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2018年2月27日 (火)

回想:最後の桃源郷 20山師再び

4/9(火)、シガールからカリマバードへ向かう途中スカルドゥで旅人気分と異国情緒を味わい、再び山岳道を走りカラコルムハイウェイとの合流を目指しました。

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カラコルム山脈はどこまでも続き、いろいろな姿を見せてくれました。空も雲もいろいろ変化して退屈であるはずの山岳ドライブを楽しいものにしてくれました。

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緑の並木に沿って集落が形成されて、人が集まるところにモスクがありました。ヨーロッパアルプスのトレッキングでは、どこの村へ行ってもアルプスと教会とおしゃれなカフェやロッジが3点セットでありました。ここではカラコルム山脈と緑の回廊とモスクが3点セットのようです。

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この景観は往路で見た景観でしたが、復路ではここが青空トイレとなりました。山側が女性、川側が男性で、絶景を眺めながらのそれは、極めて開放的でした。私達の一滴はインダス川の流れとなって、今頃インド洋に注いでいるかもしれません・・・。忘れられない経験と景色でした。

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次から次へと変わる山と空と白い雲。

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細い山岳道をトロトロと走るデコトラも私達の目を楽しませてくれました。ほとんどが日野自動車製で、日本のトラックがパキスタンの山奥を走っている図は痛快です。

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こんな道でも、デコトラは荷物を満載して毎日何十台、何百台と走っているのです。もし故障したら、事故が起きたらどうするのかなとも考えたのですが、何とかなっているようです。

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どこからともなく二人のお兄ちゃんが歩いてきました。何をしている人かと思いましたら、ガイドのサリーヌさんが宝石堀の山師だよと教えてくれました。

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往路も見た宝石採掘の山師達。石積みの小屋で、炊事して寝泊まりしているようです。

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こちらの崖と向こうの崖と、インダス川の上空を滑車着きロープでいとも簡単に行き来していました。この時は私達ギャラリーの前で張り切っているようで、私達も何となく親近感を持ちました。

この日も移動のほとんどは山岳ロードで、危うい道をデコトラが何台も行き来して、インダス川が削り取った断崖絶壁では、山師達が洞窟や掘っ立て小屋で暮らしながら宝石を採掘していました。この営みは今も続いていて、これからも続いていくことと思われ、人間の逞しさに感心しました。

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2018年2月25日 (日)

回想:最後の桃源郷 19スカルドゥ散策

4/9(火)、カリマバードへの途中、スカルドゥの街を散策しました。ここには飛行場があり、バルトロ氷河トレッキングなどK2展望トレッキングのベースとなっている街で、映画「草原の椅子」の冒頭のシーンが撮影された場所でもあります。

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映画で見たシーンは、主人公(佐藤浩市)がティーをすすりながらこの路地で歩いている人々、羊やヤギ、車の流れなどをぼんやり見ていました。同じようにのんびりと道行く人や羊たちを眺めたりしたらきっと自分も何か考えることが頭に浮かんだかもしれません。

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道行く人々の顔つきは、パキスタン系、モンゴル系、ネパール系などさまざまで、ぼんやりと人々を眺め、どこから来た人か、何をしている人かなど考えたりするのも面白かったのでした。

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椅子に座っていた古老に写真を撮っていいかと尋ねたら若い人も一緒に写せと、それでは3人でということになりました。パキスタンに来てから古老の顔のしわが深く、何ともいえない味があり、背筋がシャキッとしていて、傲慢ではなく胸を張って、誇り高い顔つきをしていることが印象的でした。

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フルーツや野菜など食材は豊富ではありませんが十分あり、私達が小さい頃木箱に野菜や果物を平積みにして売っていた八百屋の店先のようで、昭和レトロと同じ匂いがしました。日本はその後経済成長と共に多くの八百屋が姿を消しましたが、ここではもしかするとシルクロードの頃とあまり変わっていないのかもしれません。

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ネパールであれば女性がミシンを使って店先で反物を仕立てたりしていましたが、ここはイスラムの国ですので男性が仕立てていました。楽しそうな顔をして働いていました。女性は家に引きこもっていていますので、肥ってしまう人が多いとも。

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生きてせわしなく餌をついばんでいる鶏と、なれの果ての店先に裸にされて吊らされている鶏。生と死・・・。店先のおじさんは寝ているような寝ていないような、のどかでありながら啓示的な店頭風景でした。

