は天満宮では神使(祭神の使者)とされているそうで、奉納されたものです。赤い前掛けには学校名や合格祈願の文字が書かれていました。

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 受験時代や学生時代のことを思い出しつつ神妙に歩いていたのですが、Ohta君がお詣りしようと言ってくれましたので、拝殿を探したのですが。

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 拝殿でのお詣りは18:00までということで、定刻通りに拝殿への門はピタリと閉ざされてしまいました。隙間から眺めることしかできませんでした。

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 この日のお楽しみの夕食は上七軒(かみひちけん)というエリアにあるお茶屋でした。上七軒とは北野天満宮の東にある花街の地名だそうです。上七軒の入口辺りからはレトロな街の雰囲気が伝わってきました。

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 上七軒という名前は室町時代に北野天満宮の造営に使った残木で、7軒の茶店を建てたのが由来だそうです。京都の花街では祇園より古い歴史をもっていて、上七軒歌舞練場では春の「北野をどり」(3/254/7)が行われている時期でした。

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 Ohta君が上七軒の入口辺りにある「おかもと」というお茶屋さんを予約しておいてくれました。たくさん歩いてお腹も空いてノドも渇いて、さらに個人には敷居が高そうなお茶屋さんに期待は高まりました。

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2017年4月20日 (木)

京都寛六会紀行 05 大河内山荘

4/5(水) 天龍寺から竹林の径を抜けて大河内山荘に入りました。

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 今まで何回となく歩いた嵯峨野ですが、大河内山荘に入ったことはありませんでした。個人旅行ですとつい先を急いでしまうためか、いつもパスしていたのです。

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 大河内山荘に入ってすぐにShimomura君が休憩しようといいました。入場料(千円)にはお茶と和菓子がセットになっていました。かなり歩きましたので、ちょっとお腹が空きノドも渇いていました。風景を愛でることもなく、お茶の作法を楽しむこともなく、貪るようにお茶を飲み和菓子を食べてしまいました。

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 今回の旅のプランナーでありツアーコンダクターでもあるOhta君でしたが、奥様の多大なサポートがあってのことであることが次第にわかってきました。絶妙なタイミングでOhta君をサポートしていて、日頃の内助の功がうかがえました。

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 いつもニコニコのおしどりご夫婦ですが。

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 頭の中には俳句が渦巻いているようで、ことある毎にペンを走らせて俳句を書き留めていました。

 

大河内山荘 映画人(びと)の栄華を偲ぶ花の山

 

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 この別荘を作った人の人生や想いに想像を馳せながら三々五々、思い思いに歩きました。ゆったりとした時間が流れていました。

 

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 大学時代ワンダーフォーゲル部で活躍して、ゼミ生一の健脚を誇るShimomura君もさすがに疲れが見えるようでした。早朝出発し、集合前に宇治の平等院観光をしてきましたので無理もありません。

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 京都市中や嵐山の賑やかさから離れた静かな山荘巡りは、これも京都観光の魅力の一つかもしれません。

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 この山荘のかつての所有者(大河内伝次郎)は、華やかな映画の世界で活躍する一方で、華やかであればある程、ひっそりとした侘びた世界を求めたのでしょうか。華やかな花見とは違った京都の一面に触れました。

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 この山荘は高台にあり、周りの山々を眺めることができました。ところどころモザイク模様のようにピンクがちりばめられていました。

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 山々に囲まれるように見えているのは「大悲閣千光寺」です。嵐山にかかる渡月橋から約1km上流にあります。角倉了以(すみのくらりょうい)という江戸時代の豪商が大堰川(桂川の上流)の開削工事で亡くなった人々を弔うために、嵯峨の千光寺を移転したものだそうです。この大悲閣は岩肌に建つ観音堂で、そこからは嵐山渓谷の絶景を眺めることができるそうです。

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 Ohta君からいただいた資料で、天龍寺と大河内山荘と千光寺(大悲閣)との位置関係がよくわかりました。

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 嵐山方向からさらに東に目を転じると・・・。 

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 京都市中とその向こうには大文字山を眺めることができました。

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 山荘を巡る順路の最後に小さな資料館があり、出演した映画のリストが展示されていましたが、の径大河内山荘は俳優の大河内伝次郎が34歳の時に自身で設計しこの山荘の造営を始めたとのこと。それは驚きでした。

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 伝次郎の映画出演料の大半を注ぎ込み64歳で亡くなるまで30年の歳月をかけて作り上げたとのこと。この山荘を作ることになった動機は、当時長期保存が難しかったフィルムに対して永遠に消えることのない美を追究することだったそうです。こんな映画人がいたとは勉強不足でした。

 

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 山荘巡りの最後の場所にさしかかる頃にはさすがに人影が少なくなりました。大河内伝次郎の資料館で、伝次郎の想いを知ってみるとどこまで伝次郎の想いを汲み上げることができたかは疑問でしたが一つ一つの景色がまた異なって見えるようでした。

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 大河内山荘で静かな京都の一面に触れ、竹林の径を嵐山駅方向に戻りました。この日はとてもよく歩いたような気がして歩数計を持っている人の平均値を推測すると1.5万~2万歩近く歩いたかもしれません。驚いたのはゼミ生もそうですがご夫人方がとてもお元気だったことです。

 

初めての大河内山荘見学でゆったりとした時間を過ごしました。今回はOhta君のプランによりホテルに戻る(夜の10時頃)までのスケジュールがしっかりと決まっていましたので、その時間配分に添ってゆっくりと古都の雰囲気を味わうことができました。

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2017年4月19日 (水)

京都寛六会紀行 04 天龍寺

4/5(水) 嵐山に到着して、渡月橋の袂の老舗の桜餅を食べながら桂川の風景を愛でた後、天龍寺へと向かいました。

 

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 天龍寺の入口に到着して集合写真を撮りました。私を除いては全員ニコニコ笑顔でした。

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 地元のOhta君は、京都の桜の開花が遅く、私たちがガッカリするのではないかとしきりに心配してくれたのですが、天龍寺の入口脇の桜はほぼ満開状態でした。

