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2017年6月10日 (土)

ベトナム大縦断 12カイディン帝廟

4/25(火) 昼食には遅い時間でしたが「フエ宮廷料理」を食べた後、フエ観光に出発しカイディン帝廟へと向かいました。

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 16:02 宮廷料理のレストランを出発しました。日本ではもう夕方に近い時間帯ですが直射日光が痛く感じられるほど強い中、緑の濃い田舎の道を走りました。

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 村の道のあちこちに小さな店が点在していて、昼間の暑さが少しは和らいだのでしょうか、寛いでいる人もちらほら。ゆったりとした時間が流れていました。

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 16:18 フエ観光の最初の観光地カイディン帝廟に着きました。帝廟への石段の先には雲一つ見られない空が広がっていてまだまだ昼間の暑さが残っているようでした。

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 石段の下で記念写真。私が手をかけているのは龍の頭です。私のお腹が出ているように見えるのは、パスポートや財布などの貴重品を入れたポシェットを腹巻きのようにして身に着けているからで、美味しいベトナム料理を食べ過ぎたわけではありません。

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 カイディン帝廟は、その名の通り1925年(日本では大正14年)に没したカイディン帝の墓所です。約6年かけて建築されたそうです。

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 兵馬俑に似た兵士像が安置されていました。この帝廟は統治国だったフランスの影響を受けているのですが、兵士像は中国の影響を受けたものだといわれています。

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 これは正殿(啓成殿)、バロック様式のコンクリートの建物で外面の装飾も手が込んでいます。カイディン王朝はフランスの影響を受けていたことで知られています。とてもドッシリとしていて荘厳です。建築されてから100年にも満たないとはとても思えませんが、黒ずんでいるのは高温多湿によるカビのためです。

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 正殿内部の中央には、金箔のカイディン帝の像が有ります。この下に帝の遺体が埋められているそうです。この時期(阮朝)の皇帝の遺体の場所が明確になっているのはカイディン帝のみで、他の皇帝の遺体の埋葬場所は判っていないそうです。

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 阮朝(げんちょう)は1802年から1945年にかけて存在したベトナムの王朝ですが、1887年からはフランス領インドシナとしてフランスの支配下になりました。啓定帝(けいていてい)は阮朝12代の皇帝で、晩年は自身の陵墓建設のために増税を命じ批判されるようになったとか。1925年に結核によって40歳で死去しました。

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 壁面にはモザイク模様が描かれ、陶器やガラス器を壊してモザイクにしています。当時の日本の「さくらビール(現アサヒ)」のビンが使われていました。

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 これが「さくらビール」の破片。

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 カイディン帝廟の観光に次いで、阮朝王宮へと向かいました。路上に花を並べて売っている花売りは、最もシンプルな移動店舗でしょうか。

    

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 こちらはたくさんの花を売っているきちんとした花屋。この地域では花の需要が多いのでしょうか。

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 彩りも鮮やかな果物を売っているお店には花も売っていました。お店の人や果物を物色している人、こういった生活感のある風景を見ながらの旅は楽しいものです。

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 16:42 ここフエで見た小学校は、ホーチミンシティの学校の規模に比べて小さく、生徒の数も少ないようです。授業が終わって親が迎えに来るのを待っている小学生はどことなく素朴な服装に見えました。

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 由緒正しき謂われのありそうな建物、現地ガイドのグェンさんに聞く間もなく通り過ぎてしまいました。古いお寺のような建物がさりげなくあるのは古都フエならではかもしれません。フエは人口30万人くらいの都市としては小さいのですが、19世紀から20世紀にかけてベトナムに存在していた元朝の首都に定められていました。

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 露店が並んでいるマーケットは、どことなく素朴でローカルな雰囲気が見られました。

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 立派な建物が目につきました。外務省関連の建物だそうです。

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 その立派な建物の角を曲がった時、たまたま日本人のビジネスマンらしきグループを見かけました。ガイドのグェンさんによると、この地域では日本のODAによって建てられた建物が多いとのことでした。フエという地域が身近に感じられました。

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 16:51 市の中心部に近づいたのでしょうか、整備された道にはバイクの姿が増えてきましたが、ホーチミンシティの混雑に比べればゆったりとしたものでした。

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 市の中心部をゆっくりと走っている自転車、ベトナム笠がいいですね。

 

カイディン帝廟の主、啓定帝(けいていてい)は阮朝12代の皇帝で統治国フランスの庇護を受けていて、贅沢をしているという批判が随分あったとか。その人生は日本によって満州国の皇帝に祭りあげられた清国最後の皇帝(ラストエンペラー)愛新覚羅溥儀のようでもありました。

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