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2017年5月 7日 (日)

京都寛六会紀行 14丹後半島 伊根湾巡り

4/7(金) 23日のゼミ旅行も最終日となりました。この日のメニューも盛りだくさんで、先ずは周遊船に乗って伊根湾巡りとなりました。

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 丹後半島は、京都府北部の日本海に突き出た半島です。京都府京都丹後市、伊根町、宮津市などの市町が含まれ、巨大古墳があり江戸時代発達した丹後ちりめんなどが有名で、天橋立や丹後松島など観光地や景勝地が多く、今回はそのうちの一つ「伊根の舟屋」を海から眺め、街並みを歩こうというプランです。もちろん、このプランはOhta君(もしかしてご夫妻で)が考えてくれました。

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 宿泊した旅館からは海を眺めることができました。海は天橋立によって阿蘇湾と宮津湾に二分されていて、目の前の海は阿蘇湾で、なんと淡水とのことでした。前日は雨が降っていたのですが、この日は青空が見えるかも。

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 一日の活力源の朝食は、質量ともに十分で美味しくいただきました。海辺の旅館や民宿では、海の幸の朝食が楽しみです。

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 俳人Itoh君も元気よく、旅館から飛び出てきました。

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 旅館の前にはチャーターした中型観光バスが待機していました。ガイドさん付きで、後ろ姿は若い女性のようでした。

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 最初に訪れたのは予定にはなかった「丹後国分寺跡」でした。国分寺は、741年に聖武天皇が仏教による国家鎮護のために、日本の各地に建立を命じた寺院であることはよく知られていることですが、丹後国分寺は天橋立を一望できる台地上に建立されました。

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 ガイドさんは、お歳を召したおじさんかおばさんを想像していたのですが、若い女性でした。

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 元国分寺市長(Hoshino家は国分寺のご住職)のHoshino君の存在を知ってここに案内されたのかどうかはわかりませんが、Hoshino君は感激していました。私たちの存在が目立ったのか、丹後郷土資料館の方が説明に馳せ参じていただきました。

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 目的地伊根浦へは快適な海沿いの道を快適に走りました。まだ雲が低く垂れ込めてはいるものを青空も広がっていました。

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 30分ほど走り、09:00出発の伊根湾巡りの周遊船が待っていました。

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 周遊船に乗り込んでゆったりとした開放的な気分になりました。

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 伊根湾は、日本海にありながら南に開けた珍しい湾だそうです。青空も随分広がってきました。

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 寛六会で初めての夫婦同伴でしたが、勇気をふるって参加していただいた奥様方も楽しそう。関東に住んでいるShimomura夫人もItoh夫人も、Hoshino夫人も京都に知り合い(Ohta夫人)が一人増えたことになり、奥様同士のこれからの交流も考えられます。

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 Kagawa教授とは学生時代からドライブに行ったり長いお付き合いです。大学3年の時、彼の運転で先輩(4年)のゼミ合宿の宴会に参加し、先輩に勧められるままに杯を重ね、帰りの車の中で吐くなどの醜態を演じてしまい大変迷惑をかけたこともありました。50年後にこうして船に乗っているのも感慨深いものがあります。教授は愛妻家(恐妻家という噂も)でもあり、奥様とこの日の午後に合流することになっていて嬉しそうでした。

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 俳人Itoh君は、また俳句を考えているのでしょうか。彼とはゼミだけではなくクラスも一緒で、クラスでもトップの秀才ぶりを発揮していたものでした。外国語学校の教師をしたり、俳句に凝ったり、充実した人生を歩んでいるようです。

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 周遊船には出港の時からカモメが飛び回っていました。しっかりカメラ目線になっていました。

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 舟屋群集落が見えてきました。穏やかな湾を囲むように約230軒の舟屋があるそうです。海と山の間の狭い土地にまるで海に浮かんで見えるように建てられています。

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 舟屋は海上にせり出して建築されていて、1階に舟揚場、物置、作業場があり、2階が居室となっています。民宿を営んでいる家もあります。こうして海から眺める景色も、民宿として営業している舟屋から見る海の景観は、伊根町の代表的な観光資源となっています。「NHK連続テレビ小説 ええにょぼ」や「釣りバカ日誌」のロケ地にもなりました。

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 1階部分の床は舟を引き上げるために傾斜しています。こんなところに逗留して、海を眺め盃を傾けるのも一興です。温泉があればいうことがないのですが。参考までに舟屋民宿を検索してみますと11組(最大8人まで)で、2人宿泊ですと1人あたり2万円となっていました。

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 格納庫に一杯に収納されている船も見えました。かつて旅した奥の細道で訪れた「封人の家」では、人馬が一つ屋根の下で寝食を共にした(その様子は芭蕉も句を詠んでいます)住まいが保存されていますが、そこでは馬が大事にされていて、同じようにここでは船が大事にされているようにも見えました。

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 1階の作業場は出漁の準備、漁具の手入れ、魚干物の渇場や農作物の置き場などに利用されています。

    

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 漁村では全国で初めて国の「重要伝統的建造物群保存地区」の選定を受けた景観を楽しみながらの記念写真となりました。

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 伊根湾周遊船は何隻かの船があり、出会った周遊船にはまあまあの人数の観光客が乗船していました。

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 25分間の遊覧を終えて港へと入港しました。港では乗り込む予定の観光客が待っていて、観光地としての小さな賑わいが見られました。

 

最終日の観光のスタートは、静かな湾や大切に保存されている海に浮かぶかのような古い家々を眺めて、京都の華やかな賑わいとは別のんびりとした旅気分に浸ることができました。

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