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 (画像は20154月撮影) 天龍寺の本堂と本堂を入ると先ずご対面する達磨大師は、今回は混雑のためにパスしました。天龍寺は南北朝の戦いを制した足利尊氏が後醍醐天皇を慰霊するために夢想国師に開山させた臨済宗のお寺です。

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 本堂(拝観料がかかります。あちこち拝観していると拝観料がバカにならないのです。)に入らずに庭園に廻りました。今回の同窓会をアレンジしていただいた地元のOhta君、どんな想いでこの風景を眺めていたのでしょうか。もしかして、この先のスケジュールと予定通り進行できるかどうかが頭の中に渦巻いていたのかもしれません。

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 天龍寺は世界遺産に登録されていて、この「曹源池庭園」は夢想国師が室町時代に作庭したもので、回遊式庭園としては最古といわれています。

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 ゼミ仲間では最も一言居士とも堅物ともいわれる(私だけの偏見かもしれませんが)Itoh君もこうして見るとおしどり夫婦のようです。Itoh君の頭の中には俳句が渦巻いているのでしょう。

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 こちらは、一人で風景を楽しんでいるSuzuki君。彼が奥様を連れてこなかったのは日頃の罪滅ぼしがないからと独り言を言っていました。あくまでもSuzuki家だけのことです。

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 地元のOhta君が心配していた桜開花の遅れでしたが、その心配も天龍寺の桜を見て吹き飛んだことでしょう。その桜を背景に安堵の表情。

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 こちらのShimomura夫妻も笑顔が満開でした。夫人同伴を提案した本人としては、これだけ見事な京都の桜を奥様に披露できてさぞかし満足されたことでしょう。

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 天竜寺の庭園花の庭園としても知られていますが、もうツツジが花開いていました。

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 こちらは吉野ツツジ。見事です。

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 歩く花も。

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 それぞれがマイペースで歩いていたのですが、ごく自然に集合場所に集まりました。

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 天龍寺から竹林の径へと移動しました。

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 嵐山の最も有名なスポットなっている竹林の径は多くの外国人で賑わっていました。竹林が珍しい外国人にとっては伏見稲荷の千本鳥居と同じように魅力なスポットになっているようです。緑がとても瑞々しく見えました。

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 竹林は単純な光景なのですが、見る角度によってはその姿や緑の色が様々に変化するようです。

 

嵐山に到着してからはずっと自由行動なのですが、何となく数人のグループで一緒に嵯峨野歩きを楽しみました。ここでItoh君が詠んだ俳句は。

 

嵐山竹林の径 天を指す竹林よりの初音かな

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2017年4月18日 (火)

京都寛六会紀行 03 Ohta邸~嵐山

4/5(水) 久しぶりの龍安寺観光を楽しんだ後、今回の同窓会の立役者Ohta君の邸宅にお邪魔し、嵐山へと向かいました。

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 龍安寺を一歩出た先の石塀のお屋敷がOhta君の邸宅でした。龍安寺に近い処と聞いてはいたのですが、まさかこんなに近いとは。

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 Ohta君の奥様の出迎えを受けて。恐縮しました。

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 ゾロゾロと・・・。当初の予定では、妙心寺辺りの散策というプランもあったのですが、急遽龍安寺経由Ohta邸見学ということになりました。かねがねOhta邸を訪れたいと思っていたのですが、大人数で押しかけたら奥様にご迷惑をおかけすると思って遠慮していたのですが、Ohtaご夫妻からお招きいただきありがとうございました。

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 ここ数年、寛六会と称しての飲み会で年に23回集まっているのですが、京都や熊本在住のゼミ仲間はなかなか参加できません。昨年久しぶりにOhta君に上京していただき、京都寛六会のきっかけができました。

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 広い敷地には手入れされた庭園が広がり、庭の向こうには蔵があり、なんともはや、最近マンション族となった私には言葉がありませんでした。

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 大邸宅ぶりに一同で唖然としていたのですが、Ohta夫人に促され居間に落ち着きました。これからのスケジュールについて説明がありました。次第に明らかになったのですが、実はOhta夫妻で今回のコースを実際に下見に出かけていただいたとのこと。

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 Ohta邸でお茶をいただき、スケジュール確認後Ohta邸を辞去し、Ohta夫人も行動を共にして嵐山へと出発しました。Ohta邸から歩いて数分の嵐電龍安寺駅へと向かいました。

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 嵐山へは京福電鉄、通称嵐電北野線で向かいました。市民の足ともなっている可愛い電車に乗り込むのは、いかにも観光という感じではなく京都市民になったような気分で、普段着でちょっとそこまでという感覚でいいものでした。

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 Ohta君は嵐電沿線マップまで用意してくれ、至れり尽くせりでした。おかげで自分たちの現在位置と行く先がわかり、さらに今後の京都観光の行動半径が広がりそうでした。

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 それぞれシートに座ったり立っていたり。Shimomura夫妻は、早朝出発で集合前に宇治の平等院まで足を延ばしたとのことで、少しばかり舟を漕いでいました。Hoshino夫妻は何かをジッと見つめていました。

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 Ohta君からいただいた嵐電沿線マップによると間もなくの場所に桜のトンネルという表示があり、カメラを構えていると、見事な桜を見ることができました。得した気分でした。

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 帷子ノ辻という駅で北野線から嵐山本線に乗り換えました。嵐電沿線マップがありましたので14人のグループでスムーズに移動できました。

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 嵐山本線は直接嵐山に向かいますので、さすがに車内は混んでいました。手前で微笑んでいるKohnoさんとは50年ぶりの再会でした。長い空白期間にもかかわらず、すぐに学生時代にタイムスリップし、共にゼミ旅行を楽しめました。丹後半島の宿では同室になり、実は2期上の先輩であったこと、学生時代の闘病生活や加藤先生による励ましなど貴重な話を聞かせていただきました。

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 加藤ゼミは3つのパート(日本経済、体制論、計画経済)に分かれていて、在学中はパートが違うと同じゼミでも話す機会はほとんどありませんでした。卒業後寛六会という名の下に飲み会で集まり、パートを越えての交流が始まりました。元国分寺市長のHoshino君は体制論のリーダーでTsuda君は私と同じ計画経済でラグビー仲間であり飲み友です。この二人に私を加えた3人はゼミでの酒豪三羽烏かも。

