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2017年5月31日 (水)

丹沢登山 花立山荘折り返し

5/30(火) 今年に入って3回目の丹沢登山に行きました。1回目は塔の岳往復、2回目は塔の岳山頂まで登らず花立山荘を往復することにしました。

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 小田急線で渋沢駅へ、駅で登山口大倉までのバスを待っているときに登山者カード投入箱があるのに気が付きましたのでここでカードを入れました。これでもし万一の場合には何とかしてもらえると、ちょっと安心しました。

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 丹沢山の登山口大倉までの始発バス(06:48)には平日にもかかわらずバス一杯の登山者が乗っていました。バスから降りて、早速身支度などの準備にかかっていました。私もいつものように頭にバンダナを巻きストックの長さを調節して07:10いざ出発となりました。

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 丹沢山系はヒルで有名です。丹沢でヒルに吸い付かれたことはないのですが、七面山という山に登ったとき足のかかと部分に吸い付かれたことがありました。そして自宅に戻ると上着のジャケットのポケットからも1匹ノソノソと出てきて、カミさんが悲鳴をあげたこともありました。ヒルはこれから梅雨に向かってジメジメしてくると増えてきます。

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 賑やかに楽しそうに話しながら元気に登って行くグループの人たちも、登りが急になる頃には大抵無口になります。登山者カード箱には単独登山はやめましょうと書かれているのですが、私のような単独登山者は約半分くらいの割合だと思われます。1人でマイペースで歩く楽しみもありますので、ヒマラヤのような山は別格にしても単独登山禁止はあまり現実的ではないような気がします。

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 この日の天気予報では気温は30℃とのことですが、まだこの時間(08:01)は空気はヒンヤリとしていて気持ちよく感じました。朝寝床の中で目覚めたとき前夜の勢いはどこへやら、行かない理由を探しているのです。急に雨が降らないかなあとか足は痛くないのかなあとかグダグダしているのですが、嫌々起き出して山歩きを始め身体が汗ばむ頃にはやっぱり来てよかったと思うのでした。

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 大きな心配事もなく体調不良もなく、こうして山を歩けるのはとても幸せでありがたいことです。マイペースで登っている登山者の皆さんはどうなのでしょうか。気が付いてみれば、かなり前方には夫婦連れですが、前をゆく2人はたまたまでしょうが単独登山者でした。

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 もう5月も終わりという時期ですが、青葉の緑は鮮やかで時々吹き抜けてゆく風は爽やかで、山の中はまだまだ風薫る5月真っ盛りでした。

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 難所ともいえるような急坂が次から次へと目の前に現れてくるのですが、多少は慣れた道ですのでここではどういうペースで登ればいいかがわかっている分楽です。ここではできるだけゆっくりとしたペースで登ればいいか、あるいはここを登りきればその先は少しは息をつける道となるので一気に登ってしまった方がいいのかとか、そんなことを考えながら登るのも楽しいのです。

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 この日の天気予報では午後から曇るとのことでしたが、既に富士山の周りには靄がかかり始めていました。

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 快晴の時には途中で登り疲れて時々上を見上げると青空が目に飛び込んでくるのですが、この日は曇り空の前兆が現れていました。ここでも先を行く登山者は単独行でした。丹沢は急登ヵ所がたくさんありますので、複数人数で登った場合は同じような脚力がないとペースを合わせるのが難しく、どうしても単独登山者が多くなるのではないかと思います。

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 09:50 この日の目的地花立山荘に着きました。ここまでの所要時間は2時間40分でしたのでとてもいいペースでした。

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 花立山荘は大きな山場を越えた地点で、頂上までさらに急登の山道が待っていますので、登山者の多くはここで充分な休憩と水分をとって山頂を目指します。私は少し休みましたら体力的には十分山頂まで行けそうでしたが、予定通りここから下山することにしました。

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 今年初めての丹沢登山では順調に登頂したのですが、下山でヘロヘロになりました。その反省から、充分な余力を残して下山してみたいと思いましたので花立山荘から折り返すとのにしました。

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 脚力に余力がある分、景観を楽しみたいと思いました。遙か彼方には薄雲が湧いているようで、手前の山から彼方の山までグラデーションの水彩画のようになっていました。

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 脚力が弱っているとき、特に膝の粘りがなくなっているときは踏ん張りがきかず段差に足を下ろすとドスンという感じになり、さらに膝に負担がかかるという悪循環になります。この日はかなり余力がありましたのでスイスイと迄はいきませんでしたが、スムースに体重移動ができ、脚をコントロールすることができました。

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 10:32 行き交ったこの女性も単独登山。この時間ですと、これから気温はどんどん上り、傾斜もきつくなりますので大変だと思います。頑張れ!

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 あちこちでツツジが咲いていて、そのオレンジ色かかった赤い色は緑との対比が鮮やかでした。

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 緑の中にひっそりと薄紫色の花びらを広げた一輪の花は健気でした。こんなふうに花を愛でることができるのは下山の体力に余力があるからこそです。

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 11:50 出発したレストハウスに戻りました。4時間40分の花立山荘折り返しでした。お腹が空きましたので、ここで缶ビールを調達しました。

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 登山口の大倉には「秦野戸川公園」があり、以前から気になっていましたので昼食の場所探しを兼ねて探索することにしました。

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 水無川にかかる「風の吊り橋」という名の大きな橋は、かなり距離がありましたが平坦でしたので脚にとってはいいクールダウンとなりました。

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 橋を渡って花を眺めることができるスポットに腰を落とし、買ったビールと持参したお弁当で昼食にしました。

 

暑い陽射しは降り注いでいたのですが、そよそよと水無川の川面を通ってきた風は気持ちよく、昼食をとりながらのんびりとした時間を過ごしました。疲れた身体にほどよくアルコールがまわった頃、ほろ酔い加減でバスと電車を乗り継いで自宅に戻りました。こんなのんびり緩やか登山をこれからも続けたいものです。

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2017年5月29日 (月)

ベトナム大縦断 07バイク事情

4/24(月) クチの地下トンネル観光の後、メコン川のクルーズへと向かいました。クチ観光ではテンションが下がったのですが、バスの中から眺めたバイクの色々は面白く、気分を楽しくさせてくれました。

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 クチの駐車場で待機していたバスに乗り込みました。とてもとても蒸し暑く逃げ込むように乗り込み、クーラーの冷気にほっと一息つきました。

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 バスの車窓から通り過ぎてゆく通りを見ていると、食堂や椅子とビール箱をテーブル代わりに置いた路上にわか食堂がなんと多いこと。自宅ではほとんど炊事をしませんので、数十メートル間隔で食堂があり、どんな時間帯でも人が入っています。

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 もう一つベトナム人にとって必要なのがバイクショップです。ベトナムのバイク保有台数は世界44ヵ国のうち2位で4500万台(一説によると3900万台)だそうです。人口は9400万人だそうですから2人に1人はバイクを保有しているということになります。

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 ベトナムでのバイク保有世帯は86%だそうですのでほとんどの世帯でバイクが保有されているのですが、一方バイクが買えない世帯もあります。ベトナム笠を被った女性が自転車で物を売る姿はベトナムの風物詩のようなものですので、自転車がなくなるのは寂しく感じます。

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 何の店かわからないのですが、看板に日本とベトナムの国旗が描かれていて看板の上には両国の国旗が飾られていました。ベトナムは非常に親日的で、もともと温厚な眼差しの人が多いのですが、こちらが日本人とわかるとさらに優しい顔つきになるようで、とても居心地のいい国です。

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 道端で小さな椅子の上に冷蔵ボックスを乗せて飲み物を売っている男の人がいました。ベトナム笠を被って日陰でお客が来るのをジィ~ッと待っていました。お客は多分バイクに乗っている人と思われ、よほど辛抱強い人か気の長い人のように思われました。さすがベトナム人です。

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 テーブルとハンモックが揃ったハンモックカフェが軒を連ねていました。ここでコーヒーを飲みながら休憩したり昼寝したりするそうですが、ハンモックは小柄なベトナム人に合わせて作られているそうですので日本人でも大柄な人には少々窮屈とのことです。

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 私たちが乗っているバスに並行して、ど派手な車が走っていましたベトナムの仏教との伝統的な霊柩車で、車体は日野自動車のトラックだそうです。この車を見かけたらいいことがあるともいわれているそうです。

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 ベトナム人は働き者といわれていて、今日本に働きに来ているベトナム人はとても多いそうです。蒸し暑い中、汗と油にまみれてコツコツ働いている姿は勤勉そのものです。

 

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 バイクの2人乗り、3人乗りは当たり前の風景になってしまいました。後ろの荷台にはヤングママと幼児が乗っているようですが、母親は居眠りをしているようにも見え、きっとヤングパパを信頼しきっているんだろうと思ったりもしました。

 

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 引っ越しか? 夜(昼)逃げか? これだけ積んだらバランスをとるのが大変そうでよく運転できるものです。

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 日除けの衣装と埃除けのマスクでガンガンにガードして悠々と走っていたおばさん(多分)。

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 華やかな赤い衣装を身に纏って、マスクもしっかりと装着して、貫禄十分のこちらもおばさん(多分)。

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 3年前に比べて、マスクを付けている人が特に目立ちました。それだけ車やバイクによる排気ガス汚染がひどくなっているのと排気ガスに対する意識が高まってきているものと思われました。

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 颯爽と赤で統一した若い女性(多分)。バイクもライダーもファッショナブルになってきているようです。

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 オシャレな帽子の上に赤いヘルメットを被り、オシャレな靴下とサンダルまで気を遣って、ホンダのオシャレなバイクと一体になってたお嬢さん(多分)。

 

バイク大国のベトナムですが、中国、インド、インドネシアに次いで世界4位の市場といわれています。このマーケットの8割近くがホンダ(6割)とスズキ(2割)で占められていて、特にホンダはバイクの代名詞にもなっているとのこと。これからは移動手段としてだけではなく、所得水準の向上につれて娯楽のための大型バイクも普及してゆくだろうと予測されています。問題点は、保険金が高いために保険に加入している人が少ないことだそうです。

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2017年5月28日 (日)

ベトナム大縦断 06クチ

4/24(月) 地下トンネルで有名なクチは、かつてはベトナム戦争の戦跡地でベトコンの有力な拠点でしたが、今や一大観光地となっています。ここは前回訪れていましたし、愉快な場所ではありませんのであまり行きたくない場所でした。

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 ホーチミンシティの地図で見ると、クチはホーチミンから北へ約70kmの位置にあります。

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 09:45 朝から観光バスが続々と詰めかけていました。怖いもの見たさというのでしょうか。

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 入口は植物園のようでありのどかな風景ですので、この辺りでのんびりしていてもよかったのですが、ここまできたらやはり皆さんと行動を共にしました。

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 私は浮かない表情でしたが、現地ガイドのタァーオさんはこの日も元気でVサイン。

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 地下トンネルを中心とした戦跡地への道は地下道を通って入場券を渡した先にあります。いわばここは結界ともいえます。

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 人が集まっている場所があり、軍人(=ここに勤めている公務員)の足下には40cm四方の四角い穴が開いていました。これが全長200kmにものぼるクチトンネルの入口です。

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 地下トンネルはアリの巣のようにはりめぐらされ、生活の全てが行えるように造られています。要するに地下都市です。

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 軍人が地下に潜ってみせるデモを行いました。

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 枯葉にカモフラージュされ、地下トンネルの入口はまったくわからなくなりました。

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 欧米人の観光客が穴潜りにトライしていました。この体格でどうかなあと思ったのですが、見事に潜伏しました。

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 いわれなければ、何の変哲もない雑木林の下に地下トンネルがあるとは思いもしません。ここでの堅固な抵抗がベトナムに勝利をもたらした要因の一つといわれています。

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 戦利品が展示されていました。アメリカ製の戦車でボコボコにされていました。観光客にはアメリカ人もいそうでしたが、これを見てどんな気持ちになるのでしょうか。かつてダイビングでサイパンに行ったとき、日本軍の同じような戦車を見たときはとても嫌な気がしました。

