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2017年8月20日 (日)

丹沢登山紀8月 14回目

8/19(土) 曇り 07:10登山開始 山頂10:10到着 12:40下山

嫌になるくらい雨や曇りの日が続いています。前回8/9(水)に丹沢に出かけて以来天気予報とにらめっこの日々でした。午前中は何とか天気はもちそうだということで10日ぶり今年14回目の丹沢に出かけました。

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 登山口のバス停に着いて空を見上げると、ぼかし絵のような雲が浮いていて、遠くの山からは雲が涌いてきていました。天気予報では午前中は陽が射し、午後は霧、夕方雨というものでした。

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 この日は土曜日でしたのでいつもの常連さんの他に若い人の姿が目立ちました。この夏の時期は、丹沢は暑さが厳しく、また登山愛好家の皆さんは他の山に行ってしまうので少ないようです。

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 登り始めてほぼ1時間、足下から霧が立ち上ってきていました。湿度は100%かと思うほど蒸していたのでしたが、前回(8/9)暑さで引き返したときに比べると時々ヒンヤリとした空気が流れてホッと一息つけました。

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  中間地点での堀山の家は富士山ビューの地点ですが、前回富士山の姿を見たのがいつだったか思い出せないくらい富士山にはご無沙汰しています。今年久しぶりに富士登山に挑戦しようと思ってはいるのですが。

 

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 登り始めて2時間近く、大地の栄養や水分を吸い上げて陽の光を浴びたのか、丸葉岳蕗が目に鮮やかな濃い黄色の花を咲かせていました。前回は見ませんでしたので、10日の間に花開かせたものと思われます。

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 黄色の花を見た直後に雨が降り出しました。かなり大粒の雨でその時点で下山した人もいましたが、私は前回暑さで途中リタイアしていましたので今回は諦めずに山頂を目指すことにしました。花立山荘のかき氷の幟も雨に濡れて寂しげでした。

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 山頂への最後の階段、ここから青空を見上げたのはいつのことだったのか。この日は鉛色の空でしたが、雨が止んだだけよかったです。

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 雨と霧と汗でびしょびしょでした。山頂の気温は17度で、微風でしたが濡れた身体には肌寒く感じました。前回は暑さに負けましたが、今回は雨や湿度には悩まされたものの暑さは比較的凌ぎやすく、やはり登山には暑さが一番こたえるようです。

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 山頂に安置されている仏像たちに手を合わせている間にも身体はどんどん冷えましたので早々に下山しました。

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 花立山荘近くにも丸葉岳蕗が細い茎を真っ直ぐ伸ばしていました。花音痴の私ですが、登るたびに一つずつ名前を覚えていきます。

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 花立山荘でビールを飲みながら昼食を食べた直後の下山道で、足下にはサワギクが咲いていました。ここ数年何回となく丹沢には登っているのですが、78月は敬遠していました。傾斜がきつく登りが厳しい上に暑さも厳しいからなのですが、この時期にしか見られない花も随分あることがわかりました。

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 この花の名前はわかりませんでしたので、仮に 真昼の線香花火 と命名しました。

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 いつもと同じペースで登りいつもと同じペースで下りました。バスを待っている間、地元の常連さん達の話を聞くともなしに聞いていますと、ジャンダルムとかキレットとか、剣のタテバイとかヨコバイの話をしていて、皆さんかなりの山歩きをしてきたんだということがわかりました。

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2017年8月19日 (土)

回想ヒマラヤⅣ08 ディンボチェ(4,410m)

11/7(水)、いよいよ4,000mの世界に突入しました。

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 デボチェ(3,700m)からディンボチェ(4,343m)へと、高度を稼ぐ厳しい行程の1日で、頑張りどころでした。出発にあたって、防寒具と手袋を必ず携帯するようにという指示がありました。

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 この日も青空と強い陽射しの下、谷底に流れる河を見ながら山の中腹を、奥へ奥へと高度を上げました。前方に白い尖峰(多分アマダラム)が見えたり隠れたり、また別の山が現れたりしたのですが、もう山の名前は頭に入りませんでした。

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 700mの標高差を一歩一歩、着実な歩みで上りました。富士山より高い標高での登りは、深呼吸をかなり意識しないとかなりきつく感じました。皆さんの顔つきがかなり苦しげになってきました。きっと自分も同じような顔をしていたと思います。

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 振り返ってみれば、先程通った村やチョルテン(仏塔)は随分下の方になりました。

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 途中の村パンボチェに着きました。この村は比較的大きくロッジもそこそこありました。

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 それでも“国井雅比古ご夫妻”と“田部井さん”の3人組をはじめ皆さんさすがに元気でした。息苦しいのですが、日本の山では見られない景観に気持ちはめげませんでした。

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 途中ショマレで11:0012:30、食事休憩しました。メニューはひもかわうどんとパンやミカンなどでした。うどんは喉ごしがよく美味しく食べることができました。体力を維持するためにたくさん食べなければいけないと思うのですが、あまり食べると薄い酸素が消化に使われてしまうために高山病になりやすく、その加減が難しいのです。

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 昼食とたっぷりの休憩で元気を取り戻し、再び進軍開始です。少しずつ高度を上げていると何となく筋肉がだるくなったり足が重くなったりしますが、そんな中でも皆で冗談を言い合ったりお喋りしながら足を動かしていると疲れは感じませんでした。また周りの景色もヒマラヤトレッキングを実感させてくれ、素晴らしいものでした。

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 エベレスト街道には村の近くや交通の要衝にはチョルテン(仏塔)があります。青い空を付きだすように立つ尖塔はヒマラヤらしい景色です。チョルテンがあると村が近いことがわかり、何となくホッとしたものでした。

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 背中に荷物を積んでいないゾッキョや牛やヤクはノビノビと歩いていて、青い空と並んでいる白い峰々もヒマラヤらしい景観です。

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 アマダラム(6,856m)を背景にちょっと気取ってみました。ここまでお腹の調子もよく、血中酸素濃度も含めて高度順応は順調にきていました。

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 分岐が出てきて、右に行けばディンボチェ、左に行けばペリチェ(4,215m)です。私たちは右方向のディンボチェへと向かいました。帰りはペリチェ方向からこの分岐へと出てくる予定になっています。

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 分岐をディンボチェ方向に歩いてしばらくすると世界第4位の標高を誇るローツェ(8,516m)が姿を見せました。ローツェとエベレストは並んでいて、ホテルエベレストビューからは2つの高峰を見ることができます。