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 嵐山に着くと凄い人出でした。ここから先は自由時間となり、集合時間と集合場所を決めました。Ohta君を中心に観光コースを皆で相談しながら決めてゆくのも楽しいものでした。

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 何人かはお目当てがあるのか別行動に出かけていきましたが、私たち数人は何となく一緒の塊となりました。

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 先ずは渡月橋方向に向かいました。曇り空でしたがとても賑やかでした。

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 Ohta夫妻推奨の桜餅を食べようと、数人のグループで向かいました。混雑していてわかりませんでしたが誰か(多分Suzuki君?)が代表して桜餅を買い求めてくれたようです。

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 渡月橋からの景色を眺めながら、桜餅のお裾分けいただきました。餡は入っていないのですが餅そのものが絶妙な味で美味しかったです。大人の修学旅行です。

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 渡月橋から見た桂川と川沿いを歩く観光客。数日前に同じ景色を見たのですが、学生時代を思い出しつつ、来し方や近況を考えるとまた異なった感慨を覚えました。

 

Ohta邸にご招待いただいたことは想定外の歓びでした。龍安寺前の一等地の大きな敷地と邸宅について今まで一切自慢めいた話は聞いたことはなく、それはOhta君の人柄なのでしょう。

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2017年4月17日 (月)

京都寛六会紀行 02集合~龍安寺

4/5(水) Itohご夫妻、Suzuki君と私の4人は、法金剛院の観光がてら集合場所の花園会館に向かい、集合時間には全員集合し、龍安寺観光へと繰り出しました。

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 集合場所である花園会館は、妙心寺というお寺が出資していています。妙心寺は全国3400の寺院をもつ臨済宗妙心寺派の大本山で、日本最大の禅寺でもあります。宏大な敷地には46の塔頭寺院が建ち並んでいて多くの見所があり、観光リストにはあがっていたのですが、今回は龍安寺経由Ohta邸に行くことになりました。

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 集合場所の花園会館は「お寺のホテル」と謳っているように、妙心寺が出資している宿坊のようなイメージでした。花見の時期の京都の宿泊予約は難しいといわれているのですが、京都在住のOhta君のおかげで宿泊場所を確保することができました。

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 花園会館に到着し、入口には 寛六会 と宿泊者名が貼り出されていました。東京や横浜以外で、遠い地で集まるのは初めてでしたので、皆無事に到着しているかちょっと不安でしたし、50年ぶりに会う人もいますので期待と緊張もありました。

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 元国分寺市長のHoshino君と夫人も、長年の公務から解放されての京都旅を心から楽しみにしているようでした。Hoshino家は国分寺の住職で、学生時代に本堂に泊まらせていただいたことがありました。ゼミ生一の酒豪でもあります。

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 熊本から駆けつけたOda君(左)と50年ぶりに顔を見せてくれたKohnoさん(右)。Oda君からは、熊本の大地震が発災したときに現地からレポートを送っていただいたり、災害に備えての心構えや準備についてのレポートを送っていただいたりしました。

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 集合時間12:00、出発時間12:30までには無事全員が顔を揃えました。早速、京都在住のOhta君からこれからのスケジュールについての説明がありました。宿泊の予約から観光コースの選定、タクシーや観光バスの手配、予算の計算など一手に引き受けていただきました。

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 おまけにパンフレット類も人数分確保していただきました。パンフレットを見るだけで期待が高まりました。

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 最初の観光は時間を節約するために4台のタクシーに分乗して龍安寺へと向かい、10分程で龍安寺に到着しました。

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 さあ京都観光の始まりです。

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 何回も訪れている京都ですが龍安寺は久しぶりで、もしかして修学旅行以来かもしれず、今回も大人の修学旅行のようなものかもしれません。欧米人の姿が目につきました。早速、Itoh君が一句。

外国人万来 花盛り都あふるる異邦人

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 私はいつもは寛六会の呼びかけ係をしているのですが、今回は記録係。

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 いつもは飲み会となっている寛六会で初めての遠征旅行に夫人同伴を提案したのは嬉しそうな顔をして先頭を歩くShimomura君でした。Shimomura夫人は後に続きました。その隣のItoh君は頭の中に俳句が駆け巡っているようでした。

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 初対面のご夫人同士もすぐに打ち解けて、姦し何とか・・・。

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 龍安寺の門をくぐってから石段を上ってゆくと正面に見えてくる建物が庫裏です。この建物には記憶がありました。禅宗寺院建築の簡素にして重厚な伽藍には記憶が蘇ってきました。この寺が臨済宗妙心寺派のお寺であることを初めて知りました。

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 それぞれのペースで歩くという何となく暗黙の緩やかルールができあがり、急かされることもなくこれから後の観光が心地良いものになりました。

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 龍安寺といえば方丈庭園(石庭)が有名で、この哲学的でもあり侘びさびに通じるものもあり、この景色を見て何を感じるのでしょうか。石庭には4つの謎があるそうです。

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 石庭を前にして、じーっと座って瞑想に耽るかのようにしている外人もいました。何を考えているのでしょうか。

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 石庭だけではなく、庫裏内部の大広間のような方丈もいいものです。

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 方丈には墨で襖絵が描かれているのですが、その代表的なものが臥龍梅といわれています。襖絵は火災で焼失したり、明治の廃仏毀釈で困窮した折に売却されたりして、現在のものの多くは昭和になってから描かれたそうです。

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 庭の片隅に日本最古「侘助椿」がありました。茶室などでこの椿が一輪だけ生けられているシーンを見ることがありますが、確かに「侘びさび」の世界を感じます。

 

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 何がそんなに楽しいのか。日頃の飲み会では二人とも論客ぶりを発揮して難しいことをおっしゃるのですが。

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 こちらも何がそんなに楽しいのか。右端のTsuda君は、ラグビー仲間でもあり学生時代に彼の下宿に泊まり込んではヤカンに日本酒一升を直接注ぎ入れて燗をつけ、飲んだものでした。今でも飲み友でもあります。