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 ジャングルの中に仕掛けた様々な殺人用の罠が展示されていて担当の軍人がデモで見せてくれるのですが、初めての人は怖いもの見たさで興味深そうに見ていましたが、私は2回目ですのでほとんど見る気がしなくてパスしました。

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 生春巻きの生地を作っていました。地下トンネルの中でこのような作業が行われていたとのことです。炊事などの煮炊きの場合には地下トンエルから煙が出ますので、様々な工夫が凝らされていました。

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 ミシンを使っての縫い物も地下で行われていました。壁に架けられている銃は重量感をもっていました。

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 アメリカ軍の車の古タイヤからゴムサンダルを作る作業も大事な作業だったようです。実に器用に作っていました。

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 古タイヤから作ったサンダルはお土産用としても実用品としても売られていました。95000ドン(ベトナム通貨)ですので、日本円では475円でベトナムの物価を考えるとかなり高いと思いました。

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 地下トンネル体験コースもありました。体力の自信度で、100m体験コースや数10メートルのコースもあり、私たちもトライしました。

 

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数十メートルとはいえ狭くて低くて蒸し暑いトンネルの中を身体を折るように屈めて歩くこと数分、出口に辿り着いてホッとしました。

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 主な食事はタロイモで、蒸かして食べていたそうです。私たちもごま塩をつけて試食しましたが、結構美味しく出された分を完食しました。たまに食べるから美味しく感じるのでしょうが、これが毎日だったらきっと飽きてくると思われました。

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 これが戦士の盛装です。ゴムサンダルを履いていました。ハンモックも必須携帯品で、折りたたんで持ち歩いたそうです。

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 社会科見学でしょうか、高校生くらい(大人に見える人は付き添いか)の集団が見学に訪れていました。クチは、ベトナム解放勢力の英雄的象徴となっています。

 

あまり見たくないクチの観光が終わりホッとしました。

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2017年5月26日 (金)

ベトナム大縦断 05路上ウオッチング

4/24(月) この日は、ホーチミンシティから北西に70km離れたクチ、地下トンネルで有名なベトナム戦争の戦跡地へと向かいました。

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 ベトナムは中国と国境を接していて、南北に細長い国です。スケールは違いますが南米のチリとよく似た形をしています。今回の「ベトナム大縦断」ではその細長い国土を成田ホーチミンフエハノイ成田と北上する旅です。

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 ベトナムでの第1夜が明けて、窓から外を眺めるとホテル内のシンプルで瀟洒な雰囲気とは一変して、いろいろな建物がモザイク模様に建ち並んでいました。

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 朝食はほとんどのホテルがそうであるようにビュッフェ形式で、先ず目をつけたのが好物のフォーでした。フォーのコーナーでは、若いコックが麺汁を煮立たせてその前には茹でたフォーが入った丼と何種類かの薬味とレモンが並べられていました。

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 このホテルのフォーは最もシンプルで、ホテルによってはトッピング用にパクチーなどの香草類をふんだんに置いてあるところもあるのですが。それでも味はシンプルで美味しく朝食用にはピッタリでした。

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 自宅での朝食はシンプルで少食なのですが、旅に出るとどうしても頑張って食べてしまいます。この日も頑張って盛りつけてしまいました。

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 06:53(現地時間) 朝食をすませてホテルの外に出てみました。なかなかいいホテルでしたが、意外に小さなホテルでした。

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 朝の通りに出てみました。高温多湿で暑く感じましたのでこの日からは半袖にしました。ベトナムは暑いために早朝から活動を開始するそうですが、さすがにまだこの時間は出勤するバイクの数は少ないようでした。

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 3人乗りのバイクが目の前を走っていきました。乗車人数制限はあるのですが子どもは乗車人数に入らないそうです。

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 ベトナム人は早朝から活動を開始しますので、朝食を作る時間や燃料費を節約するためにほとんどが外食です。ホテル前の歩道には早々に軽食と飲み物のワゴンが店開きしていました。

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 ホテルに戻りますとベトナムも音楽が演奏されていました。バリ島などの観光地ではよく見る風景ですが、前回のベトナムツアーでは見なかった光景で珍しく感じました。ベトナムの音楽は哀調を帯びて気持ちが安らぐような印象でした。

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 朝食のレストランは人で一杯でした。やはり中国人が多いようでした。

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 ロビーにも出発準備の観光客が集まっていて朝から賑やかでした。最近はベトナムは治安の良さやテロの恐れがないことから観光先として人気が出ています。

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 ホテルを出発して間もなく鉄道のレールがありました。南北統一鉄道のレールで、ホーチミンシティとハノイ間1800kmを結んでいます。ガイドさんの話では36時間かかるそうで、一度乗ったら懲り懲りしたといっていました。

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 路上のあちこちで、朝食をとる姿が見られました。プラスチックケースを並べた簡易テーブルからしっかりとした食卓まで様々でした。

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 出勤する人たちの姿、ほとんどがバイクで、随分増えてきました。

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 ほとんど信号がありませんので、お巡りさんとは思えないような交通整理のお兄さん達も出てきました。

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 このバイク軍団に取り囲まれた私たちが乗っている観光バスの運転手はかなりのストレスを感じていたそうです。バイク同士には隙間がないように思えるほどビッシリと並んでいるバイク、よく接触事故とか起こさないものと感心しました。バイクの事故を見たことはないのですが、実際にはかなりあるとのことでした。

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 ベトナムで最も信頼されて、最も売れているのはホンダのバイクだそうです。ベトナム人はバイクに何でも乗せて運ぶそうですが、水牛を運んだバイクもあったとか。ちょっと想像できませんが。

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 店頭にぶら下がったアヒルの丸焼きは、ベトナムではとてもポピュラーな食材です。水資源が豊富な国で、あちこちに水溜まりや池や沼があり、そこに動くような動かないような白い塊が見えました。それは養殖のアヒルでした。

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 市の中心部から1時間も走りますと、次第にローカルな雰囲気となってきました。

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 さらにのどかな風景となり、日除けのビニールシートの下にはハンモックが吊されていました。簡易喫茶店で、ここでは飲み物とハンモックが提供されていて、冷たいものを飲みながらハンモックで休んだり眠ったりするそうです。ハンモックではベトナムでは非常に重要な寝具であり、休憩用のツールだそうです。ベトコン兵士も常に携帯していたそうです。

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 ゴム園が続いていました。ベトナムには大きな産業はありませんが、ゴムの生産は重要な輸出物資になっていて天然ゴムの生産量は1位タイ、2位インドネシアに次いで世界3位だそうです。しかしなかなか収益が上がらず、他の農作物に転作するケースが増えているそうです。

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 ホテルを08:00に出発して09:41にクチに到着しました。70km、約1時間40分の行程でした。大型観光バスが集結していました。

 

ベトナムの路上風景は見ていても飽きることはありませんでした。それは食べるというとても大事な生活の一面が路上で展開されているからともいえます。

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2017年5月24日 (水)

ベトナム大縦断 04ベトナム料理

4/23(日) ホーチミンシティの一通りの市内観光の後、夕食をとりホテルへと向かいました。この日の夕食メニューはベトナム料理となっていました。

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 市内観光を終えて夕食のレストランに向かいました。ホーチミンシティの中心地を移動しましたのでバイクの量が相変わらず多く、大きな交差点では交通整理の人が出動していました。

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 バスの窓からバスを取り囲むように集まっているバイク、よく見ているとバイクの運転がとても上手いのです。特に後ろに人を乗せている場合には運転が難しいと思うのですが、バイク同士ぶつかるでもなくまるで魔法使いみたいです。

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 3年前にはあまり見なかった光景です。バイクに乗っている人が通りかかった人に道を尋ねているシーンを度々見かけました。新しいバイカーが増えているのでしょうか。

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 もう驚かなくなった4人乗りのバイクですが、ドライバーが比較的若い女性で、全員が女性というのが凄いです。一番後ろがママかヤングおばあちゃんか、運転手はヤングママか娘か、どういう組み合わせなのでしょうか。

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 どの時間帯でもどんな場所に行っても必ず目に入ってくるのが食事シーンでした。どの時間帯でも何かを飲んでいるか食べています。ベトナムでは自炊は暑くて大変ですし光熱費もかかりますので、外食が基本だそうです。

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 夕食のレストランに着いて、先ず飲み物のオーダーをしました。A夫人と初めての乾杯をしました。海外での乾杯は3年ぶりでした。ご主人にシャッターを押してもらいました。

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 アルコール類の選択肢はほとんどビールに限定されました。銘柄は「333(バーバーバー)」や「サッポロビール(ベトナムで製造)」など何種類かありました。ツアー客の皆さんは「333」をオーダーしている人が多かったようです。私は「サッポロビール」(現地生産)にしました。味は、まあ普通でしたが、コクがないように感じました。

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 いきなりフォーが出てきました。私の好物でしたので美味しくいただきました。青いレモンを搾り、赤いチリソースのようなピリッと辛いもの(結構辛かったです)を入れて食べました。お米の麺はツルッとして喉ごしがよく、これだけでベトナムで暮らしていけそうです。

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 定番の生春巻きなど、これらもほとんど日本で食べるのと同じような味でした。

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 イカと厚揚げと多分青梗菜(チンゲンサイ)。これも美味しい味付けでした。

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 牛肉と多分空心菜。これもOK

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 若いというかあどけないというかウェイトレスさんが、山盛りの葉っぱに何かを包み込んでくれました。これも美味しかったです。野菜の種類も量も多く、ベトナム料理は安心して食べられる健康食です。

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 デザートは煮詰めたお汁粉のようなものにアイスクリームがのっていて、善哉のようでした。

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 19:34(現地時間:以降同じ) ホテルに着きました。食事をしてこの時間でしたので楽でした。

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 ホテルはシンプルで落ち着いていて、おまけに連泊でしたのでゆったり気分でした。

 

今回のツアーは、添乗員はいませんでしたし、また現地ガイドは自宅などに戻っているようでした。もちろん緊急の連絡先は聞いているのですが、ホテル宿泊の場合、冷水温水は出るか、シャワーは使えるか、トイレの水は流れるかは、エアコンや照明は大丈夫かなどを先ずチェックして不具合があればすぐにフロントに言わなければならないのですが、添乗員がいない場合はこういうときは困ります。ベトナムは観光に力を入れているためでしょうか、前回も今回もそういったトラブルはありませんでした。

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2017年5月22日 (月)

丹沢登山 森林浴

5/20(土) 大倉尾根コースを上り、鍋割山への尾根歩きを楽しんで鍋割山の山頂に着きました。ここからまた大変な下山が始まりました。

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 鍋割山の山頂にある鍋割山荘は鍋焼きうどんが名物です。私も2014年にここに来たときに食べたことがあります。

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 この日も、鍋焼きうどんの注文が多くて忙しそうでした。

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 鍋焼きうどんを食べるためにここに登ってくる人も多いようです。中には、ビールを飲みながら鍋焼きうどんを食べているグループもありました。

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 山頂で持参したお弁当を食べて小休止し、下山を開始しました。いきなりの急傾斜の下りとなりました。

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 鍋割山の下山道からも富士山を眺めることができました。

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 富士山だけではなく、丹沢の山々を眺めることもできました。視界が開けているだけで心も解放されるような気がしました。

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 急傾斜の下山ですので足下を見ていなければならないのですが、時々目線を上げると丹沢の代表的な花ツツジも目を楽しませてくれました。

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 続々と登ってくる人がいてビックリしました。

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 しかし、かなり厳しい登りで、皆さん喘ぎ喘ぎ登ってきました。この中には鍋焼きうどんを食べるために苦しい思いをしている人もかなりいるようです。

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 バカ尾根といわれる大倉尾根の登りは厳しいと思っていたのですが、鍋割山の登山も同じように厳しそうで、自分に登りきることができるかなあと思ってしまいました。山はどんな山でも侮ることはできないと思ったのでした。

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 途中にあった距離表示の道案内をみて、大倉まで5.9kmという距離に愕然としました。普通に歩いても1時間半の距離ですから山道ですとどのくらいかかるか見当もつきませんでした。

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 少しづつ傾斜は緩やかになってきましたが、気を付けなければならないような道も何ヵ所かありました。