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 休憩時間にスタッフの皆さんと記念写真を撮りました。コック長のペンバさん、サブリーダーのカジさん、サーダーのラクパさん、個人ポーターのビルバルさんが勢揃いしました。今回のツアーではポーターさん達10人以上、ゾッキョ7頭の編成となりました。

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 この日の最終目的地ディンボチェ(4,410m)15:00到着しました。休憩・昼食をはさんで7時間、4,400mまで上ってきました。午後3時になっても青空がひろがっていて、天候はすこぶる安定していました。

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 日没前の一時、ぼんやりと、夕日に染まるヒマラヤを眺めるのはホッとする瞬間ですし、ここまで来たかという感慨に耽ることができる瞬間です。

 

日本を出発して1週間、ようやく4,000mの世界に入りましたが、ここまで高度順応を含めて体調は特に問題はなく、また疲労感も残っておらず、順調でした。

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2017年8月17日 (木)

回想ヒマラヤⅣ07 デボチェ(3,700m)

全行程の6日目(11/6)は、一度谷底のプンキ・タンガへ下り、標高差600mを上りきってタンボチェ(3,860m)に到着し、その後デボチェへ(3,700m)と下りました。アップダウンのある歩きごたえのある一日でした。

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 キャンズマの分岐点をゴーキョ隊の3人は左方向のゴーキョ・ピーク(5,483m)を目指し、私たちは右方向のカラパタール(5,543m)を目指し、8日後の11/14にホテルエベレストビューで合流ということになっています。

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 ゴーキョに向かう“仙台の鉄人”の3人組とはここでお別れしました。“仙台の鉄人”とはすっかりウマが合っていましたのでちょっと寂しく感じました。私たち12名はカラパタールへと向かいました。

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 今日も抜けるような青空の下、着実な足取りでエベレスト街道を奥へ奥へと進みました。

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 威風堂々とゾッキョの群れが歩いてきました。こういう場合のよけ方は、必ず山側に身を寄せるのが鉄則です。もし反対側が谷などの場合、何かの拍子に谷底に突き落とされてしまうこともあるからです。私たちのゾッキョ軍団はかなり先へと進んでいるはずで、早めについて私たちの食事の準備をしてくれます。

 
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 強烈な陽射しと乾いて土煙が舞い上がる道、容赦のない上りに次第に薄着になりました。ゾッキョの群れなどが通ると砂埃を巻き上げていきますので、ノドを痛めないためにもマスクは必要です。

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 風にはためくタルチョの先には白い峰と青い空。タルチョはチベット仏教の五色祈祷旗で、五色の順番は青・白・赤・緑・黄と決められていて、それぞれ天・風・火・水・地を表現しています。

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 出発して4時間、お昼頃にタンボチェ村(3,860m)に到着しました。富士山とほぼ同じくらいの標高まできました。

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 この日のように天候がいいと真っ正面にエベレストを眺めることができます。ヒマラヤそのものの世界を歩いていると、現実ではないような気がするのですが、ちょっとした急坂になると呼吸が苦しくなり現実に引き戻されました。真っ白な塔はストゥーパという仏塔です。

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 タンボチェの入口にあるカンニ(仏塔門)をくぐり広い高原台地に上がればゴンパの建つタンボチェです。仏教が生活に深く根ざしているエベレスト街道の山域で、最大の僧院がここタンボチェにあります。ここには修道院もあります。わたくしたちはここでたっぷりと休養しました。

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 僧院は日本の宿坊のようなもので、僧院には若いチベット僧が住んでいます。どんな生活なのか、こんなところに泊まってみたかった。

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 エベレストが頭だけを出し、その前をヌブツェ(7,861m)が、右脇をローツェ(8,501m)が固めていました。何ともいえない、タンボチェから見た深いブルーの空でした。

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 タンボチェの丘から、1時間ほど樹林帯を下り、12:50デボチェに到着しました。夕食後まで眠るわけにいかず、洗濯をしたり思い思いに時間を潰しました。寛いでいる高橋隊長とサーダー(シェルパ頭)のラクパさん。

 

標高は富士山とほぼ同じ高さにありますが、高度順応しながら高度を上げているせいかあまり息苦しさは感じませんでした。しかし絶えず深呼吸を心がけて、体内に十分な酸素を取り入れる準備をしていないと後々ひどい目に遭います。

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2017年8月16日 (水)

Moeさんの八ヶ岳

梅雨が明けてからほとんど日照時間のない日々が続いていて、こんな天候は40年ぶりとか。おかげで丹沢登山もお預けになっています。丹沢で2回一緒になったMoeさんから、14日の夜行のバスで八ヶ岳へと向かいますと連絡を頂き、天気があまり良くないことを心配したのですが、行けるところまで行ってきますとのことでした。16日、無事に戻ったようで写真を頂きました。

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 私は八ヶ岳登山の経験はなく、どういうコースをとったのかはわからないのですが、写真から判断すると、多分天狗岳(西天狗岳と東天狗岳)に行ったようです。天気予報通り、霧でまったく見通しがきいていませんが、元気そうです。

 

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 東天狗岳の標高は2,640m

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 (インターネットより転載) もし天気が良ければ、眺望が開けて尾根伝いのちょっとした縦走気分が味わえるようですが。

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 霧で先の道がまったく見えません。初めての山で一番怖いのがこの霧です。他の登山者の影も見えず、慎重に歩いたことと思います。

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 山道があまりはっきりしない岩場やガレ場ではペンキのマークが唯一の道案内になりますので見失わないように。

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 西天狗岳の標高は2,646m。東天狗岳と西天狗岳の距離はあるデータによると20分前後とのこと。

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 (インターネットより転載) もし霧がなければ、東天狗岳と西天狗岳の稜線歩きが楽しめると思いますが、それは次の楽しみということになるのでしょうか。

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 20107月撮影:谷川岳) そういえば、数回登ったことのある谷川岳も2つのコブをもつ山でした。トマノ耳(1,963m)とオキノ耳(1,977m)を結ぶ稜線の距離は15分くらいですので、天狗岳と同じくらいでしょうか。

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 20107月と201110月撮影:谷川岳の稜線) 谷川岳の2つの山頂からは、さらに尾根が続いていました。八ヶ岳も天狗岳からさらにいくつかの山(全部で8つ?)が連なっていて、素晴らしい尾根が続いていることと思います。これからの八ヶ岳歩きが楽しみでしょうね。

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 Moeさんは、霧の中をペンキの矢印を頼りに岩場をさらに進んだようです。常々気をつけないといけないと自分にいい聞かせていて慎重派のようですが、それでもいい度胸してます!