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 龍安寺には鏡容池という大きな池があります。平安時代の頃は、貴族が舟を浮かべて遊んだそうですし、かつてはおしどりが群れ遊んだところからおしどり池とも呼ばれたそうです。春には桜が、秋にはカエデが湖畔を彩り、四季折々の風景を楽しむことができるそうですが、桜の花はまだのようでした。

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2017年4月16日 (日)

京都寛六会紀行

4/54/73日間大学ゼミの同窓会旅行で京都~丹後半島に行ってきました。寛六会とは、K大経済学部加藤寛先生に教えを受けた私たち6期生が勝手に名付けたゼミ生の集まりです。在学中は代表幹事をお引き受けし、以来卒業してから今日まで年に23回飲み会の声かけ役をさせていただいています。昨年11月の飲み会の時にひょんなことから京都で寛六会を開催しようということになり、あっという間に実現しました。

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 4/4(火)のブログで書きましたように、私たちの恩師加藤寛先生(20131.30にお亡くなりになりました)はSFC(K大湘南藤沢キャンパス)の創設に深くかかわりました。201343日湘南藤沢キャンパスにて「初代総合政策学部長 加藤寛名誉教授を偲ぶ植樹の会」が執り行われました。その時植樹された啓翁桜(画像はゼミ同期のK大名誉教授Kagawa君提供:本年3月)は今年も蕾をつけ、今頃は満開となっていることと思われます。

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 4/5花園会館にて) そして4/5(水) ゼミ生10人(名誉教授のKagawa君は台湾の学会出席のために1日遅れで丹後半島天橋立で合流)とゼミ生夫人4人の14名の寛六会メンバーが古都京都に集結しました。

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 4/6醍醐寺にて:Itoh君ご夫妻提供) 振り返ってみれば卒業後50年という節目の年でもあります。卒業後50年経っても、酒を酌み交わし、言いたい放題言い合う仲間達と古都の桜を愛でるという機会に恵まれたことを感謝しています。

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4/5(水) 寛六会というゼミ同窓会で卒業以来初めての旅行となりました。京都~丹後半島巡り23日の行程で、先ずは京都へと向かいました。

 

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 京都寛六会参加者14名はそれぞれ勝手に、京都花園会館に12:00現地集合ということになっていました。私は新横浜07:52発の東海道新幹線ひかり503号に乗車予定で、乗車前に朝食をとりました。どういうわけか「必勝出陣弁当」を食べました。

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 日頃お世話になっているSuzuki君も同じひかり503号に乗車。京都まで2人旅となりました。

 

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 数日前に京都に向かったときはかなり霞んでいた富士山もこの日ははっきりと見ることができました。

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 予定通り京都駅に到着し、ホームで同じひかり号に乗っていたItoh夫妻とも合流しました。Itoh夫人とは初対面でした。

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 12:00に花園会館に集合ということになっていましたので、早めに京都駅に着いて集合前に観光をしようということで、4人で「関西花の寺第13番法金剛院」というお寺に向かいました。

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 Itoh夫人は、毎年いくつかの写真展に出品しているそうで、カメラそのものもカメラを持つ手つきも私とは違って本格的でした。

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 京都の満開の桜を背にツーショット、いい記念になりそうで、ご夫婦参加のご褒美かもしれません。Itoh君は俳句を、奥様は写真をということで、お二人のコラボを楽しみにしているのですが、早速一句。

 

桜桜桜の京都 僧も猫も浮かるる花の都かな

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 微笑んでいるItoh夫人やちょっと嬉しそうなSuzuki君に比べて、私の仏頂面はもう少し何とかならないものかと反省しています。寛六会のメンバーと集合する前に、こんな見事な桜を見るのはもったいないような気がしました。

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 寒アヤメが庭の片隅でひっそりと咲いていました。この法金剛院は花の寺で、蓮の花でも有名な所だそうですが、桜もなかなか見事でした。

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 (法金剛院パンフレットより) 7月始めから8月上旬にはこのような蓮の花が見られるそうで「蓮の寺」ともいわれ、世界中の蓮を集め、苑池や鉢に植えていました。

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 京都在住のOhta君(後ほどご紹介)からこのお寺の情報をいただきました。こじんまりとしているのですが、お寺の佇まいや満開の桜を眺めながら京都に来たんだなあと実感しました。

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3月頃から咲き始めるという白木蓮、やはり今年は桜に限らず花の開花時期が遅れているのでしょうか、これもちょうど見頃でした。ピンクがかった桜を見慣れた目には白木蓮の白さも鮮やかに見えました。

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 それでもやはり、この時期の桜にはどんな花もかなわないようです。Ohta君は京都の桜の開花が遅れていることを心配してくれたのですが、降るように咲いているピンクがかった桜は、これからの京都の花見に大いに期待を抱かせてくれました。

 

法金剛院での花見に満足して、4人で集合場所の花園会館へと向かいました。

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2017年4月15日 (土)

京都~吉野 脳天大神

4/2(日) 「旅館歌籐」さんで一泊して、お昼前には帰路につきました。今回はあまりゆっくりすることはできませんでしたが、何となく吉野に行きたかったのと「旅館歌籐」さんに3人で宿泊することと「脳天大神」に参拝することを目的としていましたので納得づくのことでした。

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 目覚めてすぐにリコピンと私は露天風呂へ。

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 ログホールには朝陽が射していて前日とは打って変わって天気が良さそうで、気持ちのいい朝でした。

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 朝食の場所は、道を隔てた崖の上にありました。お店の先には吉野名物の朝靄が立ちこめていました。

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 冷えた山間の空気が朝陽で暖められ靄になって樹々の間を流れていました。幻想的な靄に包まれた景色が次第に姿を現しました。天気が良くなる前兆です。

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 布団に入ったとたんに深い眠りに落ちた私はスッキリとしていました。夜遅くまではおしゃべりしていた二人は、睡眠不足といいながらも元気な顔をしていました。

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 大和地方のこだわり食材の朝食、美味しくいただきました。

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 朝食をすませて表に出ると朝靄はすっかり消えて青空が広がっていて清々しい朝でした。