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小麦粉が焼けて香ばしい匂いがしていました。パキスタンに入ってから細長い米はなかなか馴染めませんでしたがナンは結構いけました。売る方も買う方も楽しそうな顔をしていてみているこちらも何かいいことがありそうな気になりました。

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この国の高校生や若者は誰もがイケメンで清潔感に溢れていました。ツアーの中のどなたか(女性)が「みんな賢そうな顔をしている」とつぶやいていましたが、本当にそうなのでした。貧しい国故に、彼等のうち何人かはテロリストになったりしているのです。

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この国の人は、時間があるとじっと座って通りや道行く人を眺めるのが好きなようです。私達のこともじっと見ていましたが、刺すような視線ではなく好奇心あふれる暖かい眼差しのように思えました。ここで映画「草原の椅子」が撮影されましたので特に私達日本人には親愛の情がこもっているように感じられました。

映画の舞台になったこの地(今でいう撮影スポット)で、私達も登場人物になったような気分で、異国情緒を楽しみました。老人の、味があり、風格のある顔つきが印象的でした。

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2018年2月23日 (金)

回想:最後の桃源郷 18スカルドゥへ

2013.4.9(火)、2泊したシガールから今回のツアーの最終目的地カリマバードへの道は、来た道を戻るカラコルムハイウェイへの道で、その途中のスカルドゥを目指しました。

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シガール村の藩主の館を07:00に出発しました。5,000m級の無名峰が見送ってくれました。

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何回か橋を渡りました。橋を渡る時は交互に1台づつ渡るというルールがあるようで、ラッシュ時にはデコトラが集中してかなりの時間待ちとなるようでした。場所によっては、古い橋と並行して新しい橋が架けられている場所があり、新しい橋は軍事用のものでもあるため撮影禁止となっていました。

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何回か渡り、遡ってきたインダス川を今回は下りました。ヒマラヤの氷河が溶けて流れているインダス川は白濁しているのですが、この日は少し青みがかかっていました。

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往路は既に日が暮れかかる時間帯に通ったこの道も、復路となるこの日はまだ陽が昇ったばかりで、時々現れるきれいな青空を眺めながらのドライブ゙となりました。

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緑がある場所には人が住み、人が住んでいるところには緑があり、若々しい初春の緑は目に清々しくしばしば目を癒してくれました。時々現れる緑の道はオアシスのようでした。

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緑のある村を抜けると、カラコルム山脈の白い峰を眺めながらの展望のいい道があり、少し走っただけで景観が次から次へと変わり飽きることがありませんでした。

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いつの間にか街並が現れ、それでも白い峯が見えていました。カラコルムハイウェイへと戻る道は山脈に囲まれ、山脈のすそ野を巡る道でもあるようです。独特のデザインをもつ建物や壁は、異国情緒たっぷりでシルクロードを旅しているような錯覚にとらわれたりもしました。

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通勤、通学の時間帯、これほどの人数の女性を見かけるのは久しぶりでした。10歳くらいを過ぎると人前に出ないという風習の村や部族もあり、この村のように開放的なところもあります。子供の通学に付き添う若いママさんのようで、きっとあれやこれや話しながら歩いているママさん達の明るい笑顔はイスラム教の戒律もさまざまであるようでした。

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シガールを出発してほぼ1時間半でスカルドゥに到着しました。スカルドゥはイスラマバードからの国内便の飛行場がある賑やかな村です。

往路は、カラコルムハイウェイから離れて日暮れ時にひたすらシガールに向けて走った道でした。遡ったインダス川沿いの同じ道を下ったわけですが、白い峰が現れたり、緑の村が現れたり、楽しい道でした。

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2018年2月21日 (水)

回想:最後の桃源郷 17花の里

4/8(月)の午後、ミツバチのように杏の花を求めてジープであちこち移動しました。

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白い花はスモモの花、ピンクの花は杏ということを現地ガイドのサリーヌさんから口が酸っぱくなるまで教えてもらいました。一生忘れません。紛らわしいのは杏の木にスモモの木を挿し木してあるものもあったことでした。

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これが杏の花です。一枚一枚の花びらが丸いのが特徴で、これも一生忘れません。