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 悪天候にもめげず楽しそうです。山歩きするのがよほど嬉しいのでしょうね。しっかり防水・防寒具を着込んでいます。

 

山に行こうと決心しても、天気が悪そうだと思うとテンションは下がりますし、夜行のバスで初めての山へ、女性で1人というのも怯んでしまいそうですが、行ける所まで行こうといって初志を貫徹したようです。行ったことのない八ヶ岳、霧の中で全貌はわかりませんでしたが、どんな山か少しはわかりました。ありがとうございます。

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2017年8月15日 (火)

回想ヒマラヤⅣ06 キャンズマ(3,550m)

11/5(月)、全行程の5日目、少しづつ高度を上げていきました。

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 ナムチェからキャンツマまでは2時間の行程で、高度順応と休養を兼ねました。

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 朝食のメニューは大体決まっていて、おかゆとパンの組み合わせです。おかゆには何の味も付いていませんので、私は日本から梅干しや漬け物を用意していきました。食欲があってもなくてもしっかり食べないと体力が持ちませんでしたが、高度が上がるたびに食欲は落ちていきました。

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 いつもながらの慌ただしい出発準備です。06:00に起床して洗面や身支度を調え、07:00の朝食前にゾッキョに運んでもらうバッグと寝袋を部屋の前に出しておきます。朝食後08:00の出発というのが決まったパターンです。高度が上がるにつれ空気は薄くなり、寒さも増してきますので、一連の動作が少しずつしんどくなりました。

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 慌ただしく朝の準備が整うと出発です。身体の疲れや寒さなど、歩き始めて青空やヒマラヤを眺めているといつの間にか吹っ飛んでいました。

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 少しづつ高度が上がるにつれて景色も変わってきました。黙々と下を見て歩いていてふと遠くを見ると過ぎてきた村が随分小さく見えるようになりました。

 

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 ヒマラヤトレッキングの醍醐味です。

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 この日の歩行時間は2時間と短く、お昼前に目的地のキャンズマ(3,550m)に到着しました。高橋隊長もここまで総勢15人を引っぱってきて、特にトラブルもなく順調でホッとした様子でした。キャンズマはエベレスト2大展望台、カラパタールとゴーキョの分岐点で交通の要所ですので、宿泊施設もロッジというよりはホテルのようでした。

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 この日の昼食は、スパゲティにジャガイモ、バナナ、ツナ、クリームスープでした。ロッジ食ではなくコックさん(ペンバさん)が日本人向けに味付けを工夫してくれました。それぞれお替わりはいくらでもでき、体力を付けるにはたくさん食べた方がよさそうですが、高度が上がるにつれ腹八分目、七分目、六分目と減らしていった方が高山病対策になります。たくさん食べてしまうと薄い空気が胃の消化活動に使われ、全身に酸素が廻らなくなるため高山病になりやすくなるといわれています。

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 ヒマラヤの名峰を眺めながら、暖かい陽射しを浴びている至福の瞬間ですが、最も辛いのが決して昼寝やうたた寝をしてはならないことです。寝てしまうと呼吸が浅くなり、高山病になってしまいますので、どんなに眠くても我慢しなければならないのが結構辛いのでした。

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 アマダラム(6,812m)。アマダラムとはシェルパ語(ネパール語)で「母の首飾り」という意味で、切り立った山肌と稜線が特徴です。どのルートも急峻で、高度な登山技術が要求されるそうです。

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 タムセルク(6,608m)にも夕陽が射して、やがて夕陽が消えると私たちも寝袋に潜り込んで眠りにつくことができます。

 

私たちはここでたっぷりと休養をとって翌日からのトレッキングに備えました。

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2017年8月13日 (日)

回想ヒマラヤⅣ05 ナムチェ(3,440m)

11/4(日)、エベレスト街道で最も大きな街ナムチェ(3,440m)を目指しました。

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 トレッキング2日目は標高2652mから3,440mへと次第に高度を上げていきます。進行方向右手に名峰タムセルク(6,623m)を眺めるのも楽しみでした。

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 定刻の08:00、冷たい空気の中皆元気で出発しました。特別な事情がない限りは06:00モーニングコール・起床、07:00食事、08:00出発というタイムスケジュールでした。マスクのような覆面をしているのは防寒と街道の埃(馬やロバやゾッキョなどの分が乾燥して舞い上がります)除けです。

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 早々に、覆い被さるように聳え立つ名峰タムセルク(6,623m)が見送ってくれました。タムセルクはこれからさまざまに表情を変えて私たちの目を楽しませてくれました。

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 肺気腫のために主治医から厳命されている個人ポーターのビルバルさんです。これからルクラに戻るまでの2週間ずっとお世話になりました。言葉は日本語、英語とも話せませんが何とか意思の疎通はできました。

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 エベレスト街道は意外と細い生活道路で、行き交う人も多く、ロバやゾッキョなどの隊列も頻繁に通ります。乾期で道が乾燥しているため、土埃やロバやゾッキョの糞が舞っていて気をつけないと鼻やのどを痛めてしまいます。

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 ナムチェまでの道は、急な登りが多く前半最も手強い道でした。この間の歩き方で高度順応ができるかどうかが左右されといわれますのでゆっくりとマイペースを心がけました。

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 高度順応に喘ぎながらも、時々姿を現すタムセルクに元気づけられるのでした。

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 途中のロッジで時々小休止しました。高橋隊長と“田部井さん”とまだまだ余裕の笑顔でした。

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 4人の賑やかなマウンテンレディを率いる“校長先生”は終始にこやかで、マイペースの歩き方には年季が入っていました。肺ガンの手術により肺を1/4切除したとかで、私と同様心肺にハンディキャップを負っていて、共に頑張らないで、無理をしないでと健闘を誓い合いました。

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 ヒマラヤトレッキングの宿命ともいえるアップダウンは、山を越えたと思ったら谷底に下って上り返すという連続で、容赦なく体力を奪われ、疲労度が増しました。

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 かなりの疲労感を感じつつようやくナムチェに到着しました。私のリュックを背中に、自分のリュックを前に抱えた個人ポーターのビルマルさんは元気でした。