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 軽装で駆け上がってゆく修行者のような人もいて、思わず走りっぷりを目で追いかけてしまいました。

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 山道というよりも沢下りのような道もあり、変化があり面白くもありました。

 

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 渓流を越える場所も何ヵ所もありました。

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 距離表示の標識には大倉まで4.9kmとあり、先程見た標識からまだ1kmしか歩いていないことになり再び愕然としました。

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 長い距離を歩かなければならないのですが、全山緑の中を歩くのは気持ちのいいものでした。

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 下山道に沿って渓流が流れていて、渓流のせせらぎを聞きながらの下山も涼しげで気持ちのいいものでした。

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 渓流の音を聞きながら、緑の木々の間を通り抜ける風を感じながらの下山は心地よく、オゾンたっぷりの空気を吸い込んでしっかりと森林浴ができました。

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 この日の天候は快晴で、気温も30℃近くの夏日でした。登山にとっての大敵は暑さで、暑さ対策には水分補給は欠かせません。登山開始から登頂まではポカリスエット、頂上から下山までは 常温でも美味しいスポーツドリンク 、そして下山から帰宅までは冷凍庫で凍らせたペットボトルとこの3本セット、荷物は重くなるのですがこれでほぼ暑さ対策は大丈夫でした。

 

3年ぶりの鍋割山からの下山でしたが、急傾斜の下山道は厳しい登山道でもあり、かなり厳しいと思っていた大倉尾根コースと同じくらい大変そうでした。森林浴をしながらの下山道は快適でもあるのですが、距離の長さにはちょっとウンザリしました。

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2017年5月21日 (日)

丹沢登山 鍋割山

5/20(土) 連休明けの5/8(月)に続いて今年2回目の丹沢登山に出かけました。この日は、いつもの大倉尾根コースを歩き、塔の岳の手前の分岐で鍋割山を目指しました。

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 この日は週末の土曜日で天気は快晴とあって小田急線渋沢駅の登山口・大倉行きのバス停には長蛇の列ができていました。1台のバスで乗り切れないときには大体臨時バスが出るのですが、この日も臨時バスが出ました。

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 登山口の大倉では、地元のボランティアの人たちが登山カードの提出を呼びかけていました。山で遭難して九死に一生を得た山友達のSuzukiさんに会ったとき、登山カードは絶対に提出すべきといっていましたので、それ以来提出するようにしています。

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 登山ではいろいろな登山者の姿を見かけます。私よりかなり高齢と思われる人が身体を傾けながらもゆっくりゆっくり登っていました。またシニア世代のご夫婦がマイペースで登っている姿はまるで巡礼のように見えました。私もいつまで登れるかわかりませんが、見習いたいものです。

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 後ろを見れば、子どもからシニアまで続々と登ってきていました。

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 この日は週末ですので、この日を待ちかねたと思われる生きのいい若者達がわっしわっしと登って行きました。

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 難所にさしかかると、さすがに皆さんペースダウンとなりました。ここで脚力によって大きな差が出てくるようでした。

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 高度が上がるにつれて、新緑が碧を増してきました。目に青葉、山ホトトギス、初鰹の句が思い浮かんできて、カツオが食べたくなりました。

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 この日も富士山を眺めることができました。冠雪していた部分もだいぶ雪が溶けてきているようで、7合目くらいまで溶けているのでしょうか。雪が溶けた裾野には霞がかかっていて、富士山が浮いているように見えました。

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 難所といわれるバカ尾根には強烈な陽射しが降り注いでいました。これからの時期、この陽射しと暑さが最大の強敵になります。いつも温度が高くなる前にはここを登りきってしまいたいと思っているのですが。

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 振り返ってみました。いつもは塔の岳に登頂した後、ピストンでここを下るのですが、この日は別のコース(鍋割山)から下山しようと思っていましたので、下山時にこの景色を見ることはありませんでした。

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 07:10に登山口を出発して09:52に花立小屋に到着しました。10時前にはここに着きたいと思っていましたので、ここまで順調でした。花立小屋には名物のかき氷の幟が出ていました。ちょっと早めの夏山の風景でした。

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 さらに一山越えて、分岐地点を目指しました。

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 いつもの塔の岳(1,491m)へのルートと今回久しぶりに目指す鍋割山(1,272m)への分岐点にでました。鍋割山へは2.2kmとありました。

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 分岐点からはしばらくは下りとなりました。鍋割山にはいつ行ったのか記憶にないくらい昔に1回行ったことがあり、ルートについてはほとんど記憶がありませんでした。

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 緩やかなアップダウンがありましたが快適な尾根道でした。まばらな樹々の間からは気持ちのいい風が吹いてきて、汗が少しずつ引いていきました。

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 右手には富士山を眺めながら歩くことができ、疲れもとれていくようでした。

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 口笛を吹きたくなるほど快適だったのですが、ふと誰にも会わないことに不安になりました。この日は週末でしたので必ず登山者に出会うと思っていたのですが。朝乗ったバスの中で熊の話をしているグループがいて、丹沢山系には熊が30頭生息していると言っていたのを急に思い出しました。熊除けの用意は何もしていませんでしたし。

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 ようやく登山者に出会いホッとしました。

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 出会った登山者に聞きましたら鍋割山はもうすぐそこですよと教えてもらい、元気を出して最後の登りにかかりました。

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 予想通り分岐点からほぼ1時間で鍋割山山頂に着きました。予期に反して山頂にはたくさんの登山者がいてビックリしました。

 

前回(5/8)の登山では順調に山頂に着いたのですが、下山でヘロヘロになってしまいました。その反省から、今回は下山の体力を残すことをかなり意識して無理しないようにしました。その結果、鍋割山に着いたときもあまり疲れは感じませんでした。

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2017年5月19日 (金)

ベトナム大縦断 03 ペンタイン市場

4/23(日) ホーチミンシティの市内観光で統一大会堂やサイゴン大教会などを巡った後、ペンタイン市場へと向かいました。

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 「ドンコイ通り」に向かってサイゴン大教会をグルッと回り込むように歩いてゆくと、ネオ・ゴシック様式の、歴史を経てもあるいは歴史を経るほど輝きを増す建造物の重みを感じるような気がしてきました。かつてはフランスの統治下にあった訳ですが、植民地化というのは決して悪いことばかりではないようにも思えました。パンもその一つで、フランスパンはとても美味しかったのでした。

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 サイゴン大教会前の広場では信者さん達が、会合か記念写真を撮るためか集まっていました。子どもの多さが目につきました。

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 サイゴン(ホーチミンシティの旧名)のシャンゼリゼともいわれるドンコイ通り、日本でいえば銀座通りでしょうか、歩道のいたる所に大型バイクが駐車してありました。バイクはベトナム市民にとっては必需品ですが、買える人と買えない人、買える人でも中古しか買えない人と大型を買える人など、貧富の差はかなりはっきりしています。

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 ドンコイ通りをガイドさんに付いて行くとお土産屋さんに案内されました。女性の皆さんはいろいろ物色していましたが私にとってはまったく興味はありませんでした。

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 買い物に興味のない人や飽きた人は2階に休憩所があり、お茶のおもてなしを受けました。お茶請けのドライフルーツはここで食べると美味しいのですが、お土産に買って帰るとあまり美味しくないのは何故でしょうか。

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 街角には日本のように自動販売機はなく、こういったお土産屋さんに冷蔵ケースがあります。水のペットボトルが4,000ドンとなっていて、ベトナムの通貨1ドンは日本円にすると0.005円です。ペットボトルは20円ということになります。ビール12,000ドンは60円、15000ドンは75円で、最初は桁の多さにビックリして、次に物価の安さにビックリしました。ベトナムの物価は日本の1/8くらいといわれています。

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 ベンタイン市場の近くの街角は、日曜日とあって賑わっていました。

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 ベンタイン市場は、トルコのグランドバザールやモロッコのメディナやフナ広場の市場と同じように人混みでごった返していましたが、それ以上に店の多いのには圧倒されました。

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 お店も多く、決して広くない店先には雑貨類が所狭しと並べられていて、いつ売れるのだろうと思ってしまいました。しかしここで商売している以上商売が成り立っているからでしょうし。

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 何かを干した乾物類でしょうか、得体が知れないものばかりです。ベトナムでは農作物は三毛作ですので、食材は豊富です。

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 フルーツもいかにも美味しそうですが、ガイドさんからは農薬がたっぷり使われているおそれがありますので買わないようにと釘を刺されていました。

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 当然のごとくドライフルーツも種類も豊富でどっさりとありましたが、この市場ではほとんどの商品に値段がついていなくて、観光客はふっかけられるのであまり買わない方がいいともいわれました。

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 ベトナムでは路上でもこういった市場でも飲食する場所はいくらでもありますが、ここでもガイドさんには食べない方がいいといわれました。かつてベトナムはひどく貧しくそのためにどんな物でも食べて免疫力ができているが、日本人には免疫力がないということはガイドさんから何度も言われました。

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 それにしても、慣れたらこの国には食材は豊富ですし安いので暮らしやすいのではないかと思いました。

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 この国の食糧事情に慣れて、免疫力ができるまでにはかなり時間がかかりそうな気がしました。

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 市場の店や商品に圧倒されて疲れ、外に出ると相変わらずのバイクの多さにも圧倒されました。

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 市場の外の歩道や車道にも、バイクの荷台に商品を積んだ物売りがあちこちに。

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 こちらは子連れの、いかにもコピー物とわかるライターや雑貨などの物売り。断られても断られても決してめげないのが凄いです。かつて中国やアメリカなどの大国と戦争して決して負けなかったDNAが息づいているのかもしれません。

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 こちらは自転車の荷台に商品を積んでいました。売れそうなものは何でも売ろうとしています。ベトナム人特に女性は驚くほどの働き者です。

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 交差点にはほとんど信号がありませんので、道路を横断するときはバイクを避けて歩くというより、泰然と歩くとバイクが避けていくようでした。私たちも後日ハノイでバイク軍団が走っている道路を横断しましたが、コツはゆっくり真っ直ぐ歩くことだそうです。

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 バイクの2人乗り、3人乗りは当たり前ですが、ドライバーが若い女性で後ろに乗っているのも若い女性というのも当たり前で、日本では決して見られない光景です。あっという間に私の目の前を通り過ぎ、お顔を撮れなかったのが残念です。

 

どこへ行っても人とバイクの多さは3年前よりさらに加速しているような印象でした。ただ、例えば中国人の集団に出くわすととても煩いのですが、ベトナム人はとても静かで人懐っこいのです。

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2017年5月18日 (木)

ベトナム大縦断 02ホーチミン市内観光

4/23(日) 成田を朝出発し、高温多湿のベトナム南部のホーチミンシティに着きました。早速市内観光となりました。

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 最初の観光地は定番の「統一会堂」でした。統一会堂の柵の前にちょっと派手なベトナムの民族衣装アオザイを着た若い女性が2人、立ち止まったり時々ブラブラと歩いたりしていました。

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 統一会堂は、ベトナムを代表する建物であり、観光スポットになっています。最初の建物は、フランスの植民地であった1868年に建設に着手されたものですが、1962年のクーデターにより2機の戦闘機によって大破し、1966年に南ベトナムの建築家によって再建されました。

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 この日は日曜日でしたので、観光客よりもベトナム人のファミリーや若者の姿をたくさん見かけました。自分で自分の写真を撮る中国・韓国発自撮り は、前回(2014年)はあまり見なかった光景で、あっという間に世界中に広まっているようでした。

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 15:41(時差は-2時間、日本時間では17:41、以降は現地時間表示)写真を撮ってもらいました。あまりこういう所での記念写真は好きではないのですが、とりあえずベトナムに着いたという証拠写真です。

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 統一会堂の広い庭の片隅に2台の戦車が展示されています。今から42年前の1975430日、ベトナム戦争の終結時に統一会堂(当時は南ベトナム大統領官邸)の正門に2台の戦車が突入し、サイゴンが陥落しました。2台の戦車は中国製とソ連(当時)製ので、いわばサイゴン陥落のシンボルであり、国宝に指定されています。