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長い歳月をかけて毎年毎年大地から滋養を取りこみ、誰に見られることもなく今年もまた美しい花を開かせ、花が散れば果実をたわわに実らせ、自然の営みに黙するのみでした。

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思わず息を呑んでしまった美しい姿の樹でした。花びらの色も枝振りも控えめで、周りの淡い緑や灰色の大地に溶け込んでいて、それでもすっくと立っている姿は日本的な美にも通じるように思われ忘れがたいものでした。パキスタンの山奥にこんな樹があったと数年後に思い出しています。

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薄い緑のスクリーンのむこうに白壁のモスクがあって、その背後に迫るように自然の脅威を誇示するかのような威圧的な岩壁があって、これも印象的な景観でした。日本の山寺も峻険な岩壁にへばりつくように建立されているものも多く、一脈通じるものがあるのかもしれません。

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私たちがジープを連ねて花を求めて歩く姿は地元の人達には異様な光景に映ったに違いありません。彼らにしてみればいつも見慣れている花に群れ、しきりにシャッターを切る姿は不思議だったと思われ、いつの間にか村人が集まってきて、私たちを見物していました。最後は私たち20人と彼ら20+α人と、何となく集団見合い風になってしまいお互いに笑い合ってしまいました。残念ながらというか当然というか時々出会った女性達は逃げるように走り去り、残ったのは男性ばかりでした。このシーンも強い印象として今でも残っています。

ジープを連ねてのブラブラ歩きは、どこの村とも特定できない里山歩きのようなものでしたが、そこで見たシーンは特にこれといった特徴のあるものではありませんでしたが、もし自分に絵心があったら間違いなくスケッチブックをとりだしたであろう印象に残るシーンでした。午前中の砂丘歩きも午後の里山歩きも、村人との交歓も、解放された気分がした忘れがたい一日でした。これが旅の醍醐味かもしれません。

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2018年2月19日 (月)

回想:最後の桃源郷 16砂漠という名の砂丘

20134/8(月) ツアー4日目の午前中は、映画「草原の椅子」の最大の見せ場となった砂漠シーンの撮影現場である砂丘見物に出かけました。

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シガール村を09:00とゆっくり出発し30分も走ると風景は一変しました。緑が何もない茫漠とした平原が広がっていました。

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何もない平原に一筋のラインが見えていて、近づいてみれば舗装路でした。ここで4WDのジープに乗り換えて砂丘の入口に向かいました。

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ここの砂丘は、インダス川が削った石の粉末が風に舞って堆積したとのことで、粒子が細かく、自分が知っている鳥取砂丘の砂粒に比べるとはるかに細かくサラサラでした。現地ガイドのサリーヌさんとお定まりのツーショット。

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実際の砂漠の数十分の一か数百分の一のスケールだろうと思うのですが、風がつくりだした風紋や砂の大波、砂の丘のカーブは芸術的に美しく、砂漠の魅力の一端を見ることができました。2年後の2015年にサハラ砂漠に行きましたが、砂漠の景色は甲乙つけがたいものでした。

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誰も足跡を付けていない未踏の場所を求めて先を争って歩いてしまい、ふと気がつくと意外に遠くに行ってしまい、戻るのに大変な思いをしてしまいました。

「草原の椅子」の原作ではタクラマカン砂漠が舞台でしたが、そこでの撮影は不可能ということで、パキスタン北部のあちこちを探し回ってようやくこの地を探し当てたのとことでした。実際歩いてみるととても歩きにくくちょっとした傾斜の処ではなかなか上ることができませんでした。すり鉢状の底に落ちてしまったら蟻地獄のようにはい上がることは不可能に近いと思われ、実際の砂漠は大変だろうなあと思われ貴重な砂漠的体験でした。

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2018年2月17日 (土)

鎌倉ウオーク 梅便り

2/12(月) 「天園ハイキングコース」を歩いて瑞泉寺まで着きました。ここから先はあちこちに鎌倉の観光名所があります。とりあえずは、鎌倉八幡宮方向へと歩くことにしました。

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閑静な住宅街の中をブラブラと歩いて行くとあちこちで梅が咲いていました。のどかな小春日和のような雰囲気なのですが、冷たい風は止むことはなく、冷たさを振り払うように梅の花びらは陽射しに向かっていました。