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 サーダー(シェルパ頭)のラクパさんやコックのペンバさん達は先に到着していて、私たちのバッグをそれぞれの部屋に置いてくれていました。

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 ロッジで荷物を片付けて夕食までの一時、高度順応を兼ねて少し高いところからナムチェを眺めてみました。

 

ナムチェまでの道は、いくつもの吊り橋を渡り、アップダウンを繰り返しつつ高度を上げるという厳しい道でした。標高3,440mは少し空気の薄さを感じました。

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2017年8月12日 (土)

丹沢登山紀8月 12、13回目

8/6(日) 曇り 07:10登山開始 山頂10:10到着 12:40下山

8月に入ってもなかなか夏らしい天気にはなりませんでしたが、前回(11回目:7/29(土))から1週間近く経っていましたので12回目の丹沢に出かけました。

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 レストハウスの上空にはうっすらと青空が見えたものの薄い雲に覆われていました。むしろカンカンに晴れているよりも雲や霧で陽射しが遮られている方が登りやすく、このままの天気でいてくれたらと願いつつ出発しました。

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 中間地点の堀山の家には随分霧が広がってきていて、風がそよとも吹かず蒸し風呂の中にいるような状態でした。

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 かなりの汗をかきながら、水分補給しながら、足の重たさを自覚しながら、皆さんに負けじと傾斜のきつい階段を登りました。

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 花立山荘を過ぎた辺りで、ヤマユリが山道に乗り出すように花を咲かせていました。1週間前には見なかった花でした。

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 喘ぎ喘ぎ山頂に着いてみれば、霧はさらに深くなっていました。私は時間は比較的自由になるのですが、日曜日しか時間がとれない人にとって富士山が見られないのはとても残念だろうなと思うのです。しかし、山が好きな人にとっては苦しい思いをして山頂に立てるだけでも満足だろうなとも思うのです。

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 山頂に安置されている仏像たちに手を合わせて早々に下山しました。

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 下山の途中、花立山荘でビールと持参したおにぎりで昼食にしました。週末には花立山荘はオープンしていますので、ここでのビールは恒例になりつつありました。

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 花立山荘を少し下った辺りで見つけたキツネノカミソリ? 誰がつけたのか、ちょっと変わった名前です。

 

霧を覚悟の足慣らしの今年12回目の塔ノ岳登山は、蒸し暑さの中でのだるい登山でした。

8/9(水) 晴れ 07:10登山開始 花立山荘から撤退

 

8/4(金)、5(土)と天空の散歩ツアーに出かけた後、8/9(水)は天気が良さそうだということで13回目の丹沢登山に出かけました。

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 最寄り駅の上空は真っ青で、久しぶりの好天に気ははやったのですが。

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 大倉登山口行きの始発バスを待っている間、なんとチワワのラムちゃんもご主人様と登山をするとかで準備をしていました。ラムちゃんの足の裏には丁寧にワセリンが塗られていました。丹沢山脈の最高峰蛭ヶ岳(1,673m)まで日帰り往復するとのこと。凄い!

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 7/20(木)にたまたま山頂で一緒になったMoeさんと再会しました。出発前のツーショットでした。

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 私は先に出発したのですが、健脚のMoeさんにすぐに追いつかれました。

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 山頂で会いましょうということで別れましたが、その約束を果たすことはできませんでした。Moeさんは滑るように、あっという間に消えていきました。

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 とてもいい天気というか今年一番の暑さで、いくら水分補給してもすぐに蒸発してしまうようで、いつもの倍の速度でペットボトルの水がなくなりました。これ以上無理をすると脱水症になるか熱中症になるかもしれないと思い、花立山荘から引き返しました。この時点で、Moeさんと山頂での再会という約束を果たすことができなくなりました。

   

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 下山して帰りのバスを待っていましたら、バスもあまりの暑さにオーバーヒートしてしまったとかで、30分くらい待たされました。そのかわりバス代はいらないとのことでした。

以下の画像は、全てMoeさんからいただいたものです。

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 私が下山している間に、Moeさんは順調に山頂を目指していたようです。この木でできた階段は傾斜がきつい上に直射日光を浴びてしまうところで最も辛く感じる場所です。

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 厳しい上りを登りきったところから振り返って見た秦野市から小田原市方向でしょうか。白い雲と深い青色の空が印象的です。

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 塔ノ岳山頂。遠くに見えるはずの富士山ですが、その富士山にだけ雲がかかっていました。今まで富士山は何回も登っているのですが、昨年は登りませんでした。最後にもう一回だけでも、八合目くらいまででも登ってみたいと思っているのですが、どうなるでしょう。

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 7/10(木)に初めて出会ったときのMoeさん。コッフェルでお湯を沸かしてカップ麺を美味しそうに食べていました。

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 山頂からの丹沢山や南アルプスの方向か。雲が宇宙遊泳でもするかのようにプカプカとと流れています。

 

Moeさんとは山頂で再会もできず、ビール(私だけ)で乾杯もできず残念でしたが、無理は禁物。丹沢の夏登山は暑いといわれていて、今まで78月は登ったことはありませんでした。アクセスがよくなったことと富士登山や立山合宿に向けてのトレーニングを兼ねてトライしているのですが、やはり地上の気温が35度近くの時は諦めた方が良さそうです。Moeさんとはまた会えるような気がしています。

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2017年8月11日 (金)

空中散歩 千畳敷カール

8/5(土) 菅の台からシャトルバスで、「しらび平」でロープウェイに乗り換えて、あまり時間待ちすることなく千畳敷カールに着きました。

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 到着と同時に霧が発生して、千畳敷カールを見下ろすように延びている尾根は見えたり見えなかったりしていました。カールとは、氷河期の氷で削り取られたお椀型の地形で、氷河地形(圏谷)ともいわれます。

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 千畳敷カールには遊歩道が設けられていて、140分~50分の手軽なコースです。歩き始めてすぐ、霧がサーッと晴れると千畳敷といわれるカールの全貌が見えてきました。

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 千畳敷カールは、バスとロープウェイで標高2,600mまで上ることができ、中央アルプスの名山宝剣岳などの山岳を眺めることができるとことと、たくさんの高山植物を見ることができることで、人気急上昇中です。

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 千畳敷カールは、およそ2万年前に氷河期の氷で削り取られてできたもので、その広さは千畳敷ともいわれています。