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 この統一会堂は、政情が不安定な時代に呼び名がたびたび変わりました。フランスが統治していた時代には「ノンドン宮殿」、1955年にベトナム共和国(南ベトナム)が成立した後には「独立宮殿」と改名されました。歴史の荒波に翻弄されてきました。

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 ベトナム戦争終結時まではベトナム共和国(南ベトナム)の大統領府及び官邸として使用されていました。現在は、当時の豪華な設備が再現されて観光資源となっています。

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 ベトナム戦争は雑駁にいえば南北ベトナムの争いで、ベトコン率いる北ベトナムが勝利し、南ベトナムの首都サイゴンは陥落し、現在はホーチミンシティとなっています。現地ガイドのタァーオさんは、旧サイゴン出身で、ホーチミンシティという都市名よりもサイゴンという都市名に愛着があるようでした。多くの人がサイゴンという名前に愛着を持っているとも言っていました。

 

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 統一会堂の屋上には南ベトナムの大統領が使用した脱出用ヘリコプターも展示されていました。南ベトナムを後押ししたアメリカの軍事顧問団はやはりヘリコプターで素早く米艦艇に脱出したとのことです。当時の様子はTV報道などでも見たことがあり、そう遠い歴史の彼方の話ではありませんので生々しく感じました。

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 統一会堂の正門に真っ直ぐと向かってくる道路は、かつては2台の戦車が突入してきた道ですが、現在は自動車やバイクが走っています。3年前に比べて乗用車が随分増えているように感じました。ベトナムでは車の対する関税は200%以上で、例えば日本で200万円の車はベトナムでは400万円以上するそうです。それだけ経済は成長し金持ちが増えているということで、それはまた貧富の差が拡大しているということもできます。

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 私たちは涼しい日本から来て、高温多湿(気温35℃、湿度90%)の重い空気の洗礼を受け、観光が終わると早足で冷房が効いている観光バスに逃げ込んだのですが、涼しいバスの中から見る緑はとても美しく見えました。

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 2つめの観光は「サイゴン大教会」でした。サイゴンが陥落しホーチミンシティという名前になりましたが、さすがに教会の名前までは改名できなかったということでしょうか。ベトナムの宗教事情は、人口の8割りが仏教徒で残りの2割がキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教だそうです。

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 フランスの植民地時代に建設されたネオ・ゴシック様式の教会です。日曜日には熱心なカトリック教徒がミサに訪れるそうですが、観光スポットにもなっています。

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 サイゴン大教会のすぐ近くの中央郵便局を背景に記念写真。この中央郵便局もサイゴン中央郵便局と呼ばれています。この近くにはサイゴンのシャンゼリゼともいわれる「ドンコイ通り」があり、付近一帯が植民地時代の面影を残す観光地となっています。

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 ベトナムの歩道にはたくさんの店が出ていますが、その中であまり見かけなかったイカの干物で、1400円とかで後々考えるととてつもなく高いものでした。

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 ベトナムの路上はとても面白く、まったくヤル気のなさそうなおじさんがいました。路上の物売りは女性が多くしかも元気なのですが静かなおじさんでした。最初の暇そうな画像から3分経過後には若い2人連れの客がついていて結構商売になっているようでした。こんなおじさんの商売を見ている自分も随分暇だなあと思ってしまいました。

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 小学生と思われるグループが歩いていました。この日は日曜日ですので社会見学かミニ遠足か。ベトナムでは若者が多く、また子どもが増えすぎて2人っ子政策がとられるともいっていました。ベトナムの人口構成は、年少人口(014歳)24.3%、生産年齢人口(1524歳)17.8%、生産年齢人口(2564歳)52.2%で、24歳以下の人口が4割も占めています。我が国と比較するのも嫌になります。

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 どの道路もどんな小さな辻にもバイクが押し寄せていました。これぞベトナムの風景です。

 

3年ぶり2回目のベトナム・ホーチミンシティ訪問であり初めて訪れる国ではない安心感(反面新鮮な刺激には欠けますが)のせいか、ゆとりを持って風景を眺めることができました。訪れた観光地も定番の名所ですので感動は少なかったのですが、改めてベトナムの歴史や現状、これからのこの国のこと、それと比較しての日本のことなどを考えることができそうでした。

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2017年5月16日 (火)

ベトナム大縦断 01ホーチミンシティへ

4/23(日)~29(土)の1週間、「よくばりベトナム大縦断7日間」というツアーに参加しました。

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 集合場所は成田空港第1ターミナル4階北ウイング、集合時間は07:30でしたので、横浜駅のYCATYkokohama City Air Terminal05:30発のリムジンバスで出発しました。

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 ツアーには私は1人参加でしたが、20145月に出かけたトルコツアー(10日間)で一緒になったAさんご夫妻も一緒に参加して3人で一つのチームという形で参加しました。成田に着いてすぐに、ツアー会社JTBのカウンターで手続きをしました。このツアーには添乗員はいませんでしたので、最初の目的地ホーチミンシティへは各自で向かいました。

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 07:40 まだ朝早いために出国手続きのためのセキュリティチェックが始まっていませんでしたので、長い行列ができていました。

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 出国手続きを終えて搭乗を待つ間に朝食をとりました。

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 搭乗予定の飛行機は、09:30発ホーチミンシティ行きでした。

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 ベトナムへ出かけるのは2回目で20149/3(水)~6(土)の4日間「てんこもりベトナム4日間」という凄いタイトルの激安ツアーでした。てんこ盛りとは謳っていましたが、実際にはホーチミン市内を2日間見てまわるというものでした。

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 搭乗口付近には乗客が集まってきていました。それほど混んでいる印象はありませんでしたが、搭乗手続きの際に、Aさんご夫妻と3人並ぶ席をリクエストしたのですが満席のために無理で、ご夫妻とは離れた席でしかも通路側でもなく窓側でもない真ん中の席でした。

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 搭乗が始まりました。私の席は真ん中でしたが、飛行時間は6時間ぐらいですので、パタゴニアへの飛行時間20時間に比べればどうということはないのでした。

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 成田空港を飛び立って1時間半過ぎた頃昼食が出ました。メインディッシュは金目鯛のムニエルで美味しかったです。

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 食事をしたり航路を見ていたりしているうちに時間はどんどん経過しました。ホーチミンシティへの航路は東シナ海や南シナ海の上空を南西の方向に真っ直ぐでした。

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 成田を飛び立って、朝鮮半島や東シナ海を右に見る位置に来ました。北朝鮮が日米韓に対してミサイル発射など挑発行為を繰り返している時期でもあり、朝鮮半島情勢や東シナ海・南シナ海の領海争いなどを思うと、こんな狭い領域で何をしているんだろうという気持ちにもなりました。

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 眼下にホーチミンシティが見えてきました。天気は曇りで気温は35℃、湿度90%という機内アナウンスがありうんざりしました。Aさんご夫妻が天気予報をチェックしたところ、ズーッと雨との予報でガックリきていました。

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 ホーチミンシティ国際空港に着陸しました。どんよりとした雲が空を覆っていて、暗い雰囲気でした。

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 気温が35℃と高く湿度も高く、おまけに東南アジア独特のムッとする空気感に圧倒されました。ここで現地ガイドさんや他のツアー参加者の皆さんと合流しました。ツアー参加者は総勢13人で、グループとしてはまとまりやすく集団行動しやすい人数でした。

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 現地ガイドのタァーオさん、ピンぼけになってしまいましたが日本人的な顔立ちをしていました。当然ですが日本語も流暢でした。

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 専用バスに乗ってホーチミン市内を移動しました。早速ベトナム名物のバイクが目につきました。

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 目についたのが濃い緑でした。

 

前回のベトナムはホーチミンシティ観光でしたので、2回目ということもあり街の景色は見慣れた印象でしたが、雨期の入口ということあり肌にまとわりつく高温多湿の重い空気に戸惑いました。何はともあれベトナム大縦断が始まりました。

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2017年5月14日 (日)

丹沢登山 下山

連休明けの5/8(月) 久しぶりの丹沢登山でしたが大きな不安を抱えながらもあっけないほど順調に山頂に立つことができました。

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 久しぶりに間近に見る富士山でした。山頂に立つまでは半袖でも汗びっしょりになったのですが、山頂では富士山から向かってくる風が気持ちよく吹き付けてきて寒いくらいでした。

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 何年か前から安置された仏像は、富士山がちょうど真後ろに見える位置に置かれたのでしょうか。思わず手を合わせたくなりました。

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 塔の岳(1,491m)の山頂に立つ尊仏山荘は、ヤビツ峠から表尾根コースを歩いて丹沢山(1,567m)まで行った時に泊まったことがあり、居心地のいい山小屋です。特に夜明けの清々しい気分と見晴らしはとてもいいものでした。

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 富士山の右側には丹沢山脈が連なっていて、たくさんのルートがあります。ここ山頂で早めの昼食をとりました。連休明けの平日にもかかわらず、山ガールの多さが目につきました。

 

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 山頂で昼食をとって休憩して下山することにしました。順調に山頂に立てたのですが、久しぶりの登山でしたのでかなり足は疲労していて、危険な箇所や細い尾根道は余程気を付けないとふらついて滑落してしまいますのでかなり慎重に歩きました。

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 気温の上昇と共に丹沢山脈は霞が濃くなりました。下山ではこういう景色をゆっくり眺めることができたのですが、想像以上に足が疲労していてかなり慎重に下りました。

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 満開となっていた豆桜が目を楽しませてくれました。花びらが山桜などに比べると一回り小ぶりなのが特徴です。

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 こちらは大島桜で、花びらが真っ白なのが特徴です。

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 ジェットコースターが上り詰めてこれから下りにかかるような感覚に襲われるこの場所から急傾斜の下りとなります。

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 バカ尾根の最も急傾斜が続く登りでは、登山者がかなりへばっていました。ストックを杖代わりにしてしばらく息を整えていました。それ程の苦しい思いをしても登りたくなる気持ちはわかります。

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 下山する人が多くなる時間帯ですが、ポツリポツリと登ってくる人もいました。私の足の疲労はひどく、一歩足を踏み下ろし足が地に着くたびに膝や股関節に響き、富士登山での下山のような苦しみを味わいました。

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 下りの辛さをこらえつつ、気を紛らわせたいと思っていましたら地元の常連さんが花のあれこれを説明してくれましたので、休み休み気分転換を図りながら、写真を撮りながら下山を続けました。

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 この白い花はリンドウの種類だそうです。

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 スミレもあちこちで咲いていました。

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 こちらはスミレの変種だそうです。名前を聞いたらメモをしなければいけないのですが、疲労のために手抜きをしていまい、その結果何度聞いても名前を覚えることができません。

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 時間の経過と共に登ってくる人は少なくなりました。このガレ場は滑りやすく、疲労のために足の粘りがなく自分の体重を支える力も弱くなり、ともすれば滑りそうになりながらおっかなびっくり下山しました。

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 延々と続く下り道にウンザリしながら、よくこんな道を登ったものだと感心もしたのでした。

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 目の中まで緑色に染まりそうな鮮やかな新緑に心は洗われたのが救いでした。

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よろよろしながら現在し、バスと電車を乗り継いで小田急相模原駅に着きました。併設されているスーパーで、酒のツマミに焼き鳥を調達して帰りました。

登りの順調さに比べて下りは疲労困憊でした。それだけ足腰が弱っているということを思い知らされました。それでも助かったのは、今までは車を運転して帰らなければならなかったのですが、今回はバスと電車を乗り継いで、駅からは徒歩3分という地の利がいいことでした。翌日と翌々日は階段の下りには苦労するほど足が張りました。それでも久しぶりの丹沢登山で登頂できたということは大きな自信になりました。

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2017年5月13日 (土)

丹沢登山 新緑の候

連休明けの5/8(月)天候が良さそうでしたので、久しぶりに丹沢山脈の塔の岳登山に出かけました。新緑が楽しみでした。

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 丹沢登山は小田急相模原駅近くに引っ越しをしてからは初めてです。横浜にいた時はできるだけ早く起きて車で出かけていたのですが、今回は(多分これからも)、小田急線とバスを乗り継いで行くことにしました。駅までは3分ですので便利です。