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途中、荏柄天神社(えがらてんじんじゃ)に寄りました。菅原道真を祀っていて鎌倉を代表する学問の神様といわれ、福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮とともに日本三天神に数えられています。

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受験の時期でもあり、参拝者が並んでいました。巫女さんは寒さをものともせず忙しそうにしていました。

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のんちゃんは、必要な国家資格や仕事に必要な資格もほとんど取得しましたので余裕でした。天神様へのお詣りは昨年の秋に京都・北野天満宮にお詣りして以来二ヶ所目となりました。

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鎌倉八幡宮近くには春を待ちかねてそぞろ歩きの人たちが。お昼近くになっても風は冷たいのですが、それでもあちこちで花びらを開いている梅が目を楽しませてくれました。

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桜に比べて華やかさに欠ける梅ですが、源氏池近くではまるで満開の桜のような華々しい梅も咲いていました。

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一つ一つの梅の花びらはしっかりとしていて、それぞれ今を盛りの花の命を自慢しているようでもありました。

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初詣の時期は大変な混雑になりますのでここ数年敬遠していたのですが、久しぶりに鎌倉八幡宮に参拝しました。

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巫女さんに先導されて、神前結婚式に向かう新郎新婦が歩いてきました。他人事ながら、おめでたい風景はいいことにあやかれそうでいいものです。 

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八幡宮への参拝を終えて、ブラブラと小町通りを歩きました。ここは鎌倉駅と八幡宮を結ぶルートでいつも賑やかです。

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ちょうどお昼時でしたが、食事処は混んでいましたので歩きながら食べられる食材、明太子コロッケと紫いもコロッケをゲットしました。

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以前箱根旧道歩きで芦ノ湖湖畔でよく購入した「腸詰屋」のソーセージを食べることにしました。

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私は地ビール(湘南ビールの黒ビール)でノドを潤しました。

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天気が良ければ江ノ島まで歩きたかったのですが、海からの風が強く冷たく、久しぶりに江ノ電に乗りました。

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江ノ電に揺られながら眺めた鎌倉沖の海は強風に煽られて白い波頭が七里ヶ浜に打ち寄せていました。

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先月(1月)初詣で湘南台から4時間かけて歩いた江ノ島も眺めることもできました。江ノ島もとても寒く、小田急線の江ノ島駅から帰路につきました。

先月は小田急線ルート沿いに江ノ島まで歩き、今回は北鎌倉からハイキングコースを歩いて、鎌倉を経由して江ノ島まで着きました。江ノ島・鎌倉をグルッと一周した形になりました。久しぶりの鎌倉ウオークでした。

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2018年2月16日 (金)

鎌倉ウオーク 天園ハイキング

2/12(月) 三連休の最後の日、鎌倉を歩くことになりました。カミさんも娘も用事があるということでのんちゃんと2人で出かけました。1/27に路面に投げ出され右肩を強打しました。全治23週間といわれ右腕を使うことができず、丹沢登山ができなくなりました。ようやく何とか少しは腕を振ることができるようになりましたので、リハビリを兼ねてウオーキングに出かけました。

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北鎌倉駅で下車すると民家の庭には紅梅や白梅が花を咲かせていました。

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歩いた道は「天園ハイキングコース」で、北鎌倉建長寺から鎌倉宮近くの瑞泉寺までの2時間コースでした。このルートは紅葉の時期に何回か歩いたことがあります。

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「天園ハイキングコース」出発地点の建長寺では入園料500円かかります。ハイキングのために高い入園料を払うのは納得がいかないのですがしかたがありません。参道の枯れ木はまだ蕾も芽生えてなく、春はまだ先のようでした。 

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ハイキングのための入園料には納得がいかないのですが、建長寺の堂々たる伽藍や荘厳な雰囲気は好きです。鎌倉時代(1253年:開基北条時頼)に創建された臨済宗建長寺派の大本山で鎌倉五山の第一位です。この境内は国の史跡に指定されています。

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ご本尊は地蔵菩薩。

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建長寺の広い境内の片隅にも梅が綻びていました。透き通るような青空が広がっているのですが、空気も風も冷たく、花開いている梅が健気でした。

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椿もたくさんの蕾の中に何故だか一輪、ピンクがかった紅色の花弁を拡げていました。

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天園ハイキングコースは建長寺の境内を抜けた先に延びています。