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 金峯山寺へと続く道は両側に旅館やお土産屋が軒を連ねていてシーズンになると賑わう道ですが、桜にはまだ早いシーズンの早朝、まだひっそりとしていました。

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 金峯山寺は吉野山のシンボルであり、修験道の総本山です。高さ34m、至宝36mの蔵王堂のどっしりとした佇まいは好きな建物の一つです。

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 日本最大といわれる秘仏本尊の金剛蔵王権現が公開されていました。秘仏本尊蔵王権現は3体並んでいます。今から1300年前、金峰山山上ヶ岳に役行者が一千日の修行に入り、感得された権現仏といわれています。約7mの高さがあり、とても迫力があるのですが、残念ながら撮影禁止でした。

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 蔵王堂の蔵王権現にお参りをして、境内の脇から行くことができる脳天大神へと向かいました。

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 脳天大神への道の入口には、修験道の開祖といわれる役行者の像が立っています。ここから先は異界となります。

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 まるで奈落へと落ちてゆくように450の階段が続いています。

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 異界の入口はシーンと静まりかえっているはずだったのですが。

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 本堂からは朗々たる読経の声と太鼓の音が聞こえてきました。女性が一人お経をあげていました。

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 脳天大神は蔵王権現の化身といわれ、首から上の守り神ともいわれていますが、私が好きなのは本堂の脇にある小さな瀧のような水の流れです。

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 敬愛する仙台市・秋保 慈眼寺の住職塩沼亮潤さんが大峯千日回峰行に出発するとき、ここで水に打たれて身体を清めたいわれる場所です。

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 1991年に千日回峰行に入り、1999年に満行し、大阿闍梨になられました。

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 20085月に仙台の慈眼寺に予約無しで突撃訪問し、亮潤さんにサインをいただきました。いわゆる追っかけというやつです。

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 脳天大神での参拝をすませ塩沼亮潤大阿闍梨の千日回峰行に想いを馳せつつも、地酒の「八咫烏(やたがらす)」を買い求めてしまいました。

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 宿に戻り、荷物を持って吉野山から吉野駅へと下りました。4月中旬頃になれば下千本といわれるこの辺りは桜の花満開の道になるのですが、この時期は蕾さえ顔を出していませんでした。

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 吉野山に行くときには上りが大変でしたのでロープウェイに乗りましたが、手荷物代も含めて3分で540円取られましたので、帰りは歩いて下山することにしました。吉野駅までは歩いて15分かかりました。

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 11:13発の橿原神宮前行きの近鉄特急が入線してきました。最近はどの私鉄も電車のデザインに力を入れていて、車体だけではなく車内やシートのデザイン、シートの座り心地が良くなっていて鉄道旅が楽しくなっています。

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 指定席に落ち着いて、早速地酒「八咫烏」を試飲しました。スッキリとしていて旨かったです。

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 橿原神宮前駅で11:20発の京都行きに乗り換えました。乗り換えのホームが離れていて乗り換え時間が7分しかなく急ぎました。

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 京都駅に12:16に到着し、3040分の乗り換え時間で、混雑している中京都駅の地下街に駆け込み慌ただしく昼食としました。私はカレーうどん、のんちゃんは九条ネギたっぷりうどん、リコピンはにしんそばと、それぞれ京都の最後の味を楽しみました。

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 リコピンとはここでお別れです。のんちゃんと私は12:58発の新幹線で、リコピンは12:52分発の「スーパーはくと7号」で鳥取へと向かいました。

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 京都発12:58発のひかり468号で新横浜には15:22に着きました。2日間間を置いて、4/573日間大学ゼミの同窓会で京都~丹後半島に出かけることになっていました。

 

雨模様で寒かった古都、桜の開花にはまだまだ早い吉野山でしたが、グルメ旅のような3人道中でした。リコピンにとっては「旅館紫」と「旅館歌籐」さんの宿泊体験はとても良かったようです。別れ際に、次は何処に行きましょうかと言いつつ北と南へと別れました。

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2017年4月14日 (金)

京都~吉野 歌籐さん

4/1(土) 京都から吉野へと移動し、お目当ての「旅館歌籐」さんに到着してホッと一息つきました。

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 吉野駅前も初めて足を踏み入れた場所です。どんよりとした花曇りの空の下、ほとんど人影も見えませんでした。ここから吉野山へはロープウェイに乗りますので先を急ぎました。

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 吉野駅から5分もかからないところにロープウェイ乗り場がありました。料金は乗車券が360円で小さなキャリーバッグが180円で合計540円。たった3分乗るだけでこの料金は高いように思いました。

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 吉野山に着いて、何はともあれ金峯山寺の蔵王堂に参拝しました。

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 「旅館歌籐」さんは吉野の常宿のようなもので過去何回か宿泊しているのですが、201411月に訪れた時は予約が取れませんでしたので「竹林院群芳園」という、聖徳太子が開創しその後空海が入ったという宿坊に泊まりました。

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 チェックインのちょっとした時間囲炉裏端でお茶をいただきました。この旅館に入るだけで気持ちが和らぐのでした。

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 「旅館歌籐」さんは旅館でありながらログハウスが併設されていて、このログ館がお目当てでもあります。吉野杉と桧をふんだんに使っていますので癒やし効果があるのでしょうか。

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 大きなガラス窓とストーブが特徴のログホールも寛ぎの空間で、この時には欧米人のファミリーが寛いでいました。

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 ログホールの目の前には古木の枝垂れ桜があり、花が満開になった時にライトアップされた姿はそれはそれは立派で美しいのですが、まだ半月くらい先です。

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 通された部屋は3人でも広いくらいで、ここで風呂に入ったりゴロゴロしているだけで満足できます。リコピンは初めてで、のんちゃんは2回目です。

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 ここの食事も楽しみの一つです。大和伝統野菜や大和肉鶏などのこだわりの食材が楽しめます。

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 メニューは、吉野葛仕立ての鍋をはじめとして、蕗や土筆や筍など日本酒にはぴったりのもの、鮎の塩焼きも絶品でした。

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 とても若い男の子がアルバイトで働いていて、ぎこちないところもありましたが初々しくもあり好感が持てました。吉野には建築関係の専門学校があるそうでそこの生徒さんとのこと。

