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2017年5月 7日 (日)

京都寛六会紀行 13丹後半島 天橋立・股のぞき 

4/6(木) 福知山で丹後鉄道に乗り換えて天橋立に到着し、ケーブルカーで傘松公園に上り、「天橋立の股のぞき」に挑戦することとなりました。

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 雨と風は強くなりましたが、股のぞきへの挑戦に向かいました。

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 会場?の傘松公園には説明書きがありました。それによると、“股の下から逆さまに天橋立をのぞくと、まるで天空に一本の橋が架かっているかのような素晴らしい景色が望める” とありました。

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 肝心の天橋立は、鉛色の海を内海の阿蘇海と外海の宮津湾に二分していて、たしかに海の上を歩いて彼方へと通じる道となっていましたが、天空は様々な形をした雲が風に飛ばされ、股のぞきの条件としてはこれ以上ない悪条件でした。午前中の醍醐寺の桜が見事過ぎた反動がきたのかもしれません。

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 風雲急を告げるかのような空模様の下、他に観光客は見当たらず、順番に股のぞきに挑戦しました。天橋立が天空へと続いているか確認するほどの余裕もなく、傘が風に飛ばされないように、身体がぐらつかないようにしているのが精一杯でした。

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 紅一点のこの方はどなたでしょうか。頭が膝の下の方にまできていて前傾の屈伸率が高く、いかに身体が柔らかいかがわかりました。

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 名誉教授と元市長の異様に見えるツーショット。

 

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 名誉教授の撮影は、極めて真面目なものであるとわかりました。やはり教授になるような人は私たち常人とは頭の構造も発想も異なるようです。

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 こちらはさらに異様に見えますが、他に観光客はいませんでしたので私たちの独壇場でした。

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 大爆笑の後、何事もなかったように集合写真を撮りました。ここでも楽しい思い出ができました。

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 股のぞきで見た光景です。天空への道に見えるでしょうか。もし快晴だったら見え方はもっと異なったかもしれませんが、それ以上に、皆さん歳はとっても稚気は残っていて、思い出しても可笑しくなる楽しい思い出ができました。

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 雨風の強い中、めげずに天橋立の股のぞきではしゃぎましたので、温泉でさっぱりとして宴会が始まりました。堅苦しい挨拶は無しで。

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 海の幸を中心にして美味しい料理とお酒をいただきました。談笑とお酒を飲むのに気をとられ、この後の料理の写真はすっかり忘れてしまいました。

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 いつもの寛六会・飲み会と同じように言いたい放題でしたが、奥様方が加わった分華やかな雰囲気となりました。いつもの寛六会は、乾杯の後キックオフスピーチ(テーマは自由でアットランダムな順番制)を15分程度行い、質疑応答の後順番に近況報告となるのですが、今回は特別参加の奥様達にご意見や感想をお伺いし、お惚気も聞かせていただきました。ご馳走様でした。

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 次から次へと料理が出てきて、酒も随分進みました。

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 宴たけなわの頃、Itoh君から醍醐寺の桜を題材とする俳句の紹介がありました。一般に俳句は何回も推敲する場合もあるそうです。惚け防止に良さそうです。

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 2年先輩のKohnoさんとは卒業以来の再会でしたので、特別スピーチをお願いしました。闘病生活だった学生時代の話や加藤先生の励ましなど貴重なお話しを聞かせていただきました。今後、寛六会・飲み会に参加していただけるようお願いしました。

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 ゼミ仲間の中ではトップクラスの真面目・几帳面、曲がったことが大嫌いな名誉教授もニコニコ顔でした。台湾の学会ではさぞかし威厳をもって司会役を務めたと思うのですが、天橋立の股のぞきでの激写を思い出すとつい吹き出してしまうのです。愛妻家でもあり、次の日は奥様とここで合流(連泊)するとか。きっと待ち遠しいのでしょうね。

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 Ohta夫妻にはすっかりお世話になりました。翌日の丹後半島観光まで気が抜けないのかもしれませんが、醍醐寺の桜も雨に烟る天橋立もいい思い出となり、きっと翌日の観光も楽しいものになると楽しみにしました。

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 宴会の後は、奥様方にはお部屋でお休みいただき、二次会となりました。酒とつまみは、旅館の目の前にあるスーパーでOhta君、Shimomura君と私で仕入れたものでした。いつもの寛六会のように、話題は尽きることがなく、最後はゼミ討論会のようになりました。

 

寛六会が、いかに愉快な連中の集まりであるか再認識した一日でした。

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