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いくつかの鳥居の先には半増坊に通じる石段があり一気の上りとなります。

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半増坊は建長寺の鎮守で、カラス天狗が守り神です。カラス天狗が石段のあちこちに鎮座しています。この日は風が強く、石段を上るにつれてさらに風は冷たくなりました。

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半増坊を過ぎるとさらに石段は続き、身体は少し汗ばんできたのですが冷たい風に手の先はかなり冷たくなりました。 

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石段を登り切るとわずかに鎌倉の町や相模湾を眺めることができました。じっとしていると寒く、早々に瑞泉寺へ向けて尾根歩きを始めました。

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鎌倉は京都(東山三十六峰)とスケールは違いますが同じように山に囲まれています。鎌倉アルプス(ちょっとスケールが違いすぎますが)といわれいくつかのコースがあり、「天園ハイキングコース」は比較的人気のコースです。この日も寒いにもかかわらずチラホラとハイカーの姿を見かけました。

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一カ所だけ開けた場所があり、日当たりがよくここでお弁当を拡げる人も多いのですが、この日は時間も早く風も冷たくあまり人はいませんでした。

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このハイキングコースは、起伏に富んでいて、また植生も風景もも変化に富んでいて歩くには面白いコースです。また紅葉の時期には紅葉谷という紅葉の名所へ行くルートもあります。

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富士登山、旧東海道歩き、箱根旧道歩き、京都トレイルなどを一緒に歩いたことのあるのんちゃんはこの日も軽快な足取りで、ご機嫌でした。

あまり腕を振ったり肩を動かせない状態での久しぶりのウオーキングでしたが何とか歩けることがわかりました。今月一杯くらいまでは様子をみて丹沢登山を再会できればいいなあと思っています。早く大手を振って歩きたいものです。

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2018年2月14日 (水)

回想:最後の桃源郷 15シガール村

4/782泊したシガール村は、静かでひそやかな村でした。

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藩主の館から見下ろしたシガール村は、ポプラや麦の新芽が薄緑色で淡く、スモモの花びらも淡いうす紅色をしていて、水彩画のような風景でした。

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藩主の館前を流れる水量の少ない小川に沿って早朝散歩をしました。村人も見えず、おそらく朝餉の準備や朝食を食べて一日の活動の準備をしていることと思われました。

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06:30、小川で洗濯してそのまま乾いた石の上に並べたり、小枝にぶら下げたりして干してあった洗濯物を女性が取りこんでいました。

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おじさんが牛を連れてご出勤のようでした。写真撮影の許可を取りましたらOKとうなずいてきまじめな顔をしたまま通り過ぎてゆきました。

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何頭かの牛たちもこれから牧草地へとご出勤でした。静かでのどかな一日の始まりでした。

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藩主の館から1kmくらいの処に村の入口があり、小さなお店や住まいが立ち並んでいました。村一番の繁華街とのことでした。

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バルトロ氷河のトレッキング道に通じる幹線道路は舗装されていたり、舗装されていなかったり、乾期には埃っぽい道でした。藩主の館へ1kmという看板がありました。

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村を見下ろすように、守る砦のような小山があり、健脚自慢の皆さんは持てあました元気を発散させるかのように手近な丘に登ってこの山の展望を楽しんだようでした。

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07:00を過ぎると、朝陽も上がり雲も切れて青空がひろがってきてこの日予定の花の里巡りや砂丘巡りが楽しみになりました。

シガール村はとても静かで、朝食前の澄んだ気持ちのいい空気の中をのんびりと歩いているとここまでの長距離移動がかなり昔のような錯覚にとらわれ、まるで隠遁生活に入ったような気分になりました。

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2018年2月12日 (月)

回想:最後の桃源郷 14藩主の館

前日(4/7)夜遅くシガールの藩主の館に到着しほっとして熟睡し、久しぶりにのんびりとした朝を迎えました。

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前日到着した時は夜で暗く、全貌がわからなかったのですが、たしかにホテルやロッジというよりも藩主の館でした。

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中庭には桃のピンクの花が咲いていて、ようやく桃源郷に近いところに辿り着いたような気になりました。

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建物の中の階段は、できるだけ昔の館の原形を留めながら補強されていて、400年前にタイムスリップしたようでした。

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6時屋上に出て、ここまでの長い道のりを振り返りつつしばらくぼんやりとしました。