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 夕食後は、ログホールでブランコに乗ったりストーブの火で身体を温めたり、四方山話をして寛ぎました。

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 小学生低学年くらいの女の子が興味深そうにこちらを見て、絵を描いていました。ファミリーで宿泊している人も結構います。

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 部屋には布団が敷かれていました。リコピンとのんちゃんの二人は夜遅くまでおしゃべりをしているのですが、私は大抵飲みつぶれて寝てしまうのはいつものことです。

 

吉野山には、桜の他に西行庵や義経の隠れ堂、後醍醐天皇の暮らした部屋や義経と静御前との最後の別れの時に静御前が着て舞ったという着物など見所がたくさんあるのですが、今回は日程の関係で諦めました。

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2017年4月12日 (水)

京都~吉野 清水寺から吉野へ

4/1(土) 2日目は、歩いていける清水寺の観光に出かけた後吉野へと向かいました。

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 とても楽しみにしていた「旅館紫」の朝食でした。京都では、かつてのお茶屋を旅館に改造して、朝食のみ提供してくれるスタイルを「片泊まり」といいます。

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 「旅館紫」を出発して、まだ眠りについている花見小路のお茶屋街を抜けました。

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 置屋の入口には舞妓さんの名札が掲げられていました。

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 花見小路近辺にはバス停があり、清水寺行きのバスは頻繁に出ているのですが、気持ちのいい空気の中を歩きました。さすがにまだ人出はなく、静かでしたが、宿から30分くらい歩いて清水寺に着くと、清水の舞台へ続く道に人影が見られるようになりました。

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 今回は期待していなかった桜も少しずつ花開いているようでした。

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 産寧坂の入口辺りでも枝垂れ桜が頑張っていました。

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 辛党ののんちゃんはお目当ての一味唐辛子をゲットしてご機嫌でした。

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 産寧坂から二年坂へと続く道はいつもごった返しているのですが、久しぶりにゆったりと古都の情緒を味わいながらそぞろ歩きできました。

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 リコピンものんちゃんもお香には目がなく、私もつられてお香の店に入りました。二人の買い物待っている間、片隅においてある椅子に座っているといい香りがしてきました。

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 お香の香りに包まれて活けられたツツジをノンビリと愛でる時間もいいものでした。一人歩きでは味わえない時間でした。

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 緩やかに下る石段と古い店が軒を連ねている二年坂も人が少なく、ゆったりと歩くことができました。

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 かつて何回か泊まったことのある石塀小路辺りは、12食付きの宿や片泊まりの宿が並んでいて、風情のあるエリアです。「旅館紫」からの清水寺への早朝のそぞろ歩きは、古都の情緒をたっぷりと味合うことができました。

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 お花見の名所となっている円山公園も雨模様の天気と桜の開花の遅れでとても静かでした。前日の雨で緑の色を増した柳が生き返ったように鮮やかでした。

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 祇園枝垂れ桜という品種の桜が寒さをものともしないで咲いていました。

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 荷物を預かっていただいた「旅館紫」に戻りました。女将さんと二人はすっかり意気投合していました。最後にシャッターを押してもらいました。

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 祇園四条からバスに乗って京都駅に到着し、早めに昼食をとりました。午前中歩きましたのでノドが渇きビールが旨かったこと。

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 リコピンとのんちゃんの二人は、身体が冷えたということで刻みネギたっぷりのカレーうどん。とても美味しそうでした。

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 私はきつねうどん定食。薄味でありながら出汁がきいたつゆと微妙な甘さのお稲荷さん、美味しかったです。

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 今まで吉野には何回も行っているのですが電車で行くのは初めてで、電車の旅も楽しそうで胸がワクワクしました。

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 近鉄特急で橿原神宮前へ、そこで乗り換えて吉野へというルートで2時間弱の行程です。

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 列車旅でもバス旅でも同じですが、出発前の瞬間というのはどんな光景が見られるか期待に胸が躍ります。

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 私は、食後酒をチビリチビリと。

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 橿原神宮前駅での乗り換えは、到着したホームから乗り換えのホームまでかなり距離があり、吉野行きの電車に乗り換えたとたんにいきなり発車し慌てました。

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 2時間弱の行程で、途中に慌ただしい乗り換えがありましたので景色を楽しむとか旅情を楽しむ間もなく終点の吉野駅に着きました。いつも車で来るときには、東名高速から伊勢湾岸道路を経由しての長距離ドライブですので、列車での移動はとても楽でした。

 

吉野の桜の見頃は4月中旬頃ということは承知していたのですが、観光客の姿が見られない車内や駅構内、花曇りの空模様に、気勢がそがれ盛り上がりに欠けましたが、女性2人はまったく気にする様子もなく楽しげにしていたのが救いでした。

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京都~吉野 緑の提灯

3/31(金) リコピンとのんちゃんは、「みなみ」のおばんざいと高瀬川沿いのケーキ屋に満足そうでしたが、私の京都の夜はまだまだこれからでした。

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 ケーキ屋を出ると真向かいの割烹・小料理のような店があり、ポツリポツリとですが客が入っていき、機会を見て挑戦してみたくなりました。

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 さらに数軒先の店には人が頻繁に出入りしていて、興味をそそられました。

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 赤提灯の居酒屋は当たり前ですが、緑の提灯に出会うのは初めてでした。大衆的なイメージでしたので入ることにしました。

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 カウンター席に座りたかったのですが、既に一杯でした。

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 奥の板の間が空いていましたが、あっという間に満席になってしまいました。

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 居酒屋となればやはり日本酒で、先ず冷酒をオーダーしました。

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 突き出しに出てきた豆腐の美味しかったこと。この居酒屋の実力の一端を知りました。

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 おでんも美味しかったのでした。

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 美味しすぎたのか辛子をつけすぎたのか。

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 私はおでんや鯨刺しなどで満足して、フラフラと高瀬川沿いの道を宿へと向かいました。桜は昼間に見たときよりちょっとだけ花開いたかなという印象でした。

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 リコピンとのんちゃんの二人は、寝る前のお茶の一時に食べるつもりの和菓子を物色していました。