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 遊歩道とはいえ、足下は不揃いの石畳になっていて、傾斜も急なところもあります。高山植物の写真を撮りながらの私の足で30分くらいでしたので、普段山歩きをしない人でも1時間もあれば歩くことができます。最近は温暖化の影響で雪解けが早いそうですが、残雪などがあると急坂などは歩くことができなくなります。

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 遊歩道を見下ろすように屹立している岩壁に向かって上っている登山者の姿も多く見かけました。私も登ってみたかったのですが、ここでの自由時間は昼食時間を含めて1時間でしたのでとても無理でした。

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 霧が晴れれば千畳敷といわれる広さを実感することができます。通常は時計回りに廻るのですが、そのコースは最後に急坂となりますので急坂が苦手な人は反時計回りで廻って下さいという案内がありました。

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 千畳敷カールは高山植物の宝庫といわれていますので、もし霧で何も見えなくても高山植物は見ることができそうで楽しみにしていました。歩きながら撮影した高山植物をご紹介します。これはイワカガミ。

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 最もポピュラーで人気があるチングルマ。

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 シナノキンバイ。ミヤマキンバイとかキンバイの種類は何種類かあり見分けにくいです。

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 ミヤマクロユリ、風に吹かれてピントが合いませんでした。

 

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イワツメクサ。花びらは5枚なのですが、真ん中に深い切れ込みが入っていますので花弁が10枚あるように見えます。

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 ミヤマリンドウ。リンドウも種類が多いです。

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 隠れるように咲いていたクルマユリ。

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 名前がわかりませんでした。

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 霧が晴れると、宝剣岳(2,931m)を頂点とする尾根が見えました。駒ヶ岳(2,956m)は宝剣岳の後ろに位置していてカールからは見えませんでした。肉眼では、たくさんの登山者が尾根を歩いていました。千畳敷駅から宝剣岳から駒ヶ岳などを巡るコースは6時間くらいだそうです。この時期は宝剣岳山頂付近は渋滞するそうです。

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 1時間の散策と昼食タイムが過ぎ、添乗員さんが早めに整理券を確保してくれましたので、あまり待ち時間がなく下りのロープウェイに乗ることができました。

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 ロープウェイからシャトルバスに乗り換え、菅の台で観光バスに戻り、中央高速に入りました。高速道路から見ると、アルプスの連山からは真っ白な夏雲が湧き上がっていて、上空の空の色はヒマラヤンブルーのような碧色でした。

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諏訪湖SAと談合坂SAで休憩しつつ、上り渋滞に巻き込まれる前に町田バスセンターに戻りました。

 

3つロープウェイに乗っての美しき絶景パノラマツアーは、霧や雲で半分くらいの達成率でした。夏のこの時期はお昼頃から夏雲が湧き上がりますのでまあこんなものかなと思いました。新穂高ロープウェイに乗ることができてリベンジでき、西穂高岳を見ることができ、西穂高まで無理にしても西穂独標や西穂山荘までの稜線歩きができればいいなあと思いました。千畳敷カールを見下ろしながらの宝剣岳から駒ヶ岳の登山も魅力的ですが、千畳敷までのアクセスが大変そうで実現は難しそうです。夏山シーズンのこの時期、夏山の雰囲気を味合うことができました。

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2017年8月10日 (木)

空中散歩 駒ヶ岳

8/5(土) 奥飛騨温泉郷で早朝散歩を楽しんだ後、3つめのロープウェイ駒ヶ岳ロープウェイへと向かいました。

 

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 奥飛騨を取り囲むように折り重なっている山々の上には青い空が広がっていて、駒ヶ岳ロープウェイでの展望が楽しみになりました。

 

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 奥飛騨へと向かった同じ道を松本方向へと戻りました。上高地方向から流れ出た梓川を堰き止めたダム湖は、前日は鉛色でしたがこの日は青く晴れた空を写していました。

 

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 長野自動車道から中央高速に入ると、遠くに見える山脈の上には白い雲が湧き上がってきました。暖められた地上の大気と水気が雲となって湧き上がってくるこの時期特有の夏雲でした。

 

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 駒ヶ根インターチェンジで中央高速を降りてしばらく走ると、駒ヶ岳ロープウェイへのベース菅の台に着きました。中央高速から見た山脈の上に湧いていた雲は、ここではすぐ目の前に立ち塞がっていて、嫌な予感がしました。

 

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 千畳敷カールは山の奥にあり、目指す方向の山奥から次から次へと雲が涌いてきていました。菅の台で観光バスから小さなシャトルバスに乗り換えて、初めて千畳敷カールへのアクセスが大変なことを知りました。もっと簡単に行けると思っていました。

 

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 シャトルバスは高度を上げながらグングンと山奥へと進みました。ふと一昨年(2015.11)に訪れたマチュピチュへの道を思い出しました。

 

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 駒ヶ根ロープウェイへの道は、山の中腹の樹林帯をクネクネと切り拓かれた道でした。

 

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 シャトルバスが1台しか通れない細い道のところどころに待避ゾーンが設けられ、ドライバー同士が頻繁に無線で連絡を取り合って、下りのバスが待避していました。当然、どっと詰めかける登山者や観光客の輸送力には限度があり、曜日や時間帯によっては何時間待ちということもあるようです。

 

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 シャトルバスは「しらび平」までで、「しらび平」からは駒ヶ岳ロープウェイに乗り換えます。ここでも輸送力に限度がありますので何時間も待たされることがあるそうです。

 

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 ロープウェイは、霧の中に突っ込むように高度を上げました。ロープウェイは標高1,662mの「しらび平」から2,612mの千畳敷カール駅に、標高差1,000m近くを730秒で駆け上がりました。

 

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 千畳敷駅では、帰りの登山者や観光客が一定の数になると整理券が出されるそうです。実際私たちが帰る際には整理券が発行され、添乗員さんが一番早い整理券をゲットしてくれましたので、ほぼ順調に下山することができました。ヤレヤレでした。

 

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 シャトルバスとロープウェイを乗り継いで順調に千畳敷カールに到着しました。千畳敷カールを散策する前に、先ず駒ヶ根神社にお詣りしました。

 

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 千畳敷カールはすっかり霧に包まれていました。

 

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 しかし、少し時間が経つと霧は上昇気流に乗ったかのように上へ上へと移動し、千畳敷カールの全貌が見えてきました。

 

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 (インターネットより転載) カールとは、氷河期の氷で削り取られたお椀型の地形です。代表的なカールとしては涸沢カールが知られています。カール底の標高は2,300mでカール壁の最高点は奥穂高岳の3,190mで、日本最大規模のカールといわれています。