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ここでの部屋割りは、さまざまなタイプがあるためクジ引きでした。私が引き当てたというか外れクジの部屋の入口は、ここでウィスキーでも嘗めながら星空でも見ていたらよさそうな雰囲気でした。

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私の部屋は家来の部屋のようでしたが寝室はとてもシンプルで、落ち着けるものでした。

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クジ運が強いKさんが引き当てた部屋は多分藩主の部屋かもしれません。寝室はもとより、リビングも寛ぎの間も立派なもので、それに比べると私の部屋はまるで独房か下僕の間のようでしたが、住めば都で2日間ゆっくり(といっても砂漠ツアーや花探しツアーでほとんど外出していましたが)寛ぐことができました。

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レストランは、半地下のような場所にあり、床も壁も石と漆喰で塗り込められていて古城のような雰囲気でした。しかし照明デザインやレイアウトは最新のもので、工夫がなされていました。

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食事もデザートもとても美味しく、デザートにはアイスクリームが出され、久しぶりの味を堪能しました。

2日間滞在した藩主の館(シガールフォート)は、西遊添乗員の村田さん一押しのホテルでした。とても雰囲気があり、西欧風でもなく和風でもなく、遠い異国的雰囲気が味わえました。照明や水回り、食事を含めて充実していて、車による長い移動の疲れを癒すことができました。残念なのはここまでのアクセスが長く、簡単に来ることができないため利用される機会が少ないようです。宝の持ち腐れでもったいない気がしました。

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2018年2月10日 (土)

回想:最後の桃源郷 13シガール到着

4/7(日)の午後、カラコルムハイウェイを離れてインダス川をさらに北上しました。 

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飛行場があるスカルドゥを経由してシガールへと向かう道は細くなりながら、山奥に分け入っていきました。

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細い道は、車1台がやっと通れるようなカ所とすれ違い可能なカ所とがあり、対向車と行き会うとあうんの呼吸でうまくすれ違っていました。

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すれ違った車を振り返るとヨタヨタという感じで走り去っていきました。

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窓から覗き込むと車幅スレスレの真下にはインダス川が流れていて、あまりそちらを見ないようにしました。

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対向車が来るとどこでどのようにすれ違うのかハラハラし通しでした。

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川を挟んだ向こう側の岩壁にはいくつも穴が空いていました。山師が宝石採掘している現場とのことでした。インダス川の対岸にはロープ一本で行き来していました。

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こんな山奥で、対岸の岩壁洞窟に寝泊まりして、命がけで働いている人がいるなんて・・・。

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山あいの谷底を見ながらの道からようやく山里の道に出、緑の樹木を見てほっとしました。時間はもう夕方5時近く、日も暮れつつありました。

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夕方6時近く、一日の仕事を終えて帰宅の途についている労働者でしょうか、ニコニコと手を振っていました。ここまで出会ったパキスタン人のほとんどはとても穏やかに微笑みかけてくる人ばかりで、パキスタンのイメージが変わりつつありました。

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同じく夕方6時近く、とても見晴らしのいい場所に出ました。広々とした河原の向こうに夕陽を反射した白い頂がつながっていました。

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夜8時に目的地のシガール村に到着しました。宿泊ホテルのシガールフォートは夕闇につつまれていましたが、きれいにライトアップされていて幻想的でした。

ほぼ12時間の車移動は、この日も沿道の風景を眺め、道行く人と手を振り合ったり、細い断崖絶壁の道にハラハラしながらの飽きない道でしたが、さすがに疲れました。しかし着いたホテルは藩主の館で、一種独特の雰囲気を持っていて、異国の地の果てに辿り着いたような気分になりました。

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2018年2月 8日 (木)

回想:最後の桃源郷 12シガールへ オアシス

4/7(日)、日本を出発してまだ3日目で、フライトキャンセルのためイスラマバードからこの日の宿泊地シガール目指してカラコルムハイウェイをひたすら北上しました。

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パキスタン料理には欠かせないチキン、この日も大量輸送されていました。気温は涼しく快適なのですが、私たちと同じように長距離移動でグッタリしているようにも見えました。

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もうすっかりお馴染みとなってしまった山裾をトラバースする道は、いくつもの山の中腹をえぐっていました。舗装されていないガタゴト道でした。