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 小田急線で30分ちょっとで渋沢という駅に着き、そこからは丹沢登山の登山口大倉まで15分ほどバスに乗りました。連休明けの始発バスには常連さんのような人たちがそこそこ乗っていました。

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 大倉のゲストハウスの上には青空が広がっていましたが、とても久しぶりの登山ですので大きな不安を感じていました。

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 ゲストハウスで身支度を調えて出発しました。スタート直後から若い人たちにはスイスイと追い抜かれましたが、自分の歩くペースを考えることで頭は一杯でした。

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 山道に入ると新緑が目に飛び込んできました。この日の登山の最大の目的は新緑を見ることでしたので、これだけでも満足でした。昨年から今年にかけてここ数年間で最も忙しく、また環境も激変しましたので、新緑を眺めながらのんびりと山を歩くということがいかに幸せなことか再認識しました。

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 丹沢登山は、常連さんを始め比較的軽装の人が多いのですが、珍しく重装備の登山者がゆっくりとしたペースで登って行きました。

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 緩やかな傾斜が続き、できるだけゆっくりとしたペースを心がけました。振り返ってみれば前回はいつ登ったのか記憶がない程久しぶりでした。多分1年以上はご無沙汰していると思います。

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 丹沢のこのコースは登りの連続で知られているのですが、2ヵ所ほど平坦な道があります。こういう平坦な道では、ゆっくりとしたペースで身体の力を抜いて歩くとこれまでの披露した体力を回復することができます。

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 とても久しぶりでしたので、頂上まで行けなくてもいいと自分に言い聞かせ、できるだけゆっくりとしたペースを心がけました。特に難所では歩幅は小さくゆっくりという登山の鉄則を守りながら、新緑を楽しみながら登りました。

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 今回のコースは大倉尾根コースですが、樹の間から見える稜線は丹沢表尾根コースです。以前1回だけ登ったコースで、また違った景色が見られますので次の機会には歩いてみたいと思いました。

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 新緑の次に、久しぶりに富士山を間近に見たいと思っていましたので、これでいつ撤退してもいいと思ってはいたのですが、比較的体調はよく順調なペースで登ることができました。

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 足の達者な若い人があっという間に追い抜いていきましたが、まったく焦ることもなくゆっくりペースを心がけました。

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 難所がいくつも続いたのですが、あまり疲労は感じず身体は軽く、意外なほど順調でした。

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 この大倉尾根はバカ尾根といわれるくらい延々と登りが続くのですが、ゆっくりペースを心がけた結果バテることなく確実に足を上げることができ、先行していた人たちに追いつき始めました。

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 先行している人たちを追い抜いた先には抜けるような青空が待っていました。ここを登りきると大きなヤマ場の一つを越えたことになります。

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 この日はこの花立山荘まで登れれば大成功と思っていたのですが、予期に反して体力が残っていましたのでほとんど休む間もなく次のヤマ場へと向かいました。

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 花立山荘から頂上までは急傾斜の山道が続きます。先を行く若い登山者にも追いつきつつありました。

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 花びらが小さめの豆桜といわれる桜が満開でした。疲れてくると下ばかり向いて登るのですが、桜を愛でる余裕がありました。

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 標高を上げるにつれて富士山は近くにはっきりと見えるようになりました。好天気の日~この日は直射日光が射すようでとても暑い日でした~には、午後から気温の上昇で霞がかかるようになりますので、何とか午前中に頂上に立ちたいと思っていたのですが、あくまでもゆっくりペースを心がけました。

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 難所を越え、一山越えたかなと思うとまた一山の登りが立ちはだかり、無理をするとここら辺りでガス欠になる人が多いのですが、ゆっくりではありながら順調に高度を稼ぎました。ここは、ここから眺める青空が好きな場所です。

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 蛭ヶ岳(1,673m)を主峰とする丹沢山脈の尾根が続いています。蛭ヶ岳まで尾根歩きしたのはもう何年も前になります。

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 また一山越えたかなと思いホッとしていると、再び目の前に最後の一山が立ちはだかりました。ここから先は最後の頑張り処です。

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 ようやく最後の登りとなりました。足はかなり重くなっているのですが、ここを登りきれば山頂かと思うと力が出るのです。

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 07:15に登り始めて10:43に山頂に着きましたので約3時間半かかりましたが、これは標準タイムですので久しぶりにしては上出来でした。

 

できるだけゆっくりとしたペースを心がけましたので時間はかかるかなと思ったのですが、途中でバテることもなく同じペースをキープすることができました。新緑を見ることができればいいと思っていたのですが、富士山も青空も見ることができました。

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2017年5月12日 (金)

K教授の見た丹後・京都写真展

母校K大の名誉教授のKagawa君は、台湾の学会のために私たちとは一日遅れで天橋立で合流しました。そして奥様とはさらに一日遅れで天橋立で合流し、奥様と私たちとはすれ違いとなりました。愛妻家のKagawa君は、奥様と二人きりで天橋立を歩いたようですし、翌日(4/8)には京都の醍醐寺と錦市場を訪れたようです。寛六会の集まりではいつも写真を撮ってくれていて、今回もたくさんの写真を撮り送っていただきました。その中から、何点かの写真を掲載させていただきます。

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2017年5月11日 (木)

京都寛六会紀行 16丹後半島巡り~帰路

4/7(金) 時間が止まってしまったかのような舟屋群集落を散歩た後、丹後半島を巡り帰路へと着きました。

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 天橋立で1泊し、翌日チャーターした観光バスで船着き場へと向かい、伊根の舟屋群を海から眺めた後上陸して古い宿場町のような街並みを散策しました。再び観光バスに乗車して、ぐるーっと丹後半島を反時計回りに巡り、海沿いの道を観光しながら昼食をとってJR網野駅から電車に乗って京都駅へ向かい、京都駅で現地解散という予定になっていました。

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 丹後半島は、ほとんどの半島と同じように小高い山や丘が海まで迫っていました。舟屋群集落を散策した後、バスに乗ってしばらくは山の中の道を縫うように走りました。

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 最初に着いたのが「道の駅 舟屋の里 伊根」でした。

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 その道の駅は高台にあり、伊根湾を展望することができました。透明のアクリル板に「ええにょぼ」という文字やイカが吊された絵が刻まれていました。「ええにょぼ」とは、丹後弁で美人を意味するそうで、また19934月から半年間放映されたNHK連続テレビ小説のタイトルでもあります。テレビ小説「ええにょぼ」では、伊根地区も舞台となり舟屋群が撮影されて貴重な映像となっているそうです。

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 展望台からは伊根湾を見下ろすことができ、湾内はほとんど波がなく、ここでも時間が止まったようでした。このように見ると、集落のすぐ後ろには小高い山が迫っていて、海に挟まれた狭い土地に肩を寄せ合うように並んでいる様がよくわかりました。このような集落は日本各地にあるようで、かつて歩いた琵琶湖湖畔の管浦集落、奈良時代から続く古い集落を高台から眺めたときも同じような光景でした。

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 集合写真のようなそうでないような、今までの動作を瞬間的にストップしたような自然体の記念写真。ガイドさんのガッツポーズが決まっていました。

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 当初は予算面でガイドさん無しにしようかなとも思ったのですが、ガイドのRyokoさん抜きには考えられない観光でした。次の行く先や予定をその都度私たちに相談して、私たちの意向を汲んでくれたことでした。とても勉強家でしたが押しつけがましい所がなく、奥様方からの評判もとてもよかったのでした。

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 時折バスは山の中を進みました。薄いピンクの山桜のトンネルは、ローカル路線のバスの旅のようでもあり、私たちの目を楽しませてくれました。

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 海沿いの道は、岬めぐりのようでした。

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 「道の駅てんきてんき」に立ち寄りました。店内にはオイルサーディンが並んでいました。これは熊本から参加のOda君が探していたものでようやく見つかりました。美味しそうでしたので私もつられて買いました。

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 一つだけ買ってきたオイルサーディンにはレシピがついていましたが。

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 シンプルにレモンだけで食べました。冷酒でも白ワインでも相性はピッタリでした。

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 私たちの旅を盛り上げてくれたガイドのRyokoさんは、丹後生まれの丹後育ちで丹後から外に出たことはないそうです。丹後をこよなく愛していて、その気持ちが自然にガイドぶりに現れていたようです。きっと今日も丹後半島を駆け巡っていることと思います。

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 12時過ぎに予定通り丹後町間人(たいざ)の「味工房ひさみ」という食堂に入りました。ここ間人は「間人(たいざ)ガニ」で有名で、丹後町間人漁港で水揚げされた松葉ガニ(ズワイガニ)を「間人ガニ」と呼ばれ、品質・味ともに最高級といわれています。水揚げ量が少ないために「幻のカニ」ともいわれています。もう一つ気になっていたのが「へしこの浅漬け」でしたが、結局口にすることはありませんでした。ちょっと後悔しています。

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 バスを降りて、「味工房ひさみ」へと向かいました。どんな美味しい海鮮料理が出てくるか楽しみでした。今回の旅を企画して実現していただいたOda夫妻にとってほぼ最後のイベントで、ここまで辿り着いてさぞかしホッとされたことと思います。

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 席に着くと同時に、キトキト(生きがいい)の海鮮丼が出てきました。ビールやお酒をオーダーする間もなくあっという間に箸をつけて食べてしまいました。

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 あっという間に食べてしまいました。美味しかったです。

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 14:02 網野駅に到着しました。ここで丹後半島巡りは終了しました。私たちは14:14発の電車に乗車する予定でしたのでちょうどいい時間でした。とてもいいガイドさんのお陰で丹後半島の印象がとてもいいものになりました。

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 網野発の電車は空いていてゆったりとしました。

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 網野駅から乗車して、天橋立発14:56発の「特急はしだて6号」に乗り換えました。Oda君が座席指定を手配してくれていましたので、安心してゆったりと京都までの旅を楽しみました。天橋立駅ではKagawa教授の奥様が待っていましたのでKagawa君はここで私たちと別れました。Kagawa君は、私たちが泊まった旅館で奥様と二人きりの連泊となりました。

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 「特急はしだて6号」は京都駅に17:07に到着しました。京都駅で現地解散となり、奈良へと向かう人、京都でもう少しのんびりしたい人~のんびりと酒を飲み過ぎて終電に間に合わず、深夜バスで帰った人もいたとか~様々で、私は17:32発のひかりに乗車しました。

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 旅の思い出をかみしめながら、駅弁をいただきました。楽しい楽しい京都寛六会でした。上七軒の雰囲気とお茶屋の料理も素晴らしく、祇園の夜桜も醍醐寺の桜も見事でしたし、丹後半島のゆったりとした時間は想像以上に素晴らしかったです。

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 この旅がいかに素晴らしかかったか。帰宅後にShimomura君からいただいたメールをご紹介させていただきます。ついでに俳句も。師匠のItoh君はなんというかわかりませんがなかなかのものです。

 

「昨日戻って参り、一夜明けた今も京都、丹後の余韻に浸っております。特に丹後地区は期待を大きく上回る旅になり、太田さんの企画と周到なご準備に家内ともども感謝しております。 

丹後がこんなにも歴史的に由緒ある地域だとは夢にも思っておりませんでした。小野小町、細川ガラシャ、山椒大夫、与謝野鉄幹・晶子、そして与謝蕪村。

 

ここでItohさんのかくれ門下生として一句。

 

蕪村に思いをはせて、

 

伊根の春、海もひとりでのたりかな

 

松風荘にて皆さんの気持ちの若さに感激して、

 

激論の尽きぬ春宵、白髪ゼミ

 

そしてこれからも、

 

旧き友、妻つれ集い飲む酒の楽しき夕べ、また幾たびも

 

ワンランク降格!!