 

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 2015.6 室堂) 千畳敷カールは、シャトルバスとロープウェイを乗り継いだ先に、霧が晴れるとともに広い台地と台地を見下ろす尾根が姿を見せるのですが、トロリーバスやロープウェイを乗り継いだ先に現れる山崎カール(室堂)とどこか似ていました。もっとも、山崎カールのスケールは千畳敷カールに比べて数十倍も広いのですが。

 

 

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 (2015.11 マチュピチュ) 千畳敷カールは標高2,600mの空中散歩空間で、シャトルバスとロープウェイで山奥へ山奥へとアプローチして初めて見ることができます。同じようにシャトルバスで山奥に分け入って初めて目にすることができる空中都市マチュピチュも標高2,430mで、どこか似ているなと思いました。

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2017年8月 9日 (水)

空中散歩 奥飛騨温泉郷

8/4(金) 新穂高ロープウェイに乗って何とか念願の西穂高岳の勇姿を見ることができ、そのまま奥飛騨温泉郷で宿泊しました。

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 奥飛騨温泉郷は一昨年に宿泊して以来2回目です。静かでとてもいい所なのですが、奥飛騨というくらい山の奥にありアクセスが大変です。前回はマイカーで富山や飛騨高山に行った帰りがけに寄ったのですが、上高地への道と重なるルートを走るために運転は大変でした。

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 宿泊先は鄙びた旅館で、通常ツアーではホテルなどが多いのですが、今回は珍しく小さな旅館でした。古民家的な趣で奥飛騨温泉郷にマッチしていてなかなか良かったのでした。

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 私たちの部屋は2階の角部屋で、夜は簾を下ろし、網戸にして山の空気を目一杯吸いましたが、夜中にあまりにも寒く戸を閉めて寝ました。

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 部屋からの景色も、山奥の温泉郷そのままで、気持ちが随分和みました。

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 翌日(8/5 土)朝早く目覚め、早朝散歩に出ました。カミさんと何となく近辺を歩いたのですが、小さく開けた土地には緑の田畑があり、その近くには山裾が迫っていて里山そのものの景色が現れ、嬉しくなりました。

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花に誘われるように道とはいえないような道を歩いて行くと、合掌造りの物置のような建物に出会いました。

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 近くの川には堰堤が築かれ、ほとばしる水の流れは滝となって白い飛沫を上げていました。タルミの滝という名前がついているとのこと。日本人は滝が好きな民族だそうで、欧米人は湖が好きな民族だそうです。

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 堰堤の裏には小さなトンネルが掘られていて、滝を裏から眺めることができました。

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 この辺りは親水公園になっているようですが、それにしては特に何があるわけでもなく特に整備されているようでもなく、自然そのままで、それがまたよかったのでした。

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 近くを流れる川からかあるいは山からの地下水なのか、水場がありました。中山道を歩いたときしばしば見かけた水場で、日本は水が豊富で水の国ともいえます。最近は豪雨による水害があちこちで発生しているという不幸なこともあるのですが。

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 あてもなくプラプラと歩いて行くと、珍しく「眠り草」の花が咲いていたり、目に鮮やかな真紅と白の紫陽花が咲いていたりと、とても得したような気分でした。

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 (画像は2015.7撮影) 散歩しながら既視感を感じていたのですが、2年前の「北陸・飛騨紀行」で寄った白川郷や五箇山集落の景色を思い出しました。

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 空を見上げると青空が広がっていて、この日最後の空中散歩、千畳敷カールへの期待が高まりました。

 

白川郷も五箇山も観光用に整備されていてそれはそれで美しい日本の景色なのですが、奥飛騨温泉郷はあまり人の手が入っていない自然の?里山の雰囲気がそのまま残されていてますます好きになりました。機会があれば奥飛騨温泉郷に宿泊して、天気が良ければ新穂高ロープウェイに乗って、西穂高岳を眺めたり、できれば西穂高岳にできるだけ近づいたりするのもいいかもしれません。

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2017年8月 8日 (火)

空中散歩 新穂高

8/4(金) 北八ヶ岳ロープウェイの次は新穂高ロープウェイでした。久しぶりのカミさんとのバスツアーでした。

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 ツアーバスは蓼科高原の樹林帯を走り抜け、中央高速方向へと戻りました。細くすらりと伸びた樹々の間に、いかにもリゾートという感じの柔らかい陽射しがこぼれていました。

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 中央高速から長野自動車道に入ると、北アルプスの方向には分厚い雲がかかり始めました。またまた、次の空中散歩も視界不良かと心配になりました。

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 長野自動車道を降りて、安曇野から上高地に向かうルートに入りました。

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 梓川沿いの道を山奥へ山奥へと進みました。いくつかの山が折り重なるように裾を延ばしている向こうの空に時々青い空が見えてはいるのですが、天気好転の兆しは見られませんでした。

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 上高地に向かうにはこの釜トンネルを入るのですが、一般車は交通規制があり、シャトルバスやタクシーを利用することになり、その場合でも通行できる時間は朝5時からとなります。私たちは釜トンネルに入らず、左方向へと向かいました。

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 今から20年前に開通した安房トンネルをくぐって、奥飛騨温泉郷へと入りました。奥飛騨は2年前に訪れて2回目でした。

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 新穂高ロープウェイ駅に到着しました。目の前の山の上には雲が渦を巻いていました。

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 2015.7にカミさんと2人、奥飛騨温泉郷に宿泊して新穂高ロープウェイに乗ろうと思ってきたところ、雨が降っていて視界はゼロということで乗車を断念したことがありました。ここはどうも相性がよくないようです。

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 ロープウェイは運行しているということでしたが、視界不良、気温18℃という表示があり、状況はあまりよくないようでした。

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 新穂高ロープウェイは2つのロープウェイになっていて、第1ロープウェイは新穂高温泉駅(1,117m)から鍋平高原駅(1,305m)まで上り、第2ロープウェイはしらかば平駅(1308m)から西穂高口駅(2,156m)へと一気に上ります。第2ロープウェイは日本唯一の2階建てゴンドラです。

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 周りの山々の頭上にはグルッと雲がかかっていましたが、ロープウェイからの視界は良く、ロープウェイはグングンと高度を上げました。