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かと思うと舗装された比較的開けた道が現れ、ドライバーさんはこことばかりに猛スピードで走りましたが、この快適な道は長くは続きませんでした。

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やがて村にさしかかると、子供や少女達が興味深そうな眼差しで私たちを見ていました。女性は10歳を過ぎる頃からできるだけ人前に出ないとのことで、私たちが見かけた女性のほとんどは少女ばかりでした。その少女も既にベールを纏っていました。

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中国国境へと通じる大動脈のカラコルムハイウェイには長距離トラックが頻繁に走っていますので、GSはなくてはならない存在です。GSにはトイレはもちろんイスラム教徒のトラック野郎達の礼拝所や休憩所まであり、いわばオアシスのようなものです。

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デコトラとのツーショット。

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ドライバーさんが乗ってみろと言ってくれました。

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運転席のフロントガラスにはきらびやかなお守りの飾りがたくさんあって、危険で長い道のうんざりする運転をきっと慰めてくれるもの思いました。

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お昼前に、今まで遡ってきたインダス川に左手からギルギッット川が合流する地点に着きました。ギルギット川に沿って北上すれば中国国境に向かいますが、私たちはここからカラコルムハイウェイとは一端別れてインダス川を北上してシガールを目指しました。

GS(ガソリンスタンド)はドライバーにとってはオアシスですが私たちにとってもオアシスでした。カラコルムハイウェイ沿いには公衆トイレはなく、またロッジなどトイレを備えた施設もほとんどありませんので、ほとんどが青空トイレとなりました。男女各10名、適当なところで車を駐めてもらい、男性は山側、女性は川側とかその度にルールを決めて、一斉に陣地確保に散るのです。男性は適当に、女性もそれなりに、広大な景観を眺めながらのそれは慣れてくると極めて開放的でした。私たちはカラコルムハイウェイ沿いに痕跡を残しながら旅を続けたのです。

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2018年2月 6日 (火)

回想:最後の桃源郷 11シガールへ 温泉

4/7(日)、ツアー3日目も長い移動になりそうでした。昨晩はホテルに21:45に着いた後食事して部屋に落ち着いたのが22:306:15に起床でちょっと疲れ気味でした。

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長距離移動の後、パキスタン山奥のホテルの部屋は思いもかけず快適で、多少なりとも疲れを癒すことができました。折角のおしゃれな部屋でしたが、短い滞在でした。

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6:15のモーニングコールで各部屋を廻るサブ添乗員の吉川さん。添乗員さんも大変でした。

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部屋の前にはインダス川が流れていて、薔薇がきれいに咲いていました。こんなところでゆったりと過ごすのもいいかもしれませんが、目的は桃源郷ですからのんびりしてはいられませんでした。

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ホテルの出入口には銃を携えたポリスが警備していました。

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西遊旅行社の社員で現地ガイドのサリーヌさん。日本語がペラペラで、映画「草原の椅子」では通訳の役柄で出演し、専用車の中では流暢な日本語でガイドしてくれました。主役の佐藤浩市との思い出話などたくさんのエピソードを披露してくれました。二児のパパでとてもやさしく、なかなかのイケメンでした。

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途中休憩しているとどこからともなく2人の子供が近づいてきました。特に物乞いをするわけではなく、興味深そうにこちらを見ていました。ジプシーの末裔か?

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途中温泉が湧いていました。温泉に手を浸したりちょっとした癒しでした。

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デコトラのトラック野郎が温泉で身体を洗っていました。パキスタンには全くアテにならない鉄道が一本きりですので、物資の輸送はほとんどがデコトラで行われ、特に中国国境に通じるカラコルムハイウェイは長距離のため、ドライバーは必ず2人一組でした。

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デコトラが思い荷物を満載してやってきました。見ているとカタツムリのようにゆっくりしているのですが確実に近づいてきます。大抵とても気のいいトラック野郎たちが運転しているのです。

ツアー3日目がスタートしました。ちょっと寝不足気味ではありましたが、豪快な景観の中をクネクネと走り抜けるのはエキサイティングでした。それでも気がつくとウトウトと舟をこぐこともしばしばでした。

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2018年2月 4日 (日)

回想:最後の桃源郷 10チラスへ

4/6(土)、2日目の最終目的地は当初はベシャムという村だったのですが、今後の日程を考えて無理をしてでもかなり先のチラスという街を目指しました。

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ベシャムで昼食をとった後、かなり先の街を目指して出発しました。警察の車が先導してくれることになりました。恐る恐るカメラを向けても、警察官達は笑っているだけで咎められることはありませんでした。テロとか心配だったのですが、いきなり警察の車に先導されるとは。安心の反面、それだけリスクがあるということでもあり???