 

それでも数年ぶりに強く印象に残る旅行になりました。」

 

卒業以来50年目の節目に素晴らしい寛六会となりました。現地幹事のOda夫妻に感謝です。ゼミ仲間が今でも元気で、稚気もユーモアもあり、理屈っぽさも衰えていませんでした。素晴らしい仲間との交流にも感謝です。

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2017年5月10日 (水)

Itoh夫人の写真展Ⅲ 丹後半島

Itoh君の奥様からいただいた写真を掲載させていただいている写真展の第三弾、写真愛好家から見た丹後半島です。

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2017年5月 9日 (火)

京都寛六会紀行 15丹後半島 舟屋群散策

4/7(金) 伊根湾巡りの周遊船を降りて、舟屋群集落を散策しました。

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 最初に案内されたのが「向井酒造」でした。この先150mという道案内がありました。

 

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 古い家が軒を連ねている道は古い宿場町のようであり、旧街道をのんびり歩いているような趣でした。

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 やがて現れた「向井酒造」の蔵というか倉庫というか、さらに古さに磨きがかかったようでした。それもそのはず、創業は江戸時代中期の1754年ですので、250年の歳月が流れました。

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 ガイドさんによると、小さな酒造会社ですので他の観光客(大抵は観光バスによる団体)が来ると混雑するので早めに行きましょうとのことでした。

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 小さな店構えは、創業時の時のままなのでしょうか。

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 現在の社長は14代目で、その長女向井久仁子さんは女性杜氏としてもしばしばマスコミでも取り上げられたとか。東京農業大学の醸造学科で勉強し、23歳から杜氏になったそうです。

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 店内は狭く、私たちが集団で入るのは申し訳ないようでした。

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 ブランド名は「京の春」でこれはにごり酒。インターネット通販では売り切れとなっています。

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 純米生原酒。みずみずしく、呑みやすいそうです。これも通販では売り切れとなっています。

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 純米大吟醸。呑んでみたいとは思いましたが、ちょっと手が出ませんでした。これは通販でも買えます。

 

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 試飲をさせていただいたのですが、只酒を呑んだようなもので、今にして思えば何か買ってくればよかったと後悔しています。それにしてもHoshino君の飲みっぷりのいいこと、試飲にしては豪快でさすがゼミ一の酒豪です。

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 「向井酒造」で試飲の後、さらに街歩き。ゆったりとした時間が流れていました。

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 肩を寄せ合うように並んでいる家と家との間から伊根湾の海が見えました。各家の間口は狭いのですが、奥行きは長いことがわかりました。これは京の町家と同じです。

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 海辺に出てみますと舟屋群は海に浮いているように見え、周遊船で見たとき以上に海にせり出しているようでした。

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 舟屋群集落は、海と背後の山との間の狭小な土地に形成されていることがわかりました。

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 間近で見ると、家々の間口が狭いことがよくわかりました。

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 海との生活がこれほど近いと海の影響を受けることがあると思うのですが、潮の干満はあまりなさそうですし、伊根湾が日本海の海としては南に向いているために荒波の影響も少ないということでしょうか。

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 海からは波の音一つ聞こえず、生活音も車の音も聞こえず、誰かが 時間が止まったみたい と言っていました。身体の力がスーッと抜けていくようなゆったりとした気分でした。海という大自然と一体となったこの地域のゆったりとした生活がそう感じさせてくれたのでしょうか。

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 京都の他にもう一ヵ所観光地に行ってみようという話になったとき、多分Ohta君から丹後半島という提案があったのだと思うのですが、丹後半島にきてよかったと思いました。感謝です。

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 ゆったりとした空気感にはそぐわないのですが、集合写真を撮りました。ガイドさんが気を利かせてくれて舟屋群がバックに入るように撮ってくれました。今回の旅では、醍醐寺の満開の桜を背景に集合写真を撮りましたが、いい思い出になりました。

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 ガイドさんの説明によると、この地域には信号はないのですが、この信号は子供たちが信号というものの存在や信号の見方を知らないと将来困るだろうということで設置されているそうです。

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 日本一の給食でたくましい伊根っ子 という標語がかかった「伊根小学校」では、日本一美味しいと自慢する給食が食べられるそうです。地産地消を心がけて町の漁港で仕入れているそうで、地元の漁師さんも協力し、鯛の尾頭付きや西京焼きなどどれもぜいたくな海の幸がふんだんに使われているそうです。羨ましい!

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 ゆったりとした気分での街歩きは、ガイドしていただいたRyokoさんの存在も大きかったと思います。自然と私たちに溶け込み、押しつけのないガイドは私たちをすっかりリラックスさせてくれたのでした。仲間達の笑顔とゆったり感がそれを表しています。

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2017年5月 7日 (日)

京都寛六会紀行 14丹後半島 伊根湾巡り

4/7(金) 23日のゼミ旅行も最終日となりました。この日のメニューも盛りだくさんで、先ずは周遊船に乗って伊根湾巡りとなりました。

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 丹後半島は、京都府北部の日本海に突き出た半島です。京都府京都丹後市、伊根町、宮津市などの市町が含まれ、巨大古墳があり江戸時代発達した丹後ちりめんなどが有名で、天橋立や丹後松島など観光地や景勝地が多く、今回はそのうちの一つ「伊根の舟屋」を海から眺め、街並みを歩こうというプランです。もちろん、このプランはOhta君(もしかしてご夫妻で)が考えてくれました。

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 宿泊した旅館からは海を眺めることができました。海は天橋立によって阿蘇湾と宮津湾に二分されていて、目の前の海は阿蘇湾で、なんと淡水とのことでした。前日は雨が降っていたのですが、この日は青空が見えるかも。

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 一日の活力源の朝食は、質量ともに十分で美味しくいただきました。海辺の旅館や民宿では、海の幸の朝食が楽しみです。

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 俳人Itoh君も元気よく、旅館から飛び出てきました。

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 旅館の前にはチャーターした中型観光バスが待機していました。ガイドさん付きで、後ろ姿は若い女性のようでした。

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 最初に訪れたのは予定にはなかった「丹後国分寺跡」でした。国分寺は、741年に聖武天皇が仏教による国家鎮護のために、日本の各地に建立を命じた寺院であることはよく知られていることですが、丹後国分寺は天橋立を一望できる台地上に建立されました。

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 ガイドさんは、お歳を召したおじさんかおばさんを想像していたのですが、若い女性でした。

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 元国分寺市長(Hoshino家は国分寺のご住職)のHoshino君の存在を知ってここに案内されたのかどうかはわかりませんが、Hoshino君は感激していました。私たちの存在が目立ったのか、丹後郷土資料館の方が説明に馳せ参じていただきました。

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 目的地伊根浦へは快適な海沿いの道を快適に走りました。まだ雲が低く垂れ込めてはいるものを青空も広がっていました。

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 30分ほど走り、09:00出発の伊根湾巡りの周遊船が待っていました。

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 周遊船に乗り込んでゆったりとした開放的な気分になりました。

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 伊根湾は、日本海にありながら南に開けた珍しい湾だそうです。青空も随分広がってきました。

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 寛六会で初めての夫婦同伴でしたが、勇気をふるって参加していただいた奥様方も楽しそう。関東に住んでいるShimomura夫人もItoh夫人も、Hoshino夫人も京都に知り合い(Ohta夫人)が一人増えたことになり、奥様同士のこれからの交流も考えられます。

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 Kagawa教授とは学生時代からドライブに行ったり長いお付き合いです。大学3年の時、彼の運転で先輩(4年)のゼミ合宿の宴会に参加し、先輩に勧められるままに杯を重ね、帰りの車の中で吐くなどの醜態を演じてしまい大変迷惑をかけたこともありました。50年後にこうして船に乗っているのも感慨深いものがあります。教授は愛妻家(恐妻家という噂も)でもあり、奥様とこの日の午後に合流することになっていて嬉しそうでした。

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 俳人Itoh君は、また俳句を考えているのでしょうか。彼とはゼミだけではなくクラスも一緒で、クラスでもトップの秀才ぶりを発揮していたものでした。外国語学校の教師をしたり、俳句に凝ったり、充実した人生を歩んでいるようです。

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 周遊船には出港の時からカモメが飛び回っていました。しっかりカメラ目線になっていました。

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 舟屋群集落が見えてきました。穏やかな湾を囲むように約230軒の舟屋があるそうです。海と山の間の狭い土地にまるで海に浮かんで見えるように建てられています。

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 舟屋は海上にせり出して建築されていて、1階に舟揚場、物置、作業場があり、2階が居室となっています。民宿を営んでいる家もあります。こうして海から眺める景色も、民宿として営業している舟屋から見る海の景観は、伊根町の代表的な観光資源となっています。「NHK連続テレビ小説 ええにょぼ」や「釣りバカ日誌」のロケ地にもなりました。

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 1階部分の床は舟を引き上げるために傾斜しています。こんなところに逗留して、海を眺め盃を傾けるのも一興です。温泉があればいうことがないのですが。参考までに舟屋民宿を検索してみますと11組(最大8人まで)で、2人宿泊ですと1人あたり2万円となっていました。

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 格納庫に一杯に収納されている船も見えました。かつて旅した奥の細道で訪れた「封人の家」では、人馬が一つ屋根の下で寝食を共にした(その様子は芭蕉も句を詠んでいます)住まいが保存されていますが、そこでは馬が大事にされていて、同じようにここでは船が大事にされているようにも見えました。

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 1階の作業場は出漁の準備、漁具の手入れ、魚干物の渇場や農作物の置き場などに利用されています。

    

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 漁村では全国で初めて国の「重要伝統的建造物群保存地区」の選定を受けた景観を楽しみながらの記念写真となりました。

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 伊根湾周遊船は何隻かの船があり、出会った周遊船にはまあまあの人数の観光客が乗船していました。

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 25分間の遊覧を終えて港へと入港しました。港では乗り込む予定の観光客が待っていて、観光地としての小さな賑わいが見られました。

 

最終日の観光のスタートは、静かな湾や大切に保存されている海に浮かぶかのような古い家々を眺めて、京都の華やかな賑わいとは別のんびりとした旅気分に浸ることができました。

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京都寛六会紀行 13丹後半島 天橋立・股のぞき 

4/6(木) 福知山で丹後鉄道に乗り換えて天橋立に到着し、ケーブルカーで傘松公園に上り、「天橋立の股のぞき」に挑戦することとなりました。

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 雨と風は強くなりましたが、股のぞきへの挑戦に向かいました。

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 会場?の傘松公園には説明書きがありました。それによると、“股の下から逆さまに天橋立をのぞくと、まるで天空に一本の橋が架かっているかのような素晴らしい景色が望める” とありました。

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 肝心の天橋立は、鉛色の海を内海の阿蘇海と外海の宮津湾に二分していて、たしかに海の上を歩いて彼方へと通じる道となっていましたが、天空は様々な形をした雲が風に飛ばされ、股のぞきの条件としてはこれ以上ない悪条件でした。午前中の醍醐寺の桜が見事過ぎた反動がきたのかもしれません。

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 風雲急を告げるかのような空模様の下、他に観光客は見当たらず、順番に股のぞきに挑戦しました。天橋立が天空へと続いているか確認するほどの余裕もなく、傘が風に飛ばされないように、身体がぐらつかないようにしているのが精一杯でした。

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 紅一点のこの方はどなたでしょうか。頭が膝の下の方にまできていて前傾の屈伸率が高く、いかに身体が柔らかいかがわかりました。

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 名誉教授と元市長の異様に見えるツーショット。

 

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 名誉教授の撮影は、極めて真面目なものであるとわかりました。やはり教授になるような人は私たち常人とは頭の構造も発想も異なるようです。

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 こちらはさらに異様に見えますが、他に観光客はいませんでしたので私たちの独壇場でした。

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 大爆笑の後、何事もなかったように集合写真を撮りました。ここでも楽しい思い出ができました。

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 股のぞきで見た光景です。天空への道に見えるでしょうか。もし快晴だったら見え方はもっと異なったかもしれませんが、それ以上に、皆さん歳はとっても稚気は残っていて、思い出しても可笑しくなる楽しい思い出ができました。

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 雨風の強い中、めげずに天橋立の股のぞきではしゃぎましたので、温泉でさっぱりとして宴会が始まりました。堅苦しい挨拶は無しで。

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 海の幸を中心にして美味しい料理とお酒をいただきました。談笑とお酒を飲むのに気をとられ、この後の料理の写真はすっかり忘れてしまいました。