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 高度が上がるにつれて視界は雲と同じ高さになり、目の前に現れるはずの北アルプスの山の姿は見えたり見えなかったり、もどかしくもありました。

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 ロープウェイの壁に掲げられていた案内板では笠ヶ岳や抜戸岳の雄姿が見えるはずだったのですが、特に笠ヶ岳は2番目に見たかった山であり残念でした。

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 ロープウェイは雲の中に入り、視界はさらに悪くなりましたが、それでも目の前の切り立った岩壁の迫力を感じることができました。まさに空中散歩で、こんなところにロープウェイを造ってしまうのは凄いことです。

 

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 新穂高ロープウェイの頂上でのお目当ては西穂高岳です。西穂高岳でも是非是非見たいと思っていました。

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 西穂高口駅でロープウェイを降りると、西穂高岳(2,909m)が待っていてくれました。左右に延びている稜線の真ん中よりやや左手にひときわ高い位置にその頂きがありました。稜線の右の端には西穂独標(2,701m)も確認できました。数年前に、西穂高岳は無理でもせめて西穂独標まででも登ってみたいと思っていた憧れの頂きです。

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 穂高連峰は大好きな山で、上高地からは前穂高岳(3,090m)を見ることができ、涸沢からはさらに近くから見ることもできました。奥穂高岳(3,190m)学生時代と数年前の2回登りました。今、正面に聳える西穂高岳(2,909m)をようやく見ることができました。

   

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 西穂高岳から左に延びている稜線を下ったあたりがジャンダルム(3,163m)で、展望台からはみることができません。ジャンダルムは登山難易度トップの超難関ルートで、怖くて近づくこともできません。

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 (画像はインターネットより転載) ジャンダルムは 尾根上の通行を邪魔する岩 という意味で、奥穂高岳から西穂高岳を結ぶ稜線上にあり、日本で一番厳しい縦走ルートともいわれています。

 

新穂高ロープウェイも北八ヶ岳ロープウェイに続いて視界は決して良くなかったのですが、西穂高岳を見ることができ、2回登った奥穂高岳からジャンダルムを経由して西穂高岳にいたる日本一厳しい稜線歩きを想像することができ、大満足でした。機会があれば西穂独標くらいは行ってみたいものです。

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2017年8月 7日 (月)

空中散歩 北八ヶ岳

8/4(金) 3つのロープウェイの最初は北八ヶ岳でした。バスツアーですので、全てのロープウェイ駅へはバスで向かいました。

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 町田駅のバスターミナルを出発し、中央自動車道に入りました。高速から眺めた八ヶ岳連峰の上空には雲が渦を巻いていて、天候は不安定のようで美しき絶景はあまり期待できないなと覚悟しました。

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 高速道路を降りて蓼科高原へ向かう空は青空の面積が多く、多少期待も抱かせてくれたのですが。

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 緑が青々と広がっている高原景色は気持ちよかったのですが、八ヶ岳連峰が近づくにつれモクモクとまるで蒸気機関車がはき出したかのような白い雲が発生していました。

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 蓼科高原一帯はリゾート地としても知られているところで、大学時代に白樺湖でゼミ合宿したことなど、遠~~い昔を思い出したりもしました。

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 北八ヶ岳ロープウェイ駅に着くと、ここまで来る途中で見た白い雲が居座っていました。

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 夏休みということもあって、子ども連れのファミリーを多く見かけました。

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 ロープウェイから見た景色は、雲が覆っているもののなだらかに連なっている八ヶ岳連峰を眺めることができましたが、ロープウェイからの山岳パノラマ、南アルプス、中央アルプス、北アルプスはまったく見ることはできませんでした。

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 ロープウェイの山頂駅は北八ヶ岳(2,237m)で、ここには坪庭という散策コースがあります。

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 坪庭散策コースは、一週3040分くらいの手軽な散策コースです。

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 北八ヶ岳は蓼科山や横岳などの溶岩ドームや成層火山からなっています。標高2,000 m台の山々で構成され、ハイキングから本格登山まで楽しめます。

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 北八ヶ岳は、北八ヶ岳火山列ともいわれ、最新のマグマ活動は800年前だそうです。坪庭散策コースのあちこちに噴火で吹き飛んだ溶岩がゴロゴロしていました。

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 北八ヶ岳は溶岩台地でもあります。溶岩台地の上にはハイマツが生い茂っていて、一般にハイマツは森林限界(2,500m)より上で育ちます。森林限界の下(2,200m)でハイマツが植生しているのは大変珍しいそうです。

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 散策道から北横岳(2,480m)を目指すことができ、約1時間くらいの行程ですので比較的手軽な登山といえます。

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 日本三大アルプスを展望することはできませんでしたが、思いがけず高山植物に出会うことができました。これはキンロバイ。

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 ハクサンフロウ

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 オトギリソウ

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 名前がわかりません。 

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(インターネットより転載) 最も期待していた好きな高山植物イワカガミを発見できませんでした。残念。

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 高山植物を探しながら歩いていて、ふと気がつくと雲が随分下まで降りてきていました。

 

バスでロープウェイ駅に着いてロープウェイで山頂まで行き、ちょっとした散策をしてというお気軽コースは覚悟していたとはいえ欲求不満気味でした。このツアーの三大アルプス展望は厚い雲に阻まれましたが、足下で健気に咲いている高山植物に癒やされました。

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2017年8月 3日 (木)

空中散歩

Photo梅雨が明けましたので、できるだけ多く丹沢に登りたいと思っているのですが、なかなか青空にお目にかかれない日が続いています。現在4回目のヒマラヤトレッキングを掲載中ですが、8/4(金)から「空中散歩」に出かけます。町田のバスターミナル08:15発のバスツアー 天空の絶景!「新穂高・北八ヶ岳・駒ヶ岳」3つのロープウェイ 美しき絶景パノラマ! 北・南中央アルプス贅沢風景 という12日のツアーにしては盛りだくさんの内容の空中散歩です。新穂高も西穂高も北八ヶ岳も駒ヶ岳も行ったことはなく、全てロープウェイ利用ですので殆ど歩くことはないようです。いつもは、丹沢で苦しい思いをしていますので、たまには楽をして絶景や高山植物を楽しみたいと思っています。台風の影響で天候が心配されましたが、雨には降られなさそうです。それでは行ってまいります。

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回想ヒマラヤⅣ04 パグディン(2,652m)

11/3(土)、ルクラからトレッキングをスタートし、パグディン(2,652m)に向かいました。

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 ルクラの標高は2,827mですからパグディンまでは若干標高を下げる形となりました。これはエベレスト街道特有の地形によるもので、いくつもの渓谷を越えなければならず、そのためには折角上ったのにまた川底(大抵は橋が架かっています)まで下らなければならないのです。

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 ルクラでの荷造り風景です。私たちの荷物はスーツケースからブルーのダッフルバッグに移し、ブルーのバッグは7頭のゾッキョ(ヤクの雌と牛の雄の合いの子)の背にくくりつけられ運ばれました。自分で持つのは飲料水や着物など、その日の行動に必要なリュック1つです。ヒマラヤのトレッキングは大名行列の大名みたいなものです。

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 エベレスト街道のスタートとなるゲートです。世界初の女性登頂者は田部井さんなのですが、ゲートの上にはエベレストに登った女性(多分ネパール人)の像が掲げられていました。いよいよ出発です。無事にこのゲートに戻って来れますように!