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さらに、本物の銃を持った警察官まで乗り込んでくるとは。車内に緊張感が走りました。

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新しい村に着くたびに、管轄が頃なるのでしょう、新しい警察車が交替で先導してくれました。まるで警察車の駅伝のようであり、村によって警官の服装も警察車も異なり面白く感じました。

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警察車に先導されながら、インダス川を遡ってカラコルム山脈の奥へ奥へと車は走りました。

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しばらく走ると渓谷が開かれたところに村があり、そこで警察のチェックを受けということを何回も繰り返しました。山脈の奥深くへと導く一本道では、テロや人質の拉致などということは不可能のように思えました。

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山の中で、私たちの2台を含めてなんと西遊旅行社の専用車が8台集結しました。西遊軍団といったところで、かなり目立つ存在で、これでは警察も厳重な警備をしてくれるはずだと納得しました。さすが秘境専門のツアー会社です。

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イスラマバードへと向かう6台の車と別れて、私たちはさらに奥地へと向かいました。ちょうど山のすそ野をトラバースするような道が切り開かれていて、車が進むにつれ、折り重なるように現れる山々にも冠雪が見られるようになりました。

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崖崩れや落石に遭遇したら、崖下に転落したら、ひとたまりもないだろうデコボコの山岳道を、私たちのバスは健気にもカタツムリの歩みで、しかし着実に走り続けました。ドライバーさんが大変でした。

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午後6時近く、専用車は再び大きな村を通過し、さらに山奥へと分け入りました。この後すっかり日が暮れてしまい暗闇の中をひた走りました。

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6:00に出発して21:45、やっとこの日の宿泊地チラスに着きました。16時間の移動でサブ添乗員の吉川さんもほとほと疲れ切ったようでした。

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2018年2月 2日 (金)

回想:最後の桃源郷 09GTロード

2013.4/6(土)いよいよベシャムへの長い道のりの1日がスタートしました。もしフライトが可能であれば飛行場がありトレッキングベースとしても有名なスカルドゥまで45分で行けるのですが、飛ばない可能性方が高いため当初から2日間の専用バスの移動となりました。

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私たち20人を運ぶ2台の専用バスはスーツケースを車の屋根に乗せて準備中でした。06:00予定通りイスラマバードのホテルを出発しました。

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前日は飛行場からホテルまで、夜間の暗い時の移動でしたので周りの景色はよくわからなかったのですが、パキスタンの首都イスラマバードは意外に緑が多く、ちょうど東京の皇居辺りの景色と似ていました。深夜にホテルに到着し早朝出発でしたのでテロなどの心配はありませんでした。

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この道はイスラマバードからカラコルムハイウェイに合流するGTロードという幹線道路です。ちょうど朝のラッシュが始まりつつある時間帯で、早速パキスタン名物のデコトラにお目にかかりました。デコトラのほとんどは日野自動車製でした。

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目覚めたばかりの街を、専用バスは快適に走りました。1号車と2号車のどちらに乗るか、どの席に座るかは毎日クジ引き選で決めました。クジ次第で見える景色が違いました。

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首都中心部を抜けるとさらに緑が多くなりました。

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最初の休憩をとっていると自転車のおじさんが通りかかりました。ハンドルには造花をあしらっていて、乗り物を飾りたてるのがお好きなようでした。一斉にカメラが向けられるとわざわざ自転車を止めてポーズをとってくれました。とてもフレンドリーでした。初めて接したパキスタンのおじさんでした。

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ミニタクシーは乗客を満載しても軽快に走っていました。そのほとんどが日本のスズキでした。日野自動車といい、スズキといい、何となくパキスタンに親近感を抱きました。

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同じアジアでもタイ人やベトナム人とは異なる顔立ちに異国に来たことを実感しました。

夜中の1:00頃就寝して4:45起床。あまり疲れも感じず、天気も良好で、長い長い道のりの1日でしたが、元気にスタートしました。

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