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 次から次へと女性客が入ってきました。

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 宿のある花見小路も雨にしっとりと濡れていて、濡れた路面に灯りが映っていてとてもいい雰囲気でした。

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 粋筋の女性。これからお仕事でしょうか。

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 花見小路を左に折れて「旅館紫」に着きました。

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 部屋には布団が敷かれていました。リコピンとのんちゃん達との3人旅では大体同じ部屋で川の字になって寝るか雑魚寝なのですが、女将さんは気を利かせて別室を用意してくれました。

 

おばんざい、ケーキ、おでんと京都グルメ旅となりました。私はもう12軒梯子したかったのですが・・・。

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2017年4月11日 (火)

京都~吉野 おばんざいとケーキ

3/31(金) 嵐山観光を早々に諦め「旅館紫」で暖をとり一休みした後、この日の本命「おばんざい」を食べに行きました。

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 夕食の場所はおばんざいの名店「めなみ」で2回目となります。昨年予約の電話を入れたのですが断られガッカリしていたところ、大学・ゼミの同窓生の地元のOota君がいともアッサリと予約を取ってくれました。二人にとっては初めての店です。

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 掘りごたつのテーブル席をとっておいてもらい、温かい床がありがたかったです。

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 カウンターにはいろいろなお総菜が並んでいるのですが、盛り合わせ3人分を注文しました。どれもこれも美味しく、リコピンものんちゃんも大喜びでした。

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 私は湯豆腐と熱燗で身体を温めました。

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 のんちゃんは、九条ネギとイカの和え物を追加注文。

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 リコピンは、生春巻き揚げとカモ団子のあんかけを追加注文。

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 最後のシメにだし巻き卵を追加注文しました。

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 出汁がよくきいた京都料理を堪能した後、リコピンとのんちゃんの二人が目をつけていたケーキ屋へ。「めなみ」とは高瀬川を挟んで真向かいにあり、とても雰囲気のある外観でした。

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 そろそろ閉店の時間とのことでしたが何とか滑り込みセーフとなりました。

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 二人の目つきは爛々と、どれも美味しそうでどれにしようか散々迷っていました。

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 店員さんの頭に巻いたスカーフはエミレーツ航空のCAを連想させるものですが、この方はウェイターなのかウェイトレスなのかわかりませんでした。

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 閉店の時間が近いということもあり店内は空いていましたが、オシャレな店内とオシャレな大人の女性の雰囲気がマッチしていて、なかなか良さそうな店でした。自分1人では決して入れない店でした。

 

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 オーダーしたケーキとコーヒーを待つ二人の幸せそうなこの顔つき。

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 ふんだんにフルーツを使っていますのでお値段はそれなりでしたが、満足度はそれ以上のようでした。

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 私は、この後どこか居酒屋に入ろうと思っていましたので何も注文していなかったのですが、無理矢理味見させられました。ちょっと悪のりでした。

 

「めなみ」を知るまでは三条木屋町辺りはあまり足を運ぶことはなかったのですが、白川通りから鴨川に出て三条木屋町に出るルートもいいものでした。桜は全く期待していなかったのですが、「旅館紫」の女将さんから白川通りがまあまあと教えていただきました。雨の白川通りも風情がありました。

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2017年4月10日 (月)

京都~吉野 電車旅

3/31(金) 伏見稲荷に参拝し、花見小路にある宿に荷物を預けてから昼食後、京都観光の定番コース嵐山へと向かったのですが。

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 嵐山へは京福電鉄嵐山線や阪急電鉄でも行けますしバスで行くこともできますが、比較的空いていそうな阪急電鉄で出かけました。雨がシトシトと降っていて傘を携えての観光となりました。

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 年々着物レンタル姿が多くなっているような気がするのですが、着こなしが上手い人とそうでない人がいます。それにしても折角の着物姿も雨では気の毒に思えますが、着物がレンタルというのがせめて救いなのでしょう。雨の日は傘も番傘や唐傘ならさらに風情が増しそうです。

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 阪急電鉄の嵐山駅で降りると、冷たい雨と風、桜の蕾もすっかり縮みあがっていました。

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 とりあえず渡月橋を渡って、嵯峨野方向に向かったのですが。

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 雨にも負けず、風にも負けず、寒さにも負けず、観光客の人の波が続いていました。

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 リコピンとのんちゃんの二人は、観光よりショッピングに関心があるようでした。

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 結局、寒いので福井電鉄嵐山線で市内中心部の宿に帰ることにしました。

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 嵐山線の車内は、雨のせいか空いていました。

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 嵐山線は路面電車区間もあり、雨に濡れ閑散とした街中をノンビリと走りました。多くの人で賑わう京都駅周辺や祇園を見ましたので、雨に濡れてしっとりとした静かな古都を車窓からボンヤリと眺めるのもいいものでした。

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 行き交う1両の電車も風情がありました。

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 終点に到着し、ミニミニ電車旅は終わりました。

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 福井電鉄嵐山線の終着駅は四条大宮駅で、ここから再び阪急電車に乗り換えて四条河原町へと向かいました。

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 雨にもかかわらず花見小路は相変わらずの賑やかさでした。

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 この日の宿「旅館紫」に戻ると女将さんが桜餅とビールのつまみを出してくれました。小一時間、暖房のきいた部屋で身体を温め、小休止をして夕食への出陣に備えました。

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 夕食は三条木屋町のおばんざいの店を予約してありましたので、先斗町辺りを散策しながら向かいました。

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 先斗町から高瀬川が流れる木屋町に出ると、高瀬川にかかる桜も雨に打たれて蕾状態でした。

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 人出が多すぎマナーの悪い観光客が周囲に迷惑をかけるとかでライトアップが中止された白川通り、桜も観光客も寒さに震えていました。

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 氷雨と寒さの中、健気に咲いている桜もありました。

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 二人も寒そうにしていて、早く夕食に行きたがっていました。

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 雨に煙る白川通りは、しっとりとしていてこれもいいものでした。

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 白川通りから三条大橋を渡って、東海道五十三次の弥次喜多に久しぶりに再会しました。

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 夕食の予約をしてある三条木屋町の高瀬川沿いは、とても絵になる風景でした。

