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2017年5月18日 (木)

ベトナム大縦断 02ホーチミン市内観光

4/23(日) 成田を朝出発し、高温多湿のベトナム南部のホーチミンシティに着きました。早速市内観光となりました。

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 最初の観光地は定番の「統一会堂」でした。統一会堂の柵の前にちょっと派手なベトナムの民族衣装アオザイを着た若い女性が2人、立ち止まったり時々ブラブラと歩いたりしていました。

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 統一会堂は、ベトナムを代表する建物であり、観光スポットになっています。最初の建物は、フランスの植民地であった1868年に建設に着手されたものですが、1962年のクーデターにより2機の戦闘機によって大破し、1966年に南ベトナムの建築家によって再建されました。

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 この日は日曜日でしたので、観光客よりもベトナム人のファミリーや若者の姿をたくさん見かけました。自分で自分の写真を撮る中国・韓国発自撮り は、前回(2014年)はあまり見なかった光景で、あっという間に世界中に広まっているようでした。

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 15:41(時差は-2時間、日本時間では17:41、以降は現地時間表示)写真を撮ってもらいました。あまりこういう所での記念写真は好きではないのですが、とりあえずベトナムに着いたという証拠写真です。

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 統一会堂の広い庭の片隅に2台の戦車が展示されています。今から42年前の1975430日、ベトナム戦争の終結時に統一会堂(当時は南ベトナム大統領官邸)の正門に2台の戦車が突入し、サイゴンが陥落しました。2台の戦車は中国製とソ連(当時)製ので、いわばサイゴン陥落のシンボルであり、国宝に指定されています。

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 この統一会堂は、政情が不安定な時代に呼び名がたびたび変わりました。フランスが統治していた時代には「ノンドン宮殿」、1955年にベトナム共和国(南ベトナム)が成立した後には「独立宮殿」と改名されました。歴史の荒波に翻弄されてきました。

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 ベトナム戦争終結時まではベトナム共和国(南ベトナム)の大統領府及び官邸として使用されていました。現在は、当時の豪華な設備が再現されて観光資源となっています。

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 ベトナム戦争は雑駁にいえば南北ベトナムの争いで、ベトコン率いる北ベトナムが勝利し、南ベトナムの首都サイゴンは陥落し、現在はホーチミンシティとなっています。現地ガイドのタァーオさんは、旧サイゴン出身で、ホーチミンシティという都市名よりもサイゴンという都市名に愛着があるようでした。多くの人がサイゴンという名前に愛着を持っているとも言っていました。

 

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 統一会堂の屋上には南ベトナムの大統領が使用した脱出用ヘリコプターも展示されていました。南ベトナムを後押ししたアメリカの軍事顧問団はやはりヘリコプターで素早く米艦艇に脱出したとのことです。当時の様子はTV報道などでも見たことがあり、そう遠い歴史の彼方の話ではありませんので生々しく感じました。

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 統一会堂の正門に真っ直ぐと向かってくる道路は、かつては2台の戦車が突入してきた道ですが、現在は自動車やバイクが走っています。3年前に比べて乗用車が随分増えているように感じました。ベトナムでは車の対する関税は200%以上で、例えば日本で200万円の車はベトナムでは400万円以上するそうです。それだけ経済は成長し金持ちが増えているということで、それはまた貧富の差が拡大しているということもできます。

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 私たちは涼しい日本から来て、高温多湿(気温35℃、湿度90%)の重い空気の洗礼を受け、観光が終わると早足で冷房が効いている観光バスに逃げ込んだのですが、涼しいバスの中から見る緑はとても美しく見えました。

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 2つめの観光は「サイゴン大教会」でした。サイゴンが陥落しホーチミンシティという名前になりましたが、さすがに教会の名前までは改名できなかったということでしょうか。ベトナムの宗教事情は、人口の8割りが仏教徒で残りの2割がキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教だそうです。

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 フランスの植民地時代に建設されたネオ・ゴシック様式の教会です。日曜日には熱心なカトリック教徒がミサに訪れるそうですが、観光スポットにもなっています。

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 サイゴン大教会のすぐ近くの中央郵便局を背景に記念写真。この中央郵便局もサイゴン中央郵便局と呼ばれています。この近くにはサイゴンのシャンゼリゼともいわれる「ドンコイ通り」があり、付近一帯が植民地時代の面影を残す観光地となっています。

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 ベトナムの歩道にはたくさんの店が出ていますが、その中であまり見かけなかったイカの干物で、1400円とかで後々考えるととてつもなく高いものでした。

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 ベトナムの路上はとても面白く、まったくヤル気のなさそうなおじさんがいました。路上の物売りは女性が多くしかも元気なのですが静かなおじさんでした。最初の暇そうな画像から3分経過後には若い2人連れの客がついていて結構商売になっているようでした。こんなおじさんの商売を見ている自分も随分暇だなあと思ってしまいました。

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 小学生と思われるグループが歩いていました。この日は日曜日ですので社会見学かミニ遠足か。ベトナムでは若者が多く、また子どもが増えすぎて2人っ子政策がとられるともいっていました。ベトナムの人口構成は、年少人口(014歳)24.3%、生産年齢人口(1524歳)17.8%、生産年齢人口(2564歳)52.2%で、24歳以下の人口が4割も占めています。我が国と比較するのも嫌になります。

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 どの道路もどんな小さな辻にもバイクが押し寄せていました。これぞベトナムの風景です。

 

3年ぶり2回目のベトナム・ホーチミンシティ訪問であり初めて訪れる国ではない安心感(反面新鮮な刺激には欠けますが)のせいか、ゆとりを持って風景を眺めることができました。訪れた観光地も定番の名所ですので感動は少なかったのですが、改めてベトナムの歴史や現状、これからのこの国のこと、それと比較しての日本のことなどを考えることができそうでした。

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