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 早速マニ車やマニ石がお出迎えしてくれました。この先何ヶ所もお目にかかることになるネパールの読経と経文です。マニ車は1回廻すと1回お経を唱えたことになり、マニ石はその左側を通るということになっています。

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 2,800mのルクラからガンガンと下りが続き、ということは帰路はこの道を上り返すことになるはずでいささかうんざりしました。しかし一行の足取りはそんなこと知ってか知らずか軽やかでした。富士山の復路で6合目から5合目の登りは結構キツいのですが、その何倍もの道のりです。

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 吸い込まれそうな青空に時折姿を現すヒマラヤの峰々は、標高は5,000mクラスでこちらでは名もなくどうということもない山ですが、日本では間違いなく名山といえるスケールと勇姿でした。

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 エベレスト街道は点在する集落の中の道を縫っています。遠くにはいくつもの山が連なっていました。

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 遙か下の方に見えていた谷底の流れが見えるようになり、道は下っていることがわかります。

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 谷底にぶつかるとワイヤーでできた吊り橋があります。道幅が狭いために、先に進入した方が優先的に一方通行となります。馬やロバやゾッキョなどの集団にぶつかるとかなり待たされることもありました。

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 パグディン村に到着しました。一日歩いて目的地に着くととりあえずホッとしました。

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 私たちが泊まるロッジです。ロッジに到着するととりあえずお茶をいただくことになっていて、ポーターさん達がコーヒーや紅茶、ココアなど好みのものを入れてくれます。

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 どこのロッジでも、部屋は大抵はベッドが2つあるツインタイプです。ベッドがあるきりでとてもシンプルです。寝袋は自分専用のものが支給され、布団と毛布もロッジから支給されます。到着すると、先ず寝袋をベッドの上にセットして着替えを済ませます。暖房はもちろん一切なく、窓からはすきま風が吹き込んできたりして、室内温度は外気温と同じくらいで、標高が上がるにつれ、ペットボトルなどは寝袋に入れておかないと凍ってしまいました。夕食後に支給される湯たんぽが唯一の暖房具となります。トイレは室外にあり、寒い夜間や早朝に行くのはとても億劫でした。

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2017年8月 1日 (火)

回想ヒマラヤⅣ03 ルクラへ

11/3(土)、カトマンズからエベレスト街道の出発点ルクラへ向かいました。エベレストを目指す人も私たちのようにエベレストの展望台に登る人もルクラから歩き始めます。

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 ヤク&イエティ(雪男)ホテルのロビーに集結して、高橋隊長からこれからのトレッキングについて注意事項を受けました。緊張で気持ちが引き締まった瞬間でした。

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 カトマンズ空港から国内線でルクラへ向かいました。ルクラ空港は山の中の空港ですので小型機しか飛ぶことができず、パイロットも肩を叩けるほど間近に見ることができました。

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 ルクラへのフライトは定員16人くらいの小型機で、ほぼ私たちグループで満席となりました。この路線に乗るのは2回目で、その時はカミさんと2人旅でした。一応添乗員の女性がいてエンジン音が轟音となって聞こえるために耳栓用に脱脂綿を配られるのは前回と同じでした。

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 機はヒマラヤの山々を縫うように快調に飛びました。次にこの路線に乗るのは2週間後カトマンズへ戻る時で、何とか元気な姿で乗りたいと思いました。

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 ルクラ空港(現在はテンジン・ヒラリー空港)は世界一危険な空港といわれています。空港の標高が2,800mで大気は薄く、滑走路の長さは490m。ここの危険度は上空から見ればわかります。手前には小さな丘があり、向こう側は谷底になっていてその先には壁のような山が聳えています。(画像はインターネットより転載)

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 飛行機は向こう側の山から急降下して谷底を下に見て進入して着陸します。進入路から見ると滑走路は緩やかに上昇していますので、受けるような感じになります。

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 着陸した飛行機は、滑走路の先の狭いスペースに入り、乗客を下ろしてUターンします。飛行場の近くには優に5,000mを越える山が聳えていますので乱気流が発生する可能性が高いのです。

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 気象条件が安定している早朝から午前中しか運行していませんが、それでも頻繁に欠航することもあります。この日は快晴で風もなく無事に運行し、無事に着陸できました。健脚自慢の “仙台の鉄人” も初めての海外、初めての小型機による山岳フライトに足下がおぼつかなくなっていました。

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 荷物の確認などの作業をしている間にも次から次へと離陸していく飛行機がありました。緩やかに下っている滑走路を勢いをつけ、エンジンの加速力で浮力を増して谷底の手前あたりでフワリと浮き上がり、目の前の壁を避けるように急上昇してカトマンズへと向かっていきました。

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 荷物の確認などの作業をしている間にも次から次へと離陸していく飛行機がありました。緩やかに下っている滑走路を勢いをつけ、エンジンの加速力で浮力を増して谷底の手前あたりでフワリと浮き上がり、目の前の壁を避けるように急上昇してカトマンズへと向かっていきました。

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 ルクラのロッジで最終的な荷物の点検を行い、ゾッキョ(雌のヤクと牛の雄との合いの子)に運んでもらうものと自分がリュックで運ぶもの(着替えや飲物他)の選別を行いました。そこには懐かしのペンバ・シェルパさんが居ました。この年の春に25日間ヒマラヤを歩いた時の個人ポーターさんです。一緒に5,400mのトロンパスを越えた同志で、今回はコック長として同行してくれるとのことで、心強い限りでした。

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