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 いつもの寛六会・飲み会と同じように言いたい放題でしたが、奥様方が加わった分華やかな雰囲気となりました。いつもの寛六会は、乾杯の後キックオフスピーチ(テーマは自由でアットランダムな順番制)を15分程度行い、質疑応答の後順番に近況報告となるのですが、今回は特別参加の奥様達にご意見や感想をお伺いし、お惚気も聞かせていただきました。ご馳走様でした。

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 次から次へと料理が出てきて、酒も随分進みました。

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 宴たけなわの頃、Itoh君から醍醐寺の桜を題材とする俳句の紹介がありました。一般に俳句は何回も推敲する場合もあるそうです。惚け防止に良さそうです。

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 2年先輩のKohnoさんとは卒業以来の再会でしたので、特別スピーチをお願いしました。闘病生活だった学生時代の話や加藤先生の励ましなど貴重なお話しを聞かせていただきました。今後、寛六会・飲み会に参加していただけるようお願いしました。

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 ゼミ仲間の中ではトップクラスの真面目・几帳面、曲がったことが大嫌いな名誉教授もニコニコ顔でした。台湾の学会ではさぞかし威厳をもって司会役を務めたと思うのですが、天橋立の股のぞきでの激写を思い出すとつい吹き出してしまうのです。愛妻家でもあり、次の日は奥様とここで合流(連泊)するとか。きっと待ち遠しいのでしょうね。

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 Ohta夫妻にはすっかりお世話になりました。翌日の丹後半島観光まで気が抜けないのかもしれませんが、醍醐寺の桜も雨に烟る天橋立もいい思い出となり、きっと翌日の観光も楽しいものになると楽しみにしました。

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 宴会の後は、奥様方にはお部屋でお休みいただき、二次会となりました。酒とつまみは、旅館の目の前にあるスーパーでOhta君、Shimomura君と私で仕入れたものでした。いつもの寛六会のように、話題は尽きることがなく、最後はゼミ討論会のようになりました。

 

寛六会が、いかに愉快な連中の集まりであるか再認識した一日でした。

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2017年5月 6日 (土)

京都寛六会紀行 12丹後半島 丹後鉄道

4/6(木) 京都駅から「特急きのさき7号」城崎温泉行きに乗り込み、グループでまとまって座席を確保してビールを飲みながら美味しい弁当を食べながら天橋立を目指しました。

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 丹後半島へのアクセスは、JR山陰線京都駅から福知山駅までは「特急きのさき7号」で、福知山駅で京都丹後鉄道に乗り換えました。ここまでは順調だったのですが。

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 京都丹後鉄道の「丹後あおまつ3号天橋立行」が待っていました。1両のだけの可愛い電車でした。

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 のんびりとローカル線の旅を楽しむはずだったのですが、何と席は満席で私たちは1時間近く立ったままの乗車となりました。何日か前にOhta夫妻が下見をしたときはガラガラだったとか。地元(宮津)のウオーキング愛好会の皆さんと偶然乗り合わせてしまったための不幸でした。

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 少しでも早く目的地に着いてほしいという私たちの願いも空しく、電車はのんびりと走り、おまけに単線ですので対向車線とのすれ違いのためにしばしば時間待ちとなりました。 観光シーズンなんだから車両を増結すればいいのに という声も聞かれました。

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 私たちは車両の前の方、運転席の傍に乗車していました。手を伸ばせば運転手の肩を叩けるぐらいの場所にいました。この車両には運転手が一人きりで、車掌の役割も運賃の受け取りもしていました。初めての乗客が勝手がわからず、運賃を払わずに下車してしまったときは、運転席を離れてホームまで追いかけて行ったり、一人で一生懸命働いている姿にじ~~んときてしまいました。経営は厳しく、涙ぐましい経営努力をしていることが察せられました。私たちの気分は応援気分にガラッと変わり、沿線の観光案内のアナウンスにも熱心に耳を傾けるようにもなりました。沿線には歴史的な遺跡や昔話がたくさんありました。反対側のホームでは、強風に帽子を飛ばされた運転手が慌てて線路に降りて帽子を追いかけている姿が見られて、何ともローカルで微笑ましくもありました。

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 宮津駅(天橋立の一つ手前の駅)で、ウオーキング愛好会の皆さんが下車すると車内は私たちと他に一組の乗客だけとなりました。座れてホッとしましたが、それ以上にローカル線のローカル気分に気持ちはゆったりと、ここまで小一時間立っていたことも忘れて旅気分になりました。

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 私たちを運んだ「あおまつ3号」は、下車するときに内装にかなり凝っていることがわかったのですが、慌てて降りたために写真に収めることができずに残念でした。 鉄ちゃん ではありませんが、愛着のわいた電車でした。

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 終点の天橋立駅では先に待っていたK大名誉教授のKagawa君が待っていました。台湾での学会がありましたので、一日遅れの合流となりました。

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 この日宿泊予定の旅館には船で渡ることになっていましたので、船着き場へと向かいました。途中、日本三大文殊の一つ知恩寺(文殊堂)がありましたが、雨模様でしたので先を急ぎました。船着き場には「知恵の輪燈籠」がありました。3回くぐると知恵を授かるそうです。

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 雨の中船着き場に着いて、気持ちは早く旅館に入って温泉に浸かりたいという気分になっていました。

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 時間にゆとりがあれば天橋立(グリーンの部分)を歩くといいのですが、時間がないために船での移動となりました。緑の部分が「天橋立」で、全長3.6km、歩くと50分くらいかかるとのことで、途中には岩見重太郎仇討ちの場や与謝蕪村の句碑、与謝野寛・昌子夫妻の歌碑、大正天皇や昭和天皇が植えた松など見所があるそうです。

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 私たちは、Ohta君が手配してくれたチャーターボートに乗り込みました。

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 午前中は京都観光で、丹後鉄道では立ったまま小一時間移動しましたので、天橋立を歩きたいという気力は出てこず、快速艇のスピードに身を任せました。

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 雨に烟る天橋立も一興です。合流したKagawa君は翌日奥様と合流するとかで、この道を歩くこともできるかもしれません。

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 快速艇であっという間に対岸に着きました。宿泊の予約をしてあった旅館に荷物を預け、旅館で雨傘を借りて天橋立に向かいました。翌日も朝から丹後半島観光スケジュールがビッシリとありましたので、雨の中でしたが天橋立へと向かいました。

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 何軒か開いていた土産物屋の店先には美味しそうな干物が並んでいました。

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 雲行きは時間の経過とともに怪しくなり、雨風が強くなりました。私たちはめげずにケーブルカー乗り場へと向かいました。

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 このケーブルカーは雨天、強風時は運転中止になることもあるそうですが、この日は幸いなことに運行していました。

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 ケーブルカー関係者以外に他に観光客は見当たらず、私たちだけでした。

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 乗車時間は4分。このケーブルカーに並行してリフトもあるそうで、上りはケーブルカーで、下りはリフトで景観を楽しみながら下るというケースもあるそうです。

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 強くなる雨風をものともせず、天橋立の「股のぞき」発祥の地へと向かいました。登り口では桜が雨に打たれていましたが、花びらが散ることもなく咲き誇っていました。

 

全国あちこちの鉄道に乗りましたが、たった1時間の丹後鉄道の乗車は強烈な印象として残りました。今日もあの運転手は一人で頑張っているんだろうなあと思い出すこともしばしばです。

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2017年5月 5日 (金)

京都寛六会紀行 11京都駅~修学旅行

4/6(木) 桜が満開の醍醐寺で花見の後、次の観光地丹後半島に移動するためにミニ観光しながら京都駅へと向かいました。

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 2台の観光タクシーは醍醐寺を出発して東山の山中へと入って行きました。

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 着いたのは「青蓮院門跡」の境内にあたるような場所で、まだあまり知られていないような観光スポットのようで、興味津々でした。Suzuki君がいただいた資料を熱心に読んでいました。

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 歩いて行くとすぐに大きなお堂が現れました。いただいた資料によると青蓮院門跡が平成26年に建立した「青龍殿」です。青蓮院門跡とは、天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡寺院(青蓮院、三千院、妙法院)の一つであるとも。

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 中に入ると大きな広間のような空間となっていて、背筋がピーンと伸びるような空気が漂っていました。この建物は大正2年(1913年)に大正天皇の即位を記念して北野天満宮前に建立され、戦後は警察の柔道剣道の道場として使用されていたものです。その後、青蓮院門跡が東山山頂に「青龍殿」として移築再建したものだそうです。

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 この青龍殿は現在は護摩堂になっていて、奈良大仏殿の横幅半分の木造大建築物です。奥殿には国宝青不動が安置され、手前に複製画が祀られていました。

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 境内にある将軍塚。8世紀に桓武天皇が都を奈良から長岡に遷都した後災いが続いたため、和気清麻呂が桓武天皇を東山にお誘いし、ここから京都盆地を見下ろしながら京都が都に相応しいと進言したそうです。天皇は794年に平安遷都に着手し、同時に都の鎮護のために塚を築造し、高さ2.5mの将軍の像を土で作り、鎧兜を着せ、塚に埋めるように命じたとのこと。

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 平成26年の青龍殿の移築とともに大舞台も移築され、その大舞台の真ん中にガラスの茶室が造られました。

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 仲間達は、Ohta君にいろいろ尋ねながら大舞台から京都市内を見下ろしました。

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 ガラスの茶室「光庵」は、吉岡徳仁(とくじん)というデザイナーによって造られたもので、吉岡氏は2007年ニューズウィーク誌で「世界が尊敬する日本人100人」の一人に選ばれ、TV番組「プロフェッショナルの流儀」や「情熱大陸」にも出演したそうです。入口には「「光庵」の透明なガラスで構築された茶室という小宇宙的な空間から、自然の要素を感知し、自然と一体化することで、日本の思想・文化の原点を見ることができるのではないだろうか」と書いてありました。前駐日大使ケネディさんもここで抹茶をいただいたとか。茶室の前にはガラスのベンチも置いてあり、Hoshino君とKohnoさんが座っていましたが、「小宇宙的な空間」を体感したのでしょうか。

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 ちょっと変わった風景だったガラスの茶室を観て、いろいろ考えているうちに京都駅に着きました。前を走る1号車に続いて2号車も駅前へと進入しました。

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 京都駅では、神戸市灘出身のTsuda君が実家で用があり、友達とも会うとかでここでお別れになりました。

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 京都駅に着いたのがちょうど12時で、丹後へは13時過ぎの列車に乗ることになっていましたので1時間の自由行動となりました。京都駅は古都の玄関口としては斬新でモダンなデザインです。

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 エスカレーターを上ってゆくと、一際賑わっているのがラーメン村です。私たちの昼食はOhta君が手配してくれていましたのでここでは店先を覗くだけでした。

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 お土産の物色も楽しく、仲間達もいろいろなお土産を見て歩き、定番のものや今までにないものなどをゲットしていました。

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 観光案内所には訪日外国人でごった返していました。最も関心が持たれていたのが舞妓さんで、この時期に開催されていた「都をどり」や「京おどり」についての問い合わせが多かったようです。

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 待ち合わせの時間に全員集合し、31番線乗り場へと向かいました。

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 私たちが乗る「特急きのさき7号」城崎温泉行きは既に入線していました。

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 「特急きのさき7号」は社内清掃中で、私たちはOhta君が手配してくれたお弁当とそれぞれが購入した缶ビールを手にして、ホームで待機しました。まるで修学旅行のような気分でした。

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 寛六会で京都に行こうということが決まったとき、もう一ヵ所どこかに行こうという話になり、奈良や琵琶湖方向などの案が出されましたが、城崎温泉でカニを食べようと言っていたのがShimomura君でした。結局二ヵ所目の行き先はなかなか行く機会がない丹後半島ということになりました。

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 乗車して、揃って席に座るとさらに修学旅行気分が高まりました。京都から先の切符はOhta君が手配してくれましたので席がまとまって並びました。自分で手配したItoh君も同じ車両の比較的近い席でよかったのでした。

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 席に落ち着いて、乾杯しました。至福の一時でした。

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 Ohta夫妻も席に座り、ここまでトラブルもなく、醍醐寺の桜も祇園の夜桜も見事でしたし、全員ニコニコ顔で、実際に事前調査をされた現地幹事としてはホッとされたようでした。改めて乾杯しました。