 

雨の寒い寒い京都でしたが古都の雨も風情があり、「京都の恋」の 白い京都に 雨が降る というフレーズが思い浮かんだりしたのですが、リコピンとのんちゃんはあまり関心もなく、もっぱら 花より団子 でした。

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2017年4月 8日 (土)

京都~吉野 再会

3/314/223日の日程で京都~吉野へと行きました。2007年から続いている恒例行事のようなもので、カミさんと一緒のことが多いのですが、カミさんは引っ越し直後でそれどころではないということでしたので、鳥取のリコピン、横浜ののんちゃんと私の3人旅となりました。

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 私は引っ越しして初めての新幹線利用で町田駅から新横浜まで行き、のんちゃんは横浜経由で、新横浜で合流しました。新横浜07:21発の「ひかり461号」で出発しました。

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 旅の楽しみ、特に列車旅では駅弁が楽しみの一つです。また朝からビールや酒が飲めるのも大きな楽しみです。この日の駅弁は「東海道新幹線弁当」というもので東海道線沿線各地の名物を並べたもので、なかなかのものでした。

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 東海道新幹線のもう一つの楽しみは、進行方向右側に姿を現す富士山なのですが、下り坂という天気予報通り雲と霞に邪魔されて、かろうじて肉眼で確認できる程度でした。新幹線は曇りのち雨という予報の京都へ向かってまっしぐらに突っ走りました。

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 鳥取からのリコピンは鳥取発06:39の「スーパーはくと2号」で09:53に京都駅に到着しました。リコピンとのんちゃんは昨年7月に伊勢神宮~伊勢志摩に行って以来の再会で、私とは昨年の11月に鳥取に行ってお世話になって以来の再会でした。

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 京都駅に着いたらとりあえず伏見稲荷に参拝するのが習わしになりました。前年お願い事をして買い求めたお札をお炊きあげに戻し、また新しいお願い事をしました。

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 伏見稲荷にはキツネがたくさんいて「狛狐」なのですが、「眷属(けんぞく)」とも「白狐(びゃっこ)」ともいわれています。この「狛狐」は稲穂、巻物、鍵、玉の4種類です。

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 外国人が訪れたい日本の観光地伏見稲荷で最も有名な千本鳥居、リコピンは伏見稲荷は初めてでしたのでその千本鳥居の入口まで案内しました。千本鳥居のある辺りは神の降臨地である山の入口にもあたり、現世から神様のいる霊界へと続く門として鳥居が建てられたのが始まりとされています。これらの鳥居は歴史は意外に新しく江戸~明治時代、参拝者の奉納によって建てられたそうです。

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 空を見上げますとどんよりとした空模様(この直後雨が降ってきました)で、桜の木には蕾から脱皮しかかった花が寒さに震えているようでもありました。

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 のんちゃんは事情があってしばらくは神社仏閣にはお参りできないために門前にあるお茶屋でコーヒーを飲みながら待っていました。リコピンとお茶屋の戻ると、リコピンは早速ぜんざいを注文していました。

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 伏見神社に参拝した後、雨も降ってきましたのでとりあえずこの日の宿「旅館紫」に荷物を置きに行くことにしました。「旅館紫」は祇園のど真ん中、花見小路にあります。今、京都で大流行のレンタル着物の娘さん達も雨の中大変そうでした。

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 「旅館紫」は前年に初めて宿泊してすっかり気に入りましたので、京都での常宿のつもりで今回も宿泊することにしました。

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 四条河原町近くに一風変わった店があり、ここを通るたびに気になっていました。

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 店先で焼いているお好み焼き風の食べ物は、男1人で入るにはちょっと気恥ずかしく思っていましたが、今回はリコピンとのんちゃんがいますので3人で入ることにしました。

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 リコピンものんちゃんも店内のディスプレイに興味津々でした。

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 私は、旅の醍醐味のコップ酒。

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 日頃食べないお好み焼きですが、なかなか美味しいのでした。

 

雨に降られ、桜も期待できないという悪条件でしたが、雨の京都をブラブラと気ままに歩くのもいいものでした。

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2017年4月 4日 (火)

京都へ

3/31から23日で京都・吉野へと行ってきました。天気は最悪で、おまけに桜の開花が遅れていて最悪のコンディションでした。特に桜の名所吉野は、もともと桜の開花が遅く4月中旬頃が見頃といわれていますので桜は全く期待できませんした。

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 (画像は20164月会津若松・庄助の宿で) 今回の旅は鳥取からのリコピンと横浜からのんちゃん、相模原から私の3人旅となりました。この3バカトリオは、昨年会津若松や伊勢神宮・伊勢志摩などに出かけた仲良しグループです。天気予報も桜も最悪でしたが、3人で賑やかに京都を楽しみました。

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 4/1に京都で桜を愛でるという行事は、2007年に始まりました。この年の4/1に旧東海道五十三次歩きで京都・三条大橋にゴールしました。4/1のゴールに合わせて広島からMさんが、岩国からママさんがわざわざ京都まで来てくれました。

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 高瀬川近くの居酒屋で乾杯した後、ほろ酔い気分で眺めた桜はとても美しかったのですが、その時、仕事の大事な仲間の訃報が届きました。以来、東海道ゴールの記念と彼への弔いを兼ねて京都に出かけるようになりました。

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 3/314/1の京都3人旅の後、明日からの4/54/73日間は大学ゼミの同窓会旅行で京都~丹後半島に行くことになりました。大学創設者福澤諭吉先生の思想・理念を最も強く受け継いだのではないかと思われる加藤寛先生(20131.30にお亡くなりになりました)の門下生10人(ご夫人同伴者が4人いますので総勢14人)で京都を旅することになりました。画像(ゼミ同窓生のK大名誉教授K君提供)は、加藤先生が創設したSFC(湘南藤沢キャンパス)に植樹された加藤先生記念樹の蕾です。私たちが京都に出かける頃にはこの蕾も満開になっているでしょう。

 

3/314/2の京都~吉野は最悪のコンディションでしたが、4/54/7の京都で同窓会は天気も桜も良さそうです。その記録は京都から戻ってまとめたいと思っています。

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