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2017年8月13日 (日)

回想ヒマラヤⅣ05 ナムチェ(3,440m)

11/4(日)、エベレスト街道で最も大きな街ナムチェ(3,440m)を目指しました。

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 トレッキング2日目は標高2652mから3,440mへと次第に高度を上げていきます。進行方向右手に名峰タムセルク(6,623m)を眺めるのも楽しみでした。

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 定刻の08:00、冷たい空気の中皆元気で出発しました。特別な事情がない限りは06:00モーニングコール・起床、07:00食事、08:00出発というタイムスケジュールでした。マスクのような覆面をしているのは防寒と街道の埃(馬やロバやゾッキョなどの分が乾燥して舞い上がります)除けです。

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 早々に、覆い被さるように聳え立つ名峰タムセルク(6,623m)が見送ってくれました。タムセルクはこれからさまざまに表情を変えて私たちの目を楽しませてくれました。

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 肺気腫のために主治医から厳命されている個人ポーターのビルバルさんです。これからルクラに戻るまでの2週間ずっとお世話になりました。言葉は日本語、英語とも話せませんが何とか意思の疎通はできました。

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 エベレスト街道は意外と細い生活道路で、行き交う人も多く、ロバやゾッキョなどの隊列も頻繁に通ります。乾期で道が乾燥しているため、土埃やロバやゾッキョの糞が舞っていて気をつけないと鼻やのどを痛めてしまいます。

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 ナムチェまでの道は、急な登りが多く前半最も手強い道でした。この間の歩き方で高度順応ができるかどうかが左右されといわれますのでゆっくりとマイペースを心がけました。

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 高度順応に喘ぎながらも、時々姿を現すタムセルクに元気づけられるのでした。

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 途中のロッジで時々小休止しました。高橋隊長と“田部井さん”とまだまだ余裕の笑顔でした。

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 4人の賑やかなマウンテンレディを率いる“校長先生”は終始にこやかで、マイペースの歩き方には年季が入っていました。肺ガンの手術により肺を1/4切除したとかで、私と同様心肺にハンディキャップを負っていて、共に頑張らないで、無理をしないでと健闘を誓い合いました。

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 ヒマラヤトレッキングの宿命ともいえるアップダウンは、山を越えたと思ったら谷底に下って上り返すという連続で、容赦なく体力を奪われ、疲労度が増しました。

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 かなりの疲労感を感じつつようやくナムチェに到着しました。私のリュックを背中に、自分のリュックを前に抱えた個人ポーターのビルマルさんは元気でした。

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 サーダー(シェルパ頭)のラクパさんやコックのペンバさん達は先に到着していて、私たちのバッグをそれぞれの部屋に置いてくれていました。

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 ロッジで荷物を片付けて夕食までの一時、高度順応を兼ねて少し高いところからナムチェを眺めてみました。

 

ナムチェまでの道は、いくつもの吊り橋を渡り、アップダウンを繰り返しつつ高度を上げるという厳しい道でした。標高3,440mは少し空気の薄さを感じました。

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