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 お弁当のフタを開けるとホカホカとした温かい空気と匂いが。わざわざこの時間に京都駅で作りたてを受け取れるように手配してくれました。とても美味しく、1,500円くらいするのではないかと皆で推測したのですが、何と驚きの650円でした。(空腹でしたのですぐに食べ始めてしまい、少し食べてから慌てて写真に撮りましたのでかなり目減りしてしまいました)

 

こうして楽しい修学旅行気分で、ビールを飲みながら温かく美味しい弁当に舌鼓をうちながら丹後半島に向かったのですが・・・。

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2017年5月 4日 (木)

Itoh夫人の写真展Ⅱ 醍醐寺の桜

Itoh君の奥様からいただいた写真を掲載させていただいている写真展の第二弾です。「京都寛六会紀行」はどちらかといいますと記録性を重視していますので、京都そのものを捉えた視点に欠けている部分があります。そこを補う形で、京都の断面、特に素晴らしかった醍醐寺の桜をご覧いただければ幸いです。

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 夫君のItoh君からは醍醐寺を詠んだ俳句もいただき、ご夫妻の写真と俳句のコラボとなりました。

醍醐寺の枝垂桜 

醍醐寺を埋(うづ)め万朶(ばんだ)の桜かな

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2017年5月 3日 (水)

京都寛六会紀行 10醍醐寺 霊宝館エリア

4/6(木) 桜が満開の醍醐寺の伽藍エリアの花見の後、3つめの霊宝館エリアに向かいました。

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 今まで何回か来ている醍醐寺ですが霊宝館には入ったことはありませんでした。今までは各エリア500円の拝観料でしたが、今回は3つのエリアまとめて1500円でしたので入ることにしました。

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 この霊宝館には約10万点以上の仏像、絵画、工芸品が所蔵されています。所蔵物以外の桜も見事でした。

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 伽藍エリアの桜も見事でしたが、霊宝館を周遊する径々に咲いている桜も素晴らしく伽藍エリアの広い敷地に咲いていた桜とは変わった趣がありました。

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 大地にドッシリと腰を据えた古木が大地の養分を吸い上げて見事な花を咲かせていました。毎年繰り返される自然の摂理なのでしょうが、どのくらいの歳月が流れているのでしょうか。

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 ついつい浮かれてシャッターを押してもらいました。

 

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 霊宝館の周りをグルッと回って建物の中に入ってみました。特に曼荼羅には興味があり、撮影禁止という注意書きが見当たりませんでしたので撮影してしまったのですが・・・。やはり撮影禁止でした。

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 (画像は全てインターネットより転載) 初めて入った霊宝館でしたが、薬師如来をはじめとする仏像群の素晴らしさに圧倒されました。拝観料を払うだけの価値があると思いました。いつも思うのですが、撮影できないのはとても残念です。

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 霊宝館の中には庭園を眺めることができるコーナーがありました。この枝垂れ桜の枝振りも見事でした。

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 集合時間に皆揃いました。多少疲れたとは思うのですが、醍醐寺の桜にすっかり満足して自然に笑顔になりました。

 

最近、桜の名勝地として人気が高くなっている醍醐寺で、見頃としては最高のタイミングで花見ができました。

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2017年5月 2日 (火)

京都寛六会紀行 09醍醐寺 伽藍エリア

4/6(木) 心配された醍醐寺駐車場周辺の混雑にも巻き込まれず、順調に醍醐寺観光が始まりました。

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 拝観券を購入ました。三宝院、伽藍エリア、霊宝館の3ヵ所共通で1500円で、以前はそれぞれ500円ずつで見たいエリアだけの拝観料でしたが、システムが変わったようで、インターネットでは不満の声もみられます。

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 三宝院から入場して、集合記念写真を撮りました。背景はこれ以上ないほど見事な桜でした。今回のゼミ旅行は昨年企画したもので、日程も昨年決めました。昨年決めた日程と桜の満開時期がこれほどピッタリ合致するとは、日頃の行いが余程いいのでしょう。

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 桜の樹の下に近づいてみると、花びらの密集度に驚かされました。

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 いい記念写真ができました。

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 さながら撮影タイムだったかのように写真を撮り終えて、これから自由行動となりました。醍醐寺には三宝院、伽藍エリア、霊宝館と3つのエリアがあり、特に伽藍エリアは広く、どういう順路で見るかそれぞれ作戦を練っているようでした。

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 こちらは三宝院の庭園。三宝院は醍醐寺の本坊的な存在で、歴代座主が居住する坊です。この庭園は慶長3年(1598年)、豊臣秀吉が「醍醐の花見」に際して自ら基本設計した庭といわれ。桃山時代の華やかな雰囲気を伝えているといわれています。

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 公職を退いても地元国分寺市のために様々な活動をしているHoshino君と奥様、今回は日頃の忙しさを忘れて英気を養っているようでした。

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 三方院エリアを見た後伽藍エリアへと進みました。伽藍エリアの入場口になっている大きな門は西大門(仁王門)で、豊臣秀吉の三男秀頼が再建したものです。

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 西大門をくぐってさらに進むと五重塔があり、醍醐天皇の菩薩を弔うために朱雀天皇が起工して951年に完成した、京都府下最古の木造建築物だそうです。日本最古の五重塔は680年頃完成したといわれていて、歴史的には奈良にある建造物の方が古いものが多いようです。Shimomura夫妻は、京都・丹後半島巡りの後、私たちと別れて奈良の観光も楽しんだとのこと。元気です。

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 桜の花に取り囲まれるように金堂がありました。金堂は醍醐寺の本堂で、豊臣秀吉の命によって紀州から移築されたものです。本尊は薬師如来で、ご存知のように病気を癒やし、苦しみを除いてくれる仏様です。

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 伽藍エリアはその名の通り堂塔の伽藍が点在しているのですが、いたる所に桜の木が植えられています。醍醐寺の桜は年々人気となっていて、その分混雑しますので敬遠されることもあるのですが、境内は広いために伽藍エリアに入ってしまえば、お好みの桜をゆっくり観賞することもできます。

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 金堂や五重塔を過ぎてさらに東へ進むと観音堂があります。観音堂は西国三十三観音霊場第十一番札所となっていて、ご本尊の観世音菩薩は「子授け」の観音様として多くの信仰を集めています。伽藍エリアをここまで歩いてくると人影も少なくなり、桜を見ながら静かな古都の雰囲気を味わうこともできました。

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 弁天池にかかる朱塗りの橋の先には弁天様が祀られている弁天堂があります。ここは紅葉の名所として知られていますが、弁天池越しに眺めると薄いピンクの花びらの先に朱塗りの橋と弁天堂の緑の屋根がマッチしていました。

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 比較的ひっそりと佇んでいる祖師堂には、真言宗の開祖である弘法大師空海と孫弟子で醍醐寺を開基した理源大師が祀られています。仏像の撮影禁止という寺院が多いのですが、ここは写真を撮ることができました。

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 他の伽藍に比べて寂れている印象の不動堂には不動明王を中心として五大明王が安置されています。堂の前には立ち塞がるように大きな不動明王が立っていました。不動明王は大日如来の化身ともいわれています。

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 伽藍エリアを一通り歩いて西大門へと戻りました。時間は09:48で、続々と観光客が入ってきました。

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 西大門から見た桜と見上げる人々。醍醐寺は豊臣秀吉が亡くなる半年前(1598年)に贅を尽くした「醍醐の花見」を催したことにより一躍桜の花で有名になりました。奈良の吉野山の花見とともに二大イベントでした。

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 西大門から霊宝館へ向かう途中、仲間と出会い、桜を背景に記念写真を撮りました。偶然ですが、この3人は丹後半島での宿泊でくじ引きで同室になりました。学生時代も卒業後もほとんど口を聞く機会がなかった3人でしたが、人生にはいろいろあるというような話ができて良かったです。

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 もうこのブログには何回も登場してもらっている二組のカップルは、日経、体制論、計画経済と3つあるグループの一つ日経グループの重鎮です。日経グループは3つのグループでは最も勉強家の集まりで、勉強し過ぎたためかグループリーダーを始めとして3人の仲間が鬼籍に入っています。

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 桜に酔ったか、気分がハイになったか、出会うたびに記念写真を撮ることになりました。これ以上ないという花見のコンディションでした。

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2017年5月 1日 (月)

京都寛六会紀行 08市内観光~醍醐寺

4/6(木) 前日は宿泊先の花園会館に戻ったのが夜の10時でした。充実した観光1日目を過ごし、2日目がスタートしました。この日の観光は、醍醐寺コースと青蓮院、南禅寺、疏水界隈コースの2つのグループに分かれるよう予定でした。ところが、前日の帰りのタクシーで運転手さんが醍醐寺の桜が超見頃ですと教えてくれたものですから、全員で醍醐寺へと向かいました。

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 さすがに前日のたっぷり観光による適度な疲れでぐっすりと眠ることができました。一夜明けて、窓からの眺めは目の前に妙法寺の塔頭の数々、遠くに東山の峰々を望むことができ、京都情緒たっぷりの景色でした。偶然ですがこの妙法寺はTsuda家の菩提寺とのこと。

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 朝食もとても美味しく、この日も楽しい観光になりそうな予感でした。

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 皆さんもよく眠れたようで、スッキリとした顔を合わせました。

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 Ohta君が観光タクシーを手配してくれました。2台に分乗し、それぞれ定員9人のところ67人でしたので、快適でした。

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 相談した結果全員で醍醐寺に行くことになりました。運転手さんの話では醍醐寺の人気は高く、駐車場近辺はとても混雑するから少しでも早い時間に着いた方がいいということでしたのでできるだけ近道を選んで走ってもらいました。

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 京都市内には名所旧跡が多く、そのまま市内観光のようになりました。ここは京都御苑で、京都御所や蛤御門など時間があれば寄ってみたい所です。

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 樹齢何年なのかはわかりませんが、目を奪う薄緑も古都の彩りの一つです。

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 私たちを乗せた観光タクシーは桜の名所川端通りに出ました。

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 川端通りから琵琶湖疏水の流れに沿った道に入ると桜はさらに見頃となっていて、花びらが水面に届くかのように枝を伸ばしていました。

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 運転手さんが私たちの気持ちをわかってくれているかのように、琵琶湖疏水に沿って車を走らせてくれました。このコースは醍醐寺コースとは異なる南禅寺、疏水界隈コースでもあります。

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 川沿いに咲いて、川面に枝を伸ばしている桜を水上から観賞する船が早くも観光客を満載して走っていました。

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 大きな赤い鳥居は平安神宮。

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 地下鉄東西線の蹴上(けあげ)駅辺りに出ました。

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 20164月撮影) 蹴上駅辺りは、桜とインクライン(傾斜鉄道)で有名な場所です。インクラインとは、琵琶湖疏水による舟での運送ルートの一区間をなす傾斜鉄道とのこと。琵琶湖疏水は京都と大津間の舟による輸送ルートでもあるのですが、落差が大きい場所は舟が運航できないため、台車に舟を乗せて上下させるインクラインで運行していたものです。

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 出足が早かったせいか、近道を走ったせいか、醍醐寺の駐車場近辺の混雑に会うこともなく駐車場に到着しました。

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 車を駐めた駐車場から醍醐寺までは少し歩くことになりました。その通り道にこれ以上ないほど花開いた薄いピンクの花びらが出迎えてくれました。

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 観光タクシーの運転手さんと待ち合わせの時間と場所の確認をした後、醍醐寺観光の概要とコースの説明を受けました。

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 先ず、桜のトンネルをくぐって入場券(三宝院、伽藍、霊宝館共通で1500円)の購入に向かいました。前日のタクシーの運転手さんのいう通り、桜は超見頃のようでした。

 

2つ計画された観光コースのうち醍醐寺コースに一本化されたのですが、醍醐寺に向かう途中の琵琶湖疏水や蹴上あたりは南禅寺を除けばほぼもう一つのコースを見たことになり、観光タクシーの粋な計らいだったのかもしれません。

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