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2017年6月12日 (月)

ベトナム大縦断 13阮朝王宮

4/25(火) 午後遅い時間にスタートしたフエ観光の2つめは「阮(グェン)朝王宮」でした。

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 阮朝王宮もフエ観光の一つの目玉のようで、観光バスが集まっていました。

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 バスを降りて王宮の入口に向かう途中に人力車が並んでいました。お客は前のシートに腰掛け、シートの後ろ部分は自転車になっていて運転手がこぐ三輪人力車でシクロというそうです。ベトナムの代表的な人力タクシーです。日本の人力車は引き手が前でお客は後ろに乗るというスタイルです。所(国)変われば品変わるです。

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 観光地前のお土産の店先では店番のおばちゃんとお客らしいおばちゃん、とびきり元気な声で井戸端会議をしていました。

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 16:55 古城のような雰囲気の王宮は日が暮れかかっていて、さらに古城の雰囲気が増していました。

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 王宮門とも牛門とも呼ばれる城門は、ベトナム戦争の激戦にもかかわらず残りました。当時の戦跡が残っているようでもあり、いかにも戦火をくぐってきたかのよう姿は頑強そのものでした。その城門を次から次へとバイクが走り抜けていきました。私たちはバイクにぶつからないように気を付けながら道の端を歩いて城門をくぐりました。

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 城門をくぐるととてつもなく緑の芝生に覆われた広い広場がありました。広場の先にはベトナム国旗が立っているフラッグタワーがあります。そこにはベトナム戦争時の銃弾跡も残されているそうです。この王宮は1803年に建設、1833年に現在の場所に移されたとのことですが、なんでこんなに広いのか不思議でした。

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 ベトナム笠を被った女性、鮮やかなピンクの衣装を身に纏い、だだっ広い広場を横切って行きました。どこから来てどこへ行くのか、天秤棒の先の籠には何が入っているのか。

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 阮朝1802年~1945年まで続いた全13代皇帝からなる王朝でした。ベトナム最後の王朝といわれ、これ以後第インドシナ戦争がはじまります。フエはベトナム戦争の激戦地で多くの建造物が破壊されたそうですが、立派な城壁は残されていて当時の美しさが残されているとともに古城の風格も見られます。1993年にベトナムでは初めてユネスコの世界遺産に登録されました。

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 17:00 ちょうど入場制限時間になったところ、ギリギリで間に合い何とか入場できました。

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 閉門の時間になり、緑の葉と白い花のような葉のような植物を植えた大きな鉢を入れ替えていました。ここが王宮だからということもあるのでしょうが、フエに入ってからはたくさんの花や植物を見たような気がしました。

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 13代続いた阮朝ですが、当初歴代皇帝は中国を君主としていました。1887年以降はフランス植民地時代となって西洋スタイルの建築様式も取り入れられるようになりました。その時代に勤めていた皇帝によって、建築物群の色が異なるのが特徴で、3つある正門は紫禁城に倣っているといわれ、当時真ん中の門は皇族しかくぐることが許されなかったそうです。

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 本殿の太和殿の屋根を見ると中国の影響を色濃く受けていることがわかります。戦火で大半が破壊されたといわれていますが、この本殿は残されました。

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 1993年にベトナムで初めて登録されたユネスコ世界遺産は「フエの建築群」で、その対象は阮朝王宮だけではなく、歴代皇帝の時代に建てられた建築群すべてとなっています。中でも皇帝が暮らしていた王宮が名実共にフエ最大の観光名所になっています。阮朝の時代は、当初は中国が君主の時代でありその後はフランスが君主となりましたので、皇帝が座っていた玉座の座り心地はいかがだったのでしょうか。

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 日本のお城に比べると、実際の歳月以上の長さを感じさせる城壁は戦火のためなのか、高温多湿の気候風土のためなのか。

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 本殿の前にも緑の絨毯が敷かれた広い空間がありました。戦火に焼かれた建物の跡のようであり、芭蕉が詠んだ 兵どもの夢の跡 という句が浮かびました。

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 本殿を取り巻く回廊は、非常にきれいに整備されていました。この回廊は日本の資金援助などで修繕が進められているのですが、その資金援助もなかなか難しくなってきているそうです。柱、屋根、壁、、戸と随所に中国の要素が混じり合っています。中国の資金援助を仰いだらいいのにと思いましたが、南シナ海の領海問題を考えるとそうもいかないようです。

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 彫刻と塗装で美しく仕上げられた80本もの柱によって支えられた装飾屋根をもつ王宮の中心部分はベトナム戦争で損傷し、現在復元作業が行われているのですが、まだ当時の3割くらいしか復旧されていません。いつ復旧できるか見通しが立たないそうで、復旧費を捻出しようと入場料を値上げしたとのことです。どうなるのでしょう。

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 200年前から始まった王朝の歴史と戦火にまみれた戦跡後を見て、なんとなく考えさせられ、日本流にいえば平家物語ではありませんが “ものの哀れ” を感じつつバスに乗って移動すれば、欧米人観光客の姿がありました。

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 17:52 バスはこの日最後の観光フォン川クルーズの船着き場に着きました。

 

ホーチミンシティからフナへの移動が飛行機トラブルで2時間遅れになり、クルーズはもういいよといいたくなる気持ちでしたが、バスは順調に船着き場に着きました。

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