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2017年5月11日 (木)

京都寛六会紀行 16丹後半島巡り~帰路

4/7(金) 時間が止まってしまったかのような舟屋群集落を散歩た後、丹後半島を巡り帰路へと着きました。

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 天橋立で1泊し、翌日チャーターした観光バスで船着き場へと向かい、伊根の舟屋群を海から眺めた後上陸して古い宿場町のような街並みを散策しました。再び観光バスに乗車して、ぐるーっと丹後半島を反時計回りに巡り、海沿いの道を観光しながら昼食をとってJR網野駅から電車に乗って京都駅へ向かい、京都駅で現地解散という予定になっていました。

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 丹後半島は、ほとんどの半島と同じように小高い山や丘が海まで迫っていました。舟屋群集落を散策した後、バスに乗ってしばらくは山の中の道を縫うように走りました。

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 最初に着いたのが「道の駅 舟屋の里 伊根」でした。

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 その道の駅は高台にあり、伊根湾を展望することができました。透明のアクリル板に「ええにょぼ」という文字やイカが吊された絵が刻まれていました。「ええにょぼ」とは、丹後弁で美人を意味するそうで、また19934月から半年間放映されたNHK連続テレビ小説のタイトルでもあります。テレビ小説「ええにょぼ」では、伊根地区も舞台となり舟屋群が撮影されて貴重な映像となっているそうです。

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 展望台からは伊根湾を見下ろすことができ、湾内はほとんど波がなく、ここでも時間が止まったようでした。このように見ると、集落のすぐ後ろには小高い山が迫っていて、海に挟まれた狭い土地に肩を寄せ合うように並んでいる様がよくわかりました。このような集落は日本各地にあるようで、かつて歩いた琵琶湖湖畔の管浦集落、奈良時代から続く古い集落を高台から眺めたときも同じような光景でした。

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 集合写真のようなそうでないような、今までの動作を瞬間的にストップしたような自然体の記念写真。ガイドさんのガッツポーズが決まっていました。

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 当初は予算面でガイドさん無しにしようかなとも思ったのですが、ガイドのRyokoさん抜きには考えられない観光でした。次の行く先や予定をその都度私たちに相談して、私たちの意向を汲んでくれたことでした。とても勉強家でしたが押しつけがましい所がなく、奥様方からの評判もとてもよかったのでした。

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 時折バスは山の中を進みました。薄いピンクの山桜のトンネルは、ローカル路線のバスの旅のようでもあり、私たちの目を楽しませてくれました。

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 海沿いの道は、岬めぐりのようでした。

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 「道の駅てんきてんき」に立ち寄りました。店内にはオイルサーディンが並んでいました。これは熊本から参加のOda君が探していたものでようやく見つかりました。美味しそうでしたので私もつられて買いました。

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 一つだけ買ってきたオイルサーディンにはレシピがついていましたが。

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 シンプルにレモンだけで食べました。冷酒でも白ワインでも相性はピッタリでした。

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 私たちの旅を盛り上げてくれたガイドのRyokoさんは、丹後生まれの丹後育ちで丹後から外に出たことはないそうです。丹後をこよなく愛していて、その気持ちが自然にガイドぶりに現れていたようです。きっと今日も丹後半島を駆け巡っていることと思います。

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 12時過ぎに予定通り丹後町間人(たいざ)の「味工房ひさみ」という食堂に入りました。ここ間人は「間人(たいざ)ガニ」で有名で、丹後町間人漁港で水揚げされた松葉ガニ(ズワイガニ)を「間人ガニ」と呼ばれ、品質・味ともに最高級といわれています。水揚げ量が少ないために「幻のカニ」ともいわれています。もう一つ気になっていたのが「へしこの浅漬け」でしたが、結局口にすることはありませんでした。ちょっと後悔しています。

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 バスを降りて、「味工房ひさみ」へと向かいました。どんな美味しい海鮮料理が出てくるか楽しみでした。今回の旅を企画して実現していただいたOda夫妻にとってほぼ最後のイベントで、ここまで辿り着いてさぞかしホッとされたことと思います。

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 席に着くと同時に、キトキト(生きがいい)の海鮮丼が出てきました。ビールやお酒をオーダーする間もなくあっという間に箸をつけて食べてしまいました。

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 あっという間に食べてしまいました。美味しかったです。

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 14:02 網野駅に到着しました。ここで丹後半島巡りは終了しました。私たちは14:14発の電車に乗車する予定でしたのでちょうどいい時間でした。とてもいいガイドさんのお陰で丹後半島の印象がとてもいいものになりました。

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 網野発の電車は空いていてゆったりとしました。

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 網野駅から乗車して、天橋立発14:56発の「特急はしだて6号」に乗り換えました。Oda君が座席指定を手配してくれていましたので、安心してゆったりと京都までの旅を楽しみました。天橋立駅ではKagawa教授の奥様が待っていましたのでKagawa君はここで私たちと別れました。Kagawa君は、私たちが泊まった旅館で奥様と二人きりの連泊となりました。

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 「特急はしだて6号」は京都駅に17:07に到着しました。京都駅で現地解散となり、奈良へと向かう人、京都でもう少しのんびりしたい人~のんびりと酒を飲み過ぎて終電に間に合わず、深夜バスで帰った人もいたとか~様々で、私は17:32発のひかりに乗車しました。

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 旅の思い出をかみしめながら、駅弁をいただきました。楽しい楽しい京都寛六会でした。上七軒の雰囲気とお茶屋の料理も素晴らしく、祇園の夜桜も醍醐寺の桜も見事でしたし、丹後半島のゆったりとした時間は想像以上に素晴らしかったです。

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 この旅がいかに素晴らしかかったか。帰宅後にShimomura君からいただいたメールをご紹介させていただきます。ついでに俳句も。師匠のItoh君はなんというかわかりませんがなかなかのものです。

 

「昨日戻って参り、一夜明けた今も京都、丹後の余韻に浸っております。特に丹後地区は期待を大きく上回る旅になり、太田さんの企画と周到なご準備に家内ともども感謝しております。 

丹後がこんなにも歴史的に由緒ある地域だとは夢にも思っておりませんでした。小野小町、細川ガラシャ、山椒大夫、与謝野鉄幹・晶子、そして与謝蕪村。

 

ここでItohさんのかくれ門下生として一句。

 

蕪村に思いをはせて、

 

伊根の春、海もひとりでのたりかな

 

松風荘にて皆さんの気持ちの若さに感激して、

 

激論の尽きぬ春宵、白髪ゼミ

 

そしてこれからも、

 

旧き友、妻つれ集い飲む酒の楽しき夕べ、また幾たびも

 

ワンランク降格!!

 

それでも数年ぶりに強く印象に残る旅行になりました。」

 

卒業以来50年目の節目に素晴らしい寛六会となりました。現地幹事のOda夫妻に感謝です。ゼミ仲間が今でも元気で、稚気もユーモアもあり、理屈っぽさも衰えていませんでした。素晴らしい仲間との交流にも感謝です。

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